『FAKE STAR』
「くそが!また天国否定だ!」
パワフルタウンに建つとあるパチンコ屋で、野球着の男が苦言を垂れ、メダルの無くなりかけた台を叩いた。当然、誉められた行為ではないが、それを追及する店員などは居はしなかった。
彼はそれ以前に高校生であった。学校の制服でこそ無いが、ユニフォームでパチスロをする人間の浮きかたも中々のものだった。やはり追及する者は居なかったが。
「…すみおさんは…出てんね」
「すみお」と呼ばれた彼の横で打っている年配の男は、三つの箱にメダルがぎっしり入っていた。金額にして六万円以上はあろう数だった。
「ただでさえ波が荒い『パワプロクン711』に、なんも考えず金突っ込んだらイカンよ。連チャンとか天国だのも、先ずはボーナス引いてからの話だろう?全く。いくら負けたんだ?」
「…3万」
「…呆れるな。まだ高校生なんだろう?バイト代ほぼ飛んじまったんじゃないのか?」
彼は無言で頷いた。すみおは彼を横目に溜息をつく。彼は煙草に火を付け、残り少ないメダルを台に投入する。
「こんなとこで煙草なんざ吸って金を溝に捨ててないで、練習しろ練習!またあの女の子が探しにくるぞ?」
すみおも煙草に火を付けつつ、彼に説教を始めた。
「…この前とシマが違うから、みずきは来ませんよ。…たぶん。
…あーあ。いかにも危なそーな変なクスリ飲んで稼いだ10万が、もう1/3になっちまった」
紫煙を吐きながら、彼は時計を見る。3時半を指していた。
「あ、そーだ。すみおさん今度麻雀しに寮行くからね」
「ん?来りゃいつでも相手してやるぞ」
パワフルタウンに建つとあるパチンコ屋で、野球着の男が苦言を垂れ、メダルの無くなりかけた台を叩いた。当然、誉められた行為ではないが、それを追及する店員などは居はしなかった。
彼はそれ以前に高校生であった。学校の制服でこそ無いが、ユニフォームでパチスロをする人間の浮きかたも中々のものだった。やはり追及する者は居なかったが。
「…すみおさんは…出てんね」
「すみお」と呼ばれた彼の横で打っている年配の男は、三つの箱にメダルがぎっしり入っていた。金額にして六万円以上はあろう数だった。
「ただでさえ波が荒い『パワプロクン711』に、なんも考えず金突っ込んだらイカンよ。連チャンとか天国だのも、先ずはボーナス引いてからの話だろう?全く。いくら負けたんだ?」
「…3万」
「…呆れるな。まだ高校生なんだろう?バイト代ほぼ飛んじまったんじゃないのか?」
彼は無言で頷いた。すみおは彼を横目に溜息をつく。彼は煙草に火を付け、残り少ないメダルを台に投入する。
「こんなとこで煙草なんざ吸って金を溝に捨ててないで、練習しろ練習!またあの女の子が探しにくるぞ?」
すみおも煙草に火を付けつつ、彼に説教を始めた。
「…この前とシマが違うから、みずきは来ませんよ。…たぶん。
…あーあ。いかにも危なそーな変なクスリ飲んで稼いだ10万が、もう1/3になっちまった」
紫煙を吐きながら、彼は時計を見る。3時半を指していた。
「あ、そーだ。すみおさん今度麻雀しに寮行くからね」
「ん?来りゃいつでも相手してやるぞ」
「ここでなにやってるの小南くん」
「小南」と呼ばれた彼は、背後からの唐突な声にギクリと硬直した。ゆっくりと振り向くと、彼と同じく野球着に身を包んだ女の子が立っていた。
「みずき!?なんでバレた!?」
「小南くんの「お腹or頭痛い」はサボりますって合図!
それにこの街にパチンコ屋は二軒しか無いの!あっちに居なきゃこっちでしょ!」
「みずき」と呼ばれた彼女は、頬を膨らませ仁王の如く憤怒していた。彼の腕を掴み外へと引っ張り始める。
「おーまた会ったね?えーと、みずきちゃん?彼氏の面倒はしっかり見ときなよ」
「彼氏なんかじゃありません!すみおさん、次からコイツが来たら追い返して下さいよ!?」
「痛いから!みずき痛いから!行くから離せ!」
「うるさいバカ!さっさと歩く!」
すみおは煙草を持つ手を高く振って二人を見送った。
「全く大変だな。彼氏が馬鹿だと」
「小南」と呼ばれた彼は、背後からの唐突な声にギクリと硬直した。ゆっくりと振り向くと、彼と同じく野球着に身を包んだ女の子が立っていた。
「みずき!?なんでバレた!?」
「小南くんの「お腹or頭痛い」はサボりますって合図!
