アットウィキロゴ

地図 > 妄想地図 > 2

ナニコレ

伝統文化である地図を使って国際情勢を妄想する企画その2
あの更新がたいへん過ぎて捨てた地図記事のテンプレを再利用してるのでお得!

地図

1935年ゾ
#ref error :画像URLまたは、画像ファイル名を指定してください。

国力
←弱                 強→
最貧 零細 小国 中堅 新興 大国 超大国 

中央同盟

第一次世界大戦では戦勝し、世界の覇権を握った…とされる国。
事実かつての連合国はバラバラとなり、世界各地で内戦が行われる大惨事となっている。
ただしオーストリア=ハンガリー二重帝国は解体され主に3つの国になり、
またフランスではドイツが優位性を保つことができず内戦状態になるなど、世界の覇権を握ったとは一概にはいえない。
国名 主義(派閥) 思想 国力 主な領土
ドイツ国 立憲君主制 中央同盟盟主 薄緑 超大国 ドイツ・シンガポール・シリアなど
フィンランド王国 立憲君主制 中央同盟 ドイツと同君連合 小国 フィンランド
ルクセンブルク公爵領 立憲君主制 中央同盟 ドイツの傀儡国 零細 ルクセンブルク
オーストリア第一共和政 貴族共和制 中央同盟 茶色 小国 オーストリア
ハンガリー王国 絶対君主制 中央同盟 中堅 ハンガリー・サウジアラビア南西部
ボスニア公爵領 絶対君主制 中央同盟 ハンガリーの傀儡国 小国 ボスニア
ウクライナ 共和制 中央同盟 薄茶 中堅 ウクライナ西部
ブルガリア王国 絶対君主制 中央同盟 中堅 ブルガリア・サウジアラビア北東部
両シチリア王国 立憲君主制 中央同盟 小国 南イタリア
チュニジア 共和制 中央同盟 シチリアの傀儡国 青紫 零細 チュニジア

コミンテルン

ロシア内戦が真っ盛りの1919年にグルジアで結成され、以降次第に役割が世界の共産国家の同盟に近くなった国際組織。
かつての連合国の混乱によって共産勢力は増え、加盟国は年々増加している。
ソビエトロシアの政府首班トロツキーとグルジアの政府首班ベリヤとの会談の結果、現在では世界革命を目指す強硬路線を歩んでいる。
一部ではその強硬路線に対する反対もあるが、その拡大の経緯や周囲で抱える外交問題により協調路線は不可能とされ、目立つほどの反対はない。

国名 主義(派閥) 思想 国力 主な領土
グルジア民主共和国 社会主義共和制 コミンテルン議長 零細 グルジア
ソビエトロシア 社会主義共和制 コミンテルン 中堅 ロシア
クルディスタン社会主義共和国 社会主義共和制 コミンテルン 中堅 クルディスタン
ドネツク=クリヴォーイ・ローク・ソビエト共和国 社会主義共和制 コミンテルン 赤茶 中堅 ウクライナ東部
タンヌ・トゥヴァ 社会主義共和制 コミンテルン 最貧国 タンヌ・トゥヴァ
ルーマニア社会主義共和国 社会主義共和制 コミンテルン 赤紫 中堅 ルーマニア
白ロシア・ソビエト社会主義共和国 社会主義共和制 コミンテルン 赤茶 小国 ベラルーシ
イタリア社会主義連邦 社会主義連邦共和制 コミンテルン 赤茶 中堅 北イタリア
フランス・コミューン 社会主義共和制 コミンテルン 赤紫 新興 フランス北部
ベンガル社会主義共和国 社会主義共和制 コミンテルン 小国 ベンガル
ビルマ国 社会主義共和制 コミンテルン 赤紫 零細 ビルマ
スンダ社会主義国 社会主義共和制 コミンテルン 赤紫 零細 インドネシア西部

連合国

第一次世界大戦で敗戦し、多額な賠償金や戦争の疲労などから多くが原型がないほどにボロボロになってしまった国の残骸。
日本などの例を除き、亡命国家と化している例も多い。
連合国の盟主は1921年の英国分離宣言まではイギリスだったが、その後盟主が滅亡してしまったためフランス第三共和政へ移り、その後1923年にフランス内戦が勃発しアフリカに亡命した以降も盟主となっている。

