目次
Part21
1つ目(≫51~)
ここ最近の寒さに耐えきれず湯たんぽを求め、夜中にイチの部屋にこっそり忍び込むオグリ
しかし寝ぼけていたのもあり、オグリは間違ってモニーのベッドにもぐり込んでしまう
翌朝イチが目にしたのは、同じベッドで眠るモニーとオグリの姿だった・・・
寒い日の早起きが大変かって言われたら、そりゃあ大変に決まってるわ。
なのに早起きして寮のキッチンに向かう理由?
たぶんそれはきっと、アイツの喜ぶ顔が見たいからなんだろう。悔しいけれど。
だってアイツは何だって美味しそうに食べてくれるから。
特に私の作るものは美味しいって言ってくれるから。
——さて、今日のお弁当のおかずは何にしようか。
ようやく顔を出した太陽の光がカーテンのすき間から入り込み、部屋はうっすらと明るい。
私は自分のベッドから下りようとして、何となく向かいのモニーのベッドに視線を移した。
そこで私は異変に気付く。
明らかにモニーの掛布団がふくらんでいる。
どう見ても、ひとり分の大きさじゃない。
私はそっとモニーのベッドに歩み寄る。
手の届く距離まで近づくと、寝息がかすかにふたり分聞こえてきた。
——タマ先輩が夜中のうちにもぐり込んできた?
ウマ耳に意識を集中させる。
聞きなれたモニーの寝息に混じる、もう一つの音。
タマ先輩じゃない。いいや、タマ先輩よりも聞きなれた音。
これは、たぶん、アイツの寝息?
そんなはずがない。
アイツがモニーと同じベッドで寝てるわけがないもの。
起きたばかりだというのに心臓がどくんどくんとやけに大きく動いている。
後悔するかも、なんて思いつつ。
私は掛布団を音を立てないようにめくった。
布団をめくって目に飛び込んできたのは——予想通りで、予想したくなかったもので。
パジャマが乱れたモニーに抱きついているのは、芦毛のムカつくくらい顔がいいウマ娘。
モニーのパジャマがはだけているのは、きっと抱きつかれたオグリから抜け出そうとしたせいだろう。
そんなことは頭でもわかっている。
けれども、オグリがモニーに抱きついている光景を見ているのはものすごく気分が悪かった。
「……起きて」
ふたりとも反応はない。
モニーもオグリも気持ちよさそうに眠っている。
その幸せそうな表情は、私の神経をなおさら逆撫でた。
何なのよ、本当にムカつく。
私はオグリのウマ耳をわしづかみにしてやった。
「起きろって言ってんでしょ!!」
私は耳元で思いっきり叫んでやった。
◇◇◇
『チビ達が急に体調を崩してなぁ。ちいっとばかり実家に帰るわ』
ルームメイトのタマはそう言って、急きょ泊りがけでいなくなってしまった。
部屋には私ひとりきり。
芦毛の怪物、なんて世間から呼ばれてはいるけれどひとりぼっちでいるのは少しだけ心細いんだ。
ましてや今夜みたいに、やけに寒い日はなおさら。
すっぽりと頭から羽毛布団をかぶる。
自分で自分を抱きしめるように、布団の中で丸くなる。
夜中になっても体は温かくならない。
眠れないせいでふわふわした足取りのまま、私は栗東寮の廊下をさまようように歩いた。
無意識にたどり着いたのはイチの部屋だ。
幸いな事にカギはかかっていない。
だから私は、すっかり安心しきってしまっていて。
とりあえず入りやすそうなベッドの方にもぐり込んでしまったのだ。
それが取り返しのつかない失敗だとわかったのは——イチにウマ耳をわしづかみにされ、耳元で叫ばれた時だった。
イチに耳をつかんで叩き起こされた瞬間、私はただただ混乱していた。
隣で眠っていたと思ったイチが、どうしてベッド脇に立っているんだ?
どうして私の耳をわしづかみにして怒鳴っているんだ?
この場にいるのは私、イチ、そして―—私と同じベッドで寝ているウマ娘。
眠っているウマ娘はよく知っている顔だから見間違えるはずもない。
イチのルームメイトである、エイジセレモニーだった。
彼女もまた、イチの大声で飛び起きたのだろう。
乱れたパジャマを直す余裕もなく、何が起こったのかわからずぽかんとしていた。
ここでようやく気が付いた。
——私は昨夜、間違えてモニーのベッドにもぐり込んでしまったんだ。
「……何か言い訳はありますか? オ グ リ キ ャ ッ プ さ ん ?」
ドスのきいたイチの低い声。
丁寧な口調がやけに怖くてしょうがなかった。
「あぁ、いや、そのっ、ベッドを間違っただけなんだ!」
「ふーん、間違えた『だけ』なら仕方ないわね。べったりモニーに抱きついてたのも、仕方ないってことかしら?」
「いや、私は、その……」
何かに抱きついていないと眠れない時があるんだ、なんてことは恥ずかしくて言えなかった。
もう子どもじゃないんだから。
「……まあいいわ。もう時間がたっちゃったし、今日は朝のお弁当を作る時間はないわね」
「なっ」
イチがお弁当を作ってくれない。
その事実は思ったよりも重たく私にのしかかる。
「私は着替えるから、自分の部屋に戻ってもらえるかしら。オグリキャップさん?」
まただ。
やめてくれ、と叫びたかった。
イチにそんな冷たい声で他人行儀で話しかけられるなんて、私には耐えられそうにないんだ。
「もう部屋に戻ったら? 朝のトレーニングの時間がなくなるでしょ」
レスアンカーワンはオグリキャップに冷たく言い放った。
「ま、待ってくれ」
「言い訳は聞きたくないの。お願いだから出て行って」
でないとあなたのことを嫌いになってしまいそうだから——という言葉はすんでのところで飲みこんだ。
とにかく今は心を落ち着けたい。
ふにゃりとウマ耳がしおれてしまったオグリを見ていたら、胸がざわついてしょうがなかった。
泣きそうな顔のオグリが部屋を出ていく。
ごめん、と涙まじりに残していったオグリの言葉は、私の心にトゲみたいに残っていた。
「あ、あのさぁ……なんかゴメン」
「別にモニーは悪くないわ。あの芦毛のおバカが悪いのよっ」
モニーまでしゅんとウマ耳が倒れてしまっている。
むしろモニーは被害者だ。
寝ぼけたオグリが勝手にベッドにもぐり込んできて、勝手に湯たんぽ代わりにされたんだから。
オグリといっしょに寝たら大変だ。
一晩ぎゅーっと抱きつかれて、湯たんぽ兼抱き枕替わりにされる。
まあ、私はすっかり慣れてしまったんだけど。
「オグリさん、だいぶ落ち込んでたっぽいけど……いいの?わたしが言うのもアレなんだけどさ」
モニーに抱きついて眠っていたオグリの幸せそうな寝顔が脳裏をよぎる。
体じゅうの血液が沸騰しそうな、どろどろした感情。
私はそれをなんとか抑えこんだ。
「事故みたいなものだから。もう怒ってなんかない。怒ってなんかないわ」
「いや、どう見ても顔が怒って——」
「何か言った?」
「スミマセンなんでもないですっ。あっそうだ、授業が始まる前にひとっ走りしてこようかな!」
朝練をすることなんてめったにないのに、モニーは慌ただしくジャージに着替えて部屋を飛び出していった。
彼女には悪いことをしたな、と少し申し訳ない気持ちになる。
「あのさー、いい加減許してあげたら?」
「別に。もう怒ってなんかないっ」
「うそだ、眉間にシワがよってるもん」
ぴっ、とモニーが私の眉間に指をあてる。
そのままぐりぐりともみほぐされた。
昼時の混雑したカフェテリアでこんなことをされるのは少し恥ずかしかったけれど、実はちょっとだけ気持ちいい。
自分でも気づかないうちに目つきが悪くなっていたんだろうか。
じんわりと目のあたりがとろけそうになってしまう。
「じゃあさ……いっそのことオグリさんからわたしに乗り換えちゃう?」
少しだけ、ぼーっとしていた私は一瞬何を言われたのかわからなかった。
「ちょっ、モニーたらなに言って——」
冗談まじりにモニーが小悪魔っぽい笑みを浮かべた、その直後。
がしゃん、と大きな音がカフェテリアに鳴り響いた。
カフェテリアにいるウマ娘がいっせいに音のする方に振り向く。
その中心にいたのは——オグリだった。
オグリの足元には空になった食器が散らばり、床にはトレイが転がっていた。
「あっ、あぁ……」
声にならない声。
今にも決壊してしまいそうな泣き顔。
そんなオグリの様子を目の当たりにして、私はモニーとの会話を聞かれていたんだと確信した。
ふと、オグリと視線が合う。
アイツのアクアマリンのように澄んだ瞳がぷるぷると揺れていた。
捨てられた子犬みたいな目だ、なんて思っていたら。
くるりと背を向けてオグリはその場から逃げ出した。
「待って! モニーごめん、後はまかせるから」
あいよー、と気の抜けたモニーの返事を背中に聞きつつ。
たぶん今まで最高に無理をしたスタートダッシュで、私はオグリを追いかけた。
「なぁモニちゃん……なんでわざわざオグリとイチちゃん煽るようなマネしたんや」
オグリキャップとレスアンカーワンが走り去り、ざわつき始めたカフェテリア。
タマモクロスは険しい顔でエイジセレモニーに詰め寄った。
「いやね、たまーにムカつく時あるんですよね。イチからは愚痴みたいなのろけ話聞かされる時もありますから」
けろっとしたエイジセレモニーを前にして、タマモクロスの表情がさらに険しくなる。
だがエイジセレモニーはさして気にかける様子はない。
その場にしゃがみこんでオグリキャップが落とした食器を片付け始めた。
「……モニちゃんまさか、本気でイチちゃん狙ってるワケやないよなぁ」
「さすがにそんな野暮なことはしませんよ。だって——」
「だって?」
「わたしなんかが、イチとオグリさんの間に割り込めるわけないでしょ?」
