新入生を歓迎するかのように咲いていた桜は散り、葉桜になってしまった。
そんな5月の最初に用意されているのが、ゴールデンウィークである。
学生にとって貴重なこの連休の過ごし方は様々である。
が、部活動に参加している生徒の過ごし方は大差ない。
大抵の場合、授業時間が部活の時間に回されるだけである。
そんな5月の最初に用意されているのが、ゴールデンウィークである。
学生にとって貴重なこの連休の過ごし方は様々である。
が、部活動に参加している生徒の過ごし方は大差ない。
大抵の場合、授業時間が部活の時間に回されるだけである。
今回の話の舞台となる聖タチバナ学園野球部においても、それは同じである。
日も沈んだグラウンドの隅で、ユニフォームを着た男子生徒達が気だるそうに輪を作っている。
その輪の中央にいるのは、紫がかった髪を後ろで結んだ女子生徒である。
和人形のような整った顔立ちは、美少女と呼ぶに相応しい。
彼女の名前は六道 聖(ろくどう ひじり)。
この野球部のキャプテンであり、部内一の捕手である。
彼女が中央に立っているのは、ミーティングを仕切っているからである。
その輪の中央にいるのは、紫がかった髪を後ろで結んだ女子生徒である。
和人形のような整った顔立ちは、美少女と呼ぶに相応しい。
彼女の名前は六道 聖(ろくどう ひじり)。
この野球部のキャプテンであり、部内一の捕手である。
彼女が中央に立っているのは、ミーティングを仕切っているからである。
「えー、5月にある連休の練習予定だが……」
「キャプテーン。ちょっといいですかぁー?」
「キャプテーン。ちょっといいですかぁー?」
だらけた態勢で立っている男子生徒が、茶化すような口調で話の流れを断ち切る。
体格や身長からして、恐らく3年の生徒だろう。
六道が、その生徒の方へと視線を動かす。
その目には、態度を戒めるような強い意思が宿っている。
体格や身長からして、恐らく3年の生徒だろう。
六道が、その生徒の方へと視線を動かす。
その目には、態度を戒めるような強い意思が宿っている。
「……何だ」
「俺たちなりに話し合ってみたんスけどぉー、ゴールデンウィークには合宿したらどうかと思うんスよ。」
「ほう?お前にしてはまともな意見だな」
「やだなぁー、俺達だってたまにゃ真面目になりますよぉ~」
「俺たちなりに話し合ってみたんスけどぉー、ゴールデンウィークには合宿したらどうかと思うんスよ。」
「ほう?お前にしてはまともな意見だな」
「やだなぁー、俺達だってたまにゃ真面目になりますよぉ~」
皮肉を込めた六道の物言いを全く意に介さず、男子生徒は相変わらずだらだらとした態度をとる。
「その上ぇー、その合宿の場所とかも既に決めてあるんですよぉー」
「やる事が早いな。当日には霰でも観測されそうなくらいだ」
「ってわけで、5月はそういうことでいいっスかねぇ~?」
「……」
「やる事が早いな。当日には霰でも観測されそうなくらいだ」
「ってわけで、5月はそういうことでいいっスかねぇ~?」
「……」
先程から、場には微妙な険悪さが漂っている。
六道はしばらく考える様な間を置いて、一言。
六道はしばらく考える様な間を置いて、一言。
「……いいだろう、合宿については任せよう。」
「へ~い、任されましたぁ~」
「それでは、次に今日の反省点だが……」
「へ~い、任されましたぁ~」
「それでは、次に今日の反省点だが……」
ミーティングが終わったのか、歪な形の輪が崩れ部員達が散っていく。
輪の中央にいた六道も、疲れたように溜息をついてゆっくりと更衣室へ向かう。
「六道キャプテン」
六道が後ろを振り向くと、2年生のレギュラーであるが小枝が立っていた。
輪の中央にいた六道も、疲れたように溜息をついてゆっくりと更衣室へ向かう。
「六道キャプテン」
六道が後ろを振り向くと、2年生のレギュラーであるが小枝が立っていた。
「どうした?」
「いや、先輩達の事なんですがね……どうも最近動きが怪しいんですよ」
「……というと?」