すでにボロボロになっている国の寄せ集めや、ひどい時にはそれらの植民地の寄せ集めだということから、実質的にまともに戦えるのは日本しか残っていない。

国名 主義(派閥) 思想 国力 主な領土
フランス第三共和政 臨時軍国制 連合国盟主 小国 西アフリカ
オランダ王国 立憲君主制 連合国 小国 オランダ
イングランド王国 立憲君主制 連合国 茶色 新興 イングランド
南アフリカ共和国 共和制 連合国 肌色 小国 南アフリカ
ペルシア 絶対君主制 連合国 肌色 零細 イラン
カリブ連邦 連邦共和制 連合国 青紫 最貧国 カリブ海諸国
カナダ 立憲君主制 連合国 中堅 カナダ
中央アフリカ連邦 共和制 連合国 零細 中央アフリカ
大日本帝国 立憲君主制 連合国 黄色 大国 日本・朝鮮半島・南沙諸島など
満州国 立憲君主制 連合国 日本の傀儡国 茶色 中堅 満州

ファシスト連盟

1931年にイタリア社会主義連邦でムッソリーニにより設立された組織。
ファシストや国家社会主義などの国際協力を目的としている。
過激な思想や過激な行動が問題視される国や地域が集まり、また世界各地の極右運動の根本とも言われるために世界の多くの国が取り締まりを強化している。
創立された国のイタリア社会主義連邦では特に厳しく規制されており、現在現地の極右活動家達の多くは周辺国に亡命している。
現在の議長国はリトアニア。本部はイタリアにあるとされるが、現在は規制されているため臨時としてリトアニアに本部がある。
国名 主義(派閥) 思想 国力 主な領土
リトアニア 国家社会主義 ファシスト連盟議長 小国 リトアニア
スコットランド 国家社会主義 ファシスト連盟 紺色 中堅 スコットランド
ネパール 国家社会主義 ファシスト連盟 黒緑 最貧国 ネパール

中立国

国名 主義(派閥) 思想 国力 主な領土
タマジグ 共和制 親中央同盟 茶色 零細 アルジェリア北部
エジプト 絶対君主制 中立 茶色 小国 北アフリカ東部
エチオピア帝国 絶対君主制 中立 最貧国 エチオピア
ソマリア 絶対君主制 中立 水色 最貧国 ソマリア南部
西アフリカ連邦 連邦共和制 親連合国 零細 西アフリカ
マダガスカル 共和制 中立 最貧国 マダガスカル
イエメン 共和制 中立 最貧国 イエメン
オマーン 絶対君主制 中立 最貧国 オマーン
バルチスタン 共和制 中立 零細 バルチスタン
アフガニスタン 絶対君主制 中立 夏虫色 最貧国 アフガニスタン
トルキスタン 絶対君主制 中立 小国 ウイグル・カザフスタン東部など
カザフスタン 絶対君主制 中立 桃色 零細 カザフスタン西部
パキスタン 共和制 中立 黒橡 零細 パキスタン
ヒンドゥスタン連邦 連邦共和制 中立 肌色 小国 インド
タイ王国 絶対君主制 中立 小国 タイ・ラオスなど
ベトナム民主共和国 共和制 中立 桃色 零細 北ベトナム
チベット王国 絶対君主制 中立 水色 零細 チベット
内蒙古民主国 共和制 中立 親連合国 黄緑 小国 内モンゴル
モンゴル 絶対君主制 中立 小国 モンゴル
中華民国 共和制 中立 柳茶色 中堅 中国
中国共産党 社会主義共和制 中立 親コミンテルン 中堅 中国
雲南派 共和制 中立 松葉色 小国 中国西部
ブルネイ王国 絶対王政 中立 親中央同盟 山吹茶 零細 ボルネオ島南部
ニューギニア王国 立憲君主制 中立 親連合国 黄蘗色 零細 ニューギニア島など
オーストラリア 立憲君主制 中立 水色 小国 オーストラリア
星のニュージー 立憲君主制 中立 薄紫 小国 ニュージーランド
スペイン共和国 立憲君主制 中立 黄色 小国 スペイン
スペイン国粋派 共和制 中立 親ファシスト連盟 小国 スペイン
復古ブルボン朝 立憲君主制 中立 親中央同盟 黄色 中堅 フランス南西部
フランス第四共和政 共和制 中立 親連合国 水色 中堅 フランス南東部
スイス 共和制 中立 孤立主義 肌色 小国 スイス
アルバニア王国 絶対王政 中立 孤立主義 茶色 零細 アルバニア
ギリシャ 共和制 中立 水色 小国 ギリシャ
トルコ共和国 共和制 中立 小国 トルコ
アルメニア 社会主義共和制 中立 親コミンテルン 零細 アルメニア
フランドル社会主義共和国 社会主義共和制 中立 親コミンテルン 小国 ベルギー
アイルランド自由国 共和制 中立 小国 アイルランド
ノルウェー 共和制 中立 小国 ノルウェー
スウェーデン王国 立憲君主制 中立 小国 スウェーデン
ポーランド王国 立憲君主制 中立 桃色 小国 ポーランド
デンマーク王国 立憲君主制 中立 茶色 小国 デンマーク・グリーンランド・アイスランド
セルビア王国 立憲君主制 中立 小国 セルビア
教皇領 選挙君主制 中立 中堅 ローマ周辺
ロシア帝国 封建制 中立 中堅 ロシア
アルテノルト諸国連邦 自由経営主義 中立 大国 アメリカ・アルゼンチン・チリなど
メキシコ帝国 立憲君主制 中立 親中央同盟 青丹色 大国 メキシコ
コロンビア共和国 共和制 中立 胡桃染 中堅 コロンビア・エクアドル・パナマなど
ブラジル社会主義連邦 社会主義連邦共和制 中立 茶色 中堅 ブラジル
ベネズエラ 共和制 中立 小国 ベネズエラ
ペルー 共和制 中立 青紫 小国 ペルー