エイジセレモニーはそう言って困ったように笑って見せる。
その顔を見て、ふっとタマモクロスは肩の力を抜いた。
「せやな。モニちゃんの言う通りや」
タマモクロスはしゃがみ込み、エイジセレモニーと一緒に食器を片付ける。
「雨降って地固まる、ってヤツですよ。わたしはちょっとばかり雨を降らせただけですから」
そう言ってエイジセレモニーはにやりと笑う。
レスアンカーワンとオグリキャップの不仲をなんとかするには、きっかけが必要だ。
だからきっかけを作ってやったのだ。
「かなわんな。我が後輩ながら、恐ろしゅうなってきたわ」
つられてタマモクロスも八重歯をのぞかせる。
——オグリとイチちゃんは、きっと大丈夫やろな。
タマモクロスには、そんな確信があった。
廊下で甲高いスリップ音を響かせながら、レスアンカーワンはオグリキャップを追走する。
もちろん学園内での全力疾走は校則違反だ。
でも、しょうがない。
無理やりトップギアまで上げなければ、あの芦毛の怪物は決して捕まえられないのだから。
ターフの上ならまず追い付けない。
でも障害物や曲がり角の多い建物内なら、なんとか離されずについていけた。
とはいえ、体と脚はだいぶ悲鳴を上げているのだけれど。
「待ちなさいよ!!」
このままでは離される。
私はオグリの脚を止めるために声を張り上げた。
きゅきゅっ、とスリップ音が聞こえる。
オグリが立ち止まった音だ。
ギアを下げることなく廊下の曲がり角を駆け抜ける。
遠心力に対抗することで体が悲鳴を上げても、構うことなく。
そうしてようやく追いつくことができた。
まるで捨てられた子犬みたいな目をした、芦毛の怪物に。
「……イチ、どうして、私を追いかけてきたんだ」
「何言ってんのよこのおバカ!あんたが逃げるから追っかけたんでしょうが!」
今にも泣き出しそうな顔したオグリに一喝してやる。
あちらはGⅠの常連のウマ娘、かたやこちらは重賞レースに出場すらしたこともないウマ娘なのに。
こうして追い付くためにどれだけ無理をしたと思ってるの。
「なあ……イチはもう、私のことがキライになってしまったのか」
「どうしてそう思うのよ」
「だって、さっき、カフェテリアで……イチはモニーとずいぶん仲良くしてたじゃないか」
「それだけ?」
ふんす、と私は鼻息を荒くして腰に手を当てる。
それだけなわけないだろう。
アンタがモニーのベッドで気持ちよく眠っていたのを、無かったことにしようなんてずいぶん都合がよすぎるじゃないの。
「うぅ……」
子犬みたいにオグリがしょげてしまう。
ウマ耳はふにゃりと申し訳なさそうに倒れていたけれど、私はあえてオグリの言葉を待った。
「なあ、教えてくれ。イチはどうしたら私を許してくれるんだ」
弱々しく、けれど真っすぐに見つめられて。
私はぐっと言葉に詰まってしまう。
結局、オグリがモニーがベッドにもぐり込んだのはただの事故で。
それをどうしても許せないと思ってしまうのは何故なんだろう。
「イチを怒らせてしまってから、あまりご飯が美味しく感じないんだ。どうしてだなんだろう……こんなに胸が苦しいのは初めてなんだ」
落ち込んでいる顔を見ていると、こちらまで切ない気分になってくる。
ここまできたら、もう誤魔化す必要もない。
思ったことを全てぶつけることにした。
「許してほしかったら、もう絶対に間違えないで」
もしまたモニーと同じベッドで寝てたら、死んでも許すもんか。
とてとてとオグリに向かって私は歩み寄る。
そのまま止まることなく、ぽすっとオグリの胸に頭突きをしてやった。
「……私だって、怖くなるのよ」
「怖いって、何がだ」
「私みたいな重賞に出たことすらないウマ娘が、あなたなんかと一緒にいていいのかって。
釣り合うわけなんかない。本当に私なんかがそばにいていいのかって、怖くなる」
見捨てられるじゃんないか、って怯えてたのは私の方だ。
オグリみたいに皆を照らすような存在を、私なんかがひとり占めできるはずもないのに。
私の背中にオグリの腕が回される。
「わかった。ならば——」
ぎゅっ、とそのまま抱きしめられた。
「私も怖かったぞ。ルームメイトとは言え、モニーと距離が近すぎるところを見てしまうと冷静ではいられなくなる」
オグリの腕に力がこもる。
こんなにがっしりとホールドされては身動きもできない。
「ああもう、わかったわよ。どうせ芦毛の怪物からは逃げられるわけないんだから」
「まさか逃げようなんて思っていたのか?」
「無理でしょ。こんな抱き枕みたいにされちゃぁ、逃げようがないもの」
「ふふ、それもそうだな。ところで——」
ふぁっさふぁっさとオグリの尻尾が荒ぶり始める。
この尻尾の動き方は、きっと気持ちが高ぶっている時だ。
なんだかまるで大型犬みたいだ、なんて思ってしまう。
「こ、今夜イチのところに行ってもいいか?」
ああもう、顔を赤らめたコイツにそんなことを言われたら。
断る選択肢なんて浮かぶはずもなくて。
なんだかつられてこちらまで恥ずかしくなってしまい、私は顔を熱くしながらうなずいたのだった。
2つ目(>>145)
タマの付添いでチビ達の相手をしながら節分の鬼役に興じるモニー。
チビ達が豆や恵方巻をつまみに行った合間に休憩する二人。
他愛のない世間話をするなか、唐突に何かを思い出したように席を立つタマ。
不思議に思っているモニーにそこそこ立派な包装がされた小包が渡される。
「ちょっと早めのバレンタインデーや」と言われ、「へー、タマ先輩もこういうことマメなんですねえ」と茶化しながら包装を解いてみれば目に飛び込んでくるのはいかにも手作りですと言わんばかりの不格好なハート型チョコレートと歪な「I Love You」の文字。
呆気に取られながらタマの方を見れば、そっぽを向きながら「本命や」とぶっきらぼうに言い捨てる。
表情は伺えないがわずかに見えた頬が朱に染まっているのを見た瞬間に全身が発熱するモニー。
仰向けに倒れながら顔を抑えつつ「反則っすよー」と情けない声を挙げるが、心の中で『絶対ホワイトデーでやり返してやる』と強く決意するモニーだった。
3つ目(>>152)
節分と言えば恵方巻。
あの食いしん坊には、コンビニで売ってる恵方巻なんかじゃ足りるわけがない。
だからスーパーで売ってる一番大きい焼きのりで、特製の恵方巻を作ってやった。
甘じょっぱく煮詰めたかんぴょうとしいたけ。
ふっくら焼けた出汁巻き卵。
後はエビと、穴子と、桜でんぶにキュウリ。
今年の恵方巻はなかなかの出来栄えだ。
せっかくだからタマ先輩とモニーにもふるまうことにした。
「悪いなぁ、ごちそうになってしもうて」
「ん、食べてる最中はしゃべったらダメなんですよね?」
どうやら今年の恵方巻は南南東らしい。
4人そろって黙々と食べ進めて——いたのだけれど。
なぜかオグリは南南東に体を向けたまま、私のほうをじっと見つめていた。
——そうして恵方巻を食べ終わった後のこと。
「なあ、なんでオグリは恵方巻食べてる間、ずっとイチちゃんの方見てたんや」
飲み物を片手に私たちがくつろいでいると、タマ先輩がオグリに問いかける。
「イチの作った恵方巻が美味しくてな。それにイチを見ていると幸せな気分になれるんだ!」
自信満々に、あの芦毛のおバカは私たちに宣言してみせた。
「うわぁ、これはたまげたなぁ……」
「のろけ天皇賞のゲートインやな。もちろん一番人気はレスアンカーワンや。バ場状態はお砂糖たっぷりやで」
顔を真っ赤にした私は、モニーとタマ先輩にちゃかされながら。
ようやく寒さが緩み始めた節分という日を、じっくりと味わっていた。
4つ目(>>166)
たまたま寮のキッチンで会い、「じゃあいっしょに何か作ろうか」と意気投合するイチタマ
「タマ先輩、ちょっと味見してみてくれませんか」
イチはそう言って湯気の立つシチューをすくったスプーンをタマに差し出す
「ウチは猫舌やから、もうちょっと冷ましてくれや」
あーん、と口を開けるタマ
ふうふうと冷ましてから、イチはスプーンを差し出す
タマはそのスプーンにぱくりと食いついた
——まるで小動物に餌付けしてるみたい。
思わず胸が高鳴るイチだったが、その感情は口には出さないでおいた。
(キッチン入口にて)
モニー「ぐぬぬ・・・なんでイチとタマ先輩が食べさせ合いっこしてるのよ・・・」
オグリ「なあイチ、料理を食べさせたのか。私以外のヤツに・・・?」
クリーク「ふ、ふたりとも落ち着いてっ」
こんなSSどこかにありませんか
Part22
1つ目(>>42,44)
オグリの事は呼び捨てにするのに
自分は「先輩」呼びされるのがもやもやするタマと
呼び捨てにするのが気恥ずかしくてできないモニーの
タマモニというのはありますか?
例えば
「そういや、アンタもイチもオグリのことはオグリって呼ぶのに何でウチはタマ先輩なん?」
「え?……何でって言われても。あ、やっぱり呼び捨ては不味いですか?」
「ちゃう、ちゃう!ちょっと何でかなーって思っただけでな」
「うーん、改めて言われると何でだろ……多分イチのせいかな」
「イチの?」
「イチのヤツ、オグリのこと最初から『オグリ』って呼び捨てだったんですよ、あたしもソレに釣られたのかな」
「はあ成程な。イチに引っ張られたっちゅうことか」
「多分ですけどね。あたし等だって誰彼構わず呼び捨てになんてしませんよ、オグリは特別ってだけです」
「特別……モニの特別か」
(なあモニ……その『特別』にウチは入ってないんか?)
