――――――「この先か…もうすぐなんだな?」
「おお、すぐ近くのはずじゃぞ。あとは湖沿いに歩いて行けば、三十分ほどで対岸に着くはずじゃ。」
「そうか…ふぅ、やはり徒歩は疲れるな…。」
吉良吉影は額の汗をハンカチで拭う。
吉影と吉廣の親子は、霧の湖の近く、森の中を歩いていた。
「それじゃあ、わしは一足先に偵察をしてくる。何かあったら、写真に声をかけてくれ。」
「ああ、分かった。それと…」
吉影がやや声を落とし、感付かれないようそっと振り向く。
「分かっているな…アレの処分は頼んだ。」
「…ああ、任せておくれ。」
吉廣は写真から身を乗り出し、自分にカメラのレンズを向け、シャッターをきった。彼の姿は一瞬で消え、やや遅れてカメラから写真が吐き出される。その中にあるのは吉廣の姿。
「では、行ってくるぞ、吉影。」
「くれぐれも気取られないよう慎重に探ってくれ。ぬかるなよ。」
「分かっとるわい。安心して待っていてくれ。」
吉廣は写真から顔を出し、幽霊の浮遊能力を使ってフワリと森の上空へと舞い上がって行った。
「…これで成功しさえすれば、わたしは…だが…」
それを見届け、吉影は一人ごち、頭を振る。
「いや、大丈夫…大丈夫だ…安全を保証すると、しっかり明記されていたじゃないか…悪魔は約束を破れない…それに、この機会を逃せば、あと何年間も苦しまねばならない…何を恐れるというんだ…『運命』は、いつもわたしに味方してくれているのだ…」
頭に残る不安を振り払い、吉影はまた歩き始めた。
白目のない漆黒の眸が吉影の背中を見つめていた。
一羽の鴉が、一本の枝に留まっていた。鴉は目標の動きを主人に伝えようと、枝から飛び立ち、空へと舞い上がろうとした。だが…
「グギャッ!?」
鴉は何かに激突し、慌てて体勢を立て直す。原因となった物を探すが、そこには何も無い。
「…カァ~…?」
首を傾げ、今度はゆっくりと飛んでみる。
コツン
またしても何かに当たった。嘴で何度かつつく。
コツッ コツッ
嘴で何度も確認して、やっと鴉は気付いた。何も無いように見える空間に、透明な壁があるのだと。そして、それが自分を閉じ込めるように上下前後左右に隙間無く並んでいることも。
そして、鴉がようやく自分の状況を把握した直後…
「グギャッ!?ギャ…」
鴉は包丁でメッタ斬りにされたように引き裂かれ、臓物を撒き散らして事切れた。
写命丸を撃退した翌朝、吉影は新聞を買いに出掛けた。あの文屋の様子を探るとともに、他の新聞社に吉影の事を記事にされていないか調べるためだ。
「…よし、ヤツの新聞は休刊だな…印刷機を塵にしてやったのだから当然か…」
吉影は店から出て安堵する。
「しかし、適当に買ってみたこの新聞…落ち着いた文章で好感を持ったから買ってはみたものの、なんだこの記事は?ほとんどが古いものじゃないか。」
彼が手に持って読んでいるのは『花果子念報』。姫海棠はたてとかいう天狗の記者(人里どころか外出すらあまりしないらしくかなり挙動不審だった)が自ら売っていたのでパラパラと流し読みして、あまり低俗な内容は無さそうだったから買ったのだ。しかし、買ったは良いもののいざちゃんと読んでみると、内容は昨日や一昨日のものは全くない。一番最近の記事でも、すでに生徒達の間で話題になって今はもう忘れられているような話ばかりだ。
「『幻想郷最速の天狗』だと?外では世界中の事件がリアルタイムで駆け巡っているというのに、こんな極小コミュニティの情報を何週間もかけて漁っているのか?それともこの新聞を選んだのがハズレだったのか…」
また店に戻らなければ、とぶつぶつ文句を呟く吉影。だが、次のページをめくった時だった、
「…ッ!!」
つまらなさそうに紙面を眺めていた吉影の目が見開かれた。
「こっこれ…は…ッ!?」
両手がワナワナと震え、新聞の握っていた部分がくしゃくしゃになる。吉影が今にも食い付きそうな表情で一心に読んでいるのは―――
「『紅魔館大遊技大会―優勝者は莫大な賞金―』」
贅沢に全面を使った、一つの広告。湖の畔にある洋館で催される遊技大会を知らせる物だった。
「…一、十、百、千…ああ…間違いないッ…!!ぴったりだ…『奇跡』としか思えない!!」
震える指先で0の数を数え、声を震わせる。
「これが『チャンス』だ!やはり最悪の時にチャンスは訪れた… これだッ…この『チャンス』をモノにすればっ…わたしはッ…!!外に帰れるっ!もう天狗の眼に煩わされることもなくなるッ!慧音を殺したいという衝動に悩まされることもないッ!」
吉影の両目が希望に輝く。
「わたしは…自由になれるッ!!やはり『運』は…この吉良吉影に味方してくれるんだッ!」
こう言ったわけで、彼は紅魔館を目指し人里から森を抜けて湖の畔まで来ていた。本当のことを言ったら止められそうなので慧音には
『香霖堂で外から持ち込んだ金目な物を売ったり、店に置いてある外の品物の使い方を教えたりして、金を稼いでくる。道案内は妹紅にたのんでおいた。三日間は帰らないつもりなので、その間の授業は予め作ったプリントを配布して自習にしてほしい。宿題の答え合わせも配布して各自でやらせてくれ。』
と伝えておいた。妹紅はつい昨日人里に来たばかりだ。彼女は五日に一回ほど慧音の家に顔を見せに来ることが分かっているから、三日間にわたって行われる遊技大会から帰るまでは嘘はバレないだろう。そして、終わって見事賞金を獲得してからなら、バレても問題はない。
「―――――ン?」
吉影が森を歩き続けていると、突如として視界が開けた。目の前に広がるのは、霧に覆われた広い湖。
「よし、森を抜けたな。あとはこの湖に沿って歩けば30分ほどで着くと言っていたが…本当なのだろうか…?」
吉影は湖を見渡す。霧に覆われているため大きさが全く分からない。霧の中に消えていく畔がどこまでも際限無く広がっているような感覚を与えている。
「…取り合えず、少し休憩しよう。水筒の水も汲んでおくか。」
吉影はしゃがみ両手で水を掬い、一口飲んだ。ひんやりとした感覚が疲れた身体を癒す。満足気に溜め息をつき、彼は竹製の水筒で水を汲もうとした。が―――――
「……?」
彼の手が、ピタッと止まった。
「これは……?」
吉影が凝視しているのは、異様な光景だった。こちらにゆっくりと流れてくる氷の塊。その中には――
「なんだ…?カエルか…?何故こんな物が…、ッ!!」
何かが飛んでくる音。吉影は咄嗟にキラークイーンの脚でバックジャンプし、それを避ける。
ドスッ
一瞬前まで吉影がしゃがんでいた場所に、つららが突き刺さった。
「…誰だ…?わたしに何の用だね?」
スタッと着地し、つららの飛んで来た方向を睨みながら身構え、呼び掛ける。
「フフン、あたいの『きしゅ~』を避けるなんて、あなたけっこ~やるわね。」
霧の立ち込める湖上から、犯人は姿を現した。背中に氷の翼を持った、十代にも満たない少女が水面の上に浮かんでいる。
「…もう一度だけ訊いてやる。わたしに何の用だね?」
キラークイーンの目で油断なく観察しながら、吉影が言う。
「今ね、新しい必殺技を試してみたいって思ってたところなのよ。タダの人間じゃあすぐ凍り付いちゃって全然練習にならないから、ちょうどよかったわ。」
少女は腰に手をあてて威張って答える。
(そうか、コイツが噂の氷精…ならば、妖精と同じ方法で…)
吉影は構えを解き、警戒心を感じさせない姿勢をとる。もちろんキラークイーンは身構えたままにさせておく。
「あら、もう観念しちゃったの?つまらないわね~、せっかくぴったりの実験台を捕まえたと思ったのに。」
「…君…何のためにわたしを実験台にしようというのかね?」
「あったりまえでしょ!『最強』になるためよ!!」
「最強…?」
「そ~よ!あたいはもう『最強』だけど、最近は人間に負けちゃうこともあるのよ。だから、あたいはも~っと強くなって、ず~っと『最強』になるのよ!!」
ビシッと人差し指を吉影に向け、威勢良く言い放つ。だが、そんな彼女を見て、吉影は声をあげて笑い始めた。
「なっなによ!なにがオモシロいのよっ!!」
馬鹿にされたと思い、少女が声を荒げる。
「いや、君の言っていることが少し滑稽でね…」
「『こっけ~』?」
頭に鶏を思い浮かべ、首を傾げる氷精。
「君、確か『最強になる』と言ったな?」
「…そ~よ。それがどうしたっていうのよ?」
「…君は、『最強』になっただけで満足なのか?」
「?ど~ゆ~意味よ?」
「…お前、『最強』が一番スゴいと思っているのか?」
「決まってるじゃない!!『最強』が一番強いのよ、知らないの?さてはあなたバカねっ!」
妖精に馬鹿と言われてイラッときたが、吉影は話を続ける。
「…君みたいな木っ端妖精は知らないだろうし、知らなくても良いんだが…この世には、『最強』よりもスゴい物があるんだよ。」
「?『最強よりスゴい』?なによそれ?」
興味をそそられ、氷精が神妙な面持ちで訊ねる。
「『究極』…というんだがね…」
「『きゅ~きょく』?それが『最強』より強い物なのね!じゃああたい、これから『きゅ~きょく』になるわ!」
まだ成ってもないのにふんぞり返る氷精。さすが妖精、驚くほど単純である。
「…お前…、『究極』に成りたいか?」
「ええ、そ~よ。あたいは『きゅ~きょく』に成って、『最強』より強くなるのよ!」
「そうか、なら頑張るといい。…だが、『究極』の定義を知っているのか?」
「…ううん、知らない。」
しばらく考えた後、氷精が答える。
「どうなったら『究極』に成れるか知らないというのに、『究極』になろうというのか?」
「……………………………………」
さすがの妖精でも、自分の計画性のなさに気付いたのだろう、俯いて押し黙る。落ち込んだ様子の彼女を見て、吉影はやれやれと首を振る。
「…仕方ない、特別にわたしが『究極の定義』を教えてあげよう。」
「えっホント!?」
目を輝かせる少女。
「ああ、じゃあ言うぞ。よ~く聴いておくんだ。」
コクコクと頷く氷精の前で、吉影は即興で考えた文章を暗唱する。
「『ひとつ 無敵なり!
ふたつ 決して老いたりせず!
みっつ 決して死ぬことはない!
