『白く、優しく』
「片倉くん。野球部はどこでやんすかね?」
「んー。グラウンドはあるし、あそこが部室だろ?
…ちょうどあそこ誰かいるみたいだ」
「じゃ、行ってみるでやんす!」
「ああ」
そう応えた彼の名前は片倉優樹。今日からこの聖タチバナ学園に入学し、そして同時に野球部に入部する。中学からの縁である矢部と一緒にだ。
片倉は、中学の監督に「硬球なら140後半は出せるんじゃあないか?」
と言わしめた速球派の投手であり、少なくとも中学時には、そのスピードボールをフルイニング投げ抜くスタミナも併せ持ち、緩急のつく数種の変化球をも持っていた(こちらはあまり投げないが)。
彼を「片倉くん」と呼んだ男は矢部明雄といった。天性の俊足とそれに伴う広い守備範囲を誇る中堅手であった。一方でヘッドスライディングを多用する癖があり、その手法を否定する監督及び片倉に「怪我するぞバカ」と幾度も言われてたりもした。
余談だが矢部は「ガンダーロボ」と呼ばれる人形が好きで、よく自慢するために部室に持って来ては、片倉に捨てられるというコンボを繰り返していた。
当時の監督は多大な自信を持って、この二人を野球推薦選手として野球の名門聖タチバナへと送り出した。
「んー。グラウンドはあるし、あそこが部室だろ?
…ちょうどあそこ誰かいるみたいだ」
「じゃ、行ってみるでやんす!」
「ああ」
そう応えた彼の名前は片倉優樹。今日からこの聖タチバナ学園に入学し、そして同時に野球部に入部する。中学からの縁である矢部と一緒にだ。
片倉は、中学の監督に「硬球なら140後半は出せるんじゃあないか?」
と言わしめた速球派の投手であり、少なくとも中学時には、そのスピードボールをフルイニング投げ抜くスタミナも併せ持ち、緩急のつく数種の変化球をも持っていた(こちらはあまり投げないが)。
彼を「片倉くん」と呼んだ男は矢部明雄といった。天性の俊足とそれに伴う広い守備範囲を誇る中堅手であった。一方でヘッドスライディングを多用する癖があり、その手法を否定する監督及び片倉に「怪我するぞバカ」と幾度も言われてたりもした。
余談だが矢部は「ガンダーロボ」と呼ばれる人形が好きで、よく自慢するために部室に持って来ては、片倉に捨てられるというコンボを繰り返していた。
当時の監督は多大な自信を持って、この二人を野球推薦選手として野球の名門聖タチバナへと送り出した。
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片倉の両親は「優しくみんなを守れる樹になってくれるように」と、彼に「優樹」と名を付けた。
しかし矢部と中学の部活仲間曰く、片倉は「低血圧の激情家」であった。
沸点が高い訳ではなく、気性が荒い訳でもない。が、試合中にエラー及びイージーミスが重なり失点に繋がった時、その他練習試合中問わず何故か機嫌が悪い時には「俺に話しかけるな」という負のオーラが周囲に充満するからだ。
だが矢部含む部員達の彼に対する信頼は厚かった。
何故なら機嫌が(おそらく)悪くても仲間や物に当たり散らす、などという事を彼は決してしなかったし、
試合中にしても、「片倉が打ち込まれて失点」などという状況は3年間で数える程もなかった。
数点のビハインドならば彼と矢部らが打撃で取り返す。逆に1点でもあれば片倉が追撃を許さない。
早いイニングでの味方の失点、連打での逆転、そして片倉が後続を断つ。
彼等の中学野球はこのパターンでの勝利が圧倒的に多かった。
まあ「優しく」を除いた「みんなを守れるように」という意味では、あながち間違ってはいなかった。
「低血圧の激情家」というのは、「片倉くんは「短気」「力配分」「スロースターター」持ちでやんすね」
と矢部が評した事に起因し、「赤ばっかりじゃあねーか」と片倉が不満を漏らしたので、矢部が響きの良い綴りを探したら、何かの小説に載っていたこの言葉を片倉に当て嵌めた、らしい。
片倉は「響きはいいかもな」と言っていたが、それも甚だ疑問であったが。
しかし矢部と中学の部活仲間曰く、片倉は「低血圧の激情家」であった。
沸点が高い訳ではなく、気性が荒い訳でもない。が、試合中にエラー及びイージーミスが重なり失点に繋がった時、その他練習試合中問わず何故か機嫌が悪い時には「俺に話しかけるな」という負のオーラが周囲に充満するからだ。
だが矢部含む部員達の彼に対する信頼は厚かった。
何故なら機嫌が(おそらく)悪くても仲間や物に当たり散らす、などという事を彼は決してしなかったし、
試合中にしても、「片倉が打ち込まれて失点」などという状況は3年間で数える程もなかった。
数点のビハインドならば彼と矢部らが打撃で取り返す。逆に1点でもあれば片倉が追撃を許さない。
早いイニングでの味方の失点、連打での逆転、そして片倉が後続を断つ。
彼等の中学野球はこのパターンでの勝利が圧倒的に多かった。
まあ「優しく」を除いた「みんなを守れるように」という意味では、あながち間違ってはいなかった。
「低血圧の激情家」というのは、「片倉くんは「短気」「力配分」「スロースターター」持ちでやんすね」
と矢部が評した事に起因し、「赤ばっかりじゃあねーか」と片倉が不満を漏らしたので、矢部が響きの良い綴りを探したら、何かの小説に載っていたこの言葉を片倉に当て嵌めた、らしい。
片倉は「響きはいいかもな」と言っていたが、それも甚だ疑問であったが。
そんな彼だが、翌日は朝から機嫌が悪かった。もちろん矢部から見たら、だったが。
機嫌が悪い、というより、より正確に言うのであれば「これからどうすればいいんだ」と苦悩していた。
原因は矢部にもわかっていたし、矢部も同じ点に関して頭を抱えていた。
前日、片倉らがたどり着いた部室の前にいた野球部監督の男、大仙。
彼の口から聞いた言葉こそが矢部と片倉を入部早々悩ませる根源であった。
機嫌が悪い、というより、より正確に言うのであれば「これからどうすればいいんだ」と苦悩していた。
原因は矢部にもわかっていたし、矢部も同じ点に関して頭を抱えていた。
前日、片倉らがたどり着いた部室の前にいた野球部監督の男、大仙。
彼の口から聞いた言葉こそが矢部と片倉を入部早々悩ませる根源であった。
-----
「おはようございます」
ベンチに腰掛け本を読んでいた男が片倉の方を向く。
「…ん?…おはよう。入部希望…、みたいだね。
私は野球部監督の大仙清といいます。よろしく。」
「あ、はい。俺は片倉、そっちは矢部といいます。よろしくお願いします」
「よろしくでやんす!」
大仙は読んでいた本を閉じて立ち上がり、辺りを見回した。
「…新規部員は君らだけ、かな?」
「…ええ。そうみたい、ですね」
「先輩達はまだ来ないでやんすか?」
「ああ、いないよ」
「そうでやんすか…。じゃあ来てからまた挨拶しようでやんす」
「そう…だな」
片倉らと自分の会話のズレに、いち早く大仙が気付いた。
「あー、違うぞ?えーっと…、矢部か。
来てないんじゃなく「いない」んだ」
「…え!?」
耳を疑う片倉と矢部。今この男はなんと言ったのだろうか。
「まあ、部員は君らだけ…、てことだな」
どうやら聞き間違いではなかったようだ。
「マジで言ってんすか…?」
「ああ、本当だよ。嘘付いたってしょうがないだろう?
