東方の世界は様々な能力が溢れている。「空を飛ぶ程度の能力」然り、「魔法を使う程度の能力」然り・・・
その中でも一際異彩を放つ能力がある。レミリア・スカーレット嬢の「運命を操る程度の能力」である。
あまりにアバウトすぎるっ!「運命」とは何なのか、「操る」とはどう操るのか。
残念ながら、彼女が初登場するゲーム「東方紅魔郷」では彼女の能力は発揮されず、その後のゲームでも能力を使うシーン等ひとつもなく。
出てくるのはレミリアストーカーだの不夜城レッドだのというアレな名前のスペルカードばかり・・・
これではレミリア嬢が単なるネーミングセンスのおかしな幼女というカリスマもクソもあったもんじゃあなくなるじゃないかっ!
あまりにアバウトすぎるっ!「運命」とは何なのか、「操る」とはどう操るのか。
残念ながら、彼女が初登場するゲーム「東方紅魔郷」では彼女の能力は発揮されず、その後のゲームでも能力を使うシーン等ひとつもなく。
出てくるのはレミリアストーカーだの不夜城レッドだのというアレな名前のスペルカードばかり・・・
これではレミリア嬢が単なるネーミングセンスのおかしな幼女というカリスマもクソもあったもんじゃあなくなるじゃないかっ!
そこで、彼女の凄さについて語っていこうと思うッ!レミリア嬢の凄さを思い知って豚の様な悲鳴をあげるがいいッ!
「運命」の定義によって左右されまくる吸血鬼幼女
さて、どっかの旦那のような事を豪語した以上、まずハッキリさせるべきは「運命」という代物の定義である。
wikipediaで最も確実な「運命」の定義は【理科の実験等では、同じ実験方法をとれば、必ず同じ結果が出る】という「運命論」がそうであろうか。理数系を得意としている人はわかりやすいと思う。
カンタンに言ってしまえば、「過去の姿(原因)が決まっているならば未来の姿(結果)は決まっている」という考え方の事である。元々は宗教論であるらしいがまぁコイツを使ってみよう。
つまりは、エンヤ婆風に言うなら「空気を吸って吐く事のように、あって当然と思いなしゃれッ!」という事である。まぁ思うだけでは駄目だし、誰にでもできなきゃ意味ないのだが・・・
何はともあれ、もしレミリア嬢の言う「運命」が「運命論」であるならコレはトンでもなく恐ろしい事になる。
例えば「水を分離すると水素と酸素が出来る」という「運命論」を操るという事は、つまり「水を分離してみたら塩と砂糖が出来ました」という数学者にとってアイデンティティが崩壊しかねない力を持っている、という事であるからだ。
すごいじゃあないかレミリア嬢ッ!
wikipediaで最も確実な「運命」の定義は【理科の実験等では、同じ実験方法をとれば、必ず同じ結果が出る】という「運命論」がそうであろうか。理数系を得意としている人はわかりやすいと思う。
カンタンに言ってしまえば、「過去の姿(原因)が決まっているならば未来の姿(結果)は決まっている」という考え方の事である。元々は宗教論であるらしいがまぁコイツを使ってみよう。
つまりは、エンヤ婆風に言うなら「空気を吸って吐く事のように、あって当然と思いなしゃれッ!」という事である。まぁ思うだけでは駄目だし、誰にでもできなきゃ意味ないのだが・・・
何はともあれ、もしレミリア嬢の言う「運命」が「運命論」であるならコレはトンでもなく恐ろしい事になる。
例えば「水を分離すると水素と酸素が出来る」という「運命論」を操るという事は、つまり「水を分離してみたら塩と砂糖が出来ました」という数学者にとってアイデンティティが崩壊しかねない力を持っている、という事であるからだ。
すごいじゃあないかレミリア嬢ッ!
が、残念な事に「運命」=「運命論」であるならいささか困った事になる。
「幻想卿縁起」によれば、「本人は意識してかしないでか、周りにいると数奇な運命を辿るようになり、一声掛けられただけでそこを境に生活が大きく変化する事もあると言う」らしい。
危ねぇッ!「運命論」とはほとんどの事柄に当てはまる。例えば「太陽が照っていれば暖かくなる」とか、「水を冷やせば氷になる」と言った日常すらも何が起こるかわからなくなるのである。
つまり、レミリア嬢がその辺を歩けば意識してかしないでか、太陽が照っている場所が氷点下になってしまったり、水を冷やしたら水蒸気になったりする可能性があるということである!数奇にも程があるだろうレミリア嬢!
