Donc, le monde a salué la fin
黒き女王第三の都市に堅牢なる盾を築くこと
北の第三都市イエソワ。そこに聳えるのは調停者パラスアリテラが治める鉄壁の盾を持った『調停の塔』。
白亜の塔は日光の当たると七色に輝き、その輝きは千里先の町からでも見ることが出来る、と謳われるほどだった。
塔の美しさからでいえば、聖都『美神の塔』よりも実はこちらの『調停の塔』のほうが美しいと言われており、他の二都と比べあまり栄えていない第三都市にとって、この塔こそが発展の象徴であった。
しかし今、塔は崩れ去ろうとしている。調停者パラスアリテラが住まうその塔の周りには深い堀があり、そのまた堀の周りには二百メートルにも及ぶ堅牢な盾…と呼ぶにふさわしい壁が築かれていた。
その盾の周りにそれよりも更に堅牢な盾を築いたのが、調停者パラスアリテラの末孫にして黒き女王と称されたミワノエールである。
彼女の姿は誰も見ることが出来ないと言われ、また女王の姿を見た者は全て闇へと還されるといった不吉な噂さえ立っていた。
その女王に謁見したものこそ、聖女ダグラスの姉である黒騎士ハヌマであった。
ハヌマは黒いヴェールに覆われたその女王の姿を見たときに確信した。彼女こそが、このイエソワを支えている唯一の賢人であることを。
黒き女王はハヌマを側へと招くと、そのヴェールに隠された素顔を見せた。
真っ白な顔に、翡翠色の瞳。しかし瞳孔は人間のように動くのではなく、まるで撮影機のレンズのように動いた。
白亜の塔は日光の当たると七色に輝き、その輝きは千里先の町からでも見ることが出来る、と謳われるほどだった。
塔の美しさからでいえば、聖都『美神の塔』よりも実はこちらの『調停の塔』のほうが美しいと言われており、他の二都と比べあまり栄えていない第三都市にとって、この塔こそが発展の象徴であった。
しかし今、塔は崩れ去ろうとしている。調停者パラスアリテラが住まうその塔の周りには深い堀があり、そのまた堀の周りには二百メートルにも及ぶ堅牢な盾…と呼ぶにふさわしい壁が築かれていた。
その盾の周りにそれよりも更に堅牢な盾を築いたのが、調停者パラスアリテラの末孫にして黒き女王と称されたミワノエールである。
彼女の姿は誰も見ることが出来ないと言われ、また女王の姿を見た者は全て闇へと還されるといった不吉な噂さえ立っていた。
その女王に謁見したものこそ、聖女ダグラスの姉である黒騎士ハヌマであった。
ハヌマは黒いヴェールに覆われたその女王の姿を見たときに確信した。彼女こそが、このイエソワを支えている唯一の賢人であることを。
黒き女王はハヌマを側へと招くと、そのヴェールに隠された素顔を見せた。
真っ白な顔に、翡翠色の瞳。しかし瞳孔は人間のように動くのではなく、まるで撮影機のレンズのように動いた。
黒き女王は人間ではなく、調停者パラスアリテラが作った人工人形だったのである。
それでも理性というのもに近い感情を彼女は有しており、まるで人間と遜色がないほどであった。
黒き女王は語った。調停者パラスアリテラは古くより政治という概念に疎く、この第三都市イエソワの殆どは彼女らと同じ人工人形達が何とか維持してきた。
人間と人工人形たちが入り交じったこの都市は一見は普通の都市に見えていたが、ここ三十年ほどは人間の数が圧倒的に減っていたのだという。その理由は、黒く染まる斑点のようなものが体中に浮かび、いつしかそれが全身を覆うと、いきなり飛散して消え去ったという。その飛散した全ては、人間を構成するものだった。
しかし彼女ら人工人形には、それが一体どういうものなのかを考える思考は用意されていない。
ただ彼女は思ったのだ。この街の人間を護るためにどうすればいいのか。