よっつ あらゆる生物の能力を兼ね備え、しかも その能力を上回る!
そして その形はギリシアの彫刻のように美しさを基本形とする。』」
朗読するかのようにスラスラと淀み無く言い切った。流石はD学院大文学部卒、常人にはできないことを平然とやってのける。
「さあ、覚えたな?暗唱してみせてくれ。」
「……………………………………………………………、えっ!!あっ、えっええっと…」
呆然としていた少女はハッとして、慌てて思い出そうとする。だが、全く言葉が出てこない。頭を抱えてうーんと考え込んでいる氷精を見て、また吉影はやれやれと溜め息をつき、懐から手帳と鉛筆を取り出す。
「…メモをあげよう。これを暗唱できるようになった頃には、きっと『究極』に近づいているはずだ。」それを聞いて、少女はガバッと顔を上げ、キラキラと目を輝かせた。
「ほっホント!?それを覚えれば、あたいは『きゅ~きょく』に成れるのねっ!」振り仮名を振って、メモを手帳から破り取り、氷精に投げて渡す。
「ああ、なれるとも。ガンバって覚えたまえ。ところで、ひとつ尋ねたい事があるんだが、この霧は君が発生させて…」
氷精が夢中になってメモを読んでいるのを見て、吉影は顔をしかめる。 氷精を放置し、吉影は湖に沿って歩き始める。
(さて…うまく戦闘を回避出来た…だが…)
彼はブルッと身体を震わせ、身を縮こめた。吐く息が白い。
「…意図していないにせよ、君はわたしの邪魔になる…消えてもらうぞ、氷精。」
キラークイーンの親指が、爆弾に変えたメモの起爆スイッチを押した。
――――――――――――――爆弾が作動することは、なかった。
「――――むッ?何故だ?爆発音が…」
吉影が訝しげに振り返ると―――
「なッ…なんだとぉォォォォッ!!?」
氷精はいまだ一心不乱にメモを読み続けていた。その手に握っているメモは、表面を薄氷に覆われている。
(くそっ!まさか、真空以外にも我がキラークイーンの爆弾の『天敵』が存在したとはッ!…だが、ヤツは自分が攻撃を受けたことに気付いていない…無駄な『闘い』をするよりは、あと帰りの一度しか遭遇しない『天敵』を見逃すべきか…?)
キラークイーンの撃墜射程距離と、氷精との距離を測りつつ、思案していた時だった。
「『銃は剣よりも強し』
ンッン~名言だなこれは。」
「ッ!!」
声のした方向を振り向くと、湖の畔に一人の男が立っていた。
「でも、『剣は拳(けん)よりも強し』とはあまり言わねーな。ダジャレ臭くて締まらないからか?」
カウボーイのような出で立ちの欧米人のその男は、流暢に日本語を話し、歩み寄ってくる。
「…お前、何者だ?見たところ、外来人らしいが…」
男の腰のホルスターに収納されているリボルバー拳銃に目をやり、吉影は問いかける。
「おうよ。アンタもそーみたいだな。」
「ああ、どういうワケだかこの世界に迷い込んでしまってね…。それはそうと、貴方は外来人である以前に外国人であるようだが…」
「ン?なんでこんなに日本語ペラペラなのかってことか?さあな、この世界に来た途端喋れるよーになっちまってよぉ。俺にもサッパリなわけよ。」
吉影は男の足運び、目線、表情をキラークイーンの目で観察する。
(こいつ…!一見ヘラヘラと喋っているだけに見えるが、目が全く油断していない…!!何者かは知らないが、恐らく敵か、少なくとも『敵対心を持っている』ことは間違いないッ!)
(まさか、コイツも遊技大会に参加しようとここに来たのか?それならわたしを始末して勝率を高めようと考えるのも分からなくはない…ここはこちらの警戒心を覚らせず、確実なキラークイーンの射程距離に入った瞬間に…!)
「そうか、突っ掛かって悪かったな。この世界はなにかと物騒なもので、少し疑心暗鬼に陥ってしまった。」
吉影は肩の力を抜き、楽な姿勢をとる。警戒心を与えない、落ち着いたいつもの態度だ。
「いや、謝るこたぁねーよ。誰だってそうなるもんさ。特に日本人なら、この世界の『ヨウカイ』とかいうのに鮮やかな髪や目の色したヤツが多いからな、俺がそいつらの仲間だと思われても仕方ねーことだと思うぜ。」
男は歩み寄ることを止め、立ち止まった。
(くっ…もう少し距離を縮めなければならないのに…本当は相手から来てほしかったが、わたしの方から接近するしかないな…)
ゆったりと相手に覚られないよう、足を運ぶ。
「あんた…行く当てはあるのかい?わたしはここから森を突っ切ったところにある人里でお世話になっているが…。もし寝床や食事に困っているのなら、案内してあげようか?お互い、この世界ではイレギュラーだ。似た者同士、助け合うのが当然とじゃないか?」
「ン~ン、それはありがたいね。さすがにいつまでもアウトドアってワケにもいかねーからな。調味料の持ち合わせも底をついちまったし、和食も食べてみたいって思ってたところだ。」
男は嬉しそうに笑う。その間にも、吉影は男との距離を詰めていく。
(よし、あと一歩…あと一歩近寄れば、確実にキラークイーンの射程内だ…)
キラークイーンの指がポケットに伸び、『弾丸』を取り出そうとした時だった。
「……だが、遠慮しておくぜ。俺とお前さんは、ちょっとばかし『似た者』過ぎたみたいだからなッ!!」
メギャンッ!!
男の右手に、一瞬で拳銃が出現した!
「なッ!?」
銃口を向けられ、慌ててキラークイーンに防御態勢をとらせる。
(こ、こいつの目…わたしを見ていない!それに、あの拳銃…!まさか…!?)
「…お前…新手のスタンド使いか!」
男はスタンドの拳銃をくるくると回し、余裕をこめた目で吉影を眺める。
「そういやあ、お前さんの質問にちゃんと答えてなかったな。ホル・ホース、おれの名前だぜ…『皇帝』のカードを暗示するスタンド使いってわけよォ。」
「『皇帝』…?『暗示』…?タロットカードか?(そう言えば、承太郎のスタープラチナも由来はタロットカードだったな)」
「そのとーり、最近じゃあタロットカードと関係ないスタンド使いが増えてきたらしいけどな。」
ホル・ホースは視線をキラークイーンから逸らさず、まだメモを読み耽っている氷精に声を掛ける。
「お~いチルノよぉ、いつまでそんなもん眺めてんだ?」
声を聞き、チルノと呼ばれた氷精はハっと顔を上げる。
「あっホル・ホース!!また遊びに来てくれたの?」
チルノはホル・ホースの方を振り向き、吉影の姿に気付いた。
「あれ?さっきのおじちゃん!なんでホル・ホースと喋ってるの?もしかして友達?」
チルノに気付かれ、吉影は焦る。
(ま、まずいっ!この男、さっきの氷精と面識があるのか!片や天敵、片やスタンド使い…この二人と闘うのは、非常にまずいッ!!)
「いんや、今遭ったばっかさ。それとチルノ、このおっさん信用するんじゃねぇぞ、『悪い人』だぜ。」
「えーっ違うわよ、その人良い人よ!あたいに『きゅーきょく』を教えてくれたもん!」
「だったら、その紙切れ捨ててみな。一発で正解が分かるだろーぜ。」
「ッ!!」
目を見開く吉影の前で、チルノは文句を言いながらもメモから手を離した。メモはひらひらと落ちていき、水面に触れ…
ドグオォォォォ!!
凍結が融けて爆発した。
(こいつ…キラークイーンの爆弾を見破った!?なんという男だ…!スタンド自体はチンケなナリだが、恐るべき洞察力…間違いなく実戦経験も豊富だっ!出来ることなら、闘わないで済めば最良だが…)
チルノは突然の爆発にかなり驚いたのか、混乱している。
「なっなによコレ!?なんで紙が爆発するのよッ!」
「な?言っただろ?このおっさんがチルノ、おめーを爆破するために能力で攻撃したんだよ。」
「じゃ、じゃあ『きゅーきょく』は…」
「んなもんウソっぱちに決まってんだろぉ、お前騙されてたんだよ、コイツに。」
ホル・ホースが吉影をあごでしゃくる。チルノは吉影を睨み付け、怒りを露にする。
「よくもあたいを騙したわね!『最強』のあたいを怒らせたらどうなるか、頭が破裂するくらいみっちり教えてあげるわ!!」
「ぐっ…!!」
吉影は歯ぎしりして後ずさる。
三人は臨戦態勢にはいり、チルノは湖上、吉影はチルノの正面、ホル・ホースは吉影の左側で、それぞれ身構える。
「いいか、おっさんよぉ…おれがお前を倒すのは、こいつ…チルノを爆破しようとしたことだけが理由じゃねぇ…」
ホル・ホースがジャキンッと『皇帝』の銃口を向ける。
「おれぁ生まれてからずっと世界中旅して、いろんな悪党を見て来た…だから悪い人間と良い人間の区別は『におい』で分かる!」
ホル・ホースは顔をしかめ、鼻をつまむ。
「こいつはくせえッ!!ゲロ以下のにおいがプンプンするぜッーッ!!こんな悪には出会ったことがねえほどなァー!!」
その言葉に、吉影はピクリ、と眉を動かす。
「ほう…数分前に出会ったばかりの男にそこまで言われるとは、心外だな…?わたしが君の御友人を、『始末』しようとしたからかね?だが、イキナリわたしを攻撃してきたのはヤツだ。いくら外ではわたしは善良な会社員だったとしても…妖怪変化や魑魅魍魎の類が我が物顔で蔓延っているこの世界では、相手が例え無邪気な少女であったとしても…確実に打ち倒し『安全』を確保する…そう考えることを『悪』だと断定できるのか?」
吉影の台詞に、ホル・ホースは唾を吐き捨てる。
「『善良な会社員』だと?ちがうねッ!!てめぇは生まれついての悪だッ!!言い表しようのない汚らわしい『におい』がしやがるぜッ!」
吉影はホル・ホースの『皇帝』と湖上のチルノとに注意をはらい、キラークイーンに胸ポケットに手を伸ばさせる。
「女の血だッ!トンでもなく生臭ぇにおいだ!!その手で何人の女を殺してきたっ!?」
吉影の表情が敵意に歪む。
(くそっ!この男…!!やはり生かしてはおけない!!わたしの『本性』を即座に見透かすとは、最悪の『敵』に他ならないッ!…こいつとは、闘わざるを得ない!!)