…3月までは一人いたんだけどな。太鼓って奴が」
今いない奴の話をしても何の意味も無いだろうが。と片倉は言いたくなったが、やめておく事にした。
「まあ、このままじゃ大会に…、つーか練習もまともに出来ないわけだ」
何かを悟ったような、諦めが入ったような表情の大仙。それが片倉の気に障る。
「あなたが監督ですよね…?」
「…?ああ。そうだと言ったよな」
片倉の確認するような問いに、大仙がさらっと答える。
ハッ!と横の片倉を見る矢部。片倉は「お前何で笑ってられんだよ」と言わんばかりの雰囲気を醸し出していた。
いや、今にも吐露しそうだ。
「じゃ、じゃあしょうがないでやんすね!
今日はその対策を練るでやんす!」
片倉の周りの空気の変化を感じた矢部がそう提案を入れ、片倉を連れて校舎へ戻ろうとする。
「……ああ。そうするか。
…じゃあ失礼します」
目を合わせずに大仙にそう言い、片倉もそれに従う。
ベンチに腰掛け本を読んでいた男が片倉の方を向く。
「…ん?…おはよう。入部希望…、みたいだね。
私は野球部監督の大仙清といいます。よろしく。」
「あ、はい。俺は片倉、そっちは矢部といいます。よろしくお願いします」
「よろしくでやんす!」
大仙は読んでいた本を閉じて立ち上がり、辺りを見回した。
「…新規部員は君らだけ、かな?」
「…ええ。そうみたい、ですね」
「先輩達はまだ来ないでやんすか?」
「ああ、いないよ」
「そうでやんすか…。じゃあ来てからまた挨拶しようでやんす」
「そう…だな」
片倉らと自分の会話のズレに、いち早く大仙が気付いた。
「あー、違うぞ?えーっと…、矢部か。
来てないんじゃなく「いない」んだ」
「…え!?」
耳を疑う片倉と矢部。今この男はなんと言ったのだろうか。
「まあ、部員は君らだけ…、てことだな」
どうやら聞き間違いではなかったようだ。
「マジで言ってんすか…?」
「ああ、本当だよ。嘘付いたってしょうがないだろう?
…3月までは一人いたんだけどな。太鼓って奴が」
今いない奴の話をしても何の意味も無いだろうが。と片倉は言いたくなったが、やめておく事にした。
「まあ、このままじゃ大会に…、つーか練習もまともに出来ないわけだ」
何かを悟ったような、諦めが入ったような表情の大仙。それが片倉の気に障る。
「あなたが監督ですよね…?」
「…?ああ。そうだと言ったよな」
片倉の確認するような問いに、大仙がさらっと答える。
ハッ!と横の片倉を見る矢部。片倉は「お前何で笑ってられんだよ」と言わんばかりの雰囲気を醸し出していた。
いや、今にも吐露しそうだ。
「じゃ、じゃあしょうがないでやんすね!
今日はその対策を練るでやんす!」
片倉の周りの空気の変化を感じた矢部がそう提案を入れ、片倉を連れて校舎へ戻ろうとする。
「……ああ。そうするか。
…じゃあ失礼します」
目を合わせずに大仙にそう言い、片倉もそれに従う。
「…そうだなぁ。生徒会に提議してみろ。あまり気は進まんが。
何かしら動いてくれるかもしれん」
片倉らがそれに反応し、足を止める。
「…生徒会…?」
大仙が「ああ」と頷く。
「…わかりました」
そう応え、今度こそ二人は校舎に戻っていった。
大仙は二人を見送り、小説の続きを読み始めた。
何かしら動いてくれるかもしれん」
片倉らがそれに反応し、足を止める。
「…生徒会…?」
大仙が「ああ」と頷く。
「…わかりました」
そう応え、今度こそ二人は校舎に戻っていった。
大仙は二人を見送り、小説の続きを読み始めた。
「んで、どーするでやんす?」
「…なにが」
「大仙監督が言ってた「生徒会」の事でやんすよ」
「…まあ、まずは当然部員の補填を頼めるもんなら頼みたい。けど…
実際はどう動いてくれるんだ?その「生徒会」の権限とやらで野球に興味の無い奴に無理矢理野球をやらせんのか?」
「確かに部員はいろいろ難しいでやんすが…、
もし部材とか部費の援助もしてくれるんなら、それは間違いなく+でやんすよ」
「まぁ、ねぇ…」
教室で対策を練る片倉と矢部。他の生徒の話によると、ここの学校の生徒会長は理事長の孫で、会長含む会役員は権限を振りかざし好き勝手やり放題らしい。
しかも入学と同時に会長に就任し、さらに自分らと同じくまだ一年だという話だ。
コネ。コネクションのみでの権利。
「うちのパパは偉いからボクも偉いんだ」とほざくバカ息子と同意義。片倉にとって聞くだけで虫酸が走るような話だが、そいつらの持つ「チカラ」はここで教職員を凌ぐ、まさしく“絶対”の物。首の振り方一つで、この学園でのどんな事でも白くも黒くも出来るようだ。
断じて目を付けられる訳にはいかない。逆に言えば取り入りさえすれば、その「権力」は多大な恩恵をもたらしてくれる。個人・部活問わずに。
利用できるものは利用しなくては。いや、利用するしかない。
選択の余地は無い。しかし。
「…上から「入れ」と言われて否応無しに入る部活なんて…、長続きはしないだろう?所詮は一時の数合わせにしかならない。
しかし練習用具より部費より何よりも、まずは部員数をそろえにゃお話にならないからなあ…」
「そうでやんすよねえ…」
頭を抱える二人。だがもう答えは出ている。先ずは「頭数を揃える」事だ。
「…なにが」
「大仙監督が言ってた「生徒会」の事でやんすよ」
「…まあ、まずは当然部員の補填を頼めるもんなら頼みたい。けど…
実際はどう動いてくれるんだ?その「生徒会」の権限とやらで野球に興味の無い奴に無理矢理野球をやらせんのか?」
「確かに部員はいろいろ難しいでやんすが…、
もし部材とか部費の援助もしてくれるんなら、それは間違いなく+でやんすよ」
「まぁ、ねぇ…」
教室で対策を練る片倉と矢部。他の生徒の話によると、ここの学校の生徒会長は理事長の孫で、会長含む会役員は権限を振りかざし好き勝手やり放題らしい。