その結果として黒き女王が出した答えは、調停者パラスアリテラが作った強大な壁よりももっと高い壁をその外へ張り巡らせ、原因であろう何かを遮断しようということだった。
その結果は、壁の内側こそ分からないものの、壁の外は安全になったという事実。
それでも黒き女王は人間達を生かすために、第三都市イエソワの半径30キロメートルの範囲から人間を出し、第三都市の代わりにと高い壁で囲ったミラナスという街に住まわせた。
彼女にできたのはそこまでで、後は塔の上にいる神と同等の王こと調停者パラスアリテラの話になるのだが、流石に創造主たるかの王に逆らうつもりはなかったらしく、黒き女王は王のしたいようにさせると判断したらしかった。
けれど、今、黒き女王は黒騎士ハヌマと出会い、考えを改めることに決めたのである。
黒き女王は語った。調停者パラスアリテラは古くより政治という概念に疎く、この第三都市イエソワの殆どは彼女らと同じ人工人形達が何とか維持してきた。
人間と人工人形たちが入り交じったこの都市は一見は普通の都市に見えていたが、ここ三十年ほどは人間の数が圧倒的に減っていたのだという。その理由は、黒く染まる斑点のようなものが体中に浮かび、いつしかそれが全身を覆うと、いきなり飛散して消え去ったという。その飛散した全ては、人間を構成するものだった。
しかし彼女ら人工人形には、それが一体どういうものなのかを考える思考は用意されていない。
ただ彼女は思ったのだ。この街の人間を護るためにどうすればいいのか。
その結果として黒き女王が出した答えは、調停者パラスアリテラが作った強大な壁よりももっと高い壁をその外へ張り巡らせ、原因であろう何かを遮断しようということだった。
その結果は、壁の内側こそ分からないものの、壁の外は安全になったという事実。
それでも黒き女王は人間達を生かすために、第三都市イエソワの半径30キロメートルの範囲から人間を出し、第三都市の代わりにと高い壁で囲ったミラナスという街に住まわせた。
彼女にできたのはそこまでで、後は塔の上にいる神と同等の王こと調停者パラスアリテラの話になるのだが、流石に創造主たるかの王に逆らうつもりはなかったらしく、黒き女王は王のしたいようにさせると判断したらしかった。
けれど、今、黒き女王は黒騎士ハヌマと出会い、考えを改めることに決めたのである。
「ミワノエール、私は貴方の判断が正しいと思っている。我が父、聖帝もまた調停者のように大地に降りてくるべきなのだ」
高い塀の外側、黒き女王ミワノエールとハヌマは聳え立つ『調停の塔』を見つめていた。塔の内部に広がっているであろう不活発エネルギーと、その元凶たる王を死に至らしめるため。黒き女王は一つの決断をした。
塔からの影響を受けない人工人形達を塔の内部に配置し、彼らの力を持って塔を破壊することに決めたのだ。
それは多くの同胞を失うことと総意であったが、ミワノエールにとって勇断ともいえる決断だ。彼女からすれば自身を生み出した親を殺す行為に他ならず、創造主を殺すという行為は彼女らにとってもっとも背徳的な行為にあたる。
それを知っていたからこそ、ハヌマはその代わりを買って出た形だったのだが黒き女王ミワノエールはそれこそ優秀だった。
ここでハヌマに任せてしまったら、第三都市は聖都の王姫に牛耳られてしまう。そう考えている第三都市の上層階級を黙らせるためにも、あえてミワノエール自身が事を起こさなければならなかった。
そもそもミワノエールに人間が抱えるちっぽけな利権など関係ない。
ようはこの街に生きてきた人間達がなんとか生き延びてくれれば彼女にとっての僥倖であった。
塔からの影響を受けない人工人形達を塔の内部に配置し、彼らの力を持って塔を破壊することに決めたのだ。