「おれは世界一女にはやさしい男なんだ!!世界中にガールフレンドがいる!女にうそはつくが女だけは殴ったことはねえ!ブスだろうが美人だろうが才女だろうが馬鹿だろうが女を尊敬しているからだ!」
ホル・ホースも冷酷な殺し屋の目付きで吉影を睨む。
「貴様はッ!女の敵だ!!『銃は拳(けん)より強し』っ!!てめぇはこのホル・ホースが直々にぶっ殺す!」
『皇帝』のハンマーを起こし、吉影の眉間に照準を定める。
「あたいね、ど~しても一回人間に文句言ってやりたかったことがあるのよ!」
チルノは闘争心をたぎらせて吉影を威圧する。
「なんで『女』『犬』『米』『青』で『ようせい』って読むのよッ!!1つも音合ってないじゃないのッ!!やってられないわッ!くそっ!くそっ!」
「……………………………」
吉影、ホル・ホースの二人が間の抜けた目付きでチルノの方を見る。
「……あれは『女』『犬』『米』『青』じゃなくて、『妖しい』の『妖』と『精霊』の『精』なのだが…?」
「………………うっうるさい!!国語の教師かっ!!」チルノは顔を真っ赤にして逆ギレする。
啖呵をきり終わり、戦闘が始まった。
「氷符『アイシクルフォール -easy-』!!」
最初に攻撃したのはチルノだった。スペルカードを掲げ宣言すると、物凄い数の氷の弾幕が襲って来る。彼女の攻撃と同時にホル・ホースはバックジャンプで吉影との距離をひらく。
「ぐっ…!キラークイーン!」
胸ポケットの中の物を取り出すのは諦め、キラークイーンに防御の態勢をとらせる。
ゴオオオオォォォォォ!!
氷の弾幕は轟音と共に吉影に迫り――彼の横を通りすぎていった。
「……………………………………………………………は?」
チルノを始点に展開される氷の弾幕は、吉影の両脇を通過するだけで、全くダメージは無い(しいて言うならかなり寒いことぐらいか)。さらにチルノが追加弾幕を撃つこともなければ、弾幕が吉影に向かって横薙ぎに迫って来るわけでもない。
「…なんだ、このスペルは…?全く意図が見えない…。妖精は総じて馬鹿だとは聞いたが、これもそれの表れなのか?…いや…ッ!」
吉影は自信満々に腕組みして自分を眺めるチルノを観察する。
「あの様子…やはりなにか考えがあるッ!だがいったい何を…、ッ!?」
しまった!と吉影はホル・ホースの方を見る。氷の弾幕に遮られ、彼の姿は全く見えない。
「甘くみたな !!やはりてめーの負けだッ!」
氷の弾幕の向こうで、『皇帝』が火を噴いた。弾丸が氷弾幕の間を抜け、吉影を襲う。
「なるほど…いかにも防御に適さなそうなあの男を、氷の弾幕でわたしから隔離し、得意の弾幕戦に持ち込む…と言うわけか…だがッ!」
キラークイーンが腕を振り上げる。
「これしきの弾丸、叩き落とせないとでも思ったか!!この五月蝿い蝿共を払え、キラークイーン!!」
キラークイーンの腕が弾丸を叩き落とそうと振り下ろされた。だが――
「なにィッ!?」
キラークイーンの拳は空しく空を切った。弾丸が軌道を曲げて迎撃を避けたのだ。
「弾丸だってスタンドなんだぜ~っ?オレをナメきってそこんとこを予想しなかったあんさんの命とりなのさぁー!」
ボグォォォ!!
キラークイーンの脇腹に、エンペラーの弾丸が命中した。
「ぐあっ…!」
吉影の脇腹に穴が開き、口から血が滲む。
「なるほど…軌道を曲げて弾幕の間を縫って撃っていたのか…しかし…!」
まだこの程度のダメージで彼はダウンしたりはしない。吉影も反撃に出る。
「甘く見ているのは貴様だッ!我がキラークイーンが近距離パワー型スタンドだからと、油断するんじゃあないぞ!」
キラークイーンが吉影の胸ポケットから取り出したのは、ドングリ型の拳銃弾。彼の親父が外の道具の使い方を教えた礼にと香霖堂店主からもらった物だ。
「銃弾を『爆弾』に変えてッ!」
ホル・ホースのいる方向に銃弾を撃ち込む。銃弾は小石とは比べ物にならないほどの速さと精密さで氷の弾幕にぶつかり、爆発した。だが――
「ぐあぁぁぁッ!?」
爆発によって発生した膨大な熱が、鏡面のような氷に反射され、吉影を焼く。 「くそッ!この氷の能力、予想以上に相性が悪いッ!」
キラークイーンを盾にして熱線のダメージを軽減し、曲がりくねりながら迫る『皇帝』の銃弾を叩き落とす。
「しかも、チルノ自身はがら空きだと言うのに、このセコいスタンドのお陰で反撃ができないッ!退路も断たれてしまった…!こいつら、お互いの弱点をカバーし合っている!くそっ!このままでは埒が明かないッ…!」
銃弾を摘み取って潰し、キラークイーンが左手を空に掲げる。
「シアーハートアタックッ!!」
キラークイーンの左手の甲から、一発の爆弾戦車が放たれた。
「目標はこの弾幕の向こうにいる男だッ!一片の骨肉も残さず『始末』しろッ!」
シアーハートアタックはギャルギャルとキャタピラで空を掴み、氷の弾幕へと突っ込んで行く。
「コッチヲミロォ~」
低温であるため爆発することもなく、パワフルに弾幕を突破しホル・ホースの目の前に現れた。
「なっなんだぁ~コイツっ!?チルノのアイシクルフォールを難なく突破しやがった!!」
慌ててエンペラーを乱射し、シアーハートアタックを撃破しようとする。だが、勿論こんなヘナチョコ弾ごときでは掠り傷一つつかない。さらに、着弾の衝撃でシアーハートアタックの体表の温度が上がり、爆発した。
ドグオォォォォォォ!!
「うおおおおおおおおぉぉぉぉッ!?」
氷の反射が今度は仇となり、爆風と熱線が無駄なくホル・ホースに襲い掛かる。シアーハートアタックからかなり離れていたので、致命傷には至らなかったが、軽度の火傷を負ってしまった。
「今ノ爆発ハ人間ジャネェ~!!」
爆炎の中からシアーハートアタックが飛び出る。
「くそっ!このスタンド、まだパワフルに元気いっぱいに向かって来やがるッ!!」
ギャルギャルと土を抉りながら迫って来るシアーハートアタックを見て、ホル・ホースはチルノに向かって叫ぶ。
「チルノぉ!!アレをやるぞッ!」
それを聞き、チルノはにんまりと笑う。
「やっとアレを試せるのねっ!腕が高鳴ってくるわ!!」
チルノはホル・ホースのいる場所の近くの水面に氷を張り、自分の側まで道を作る。
「よおっ~とぉ~!」
ホル・ホースが氷の足場に飛び乗り、チルノの下へと走る。追跡して来るシアーハートアタックを無視して、走りながら吉影を狙う。
「クソッ!あのスタンド使い、湖上に逃れたか!」
チルノを狙撃しようとしていた吉影は、斜め前方から襲い来る何発もの銃弾を爆弾で撃墜する。乱反射する熱線が全身を焼くが、今度は威力を抑えていたためダメージは少ない。
その間に、ホル・ホースはチルノの側まで来た。
「今だチルノッ!アレをやれッ!!」
「分かったわ!」
アイシクルフォールを仕舞い、他のスペルカードを取り出す。
「凍符『パーフェクトフリーズ』!!」
アイシクルフォールが解除され、辺り一帯広範囲に氷の弾幕が展開される。かなりの高密度弾幕だ。
「ムッ!?」
視界が開け、吉影が辺りを見渡すと、湖の一帯が無数の氷に埋めつくされていた。吉影の周りにも拳大ほどの氷が浮かんでいる。
「コッチヲミロォ~」
シアーハートアタックは氷に阻まれ、身動きが出来ない。温度も低いので爆風することも出来ず、ただ空中に浮かんでいるだけだ。
「しばっ!!」
キラークイーンが氷に裏拳を見舞う。が、氷はひびが入るだけで微動だにしない。
「なるほど、わたしの動きを封じた、というわけか。確かに、これでは身動き出来ないな…。これだけ広範囲に反射物があると、閃光弾も使えない…なかなかハードな状況だな…。」
吉影は苦笑いを浮かべ、シアーハートを戻し、打開策を探る。
「ちょっと!なんでホル・ホースの見えない弾幕が当たらなかったのよ!」
「それがなぁ~チルノよぉ、あの悪党、俺の弾幕が見えるんだよ。」
「ええっ!?なんで?あたいには何も見えないのに!」
「ヤツは俺とおんなじタイプの能力を持ってるんだよ。この世界でお目にかかれるたぁ思ってなかったけどな。だからヤツには俺の弾幕が見えるし、同じように俺はヤツの能力が見えるってわけさ。」
チルノはしばらく頭にハテナを浮かべていたが、ピーンッ!と何かをひらめいて嬉しそうに言う。
「分かった!あたいそのお話知ってるわ!『裸の王様』っておとぎ話よね?馬鹿には見えないってウソを言ってたけど、本当は頭の良い人には見えないんでしょ?やっぱりあたいったら天才ね!」
「…うん、もうそんな感じで良いぜ…」
話し終えると、ホル・ホースはエンペラーを乱射する。弾丸は氷の間を縫って吉影に迫る。
「くっ!邪魔だッ!」
キラークイーンが防御の邪魔になりそうな近くの氷を手当たり次第に爆弾に変え、爆破していく。消滅するだけの威力に抑えているため、熱線は反射しない。間一髪のところで防御が出来る程度のスペースを確保し、銃弾を迎え撃つ。
「しばっ!!」
曲がりくねって全方向から襲って来る弾丸を、殴り、叩き、摘み、潰す。
「どうしたァ!?威力も弾速もガタ落ちだぞッ!」
見事全弾叩き落とし、キラークイーンに拳銃弾を構えさせる。
「これしきのことで、わたしの反撃の手段を奪ったと思うのは大間違いだッ!!」
照準を定め、銃弾が発射された。パーフェクトフリーズの隙間を縫って、チルノに爆弾が迫る。チルノは身じろぎ一つしない。銃弾を遮る物も何も無い。
「勝った!!死ねッ!!」
キラークイーンが爆弾のスイッチを押そうとした時だった。
ギュイン!
バヂッ!ギュン!!
ギュイン!ギュン!!
「…なんだこの音は?何の音だ!?」
チルノの周りで火花が散る。
「フフフ、あたいのやっとあたいの必殺技を試すことが出来たわ!」
チルノは心底嬉しそうに笑い、得意顔で話し始める。
「あたいは『最強』だから、『最強』の冷気で綺麗な氷を創ることが出来るのよ!『最強』で『天才』でしかも『げ~じゅつてき』!!あたいったら『最高』ねっ!!」
「…………………………………
…………………………………
…………………………………
…………………………………
…………………………………………………
…………………………………………………………………………………」
「『何言ってるんだ?』って聞きたそうな表情してんでおせっかい焼きのホル・ホースが説明させてもらうがよ!