歴史

ドイツ

1919年に第一次世界大戦に勝利し、結果世界の覇権を握る国になった…はずの国。
実際周囲が内戦ばかりで分裂する中、ドイツだけはその巨大な領土を維持しており、ヨーロッパの覇権は間違いなくこの国の手の中にある。
しかし一方で世界規模で見ると中東こそ大きく分割されているが、アフリカや極東などでは未だに連合国が覇権を持ち、更に新大陸では中央同盟の陰すらないとドイツの威厳はヨーロッパのみにとどまっている。
またヨーロッパでもフランスやイタリア、ルーマニアでアカが蔓延るなどその威厳は揺らぎ始めている。
現時点では単独でドイツに立ち向かえる勢力は存在しないが、いずれ内戦が終わり統一された反独国家が誕生した場合、再び世界規模の戦争が起こるのではないかというのがもっぱらの見解だ。

オーストリア・ハンガリー・ボスニア・セルビア

かつてはオーストリア=ハンガリー帝国としてドイツと共に戦い、そしてドイツと共に勝った1つの国だったが、現在では本当に戦勝したのか疑わしいレベルの小さな国々に分かれてしまっている。
ではかつての帝国はどうしてしまったのかというと、英国の分裂宣言があった1921年にひっそりと解体されてしまったのだ。
この時の帝国は戦争の疲労から立ち直っておらず、またオーストリアの数々の失策から国内の不況も増々増すばかりだった。
また第一次世界大戦の遠因にもなった民族の不満を解消するための改革も一切進まず、民族の不満は日々溜まっていくばかりだった。
そんな中当時の皇帝はなんとドイツ人優遇政策を実施。これにハンガリー王国はこれまでの不満を爆発させ、クロアチアを味方につけてオーストリアと「戦争」。
そしてこれにハンガリーが勝利し、オーストリアとの同君連合が解消。これによって帝国は解体され、それぞれの国や地域が独立、もしくは既存の国に合流することとなった。

ドイツはこれらの一連の出来事を「内戦」として見ており、ハンガリー・オーストリアどちらもドイツとの同盟関係の維持に強い関心を持っていたことから、特に介入といったことはせず静観を貫いた。
しかし帝国の解消時にハンガリーからボヘミアを献上されており、この一連の出来事によって領域が拡大している。またハンガリーの勝利後もオーストリアが特に同盟から脱退しなかったためそれぞれの国との同盟関係は維持されている。

  • オーストリア
かつての帝国の支配層のうち1つであり、栄光の帝国を長きに渡り指導していた国。
現在ではかつての面影は少しもなく、マジャール人にさえ国力で下回る辺鄙の国になってしまった。
栄光の皇帝がマジャール人の皇帝と成なってしまい、「オーストリア」としての民族アイデンティティを見失いつつある。
国内政治も一応民主主義ではあるが選挙権の幅が圧倒的に狭い旧世代的な政治体制や、「ドイツと合流しろ」や「帝国の復活を!」といった極右勢力の台頭、さらに混乱に乗じた極左勢力の扇動など大混乱に陥っている。
経済も悪政が祟り2つの戦争の疲労が残り続けており、インフレが進み機能停止に近い状態になっている。
改革も遅々として進まず、経済も政治も立ちゆかない中、オーストリアがどのような道を辿るのか注視されている。