それは多くの同胞を失うことと総意であったが、ミワノエールにとって勇断ともいえる決断だ。彼女からすれば自身を生み出した親を殺す行為に他ならず、創造主を殺すという行為は彼女らにとってもっとも背徳的な行為にあたる。
それを知っていたからこそ、ハヌマはその代わりを買って出た形だったのだが黒き女王ミワノエールはそれこそ優秀だった。
ここでハヌマに任せてしまったら、第三都市は聖都の王姫に牛耳られてしまう。そう考えている第三都市の上層階級を黙らせるためにも、あえてミワノエール自身が事を起こさなければならなかった。
そもそもミワノエールに人間が抱えるちっぽけな利権など関係ない。
ようはこの街に生きてきた人間達がなんとか生き延びてくれれば彼女にとっての僥倖であった。
「コワスコト ニ ワタシハ テイコウ ヲ モチマセン。デスガ… ワカッテ イタダケマスネ? ハヌマ姫」
「あぁ、分かっているとも。故に私は貴方の側から離れず、今、この瞬間を見つめているのだ」
「あぁ、分かっているとも。故に私は貴方の側から離れず、今、この瞬間を見つめているのだ」
ミワノエールの手にあったのは起爆スイッチだ。これは彼女の仲間を殺すものであり、そしてこの忌まわしい塔を破壊するものでもある。
黒き女王と謳われたミワノエールがその女王の器を捨てる、瞬間だ。
彼女は何の躊躇いもなくそのボタンを押した。その瞬間。美しく伸びる塔の中腹まで青白い閃光が走る。塔の内部から漏れ出しているその光と同時に響き渡った爆発音。
崩れ去る外壁と振動で歪んだ塔はなし崩されるように倒れていく。天井が崩れ去るかのように塔の上層部が崩れ落ちてきた時にハヌマは目にした。
透明な硝子板のような半球形の天井に包まれた不在の玉座。いるはずの調停者の姿がなかったことを。
黒き女王と謳われたミワノエールがその女王の器を捨てる、瞬間だ。
彼女は何の躊躇いもなくそのボタンを押した。その瞬間。美しく伸びる塔の中腹まで青白い閃光が走る。塔の内部から漏れ出しているその光と同時に響き渡った爆発音。
崩れ去る外壁と振動で歪んだ塔はなし崩されるように倒れていく。天井が崩れ去るかのように塔の上層部が崩れ落ちてきた時にハヌマは目にした。
透明な硝子板のような半球形の天井に包まれた不在の玉座。いるはずの調停者の姿がなかったことを。
「…どういうことだ、ミワノエール」
「調停者パラスアリテラこと、この都市の王はーーー神の不在を自身では埋めることは出来ないと……三十年ほど前に退位され、その身を神の残骸と共にこの塔の最上階に眠らせました。彼は分かっていたのです。自身ら人間では、神の力を維持することなど到底不可能。そして、それを維持するために同族を殺すことなどできないと彼は判断したのでしょう」
「ではこの塔の王は既に…」
「はい、世界の状況を憂い、そして死を選びました。彼は最後に、自身の妹について話していました。遠き南の地、塔の上に住まう自身の妹は、きっと今頃自分と同じ判断を下しているだろうと」
「調停者パラスアリテラこと、この都市の王はーーー神の不在を自身では埋めることは出来ないと……三十年ほど前に退位され、その身を神の残骸と共にこの塔の最上階に眠らせました。彼は分かっていたのです。自身ら人間では、神の力を維持することなど到底不可能。そして、それを維持するために同族を殺すことなどできないと彼は判断したのでしょう」
「ではこの塔の王は既に…」
「はい、世界の状況を憂い、そして死を選びました。彼は最後に、自身の妹について話していました。遠き南の地、塔の上に住まう自身の妹は、きっと今頃自分と同じ判断を下しているだろうと」
ハヌマはミワノエールの言葉に目を見開いた。
つまり、王らはこの状況の理由も何もかもを知っていて、幕引きをしようとしているのではないか。
世界は大きく動くだろう。今までこのシステムを支えてきた王が全て消えるのだ。混乱と戦乱が同時に起こる。