「最近、こそこそと何か話し合ってるんですよ。六道がどうこうとか合宿が楽しみだとか……」
「あいつらが怪しい事をしてるのはいつもの事だろう」
「そうなんですけど……何か、いつもと雰囲気が違うんです」
「…………」
「いや、先輩達の事なんですがね……どうも最近動きが怪しいんですよ」
「……というと?」
「最近、こそこそと何か話し合ってるんですよ。六道がどうこうとか合宿が楽しみだとか……」
「あいつらが怪しい事をしてるのはいつもの事だろう」
「そうなんですけど……何か、いつもと雰囲気が違うんです」
「…………」
気をつけて下さいね、と言い残して小枝は部室棟の方へと歩いて行った。
六道はしばらく小枝の背中を眺めていたが、やがて女子用の更衣室へと踵を返した。
六道はしばらく小枝の背中を眺めていたが、やがて女子用の更衣室へと踵を返した。
すっかり太陽の姿は見えなくなり、帰り道を照らすのは街灯と月の光のみである。
人通りは少なく、時たま車が脇を通り過ぎるだけである。
そんな帰り道で、六道は物思いに耽っていた。
1年前、聖タチバナは甲子園大会で見事優勝した。
それも六道・橘という女性二人がバッテリーを組んでいての結果である。
当然、これは大きな話題となり記録に残る偉業である。
かつて、甲子園で早川という女子の投手が活躍したことがあった。
それでもやはり男子と女子の差は大きく、第二の早川が現れる事はないだろうというのが大筋の意見であった。
そんな世論を笑いものにするかのように、聖タチバナは優勝した。
そして、甲子園を大きく揺るがした橘達3年生は去年引退した。
橘を始めとしてプロに指名された選手もいたが、最終的に全員大学進学の道を選んだ。
その後のキャプテンに選ばれたのが、六道であった。
選手としての実力もさることながら、チームメイトをまとめる統率力も後押ししての結果である。
人通りは少なく、時たま車が脇を通り過ぎるだけである。
そんな帰り道で、六道は物思いに耽っていた。
1年前、聖タチバナは甲子園大会で見事優勝した。
それも六道・橘という女性二人がバッテリーを組んでいての結果である。
当然、これは大きな話題となり記録に残る偉業である。
かつて、甲子園で早川という女子の投手が活躍したことがあった。
それでもやはり男子と女子の差は大きく、第二の早川が現れる事はないだろうというのが大筋の意見であった。
そんな世論を笑いものにするかのように、聖タチバナは優勝した。
そして、甲子園を大きく揺るがした橘達3年生は去年引退した。
橘を始めとしてプロに指名された選手もいたが、最終的に全員大学進学の道を選んだ。
その後のキャプテンに選ばれたのが、六道であった。
選手としての実力もさることながら、チームメイトをまとめる統率力も後押ししての結果である。
……が、それだけが理由でもない。
確かに六道は一流の選手であるが、やはり女性である。
女性の野球選手も以前に比べて増えてはいるが、その事をよく思わない者も多い。
まして、キャプテンともなると部員に指示することも多くなる。
女性に上の立場に立たれ、指示される……。
それだけで不快感を覚えるような輩も少なからずいる。
出来る事なら、女性のキャプテンは避けるべきなのである。
だが、そうせざるを得なかった。
キャプテンに必要な素質をもった部員が、当時の2年生にいなかったのである。
素行があまりよろしくない部員もいた。
練習に真面目に取り組んでいても、リーダーシップを取れるほど積極性を持たない部員もいた。
多少の違いはあれど、人の上に立てるような2年生はいなかった。
確かに六道は一流の選手であるが、やはり女性である。
女性の野球選手も以前に比べて増えてはいるが、その事をよく思わない者も多い。
まして、キャプテンともなると部員に指示することも多くなる。
女性に上の立場に立たれ、指示される……。
それだけで不快感を覚えるような輩も少なからずいる。
出来る事なら、女性のキャプテンは避けるべきなのである。
だが、そうせざるを得なかった。
キャプテンに必要な素質をもった部員が、当時の2年生にいなかったのである。