「幻想卿縁起」によれば、「本人は意識してかしないでか、周りにいると数奇な運命を辿るようになり、一声掛けられただけでそこを境に生活が大きく変化する事もあると言う」らしい。
危ねぇッ!「運命論」とはほとんどの事柄に当てはまる。例えば「太陽が照っていれば暖かくなる」とか、「水を冷やせば氷になる」と言った日常すらも何が起こるかわからなくなるのである。
つまり、レミリア嬢がその辺を歩けば意識してかしないでか、太陽が照っている場所が氷点下になってしまったり、水を冷やしたら水蒸気になったりする可能性があるということである!数奇にも程があるだろうレミリア嬢!
やめ!「運命論」やめ!
こんな歩く天変地異みたいなのがその辺歩いているんじゃあおちおちパチュリーだって読書もできない!フランドールを幽閉する前にレミリア嬢を幽閉せざるを得なくなる!
こんな歩く天変地異みたいなのがその辺歩いているんじゃあおちおちパチュリーだって読書もできない!フランドールを幽閉する前にレミリア嬢を幽閉せざるを得なくなる!
そもそもここはジョジョ東方スレなんだからどっかの柳○理○雄みたいに科学的に考えなくてもいいのである。そうじゃん!ジョジョにだって運命はあるんだよ!
ジョジョにおいて、「運命」の描写が大きく描かれるのは4~6部がやっぱり大きいだろう。4部ではバイツァダストによる同じ時間のループ、5部では運命の奴隷という言葉もあったし、6部では神父は全人類にこれから起こる運命を覚悟させる事が最終目標であった。
全てのジョジョにおける共通認識としては「運命は変える事ができないが、乗り越える事ができる」というものだ。5部最終話での台詞、「我々はみな運命の奴隷なんだ(中略)彼等が眠れる奴隷である事を祈ろう」が印象的であろう。
あれ?前提から終わってないか?操るべき「運命」は「変える事ができない」・・・しかも「乗り越える事ができる」・・・ダメじゃん。
ジョジョにおいて、「運命」の描写が大きく描かれるのは4~6部がやっぱり大きいだろう。4部ではバイツァダストによる同じ時間のループ、5部では運命の奴隷という言葉もあったし、6部では神父は全人類にこれから起こる運命を覚悟させる事が最終目標であった。
全てのジョジョにおける共通認識としては「運命は変える事ができないが、乗り越える事ができる」というものだ。5部最終話での台詞、「我々はみな運命の奴隷なんだ(中略)彼等が眠れる奴隷である事を祈ろう」が印象的であろう。
あれ?前提から終わってないか?操るべき「運命」は「変える事ができない」・・・しかも「乗り越える事ができる」・・・ダメじゃん。
どこまでも理解しづらい「運命」
などと言っていては身も蓋もないので検証してみる。
具体的にどう運命を乗り越えたかの描写があるのは、恐らく4部の川尻早人対吉良吉影戦であろうか。この中では、いくつかの事柄を除いては同じ現象がなんども早人少年を襲った。デジャヴかとも思われたが、実は吉良吉影の能力、「バイツァダスト」だったのだッ!
バイツァダストは、誰かが吉良自身の事を早人少年に尋ねたり探ろうとしたりすると聞いた相手を爆破して、時間を1時間ほど戻すという能力であるらしい。う~ん、わかりづらい・・・
まぁ能力に関してはマンガを参照してもらうとして、問題なのは「何」が「運命」になるのかという事である。早人少年は「岸辺露伴が攻撃される前に吉良が帽子をかぶせに来る」運命を逆手にとって攻撃を行った。
その時の時間はマチマチである。岸部露伴が最初に爆破された時は、ヘブンズドアーの能力を受ける前であったが、2回目は顔がページ化した直後に帽子を被ることになっていた。3回目に至っては露伴が爆破されるギリギリ1分前にやっと帽子をかぶせに現れた。
じゃあ帽子さえかぶらなきゃ岸辺露伴は死なないんじゃあないのかと言われるとそうでもない。「アナザーワンバイツァダスト その⑦」の表紙を見てもらえばわかるが、8時30分に岸部露伴は爆死し、8時36分に承太郎達が攻撃される、とある。
う~ん・・・レミリア嬢の「運命」を定義づける前にイキナリ行き詰ってしまった・・・ちょっとばかし曖昧すぎだぞキラークイーン。筆者はクイーンの大ファンであるからあまり変な事は言いたくないが、どうなんだこのアバウトさ・・・
具体的にどう運命を乗り越えたかの描写があるのは、恐らく4部の川尻早人対吉良吉影戦であろうか。この中では、いくつかの事柄を除いては同じ現象がなんども早人少年を襲った。デジャヴかとも思われたが、実は吉良吉影の能力、「バイツァダスト」だったのだッ!