各都市の有力者達がこぞって王の後釜を狙い戦争を始めることだろう。そんなことはさせられない。それでは意味がない。
ハヌマはミワノエールの判断がこの先を見越しているのを知って、確実に自身らの考えが後れを取っていたことを知った。
つまり、王らはこの状況の理由も何もかもを知っていて、幕引きをしようとしているのではないか。
世界は大きく動くだろう。今までこのシステムを支えてきた王が全て消えるのだ。混乱と戦乱が同時に起こる。
各都市の有力者達がこぞって王の後釜を狙い戦争を始めることだろう。そんなことはさせられない。それでは意味がない。
ハヌマはミワノエールの判断がこの先を見越しているのを知って、確実に自身らの考えが後れを取っていたことを知った。
「ミワノエール、貴方は」
「姫、ワタクシハ、人間ノ利権ナド 関係アリマセン。デモ、コノ都市ハ、ワタクシト、ソノ仲間達ガ、父デアル調停者パラスアリテラ様ト一緒ニ守ッテキタ都市。貴方ガタニモ、他ノ有力者ニモ渡スツモリハアリマセン。コノ都市ハ、ワタクシ…ミワノエール・エリステム ガ コノ都市ヲ 治メサセテイダタキマス」
「…最初からそれが目的ですか」
「姫、ワタクシハ、人間ノ利権ナド 関係アリマセン。デモ、コノ都市ハ、ワタクシト、ソノ仲間達ガ、父デアル調停者パラスアリテラ様ト一緒ニ守ッテキタ都市。貴方ガタニモ、他ノ有力者ニモ渡スツモリハアリマセン。コノ都市ハ、ワタクシ…ミワノエール・エリステム ガ コノ都市ヲ 治メサセテイダタキマス」
「…最初からそれが目的ですか」
ハヌマの言葉に彼女は強かに笑うだけだった。
--------見よ、人々は黒き女王を讃え、歌い踊っておる。しかし女王の目にそれが映ることはないだろう/ネヴェノイの史書126頁-------
賢人は識る。それが愚者の行いであっても、臨むしかないのだと
私は考えていた。常に考え続けてきた。黒い鎧を身に纏う度に、空の上で見たあの神々しいまでの父の姿を。
実際にはあの姿は兄のものだと、姉ハヌマは言っていた。では、もしも。
もしも、直接手を下すようになれば、姉はどんな顔で兄を殺すというのか。双子として育てられ、いついかなる時でも一緒に居たという二人。
自身は生まれてから直ぐに修道院に預けられ、父の顔も母の顔も知らないで育った。それが良いか悪いかなんて知らない。だが、姉と兄はずっと一緒で、寂しく過ごした日はないと姉は言う。
それは兄がずっと自分を気遣ってくれていたからだと。
だからかもしれない。自分は躊躇っているのだ。世界の存続のために、肉体と魂を差し出した兄と。
その兄の犠牲を知って、戦うことを望み、この世界の終わりを望む姉の間で。
でも少なくとも思ったのだ。自身は、このふざけた世界を終わらせる。そのためだけに剣を取って、戦うと望んだのだと。
実際にはあの姿は兄のものだと、姉ハヌマは言っていた。では、もしも。
もしも、直接手を下すようになれば、姉はどんな顔で兄を殺すというのか。双子として育てられ、いついかなる時でも一緒に居たという二人。
自身は生まれてから直ぐに修道院に預けられ、父の顔も母の顔も知らないで育った。それが良いか悪いかなんて知らない。だが、姉と兄はずっと一緒で、寂しく過ごした日はないと姉は言う。
それは兄がずっと自分を気遣ってくれていたからだと。
だからかもしれない。自分は躊躇っているのだ。世界の存続のために、肉体と魂を差し出した兄と。
その兄の犠牲を知って、戦うことを望み、この世界の終わりを望む姉の間で。
でも少なくとも思ったのだ。自身は、このふざけた世界を終わらせる。そのためだけに剣を取って、戦うと望んだのだと。
「ダグラス様」
「どうなさったのです?」
「どうなさったのです?」