しかも入学と同時に会長に就任し、さらに自分らと同じくまだ一年だという話だ。
コネ。コネクションのみでの権利。
「うちのパパは偉いからボクも偉いんだ」とほざくバカ息子と同意義。片倉にとって聞くだけで虫酸が走るような話だが、そいつらの持つ「チカラ」はここで教職員を凌ぐ、まさしく“絶対”の物。首の振り方一つで、この学園でのどんな事でも白くも黒くも出来るようだ。
断じて目を付けられる訳にはいかない。逆に言えば取り入りさえすれば、その「権力」は多大な恩恵をもたらしてくれる。個人・部活問わずに。
利用できるものは利用しなくては。いや、利用するしかない。
選択の余地は無い。しかし。
「…上から「入れ」と言われて否応無しに入る部活なんて…、長続きはしないだろう?所詮は一時の数合わせにしかならない。
しかし練習用具より部費より何よりも、まずは部員数をそろえにゃお話にならないからなあ…」
「そうでやんすよねえ…」
頭を抱える二人。だがもう答えは出ている。先ずは「頭数を揃える」事だ。
「…じゃあ、部活勧誘のポスター貼って、同時に口頭での勧誘を行う。
その上で公式戦前に数が足りなかったら生徒会 様 に「お願いします」だ。とりあえず…は、これかな」
「異議なしでやんす!」
矢部が返事をする。片倉が頷き時計に目をやると、既に放課後五時を過ぎていた。窓の外には、誰も居ない野球のグラウンドが目に映った。
その上で公式戦前に数が足りなかったら生徒会 様 に「お願いします」だ。とりあえず…は、これかな」
「異議なしでやんす!」
矢部が返事をする。片倉が頷き時計に目をやると、既に放課後五時を過ぎていた。窓の外には、誰も居ない野球のグラウンドが目に映った。
「頼りにされている」と思わせていれば、表面上決して嫌な面はしないだろう…。
せいぜい利用させてもらう。野球部と俺のために。
「…て顔してるでやんすよ」
矢部が得意げな顔で片倉に指摘する。
「…ん?良くわかったね」
少し意外そうな顔をする片倉。
「三年、一緒に野球やってるでやんすからね」
「まあ、ね…」
そう言い、片倉は立ち上がる。今日はもう家に帰り、ポスターの一つでも拵えようと考えた。
原本さえ作れば、学校でコピーがとれるだろう、と。
せいぜい利用させてもらう。野球部と俺のために。
「…て顔してるでやんすよ」
矢部が得意げな顔で片倉に指摘する。
「…ん?良くわかったね」
少し意外そうな顔をする片倉。
「三年、一緒に野球やってるでやんすからね」
「まあ、ね…」
そう言い、片倉は立ち上がる。今日はもう家に帰り、ポスターの一つでも拵えようと考えた。
原本さえ作れば、学校でコピーがとれるだろう、と。
「あ!」
何かを思い出したような声を上げた矢部。
「…なんだ?」
片倉が聞く。すると不敵な笑みを矢部は浮かべた。
こいつがこの顔の時はろくな事を言わない。片倉も伊達に矢部と三年間一緒に野球をやっていた訳ではない。
「そういえば、会長はカワイイ女の子らしいでやんすよ?」
ふーっと片倉は大きな溜息をついた。やっぱりだ。
「関係ない」
さらりと片倉が言うと、少しがっくりと矢部がうなだれた。
「あ、俺家に帰ってポスター作ろうと思うんだけどさ」
「是非お願いするでやんす。オイラ、絵心と文才0でやんす!」
きっぱりと矢部が誇らしげに言い切った。
「『今なら入部希望者には、ガンダーロボ一体プレゼント!』…ってのどう?」
冗談混じりに片倉が言うと、予想された答えが帰ってきた。
「…却下でやんす」
何かを思い出したような声を上げた矢部。
「…なんだ?」
片倉が聞く。すると不敵な笑みを矢部は浮かべた。
こいつがこの顔の時はろくな事を言わない。片倉も伊達に矢部と三年間一緒に野球をやっていた訳ではない。
「そういえば、会長はカワイイ女の子らしいでやんすよ?」
ふーっと片倉は大きな溜息をついた。やっぱりだ。
「関係ない」
さらりと片倉が言うと、少しがっくりと矢部がうなだれた。
「あ、俺家に帰ってポスター作ろうと思うんだけどさ」
「是非お願いするでやんす。オイラ、絵心と文才0でやんす!」
きっぱりと矢部が誇らしげに言い切った。
「『今なら入部希望者には、ガンダーロボ一体プレゼント!』…ってのどう?」
冗談混じりに片倉が言うと、予想された答えが帰ってきた。
「…却下でやんす」
翌日の早朝、始業の30分程前。片倉は昨夜書き上げたポスターを持ち、朝一で職員室に向かった。無論コピーをとって貰うためだ。「我ながらセンス無えポスターだな」と彼は苦笑いを浮かべた。
まあ「野球部入部希望者大歓迎」の文さえ見て分かればいい。
まあ「野球部入部希望者大歓迎」の文さえ見て分かればいい。
職員室入口前に差し掛かると、中から声が聞こえてきた。複数のようだ。
「じゃあ先生、よろしくぅ~☆」
「みずきさん、流石にそれは~」
「大京、やめときや」
「そう。いいんだって、別に」
四人組…のようだ。今にも職員室から出てきそうだと片倉は判断し、道を開ける。
カラカラと音を立ててドアが開き、そいつらはぞろぞろと出て来る。
「じゃあ先生、よろしくぅ~☆」
「みずきさん、流石にそれは~」
「大京、やめときや」
「そう。いいんだって、別に」
四人組…のようだ。今にも職員室から出てきそうだと片倉は判断し、道を開ける。
カラカラと音を立ててドアが開き、そいつらはぞろぞろと出て来る。
一人目は女。他の奴から「みずき」と呼ばれてたのはおそらくこいつであろう。
首より少し長いくらいの髪を二カ所結いでいる。「矢部あたりは好みかもな」と片倉は思った。
他、三人の男。子供のような奴とガタイのいい奴と薔薇を携えたナルシストのような男。「バ○○グに似てるな」と彼は思った。
不意に最初の少女と目が合う。すると彼女は、片倉の服装を見て目を見開いた。「…あれ?キミ野球部!?」