素行があまりよろしくない部員もいた。
練習に真面目に取り組んでいても、リーダーシップを取れるほど積極性を持たない部員もいた。
多少の違いはあれど、人の上に立てるような2年生はいなかった。
そんな理由で、六道はキャプテンになった。
実際、六道のキャプテンとしての働きぶりは目を見張るものがあった。
前キャプテンの英断は概ね適切だったと言えるだろう。
だがしかし、それは部員に対して厳しく規律を守らせていたということでもあった。
当然、それに応じて反発する者もいた。
練習を不満げに行う者、不平を口にする者……。
六道も最初はそれを咎めていたが、次第にそれが無駄だとも感じてきていた。
誰しもが正論をぶつければ反省し改善しようとする。そう思っていた。
だが、現実はそう上手くいかない。
皆が皆、自分の意見を曲げて正論を受け入れるわけではないのだ。
自分が正しいと信じている者。正論と分かっていてもそれに反発する者。
実際、六道のキャプテンとしての働きぶりは目を見張るものがあった。
前キャプテンの英断は概ね適切だったと言えるだろう。
だがしかし、それは部員に対して厳しく規律を守らせていたということでもあった。
当然、それに応じて反発する者もいた。
練習を不満げに行う者、不平を口にする者……。
六道も最初はそれを咎めていたが、次第にそれが無駄だとも感じてきていた。
誰しもが正論をぶつければ反省し改善しようとする。そう思っていた。
だが、現実はそう上手くいかない。
皆が皆、自分の意見を曲げて正論を受け入れるわけではないのだ。
自分が正しいと信じている者。正論と分かっていてもそれに反発する者。
ただ注意するだけでは、無理なのだ。
自分を認めさせて、自分も相手を認める。
その上で、徐々に相互理解を進めていく……。
手間と時間がかかり、精神的に強く優しくなくてはいけない。
人の心を動かすというのは、大変なことだ。
それが、自分に出来るのだろうか?
六道は、不安だった。
自分の手で、かつての野球部のような環境を作れるのだろうか。
……だが、信じていた。
あの部員たちとも、理解しあえる。理解してくれる。
歪みを知らない彼女は、相手が歪んでいると信じられずにいた。
ゆえに、誰もが本当は自分と同じように理解しあう事を望んでいる。そう思っていた
自分を認めさせて、自分も相手を認める。
その上で、徐々に相互理解を進めていく……。
手間と時間がかかり、精神的に強く優しくなくてはいけない。
人の心を動かすというのは、大変なことだ。
それが、自分に出来るのだろうか?
六道は、不安だった。
自分の手で、かつての野球部のような環境を作れるのだろうか。
……だが、信じていた。
あの部員たちとも、理解しあえる。理解してくれる。
歪みを知らない彼女は、相手が歪んでいると信じられずにいた。
ゆえに、誰もが本当は自分と同じように理解しあう事を望んでいる。そう思っていた
彼女は、知らない。
本当に歪んでいて、手遅れになってしまっている者達の事を。
知らなければ、知る事は無い。
そしてそれを知った時には、もう遅い。
一度過ちを犯さねば、人は学べないものなのだ。
その一度の過ちが、決定的な過ちにならないかが重要なのだ。
……彼女の過ちは、どうなるのであろうか。
本当に歪んでいて、手遅れになってしまっている者達の事を。
知らなければ、知る事は無い。
そしてそれを知った時には、もう遅い。
一度過ちを犯さねば、人は学べないものなのだ。
その一度の過ちが、決定的な過ちにならないかが重要なのだ。
……彼女の過ちは、どうなるのであろうか。
もう既に遅い。
何もかもが遅い。
遅い……遅い……遅い・・・・・・・・・・・・
そして……
何もかもが遅い。
遅い……遅い……遅い・・・・・・・・・・・・
そして……
「……」
結局、もやもやとした気持ちを残したまま合宿前日になった。
部員の不自然さは、果たして何かの予兆なのだろうか。
確かに、普段の素行からは想像できない行動である。
……合宿に、行きたかったのか?