「……?何か言いました?」
「いや、なんも」
「そんなことより!なあモニ『先輩』のお願いひとつ聞いてくれへん?」
「お願いですか?まあ、あたしにできる範囲なら」
「なあに簡単なことや」
「ウチのこと呼び捨てにして貰えん?」
みたいなやつです!
伝わりづらくて申し訳ありません!
2つ目(>>96~)
「そういや、アンタもイチもオグリのことはオグリって呼ぶのに何でウチはタマ先輩なん?」
「え?何でって言われても……」
タマ先輩からいきなりそんなことを言われたもんだから、あたしは一瞬固まってしまった。
「あ、やっぱり呼び捨ては不味いですか?」
ある程度親しいとはいえオグリは先輩、しかも学園でも一目置かれる存在なのだ。
後輩のウマ娘が馴れ馴れしく呼び捨てなんて、確かに生意気だったかもしれない。
しかし、タマ先輩はそんな意味で言ったつもりではなかったらしく
「ちゃう、ちゃう!ちょっと何でかなーって思っただけでな」と首をぶんぶんさせながら否定した。
そうなると純粋な疑問ということか、ちょっと安心した。
そうなると今度は、オグリのことを「オグリ先輩」と呼ばない理由を考えねばならないのだが
「うーん、改めて言われると何でだろ」
「なんか切っ掛けがあったんか?」
タマ先輩に切っ掛けと言われたとき、ふとあたしは
「このオグリキャップっていうのムカつく!ぽっと出のくせに!」
などと愚痴っていたイチを思い出した。
「多分イチのせい、ですかね」
「イチの?」
「あの娘、対抗心か何かからオグリのこと最初から『オグリ』って呼び捨てだったんですよ
あたしもソレに釣られたのかな」
理由らしい理由と言えばこのぐらいしか思いつかなかった。
ま、いずれにせよ大した理由は無いと思うけどね。
「はあ成程な。イチに引っ張られたっちゅうことか」
「多分ですけどね。あ、オグリが特別ってだけですよ。
あたし等、誰彼構わず呼び捨てにするような失礼なウマ娘じゃありませんからね!」
なんて冗談交じりの発言をしながらふとタマ先輩を見ると、先輩は何か考え事をしていたようだった。
そしてその表情はどこか悲しそうに見えた。
「特別……ウチは……」
タマ先輩が何か言いかけたような気がした。
「……?何か言いました?」
「いや、なんも」
トクベツ。そんな言葉が聞こえたような?
まあ、本人が何も言ってないって言うなら深く突っ込むのも野暮だろう。
それからしばらく沈黙が続いた後、ふとタマ先輩が
「なあモニ!『先輩』のお願いひとつ聞いてくれへん?」
と何か思いついたようにあたしに頼み事をしてきた。
他ならぬタマ先輩の頼み事だ「お願いですか?いいですよ。」と二つ返事で了承。
すると先輩は息をひと吸いして
「なあに簡単なことや」
「ウチのこと呼び捨てにして貰えん?」
と言った。
「……はい?」
多分あたし今とんでもなくマヌケな顔してると思う。
先輩が?後輩に?呼び捨てを?お願い?いや無い訳じゃないんだろうけど、何でここで?何で今?
「おーい、おーい!モニちゃん大丈夫か―?」
先輩の呼びかけで我に返った。
いかんいかん、呆けてる場合じゃないぞエイジセレモニー、理由を聞くんだ、理由を。
「何でそんなことを?」
「嫌、なんか?」
「ああ、いえ!嫌とかじゃなくて理由が知りたくて」
あたしがそう言うとタマ先輩は目線を地面に落としながら
「……モニに呼んでみて欲しいねん」と小さく呟いた。
可愛いなこの先輩……。じゃなくて!嗚呼、駄目だ思考がまとまらない。
とりあえずタマ先輩は呼び捨てにされたいらしい。
うん、とりあえずその願いを叶えてしまおう。
考えるのはその後でもいいだろう。
「分かりました、呼び捨てにすればいいんですね?」
その言葉を聞いたタマ先輩は
「そうか!呼んでくれるんか!おおきに!」と満面の笑みで顔を上げた。
可愛いなこの先輩!
「じゃあ行きますよ」
「よっしゃ来い!」
およそ名前を呼ぶに相応しくないやり取りをした後、いよいよ先輩の名前を呼ぼうと「タ」と発声した瞬間
あたしは言葉に詰まってしまった。
この先の言葉が出てこない。「タマ」とたった二文字言えばそれで終わりのはずなのに。
何故か声に出そうとすると上手くいかない。
何をしてるんだエイジセレモニー、さっさと言ってしまえ
お前はオグリを「オグリ」と呼べるじゃないか、それと同じで何も「特別」なことじゃない。
目の前で顔を赤くしているこの「先輩」を呼び捨てにすればいいだけじゃないか!
ああ、顔が熱い。
「タ……タマ」
ぼうっとする頭で何とか捻りだしたソレは、どうにか先輩の耳にも入ったようで
「お……おう」
とこれまた返事かどうかも分からないナニカが返ってきた。
「……」
「……」
何だこの沈黙、誰か何とかしてくださいよ。
しかし、タマ先輩はもじもじしたまま一言も話さず、あたしも何も言うことができなかった。
しょうがない、こうなったら最後の手段だ。
あたしはタマ先輩に気取られぬよう、後ずさりで少しづつ距離を取り
そして一気に振り返って――走り出した。
「おい!モニ!何で逃げるんや!」
タマ先輩が叫びながら追いかけてくる。
「逃げてません!」
あたしも叫びながら走る。
「逃げとるやろ!」
「タマ先輩が追いかけてくるからです!」
「ソッチが逃げるからやろ!ちゅうか『先輩』が付いとるやないか!」
「さっき呼び捨てにしました!」
「何で一回だけやねん!おい待て!」
「まてませええええん!」
走れエイジセレモニー、あんたは今タマモクロスより速いウマ娘だ。
おまけ
イチとモニ
「あ、モニ。例の噂聞いた?」
「噂?どんな?」
「タマ先輩に追いかけられてた娘の噂!」
「……知らない」
「何でもその娘、真っ赤な顔で鬼の形相したタマ先輩から逃げ切ったんだって
結構噂になってる『タマモクロスと互角!?謎のウマ娘現る!?』って」
「……ふーん」
「有名なウマ娘以外にもこんな娘がいるなんて、ここはやっぱり凄い所ね」
「お褒めに預かり光栄です……」
「え?」
「何でもない……」
3つ目(>>137,>>147)
「いやごめんなさい、ホントにちょっとした出来心だったんすよ・・・」
「ゴメンですむなら警察はいらんわ。ホンマどうすんね、これ」
やけにダボダボした制服を着た、エイジセレモニーと。
校則違反と言われてもおかしくないほど制服のスカートが短くなってしまった、タマモクロス。
決してふたりは制服を入れ替えたわけではない。
入れ替わってしまったのは身長だけ。
アグネスタキオンの研究室から手に入れた「身長が伸びる薬」「身長が縮む薬」とラベルが貼ってあった薬をうっかり飲んでしまったのが、この結果だ。
「ほーん、いつもより視界が高いってのはええ気分やな」
「いや、こっちは怖いっすよ。タマ先輩に見下ろされるなんて初めてですもん」
「そうやな、今ならウチの方が体格で有利やもんな」
「え、ちょっ、やめて」
「なんや、いっつもモニーはウチが『やめて』って言ってもやめなかったやろ?」
「ほんなら、そろそろいつもの仕返しといこうやないか」
タマモクロスは犬歯のような八重歯をのぞかせて、にやりと不敵に笑ってみせる。
白い稲妻、と呼ばれるくらいのオーラ持ちのGⅠウマ娘。
そんなウマ娘に壁ドンでもされようものなら、エイジセレモニーはたまったものではない。
ましてや今は薬のせいで体格差が逆転しているのだから。
「お、お願いですから乱暴な事だけはやめてもらえませんか」
「そうは言うけどなぁ、これはそうそうないチャンスなんや。ウチよりもちっこくなったモニーちゃんに、好き放題イタズラできるんやからな」
壁際に追い詰めたエイジセレモニーに、タマモクロスはわきわきと両手を伸ばす。
まるで変質者みたい、と思ったところでどうしようもない。
ここには他に誰もいないのだから。
「や、やだ・・・やめて!」
「デカい声出すなや、すぐ終わる。ウチもいつもモニーちゃんにやられてばっかしやったからな」
がしっ、とタマモクロスの両手がエイジセレモニーの体を鷲掴みにする。
エイジセレモニーは目をつぶって耐えるしかなかった。
ただ、この苦しくて恥ずかしい時間が早く終わるようにと。
「ほら、たかいたかーい! 何年ぶりやろうな、ウチのチビ達にやったのなんてだいぶ前やからな」
「うぅ……タキオンさんに、解毒剤をお願いしておかないと……」
自分のイタズラのせいだったため、抵抗することもできず。
エイジセレモニーはしばらくの間、タマモクロスのおもちゃにされていた。
Part23
1つ目(≫30)
女子——というかウマ娘ばかりのトレセン学園も、バレンタインデーともなればどこか浮ついた雰囲気になるものだ。
まあ男性トレーナーに行き過ぎるくらい愛情を込めたチョコを渡す子もいるけれど。
ほとんどは平和的な友チョコのやり取りが大半。
あとは憧れのスターウマ娘にチョコを渡す子たちがちらほら。
悔しいことに、隣を歩くこの芦毛の怪物は憧れの対象となることが多いウマ娘だったりする。
「あ、あのっ。私、オグリキャップさんの走る姿が大好きなんです!これ、よかったら食べてください!」