片倉は今朝ランニングで登校した。ただ学園指定のジャージの配布を未だ受けていなかったので、中学時代のユニフォームの下と黒アンダーシャツという格好をしていた。勿論制服はバッグに入っているが、職員室への用事を済ませてから着替えようと思っていた所だった。
『なんだいきなり…?』
「ああ…、そうだよ」
「へえ。野球部まだあったんだ」
「みずきさん。部自体は消滅したわけではありません。今年に入るまでの部員数は確か0ですが」
「監督が無くなるのを拒否したらしいで。みずきさん。まあ今月誰も新入部員入らんかったら終わりやった、ちう話やけど。入ったみたいやな」
「なに…」
片倉は少し大仙を見直した。部に対して無気力・無関心にしか見えなかったあいつが。と。
大仙が抗わなければ、野球部は今の時点で存在していないのだ。
首より少し長いくらいの髪を二カ所結いでいる。「矢部あたりは好みかもな」と片倉は思った。
他、三人の男。子供のような奴とガタイのいい奴と薔薇を携えたナルシストのような男。「バ○○グに似てるな」と彼は思った。
不意に最初の少女と目が合う。すると彼女は、片倉の服装を見て目を見開いた。「…あれ?キミ野球部!?」
片倉は今朝ランニングで登校した。ただ学園指定のジャージの配布を未だ受けていなかったので、中学時代のユニフォームの下と黒アンダーシャツという格好をしていた。勿論制服はバッグに入っているが、職員室への用事を済ませてから着替えようと思っていた所だった。
『なんだいきなり…?』
「ああ…、そうだよ」
「へえ。野球部まだあったんだ」
「みずきさん。部自体は消滅したわけではありません。今年に入るまでの部員数は確か0ですが」
「監督が無くなるのを拒否したらしいで。みずきさん。まあ今月誰も新入部員入らんかったら終わりやった、ちう話やけど。入ったみたいやな」
「なに…」
片倉は少し大仙を見直した。部に対して無気力・無関心にしか見えなかったあいつが。と。
大仙が抗わなければ、野球部は今の時点で存在していないのだ。
…そしてこいつら。会話の様子からして、女が主格のようだ。そして矢部が言っていた『生徒会長はカワイイ女の子らしいでやんす』という言葉。まさか…
「キミらは…
まさか生徒会…?」
まさか生徒会…?」
「ん?そう。あたしが会長橘みずき。「みずき」って呼んでね」
みずき他三人の自己紹介を受ける片倉。でかい方から大京、宇津、原というらしい。因みに先程の○ルロ○似は宇津だ。
「で、キミの名前は?」
「…ああ、俺は片倉優樹。野球部一年です。よろしくな」
みずき他三人の自己紹介を受ける片倉。でかい方から大京、宇津、原というらしい。因みに先程の○ルロ○似は宇津だ。
「で、キミの名前は?」
「…ああ、俺は片倉優樹。野球部一年です。よろしくな」
「片倉…優樹くんね。はーいっ!よろしくねっ」
「なんかみずきさん機嫌ええな」
「ボクが思うに、彼が野球部員だからだよ」
「ええ。おそらく」
「…ああ。そーいやそやな」
後ろで三人がなにやら話している。小声で聞き取れないが。
「何か困ったら言ってねー。力になるから。生徒会室までっ!
じゃ、またねー」
みずきはそう言い残し、仲間を連れ去っていった。
「ボクが思うに、彼が野球部員だからだよ」
「ええ。おそらく」
「…ああ。そーいやそやな」
後ろで三人がなにやら話している。小声で聞き取れないが。
「何か困ったら言ってねー。力になるから。生徒会室までっ!
じゃ、またねー」
みずきはそう言い残し、仲間を連れ去っていった。
「………」
会長の橘はきっぱりと「力になるから」と断言した。
「相談になら乗るよ」等の万人向けの曖昧さを含めた言葉でなく、「力になるから」と…
会長の橘はきっぱりと「力になるから」と断言した。
「相談になら乗るよ」等の万人向けの曖昧さを含めた言葉でなく、「力になるから」と…
おそらくは、俺が野球部だったから。そしてあの場面で俺がユニフォームを着ていたから、だろう。
…野球好き、なのだろうか。少なくとも会長である橘はそうであると見て取れた。
何よりこちらが進言するより先に、生徒会側(しかも会長に)から言われた。
…野球好き、なのだろうか。少なくとも会長である橘はそうであると見て取れた。
何よりこちらが進言するより先に、生徒会側(しかも会長に)から言われた。
…取り入れる。確実に。俺らが行動を間違わなければ。少なくとも部活として活動できる最低限の保障は望めるだろうし、部員の次の要求。即ち部費や練習用具等を求める事も可能であろう。
俺達が今後しなければならない事。それは…
部員を揃えた上で「野球部」の力を生徒会及び公に認めさせる事。即ち公式戦での勝利だ。
仮に橘がいくら野球部に入れ込んでくれたとしても、力を示せない者達ばかりに投資と援助を続ければ批難に繋がる。
その生徒会への批難は、そのまま「勝てもしないのに援助を受け続けている野球部への批判」に繋がるからだ。
それだけは断じて避けなければならない。
部員を揃えた上で「野球部」の力を生徒会及び公に認めさせる事。即ち公式戦での勝利だ。
仮に橘がいくら野球部に入れ込んでくれたとしても、力を示せない者達ばかりに投資と援助を続ければ批難に繋がる。
その生徒会への批難は、そのまま「勝てもしないのに援助を受け続けている野球部への批判」に繋がるからだ。
それだけは断じて避けなければならない。
……先へ先へと思考を重ねても仕方が無い。
今は最低限のラインの確保、即ち部員の収集に集中しなくては。
今は最低限のラインの確保、即ち部員の収集に集中しなくては。
時計を見ると、既に始業の10分前だった。
「やっべえ…!」
「やっべえ…!」
賽は既に投じられた。
片倉の思惑通り、聖タチバナ野球部は少しずつ動き出せていた。
片倉の思惑通り、聖タチバナ野球部は少しずつ動き出せていた。
-----
一ヶ月後。グラウンドで野球の練習をする沢山の部員達の姿が!