それとも、合宿の行き先という大義名分にして行きたい場所が……?
それか、本当にやる気を出してくれたのか。
色々と考えだすと、収拾が付かなくなってしまう。
そんな時、バッグに入れていた携帯が振動していることに気づいた。
特に焦るでもなく、ゆっくりと携帯を取り出す六道。
が、画面を見た途端六道の表情に変化が起きた。
六道は画面に出た名前に驚いた後、少しだけ頬を緩ませて微笑んだ。
ちなみに、画面に映っていたのは野球部の前キャプテンの名前である。
六道は、先程よりは急いでボタンを押す。
「……もしもし?」
「あ、聖ちゃん?」
携帯電話だというのに、本人かどうか確認してくる。
恐らく習慣なのだろうが、そんな一言一言に六道は安らぎを覚えていた。
「携帯なのだから、私が出るのは当たり前だろう?」
今度は、見て明らかに分かるくらいに微笑む。
……先程から、六道はいささか以上に反応を見せている。
普通に見れば、これまでの反応もそれ程大した反応ではない。
が、六道は普段の感情表現がやや乏しい。
本来相手の行動に逐一の反応を見せたりはしないのである。
その六道がこのような反応を見せているのは……。
……各自の想像にお任せする。
結局、もやもやとした気持ちを残したまま合宿前日になった。
部員の不自然さは、果たして何かの予兆なのだろうか。
確かに、普段の素行からは想像できない行動である。
……合宿に、行きたかったのか?
それとも、合宿の行き先という大義名分にして行きたい場所が……?
それか、本当にやる気を出してくれたのか。
色々と考えだすと、収拾が付かなくなってしまう。
そんな時、バッグに入れていた携帯が振動していることに気づいた。
特に焦るでもなく、ゆっくりと携帯を取り出す六道。
が、画面を見た途端六道の表情に変化が起きた。
六道は画面に出た名前に驚いた後、少しだけ頬を緩ませて微笑んだ。
ちなみに、画面に映っていたのは野球部の前キャプテンの名前である。
六道は、先程よりは急いでボタンを押す。
「……もしもし?」
「あ、聖ちゃん?」
携帯電話だというのに、本人かどうか確認してくる。
恐らく習慣なのだろうが、そんな一言一言に六道は安らぎを覚えていた。
「携帯なのだから、私が出るのは当たり前だろう?」
今度は、見て明らかに分かるくらいに微笑む。
……先程から、六道はいささか以上に反応を見せている。
普通に見れば、これまでの反応もそれ程大した反応ではない。
が、六道は普段の感情表現がやや乏しい。
本来相手の行動に逐一の反応を見せたりはしないのである。
その六道がこのような反応を見せているのは……。
……各自の想像にお任せする。
「あはは、そう言われればそうだね」
「全く……変わらないな、先輩は……」
「全く……変わらないな、先輩は……」
最後に聞いた時と同じように、軽い口調で話しかけてくる。
口調に軽さがあるという点では、先輩と呼ばれている男とあの男子生徒達に共通している。
が、同じ軽さでも六道に言わせれば「人を小馬鹿にしている子供」と「無邪気にはしゃぐ子供」ぐらいの違いがあるらしい。
「でも、一体どうしたんだ?いつもはメールなのに」
「……別に?ただ聖ちゃんの声が聞きたくなっただけー」
裏表のない、素直な言葉。
考え込んでいて少し疲れていた六道にはただそれが微笑ましく、時に愛おしくさえも思える。
口調に軽さがあるという点では、先輩と呼ばれている男とあの男子生徒達に共通している。
が、同じ軽さでも六道に言わせれば「人を小馬鹿にしている子供」と「無邪気にはしゃぐ子供」ぐらいの違いがあるらしい。