それにこの街にパチンコ屋は二軒しか無いの!あっちに居なきゃこっちでしょ!」
「みずき」と呼ばれた彼女は、頬を膨らませ仁王の如く憤怒していた。彼の腕を掴み外へと引っ張り始める。
「おーまた会ったね?えーと、みずきちゃん?彼氏の面倒はしっかり見ときなよ」
「彼氏なんかじゃありません!すみおさん、次からコイツが来たら追い返して下さいよ!?」
「痛いから!みずき痛いから!行くから離せ!」
「うるさいバカ!さっさと歩く!」
すみおは煙草を持つ手を高く振って二人を見送った。
「全く大変だな。彼氏が馬鹿だと」
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「小南くんがいなきゃ私がシンカー投げられないでしょ!
ほら!タバコ捨てる!」
「わかったわかった」
彼は煙草を投げ捨て、みずきと並んで暗くなりかけた道を軽く走る。
「俺以外にもキャッチャーくらいできるだろ?矢部にでもやらしときゃいーんだよ。
「矢部くんオネガイ」とでも言っとけばアイツはやるよ?」
「暗くなる前に戻るよ!」
「無視ですかそうですか」
彼はポケットから『The Boss』と書かれた煙草を取り出し、火を付けた。
「あーだるい。走るの嫌い」
「だからタバコ吸うなー!」
ほら!タバコ捨てる!」
「わかったわかった」
彼は煙草を投げ捨て、みずきと並んで暗くなりかけた道を軽く走る。
「俺以外にもキャッチャーくらいできるだろ?矢部にでもやらしときゃいーんだよ。
「矢部くんオネガイ」とでも言っとけばアイツはやるよ?」
「暗くなる前に戻るよ!」
「無視ですかそうですか」
彼はポケットから『The Boss』と書かれた煙草を取り出し、火を付けた。
「あーだるい。走るの嫌い」
「だからタバコ吸うなー!」
彼は小南 要といった。聖タチバナ学園の野球部の部員である。巧みなリードを見せる訳でもなく、特別肩が強い訳でもなかったが、主に捕手を担っていた。理由は「みずきの変化球をしっかり捕球できるから(できたから)」であった。
入学時には部に入る気は毛頭無かったが、現在の部の創設者とも言えるタチバナ野球部の主将に熱心にせがまれ、彼の熱意に負け入部したのだった。
実の話、つい先月までもう部を辞める気でいたのだが、
「ハゲの科学者と緑色の髪の巨乳美人に身体を改造される変な夢」を見てから身体能力が飛躍的に上がり、
報酬10万円のバイトで物凄く怪しい薬を飲んで何故かまた能力が上がったので、部に留まる事にしたのだった(夢の話を主将にしたら「俺も同じような夢を見たことがある」と言っていた)。
パチンコ屋に居た年配の男は大塚 住男といい、小南は「すみおさん」と呼んでいた。何度かパチンコ屋で顔を合わせるうちに知り合い、たまに一緒に麻雀をやる仲になっていた。
彼は猪狩カイザースの選手寮長でもあり、こっそりと小南を寮に何度か連れていった事もある。お陰で小南は猪狩守、進の兄弟を見たこともあり、主将やみずきに羨ましがられていた。
入学時には部に入る気は毛頭無かったが、現在の部の創設者とも言えるタチバナ野球部の主将に熱心にせがまれ、彼の熱意に負け入部したのだった。
実の話、つい先月までもう部を辞める気でいたのだが、
「ハゲの科学者と緑色の髪の巨乳美人に身体を改造される変な夢」を見てから身体能力が飛躍的に上がり、
報酬10万円のバイトで物凄く怪しい薬を飲んで何故かまた能力が上がったので、部に留まる事にしたのだった(夢の話を主将にしたら「俺も同じような夢を見たことがある」と言っていた)。
パチンコ屋に居た年配の男は大塚 住男といい、小南は「すみおさん」と呼んでいた。何度かパチンコ屋で顔を合わせるうちに知り合い、たまに一緒に麻雀をやる仲になっていた。
彼は猪狩カイザースの選手寮長でもあり、こっそりと小南を寮に何度か連れていった事もある。お陰で小南は猪狩守、進の兄弟を見たこともあり、主将やみずきに羨ましがられていた。
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「ほーら居ただろ?もう一軒の方に」
「キャプテン!みずきにチクんの勘弁してよ!…あぁ疲れた」