「アタシはオグリさんに憧れてトレセン学園に入学したんです。誰よりもオグリさんを応援してますんで!」
私が横にいてもお構いなし。
オグリに割と気合の入ったチョコを渡す子は、ひとりやふたりではない。
そのたびにオグリは笑顔で対応していた。
そりゃあスターウマ娘なのだから、ファンサービスだって日常茶飯事。
たとえ学園の生徒が相手でも、愛想よく対応しなければいけないんだろう。
——どうして私以外の子からチョコをもらって、そんなに笑顔をふりまいてるのよ。
わかっているのにイライラがおさまらない。
部屋に帰れば、オグリのために手作りしたとっておきのフォンダンショコラが用意してある。
なのに、それをいっそゴミ箱に捨ててやろうかなんて思ってしまう自分がいる。
こんな嫉妬、みっともなさすぎて自分がイヤになる。
「あ、あのっ!」
私たちの前に、突然芦毛のウマ娘が立ちはだかる。
手には可愛らしいリボンをあしらった箱。
またか、と心の中でため息をついてしまう。
どうせこの子もオグリのファンなんだろう。
「オグリキャップさん、わたし、そのっ――」
その子は妙に顔が赤くて、緊張していた。なんだか嫌な予感がする。
ただのオグリのファンじゃない、と直感でわかった。
「わたし……オグリキャップさんのこと、好きですっ。受け取ってくださいっ」
一瞬、時が止まる。
オグリもどうしたらよいかわからないのか、チョコを受け取ってもいいのかためらっていた。
それでも、その子から無理やりチョコを押し付けられて。
やむにやまれず、オグリがチョコを手に取ってしまって。
その子が嬉しそうな表情に変わった瞬間、ついに私は我慢の限界を迎えた。
好きです、という言葉の意味。
それがただの『好き』だという意味ではないということは、その子の表情を見ればわかってしまったから。
「待てイチ! どこへ行くんだっ」
オグリの止める声にかまわず駆け出す。
驚いたオグリの顔が一瞬視界に入ったけれど、かまうものか。
走って、走って、走って。
誰もいない学園のはじっこにある空き教室に飛び込んだ。
体育座りになって、自分の膝を抱える。
カーテンを閉め切った薄暗い教室。
しぃんとした空間の中で、自分の呼吸する音だけがうるさい。
でも大丈夫、息を落ち着ければきっと、もう何も聞こえないはず——そう思ったのだけれど。
がらり、と空き教室のドアが開けられた。
おそるおそるドアの方を見れば、髪の乱れたオグリが私をまっすぐ見据えている。
「どうして、いきなりいなくなったんだっ」
少しだけ怒ったオグリの声。私は返事をせず黙り込んでいた。
「イチが怒っているのは何となくわかる。でも、はっきり教えてくれないとわからない。ごめん、私は、その……不器用なウマ娘だから」
ふにゃりとウマ耳が垂れてしまったオグリを見ていると、思わずこちらも肩の力が抜けてしまった。
どうやらこの芦毛の怪物サマは、鈍感で天然な自覚はあるらしい。
ならばこちらも、思っていることをぶちまけるまでだ。
「オグリが他の子たちからチョコをもらうのを見るたび、心がぐちゃぐちゃになる。気持ちがすごく不安定になる。……ごめん、こんな気持ち悪いこと言って」
私はまた自分の膝を抱えて、顔をふせた。
最低だ。だってこんなの、一方的な八つ当たりだもの。
「……あなたはスターウマ娘なんだから、私なんかがひとり占めできるわけないの。今日はあらためて思い知らされたわ。私なんかより、あなたのことを想っている子が——むぐっ」
オグリが私の口を手でふさぐ。
もごもごと抵抗したけれど、腕力の差があるせいで押しのけることもできず。
「そうか、なら——」
ようやくオグリが私の口を解放してくれた。
ぷはっ、と大きく息を吸い込む。
「今夜は私の部屋に来るんだ。タマには私から話をつけておく」
私は今夜、オグリの部屋へ。
オグリのルームメイトであるタマ先輩は、入れ替わりで私の部屋へ行くんだろう。
まあ、問題はないはずだ。
私のルームメイトであるモニーは、タマ先輩ととてもウマが合うから。
「私がイチをひとり占めする。他の誰にも渡すものか。それに私はまだイチから何ももらっていないんだぞっ」
誰もいない空き教室。芦毛の怪物は、息がかかる距離までせまっていて。
こくん、と私はうなずくことしかできなかった。
はたしてオグリは今夜、フォンダンショコラだけで満足してくれるだろうか。
私は火照った頭で、そんなことを考えてしまっていた。
恋敵芦毛ちゃん、スパイファミリーのフィオナみたいな娘だといいな。
めったに表には出さないけど、オグリに対する愛の重さなら負けない感じで。
◇
オグリ「イチの作る弁当は本当においしいな。なんというか、ホッとする味というか・・・とにかく、毎日でも食べたくなる味なんだ!」
イチ「な、なに恥ずかしいこと言ってんのよ。言われなくても毎日作ってやるわよっ」
そんなふたりのやり取りを、物陰からこっそり見守るウマ娘がいた。
彼女のウマ耳は後ろに倒れている——これは、ウマ娘が怒っている時のサインだ。
恋敵芦毛(くっ・・・私のほうがオグリさんのサポートができるのに。料理だって、フレンチもイタリアンも何でも、もっとすごい料理を作れるのに!)
恋敵芦毛(私だってオグリさんへの愛の重さは負けてない・・・いつかオグリさんのハートを撃ち抜いてやるんだから)
恋敵芦毛(オグリさんをあんなヤツに奪われてたまるもんですか。私と——私と代われ!!)
Part24
1つ目(≫102)
「レスアンカーワン!! いざ、尋常に勝負です!!」
15時過ぎのカフェテリア。
あたりに響く大声に私はぎょっとしたけれど、オグリはお構いなしで山盛りになったドーナツを頬張っていた。
大声の主は芦毛のウマ娘だ。どこかで見かけたようもするけれど、名前までは思い出せない。
ただ、私よりも後輩だということはなんとなく覚えている。
「うーんと……勝負、って私と? どうしてあなたと勝負なんかしないといけないの」
「クラスメイトから聞きました! レスアンカーワンさんは、かつてオグリキャップさんに嫌がらせで大量のにんじんを送り付けたことがあると。そんな行いは許しておけません!」
あちゃー、と私は心の中で頭を抱えた。
そういえばそんなこともあったっけ。今思えばずいぶんとひねくれたことを言っていた気がする。あの大量に押し付けたニンジンは、はたから見ればただの>差し入れにしか見えないというのに。
でもそれはもう1年以上前の話。どこの誰から聞いたのか知らないけれど、目の前で仁王立ちしている芦毛の後輩からあれこれ言われる筋合いもない。
何か言い返してやろうと思っていたら、ドーナツを食べ終えたオグリの方が先に口を開いた。
「嫌がらせ……? 何を言っているんだ、イチがそんなことをするわけないだろう」
「でも、確かにそういった噂があるんです」
「そんな根も葉もない噂を信じて、わざわざ私たちに話しかけてきたのか?」
「実はわたし、オグリキャップさんに憧れてトレセン学園に入学したんですっ。そうしたら、いつもオグリキャップさんと一緒にいるウマ娘がいるって話を聞きました。気になって少し聞いて回ったんです、オグリキャップさんの隣にいるウマ娘が何者なのか」
そのウマ娘は私に敵意たっぷりの視線を向けてきた。
なるほど、どうやらこの芦毛の後輩はオグリのことがよほど好きらしい。つまり私は芦毛の後輩にとってライバルであり、敵というわけだ。
「だから、勝負です。レスアンカーワン! オグリキャップさんの隣にいるべきなのはわたしだというのを証明してみせます!」
——『さん』をつけろよ、後輩ウマ娘。
私は心の中で悪態をつく。この後輩がどれほど速いのか知らないが、一応こっちの方が先輩なのだから。
上等だ、ならその勝負とやらに乗ってやろうじゃないか。
「……で? 勝負って何なの」
「決まってるでしょう、模擬レースで決着をつけます。距離はそちらにおまかせしますよ」
「私、アンタの適性距離なんて知らないんだけど」
「だから距離はおまかせすると言ってるでしょう。わたしはどの距離でもあなたに負けませんからっ」
なるほど、この後輩は生意気なだけでなく自信家でもあるらしい。ならばこちらも遠慮なしだ。
「1400でいいでしょ、それで十分」
「ふふっ、長い距離を走れる自信がないんじゃないですか? 私は2500でも3000でもいいんですけどね」
「いや、そんな下らないことにムダな労力使いたくないだけ。それじゃあコースの手配はそっちでやっといて」
あっけに取られた後輩を置いて、私はさっさとカフェテリアを後にした。慌てて付いてきたオグリが心配そうに話しかけてくる。
「なあイチ、あんな勝負を受けて大丈夫なのか。きっと向こうはイチのことを調べてるはずだ。でもこっちは相手がどんなウマ娘なのか全然わからないんだぞ」
「大丈夫でしょ、そう簡単には負けないわ」
トレーニングは毎日欠かしていない。ぽっと出の後輩なんかに負けてたまるものか。
そう思って挑んだ模擬レースだったのだけれど——現実はそう甘くはなかった。
◇◇◇◇◇
一週間の松葉杖生活と、三週間のトレーニング禁止。