「もうあんな事はしないよ。でやんす」
「何の話だ」
矢部とキャッチボールをしつつ、矢部の意味不明なコメントに突っ込む片倉。矢部が良く解らない事を言うのは日常茶飯事で、それに片倉が突っ込むのもまた然りであった。
「もうあんな事はしないよ。でやんす」
「何の話だ」
矢部とキャッチボールをしつつ、矢部の意味不明なコメントに突っ込む片倉。矢部が良く解らない事を言うのは日常茶飯事で、それに片倉が突っ込むのもまた然りであった。
結局、部員は集まった。口頭で二人、ポスターで六人、生徒会は伝家の宝刀で五人集めてくれた。動いてくれたのは宇津。勧誘の方法なぞ聞きたくもないが。
仮に生徒会が集めた部員が五人が全員辞めたとしても、やっていけるように余分に部員を確保できた。そういう意味で、ポスターと口頭勧誘で六人集まったのは嬉しい誤算といえた。
仮に生徒会が集めた部員が五人が全員辞めたとしても、やっていけるように余分に部員を確保できた。そういう意味で、ポスターと口頭勧誘で六人集まったのは嬉しい誤算といえた。
しかし、数週が経過してもみんな楽しそうにやってくれている。
退部の連続での人数不足、は回避できそうだ。少なくとも、最初に迎える大会は、だが。
退部の連続での人数不足、は回避できそうだ。少なくとも、最初に迎える大会は、だが。
「さて…と。矢部、今日は先に帰っていいかな?」
練習が始まって一時間程、不意に片倉が矢部に切り出す。
「…?構わないでやんすよ。
どうかしたでやんすか?」
遠投を切り上げ、クイックでの切り返しが終了した所だった。
「今の今まで忘れてたんだけど、母さんが今日は旅行に出掛けてさ。さっき「鍵を掛け忘れた。閉めといて」て電話があったんだ。
まあ、空巣とかは大丈夫だろうけど、一応。さ」
部員達の纏まりは出来つつあった。そうでもなければとても帰る気にはなれなかっただろう。
「分かったでやんす。誰も居ないなら帰るべきでやんす。
「後悔先になんとやら」でやんすよ」
「ああ、悪いな。大仙さんがもし来たら伝えといてくれ」
「了解でやんす!」
「ああ。あとは頼んだよ」
そう言って片倉はそそくさと片付けて帰路に就く。着替えはしない事にした。
練習が始まって一時間程、不意に片倉が矢部に切り出す。
「…?構わないでやんすよ。
どうかしたでやんすか?」
遠投を切り上げ、クイックでの切り返しが終了した所だった。
「今の今まで忘れてたんだけど、母さんが今日は旅行に出掛けてさ。さっき「鍵を掛け忘れた。閉めといて」て電話があったんだ。
まあ、空巣とかは大丈夫だろうけど、一応。さ」
部員達の纏まりは出来つつあった。そうでもなければとても帰る気にはなれなかっただろう。
「分かったでやんす。誰も居ないなら帰るべきでやんす。
「後悔先になんとやら」でやんすよ」
「ああ、悪いな。大仙さんがもし来たら伝えといてくれ」
「了解でやんす!」
「ああ。あとは頼んだよ」
そう言って片倉はそそくさと片付けて帰路に就く。着替えはしない事にした。
校門を出た片倉は、やや急ぎ足で歩を進める。まず心配はないだろうが、一度口に出してしまうと不安はずっと強くなる。
学園までは徒歩もしくはランニングで通っている。
部活がまともに活動していなかった時は毎日走って通っていたが、最近は筋肉痛もあってか歩きが殆どだ。
学園までは徒歩もしくはランニングで通っている。
部活がまともに活動していなかった時は毎日走って通っていたが、最近は筋肉痛もあってか歩きが殆どだ。
数十分が経過し、近所の公園に差し掛かったとき。彼が予想もしなかったことが起きた。
夕暮れの公園の静寂を切り裂くバイクのエンジン音が突如、片倉の耳に響く。
2気筒~4気筒のV型OHVエンジン。アメリカン・バイク独特のマッスル・サウンド。
そして、「ガシャン!」という、明らかに「それ」が転倒した音。
「…!!」
バイクの音に足を止めていた片倉が、その音の響いた場所へと向かう。
「公園で…バイク事故!?…まさか」
すぐにそれは見つかった。未だエンジンのかかったままのバイク、横に倒れているそのバイクには不釣合いな人間。
夕暮れの公園の静寂を切り裂くバイクのエンジン音が突如、片倉の耳に響く。
2気筒~4気筒のV型OHVエンジン。アメリカン・バイク独特のマッスル・サウンド。
そして、「ガシャン!」という、明らかに「それ」が転倒した音。
「…!!」
バイクの音に足を止めていた片倉が、その音の響いた場所へと向かう。
「公園で…バイク事故!?…まさか」
すぐにそれは見つかった。未だエンジンのかかったままのバイク、横に倒れているそのバイクには不釣合いな人間。
…女性だった。腕と足は出していなかったので、転倒では傷を負ってはいないらしい。しかし疲弊しきっているようだ。
片倉はその女性に駆け寄り、頭をかかえる。意識はあるようだ。
「おい!大丈夫か!?お姉さん!俺の声が聞こえますか?」
「…う…」
声は届いているようだが、会話は厳しいな。と片倉は判断した。それに自分が下手に声をかけるのもあまり良くないだろう。
「すぐ救急車を呼ぶ。少しがんばってください。」
片倉はバッグから携帯を取り出す。しかし、手に持ったところでその女性に腕をつかまれた。
「…!?」
「…お願い。…ダメ。あたしは大丈夫だから、人は呼ばない…で…」
「…!…でも…」
「ダメ…。お願い…」
片倉はその女性に駆け寄り、頭をかかえる。意識はあるようだ。
「おい!大丈夫か!?お姉さん!俺の声が聞こえますか?」
「…う…」
声は届いているようだが、会話は厳しいな。と片倉は判断した。それに自分が下手に声をかけるのもあまり良くないだろう。
「すぐ救急車を呼ぶ。少しがんばってください。」
片倉はバッグから携帯を取り出す。しかし、手に持ったところでその女性に腕をつかまれた。
「…!?」
「…お願い。…ダメ。あたしは大丈夫だから、人は呼ばない…で…」
「…!…でも…」
「ダメ…。お願い…」
「今はそんなこと言ってる場合じゃないだろう」と片倉は言いかけた。
しかし、息を切らして声を絞り出すように懇願するその女性。何か大きな理由があるのだろうか…?
しかし、息を切らして声を絞り出すように懇願するその女性。何か大きな理由があるのだろうか…?