「でも、一体どうしたんだ?いつもはメールなのに」
「……別に?ただ聖ちゃんの声が聞きたくなっただけー」
裏表のない、素直な言葉。
考え込んでいて少し疲れていた六道にはただそれが微笑ましく、時に愛おしくさえも思える。
「大学の方はどうだ?あまり噂を聞かないが……」
「んー、まぁ1年から使ってもらえるようなレベルの大学じゃないからね」
「そうか、大変そうだな」
「大変って言うなら、みずきちゃんの方が大変だよ。この前だって……」
「んー、まぁ1年から使ってもらえるようなレベルの大学じゃないからね」
「そうか、大変そうだな」
「大変って言うなら、みずきちゃんの方が大変だよ。この前だって……」
「へぇー、あいつらが合宿の計画を……変われば変わるものだね」
「まぁ、唯の気まぐれなのかもしれないがな。」
「そうで無いといいんだけどね」
「まぁ、唯の気まぐれなのかもしれないがな。」
「そうで無いといいんだけどね」
お互いに近況を報告する。
前キャプテンも順調なわけではないが、それなりに充実した生活を送っているらしい。
「……っと。もうこんな時間か。もう切るね」
「そうか。それじゃあ、また……」
「うん、またね」
楽しい時間はすぐ過ぎるものである。
気付いてみれば、日付が変わろうとしている。
明日が合宿当日だというのに、万が一にもキャプテンが遅れてはいけない。
そう思い、六道は早々に寝床に入った。
前キャプテンも順調なわけではないが、それなりに充実した生活を送っているらしい。
「……っと。もうこんな時間か。もう切るね」
「そうか。それじゃあ、また……」
「うん、またね」
楽しい時間はすぐ過ぎるものである。
気付いてみれば、日付が変わろうとしている。
明日が合宿当日だというのに、万が一にもキャプテンが遅れてはいけない。
そう思い、六道は早々に寝床に入った。
合宿の日を迎えた。
前日に3年生たちが立てた計画を見たが、キチンとしたものだった、
宿泊場所、練習スケジュール、持ち物、注意事項……
まるで遠足のしおりである。
そのきちんとした装丁は、六道が安心するのに十分な材料だったようである。
前日に3年生たちが立てた計画を見たが、キチンとしたものだった、
宿泊場所、練習スケジュール、持ち物、注意事項……
まるで遠足のしおりである。
そのきちんとした装丁は、六道が安心するのに十分な材料だったようである。
〝気をつけて下さいね〟
小枝の発言が六道の頭の中で反芻される。
だが、思考の隅にある一筋の闇。その程度の不安であった
理解しあえる。その前向きな思考が、不安を軽視する思考に拍車をかけていた。
六道らしからぬ思考であるが、当然理由がある。
自分の本来の思考による行動が、彼らの反発を買ってしまった。
よって、六道は本来の思考を後手に回して「彼女なりに考えたこの場で必要な思考」を優先させたのである。
六道の控えめな性格がもたらした、ごく当然の結論である。
……そんな考え故に、六道はいくつか重要な事柄を見逃していた。
一部の部員達の下卑た笑いと、何かを待ち遠しく思っているような表情。
だが、思考の隅にある一筋の闇。その程度の不安であった
理解しあえる。その前向きな思考が、不安を軽視する思考に拍車をかけていた。
六道らしからぬ思考であるが、当然理由がある。
自分の本来の思考による行動が、彼らの反発を買ってしまった。
よって、六道は本来の思考を後手に回して「彼女なりに考えたこの場で必要な思考」を優先させたのである。
六道の控えめな性格がもたらした、ごく当然の結論である。
……そんな考え故に、六道はいくつか重要な事柄を見逃していた。