バイツァダストは、誰かが吉良自身の事を早人少年に尋ねたり探ろうとしたりすると聞いた相手を爆破して、時間を1時間ほど戻すという能力であるらしい。う~ん、わかりづらい・・・
まぁ能力に関してはマンガを参照してもらうとして、問題なのは「何」が「運命」になるのかという事である。早人少年は「岸辺露伴が攻撃される前に吉良が帽子をかぶせに来る」運命を逆手にとって攻撃を行った。
その時の時間はマチマチである。岸部露伴が最初に爆破された時は、ヘブンズドアーの能力を受ける前であったが、2回目は顔がページ化した直後に帽子を被ることになっていた。3回目に至っては露伴が爆破されるギリギリ1分前にやっと帽子をかぶせに現れた。
じゃあ帽子さえかぶらなきゃ岸辺露伴は死なないんじゃあないのかと言われるとそうでもない。「アナザーワンバイツァダスト その⑦」の表紙を見てもらえばわかるが、8時30分に岸部露伴は爆死し、8時36分に承太郎達が攻撃される、とある。
う~ん・・・レミリア嬢の「運命」を定義づける前にイキナリ行き詰ってしまった・・・ちょっとばかし曖昧すぎだぞキラークイーン。筆者はクイーンの大ファンであるからあまり変な事は言いたくないが、どうなんだこのアバウトさ・・・
まぁいいや。今回は「時間」に関しては目をつぶる事にする。問題は、「運命は変わらない」という事。それ一つに尽きる。
故事にある「全ての道はローマに通ず」ではないが、「今」というスタート地点と「運命」というゴール地点が決まっていて、その間をどのように通って行こうが自由、という考え方で行く事にする。
モチロン筆者の勝手な想像オンリーなどではない。5部のブチャラティの「眠れる奴隷」を参考にしている。最期には「死んでしまう」運命は変えようがないが、「目覚める事で何か意味のある事を切り開く」過程が存在する、と考えてみたのだ。
うん。何を言っているのかわからないと思うが、筆者も何を言っているのかわからなかった。
まぁ、スタートとゴールの間だったらどこ通ってもいい、という感じでとらえてもらって構わないだろう。6世代に渡る戦いをそんなかるーく考えてしまうのはとてもとても悲しいが、しょうがないじゃない、だめにんげんだもの。
故事にある「全ての道はローマに通ず」ではないが、「今」というスタート地点と「運命」というゴール地点が決まっていて、その間をどのように通って行こうが自由、という考え方で行く事にする。
モチロン筆者の勝手な想像オンリーなどではない。5部のブチャラティの「眠れる奴隷」を参考にしている。最期には「死んでしまう」運命は変えようがないが、「目覚める事で何か意味のある事を切り開く」過程が存在する、と考えてみたのだ。
うん。何を言っているのかわからないと思うが、筆者も何を言っているのかわからなかった。
まぁ、スタートとゴールの間だったらどこ通ってもいい、という感じでとらえてもらって構わないだろう。6世代に渡る戦いをそんなかるーく考えてしまうのはとてもとても悲しいが、しょうがないじゃない、だめにんげんだもの。
ここでようやくレミリア嬢の登場である。
今回の場合はとてもシンプルである。「何が運命であるか」、「ゴールがそれにあたる」という式が成り立つのだから。そしてレミリア嬢の能力は「運命=ゴール」を操る事になる。
そうして考えていくとどこまでもチートな能力である事がわかるだろう。
例としてバイツァダストの事を少し掘り起こしてみる。まず、「岸部露伴が殺される」という運命があるとする。本来なら何らかの方法で証明したいところだが、描写というこれ以上ない証明が存在するのではしょっておく。
ここに「運命を操る能力」を発動させる。すると、「岸部露伴が殺される」運命が操られる。
おぉ!早人少年に運命を乗り越えて貰わなくても死ななくなったぞ露伴ちゃん!杉本鈴美も大喜びだ!
今回の場合はとてもシンプルである。「何が運命であるか」、「ゴールがそれにあたる」という式が成り立つのだから。そしてレミリア嬢の能力は「運命=ゴール」を操る事になる。
そうして考えていくとどこまでもチートな能力である事がわかるだろう。
例としてバイツァダストの事を少し掘り起こしてみる。まず、「岸部露伴が殺される」という運命があるとする。本来なら何らかの方法で証明したいところだが、描写というこれ以上ない証明が存在するのではしょっておく。
ここに「運命を操る能力」を発動させる。すると、「岸部露伴が殺される」運命が操られる。
おぉ!早人少年に運命を乗り越えて貰わなくても死ななくなったぞ露伴ちゃん!杉本鈴美も大喜びだ!