「タバコなんて吸ってるから体力無いのよ!ほら投げ込み開始!」
「…待て、待てってマジ…。今練習したら故障率5割はあるよ?休まんと。…うぇ」
学校に着いた小南は、激しく息を切らしていた。だが、みずきに鋭く睨まれたので、小南は渋々靴を履き替えプロテクタを身に付け始める。みずきは主将とキャッチボールをし始めた。
「しかし要は良くサボるな。早いとこ治ってくれると有り難いんだけど…、
…今度精神のお守りやろうか?」
主将が冗談混じりに言うと、みずきが直ぐさま反論する。
「この前私があげたわよ!そうしたら30分で下に『小南は精神のお守りを失った』ってテロップが出たんだよ?しかも治ってないし!バグよ!」
「マジ?そりゃ重症だ」
彼は重度のサボりぐせであり。そして未成年の分際でパチスロ中毒でもあり、更に愛煙家という三重苦であった。
本人は自覚してないが、彼が「頭が痛い」とサボる時は『アウターヘヴン』というパチンコ屋に行き、「腹が痛い」と訴える時には『シャドウモセス』というパチスロ専門店に行き、更に「気持ち悪い」と言う時はその他の理由で帰る時
という行動パターンがあった。それを判っているのは主将ただ一人であるが。
「キャプテン!みずきにチクんの勘弁してよ!…あぁ疲れた」
「タバコなんて吸ってるから体力無いのよ!ほら投げ込み開始!」
「…待て、待てってマジ…。今練習したら故障率5割はあるよ?休まんと。…うぇ」
学校に着いた小南は、激しく息を切らしていた。だが、みずきに鋭く睨まれたので、小南は渋々靴を履き替えプロテクタを身に付け始める。みずきは主将とキャッチボールをし始めた。
「しかし要は良くサボるな。早いとこ治ってくれると有り難いんだけど…、
…今度精神のお守りやろうか?」
主将が冗談混じりに言うと、みずきが直ぐさま反論する。
「この前私があげたわよ!そうしたら30分で下に『小南は精神のお守りを失った』ってテロップが出たんだよ?しかも治ってないし!バグよ!」
「マジ?そりゃ重症だ」
彼は重度のサボりぐせであり。そして未成年の分際でパチスロ中毒でもあり、更に愛煙家という三重苦であった。
本人は自覚してないが、彼が「頭が痛い」とサボる時は『アウターヘヴン』というパチンコ屋に行き、「腹が痛い」と訴える時には『シャドウモセス』というパチスロ専門店に行き、更に「気持ち悪い」と言う時はその他の理由で帰る時
という行動パターンがあった。それを判っているのは主将ただ一人であるが。
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「みずき、今日真っすぐの球の回転があんま良くないな。リリースとフォームしっかり意識してみ」
みずきの球を受け始めた小南が言った。
「え?ホント?…意識してみる」
「うん。こーいう回転だとイレギュラーが多少強くなるから、ワンバン捕るの結構めんどいし」
「ちょっと!それが本音でしょ!?」
「うん」
みずきの球を受け始めた小南が言った。
「え?ホント?…意識してみる」
「うん。こーいう回転だとイレギュラーが多少強くなるから、ワンバン捕るの結構めんどいし」
「ちょっと!それが本音でしょ!?」
「うん」
小南とヤジを飛ばしつつ、みずきはコース・球種別に50球ほど軽く投げ込み、肩をマッサージした後グラウンドを走り出す。
今はシーズンオフなので、基礎体力作りに重きを置くのが主将の意向だった。自他共に認める程体力の無い小南にとって、長距離を走る事の多いこの時期はやや鬱だ。もっとも、以前「夢」を見てからは走れる距離が多少増えたが。
「キャプテン、トイレ行ってくるね」
「ああ。吸い殻ちゃんと片付けろよー」
「吸わないよ!失礼な」
「帰って来たら、俺の球も受けてよ」
「ん、いーですよ」
みずきの投げ込みを受け終え、ベンチに腰掛けていた小南は、主将に断りを入れて部室の近くにあるトイレに向かった。
そして裏手に回った彼は、愛煙するタバコ『The Boss』を一本取り出し火を付けた。
「…ふー」
紫煙を吐き出し、陰から練習する他の部員を見る。先日、みずきを含む生徒会が新たに部に加わってから、オフシーズンといえども皆気合いが入っていた。一人を除いて。