一部の部員達の下卑た笑いと、何かを待ち遠しく思っているような表情。
それに気付いていれば、あるいは……
そして、野球部員たちを乗せたバスが出発した。
高速道路に乗り、都会を離れて緑の多い地域へ向かっていく。
だが、バスの中もどこか雰囲気が違っていた。
普段ならふざけた笑い声が響いているであろう。
しかし、今の車内は……。
ひそひそと何かを囁き合う部員達。
それを訝しげに思う六道と小枝。そんな図式である。
監督は出発してすぐに寝てしまっているので、顔色はうかがえない。
六道と小枝はその様子を疑問に思うが、バスはそんな思いをよそに速度を保って旅路を行く。
高速道路に乗り、都会を離れて緑の多い地域へ向かっていく。
だが、バスの中もどこか雰囲気が違っていた。
普段ならふざけた笑い声が響いているであろう。
しかし、今の車内は……。
ひそひそと何かを囁き合う部員達。
それを訝しげに思う六道と小枝。そんな図式である。
監督は出発してすぐに寝てしまっているので、顔色はうかがえない。
六道と小枝はその様子を疑問に思うが、バスはそんな思いをよそに速度を保って旅路を行く。
高速道路を下りると、周りは緑に囲まれ、車も人通りも少ない場所に出た。。
「随分と、田舎だな」
六道が思わず、感想を漏らす。
住んでいる場所が都会なわけではない。
が、都会と田舎の中間にあたるような場所と比べても、今見えている景色は田舎と言える。
「人が少ない方が、練習に集中できますからねぇ~」
練習、とやたら強調して相変わらずふざけた口調で男子生徒が答える。
その言い方に違和感を覚えるも、特に気にするでもなく六道は視線を車外に戻す。
その後も、バスは休むことなく山道を進んでいく。
山奥で野球の合宿が出来るのだろうか、と再び疑惑の念が湧いてくる。
こんな山奥に、グラウンドがあって宿がある……のだろうか。
自分で計画していないために、詳しい情報が不足している。
必要な情報かと言われれば疑問符が付くが、知らないと不安になる情報ではある。
「……こんな所でまともな合宿が出来るのか?」
「はいぃ、もちろぉ~ん♪きっちりたっぷりじっくりと特訓できますよ~!」
やたら上機嫌な口調に、六道はやはり不自然さを感じる。
言葉の端々を強調する言い方は、やや鼻につく。
「随分と、田舎だな」
六道が思わず、感想を漏らす。
住んでいる場所が都会なわけではない。
が、都会と田舎の中間にあたるような場所と比べても、今見えている景色は田舎と言える。
「人が少ない方が、練習に集中できますからねぇ~」
練習、とやたら強調して相変わらずふざけた口調で男子生徒が答える。
その言い方に違和感を覚えるも、特に気にするでもなく六道は視線を車外に戻す。
その後も、バスは休むことなく山道を進んでいく。
山奥で野球の合宿が出来るのだろうか、と再び疑惑の念が湧いてくる。
こんな山奥に、グラウンドがあって宿がある……のだろうか。
自分で計画していないために、詳しい情報が不足している。
必要な情報かと言われれば疑問符が付くが、知らないと不安になる情報ではある。
「……こんな所でまともな合宿が出来るのか?」
「はいぃ、もちろぉ~ん♪きっちりたっぷりじっくりと特訓できますよ~!」
やたら上機嫌な口調に、六道はやはり不自然さを感じる。
言葉の端々を強調する言い方は、やや鼻につく。
その内に、宿泊場所へ着いたらしくバスが止まる。
部員達が荷物を持って、バスから降りる。
周りの景色を眺めてみるが、やはり山奥の田舎である。
とりあえず降りてからの予定はどうだったか、と六道はバッグの中から予定表を取り出す。