  • ハンガリー
「内戦」とも「戦争」とも言われるオーストリア-ハンガリー戦争で勝利した国。
この勝利によって一部のオーストリア=ハンガリー領植民地やボスニアの管理権を引き継いでいる。
オーストリアが悪政や改革の失敗に苦しむ一方、こちらは断固とした改革や善政でそれら戦争の疲労や経済的混乱を解消し、国内の疲労を一掃。
さらに改革によって政治的混乱も解消しつつあり、現在では国内にこれ以上の火種は起こる見込みはない。

  • ボスニア=ヘルツェゴヴィナ
かつてはオーストリア、ハンガリーの共同管理区域だったが、現在ではハンガリーの単独管理区域となっている。
この地点はオーストリア-ハンガリー戦争によってゲリラ的に戦闘が行われた地域であり、その影響から回復するこ
とがひとまずの目標となっている。
この地域の国民は主にオーストリア派やハンガリー派、独立派に割れており、現在でも主義主張のすれ違いから暴力沙汰が起こるなど混沌とした雰囲気が流れている。

ブルガリア王国

第一次世界大戦で戦勝し、「大ブルガリア」を超えた領域すら統治する国。
その後のオスマン帝国の滅亡に際してはオスマン帝国の同意を得てイスタンブールに進駐しており、さらに領土が拡大した。
国内でもかねてからの善政が幸いし好景気が続くなど幸運続きの中堅国となっている。

トルコ・シリア・パレスチナ・レバノン・エジプト・サウジアラビア・ペルシア

「瀕死の病人」とさえ揶揄されたオスマン帝国は戦勝国とはなったが、その後改革に失敗し続けた結果革命や独立が勃発。
それらによって主にアルメニア、クルディスタン、エジプトといった国家が独立した他、中央同盟各国が平和維持を目的に進駐し分割している。
またその直後残ったオスマン帝国領土で革命が起きトルコ共和国が成立。オスマン帝国は滅亡した。

  • トルコ
数々の国が独立した挙句、列強に分割すらされた帝国に失望した人々が政府を転覆させ成立した国家。
オスマン帝国での混乱を未だに引きずり続けており、安定した治世を行うことができていない。
選挙においても極右極左勢力が伸びてくるなど国内は危険な状況になっている。

  • クルディスタン
当初はクルド人が国家を作ろうとしただけの運動だったが、これにコミンテルンが介入した結果社会主義国家を打ち立てる運動へと切り替わりできた国家。
本来ではクルド人居住地域でない地域を巻き込んで巨大な領土を統治し、中東における共産主義の第一人者となっている。

  • アルメニア
こちらもアルメニア人が国家を作ろうとした運動だったが、コミンテルンが介入した結果グダグダになり現在でも政治的混乱が続いている。
ここに社会主義国家として成立させた場合、ソビエトロシアからクルディスタンへの陸路が繋がることになるためコミンテルンの介入が終わる見込みはなく、これ以降も混乱を引きずり続けると見られる。

  • エジプト
旧連合国の植民地を巻き込み独立したアフリカ一の面積を誇る国家。
ドイツの圧力によって紅海沿岸やスエズ運河の権益を渡した他、首都カイロも共同管理区域にされるなどすさまじい状況となっている。
これをドイツによるエジプトの植民地化だと見る向きもあるが、現在のところドイツがエジプトへこれ以上手を出す見込みはない。

  • ペルシア
ペルシアはオスマン帝国に統治されているわけでもなく、戦争に参加したわけでもないのだが、何故かその影響を非常に強く受け打撃を受けた不運な国。
クルディスタンの独立の際に西部を大きく削られ、アフガニスタンの介入やバルチスタンの独立により東部を大きく削られた結果、現在では狭い地域を統治する縦長の国家になってしまった。
国内でもこれに対する混乱が発生。一時はクーデター未遂が起こるなどペルシアは衰退の一途をたどっている。