生意気な後輩をなんとかレースで負かした代償は、決して軽いものではなかった。
ムキになって後先考えずにトップギアまでぶん回したのは反省している。でも、後悔はしていない。
「イチ、その……すまなかった。こんな模擬レース、始まる前から止めるべきだったんだ」
「ちょっと、泣かないの。別に走れなくなったわけじゃないでしょ。少し休養が必要なだけよ」
「もしイチの脚に何かあったら、その時は私が責任を取る。必ず一生面倒見るからなっ」
「いや、だからただの筋肉の炎症だってば……」
一生面倒見る、と言われた時に少しドキドキしたのは心の中にしまいつつ。涙目になってしまったオグリをなだめてから、私はおそるおそる立ち上がる。今日から松葉杖は使わなくても大丈夫、とドクターからは言われていた。
「さてと、それじゃあ行きますか」
「待ってくれ、無理をするなとお医者さんからも言われていただろう」
「おバカ、別に走りに行くわけじゃないわよ。キッチンに行くの。久しぶりに何か作ってあげないと、どっかの誰かさんがご機嫌斜めになっちゃいそうだから」
「久しぶりにイチの料理が食べられるのか!?」
ふぁっさふぁっさとオグリのしっぽが暴れているのを見て、私は思わず吹き出してしまう。脚を痛めた一週間は何も作ってあげられなかったから、それだけ>楽しみにしてくれているんだろう。
私の料理が食べられない間、オグリはまるで餌を取り上げられた子犬みたいにしゅんと落ち込んでしまっていたから。
脚がよくなったらまずオグリにお腹いっぱいご飯を作ってあげようと、私はそう心に決めていた。
「イチ、私に手伝えることがあったら何でも言ってくれ」
オグリはまるでエスコートをしてくれるように寮のキッチンの扉を開けてくれた。
普段は天然なくせに、時おり優しくてカッコいい。こんなこと、絶対に恥ずかしくて言えたもんじゃないんだけれど。
にやけてしまいそうな甘ったるい時間は、それほど長続きしなかった。
「レスアンカーワン……。いざ尋常に勝負です。今度こそ、絶対に負けませんっ」
キッチンに乱入してきた芦毛の後輩を目にした瞬間、私のテンションは一気に急降下してしまっていた。
「イチはまだ病み上がりなんだっ。まさかまたレースで勝負なんて言い出すんじゃないだろうな!?」
どうどう、と声が大きくなったオグリを落ち着かせる。寮のキッチンで騒ぎを起こしたくはなかった。
「オグリ先輩……レースではいいところは見せられませんでしたが、私だって料理は得意なんですよ? フレンチでも、イタリアンでも、和食でも。たくさん練習しましたから、私のほうが美味しい料理を作れますっ」
後輩は挑むように生意気な視線を向けてくる。うかつに挑発に乗るもんじゃない、なんてわかってはいるけれど。こと料理となれば、私だって引くわけにはいかない。
私は後輩の勝負を受けるつもりでいた。
今にも泣き出してしまいそうな、オグリのかすれた声を聞くまでは。
「お願いだ。もう……私たちに関わらないでくれ」
その声を聞いた後輩の目がはっと見開かれる。
「イチは君とのレースで脚を痛めたばかりなのに、君はまた勝負を挑むという。これ以上イチに負担をかけたくないんだ。お願いだ、どうか……もう、私たちにかまわないでくれ」
さすがに言いすぎでしょ、とオグリに言ってやろうかとけれど。目に涙をためて、必死に後輩に訴えかけているオグリを見たら声を出せなかった。
「えっ、いや、違うんです私、そんなつもりじゃ……」
後輩の顔がさあっと青くなる。大変なことをしてしまった、と思っているに違いない。よく見れば指先がぷるぷると震えていた。私とのレースで負けたことなんかよりも、意図せずオグリを傷つけてしまったことのほうがよほどショックだったんだろう。
「……偶然通りかかってね。悪いけど、話を聞かせてもらったよ」
「フ、フジ寮長!?」
驚いて私が振り返ると、そこには腕を組んだフジキセキが立っていた。いつも笑顔でいることの多いウマ娘だが、今の表情は険しい。
「何かを賭けた模擬レースをするのであれば、きちんと話を通してくれないと困るよ。少なくとも、私は何も聞いていなかったからね。ましてやその模擬レースで脚を壊しかけたとなれば、処分もありうる」
腕を組んだまま、フジキセキは私たちの方へと歩を進めた。後輩の顔色はますます悪くなり、指先どころか肩まで震えている。
「さて、イチ君が脚を痛めた模擬レース。仕掛けたのはどちらかな?」
私——いや、私たちは、これほどフジキセキの笑顔が怖いと思ったことはなかった。
◇◇◇◇◇
「君達は初犯だし、今回は反省文の提出でいいことになったよ。まあ……その、後悔しているのはよくわかったしね。特に芦毛の娘の方は」
困ったような顔で苦笑いするフジキセキの言葉は、少し歯切れが悪い。後輩に何かあったのだろうか。
「そういえばあのウマ娘、ここ数日ぜんぜん見かけませんね」
「実は、体調を崩して寝込んでしまっているんだ。お医者さんに診てもらったんだけど、はっきりとした病気があるわけでもなくて、精神的なものらしい。ごはんもろくに食べてなくてね。しかも今日から同室のルームメイトが遠征でいなくなってしまうから、どうしたらいいかと悩んでいたんだ」
「あ、じゃあ私が様子見に行きます」
「イチちゃんなら、安心して任せられるけど……いいのかい? あの後輩が仕掛けた模擬レースで君は脚を痛めてしまったんだよ」
確かに、あの後輩は気に入らないところがある。でもオグリに『もうかまわないでくれ』と言われた時のあの子の表情が今でも忘れられない。
まるで自分をぶら下げているロープを切られてしまったみたいな、絶望しきった顔だった。いくら気に入らない後輩だからとは言え、ごはんもろくに食べて>いない子を放っておくわけにはいかないのだ。
「挑発に乗った私も悪かったんです。大丈夫ですよ、小生意気な後輩の面倒はしっかり見ておきますので」
「すまない、助かるよ。どうやら私はあの子にすっかり怖がられてしまったようでね」
申し訳なさそうなフジキセキにあらためてお礼を言われた後、私は寮のキッチンへ向かった。
「冷凍ご飯、ストックよし。卵もあるわね。あとは長ネギか、みつばがあればいいんだけれど……あ、ニラがあった。これでいいわ」
冷蔵庫をチェックしてから、ザルと小さな土鍋を取り出して、私はさっそく調理に取り掛かる。それほど時間はかからない。本当はちゃんと出汁をとりたいところだけれど、粉末の出汁で我慢することにした。
ベッドで寝込んでいる後輩の姿を思い浮かべたら、なるべく早く持って行ってあげたかったから。
「……入るわよ?」
ノックへの返事は弱々しい。まだ熱い土鍋を持ちながら、私は後輩の部屋に入る。
「ど、どうして先輩が来てくれたんですか」
私が持っている土鍋とトートバッグに視線を移してから、おそるおそる後輩が質問してきた。以前は私のことを呼び捨てにしていたのに、今ではすっかりそんな元気もないらしい。
「別にあなたが100パーセント悪いなんて思ってないもの。少なくとも、ペース配分も考えずに走って脚を痛めたのは私の責任だから」
「なんで怒らないんですかっ。わたし、先輩にも、オグリキャップさんにも失礼な態度ばっかりだったのに」
たぶんフジキセキにたっぷり怒られたんだろう。今にも泣きそうな後輩の顔を目の当たりにして、私はふっと口元を緩めてみせた。
「そんなげっそりした顔してたら、怒れるわけないでしょ」
私はその辺に置いてあった雑誌を鍋敷き代わりにして、お鍋を机の上に置いた。ふたを開ければ、ふわりと出汁の美味しそうな匂いが広がっていく。
「寮長には怒られて、憧れのオグリにはキツイこと言われて、たったひとり部屋でごはんも食べず落ち込んでいるんだと思ったら、勝手に体が動いてたのよ。それだけなの」
さっきまで肩にかけていたトートバッグから、お椀とお玉を取り出して置いておく。
せっかく作ったニラと卵の雑炊を、この後輩が食べてくれるかはわからない。もしかしたら、私なんかが作ったものは食べてくれないかもしれない。でも、それでもいいんだ。別に見返りを求めてたわけじゃないから。
「じゃあ、私はこれで失礼するわ。お鍋は元気になってから返してくれればいいから、しっかり食べて休むのよ」
そう言って席を立とうとしたのだけれど——どうやら席を立つには早かったらしい。後輩が私の制服の袖をぎゅっとつかんでいたから。
「——待ってくださいっ。お、お願いです……食べ終わるまで、そばにいてください」
後輩の顔はやけに赤い。まあ、たぶんそれはきっと体調が悪いせいだろう。私はそう思うことにした。
しょうがないわね、なんてため息をついてから。私はお椀にたっぷりと雑炊をよそってあげた。
ふうふうと息を吹きかけて冷ましながら食べる光景を見ていたら、なんだか餌付けしてるみたいだなんて思ってしまう。そうしてお鍋いっぱいの雑炊をたいらげた後輩は、やがてうつらうつらと船をこぎはじめた。
「片付けは私がしておくから、少し寝なさいな。おいしいもの食べてぐっすり寝ちゃえば、きっと元気になるわ」
「そんな……でも、かたづけくらいはわたしがやらないと、めいわく、かけちゃいますから……」