まずは各自の部屋に荷物を置いて、ユニフォームに着替えてグラウンドに向かうという手筈になっているらしい。
ならば、と視線を上げてとりあえず宿を見上げてみる六道。
山奥というから、木造建築のアパートのようなイメージがあったが、都会にありそうなホテルを小さくしたような作りである。
「じゃぁ、とりあえず各自の部屋に向かってフロント集合でー」
今回の計画の中心となっている3年生が、部員たちに呼びかける。
ごく一般的に見えるフロントで鍵を受け取り、階段で部屋へと向かう。
そして渡された鍵と部屋番号を見比べて、宿となる部屋の鍵を開ける。
中にはベッドが二つと、テレビやスタンド……。
ごく普通であり常識的な作りである。
ベッドが二つと言っても、女子部員がほかにいないためこの部屋は六道専用である。
かつて、甲子園優勝につられて女子部員が何人か入ってきた頃もあった。
だが、練習の辛さにみな早々に挫けたらしく、今では一人も残っていない。
流行に乗って流れてくる連中は、総じて意志も弱いものである。
部員達が荷物を持って、バスから降りる。
周りの景色を眺めてみるが、やはり山奥の田舎である。
とりあえず降りてからの予定はどうだったか、と六道はバッグの中から予定表を取り出す。
まずは各自の部屋に荷物を置いて、ユニフォームに着替えてグラウンドに向かうという手筈になっているらしい。
ならば、と視線を上げてとりあえず宿を見上げてみる六道。
山奥というから、木造建築のアパートのようなイメージがあったが、都会にありそうなホテルを小さくしたような作りである。
「じゃぁ、とりあえず各自の部屋に向かってフロント集合でー」
今回の計画の中心となっている3年生が、部員たちに呼びかける。
ごく一般的に見えるフロントで鍵を受け取り、階段で部屋へと向かう。
そして渡された鍵と部屋番号を見比べて、宿となる部屋の鍵を開ける。
中にはベッドが二つと、テレビやスタンド……。
ごく普通であり常識的な作りである。
ベッドが二つと言っても、女子部員がほかにいないためこの部屋は六道専用である。
かつて、甲子園優勝につられて女子部員が何人か入ってきた頃もあった。
だが、練習の辛さにみな早々に挫けたらしく、今では一人も残っていない。
流行に乗って流れてくる連中は、総じて意志も弱いものである。
とりあえず、荷物をベッドに置き必要な練習器具を取り出す。
後は着替えてフロントに向かうだけ……と、六道は服に手をかける。
その時。コンコン、とドアをたたく音がした。
着替えを中断して覗き穴から見てみると、見なれた顔がニヤけてこちらを覗いている。
ガチャリ、と音を立ててドアを開く。
「……どうした?」
よく見れば、ほとんどの男子部員が私服姿で集まっている。
ちなみに「ほとんど」の中に小枝は含まれていない。
「いやぁ、ちょっと練習についての話が……入っていいっスかね?」
ユニフォームに着替えていないのもそうだが、部員のほぼ全員で部屋に来る意味が分からない。
それに、何故かほぼ全員が笑いをこらえきれないという顔をしている。
だが、別に断る理由もないのでとりあえず部屋へ招き入れる。
「……で、何だ?」
「まぁまぁ、とりあえずこれでもどうぞ」
そう言うと、スポーツドリンクの入ったペットボトルを差し出してくる。
まったく脈絡のない行動に、少々戸惑いを見せる六道。
が、それだけ話が長くなるという事なのか、と自分なりに納得する。
とりあえず、蓋を開けて少し口に含む。
「……それで?」
「えーっとですね……」
後は着替えてフロントに向かうだけ……と、六道は服に手をかける。