ロシア・ウクライナ・バルト三国・ベラルーシ・カフカース地方・中央アジア

1919年に勃発したロシア革命が20周年になろうとする今もうだうだと続いている一帯の地域。
国内の疲労は既に限界を超えており、国民の2割は既に戦死もしくは亡命しているなどというすさまじい状況になっている。
中にはこの革命によって独立した社会主義国家も存在するが、これらの殆どが赤軍が独自に現地の民族主義者たちに割って入り成立させた国である。
そのためロシアはこの国を認めず、現在でも自国の領土として主張し続け革命と戦っている。
こんな中にあってもロシア帝国はいまだに滅びずにいる。

  • ロシア
赤軍と白軍による終わりの見えない泥沼の争いが続き、モスクワですらこれまでに5回の死闘が繰り広げられほとんど焦土と化し、国民生活は非常に困窮し、物資が全くなく市場は機能停止し、闇市が蔓延し国民生活はさらに苦しくなるなど目も当てられない状況である。
かつての栄光の帝国の面影はどこにもなく、そこにはどうしようもない焦土と化した寒冷地が広がるのみだ。
この内戦によりロシアは工業化に遅れており、技術の面でも異常な遅れを取っている。
また政治の面でも未だに封建的な制度を引きずり続けており、改革の試みも遅々として進んでいない。

  • ウクライナ
1925年まではここでも赤軍と白軍の死闘が繰り広げられたが、現在では双方が現地に緩衝国家を建国することで休戦に近い状況になっている地域。
現在でも小規模な銃撃戦が行われることがあるが、双方の緩衝国家がこれ以上の大規模戦闘に消極的となっていることもあり小康状態を保っている。
内戦からロシアよりも速く抜けだしたこともあり旧ロシア帝国領の中では比較的安定した地域である。
現在では双方ともにロシアへ物資や食料を提供する役割を担っている。

  • ベラルーシ
1932年頃に赤軍が建国した実質的な緩衝国家。
ロシアよりは物資や食料が足りているが、かといって国内が混乱していないわけではない中途半端な地域だ。
立地上も北部における白軍の猛攻から内戦の最前線になってしまい、これよりさらに混乱が激化するのではないかと懸念されている。

  • カザフスタン
ここでも赤軍と白軍の死闘が繰り広げられると予想されていたが、実際にはどちらの勢力も早々に現地の独立運動家が挙兵した兵らに排除され、結果旧ロシア帝国領だが赤軍と白軍どちらの勢力圏でもない不思議な地域となった。
ただしその後トルキスタン統一思想を掲げるトルキスタンに大きく攻められ、この地域は混乱の最中にある。
現在でもトルキスタンとカザフスタン間の戦争は継続しており、どちらが勝利するか注目されている。

  • カフカース地方
赤軍が優勢であり、現在でも白軍が大規模包囲されている。
南部においては混乱に乗じた国家が3つ建国されている。

バルト三国
バルト三国もやはり赤軍と白軍の戦闘が激しく、白軍によって社会主義と勘違いされたエストニア人集落が複数破壊されるなど混乱も著しい地域である。
混乱に乗じ1921年に早々にファシズム革命・独立を果たしたリトアニア以外は飢餓も著しく、戦闘が起こらなかった地域でも死者が日々出続けている。
  • リトアニア
上述の通り1921年に混乱に乗じて早々に独立を果たした国。
なおこの際ドイツがメメールに進駐し海岸線を失っている。
主にイタリアのムッソリーニに感銘を受けた若者たちが主導し政治しており、現在ではムッソリーニ直々の指導の元国力増強を図っている。
  • ラトビア、エストニア
内戦以来1年も赤軍と白軍の双方による分割状態が解消されたことがなく、独立をしようとしても必ずどちらからか妨害を受け失敗するという哀れな国。
白軍はこの地域を「重要な地域」と位置づけ独立を認める姿勢はなく、この地域をロシアの直轄領とすることを決定している。
一方で赤軍はこの地域との独立運動家と結びつき「バルト連合」を建国する構想を練っているが、白軍の勢力を排除することができず難航している。

グレートブリテン島、アイルランド

かつての第一次世界大戦によって数々の作戦失敗を行った結果、国民生活がほぼ崩壊。
これに耐え切れなくなった国民の怒りが爆発、各地でアナーキストやファシスト、民族主義者が蜂起し、1921年にはとうとう英国分離宣言が出され数々の国が分立する地域に成ってしまった。