時錬士イリオスという男は実に不思議な男だと思った。見た目はどちらかというと切れ長で、印象としては冷たい。
だが、この男の声はとても滑らかで耳障りが良かった。
自身が知っている人間で彼に近い声の男は、導師エルスカリテくらいである。涼やかなのに、嫌みのないその声を自身はとても気に入っていた。
だが、この男の声はとても滑らかで耳障りが良かった。
自身が知っている人間で彼に近い声の男は、導師エルスカリテくらいである。涼やかなのに、嫌みのないその声を自身はとても気に入っていた。
「イリオス殿。ちょっと、考えることがあって」
「といいますと?」
「明日はいよいよもって『美神の塔』に向かいます。私は父を殺すでしょう。でも、あれはーーー果たして父なのでしょうか?」
「といいますと?」
「明日はいよいよもって『美神の塔』に向かいます。私は父を殺すでしょう。でも、あれはーーー果たして父なのでしょうか?」
イリオスには既に全ての事柄を話してある。それは彼が時錬士として自身達に協力してくれると申し出てくれたからだ。
姉ハヌマは協力者を募っていたし、何よりも時錬士という彼の役職は強い武器になった。貴族連中も聖女やらいるか居ないかも分からない王の姫より、実質動いている時錬士や導師のほうがよっぽど信頼していたからである。
姉ハヌマは協力者を募っていたし、何よりも時錬士という彼の役職は強い武器になった。貴族連中も聖女やらいるか居ないかも分からない王の姫より、実質動いている時錬士や導師のほうがよっぽど信頼していたからである。
「お兄様の体だということが問題ですか? ダグラス様」
「いえ、そうではないのです。私が怖いのは、あれは父ではなくて。既に違う何かになっているのではないか、という事実と……何よりも王を失った世界で果たした私達は生きていけるのかどうか、それが怖いのです。分からないから、恐怖する、それは見通しがたっていないからと言う意味ではありません。そもそも私達は、王のシステムが維持されることで発生する不活発エネルギー…いえ、特殊な魔力が人々を蝕んでいたから立ち上がりました。けれど、もし…王を失ったことで、それが加速してしまったら? もしかすると王という存在が、あの力を封じていたのだとしたら…と考えるだけで怖くなったのです」
「…それは私も同じです、ダグラス様。しかし、カリテ・マシュリメール陛下が崩御された後、彼女の死と共にあの街の脅威は去りました。もしかすると彼女は死ぬのと同時に何かをしたのかもしれない。けれど、その方法は分からない。王は死するときにあの力を浄化しうるのかもしれません。現に調停者パラスアリテラが崩御された後、第三都市イエソワにはかの魔力の影響は無かったと言います。それは黒き女王がハヌマ様に嘘偽りなく伝えた事実だという…であれば、王の死はかの脅威の死であるに同義かと」
「確かにそうなのです。ですが、彼らは他の柱である王がいる状態で崩御し、まだシステムが破綻する前に浄化された。もしかするとそのシステム内に、浄化をさせる方法として彼らの選んだ死があるのかもしれない。しかし、次はシステムごと破壊されるのです。それでは、もしかしたら…駄目かもしれない」
「いえ、そうではないのです。私が怖いのは、あれは父ではなくて。既に違う何かになっているのではないか、という事実と……何よりも王を失った世界で果たした私達は生きていけるのかどうか、それが怖いのです。分からないから、恐怖する、それは見通しがたっていないからと言う意味ではありません。そもそも私達は、王のシステムが維持されることで発生する不活発エネルギー…いえ、特殊な魔力が人々を蝕んでいたから立ち上がりました。けれど、もし…王を失ったことで、それが加速してしまったら? もしかすると王という存在が、あの力を封じていたのだとしたら…と考えるだけで怖くなったのです」