超低温は『静止の世界』…低温世界で動ける物質はなにもなくなる!全てを止められる!
チルノの『パーフェクトフリーズ』が最強なのはそこなんだよ!
爆走する機関車だろうと止められる!荒巻く海だろうと止められる!
そして、チルノはその冷気で水や水蒸気を丁寧に凍結させて、純度の極めて高い氷を作っていたのだ!見えないか?止まった水蒸気が見えないか?よく見ろよ!」
「なにィッ!?」
吉影が驚愕の表情を浮かべる。
バヂッ!ギュン!ギュイン!ギュン!
「『弾丸』だ…!これは空中で『弾丸』が跳ね返ってる音だァー!!」
ホル・ホースが最後に締めくくる。
「『パーフェクトフリーズ ジェントリー・ウィープス!(静かに泣く)』
すでに氷の壁を作っていたのだッ!!」
だが、吉影は狼狽えず冷静に行動する。
(しかし、甘いッ!いくら銃弾を防いだからと言って、わたしの『爆弾』は無効化出来ないッ!)
「キラークイーン!起爆しろッ!」
キラークイーンが右手のスイッチを押した。だが―――
「クソッ!まただ!」
爆弾は作動せず、氷の壁の間をビリヤードのように駆け巡っている。
「…だが、何故だ…?いったいどうやって亜音速で飛び回る銃弾を…!?」
ホル・ホースがチッチッと指を振り、解説を始める。
「『昇華』…ってあるよな?固体が液体に成らずそのまま気化したり、その逆だったり…北国とかで樹木がキレ~に氷の結晶で覆われたりしてるのがそれだ。同じようにッ!この湖の霧を一瞬で『昇華』させて、銃弾の表面を氷結させたっつ~わけよぉ!!チルノから近い場所なら、空気を含まない純粋な氷を作ることが出来るッ!アンタの爆弾も全部無効ってことだ!」
「ぐっ…!」
「さあ、説明は以上だ!チルノッ!」
「オッケー!!」
バッギィィーン!!
「なっなにィ~ッ!?」
氷の壁から銃弾が撃ち返された!!
「マズイっ!解除しろォッキラークイーン!!」
だが、爆弾を解除する前に氷結が解除され、起爆した。
ドグオオオオォォォォ!!
吉影の目前で爆発が起こった。
「ぐおおおおおぉぉぉぉ!!」
氷の壁で増幅された爆風と熱が吉影を襲う。
「危なかった…あと一メートル手前で爆発していたら…!」
吉影はなんとか持ち直し、今度は接触起爆型の爆弾を構える。
ホル・ホースはエンペラーを引っ込め、ホルスターからリボルバー拳銃を抜く。
「しばらく使ってなかったが、いっちょコイツに活躍してもらおうか。」
吉影に狙いを定め、右手の親指をハンマーに掛けて、左手も添える。
その様子を見ていた吉影は、疑問を口にする。
「あの男…スタンドを引っ込めて拳銃を抜いた…?スタンドの射程外だからか?それに、奴のあの構え…」
ホル・ホースの左手が通常とは違った位置に添えられているのを見て、吉影は訝しがりつつも、キラークイーンに防御の構えをとらせる。
「くたばりやがれッ!」
ホル・ホースはファイングショットと呼ばれる、左手の指でハンマーを起こし、右手の指で引き金を引く方法で連射した。
「むッ!?」
リボルバーらしからぬ連射に吉影は軽く驚いたが、
「馬鹿なっ!この弾幕の中を只の銃で狙撃など、出来るわけがない!万が一わたしに届いたとしても、通常の弾丸程度なら難なく受け止められるッ!」
キラークイーンの目で銃弾を睨む。案の定、弾丸はパーフェクトフリーズに激突した。しかし、予想外の事態が起こった。
「なにッ!!!?」
あれほど強固に固定されていた氷の弾幕が、銃弾の追突を受けて弾き飛ばされたのだ。
「言い忘れていたけど、あたいの『パーフェクトフリーズ ジェントリー・ウィープス』は時間が経つと『融けて』滑り始めるのよ!」
チルノが『どうだ!!』と胸を張って言う。
銃弾は氷を弾き飛ばし反射され、飛ばされた氷と共にさらに次の氷、その次の氷…と、ねずみ算式に弾幕を突き動かす。あっちでぶつかり、こっちで衝突し…最初たった数発だった銃弾が乱反射し、何百発の不規則な弾幕と共に向かって来る!
ギュイン!
バヂッ!
ギュン!!
ギュイン!
ギュン!!
「キラークイーンッッッ!!」
キラークイーンが両拳で弾幕を迎え撃つ。
「しばばばばばばばばばばばばばばばば
ばばばばばばばばばばばばばばばばば
ばばばばばばばばばばばばばばばばばばば
ばばばばばばばばばばばッッッ!!!!」
全方向から襲い掛かって来る弾幕を叩き潰し、爆破する。最早火傷するなどと言っていられない。鋭利な氷が吉影の身体中を切り裂く。血が噴き出す。全てのスタンドパワーを振り絞り、ギリギリのところで致命傷は避け、全弾叩き落とした。
「ぜぇ…ぜぇ…ハァ…ガフッ…」
(し、しまった、体力が…!)
「お~ブラボ~!」
「ぶらぼ~!!」
疲労困憊している吉影を見て、ホル・ホースとチルノが感嘆する。
「だが…甘いぜッ!オッサンよォ!!」
ドスッ!
吉影の身体が、ビクンと震える。
「ぐあっ…あ…ああ…!?」
吉影は苦しげに嗚咽をあげ、ガクガクとくずおれる。その背中には、鋭利な氷が突き刺さっていた。
「な、何故…?全て、は、弾いたはず…」
首を回し、背後を確認する。そこにあったのは、人間の掌ほどの大きさの浮遊する物体。
「『マンハッタン・トランスファー』…弾丸中継衛星のスタンドさ。ソイツでおめーの弾き飛ばした氷の破片を反射させたってわけよ。」
ホル・ホースの額から円盤状の物がはみ出ているが、帽子で隠れて吉影には見えない。
「ぐっ…ぐおおお…」
最後の力を振り絞り吉影は立ち上がる。その様子は脇腹の傷や背中に刺さる氷だけでは考えられないほど弱々しい印象を受ける。
「フフフ…効いてきたみたいね…」
チルノがしてやったりと笑う。
「どうした悪党、随分と寒そうじゃねーか?」
ホル・ホースも笑い声をあげる。
「うっ…ううっ…!」
吉影は身を縮こめて白い息を吐く。ビタッと鼻の穴が凍りつく。
「呼吸の湿気で鼻の穴がぴったりくっついて!」
手で鼻に触れてしまった。
ビシッビシ
「ゆ…指まで…は…鼻に!」
「そりゃあ、あれだけ運動したんだからなぁ~!息があがるのも当り前だぜ~ッ!」
唇も端から凍りくっついていく。
ビシビシ
「ウッ!」
ビシビシ
「…ま…まずいィッ!湿気で唇までが…!!
寒いとか言うよりもこのままだと、こ…呼吸ができなくなってしまうゥッ!」
「いいえ!息が出来なくなるとか言うよりも先に、氷漬けにしてあげるわっ!!」
吉影の身体が足元から氷に覆われていく。
「ぐおおおおおぉぉぉぉ…!!」
足を完璧に固定され、身動き出来なくなる。キラークイーンに削らせるが、瞬く間に膝まで分厚い氷に覆われてしまった。
「この霧の湖は常に湿度が高い上に、お前が起こした爆発のお蔭で、かなりの水が蒸気になったからな!あぁ~っと言う間に人の彫刻の出来上がりだ!!」
「そしてっ!」
チルノがパチンと指を鳴らす。
「これでだめ押しよっ!!」
パーフェクトフリーズが解除され、解凍された水が吉影に降り注ぐ。水は一瞬で凍り付き、空気を含まない氷となって吉影の全身を包む。
「ぐあああああぁぁぁ…!!」
口も凍らされ、悲鳴を遮る。数秒後、吉影は巨大な氷塊の中に閉じ込められ、動かなくなった。瞬き一つせず、時間が止まったかのように。
「やった…!やったわっ!!あたいとホル・ホースの作戦、『パーフェクトフリーズ ジェントリー・ウィープス』が成功したわっ!!」
チルノが歓喜して飛び回る。
「ああ、お前の『氷の弾幕』とおれの『見えない弾幕』が組めば、どんな妖怪でも勝てる!俺たちは『最強』のコンビだ!」
ホル・ホースも楽しそうに笑う。
「ええ、そうよ。あたいたちは『最強』の二人組よ!あたいは誰にも負けないわ!これであの紅白にも黒白にも勝てる!フフフ、覚えてなさい二人とも…!ギッタンギッタンのケチョンケチョンにして、『最強』のあたいを馬鹿って言ったことを後悔させてあげるわ…!!」
チルノが闘争心を燃やし、『最強』と崇め讃えられる自分を夢想していた時だった。
ドグオオオオオォォォ!!
地鳴りがするほどの大爆発が巻き起こり、湖の水面が大きく波立った。
「うおおおおおぉぉぉ!?」
「なっなによこの音は!?」
ホル・ホースは氷の足場から落ちないようバランスをとり、チルノは爆発の起こった場所を見る。
「こ、こっちって、あの氷漬けの外来人がいた場所じゃ…!」
もうもうと立ち上る粉塵で、吉影の姿は確認出来ない。
ドドドドドドドドドド…
チルノとホル・ホースは固唾を飲んで見守る中、土煙は徐々に薄れ…
「う、うそ…なんで…っ!?」
「じょ、冗談だろ…!?」
ドドドドドドドドドドドドドドドドドドドド
ユラリと吉影が煙の中から姿を現した。なおも衰弱した様子だが、しっかりと立ち上がり、二人を睨み付けている。
「おいおいおいおいおいおいおい、なんでだぁ!?お前の爆弾は空気が無ければ爆発しないんじゃなかったのかァ~ッ!?」
ホル・ホースが慌てふためいて叫ぶ。
「…氷自体を爆弾に変えれば、酸素は外側にいくらでもある。」
「…あっ!!」
しまった!とホル・ホースが声をあげる。
「ちょっと!どういうことよホル・ホース!!あなたアイツを氷漬けにすれば大丈夫って言ってたじゃない!!なんで爆弾が使えてるのよ!」
「い、いや、すまねえおれの間違いだった…で、でも、今はそんなこと言ってる場合じゃないだろ?後で思う存分一緒に遊んでやるからっ、今はとにかくヤツを倒すことに専念しようぜっ。なッ?なっ?」
チルノに責め立てられ、ホル・ホースはバツが悪そうにしながら必死になだめる。だが、そんな二人には話し合う時間さえ与えられることはなかった。
「『覚悟』とは!!暗闇の荒野に!!進むべき道を切り開く事だッ!」
ハッと二人は自分たちの状況に気付く。
「ま、マズイッ!パーフェクトフリーズがほとんど残ってねえぞ!」
吉影を氷漬けにするため解凍したので、弾幕の密度は非常に薄く、スカスカになっていた。
「や、野郎まさか…このために、【あえて】氷漬けになったって言うのか…!?」
ホル・ホースがギリッと歯を噛み締める。
「はっきりと…確実に今度は見える…」
キラークイーンが吉影の胸ポケットから取り出したのは、一発のライフル弾。射程距離、威力共に拳銃弾の比較にならない物だ。
「ヤバいッ!奴め、あんな隠し玉まで持ってやがった!」
キラークイーンが残り少ない弾幕の間を縫い、チルノに狙いを定める。標的との距離から銃弾の軌道を計算し、角度を微調整する。
「そこだーッ!!たしかに進むべき道がッ!暗闇に見えるぞッ!」
キラークイーンの親指が接触起爆型ライフル弾を弾き出したっ!弾丸は音速で飛翔し、チルノを貫通爆砕しようと迫る!