  • イングランド王国
かつての英国王室を元首に掲げ、政治や外交の面でもかつての英国を色濃く受け継ぐ国。
それもそのはず、この地域は各地で蜂起する反乱軍から王党派が唯一守りぬいた地域なのだ。
名前からはわかりにくい点ではあるが、ちゃっかりウェールズも守り抜いてる。
現在では特に英国の復活などは掲げていないが、かつての英国領で蔓延るファシストなどに対しては懸念の意を表している。

  • スコットランド
同じグレートブリテン島ではあるがこちらは逆に王党派が駆逐され、アナーキストやファシストなどが優勢だった地域である。
現在では「腐敗した政権を讃え帝国主義を復活せんとするイングランドに対抗する」と称し国力の増強を図っている。

  • アイルランド自由国
第一次世界大戦中は自治が凍結されていたが、英国の大混乱に乗じて蜂起。その後王党派を国内から駆逐しアイルランド島を統一した国家となった。
現在でも英国の影響を排除しようとする動きが活発である。

中国

一時は中華民国が各軍閥を潰し中国を統一しかけていたが、その後の失策により日本に各主要都市が分捕られ、満州国が建国され、雲南派軍閥が独立し、共産党が国を翻弄するなど再び混乱に陥ってしまった。
国内情勢もロシアほどではないが困窮しており、国民は中華民国からは「共産主義への対抗費用」として、共産党からは「革命費用」と称し異常な重税を課されているため生活が異常に苦しく、各地では餓死者が続出している。

  • 国民党
1920年ごろからその強硬路線によって勢力を拡大し、一時は中国を統一する直前まで行っていたが、当時日本の保護下に入ろうとしていた満州に宣戦布告したことによって日中戦争を発生させ敗北。
その後自壊していき現在では共産党に国内を翻弄されるほどの状況になっている。
あまりの拡大っぷりから主要国から警戒されていたため支援の見込みも無い。

  • 中国共産党
1921年ごろから中国共産党は国民との国共合作を模索していたが、当時の国民党はすべての中国を統治しようとする強硬路線に走っており、すべての試みは失敗に終わっていた。
さらに1923年には共産党の指導者毛沢東が国民党の支持者に襲撃される事件が発生。幸いにも毛沢東はほとんど無傷であったが、これ以上の国民党との交渉は無意味だと悟った共産党は国民党との戦争を決意。国共内戦が始まった。
この内戦は全体的に国民党の圧倒的有利だったが、共産党はあちこちに共産主義を広めると同時にゲリラ戦を行いつつあちらこちらへと逃避行。1930年には延安へ到着した。
この頃には既に最初12万人いた兵士も1万人程度になり、資金も全面的にコミンテルンからの援助に頼る事態になっていたが、日中戦争が開始されたために国民党の勢力が急激に収縮。
各地で共産主義の支持者と化した農民が蜂起したこともあり急激にその勢力を拡大し現在に至っている。

  • 雲南派
日中戦争まっただ中の1931年に蜂起した雲南省を中心とする地域を統治する南方軍閥。
1911年に挙兵し1922年に国民党に押しつぶされた軍閥とは人物こそ引き継ぐ部分があるものの別物であるため「新雲南派」と呼ばれることがある。
「雲南モンロー主義」を掲げ、外交的に共産党とも国民党とも異なる路線を歩んでいる。
中国の諸国の中では比較的穏健的であることから、「中国最後の良心」と揶揄されることがある。

  • 内モンゴル
1931年にひっそりと蜂起し、モンゴルとの統合を希望するも拒否されそのままひっそりと生き残っている国。
外交的にほとんど見向きもされず、内政に力を入れていることから中国の諸国の中では最も安定した勢力と言われている。

  • 満州国
現在では日本の傀儡国だが、その政治や領土は北洋軍閥だった奉天派を元とする。
1920年から急激に拡大を続ける国民党に奉天派は脅威を感じ、かねてから支援関係だった日本に急接近。
外交を重ね日本の保護や確実な支援を取り付けることに成功した。
これにより奉天派はさらに発展していったが、一方で国民党にとってこれは面白い事態ではなく、奉天派に侵攻。日本がこれに呼応したことにより日中戦争が勃発した。
結果これは日本の大勝となったが、一方で安全保障の問題を通関した奉天派は日本の傀儡国となることを決意。
この際「清朝復活」で釣った清朝最後の皇帝溥儀を元首に招き国内の政治も細かいところを再編し、満州国として正式に建国された。

