アットウィキロゴ
あねくろ@臨時まとめ
掲示板 掲示板 ページ検索 ページ検索 メニュー メニュー

あねくろ@臨時まとめ

駅馬車強盗1

最終更新:

vip

- view
だれでも歓迎! 編集
(,0'ω`)様提供


 ここより左、アムツェン街道――ルネーニ城下の西門を下り、四半マイルほど馬車を走らせた先の追分で見かける立て札にはそう書かれていた。右方にキマラァ村へと書かれているが、馬車はアムツェン街道を選んだ。
 アムツェン街道の終着駅は商業都市バロシア。二、三の駅を経由してこの街道を道なりに行けば辿りつくことが出来る。往々と駅馬車や馬借が行き交い、古来 互いの交易路として重用されている。この上を往く馬車も、バロシア方面へと向かうのである。
「順調に行けば二日ちょいでいけますぜ、旦那」
 馭者台の上から老いた男が野太く、横に座る私に揚々と声をかけてきた。ああ、と返す私は後ろの出窓を覗いた。中には妙齢の婦人と、傍で寝息を立てている少年の姿が覗えた。
「そう急ぐ旅じゃないんだ。今はゆっくりでいい」
「はは、坊ちゃんが寝ていらっしゃるのですかい? この陽気じゃ、眠らないほうがおかしいこってす」
「――だろうな」
 私は笑みつつ正面に向き直った。延々と続く路に眼を向けると、徒歩の旅人が一人、背嚢を背負ってこちらに向かっているのが映った。ルネーニ方面に向かう旅人だろうか――思いを巡らすうち、既にその旅人とすれ違い、次に映ったのは川に掛けられた石橋であった。
 あの川を越えて五マイルほど行けば、一つ目の駅に着く。そこは小さな宿場であるものの、次の駅まで向かうに足る物品は揃えられている。昼食に水、皮袋に貸し毛布など、そこから次の駅までは道のりがあるので、必要な分は揃えておきたい。あとは、後ろで寝ている御子息に林檎を剥いてやろう。
「旦那は、バロシアへは旅行で?」
 馭者がおもむろに訊ねる。
「いや、帰るところだ。城下での用事を終わらせたんでね、坊ちゃんと奥さんの護衛をしているんだ」
「やや、旦那。ご家族でなかったんですかい? あちきはてっきり、そうだと思ってましたがねぇ。乗る前にしたって、坊ちゃんと親しそうにしてたじゃありませんか」
 まあ、色々あるんだ――私は淡々と返し、懐に忍ばせた葉巻を手にし、咥えた。もう一本、懐から取り出し馭者に宛がった。
「一本、吸うか?」
「ありがたいこってす」
 手綱から片手を離した馭者が、そのまま葉巻を受け取り、咥えた。私は再三と懐をまさぐり、マッチを取り出した。幸い湿気ていないようだ。あと半月ほど遅く出た頃には雨季に入り、この手にあるこれも使い物にならなかったことだろう――自分の肩でマッチを擦り、互いの葉巻に火を送った。
 煙をひと飲む頃には、とうに橋を越えていた。石畳の上は揺れると思っていたが、たいして感じるまでもなく、もとより悪路を走り慣れている所為でもあるか、今までの道と変わらなく思えてくるものだ。馭者もまた平然と手綱を引き、葉巻を美味そうに吸っていた。蓄えられた白髭が、煙で一層と増えているように見えて滑稽であった。
 互いの葉巻が短くなり私が吐き捨てる傍で、馭者は物惜しそうに最後の最後まで吸おうとしていたが、唇を焦がしそうになる前にようやく吐き捨てた。せせら笑う私に、彼はむせ返りつつ苦々しく笑んだ。
「葉巻なんて、あちきらには縁遠いもんでしてね。年越しの宴で頼むぐらいしか贅沢はできませんよ」
 別に訪ねた訳でもなく、馭者は話しだした。
「旦那は、さぞかし羽振りが良さそうで。商いも良さそうなこって」
「まぁ、ぼちぼちと言ったところだな。あんたのほうはどうだい?」
「あちきらにゃ、あちきらなりにぼちぼち遣らせてもらってやす」
再び苦笑する馭者。薮蛇を突いたようだ。客を運ぶ生業といえど、葉巻を宛がうこと自体が皮肉に思えたのだろう。軽く詫びるにせよ、洒落た贈答品は持ち合わせていないし、懐にはあと一本しか葉巻は無い。手っ取り早い策として、私は彼にこう持ちかけた。
「二つ目の駅で酒でも買うが、あんたもどうだ? ここで話すのも何かの縁だ」
「いいのですかい? 本当にありがたいこってす。――っと」
 馭者は手綱を馬の尻に叩きつけた。どうやら馬の歩みが弱まっていたようだ。朝方から走らせていたので、多少の疲れが出ていたのだろう。幸い、最初の駅までそう遠くはない。そこで馬を換えれば、暫くは保つだろう。