えーりん涙目!?「運命=ゴール」説の悲しい落とし穴
しかし喜んでばかりもいられない。レミリア嬢の操る「運命」がコレだとすると、どうしても避けては通れない矛盾が存在するためだ。
人はいつかは「死んでしまう」。これは逃れようのない究極の「運命」である。スタートとゴールの例えになぞれば「生まれる」がスタート、「死ぬ」がゴールである。モチロン普通に考えてこの「運命」を変える事は不可能である。
コレが何を意味するのか。この場合のゴールは2択しか考えられない。すなわち、生きるか死ぬかだ。ならばどうなるか。
レミリア嬢の能力を「幻想卿縁起」基準で考えるなら、彼女に出会った瞬間に「ゴール=死ぬ」の方程式が大暴落する。
アレ?てーことは全人類もこたん化?不死なの?ばかなの?しなないの?
蓬莱の薬涙目ってレヴェルじゃねーぞ!月の民の英知の結晶をこの吸血幼女はいともたやすく超えてくれたのである!
それに彼女の従者であるさっきゅんなど不死!時止め!無数のナイフ!のトンデモメイドと化す事になる。元々人間なので日の光すら意に介さない。お前はカーズ様か。
人はいつかは「死んでしまう」。これは逃れようのない究極の「運命」である。スタートとゴールの例えになぞれば「生まれる」がスタート、「死ぬ」がゴールである。モチロン普通に考えてこの「運命」を変える事は不可能である。
コレが何を意味するのか。この場合のゴールは2択しか考えられない。すなわち、生きるか死ぬかだ。ならばどうなるか。
レミリア嬢の能力を「幻想卿縁起」基準で考えるなら、彼女に出会った瞬間に「ゴール=死ぬ」の方程式が大暴落する。
アレ?てーことは全人類もこたん化?不死なの?ばかなの?しなないの?
蓬莱の薬涙目ってレヴェルじゃねーぞ!月の民の英知の結晶をこの吸血幼女はいともたやすく超えてくれたのである!
それに彼女の従者であるさっきゅんなど不死!時止め!無数のナイフ!のトンデモメイドと化す事になる。元々人間なので日の光すら意に介さない。お前はカーズ様か。
これは由々しき事態である。ただでさえ筆者は某動画でさっきゅんやマリーサの寿命ネタとかで心の汗を流しているというのにその感動を全否定しまっては意味がないではないか!
死んでしまったが次の回では何事もなかったかのように会話に参加するようなどっかの塾じゃあるまいし、できればそんなオチはご遠慮願いたい。
死んでしまったが次の回では何事もなかったかのように会話に参加するようなどっかの塾じゃあるまいし、できればそんなオチはご遠慮願いたい。
どんどん弱体化するレミリア嬢
もーいいや!仕方ない!ここで発想を転換させてしまえ!
そもそも変える事のできない「ゴール」を運命と定義づけたのがそもそもの間違いなんだよ!「数奇な運命」なんて普通に考えれば「数奇なゴール」に変えられるわけないんだから!
「運命を辿る」という言葉があるように、スタートとゴールの間の「コース」を変える能力なんだ、と考えてみればどうだろう。
例えば、コップが割れるとする。「割れる」という事を「ゴール」であると仮定するのだ。そうすると「コース」はなんだろうか。それはまさしくコップの割れ方である。
落として割る、何かに叩きつけて割る、何かを叩きつけて割るetc...割れ方にもイロイロある。そういう「コース」を操る能力であると考えればいいのである!
そう考えれば幻想卿縁起にもジョジョの奇妙な冒険にも矛盾しない!これこそレミリアの能力だったのだ!ばんざーい!
そもそも変える事のできない「ゴール」を運命と定義づけたのがそもそもの間違いなんだよ!「数奇な運命」なんて普通に考えれば「数奇なゴール」に変えられるわけないんだから!
「運命を辿る」という言葉があるように、スタートとゴールの間の「コース」を変える能力なんだ、と考えてみればどうだろう。
例えば、コップが割れるとする。「割れる」という事を「ゴール」であると仮定するのだ。そうすると「コース」はなんだろうか。それはまさしくコップの割れ方である。
落として割る、何かに叩きつけて割る、何かを叩きつけて割るetc...割れ方にもイロイロある。そういう「コース」を操る能力であると考えればいいのである!
そう考えれば幻想卿縁起にもジョジョの奇妙な冒険にも矛盾しない!これこそレミリアの能力だったのだ!ばんざーい!
にしても前二つと比べるとどうにも地味である。まぁ前二つがあまりにも派手すぎただけなのだが・・・
ひとまず、矛盾しない能力が見つかっただけでもよかったよね!レミリア!
ひとまず、矛盾しない能力が見つかっただけでもよかったよね!レミリア!