日本

第一次世界大戦は連合国側で参戦し、本来であれば敗戦国であるはずが、ドイツに南沙諸島を割譲させるなど逆に勢力を拡大したとても幸運な国。
終戦後も日中戦争で大勝し沿岸の都市を割譲させたり、満州国を傀儡国としたりなど勢力を拡大しつづけている。
外交でも連合国唯一の大国、極東の大国として存在感の強い国となっている。

一方で国内政治は若干の変化が生じている。
経済は日中戦争の需要などにより順調な発展を遂げているが、社会保障などはほとんど整備されていない。
これに不満を持った国民の支持が集まり、社会大衆党など無産政党の勢力が増加し、これまでの政局が変わりつつある。
またさらなる軍拡を求める軍部の声も日々大きくなっており、その声に影響を受けた議員らにより「国民同盟」という政党も結党され、議会ではこれら2つの政党による議論が日々続いている。
さらに外交の面でも「連合国を見限るべきだ」といった声も大きく、様々な道が考えられることからこの問題も日々激しく議論されている。


イタリア

第一次世界大戦では「未回収のイタリア」を回収することを目的に連合国側で参戦し、自らの経済を犠牲にしながら奮闘するも、オーストリア=ハンガリー帝国陸軍に本土に攻め入られ敗北。
この敗戦によりあちこちで反政府運動が巻き起こり、1920年にはイタリア王国が崩壊。イタリア統一国家は消滅してしまった。
現在では主に3つの国に分かれている。

  • イタリア社会主義連邦
ミラノを中心とした社会主義の地方都市の連邦。
北イタリアにおいて蜂起した様々な社会主義の地方都市を結集させるための国家として生まれた。
その経緯から国内ではトロツキストからレーニン主義者、さらにはスターリン主義者、果てはアナーキズムまで様々な細かい派閥が存在する。
ファシズムの誕生地でもあるが、現在厳しく規制されておりほとんど地元に根ざしていない。

  • 教皇領
ローマを中心とした教皇による直轄地。
この地域においては教皇による直轄政治を望む声が多かったことからこうなった。
しかし近代化が進み北部に社会主義の脅威も存在する中時代錯誤なこの体制に疑問の声も湧いており、市民の興奮が冷めてきた今この体制が終了するのではないかとも言われる。

  • 両シチリア王国
ナポリを中心とした南イタリアの王国。
分裂していた諸派を自らの指揮によって統一した名将軍が権威の元に自らの王位継承を宣言し、1921年に成立した。
統一にあたりドイツの支援を受けた経緯から中央同盟に加盟している。
政体は立憲君主制だが、やや君主の権限が強いドイツ式の政治となっている。

フランス

第一次世界大戦に敗北したフランス第三共和政はドイツ側がドイツ人の王族を王位に据える傀儡国「フランス王国」を建国したことにより崩壊し、アフリカに亡命した。
しかしその成立の経緯や元首がドイツ人であることからこの王国に対するフランス人の不満が爆発、1932年に革命が起きたことによりこの王国も崩壊し国内には主に3つの勢力が戦闘を繰り広げる内戦状態へと突入した。

  • フランス・コミューン
パリ・コミューンの流れを引き継ぐ組織によって結成された国家。
フランス王国打倒に大きく貢献した勢力でもあり、国内での権威は大きい。
外交ではコミンテルンにおける「経済」の役割を担っており、自らも内戦中であるにも関わらずソビエトロシアを支援するなどやや重要な位置を占めている。
現在のコミンテルンの方針である世界革命に全面的に賛同している。

  • 復古ブルボン朝
ドイツ人の王族を王位に据える偽のフランス王国を打倒し、ブルボン朝の王族を王位に据える真のフランス王国を建てることを目指す勢力。
ドイツが認めるのであれば中央同盟に加盟することも辞さないとしているが、ドイツからも国民からもガン無視されている。

  • フランス第四共和政
健全で民主的なフランスの建国を目指す勢力。
やや無難な選択肢として見られているが、外交的にはフランス第三共和政と対立し連合国に加盟できないなど多難を抱えている。
政治でも選挙で社会民主主義者や社会主義が伸びてくるなど難しい局面である。

スペイン

い つ も の
最終更新:2016年05月03日 19:22
|新しいページ |検索 |ページ一覧 |RSS |@ウィキご利用ガイド |管理者にお問合せ
|ログイン|