「チルノぉぉぉッ!!氷の壁で防いでも駄目だっ!さっきのように凍らせろォ~ッ!!」
ホル・ホースの叫びに、チルノがハッと顔をあげる。
「凍符『パーフェクトフリーズ』!!」
チルノの周囲が急激に冷却される。だが――
(む…無理よ…)
チルノの小さな身体がガタガタと震える。
(無理よ…!そんなこと…!だって、見えない速さの弾を凍りつかせるなんて…!!)
彼女は既に自信を失いかけていた。『P・F・G・H』が破られ、自身の『最強さ』が揺るがされたのだから。それに、今度はさっきとは状況が違い過ぎる。前回は『P・F・G・H』で減速させ、反射中の弾丸を時間をかけて凍結できた。しかし、今回は違う。音の速さで迫り来る銃弾を、『P・F・G・H』で反射することなく、しかも空気を含むことなく、瞬時に凍りつかせなければならないのだ。
(駄目…やっぱり無理よ…!だって…だって!難し過ぎるもの!!)
目の端から、涙が零れる。頬を雫が伝う。彼女の中に、もはや闘争心は残っていなかった。だが、その時――
「チルノぉッ!!」
ホル・ホースの強い口調に、チルノはビクッと彼を見る。
「チルノッ!忘れてねえだろ?俺たちの『約束』をよぉ!!」
「やく…そ…く…?」
ホル・ホースに険しい目付きで睨まれ、チルノは少し萎縮する。
「俺たちがコンビを組んだ時に『約束』しただろうが!?俺たちは…!『最強』のコンビになるってよォッ!!」
「はっ……!………………………………………………
――――――――――――――
――――――――――――――
――――――――………………………
「―ゼェ―ハァ――な…んで…なんで…」
「……ゲホッ……ゼェ……ゼェ………」
「なんでっ!一発も反撃しないのよッ!?…う…撃てば良いじゃない…!…その、『見えない弾幕』でッ!!」
チルノは時間切れのスペルカードを握り締めて、声を荒げる。涙声で、瞳を潤ませて一人の男を睨み付ける。
「…ぐっ…ゲボッ…!……」
男―ホル・ホースは血を吐き出し、ガクリとくずおれる。切り傷だらけの腕で、腹の傷を押さえる。たちまち手のひらが血にまみれる。
「…なんで…かっ…て…!?…」
ホル・ホースはフッと笑い、チルノを見据える。
「そうよっ!なんであたいを撃たないの!?あたいの弾幕を全部撃ち落とせるんだから、それくらい簡単でしょっ!?」
チルノは悔しさにポロポロと涙を流し、ホル・ホースの目を見つめ返す。
「フッ…バレちまった…か…」
ホル・ホースは傷だらけの足に力をいれ、震えながらも立ち上がり、チルノの瞳を見つめる。
「おれは…女は撃たねえ…!」
「……ッ!!…」
チルノが頬を赤く染める。初めてだったのだ、妖精だからいつも虐げられ、どうせ復活するからと容赦無く惨殺される自分の身を案じ、情けをかけてくれる者に出会ったのは。そして、自分を自然の権化としてではなく、『女』として扱ってくれる者に出会ったのは。
「なっ…なによッ!手加減してたって言うの!?馬鹿にしないでっ!!あたいは『さいきょー』なのよッ!!そのあたいが、あんたみたいなただの外来人に…!!」
気色ばむチルノに、ホル・ホースはフフッと微笑む。
「なっなによっ!!なにがおもしろいのよッ!!」
馬鹿にされたと思い、チルノが怒気を含んだ声をあげる。
「…チルノ…っつったっけか…?」
「…そ、そうよっ…」
チルノはゴクリと唾を飲む。
「お前…本当に…『最強』…に…成れるぞ…。」
「…え………?」
チルノはまたも驚く。いくら自分が『最強』を自称しても、誰も彼もが鼻で笑うだけで、本気にしてくれる者などいなかった。そして、それに怒って勝負を挑んでも、返り討ちにされ、満身創痍で倒れ伏す彼女に嘲笑だけ投げ掛けて去っていくのだ。
「ホントに…ホントに、あたいが『さいきょー』だって、そう思ってくれるの…?」
「ああ…ただし、一人では無理だな…。」
「『一人』…で…は…?」
チルノが頭に?を浮かべる。
「だがしかし…『二人』なら…!間違いなく『最強』のコンビになれるぜ…!!」
チルノはホル・ホースを問い詰める。
「どうしたら…あたいは『さいきょー』に成れるの?…」
チルノの視線と、ホル・ホースの視線が、空中で交差する。ホル・ホースが口を開いた。
「おれと…コンビを組めッ…!」
―――――――――――
―――――――――
――――……………
「…………あ…あたいは…………」
チルノの瞳に、光が宿る。迷いの無い目で見えない弾丸を見据える。
「あたいはッ!!『最強』だッ!!」
チルノの身体から膨大な冷気が発せられ、空気中の水分が凝結する。風速冷却されたライフル弾の表面を、一瞬で完全凍結させ、空気を遮断する。『P・F・G・H』の残骸を操り、弾丸の軌道上に配置する。銃弾は氷の壁に衝突し、爆発することなく明後日の方向に飛んでいった。
「…や…やった…やったわっ…!!」
チルノが歓喜に身体を震わす。だがその時、
「チルノぉッ!!余韻に浸るのはまだ速いぜッ!!」
ホル・ホースがエンペラーの銃口を吉影に向ける。
「うおおおおおおぉぉぉぉぉぉッ!!」
キラークイーンが氷の残骸を握り、大きく振りかぶる。
「『始末』しろぉぉぉ!!キラークイーンッ!!」
氷の塊が豪速球で向かって来る!!
「あの野郎ッ…!!小細工しやがって…!!」
ホル・ホースはエンペラーの引き金を引いた。撃つ、撃つ、撃ちまくる。
「離れた場所の氷は余程注意しねーと『気泡』ができちまうっ!あの『爆弾』は凍結させても中に『空気』があるから防ぐことはできねーッ!!」
エンペラーの弾丸が吉影の身体を穿つ。しかし、距離が遠すぎるため威力が足りず、肉にめり込むだけだ。
「チルノぉッ!!『P・F・G・H』で止め……、ッ!!」
エンペラーを乱射しながらチルノに叫んだが、ハッと気付く。
「しまった!さっきライフル弾を凍結させるのに夢中で『P・F・G・H』を追加出来なかった!!あんの悪党ッそれも計算して先に銃弾を…ッ!!」
爆弾は『P・F・G・H』の名残の間をすり抜け、チルノに迫る。だが、彼女の目に怯えは欠片も無かった。
「馬鹿ねっ!あたいの作った氷よ!!自由に解除出来ないとでも思ったのっ!?」
チルノの一睨みで、氷は呆気なく空中で融解した。だが―
「なんだとぉ~ッ!!」
水は無重力空間にあるかのように球体のまま、チルノに向かって飛んで行く。
「甘かったな!我がキラークイーンが『爆弾』に変えた物は、すでに『爆弾』として固定されているッ!!融かしたところで四散することはないッ!!」
全身に銃弾を浴びながらも、吉影が勝ち誇って吠える。
爆弾がチルノに迫る。チルノは茫然と目を見開いている。
ホル・ホースの悲痛な叫びが湖上に木霊する。
「チルノぉぉぉ~ッ!!」
チルノはただ向かって来る水球を眺め……
ニヤッと悪戯っぽく笑った。
「ッヴァ~~~カッ!!」
チルノが手のひらを水球に向け、冷気を送り込む。急激に凍らすことで氷内部の密度の差が生じ、亀裂が走る。
「ぶち割れなさいっ!!」
爆弾は空中で粉砕され、バラバラと拡散しチルノの下の水面に落ちていった。
「なっ…ッ!?」
「どうよっ!!これが『最強』の力よ!!」
チルノは吉影をまた自信に満ちた目で見下ろす。吉影にはエンペラーの銃弾を弾く力も残されておらず、立っているのがやっとのようだった。
「よくやったチルノっ!!もうコイツに力は残ってねぇ!俺達の勝ちだ!!」
ドゴオォォォン!!
「あぐッ…!?」
膝に弾丸を受け、吉影は片膝を着く。
「ぐあッ!!…」
さらに肩に銃弾が命中し、左腕がダラリと垂れる。だが吉影はなおも鋭い目付きで二人を睨み、
「キラークイーン!!」
拳銃弾を撃ち出した。
「くどいわっ!!攻撃は何であろうとムダだってことがまだ分からないのっ!?ホント~に馬鹿ねっ!これで終わらせてあげるわ!『P・F・G・H』!!」
チルノは再度『P・F・G・H』を発動した。空気が急激に冷却され、氷の壁が展開される。弾丸は氷に反射され、チルノには届かない。
「これで分かったでしょ?あたいとホル・ホースの『P・F・G・H』は『最強』なのよ!!」
チルノが勝ち誇って笑う。だが、吉影の目から光が消えることはなかった。
「発動…したな…?『P・F・G・H』を…」
「ええ、そうよっ!これからもっと弾幕をバラまいてやるから、アンタの弾なんて届かないわよッ!あたいの『P・F・G・H』は、どんな攻撃でも凍りつかせて止められるわ!よ~するに、あたいは『最強』なのよ!!」
「フフッ…確かに、どんな攻撃も凍らされれば、『無敵』で『最強』だな…、だがッ!!」
チルノを睨む吉影の瞳は勝利を確信していた。
「それがいいんじゃないか…どんなものでも一瞬で凍らせてくれるのが良いんじゃないかっ…」
「?」
「爆破しろッ!キラークイーン!!」
キラークイーンが右手のスイッチを押した。
ボグオオオォォォォ!!