「…それは私も同じです、ダグラス様。しかし、カリテ・マシュリメール陛下が崩御された後、彼女の死と共にあの街の脅威は去りました。もしかすると彼女は死ぬのと同時に何かをしたのかもしれない。けれど、その方法は分からない。王は死するときにあの力を浄化しうるのかもしれません。現に調停者パラスアリテラが崩御された後、第三都市イエソワにはかの魔力の影響は無かったと言います。それは黒き女王がハヌマ様に嘘偽りなく伝えた事実だという…であれば、王の死はかの脅威の死であるに同義かと」
「確かにそうなのです。ですが、彼らは他の柱である王がいる状態で崩御し、まだシステムが破綻する前に浄化された。もしかするとそのシステム内に、浄化をさせる方法として彼らの選んだ死があるのかもしれない。しかし、次はシステムごと破壊されるのです。それでは、もしかしたら…駄目かもしれない」
不安は口にすれば簡単に広がっていく。内に隠していた不安を出してしまえば、自身がどれだけ脆く弱い存在であるかを露呈するようで、震えが止まらなかった。
答えなんて言う不確定な物に縋るつもりはない。けれど自身の答えは、自分だけの人生を狂わせるならまだしも、それ以外の人たちも皆、巻き込んでしまうのだ。
答えなんて言う不確定な物に縋るつもりはない。けれど自身の答えは、自分だけの人生を狂わせるならまだしも、それ以外の人たちも皆、巻き込んでしまうのだ。
「それでも貴方は諦めることはないのでしょう? やめるつもりはないはずだ」
「…イリオス殿。貴方はとても強いのですね」
「いいえ、違います。私は今までずっと王の為に働くことしか考えてこなかった。けれど、私は一瞬だけでも王を裏切ってしまった。その忠誠心が揺らいだときから、もう王を崩御させることに何の躊躇いもなくなったのです」
「どうして、その忠誠心を失ったのですか?」
「———ダグラス様。それは無粋というものです、どうか最後まで問わないでください」
「…イリオス殿。貴方はとても強いのですね」
「いいえ、違います。私は今までずっと王の為に働くことしか考えてこなかった。けれど、私は一瞬だけでも王を裏切ってしまった。その忠誠心が揺らいだときから、もう王を崩御させることに何の躊躇いもなくなったのです」
「どうして、その忠誠心を失ったのですか?」
「———ダグラス様。それは無粋というものです、どうか最後まで問わないでください」
ゆるく微笑んだイリオスの目は、どこか遠くを見ているようで。
自身が彼の本心を知るのは、大凡時間も経たない頃であったのだがこの頃の自身は知らなかった。
まだ、知るよしもなかった。ただ、彼の瞳が揺らがず、真っ直ぐに自身を見つめているから。
ただ静かに頷くしかない。たとえ、それがどんな答えになろうとも受け入れて受け止めて生き抜くしかないのだ。この大地に住まう自分たちは。
自身が彼の本心を知るのは、大凡時間も経たない頃であったのだがこの頃の自身は知らなかった。
まだ、知るよしもなかった。ただ、彼の瞳が揺らがず、真っ直ぐに自身を見つめているから。
ただ静かに頷くしかない。たとえ、それがどんな答えになろうとも受け入れて受け止めて生き抜くしかないのだ。この大地に住まう自分たちは。
「イリオス殿。私は」
「答えなど無理に出す必要はありません。ただ、貴方は分かっておられるから大丈夫ですよ」
「答えなど無理に出す必要はありません。ただ、貴方は分かっておられるから大丈夫ですよ」
言葉を飲み込んだのは互いで、あとは何も話すことなく、ただ空を見上げるしかできなかった。
堅牢に聳える美神の塔がただただ静かに佇むだけで、心を埋めることはなかった。
堅牢に聳える美神の塔がただただ静かに佇むだけで、心を埋めることはなかった。