「くっ…。仕方がない…」
片倉は、横に倒れたバイクのエンジンを切り、通行の邪魔にならない場所に移動させキーを抜いた。
そしてその女性の腕をつかみ、彼女を器用に背負い込んだ。
「…え…?」
「人は呼びたくないんですね?」
彼女は首を縦に振り、肯定の意を示す。
「ほっとく訳にはいかない。あなたを俺ん家まで連れて行きます」
「…ありが、とう…」
自宅まではもう幾らも距離はない。
…だが、ついさっきまでずっと急ぎ足だった片倉にとって、女性とはいえ人間を一人抱えて歩くのはなかなか大変だ。
しかも、人目も気にする必要があるから二重苦だ。
「家まで残り約100メートル…、頼むから誰もいてくれるな…!」
完全に気を失った女性を抱え、彼はじりじりと自宅との距離を縮める。
人に会わないように。それでいてゆっくりと確実に。背中に何かの感触を二つ感じたが、今は意識の外に留めておいた。
『スネーク。何してる。任務中だぞ』
「黙っていてくれ大佐」
片倉は、横に倒れたバイクのエンジンを切り、通行の邪魔にならない場所に移動させキーを抜いた。
そしてその女性の腕をつかみ、彼女を器用に背負い込んだ。
「…え…?」
「人は呼びたくないんですね?」
彼女は首を縦に振り、肯定の意を示す。
「ほっとく訳にはいかない。あなたを俺ん家まで連れて行きます」
「…ありが、とう…」
自宅まではもう幾らも距離はない。
…だが、ついさっきまでずっと急ぎ足だった片倉にとって、女性とはいえ人間を一人抱えて歩くのはなかなか大変だ。
しかも、人目も気にする必要があるから二重苦だ。
「家まで残り約100メートル…、頼むから誰もいてくれるな…!」
完全に気を失った女性を抱え、彼はじりじりと自宅との距離を縮める。
人に会わないように。それでいてゆっくりと確実に。背中に何かの感触を二つ感じたが、今は意識の外に留めておいた。
『スネーク。何してる。任務中だぞ』
「黙っていてくれ大佐」
己の中の幻覚と戦いつつ、10分ほどで片倉はそのスニーキング・ミッションを無事終えた。
家の玄関はやはり施錠されてはいなかった。開いているのを確認した所で母の言葉を思い出す。
幸い何ら異変はないようだ。
家の玄関はやはり施錠されてはいなかった。開いているのを確認した所で母の言葉を思い出す。
幸い何ら異変はないようだ。
自分の部屋のベッドに彼女を寝かすと、顔をタオルで拭いてやった。小傷と青痣が片倉の目に付く。
片倉は彼女の顔に見入った。
片倉は彼女の顔に見入った。
彼女はとても美しかった。自分が見入ってる事に数瞬気づかないほど。
「…美人だな…」
思わず声に出てしまったが、本人をめそれに気づく者はいなかった。
柱にもたれかかって座ったところで、大事なことを思い出す。
「あ…バイクも…持ってこなきゃな…」
鍵を抜いたとはいえ、盗難・悪戯は幾らでも考え得る。ってか公園に置いとく事がまずマズイ。
「……はぁ」
頭を掻きつつ大きなため息をつき、再び彼は立ち上がった。
彼女は良く眠っている。暫し寝かせときゃ回復するだろう。
「…また、厄介事が増えちまった…」
外へ出ると、太陽は彼方へ沈みきる寸前だった。
「…美人だな…」
思わず声に出てしまったが、本人をめそれに気づく者はいなかった。
柱にもたれかかって座ったところで、大事なことを思い出す。
「あ…バイクも…持ってこなきゃな…」
鍵を抜いたとはいえ、盗難・悪戯は幾らでも考え得る。ってか公園に置いとく事がまずマズイ。
「……はぁ」
頭を掻きつつ大きなため息をつき、再び彼は立ち上がった。
彼女は良く眠っている。暫し寝かせときゃ回復するだろう。
「…また、厄介事が増えちまった…」
外へ出ると、太陽は彼方へ沈みきる寸前だった。
『バイク取ってきたら俺も少し眠ろう。…あいつが起きたら、話を聞いてみるかな…』
そう決めて、歩き出した。
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片倉らが聖タチバナ野球部に入部して、半年以上の時が過ぎた。
もう、日没は夏に比較しとても早く、夜には吐息が冷たく澄んだ空気に白く溶けていく…そんな季節。
野球部の練習は基礎体力作り中心の物に移行され、今日片倉はウォームアップのキャッチボール以外ではボールを握る事は無かった。
「コンコン」
練習後、彼が器用にジュースを片手にストレッチをしながらパワスポを読んでいると、静まりかえった野球部の部室に来訪者のノック音が響いた。
「どうぞー。開いてるよー」
その人物が招かれざる客では無い事を知っていた彼が、入室の許可を出す。
すると、聖タチバナ学園生徒会長である橘みずきが顔を覗かせた。
「…ってみずきじゃん」
「やっほー。はい部費持ってきたよっ!」
ご機嫌で元気なみずきの声が、狭い野球部部室に響く。片倉の申請した「野球部の部費の援助」が生徒会で決議されたので、それを届けに来てくれたのだ。
「おぉサンキュ」
片倉が手を延ばし、「野球部部費」と書かれた茶封筒を受け取った。
「珍しいね?会長自ら」
会計担当の原が来るものだと思っていたので、片倉が少し意外そうな顔をした。
「あ…、…ちょっと用事があってさ。…今一人?」
「…なに?俺に?
俺以外はみんな帰ったよ」
日没の早いシーズンオフに入り、大仙と片倉は他の部員をシーズン時より比較的早く帰すようにしていた。
ストレッチを終え、部室内に置かれたベンチに片倉が座り直す。するとみずきが彼の横に座り、間を空けて続けた。
「…えっと、明日おじいちゃんが来るのよ」
「…理事長が?」
「…うん」
みずきの祖父である聖タチバナの理事長は、当校の権限の頂点に居る人物。物事に厳しく、曲がった事は認めない。
今思えば、みずきが奔放且つ我儘な性分なのも逆に納得してしまうというものだった。
「…そのおじいちゃんをごまかす為…、もしくは追い返す為に協力して欲しい。…てとこか?」
「……」
黙り込むみずき。それを肯定の意と片倉は受け取った。
「いいよ。俺にできる事なら」
何を言われるかは想像できないが、彼はとりあえず了承しておく事にした。
「…ありがと。
じゃあ、さあ…?」
「うん」
「あ、あの…私とさ…?」
「うん」
もう、日没は夏に比較しとても早く、夜には吐息が冷たく澄んだ空気に白く溶けていく…そんな季節。
野球部の練習は基礎体力作り中心の物に移行され、今日片倉はウォームアップのキャッチボール以外ではボールを握る事は無かった。
「コンコン」
練習後、彼が器用にジュースを片手にストレッチをしながらパワスポを読んでいると、静まりかえった野球部の部室に来訪者のノック音が響いた。
「どうぞー。開いてるよー」
その人物が招かれざる客では無い事を知っていた彼が、入室の許可を出す。
すると、聖タチバナ学園生徒会長である橘みずきが顔を覗かせた。
「…ってみずきじゃん」
「やっほー。はい部費持ってきたよっ!」
ご機嫌で元気なみずきの声が、狭い野球部部室に響く。片倉の申請した「野球部の部費の援助」が生徒会で決議されたので、それを届けに来てくれたのだ。
「おぉサンキュ」
片倉が手を延ばし、「野球部部費」と書かれた茶封筒を受け取った。
「珍しいね?会長自ら」
会計担当の原が来るものだと思っていたので、片倉が少し意外そうな顔をした。
「あ…、…ちょっと用事があってさ。…今一人?」
「…なに?俺に?