「えっ……!?」
チルノの真下で、巨大な水柱が立った。チルノは『P・F・G・H』と共に逃げる間も無く呑み込まれ、水柱はチルノの冷気で凍りつく。
(そっそんなっ!?う、動けない…!!)
「どうだ…?いくら氷の壁を作っても…それが自分と密着していれば…!!」
吉影は血を流しながら立ち上がり、キラークイーンがライフル弾を構える。
「わたしの『爆弾』は防げまい…!このためだったのだッ!爆弾に変えた氷が砕かれ湖に落ちても、解除せずに…『囮』の銃弾を撃ち、貴様に『P・F・G・H』を発動させたのはッ…このためだったのだッ!!」
狙いを定めようとして、フンッと鼻で笑う。
「これほど巨大な的なら、外す方が難しいな。」
弾丸を爆弾に変え、発射した。
(ど、どうしよう!?このままだと、弾を避けられない!!でっでも、『P・F・G・H』を解除したら弾を防げないッ!あっああっ…!ど…どうしたら…!!)
自分が氷漬けになりながら、自分に向かって来る弾丸を見る。銃弾は何物の邪魔も受けず、真っ直ぐに突っ込んで来る。
(よっ避けられない~っっ!!)
ドグオオオオォォォォ!!
「…ぐぅっ…」
チルノが氷塊と共に塵も残さず爆破されたのを見届け、吉影は歩き始める。身体中傷だらけだが、チルノの消滅と同時に暖かさが戻ってきたので、戦闘中よりは身体は動きやすい。霧も晴れ、目的地の大きな洋館も見えるようになった。
「くそっ…!まさか妖精ごときにここまで苦戦するとは…!道中で傷を負ってしまったのもマズイ…これから行われる遊技大会が大事だというのに…!」
腹の傷を押さえ、キラークイーンに支えられて、顔をあげた時だった。
「あ~あ、負けちまったぁ。」
「……!」
いつの間にか湖畔に戻って目の前に立っているホル・ホースに気付き、身構えるが、ホル・ホースは違う違うと手を振る。
「安心しな、おれぁもうアンタとやり合うつもりはねーよ。」
彼の手には『皇帝』もリボルバーも握られていない。
「ン?なに?チルノを殺したことを俺が復讐するって思ってんのか?そんなつもりはねーよ。アイツは妖精だ、一晩もすれば復活するからな。」
ホル・ホースは敵意の無い態度で馴れ馴れしく話し掛ける。
「アイツ、馬鹿だと思うだろ?学は無いわ常識は無いわ、ホントーに馬鹿なヤツでよ、俺も作戦とか教えるの苦労したよ。」
ハハハッと笑い、チルノが爆死した辺りに目を向ける。
「でもな、アイツ馬鹿なヤツだけど、ホントーにまっすぐなヤツなんだよなぁ…。一生懸命俺の言うこと覚えようとするしよぉ、本気で『最強』になろうと、がむしゃらに頑張ってるんだよ…。」
ホル・ホースは優しげな口調で続ける。
「だからよ、おれは『コンビ』を組んだんだ、アイツとよぉ。アイツを本当に『最強』にしてやりてぇし、何より…」
湖に向かって微笑む。
「アイツが『最強』になった時、すぐ傍で祝ってやりてぇからな…」
ホル・ホースはそう締めくくると、クルリと背を向け、ホル・ホースは後ろ向きに手を振る。
「じゃ~なオッサン、この世界で同じ人種と出会えて、嬉しかったぜ。」
その場から立ち去ろうとした時だった。
「待て…」
「ギクッ!(汗」
「貴様は嬉しくても、わたしはそうはいかないんだが…?」
ドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドド
吉影が憤怒の表情でホル・ホースの背を睨む。背中が焼けそうなほどの視線に、ホル・ホースは全速力で逃げ出す。
「こ…こいつはかなわんぜッ!おれひとりじゃ完璧不利!ここは逃げて次の機会を待つぜ!おれは誰かとコンビを組んではじめて実力を発揮するタイプだからな…『No.1よりNo.2!』これがホル・ホースの人生哲学!モンクあっか!」
逃げ去ろうとしているホル・ホースの背に、吉影は弾丸の狙いを定める。
「やれ、キラークイーン。」
ビシィッ!!
ドグオオオオォォォォ!!
「グピィ――ッ!!」
ホル・ホースの身体が宙を舞い、
ボチャン!!
水柱を立てて湖の水面に落下した。
to be continued……
次回予告
―――――――――――
―――――――――――――
「あなた…『皇帝』でしょう…?今、テーブルに置いたのは…?」
「ぐッ…ぐぬぬ…ッ!!」
「じゃあ、私は『奴隷』を出させてもらうわ。これで六連勝ねぇ。」
スッ…
「さあ、また血を頂くわよ。人間は全体の三分の一ほど血が抜けたら死ぬって聞いたけど…そろそろ限界じゃないかしら…?」
腕に刺された針が、血を吸い上げる。
「ぐッ…ああああ…!!」
テーブルに突っ伏し、耐える。終わると、青白い顔で彼女を睨む。
「何故…だ…っ?何故…わたしのカードが分かるッ!!」
彼女は唇に指を当て、優雅に答える。
「何度も言ってるでしょう?私には『運命』が読めるの…そういう能力。言っておくけど、イカサマなんてしてないわよ。悪魔は契約を破れないわ。」
圧倒的な高みから見下すような彼女の態度に、吉影の心は萎縮していく。
(あ…悪魔だ…異能の観察眼…
悪魔じみてる…あの的中率は…とっくに人間にどうにかできる域を超えている…『運命』の流れを読む天才…!)
ガクリと吉影は項垂れる。
(勝てない…勝てるわけがない!わたしが何のカードを出すのか、全て読まれてしまっているのだから…!!)
ガクガクと肩を震わす。絶望と恐怖に、目尻に涙が浮かぶ。
「おやおや、もうおしまいかい?何よ、ちっとも楽しめなかったじゃない。まあ、諦めるなら私は止めるつもりはないけど…後は、分かってるわね?」
フフフッと彼女は艶やかに笑う。その姿はまさに、夜の女王。彼女の前では人間なぞ、歩き回る陽炎に過ぎないのだ。
(だ…駄目だ…っ!このままでは、全身の血を抜かれて殺される…!!だが、一体どうやってっ!?どうすればこの『悪魔』に打ち勝てる!?この『運命』を操る『悪魔』を…、っ……?)
吉影はヒクリ、と頭を動かす。
(待て…『運命』だと…?それが本当なら、もしかしたら…!!)
「…ククッ……」
「…どうした、恐怖で頭がイカれたのかい?」
「…いや…君を打ち負かすちょっとした『秘策』を思いついてしまってね…」
「…フンッ『秘策』?『秘策』ですって?何をしようが、どんな小細工をしようが、『運命』を味方につけた私に敵うわけがないわっ!もう少し血を抜いて、頭を冷やしてやる必要があるようね?咲夜!早く次の試合を始めなさいっ!」
「かしこまりました。第八回戦、始め!」
(フフっ…何を考えついたか知らないけど…私の『運命を操る能力』に敵うはずがないわ。)
彼女は目の前の人間の周りを流れる『運命』を読み取る。
(『見える』…『見える』わっ!この人間の未来への軌跡が…!!)
カードを出し、捲り、『市民』であることを確認する。それをあとニ回繰り返す。
(そしてっ!…ここでっ!!)
『奴隷』のカードを裏向きに出す。
(さあ…沈めてあげるわ…出しなさい!!『皇帝』をっ!!)
吉影が一枚のカードを選び、テーブルに置く。
「「オープン!!」」
二人同時にカードを捲る。そして…!!
「…う…ウソ…」
吉影の手には、『市民』のカードが握られていた。
「ウソ…ウソよッ!そんなっ、たっ確かに、『皇帝』を出す『運命』が見えたのにッ!!
……っ!?」
(お…おかしいわッ!今まさに、『運命』は私が『勝っている』と教えているッ!!一体…どういうことなの…ッ!?)
「…それでは、第3回戦、始めてください。」
「何を言っているの咲夜ッ!?次は9回戦のは…ず…?」
首を傾げているメイドの横のボードには、二回戦までの結果しか記録されていなかった。
「はっ!?」
狼狽えながら時計を見る。
「じ、時間が…、一時間…戻っている…ッ!?」
「フフフ、気付いたようだな…?」
吉影はニヤリと笑い彼女を見返す。
「そうだ…今、私が時間を一時間ほど巻き戻した。もっとも…わたしには君のように、消し飛んだ一時間分の記憶は無いがね…そして…ッ!」
吉影の瞳がギラリと輝く。
「その一時間の『運命』はッ!!既に固定されているッ!もはや貴様が『運命』を読もうとッわたしの行動を読むことはできないッ!!」
「う~っ!で、でもッ…なんであなたは運命通りにならないのよッ!?記憶が無いんでしょ!?」
「フフフ…いいか…良く覚えておけ…それは、わたしが人間だからだッ!」
「に…人間だから…?それがど~して理由になるのよ!?人間なんてむしろおんなじこと繰り返してるだけじゃないッ!!」
「…そうだ…確かに貴様ら妖怪から見れば、人間はループしているかもしれない…。生まれて生きて、そして死ぬ…!『人』の『夢』と書いて『儚い』…よくぞ言ったものだ…だがッ!いやっ、だからこそッ!!人間は『運命』を…乗り越えることが出来るのだッ!!」
「うっ…うう~っ」
彼女は己の強みを破られ、目に涙をためて萎縮してしまっている。もはや夜の女王としての品格は無く、その姿はただの五百歳児。
バァンッ!!
吉影がテーブルに掌を叩き付け、圧倒的な威圧感をはらんで啖呵をきる。
「さあ…どうする吸血鬼…ッ!?わたしは人間賛歌の世界から来た人間だぞ…!?カビの生えた『ラプラスの悪魔』に…気まぐれに跳ね回る『シュレディンガーの猫』が捕らえられるかァッ!!!!」
次回!~吉良吉影は静かに生き延びたい~
第十話 『賭博黙示録 ヨシカゲ』
乞うご期待!!