「いいから寝るのっ」
後輩の肩に手を当てて優しくベッドに押し倒す。相当眠たかったのか、抵抗らしい抵抗もなく横になってくれた。
こうして大人しくしていれば、この後輩もなかなか可愛いいんだけれど。そっと頭をなでるとむにゃむにゃと何やらつぶやいていたが、しばらくすると規則的な寝息が聞こえてくる。
「……おやすみなさい」
私は毛布を掛け直してあげてから、そっと後輩の部屋を後にした。
それから2,3日たつと、後輩はすっかり体調が良くなっていた。今でもオグリのことが好きなのは相変わらずで、時どきオグリにお菓子やら何やら作って差し入れをしている。
今では私に突っかかってくることもない。
あともう一つ、変わったことといえば——。
「イチ先輩! わたしの作ったお弁当、味見してもらってもいいですか!? 自信作なんです、これならきっとオグリキャップさんも美味しいって言ってくれますよっ」
——あの生意気な芦毛の後輩が、ずいぶんと私に懐くようになったことくらいだ。
2つ目(≫174)
ベリ「レスアンカーワン先輩!今日はひとことハッキリ言ってやります!」
イチ「あーはいはい、さっさと終わらせてね」
ベリ「私はあなたのことなんか、その、だいっきら・・・きら・・・あうぅ・・・」
イチ「ん、別に後輩からどう思われてもかまわないわ。これでも一応先輩だから。でもね、後輩に少しくらい悪口言われたくらいで、あなたのことを嫌いにはなれないかな」
ベリ「ああぁぁ違うんです!エイプリルフールにつく嘘が思いつかなくて、その・・・ごめんなさいっ」
イチ「まったくもう、嘘をつくのが苦手なんでしょう。別にエイプリルフールだからって必ず嘘をつかなくてもいいのよ」ナデナデ
グリ(ベリちゃん、イチ先輩をギャフンと言わせてやるって言ってたけれど・・・なんか逆に墓穴ほってる気がするなぁ)
part25
【pm 6:30 ベリコースとグリサリアの部屋】(>>20)
【pm 6:30 ベリコースとグリサリアの部屋】
「ふぅ、今日のトレーニングはけっこうハードだったなぁ。ん、ベリちゃん>の机の下になんか落ちてる。何だろう、この薄い本。拾うついでにちょっとだけ見ちゃってもいいよね」
ドゥアスグリアサリアはついその薄い本のページをめくってしまった。罪悪感よりも好奇心の方が勝ってしまったから。好奇心は猫をも絶命させる——なんて言葉、すっかり忘れていた。
「うわぁ、これウマ娘どうしが物凄く仲良くしちゃってる内容のマンガだっ。一部で流行ってるとは聞いたことあるけど」
マンガの主人公は、面倒見がよくて料理上手な先輩ウマ娘。そしてもうひとり——不器用な優等生タイプの後輩ウマ娘だ。そんなふたりがなんやかんやあって、キズナを深めていくお話だった。
「え、これってもしかして・・・」
登場人物のモデルはレスアンカーワン先輩とベリちゃんなんじゃないか、と思ったその瞬間——。
「・・・見たわね」
いつの間に帰ってきたのだろうか。まるで幽霊みたいに、音もなく。グレイベリコースがすうっと開いたドアから部屋の中に入ってくる。
「あっいやっ、違うんだってば! これはベリちゃんの机の下に落ちてて、たまたま拾っただけで」
「・・・それで、見たんでしょう。その本の中を」
「み、みてないっってば。それにアタシはウマ娘同士の恋愛マンガにも理解はある方だから——」
「やっぱり見たんじゃないの!」
すごい剣幕に思わずアタシは後ずさる。とはいえ、さほど広くはない寮のふたり部屋。すぐにベッド際まで来てしまった。
「見られた・・・見られた・・・」
ぶつぶつとつぶやくベリちゃんは正直怖い。けれども、その後に彼女が発した言葉はもっと怖かった。
「そうね、見られたなら——口封じしないと」
へなへなとアタシはそのままベッドに力なく座り込んだ。いま口封じ、って言ったよね? 照明を背にして逆光になっているせいか、ベリちゃんの顔が暗く見えるのがよけい恐ろしい。
「誰にも言わないってば、約束するから!」
「口約束だけじゃ安心できないもの。やっぱり、しっかりと処理しないといけないわ」
グリちゃんは左手でアタシの肩を押さえつける。たぶん抵抗しようと思えばできたかもしれないけれど、今はベリちゃんの迫力のせいで動けずにいた。
そうしてグリちゃんは何かを取り出して、アタシに突き付けた。恐怖に思わずに目をつぶってしまう。
ここでアタシの命運もつきたかな、なんて思ったけれど——特に痛みも衝撃もなかった。ただ、ベリちゃんの息づかいが聞こえるだけ。おそるおそる目を開けてみる。
「……書いて! 誓約書!秘密は絶対に守るって。じゃないと安心できないもん!」
目の前にあったのは一枚のぺらぺらした紙一枚だった。
「よかった……アタシ、てっきり何か物騒な目にあうんじゃないかと……」
へなへなと力が抜ける。突き付けられたのが刃物とかじゃなくてよかった。ああ、そうだ。いま目の前で顔を真っ赤にしているこのグレイベリコースというウマ娘は、バカがつくほど真面目だったんだ。
まあとりあえず誓約書くらいですむなら、かすり傷といってもいいだろう。それに誓約書なんてなくたって、絶対にヒミツを漏らしたりはしない。
だってベリちゃんはアタシのルームメイトで、親友なんだから。誓約書にヘタクソなサインをしながら、アタシはそう誓った。
【今日はなんの日?】(≫40~)
※1 初期のオグ1のイメージです
※2 昨日投稿するつもりだったものです(編集者注:投稿日は4/3でした)
※2 昨日投稿するつもりだったものです(編集者注:投稿日は4/3でした)
【今日はなんの日?】
今日もいつもの場所でトレーニングをしているオグリにお弁当を渡した。もはや日課になってしまったこの嫌がらせお弁当大作戦だけど、正直言ってあまり効果はないようだ。いつもいつも何を食べても美味しいとしか言わないのだから堪らない。まぁ、朝早く起きて作ったお弁当を不味いと言われるよりずっといい……いやいや!違うでしょ私!嫌がらせなんだから不味くて良いのよ、不味くて!
コホン……ま、まぁ、それはいいの。そんな事を考えるよりやるべき事があるんだから。今日こそはオグリのまぬけな顔を拝む!そのための作戦を考えてきたんだから!
「ねぇ、オグリ」
「モグ…ムグ…ん?どうしたんだ?」
いつもなら食事中に話しかけたりしない私が話しかけたからか、不思議そうな顔をして此方を見るオグリ。ふふっ。さあ!私の完璧な演技力を見るがいいわ!
「私ね、実はあんたの事が好きなの!」
「ぶふぅぅぅぅううううう!?!?!?」
突然の告白に勢い良く吹き出すオグリ。
あっはっはっはっはっ!なによそのまぬけな反応!やったわ!ついにオグリに一泡吹かせてやったわ!最高の気分ね!
ふふふ!けど私は追撃の手は休めたりしないわよ!ここでネタバラしして更に恥を掻かせてやるんだから!
「ぷっ、ふふふ!なに動揺してんのよ。今日が何月何日か思い出してみなさい!」
「ケホッ…ゴホッ……な、何日か?」
そう、今日は4月1日。エイプリルフールなのだ!普段なら嘘を吐くのはいけない事だけど今日だけは違う!どんな嘘を吐いても良い日なのだから!そんな事にも気付けないだなんて『芦毛の怪物』様も大したことな
「今日は……4月2日だろう?それがなにか関係あるのか?」
「―――へ?」
へ?いまなんていった?
2つ目(>>54~)
不快だ。不愉快だ。酷く神経を逆撫でされる。気持ち悪い。
トレセン学園にあいつ……オグリキャップが転入して来た時から、私は常にそんな負の感情を抱いていた。
メイクデビューで成績を残せず、続く未勝利戦では1着を取れたものの2着とはハナ差。あいつはそんな私とはあまりに違いすぎた。『天才』……ううん、『怪物』と言うべきだろう。
怪物は転入して初めてのレースで他を大きく突き放して圧勝。その後も何度もレースに出走し、全て圧勝……。
不快だ。不愉快だ。酷く神経を逆撫でされる。何故ただ同期というだけであの怪物と比べられなければならない?
そんな言葉に出来ない感情を溜め続け、ついに我慢の限界が来てしまった。
『オグリキャップを中央から追い出す』私は最低な行為に手を染めてしまった。
要はただの嫉妬だ。上手く結果を出せない事への八つ当たりだ。それでも止める気にはなれなかった。本当に、気持ち悪い。
◇◇◇◇◇
◇◇◇◇◇
手を汚す覚悟はしたものの……さて、何をすればあいつは嫌がるんだろう?
別に具体的な案があるわけじゃないし、取り敢えず図書室での勉強の合間に良さげな資料でも漁るとしよう。
放課後。合同トレーニングが終わり疲れ果てた身体を引き摺りながら図書室へ向かった。図書委員のウマ娘に挨拶をして、何時もの様に教科書を広げ勉強を始める。
一時間後。予習復習も済ませたし早速嫌がらせする為の資料を探す……。
「うぅ、体が重い……甘い物食べたい」
思わず弱音が漏れてしまう。けど今更引き返せない。私は近くの本棚から1冊の本を抜き出した。
『本当にあった恐いイジメ100選』
うん。今のクサクサした気分の私にはピッタリなタイトルだ。さてあいつを追い出すのに使えそうなアイデアはあるかな?