 いま考えられる二つ目の幸いというのは、魔物の姿が見受けられないということだろうか。特に、馬借殺しと揶揄される、「ピギーノーズ」という花の魔物がいない。豚鼻をした珍妙かつ滑稽ないでたちであるが、裏腹に花弁を剃刀のように飛ばすものであるから、脚を切られてしまえば命取りになる。今でも馬借たちを悩ませ、色々と策を講じている話を新聞で見た覚えがある。
 私たちの場合、剣の腕に覚えがあるのは自分しかいない。この路に現れようものならば、いったん足止めを受けることになる。そこで私が降りて、腰に下げた剣を振るう――行きのときも、いくつかは仕留めた。帰りもまた、遭遇することだろう。
 前方に視線を投げかけると、二騎の馬借がこちらに向かって走ってきた。馭者は片手を上げ、二騎もまたそれに応じた。同業の挨拶みたいなものだ。そのまま通り過ぎていくのだから、この先に差し迫るものは何もなさそうだ。
「ベックおじさん、いまどこ?」
 聞きなれた幼い声。私が振り向くと、御子息は出窓に乗り出して顔を覗かせていた。目覚めたばかりの顔は、まだ眠気を孕んでいた。栗色の瞳は私を映すのがやっとのようで、幾度とまぶたをこすりはっきりさせようとしている。
「もうすぐ、ランカスター駅だ。そこで昼食を摂ろう」
 うん、とご子息は頷いた。

 ランカスター駅。小高い丘の上に佇む、馬防柵と矢来で囲まれた小さな宿場。厩含む四、五軒の室屋があり、その内に食堂も兼ねた宿がある――とはいえ、ルネーニ城下までは目と鼻の先にあるので、馬借や旅人の仮眠室といったほうが適当とも言える。毛布もそこで借りることができ、次の駅で返しておけば翌々とすればそこに戻ってくる寸法だ。
 宿の隣が厩、広場を隔てたところに為替屋と出店がある。先立って広場に降り立ったご子息は私の手を引き、露店へと繰り出そうとする。往来で馬に気をつけるよう私がたしなめるも、腕白さながらの御子息は目の前の興味に御執心である。遠目で何かを焼いているのが見えたが、近づく内に砂糖を程よく焦がした甘い匂いが漂うので、彼は焼き菓子を目当てにしているようだ。
「坊ちゃん、昼食の後にしようじゃないか。それからでも遅くない」
 私がそう言うと御子息はむくれてしまう。訴えかけるような眼つきで、私を根負けさせようとしているつもりのようだが、眼で殺そうとなるとまだ力がない。私を引く手も、引きずるまでの力もない。
「そうですよヤルーツォ。おじさんを困らせないで」
 ヤルーツォ――ご子息を諌めるのは、最後に降りた夫人であった。

 昼食に馭者も誘おうとしたが、彼は寄合があると言い厩に行ってしまった。曰く、今の時勢でバロシア西方からの馬借便が絶え、代えの馬を賄えるかどうかは難しいようだ。バロシア西方はサスガ、モナーニ、シースの三ヶ国が連なっているが、北方魔族の襲来により陥落し、交易路も途絶えてしまっている。バロシア住まいの私たちからすれば聞きなれた話だ。
 西方が落ちたことにより、バロシア全体の景気も落ち込んでしまっている。相次ぐ物価の高騰に反し、軒並みに潰れていく西方出身の事業家に溢れる難民。仕事柄、こういった話をよく聞くものだが、実生活において身近に感じる危機もある。
 それは、バロシアが諸国の国境上にあることだ。かいつまんだ話で言えば、バロシアの西門をくぐってすぐ敵地ということになる。破竹の勢いで三ヶ国を落とした北方魔族が門の向こうで陣取っているのを、楼から眺めたことがある。現在のバロシア西門周囲は緊張の頂点に達しており、西方渡りの花々で彩られた門前庭園も荒れ果て、血や油の臭いに満ちてしまっている。
 渦中の幸いというべきか、私たちの住まいはバロシア中央の東寄りに在る。ご子息ヤルーツォの父 ニュソク公が傭兵団を率いて西門の防衛に力を尽くしている限りは、若干ではあるが余裕を持てる。ご子息に気負いをさせぬと、ニュソク夫人は柔らかくとも気丈に振る舞い、母としての務めをまっとうしている。従者である私も、見習っておきたいものだ。

 昼食はまだか、まだかと言わんばかりにご子息は足を振っている。腰を掛けた椅子の足が、ご子息にはいささか高すぎるので、かえって落ち着かないのだろう。昼食というより、食後の茶菓が待ち遠しいのが覗えるほどである。当然、すぐ夫人にたしなめられるだろう。
「ヤルーツォ、はしたないですよ」
 足の振動は止むが、ご子息の顔はむくれていくばかりだ。その顔で私の方に向くと、言葉は見つからないにせよ同意を求めるように訴えようとしている。私も幼い時分、ご子息と同じ事をしていたから解せないことでもないが、今は我慢を覚えてもらうべく、私は苦笑交じりで眼を背いた。
 不意に向けた先、カウンターに並ぶ一団が映った。猟帽を模った日除け帽が一列。馬借の一団が、話し込んでいるのが見えた。寄合と思ったが、あの馭者は見受けられない。別の連中が昼食を摂りに来ただけのようだ。その一団から二、三人ほどこちらに横顔を見せては、口々にしているのが耳に入ってくるのであった。
 強盗団、とその単語のみはっきり聞くことが出来なかった。横顔を見せたその内の一人は、若々しい顔に似合わず渋い面持ちで隣に話している。大げさに片手を振ってカウンターの向こうを薙いでことから、強盗団が近くにいるか、はたまた道中に襲われたかを話しているようでもあった。
 バロシアへの道中も、強盗団と出くわすことも否めない。ここは、少なからずとも情報として仕入れておきたい――私は立ち上がり、カウンターへと歩みよるのだった。一旦、ご子息に呼び止められたが、すぐ戻ると返しておいた。


タグ:

+ タグ編集
  • タグ:
最近更新されたスレッド
ウィキ募集バナー