俺以外はみんな帰ったよ」
日没の早いシーズンオフに入り、大仙と片倉は他の部員をシーズン時より比較的早く帰すようにしていた。
ストレッチを終え、部室内に置かれたベンチに片倉が座り直す。するとみずきが彼の横に座り、間を空けて続けた。
「…えっと、明日おじいちゃんが来るのよ」
「…理事長が?」
「…うん」
みずきの祖父である聖タチバナの理事長は、当校の権限の頂点に居る人物。物事に厳しく、曲がった事は認めない。
今思えば、みずきが奔放且つ我儘な性分なのも逆に納得してしまうというものだった。
「…そのおじいちゃんをごまかす為…、もしくは追い返す為に協力して欲しい。…てとこか?」
「……」
黙り込むみずき。それを肯定の意と片倉は受け取った。
「いいよ。俺にできる事なら」
何を言われるかは想像できないが、彼はとりあえず了承しておく事にした。
「…ありがと。
じゃあ、さあ…?」
「うん」
「あ、あの…私とさ…?」
「うん」
「…付き合って」
「うん…?ぶッッ!」
彼は飲んでいたスポーツドリンクを盛大に口から吹き出す。みずきが「あーあ」と言いたげな顔をした。
「…きったなーいなぁー」
「…うるっせいっ。ゲホッ」
みずきは「はい」とハンカチを差し出し、彼がユニフォームを拭いだ。
「…なんでまた。今度は結婚話でも持ち出されたのか?
…あの人ならありそうだな。「儂が決めた許婚と~」とか」
「…当たり。話が早いわね~、さすが片倉くん。頼りになるぅ」
「…ん?そうか?」
片倉は残り少ないドリンクを飲み干し、空のペットボトルをごみ箱に投じた。
「当然だけとゴッコでいいんだろ?あと学校ん中だけで」
「うん。全然おっけー!ありがとー!」
彼が確認すると、みずきが笑顔で肯定する。そして片倉の両手を取り、ぶんぶんと一方的な握手をした。
「うん…?ぶッッ!」
彼は飲んでいたスポーツドリンクを盛大に口から吹き出す。みずきが「あーあ」と言いたげな顔をした。
「…きったなーいなぁー」
「…うるっせいっ。ゲホッ」
みずきは「はい」とハンカチを差し出し、彼がユニフォームを拭いだ。
「…なんでまた。今度は結婚話でも持ち出されたのか?
…あの人ならありそうだな。「儂が決めた許婚と~」とか」
「…当たり。話が早いわね~、さすが片倉くん。頼りになるぅ」
「…ん?そうか?」
片倉は残り少ないドリンクを飲み干し、空のペットボトルをごみ箱に投じた。
「当然だけとゴッコでいいんだろ?あと学校ん中だけで」
「うん。全然おっけー!ありがとー!」
彼が確認すると、みずきが笑顔で肯定する。そして片倉の両手を取り、ぶんぶんと一方的な握手をした。
「…あ、あとその上でも一つ、…いい?」
「…はいはい。何でしょう?」
一つではなかったのか。とのツッコミを彼は止めておく事にした。
「コッチはお互いにとっての“イイコト”かもよ?」
意味深なみずきの物言い。何を要求されるのか、逆に彼を不安にさせた。
「…そりゃ楽しみだ」
「…はいはい。何でしょう?」
一つではなかったのか。とのツッコミを彼は止めておく事にした。
「コッチはお互いにとっての“イイコト”かもよ?」
意味深なみずきの物言い。何を要求されるのか、逆に彼を不安にさせた。
「…そりゃ楽しみだ」
「えっと…、私達を野球部にいれてくれない?」
「…え?」
意外な問いだった。先程の「祖父をごまかすために恋人を演じて欲しい」よりも遥かに。
それとも、その作戦の一環なのだろうか…?
「…入部は歓迎する、けど…まさか選手として?んで私「達」って…
…ああ生徒会メンバーか」
片倉にとって、みずき以外に思い付く面子は生徒会のメンバーだけだったが、やはりその通りのようだ。
「そう。モチ選手。戦力になるよー?橘みずき太鼓判」
「それは頼もしいな」
彼等の野球経験の有無にかかわらず、聖タチバナ野球部の方針は「来る者拒まず去る者追えず」。
経験有りなら当然大歓迎だ。
「…え?」
意外な問いだった。先程の「祖父をごまかすために恋人を演じて欲しい」よりも遥かに。
それとも、その作戦の一環なのだろうか…?
「…入部は歓迎する、けど…まさか選手として?んで私「達」って…
…ああ生徒会メンバーか」
片倉にとって、みずき以外に思い付く面子は生徒会のメンバーだけだったが、やはりその通りのようだ。
「そう。モチ選手。戦力になるよー?橘みずき太鼓判」
「それは頼もしいな」
彼等の野球経験の有無にかかわらず、聖タチバナ野球部の方針は「来る者拒まず去る者追えず」。
経験有りなら当然大歓迎だ。
何故なら先の大会での汚名返上の為に、戦力補強は最重点項目なのだから。
「じゃあ、みずき・原・大京・宇津みんな入部でいいのな?
あ、分かってると思うけど大仙さんにも言っといてな」
「はーい了解!
じゃあ、よろしくお願いします。片倉キャプテン!」
みずきがペコリと頭を下げ、青い髪がふわっと揺れた。
「…じゃなかった。…優樹くん。」
ファストネームで呼ばれ直された事で、片倉はもう一つのみずきの頼み事を思い出す。
「…そーいやそんな設定にもなったんだっけな。
…ヨロシクオネガイシマスミズキサン」
片倉もペコリと頭を下げてみせた。同時にみずきが不満げに頬を膨らます。
「…むー。なにそれー?不満ー?こんな可愛い子が「付き合って」って言ってるのにさー!
私を愛しなさいよー!」
それにそんなんじゃおじいちゃんは騙せないよー?もっと愛情込めて!」
みずきがそう言いつつ、そっぽを向く片倉の頬をぷにぷにと指でつっつく。
あ、分かってると思うけど大仙さんにも言っといてな」
「はーい了解!
じゃあ、よろしくお願いします。片倉キャプテン!」
みずきがペコリと頭を下げ、青い髪がふわっと揺れた。
「…じゃなかった。…優樹くん。」
ファストネームで呼ばれ直された事で、片倉はもう一つのみずきの頼み事を思い出す。
「…そーいやそんな設定にもなったんだっけな。
…ヨロシクオネガイシマスミズキサン」
片倉もペコリと頭を下げてみせた。同時にみずきが不満げに頬を膨らます。
「…むー。なにそれー?不満ー?こんな可愛い子が「付き合って」って言ってるのにさー!