「丑の刻参り……は?神社の敷地に不法侵入して御神木に傷を付けるとか、ありえないでしょ」
「画鋲を下駄箱の靴の中に……うわっ、陰湿ね。そんな事して何の意味があるのよ」
「はぁ!?事故を装って怪我させるって……!ウマ娘の脚をなんだと思ってんのよ!ふざけんなっ!!」
「コラ画像?……ひゃん!?……な、なにこれ?裸の写真……?」
「うわぁ……うわぁ、こんな写真まで合成するの……?……うわぁ…………」
「……………………。…………こ、これをあいつに?……!な、なしなし!これはダメよ!ダメなんだから!」
数十分後。
「…………全然参考にならなかったじゃない。変な物まで見ちゃうし、もう……最悪ぅ」
結局、なんの成果もなく私は寮へ帰る事にしたのだった。
◇◇◇◇◇
◇◇◇◇◇
図書室でなんの成果も挙げられなかった私は寮の自室へと戻った。
「ただいまー。…………はぁ、こんな事であいつを追い出すだなんて本当に出来るのかしら?」
ついつい独り言を溢してしまう。今日はルームメイトが合宿で居ないので、独り言を聞かれずに済んだのは幸いだった。
寮の自室は2人部屋となっており、生活するのに十分なスペースが確保されている……はずだった。
ふと目線を自分の生活スペースに向けると自分の聖域を半分近く侵略する段ボールの山が存在感を放っていた。
……そうだった。今朝実家から大量の人参が送られて来たのだ。実家を離れ暮らしている娘に物を送ってくれるのはありがたい。お母さんの優しさに包まれ頬が弛むというものだ。
けど量を考えて欲しい。自室の四分の一を埋め尽くす段ボールモンスターズを見ると頬が引き吊るというものだ。
『友達と食べてね~』と書かれた手紙に何百人の友達がいると思ってるんだとツッコミたくなる。
腐らせるわけにもいかないしどうすれば?もしや新手の嫌がらせなのか?等と大量の人参を処理する方向に思考が引っ張られ…………。
「……嫌がらせ?…………!そうだわ!これよ!」
心身共に疲れ果てた状態だというのに画期的なアイデアが浮かんだ。
あいつにこの大量の人参を押し付ける!そうすれば腐らせなくてすむし部屋もキレイになる!その上あいつへの嫌がらせにもなる!
ふふーん!やれば出来るじゃない私!うんうん、『自分がされて困る事をしろ』はレースの鉄則だものね!
「~~♪早速明日にでもあいつに押し付けましょう!ふふっ、困り果てる顔が目に浮かぶわね~♪」
うん、今日は気分良く寝れそうだ。
…………同期を貶める汚い自分を見ないよう、私は上機嫌なフリをしながら眠りにつくのだった
了
3つ目(>>76)
「…………ん、イチ」
「なにー?」
「………………」
「……?オグリ?」
「…………スゥ……スゥ……」
「いや、話しかけといて寝る普通!?」
「……んぅ……今日、坂路……張り切り……スゥ……」
「うん私が見学してるからって張り切りすぎたのはわかるけど!わかるけどっ!ここは!学生寮で!私の部屋だから!というかそろそろセレちゃん戻ってくるから!早く自分の部屋に戻っ……抱きつくなぁーー!?」
「…………イチ……」
「なに!?話を聞く前にまずはその手を放してほしいんだけど!?」
「……私と一緒に寝るのが、嫌なのか?」
「~~~~~~っ!?」
「…………」
「………………それ、ずるくない?」
「…………」
「…………」
「…………」
「………………嫌じゃ、ない……です」
「…………」
「……ち、ちょっと!なにか言いなさいよ!…………というか、へ?もしかして……へ?そういうこと!?べ、べつにオグリとだったら……その、べつにダメじゃない、というか……べつにそういうのに興味がないわけじゃない、というか……で、でもそのあの、あれよ!タイミングというか心の準備万端っていうか、その、とにかく…………っあ"~~!なに言ってんの私ぃ!?!?」
「……………………スゥ……スゥ……」
「寝た!?嘘でしょ!?ちょっ…………うわぁ、マジで寝てる。…………。」
「……ンッ…………おやすみ、オグリ」
その4(>>78~)
────AM3:00
「……もう、むり……」
「……………………ZZZ」
どうして、こうなっちゃったのかな。
画面には三つ首のドラゴン。飽き飽きするほど見た吃音交じりのテキストを、今またこうして、生配信中のPC画面とカメラを視界の端に捉えながら、どこか現実離れしたような思考で眺めていた。
────PM7:00
「あァ〰️〰️〰️〰️〰️ッ!!!もうっ、マジでッ、最悪ッ!!!」
アタシは後悔した。ほんの軽い気持ちで参加しただけの寮別対抗百人一首で、ここまで悪い成績を叩き出すなんて思ってなかった。
いや、ただ負けただけならまだいい。所詮は学生のお遊び、これからの人生を左右するような重苦しい罰ゲームが来るはずないから。そこまでならまだ、気楽に構えていられた。
ただ、アタシにとって誤算だったのは、いつもつるんでる仲の良い友達が美浦寮だったことと……
「イッチさぁ~、オグリちゃんと仲いいぢゃん?折角だしぃ、二人で仲良くゲーム実況とかどうよ!?あ、やるゲームはあーしが選ぶから!楽しみにしとけ~?」と、今思い返せばいやにニヤついていた友達の真意に気付けなかったことだ。
「なんだよ二人でやればめっちゃ盛り上がるゲームって!?アタシとオグリがどういう関係か知っててやりやがったなあの○○○○女ァ……マジで今度会ったらノータイムでしばく……!!」
「あの、イチ……?大丈夫か?顔が怖い……」
「あぁ、オグリは気にしなくて良いから。これはアタシとあのアマの問題だから」
「そ……そう、か……」
「…………」
あからさまに耳を垂らして、露骨にアタシの顔から目を逸らすオグリを見て、また居心地が悪くなる。
コイツはいつもそうだ。何事にもマイペースで、他人の意見なんかに左右されずいつでも一本芯の通った理念というか、信念を抱いて行動している。
今回の二人協力プレイゲーム生配信なんて、複雑な感情を抱えてはいないのだろう。ただ罰ゲームありの試合で負けたから甘んじて受ける。コイツの本心なんてそんなものだ。レースとご飯以外の事は眼中にすらないのだろう。
純粋すぎるコイツには。今頃憎たらしいニヤつき顔を浮かべながら、間違いなく配信画面越しに愉悦を覚えているだろう腐れ縁のアタシとの仲の深さが分からない。
アイツの事は嫌いじゃない。元々家族ぐるみで付き合いがあって、幼稚園からトレセン学園入学、高等部最高学年に至るまで同じクラスで、色々悩み相談とかしてきた仲だ。今更揺らぐような関係じゃない。
「はい、視聴者の皆さんこんばんはー。今日はトレセン学園寮別対抗百人一首で負け、さらに成績が一番悪かった罰ゲームとして……はい、オグリ自己紹介」
「どうも、オグリキャップだ。今回成績ワーストツートップの、レスアンカーワンこと友人のイチとゲームクリアするまで帰れません実況生配信をすることになった」
「はい、よく言えました。……つーわけで不本意ながら……誠 に 不 本 意 な が ら、オグリと協力してゲームクリアを目指していきますどうぞヨロシク」
「よろしく頼む。それでイチ……私はゲームなんて数えるほどもやったことがないが、大丈夫だろうか?」
「まあ大丈夫じゃない?チョイスはアタシのツレだけど、昔から出来ないことは頼まなかったし、ちらっとグラフィック見せてもらった限り子供向けっぽいし、そこまで難しくはないと思うわ。さっさと終わらせて帰るわよ」
「分かった、全力を尽くそう」
軽々しくサムズアップを見せる、アタシにとっての不倶戴天の敵。ゲームとはいえ、そいつと今から協力していくなんて。なんとも不思議な気分だ。
まあいい、今この時だけだ。明日からはまたいつものように敵同士としてターフに立つ。たった一夜の協力など、すぐに風化するに決まっている。
アタシのそんな企みは、それから5時間経ったAM12:00を過ぎた頃、完全に打ち砕かれた。
「もうやだ、帰って寝たい」
「諦めるなイチ、少しずつ攻略の糸口は掴めている……あとは気力と……根性で……」
「オグリ寝るな、船漕ぐな。アタシだって眠いんだよ……おい寝るなっつってんだろ!」
「んん……タマ、郵便ポストはよく煮込まないと頭からイチジクが生えてしまうぞ…………ZZZ」
「いやどんな夢見てんだよ!?おい起きろって!お前がいないとアタシも寝れないんだよお前だけ寝んなァ!!!」
ここからさらに4日かけてクリアした。腐れ縁のアイツは、明日思いっきりチョークスリーパーかけてやろうと思う。
【とふとみ日記】(>>103)
【とふとみ日記】
春はあげぽよ。やうやう薄くなりゆく意識は、すこし上がりて、鼻血出したる尊みの補足たなびきたる。
早朝。寮内に響くヘリオスさんの声にて目覚めるは私です!あ、私が誰かはお気になさらずとも結構です!
いつもよりも早く起きた私は朝から太陽の如き活力溢れるお声により興奮していました。
この状態でウマ娘ちゃん達と顔を合わせるわけにはいかないので、冷静さを取り戻すべく部屋の窓を開け外の空気を……あ゚っ
あ、ああああれはオグリしゃん!どうやら日課のトレーニングへ向かうご様子。
はぁ~、尊い!常に自己の鍛練を欠かさないストイックさ!これから試練に立ち向かわんばかりの強い意思を宿した凛々しいお顔!いと尊し…………ミ゚ッ
おや?オグリさんの後ろを誰かが追って…………フギャッ!?あ、あああの方は!
常にオグリさんと共にいて私めのような矮小な存在に無限大な尊みを授けてくださる中央トレセン学園の4女神のお一人!
レスアンカーワンしゃまではありませんか!ファッ!?何故オグリさんの後を追っているんですか!?たしかこの時間は毎日甲斐甲斐しくオグリさんのお弁当を作っているはずではミ゚ッやばい改めて想像したら尊みがビッグバンを起こして新たな宇宙が誕生しちゃうハッピーバースデー世界!!
新たな世界の誕生を祝福するのも程々に再度ウマ娘ちゃん観測をしていると……気付いた。気付いてしまった。
え、うそ、ちょっ、まっ、そ、その手に抱えてらっしゃる包みは、いったい?
何故いつもより早くオグリさんの後を追ったのか?何故心なしか頬を染めていらっしゃるのか?何故重箱の上に小さなお弁当箱を乗せているのか?何故水筒を二つも腰に提げているのか?