ネタバレ
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これは嘘予告です
「おお、すぐ近くのはずじゃぞ。あとは湖沿いに歩いて行けば、三十分ほどで対岸に着くはずじゃ。」
「そうか…ふぅ、やはり徒歩は疲れるな…。」
吉良吉影は額の汗をハンカチで拭う。
吉影と吉廣の親子は、霧の湖の近く、森の中を歩いていた。
「それじゃあ、わしは一足先に偵察をしてくる。何かあったら、写真に声をかけてくれ。」
「ああ、分かった。それと…」
吉影がやや声を落とし、感付かれないようそっと振り向く。
「分かっているな…アレの処分は頼んだ。」
「…ああ、任せておくれ。」
吉廣は写真から身を乗り出し、自分にカメラのレンズを向け、シャッターをきった。彼の姿は一瞬で消え、やや遅れてカメラから写真が吐き出される。その中にあるのは吉廣の姿。
「では、行ってくるぞ、吉影。」
「くれぐれも気取られないよう慎重に探ってくれ。ぬかるなよ。」
「分かっとるわい。安心して待っていてくれ。」
吉廣は写真から顔を出し、幽霊の浮遊能力を使ってフワリと森の上空へと舞い上がって行った。
「…これで成功しさえすれば、わたしは…だが…」
それを見届け、吉影は一人ごち、頭を振る。
「いや、大丈夫…大丈夫だ…安全を保証すると、しっかり明記されていたじゃないか…悪魔は約束を破れない…それに、この機会を逃せば、あと何年間も苦しまねばならない…何を恐れるというんだ…『運命』は、いつもわたしに味方してくれているのだ…」
頭に残る不安を振り払い、吉影はまた歩き始めた。
白目のない漆黒の眸が吉影の背中を見つめていた。
一羽の鴉が、一本の枝に留まっていた。鴉は目標の動きを主人に伝えようと、枝から飛び立ち、空へと舞い上がろうとした。だが…
「グギャッ!?」
鴉は何かに激突し、慌てて体勢を立て直す。原因となった物を探すが、そこには何も無い。
「…カァ~…?」
首を傾げ、今度はゆっくりと飛んでみる。
コツン
またしても何かに当たった。嘴で何度かつつく。
コツッ コツッ
嘴で何度も確認して、やっと鴉は気付いた。何も無いように見える空間に、透明な壁があるのだと。そして、それが自分を閉じ込めるように上下前後左右に隙間無く並んでいることも。
そして、鴉がようやく自分の状況を把握した直後…
「グギャッ!?ギャ…」
鴉は包丁でメッタ斬りにされたように引き裂かれ、臓物を撒き散らして事切れた。
写命丸を撃退した翌朝、吉影は新聞を買いに出掛けた。あの文屋の様子を探るとともに、他の新聞社に吉影の事を記事にされていないか調べるためだ。
「…よし、ヤツの新聞は休刊だな…印刷機を塵にしてやったのだから当然か…」
吉影は店から出て安堵する。
「しかし、適当に買ってみたこの新聞…落ち着いた文章で好感を持ったから買ってはみたものの、なんだこの記事は?ほとんどが古いものじゃないか。」
彼が手に持って読んでいるのは『花果子念報』。姫海棠はたてとかいう天狗の記者(人里どころか外出すらあまりしないらしくかなり挙動不審だった)が自ら売っていたのでパラパラと流し読みして、あまり低俗な内容は無さそうだったから買ったのだ。しかし、買ったは良いもののいざちゃんと読んでみると、内容は昨日や一昨日のものは全くない。一番最近の記事でも、すでに生徒達の間で話題になって今はもう忘れられているような話ばかりだ。
「『幻想郷最速の天狗』だと?外では世界中の事件がリアルタイムで駆け巡っているというのに、こんな極小コミュニティの情報を何週間もかけて漁っているのか?それともこの新聞を選んだのがハズレだったのか…」
また店に戻らなければ、とぶつぶつ文句を呟く吉影。だが、次のページをめくった時だった、
「…ッ!!」
つまらなさそうに紙面を眺めていた吉影の目が見開かれた。
「こっこれ…は…ッ!?」
両手がワナワナと震え、新聞の握っていた部分がくしゃくしゃになる。吉影が今にも食い付きそうな表情で一心に読んでいるのは―――
「『紅魔館大遊技大会―優勝者は莫大な賞金―』」
贅沢に全面を使った、一つの広告。湖の畔にある洋館で催される遊技大会を知らせる物だった。
「…一、十、百、千…ああ…間違いないッ…!!ぴったりだ…『奇跡』としか思えない!!」
震える指先で0の数を数え、声を震わせる。
「これが『チャンス』だ!やはり最悪の時にチャンスは訪れた… これだッ…この『チャンス』をモノにすればっ…わたしはッ…!!外に帰れるっ!もう天狗の眼に煩わされることもなくなるッ!慧音を殺したいという衝動に悩まされることもないッ!」
吉影の両目が希望に輝く。
「わたしは…自由になれるッ!!やはり『運』は…この吉良吉影に味方してくれるんだッ!」
こう言ったわけで、彼は紅魔館を目指し人里から森を抜けて湖の畔まで来ていた。本当のことを言ったら止められそうなので慧音には
『香霖堂で外から持ち込んだ金目な物を売ったり、店に置いてある外の品物の使い方を教えたりして、金を稼いでくる。道案内は妹紅にたのんでおいた。三日間は帰らないつもりなので、その間の授業は予め作ったプリントを配布して自習にしてほしい。宿題の答え合わせも配布して各自でやらせてくれ。』
と伝えておいた。妹紅はつい昨日人里に来たばかりだ。彼女は五日に一回ほど慧音の家に顔を見せに来ることが分かっているから、三日間にわたって行われる遊技大会から帰るまでは嘘はバレないだろう。そして、終わって見事賞金を獲得してからなら、バレても問題はない。
「―――――ン?」
吉影が森を歩き続けていると、突如として視界が開けた。目の前に広がるのは、霧に覆われた広い湖。
「よし、森を抜けたな。あとはこの湖に沿って歩けば30分ほどで着くと言っていたが…本当なのだろうか…?」
吉影は湖を見渡す。霧に覆われているため大きさが全く分からない。霧の中に消えていく畔がどこまでも際限無く広がっているような感覚を与えている。
「…取り合えず、少し休憩しよう。水筒の水も汲んでおくか。」
吉影はしゃがみ両手で水を掬い、一口飲んだ。ひんやりとした感覚が疲れた身体を癒す。満足気に溜め息をつき、彼は竹製の水筒で水を汲もうとした。が―――――
「……?」
彼の手が、ピタッと止まった。
「これは……?」
吉影が凝視しているのは、異様な光景だった。こちらにゆっくりと流れてくる氷の塊。その中には――
「なんだ…?カエルか…?何故こんな物が…、ッ!!」
何かが飛んでくる音。吉影は咄嗟にキラークイーンの脚でバックジャンプし、それを避ける。
ドスッ
一瞬前まで吉影がしゃがんでいた場所に、つららが突き刺さった。
「…誰だ…?わたしに何の用だね?」
スタッと着地し、つららの飛んで来た方向を睨みながら身構え、呼び掛ける。
「フフン、あたいの『きしゅ~』を避けるなんて、あなたけっこ~やるわね。」
霧の立ち込める湖上から、犯人は姿を現した。背中に氷の翼を持った、十代にも満たない少女が水面の上に浮かんでいる。
「…もう一度だけ訊いてやる。わたしに何の用だね?」
キラークイーンの目で油断なく観察しながら、吉影が言う。
「今ね、新しい必殺技を試してみたいって思ってたところなのよ。タダの人間じゃあすぐ凍り付いちゃって全然練習にならないから、ちょうどよかったわ。」
少女は腰に手をあてて威張って答える。
(そうか、コイツが噂の氷精…ならば、妖精と同じ方法で…)
吉影は構えを解き、警戒心を感じさせない姿勢をとる。もちろんキラークイーンは身構えたままにさせておく。
「あら、もう観念しちゃったの?つまらないわね~、せっかくぴったりの実験台を捕まえたと思ったのに。」
「…君…何のためにわたしを実験台にしようというのかね?」
「あったりまえでしょ!『最強』になるためよ!!」
「最強…?」
「そ~よ!あたいはもう『最強』だけど、最近は人間に負けちゃうこともあるのよ。だから、あたいはも~っと強くなって、ず~っと『最強』になるのよ!!」
ビシッと人差し指を吉影に向け、威勢良く言い放つ。だが、そんな彼女を見て、吉影は声をあげて笑い始めた。
「なっなによ!なにがオモシロいのよっ!!」
馬鹿にされたと思い、少女が声を荒げる。
「いや、君の言っていることが少し滑稽でね…」
「『こっけ~』?」
頭に鶏を思い浮かべ、首を傾げる氷精。
「君、確か『最強になる』と言ったな?」
「…そ~よ。それがどうしたっていうのよ?」
「…君は、『最強』になっただけで満足なのか?」
「?ど~ゆ~意味よ?」
「…お前、『最強』が一番スゴいと思っているのか?」
「決まってるじゃない!!『最強』が一番強いのよ、知らないの?さてはあなたバカねっ!」
妖精に馬鹿と言われてイラッときたが、吉影は話を続ける。
「…君みたいな木っ端妖精は知らないだろうし、知らなくても良いんだが…この世には、『最強』よりもスゴい物があるんだよ。」
「?『最強よりスゴい』?なによそれ?」
興味をそそられ、氷精が神妙な面持ちで訊ねる。
「『究極』…というんだがね…」
「『きゅ~きょく』?それが『最強』より強い物なのね!じゃああたい、これから『きゅ~きょく』になるわ!」
まだ成ってもないのにふんぞり返る氷精。さすが妖精、驚くほど単純である。
「…お前…、『究極』に成りたいか?」
「ええ、そ~よ。あたいは『きゅ~きょく』に成って、『最強』より強くなるのよ!」
「そうか、なら頑張るといい。…だが、『究極』の定義を知っているのか?」
「…ううん、知らない。」
しばらく考えた後、氷精が答える。
「どうなったら『究極』に成れるか知らないというのに、『究極』になろうというのか?」
「……………………………………」
さすがの妖精でも、自分の計画性のなさに気付いたのだろう、俯いて押し黙る。落ち込んだ様子の彼女を見て、吉影はやれやれと首を振る。
「…仕方ない、特別にわたしが『究極の定義』を教えてあげよう。」
「えっホント!?」
目を輝かせる少女。
「ああ、じゃあ言うぞ。よ~く聴いておくんだ。」
コクコクと頷く氷精の前で、吉影は即興で考えた文章を暗唱する。
「『ひとつ 無敵なり!
ふたつ 決して老いたりせず!
みっつ 決して死ぬことはない!
よっつ あらゆる生物の能力を兼ね備え、しかも その能力を上回る!