その時。コンコン、とドアをたたく音がした。
着替えを中断して覗き穴から見てみると、見なれた顔がニヤけてこちらを覗いている。
ガチャリ、と音を立ててドアを開く。
「……どうした?」
よく見れば、ほとんどの男子部員が私服姿で集まっている。
ちなみに「ほとんど」の中に小枝は含まれていない。
「いやぁ、ちょっと練習についての話が……入っていいっスかね?」
ユニフォームに着替えていないのもそうだが、部員のほぼ全員で部屋に来る意味が分からない。
それに、何故かほぼ全員が笑いをこらえきれないという顔をしている。
だが、別に断る理由もないのでとりあえず部屋へ招き入れる。
「……で、何だ?」
「まぁまぁ、とりあえずこれでもどうぞ」
そう言うと、スポーツドリンクの入ったペットボトルを差し出してくる。
まったく脈絡のない行動に、少々戸惑いを見せる六道。
が、それだけ話が長くなるという事なのか、と自分なりに納得する。
とりあえず、蓋を開けて少し口に含む。
「……それで?」
「えーっとですね……」
そして、しばらく会話が続いた。
六道がベッドに座り、部員が周りを囲むといった状態である。
一部の者が顔を見合せて笑ったり、話の内容が抽象的で要領を得なかったり……。
色々と不自然さを感じつつも、とりあえず六道は会話を続ける。
……が、話してる内に六道は視界に違和感が生じてくるのを感じた。
色が水彩画のようにぼやけ、会話も頭に入らず上の空になっていく。
「んん?キャプテン、どうかしましたかぁ~?」
相変わらずの茶化すような口調で話しかけてくる。
が、この時すでに六道は何を言ってるか認識できていなかった。
次第に六道の全身から力が抜けていき、手をついていないと体制を保つことすらできなくなる。
それを見た部員達がざわめいている。
「おぉ……」
「うは、もうたまんねぇぇ……」
「やっべ、緊張してきた」
自分を心配しているわけではないようだが、それも六道は認識できない。
段々と意識が薄れていく六道の脳内には、短い文章が浮かんでいた。
六道がベッドに座り、部員が周りを囲むといった状態である。
一部の者が顔を見合せて笑ったり、話の内容が抽象的で要領を得なかったり……。
色々と不自然さを感じつつも、とりあえず六道は会話を続ける。
……が、話してる内に六道は視界に違和感が生じてくるのを感じた。
色が水彩画のようにぼやけ、会話も頭に入らず上の空になっていく。
「んん?キャプテン、どうかしましたかぁ~?」
相変わらずの茶化すような口調で話しかけてくる。
が、この時すでに六道は何を言ってるか認識できていなかった。
次第に六道の全身から力が抜けていき、手をついていないと体制を保つことすらできなくなる。
それを見た部員達がざわめいている。
「おぉ……」
「うは、もうたまんねぇぇ……」
「やっべ、緊張してきた」
自分を心配しているわけではないようだが、それも六道は認識できない。
段々と意識が薄れていく六道の脳内には、短い文章が浮かんでいた。
何、かが、おか し い―――――
眠るように、六道の意識は途切れた。
室内には、妖しい笑みを浮かべる男子たちだけが立っていた。
室内には、妖しい笑みを浮かべる男子たちだけが立っていた。
……遅すぎた。
彼女が彼らを知るには、余りに遅すぎた。
ドブが汚いと知らない子供は、平気でドブに入り遊ぶ。
穢れを知らぬ者は穢れに気付く事は無いのである。
彼女が彼らを知るには、余りに遅すぎた。
ドブが汚いと知らない子供は、平気でドブに入り遊ぶ。
穢れを知らぬ者は穢れに気付く事は無いのである。