全ての点と点が一つの線で繋がった。
私は灰になった――とふとみ日記 完
その6【~後輩の名は~】(>>117)
~後輩の名は~
イチ「きょうもオグリの練習見に来てたわよ、あのふたり」
オグリ「あのふたり?」
イチ「ベリコースとグリサリア。私は面倒だからベリとグリって呼んでるけど」
オグリ「ベリとグリか・・・油断したら間違えそうだ」
イチ「そ、そうね。まあ私は一回間違えてひどい目にあったわ」
オグリ「そうなのかっ。なんて間違えたんだ?」
イチ「ベリのこと、グリコースって言っちゃったの。ベリコースとグリサリアが混ざっちゃったのね」
オグリ「グリコース・・・グリコーゲンみたいじゃないか」
イチ「そりゃあもう怒られたわ。『グリコースって何ですか!!糖分みたいに甘ちゃんで、ベトベトしてるってことですか!?』って怒りだして、簡単にはおさまらなかった」
オグリ「それで・・・どうなったんだ?」
イチ「ダート走り込み50本。それと、ベリちゃん直々の激痛足つぼマッサージ。それでなんとか許してくれたわ」
オグリ「なんというか、それは・・・ドンマイだな」
イチ「ちなみにベリちゃんのマッサージはすごかった。というか痛がる私を見て喜んでた気がする」
オグリ「名前を間違えないよう気をつけないといけないな」
イチ「もう二度とゴメンよ。おかげで後輩の名前はしっかり覚えたわっ」
その7(>>122~)
桜花賞。
自分と同じように地方上がりでクラシックを制した妹をべた褒めするオグリ。
最初は平気だったが段々ともやもや感が募り周囲にばれない(本人はそのつもりだがオグリ以外の親しいものからはバレバレ)ようにするイチ。
やがて二人きりになった時、不器用ながら遠回しに自分はあそこまでしてもらったことはなかったと言うイチ。
少し考え込んで、ふと閃いたオグリ。
妹にしたときとは違いイチのほっぺに手を当てて「イチはがんばり屋さんだ。そんなところが好きだ」とどストレートに言ってのける。
瞬間湯沸かし器となったイチ。耐えきれなくなってその場で湯気を出しながら失神する。
慌てるオグリ。
そして、物陰で天に召されるデジたん。
っていうSSありませんか?
「ぜぇ……ぜぇ…………スゥ……ふぅー……」
阪神レース場のコースから続く狭く暗い通路内に荒い息遣いが響く。
言っておくけど私のものじゃない。今日レースに出走した知人のものだ。いや、知人というか友人の妹なんだけど……一応知人でいい、のかな?
「ローマン!見てたぞローマン!」
「あ、お姉ちゃん。来てたんだ」
「なっ!そ、そんな言い方はないだろう!あまり冷たくされるとお姉ちゃん、泣いてしまうぞ!?」
「あはは!冗談だって。……うん、お姉ちゃんの声援、ちゃんと聞こえたよ?そのおかげで勝てたんだもん!」
「っ!そ、そうか。それは嬉しいな。……だが勝てたのはお前の実力だ。お前が頑張ったから。勝てたんだ。本当によく頑張ったな、偉いぞ」
………………うん。会話を聞けば分かるだろうけど、今日レースに出走したのはオグリの妹のローマンちゃんだ。
あの歳でGⅠレースである桜花賞を制したのだから大したものだろう。もっとも、オグリに誉められて顔を真っ赤にしてる様子からは、そんなきょうしゃの風格みたいなのは全然感じないんだけど。
本当に仲が良い姉妹だよね。見ていて微笑ましくなる。
「そうだ!今日はお祝いに美味しい物を食べに行こう!お姉ちゃんがなんでも奢ってやろう!」
「あ、ごめんね。実はこれからトレーナーさんがお祝いしてくれって言ってて……」
「む、そうなのか。残念だがそれでは仕方ないな。残念だが」
「ふふっ。お姉ちゃんってば、そんなに耳を悄気させなくてもいいじゃない。じゃあ、明日!明日また改めてお祝いして?ね?」
「っ!あぁ、勿論だ!いっぱい祝ってやるからな!お腹を空かせて待っているんだぞ!」
「ふふっ。はーい!お姉ちゃんほど大食いじゃないけど楽しみにしてるね。…………もう!いつまで頭を撫でてるの!」
…………うん。本当に仲が良い。見ていて、微笑ましい。……微笑ましい、はずなのに。
なんでだろう?なぜかもやもやする……。
自分でも理解できない違和感を抱えたまま、私は二人の様子を笑顔で見守るのだった。
その8(>>145~)
「…………グスッ……なんで……あともう少し、だったのに……!」
コンコンッ
「……っ!……スゥ……フゥ……よし。はーい、開いてまーす!」
ガチャッ
「お邪魔しま~す。イチちゃん、レースお疲れ様でした~」
「イチ。少し話しても大丈夫だろうか?」
「クリークさん!オグリも……え、もしかして応援に来てくれてたんですか!?」
「勿論ですよ~。ふふふ、イチちゃん格好良かったです」
「イチ。少し話しても大丈夫だろうか?」
「ありがとうございます!……って言っても敗けちゃったので格好良くはなかったと思いますけど」
「そんな事ないですよ!一生懸命走るイチちゃんは本当に格好「イチ」……」
「少し、話しても大丈夫だろうか?」
「ちょっと!今クリークさんが喋ってたでしょ!話なら後でもいいじゃない!」
「いや、ダメだ。今話したい」
「…………これからウィニングライブの準備しなきゃなんだけど?」
「イチ」
「っ!もう、なんなのさっきから!?人の都合も考えないで一方的に」
―――格好悪かったぞ
「―――え?」
「格好悪かった、と言ったんだ」
「あ、えっ…………お、オグ、リ?」
―――勝つところを観に来たのに
―――敗ける姿なんて見たくなかった
―――もっと頑張って欲しかった
「……ハッ……ハッ…………ま、まって……オグリ。ち、違うの……私も精一杯……」
「情けないイチを見るために応援しに来たわけじゃないん「私だって!!」――」
「私だって勝ちたかったわよ!そのために頑張ってきたの!一生懸命走って、レース場のコースも下見して!出走者のデータだって寝る間も惜しんで研究した!!」
「…………」
「それでも!……それでも、勝てなかった。出来る事は全部やって!それでも勝てなかったの!これ以上私にどうしろって言うの!?全部出し切っても敗けたんだから仕方ないじゃない!!」
―――そうだ。仕方ないんだ
「…………え?」
「レースとはそういうものなんだ。今自分が出来る事を全て出し切って、それで敗けたら仕方ないと受け止める。そして次のレースの為の糧にするんだ」
「―――あ。オグリ……じゃあ、さっきのって……」
「…………すまない。私は慰めるとかが苦手だから、いっそイチに全部吐き出してもらった方が良いと思って、その…………すまない」
「ふぅ……オグリちゃん?それならそうと私には言っておいて下さいね~?途中で意図に気付かなかったら強引に止めてたところなんですよ~?」
「うっ、す、すまない。イチの思い詰めた顔を見たら、頭の中が真っ白になってしまって…………」
「―――くっ」
「……?どうしたんだイチ?はっ、やはり怒っているのか!?……当然だ。一生懸命走ったイチに私は酷い事を」
「…………ぷっ、ふふふ。あはははは!」「!?」
「はははははは!ちょっ、ぷふっ、なにそれ!あんたねぇ!慰めんの下手すぎ!あははは!」
「す、すまない。なんとかイチに元気を出して欲しかったんだ。それで私に出来る事はなにかないかと思って……」
「ふーん、私に元気になって欲しいんだ?」
「当然だろう!」
「出来る事ならしてくれるの?」
「あぁ!なんでもするぞ!」
「…………そっかー。なんでも、ねぇ?じゃあこっち来なさい」
「ん?わかった。……ここで良いのか?」
「うん。ちょっとさ……胸貸しなさい」
「…………。………………あぁ、いくらでも貸すぞ」
「あと、よかったら…………クリークさんにも、その、お願いしたいなぁ、なんて」
「あらあら、勿論ですよ~。じゃあ私は後ろから失礼しますね~」
数十分後。ウィニングライブで、真っ赤な顔で元気いっぱいに踊るウマ娘の姿が見られたが、控え室で何があったのか?それは―――3人だけの秘密である
その9(>>187)
「ど、どうすればいいんだ・・・? 私はひとりっ子だったから、年下の子の面倒を見たことがないんだっ」
「あらあら~~。イチちゃん、ずいぶん可愛くなっちゃいましたねぇ」
おそらく4,5歳くらいだろうか。
初等部どころかまだ幼稚園にいてもおかしくない幼いウマ娘。
余裕たっぷりのクリークに対して、オグリはどうしていいかわからなかった。
「お、おねえちゃんたち、わたし・・・」
「大丈夫ですよ。オグリちゃんも他の子たちも、みんなあなたの味方ですから」
「そ、そうだ! だから心配することなんてないぞ」
不安そうな表情を浮かべながら、ちょっとだけ危なげな足取りで。小さなウマ娘はオグリではなく、ぽてぽてとクリークの方へと歩み寄る。
「あらあら~~。大丈夫ですよ、私のことはお母さんと思ってくれていいですからね」
「なっ……どうして」
がくり、とオグリは肩を落とした。そういえばクリークの実家は託児所だったか。それに対して、自分は妹も弟もいない。
小さな子の面倒なんて見たこともない。小さくなってしまったイチの『ママ』になるなんて、とうてい無理な話なのだ。
「イチ、聞いてくれ。実は私は——」
ママになるのが無理ならば、いっそのこと。
「——君の、パパなんだ」
「……ふぇ? おねえさんが、おとうさん?」
「ああそうだ、私がイチのパパだぞっ」
「オグリちゃん、さすがにそれは、その……まだ小さな子をだますのはどうかと思うわ」
「どうしてだ!クリークがママなら私はパパでいいだろう!」
やがて騒ぎを聞きつけた寮長とたづなさんにより、辞退は収束したのだけれど。
たま~~になぜか、イチはオグリのことを『パパ』と間違って呼んでしまうことが、あるとかないとか……?