私を愛しなさいよー!」
それにそんなんじゃおじいちゃんは騙せないよー?もっと愛情込めて!」
みずきがそう言いつつ、そっぽを向く片倉の頬をぷにぷにと指でつっつく。
「あー…。…「愛し」はできないな。
俺、…彼女いるから」
俺、…彼女いるから」
少し誇張を含めた言い回しだった。片倉の言う「彼女」は、まだ彼と「彼氏彼女」としての然るべき関係にある訳では決してない。少なくとも彼はそう思っていた。
「彼女」とは。
五月の或る日の夕方に、片倉に救われ何者から匿われたバイカー。
床は違えど同じ屋根の下で一夜を共にし、そして一度だけのくちづけを交わし、彼との再会の約束をして去っていった女性。
五月の或る日の夕方に、片倉に救われ何者から匿われたバイカー。
床は違えど同じ屋根の下で一夜を共にし、そして一度だけのくちづけを交わし、彼との再会の約束をして去っていった女性。
彼女の名は森野 木乃葉。
片倉は彼女を待っていた。
片倉は彼女を待っていた。
片倉の頬をつく、みずきの指の動きが止まった。
同時に場の空気の微かな変化を彼は感じ取った。
同時に場の空気の微かな変化を彼は感じ取った。
「…彼女、いるんだ。」
「…ああ」
その場に拡がりつつあった沈黙を打ち消したのは、みずき。
そして自ら澱ませかけた空気を払拭するかの如く、彼女は言葉を連ねた。
「それとこれとは別!演技だってバレたら私はどーなっちゃうの!?おじいちゃん怒るとすっごく怖いんだから!
その時は片倉くんグーパンチよ!」
「分かってるって。
もし俺のせいでバレたら、「パワ堂プリン食い放題」でどうだ?」
みずきの瞳が輝いた。
「ホント!?やった!バレてもいいかも…」
びし。片倉の手刀がみずきの頭部にヒットする。
「痛ったーい!なにすんのさ!」
「プリンは食わせん。俺の演技はパーフェクツだから」
片倉が冗談混じりにそう言うと、涙目のみずきにキレマークが付いた。
「言ったな!ゼッタイおごって貰うからねっ!プリン!」
「目的変わってるぞ。んで顔真っ赤だぞ」
「…う、うるさいっ!痛いのよ!」
「…ああ」
その場に拡がりつつあった沈黙を打ち消したのは、みずき。
そして自ら澱ませかけた空気を払拭するかの如く、彼女は言葉を連ねた。
「それとこれとは別!演技だってバレたら私はどーなっちゃうの!?おじいちゃん怒るとすっごく怖いんだから!
その時は片倉くんグーパンチよ!」
「分かってるって。
もし俺のせいでバレたら、「パワ堂プリン食い放題」でどうだ?」
みずきの瞳が輝いた。
「ホント!?やった!バレてもいいかも…」
びし。片倉の手刀がみずきの頭部にヒットする。
「痛ったーい!なにすんのさ!」
「プリンは食わせん。俺の演技はパーフェクツだから」
片倉が冗談混じりにそう言うと、涙目のみずきにキレマークが付いた。
「言ったな!ゼッタイおごって貰うからねっ!プリン!」
「目的変わってるぞ。んで顔真っ赤だぞ」
「…う、うるさいっ!痛いのよ!」
冗談を言い合い、暫し二人は笑いあった。
確かな心からの談笑。しかしお互いの心の更に奥、少なくともみずきの「そこ」には、拭えない「何か」が確かにあった。
確かな心からの談笑。しかしお互いの心の更に奥、少なくともみずきの「そこ」には、拭えない「何か」が確かにあった。
「…よし、もう暗いからそろそろ帰るぞ」
ミゾットのエンブレムが刺繍されたランニングシューズを履き、同じくミゾット製のバッグを持って片倉が立ち上がる。
「…ん。そだね」
横に座っていたみずきも、それに合わせて立ち上がった。
「…あれ?着替えないの?」練習着の上に、タチバナ学園野球部のジャケットを羽織った片倉にみずきが問う。
「ああ、俺はどうせ走って帰るから。近いし。
…みずきは誰か迎え来てくれるのか?」
まさかとは思うが、女の子を夜道、しかも一人で帰らす訳にはいかない。
「うん。大丈夫」
みずきは笑顔で答えた。片倉は「そっか」とだけ言った。
ミゾットのエンブレムが刺繍されたランニングシューズを履き、同じくミゾット製のバッグを持って片倉が立ち上がる。
「…ん。そだね」
横に座っていたみずきも、それに合わせて立ち上がった。
「…あれ?着替えないの?」練習着の上に、タチバナ学園野球部のジャケットを羽織った片倉にみずきが問う。
「ああ、俺はどうせ走って帰るから。近いし。
…みずきは誰か迎え来てくれるのか?」
まさかとは思うが、女の子を夜道、しかも一人で帰らす訳にはいかない。
「うん。大丈夫」
みずきは笑顔で答えた。片倉は「そっか」とだけ言った。
部室の電気を消して外に出る二人。片倉がバッグから部室の鍵を探し出す。
そこで不意にみずきが口を開いた。
「…初めて会った時もユニフォーム着てたね。覚えてる?」
「…んー…、そうだっけ。
…あ、確か職員室の前か」
施錠をし、確認しながら彼は答える。クスクスと笑いながら、みずきが首を縦に振った。
「あそこ私「みずきって呼んでね」って言ったのに、
片倉くんはずっと「橘」としか呼んでくれなかったなぁー」
再びみずきが頬を膨らまし、片倉は顔を傾げた。
「…よく覚えてんな」
そこで不意にみずきが口を開いた。
「…初めて会った時もユニフォーム着てたね。覚えてる?」
「…んー…、そうだっけ。
…あ、確か職員室の前か」
施錠をし、確認しながら彼は答える。クスクスと笑いながら、みずきが首を縦に振った。
「あそこ私「みずきって呼んでね」って言ったのに、
片倉くんはずっと「橘」としか呼んでくれなかったなぁー」
再びみずきが頬を膨らまし、片倉は顔を傾げた。
「…よく覚えてんな」
「いつだろ…?初めて「みずき」って呼んでくれたの」
みずきが空を見上げ、彼女の髪が冷たい夜風に靡く。新月で月は見えなかったが、星の綺麗な夜だった。
「…いつだったろうな…」
みずきが空を見上げ、彼女の髪が冷たい夜風に靡く。新月で月は見えなかったが、星の綺麗な夜だった。
「…いつだったろうな…」
お互い他に言葉が出ぬまま、正門にたどり着く。そこでみずきが二、三歩進み、くるりと片倉に向き直った。
「ねえ…」
「ん?なんだ?」
「…明日から、おじいちゃんの事頼むわよ!
バレたらグーパンチでプリンだからね!」
他人が聞いたら間違いなく何の事だか判らないであろう事に、みずきは念をおした。
「あー了解。絶対プリンはおごらん」
「ねえ…」
「ん?なんだ?」
「…明日から、おじいちゃんの事頼むわよ!
バレたらグーパンチでプリンだからね!」
他人が聞いたら間違いなく何の事だか判らないであろう事に、みずきは念をおした。
「あー了解。絶対プリンはおごらん」
だが、片倉だけには伝わる言葉。
あの時、伝えたかった事。
…それは、本当にこれだったのだろうか。
あの時、伝えたかった事。
…それは、本当にこれだったのだろうか。
「じゃーねっ!」
「ああ、じゃあまた明日な」
二人は離れ、正反対の方角に歩み出す。
「ああ、じゃあまた明日な」
二人は離れ、正反対の方角に歩み出す。
みずきが本当に伝えたかった事。それは。