グラウンドを走るみずきと宇津の二人を除いたメンバーが、各筋力トレーニングを組み合わせ体力作りを兼ねたメニューを繰り返し行っていた。
「…うーわ、マジ死にそう」
二度三度煙を吸い、吐き出し、灰を落とす。冬の冷たい風に、彼の口から出る紫煙が溶けてゆく。今日は風がやや強かった。
「…キャプテンが「球受けてくれ」っつってたな。…あいつの球アホみたく速くて重いから痛いんだよなー」
今はシーズンオフなので、基礎体力作りに重きを置くのが主将の意向だった。自他共に認める程体力の無い小南にとって、長距離を走る事の多いこの時期はやや鬱だ。もっとも、以前「夢」を見てからは走れる距離が多少増えたが。
「キャプテン、トイレ行ってくるね」
「ああ。吸い殻ちゃんと片付けろよー」
「吸わないよ!失礼な」
「帰って来たら、俺の球も受けてよ」
「ん、いーですよ」
みずきの投げ込みを受け終え、ベンチに腰掛けていた小南は、主将に断りを入れて部室の近くにあるトイレに向かった。
そして裏手に回った彼は、愛煙するタバコ『The Boss』を一本取り出し火を付けた。
「…ふー」
紫煙を吐き出し、陰から練習する他の部員を見る。先日、みずきを含む生徒会が新たに部に加わってから、オフシーズンといえども皆気合いが入っていた。一人を除いて。
グラウンドを走るみずきと宇津の二人を除いたメンバーが、各筋力トレーニングを組み合わせ体力作りを兼ねたメニューを繰り返し行っていた。
「…うーわ、マジ死にそう」
二度三度煙を吸い、吐き出し、灰を落とす。冬の冷たい風に、彼の口から出る紫煙が溶けてゆく。今日は風がやや強かった。
「…キャプテンが「球受けてくれ」っつってたな。…あいつの球アホみたく速くて重いから痛いんだよなー」
その時。風に乗って運ばれてくる淡く甘い香りを彼は感じ取った。嗅覚が他人のそれより利くようになったのも、あの「夢」を見てからだったか。
「…?」
小南がタバコを持ったまま風上に向かうと、匂いがだんだん顕著になってくる。
『女物の香水…?』
その表現は正しくなく、いわば女性特有の甘い香り、といったところか。
学校とは塀を挟んだ外に、その香りの根源があった。
「…?」
小南がタバコを持ったまま風上に向かうと、匂いがだんだん顕著になってくる。
『女物の香水…?』
その表現は正しくなく、いわば女性特有の甘い香り、といったところか。
学校とは塀を挟んだ外に、その香りの根源があった。
一人の女の子がいた。美しい漆黒の髪を風に靡かせ、大きな瞳を真っすぐ野球部に向ける少女。まるで人形の如く感情の伺えない表情をしてそこに佇む彼女に、小南はただ魅入った。
『…誰だ?』
不意に少女が鼻をひくつかせ、小南の方に目を向けた。煙草の臭気を感じ取ったのだろうか。
「…」
小南の両足は、自ずとも彼女に向かい歩み始めていた。自分から決して逸れない冷たい視線が、少し痛かった。
そして、背の低い塀を挟んで彼女の前に赴き、小南は聞いた。
「…キミは誰?」
少女は答えなかった。
「誰かの、友達?」
少女は答えなかった。
「野球好きなの?」
「それ」
初めて少女は口を開いた。指し示した先には、燃え尽きかけた煙草があった。
「…ああ、煙草?」
「たばこは嫌いです」
ただそう言い残し、少女は身を翻して去っていった。
「…」
小さくなってゆく彼女を、小南はいつまでも見ていた。フィルタまで上った煙草の火が燻り、そして消えた。
その2
『…誰だ?』
不意に少女が鼻をひくつかせ、小南の方に目を向けた。煙草の臭気を感じ取ったのだろうか。
「…」
小南の両足は、自ずとも彼女に向かい歩み始めていた。自分から決して逸れない冷たい視線が、少し痛かった。
そして、背の低い塀を挟んで彼女の前に赴き、小南は聞いた。
「…キミは誰?」
少女は答えなかった。
「誰かの、友達?」
少女は答えなかった。
「野球好きなの?」
「それ」
初めて少女は口を開いた。指し示した先には、燃え尽きかけた煙草があった。
「…ああ、煙草?」
「たばこは嫌いです」
ただそう言い残し、少女は身を翻して去っていった。
「…」
小さくなってゆく彼女を、小南はいつまでも見ていた。フィルタまで上った煙草の火が燻り、そして消えた。
その2