そして その形はギリシアの彫刻のように美しさを基本形とする。』」
朗読するかのようにスラスラと淀み無く言い切った。流石はD学院大文学部卒、常人にはできないことを平然とやってのける。
「さあ、覚えたな?暗唱してみせてくれ。」
「……………………………………………………………、えっ!!あっ、えっええっと…」
呆然としていた少女はハッとして、慌てて思い出そうとする。だが、全く言葉が出てこない。頭を抱えてうーんと考え込んでいる氷精を見て、また吉影はやれやれと溜め息をつき、懐から手帳と鉛筆を取り出す。
「…メモをあげよう。これを暗唱できるようになった頃には、きっと『究極』に近づいているはずだ。」それを聞いて、少女はガバッと顔を上げ、キラキラと目を輝かせた。
「ほっホント!?それを覚えれば、あたいは『きゅ~きょく』に成れるのねっ!」振り仮名を振って、メモを手帳から破り取り、氷精に投げて渡す。
「ああ、なれるとも。ガンバって覚えたまえ。ところで、ひとつ尋ねたい事があるんだが、この霧は君が発生させて…」
氷精が夢中になってメモを読んでいるのを見て、吉影は顔をしかめる。 氷精を放置し、吉影は湖に沿って歩き始める。
(さて…うまく戦闘を回避出来た…だが…)
彼はブルッと身体を震わせ、身を縮こめた。吐く息が白い。
「…意図していないにせよ、君はわたしの邪魔になる…消えてもらうぞ、氷精。」
キラークイーンの親指が、爆弾に変えたメモの起爆スイッチを押した。
――――――――――――――爆弾が作動することは、なかった。
「――――むッ?何故だ?爆発音が…」
吉影が訝しげに振り返ると―――
「なッ…なんだとぉォォォォッ!!?」
氷精はいまだ一心不乱にメモを読み続けていた。その手に握っているメモは、表面を薄氷に覆われている。
(くそっ!まさか、真空以外にも我がキラークイーンの爆弾の『天敵』が存在したとはッ!…だが、ヤツは自分が攻撃を受けたことに気付いていない…無駄な『闘い』をするよりは、あと帰りの一度しか遭遇しない『天敵』を見逃すべきか…?)
キラークイーンの撃墜射程距離と、氷精との距離を測りつつ、思案していた時だった。
「『銃は剣よりも強し』
ンッン~名言だなこれは。」
「ッ!!」
声のした方向を振り向くと、湖の畔に一人の男が立っていた。
「でも、『剣は拳(けん)よりも強し』とはあまり言わねーな。ダジャレ臭くて締まらないからか?」
カウボーイのような出で立ちの欧米人のその男は、流暢に日本語を話し、歩み寄ってくる。
「…お前、何者だ?見たところ、外来人らしいが…」
男の腰のホルスターに収納されているリボルバー拳銃に目をやり、吉影は問いかける。
「おうよ。アンタもそーみたいだな。」
「ああ、どういうワケだかこの世界に迷い込んでしまってね…。それはそうと、貴方は外来人である以前に外国人であるようだが…」
「ン?なんでこんなに日本語ペラペラなのかってことか?さあな、この世界に来た途端喋れるよーになっちまってよぉ。俺にもサッパリなわけよ。」
吉影は男の足運び、目線、表情をキラークイーンの目で観察する。
(こいつ…!一見ヘラヘラと喋っているだけに見えるが、目が全く油断していない…!!何者かは知らないが、恐らく敵か、少なくとも『敵対心を持っている』ことは間違いないッ!)
(まさか、コイツも遊技大会に参加しようとここに来たのか?それならわたしを始末して勝率を高めようと考えるのも分からなくはない…ここはこちらの警戒心を覚らせず、確実なキラークイーンの射程距離に入った瞬間に…!)
「そうか、突っ掛かって悪かったな。この世界はなにかと物騒なもので、少し疑心暗鬼に陥ってしまった。」
吉影は肩の力を抜き、楽な姿勢をとる。警戒心を与えない、落ち着いたいつもの態度だ。
「いや、謝るこたぁねーよ。誰だってそうなるもんさ。特に日本人なら、この世界の『ヨウカイ』とかいうのに鮮やかな髪や目の色したヤツが多いからな、俺がそいつらの仲間だと思われても仕方ねーことだと思うぜ。」
男は歩み寄ることを止め、立ち止まった。
(くっ…もう少し距離を縮めなければならないのに…本当は相手から来てほしかったが、わたしの方から接近するしかないな…)
ゆったりと相手に覚られないよう、足を運ぶ。
「あんた…行く当てはあるのかい?わたしはここから森を突っ切ったところにある人里でお世話になっているが…。もし寝床や食事に困っているのなら、案内してあげようか?お互い、この世界ではイレギュラーだ。似た者同士、助け合うのが当然とじゃないか?」
「ン~ン、それはありがたいね。さすがにいつまでもアウトドアってワケにもいかねーからな。調味料の持ち合わせも底をついちまったし、和食も食べてみたいって思ってたところだ。」
男は嬉しそうに笑う。その間にも、吉影は男との距離を詰めていく。
(よし、あと一歩…あと一歩近寄れば、確実にキラークイーンの射程内だ…)
キラークイーンの指がポケットに伸び、『弾丸』を取り出そうとした時だった。
「……だが、遠慮しておくぜ。俺とお前さんは、ちょっとばかし『似た者』過ぎたみたいだからなッ!!」
メギャンッ!!
男の右手に、一瞬で拳銃が出現した!
「なッ!?」
銃口を向けられ、慌ててキラークイーンに防御態勢をとらせる。
(こ、こいつの目…わたしを見ていない!それに、あの拳銃…!まさか…!?)
「…お前…新手のスタンド使いか!」
男はスタンドの拳銃をくるくると回し、余裕をこめた目で吉影を眺める。
「そういやあ、お前さんの質問にちゃんと答えてなかったな。ホル・ホース、おれの名前だぜ…『皇帝』のカードを暗示するスタンド使いってわけよォ。」
「『皇帝』…?『暗示』…?タロットカードか?(そう言えば、承太郎のスタープラチナも由来はタロットカードだったな)」
「そのとーり、最近じゃあタロットカードと関係ないスタンド使いが増えてきたらしいけどな。」
ホル・ホースは視線をキラークイーンから逸らさず、まだメモを読み耽っている氷精に声を掛ける。
「お~いチルノよぉ、いつまでそんなもん眺めてんだ?」
声を聞き、チルノと呼ばれた氷精はハっと顔を上げる。
「あっホル・ホース!!また遊びに来てくれたの?」
チルノはホル・ホースの方を振り向き、吉影の姿に気付いた。
「あれ?さっきのおじちゃん!なんでホル・ホースと喋ってるの?もしかして友達?」
チルノに気付かれ、吉影は焦る。
(ま、まずいっ!この男、さっきの氷精と面識があるのか!片や天敵、片やスタンド使い…この二人と闘うのは、非常にまずいッ!!)
「いんや、今遭ったばっかさ。それとチルノ、このおっさん信用するんじゃねぇぞ、『悪い人』だぜ。」
「えーっ違うわよ、その人良い人よ!あたいに『きゅーきょく』を教えてくれたもん!」
「だったら、その紙切れ捨ててみな。一発で正解が分かるだろーぜ。」
「ッ!!」
目を見開く吉影の前で、チルノは文句を言いながらもメモから手を離した。メモはひらひらと落ちていき、水面に触れ…
ドグオォォォォ!!
凍結が融けて爆発した。
(こいつ…キラークイーンの爆弾を見破った!?なんという男だ…!スタンド自体はチンケなナリだが、恐るべき洞察力…間違いなく実戦経験も豊富だっ!出来ることなら、闘わないで済めば最良だが…)
チルノは突然の爆発にかなり驚いたのか、混乱している。
「なっなによコレ!?なんで紙が爆発するのよッ!」
「な?言っただろ?このおっさんがチルノ、おめーを爆破するために能力で攻撃したんだよ。」
「じゃ、じゃあ『きゅーきょく』は…」
「んなもんウソっぱちに決まってんだろぉ、お前騙されてたんだよ、コイツに。」
ホル・ホースが吉影をあごでしゃくる。チルノは吉影を睨み付け、怒りを露にする。
「よくもあたいを騙したわね!『最強』のあたいを怒らせたらどうなるか、頭が破裂するくらいみっちり教えてあげるわ!!」
「ぐっ…!!」
吉影は歯ぎしりして後ずさる。
三人は臨戦態勢にはいり、チルノは湖上、吉影はチルノの正面、ホル・ホースは吉影の左側で、それぞれ身構える。
「いいか、おっさんよぉ…おれがお前を倒すのは、こいつ…チルノを爆破しようとしたことだけが理由じゃねぇ…」
ホル・ホースがジャキンッと『皇帝』の銃口を向ける。
「おれぁ生まれてからずっと世界中旅して、いろんな悪党を見て来た…だから悪い人間と良い人間の区別は『におい』で分かる!」
ホル・ホースは顔をしかめ、鼻をつまむ。
「こいつはくせえッ!!ゲロ以下のにおいがプンプンするぜッーッ!!こんな悪には出会ったことがねえほどなァー!!」
その言葉に、吉影はピクリ、と眉を動かす。
「ほう…数分前に出会ったばかりの男にそこまで言われるとは、心外だな…?わたしが君の御友人を、『始末』しようとしたからかね?だが、イキナリわたしを攻撃してきたのはヤツだ。いくら外ではわたしは善良な会社員だったとしても…妖怪変化や魑魅魍魎の類が我が物顔で蔓延っているこの世界では、相手が例え無邪気な少女であったとしても…確実に打ち倒し『安全』を確保する…そう考えることを『悪』だと断定できるのか?」
吉影の台詞に、ホル・ホースは唾を吐き捨てる。
「『善良な会社員』だと?ちがうねッ!!てめぇは生まれついての悪だッ!!言い表しようのない汚らわしい『におい』がしやがるぜッ!」
吉影はホル・ホースの『皇帝』と湖上のチルノとに注意をはらい、キラークイーンに胸ポケットに手を伸ばさせる。
「女の血だッ!トンでもなく生臭ぇにおいだ!!その手で何人の女を殺してきたっ!?」
吉影の表情が敵意に歪む。
(くそっ!この男…!!やはり生かしてはおけない!!わたしの『本性』を即座に見透かすとは、最悪の『敵』に他ならないッ!…こいつとは、闘わざるを得ない!!)
「おれは世界一女にはやさしい男なんだ!!世界中にガールフレンドがいる!女にうそはつくが女だけは殴ったことはねえ!ブスだろうが美人だろうが才女だろうが馬鹿だろうが女を尊敬しているからだ!」
ホル・ホースも冷酷な殺し屋の目付きで吉影を睨む。
「貴様はッ!女の敵だ!!『銃は拳(けん)より強し』っ!!てめぇはこのホル・ホースが直々にぶっ殺す!」
『皇帝』のハンマーを起こし、吉影の眉間に照準を定める。
「あたいね、ど~しても一回人間に文句言ってやりたかったことがあるのよ!」
チルノは闘争心をたぎらせて吉影を威圧する。
「なんで『女』『犬』『米』『青』で『ようせい』って読むのよッ!!1つも音合ってないじゃないのッ!!やってられないわッ!くそっ!くそっ!」
「……………………………」
吉影、ホル・ホースの二人が間の抜けた目付きでチルノの方を見る。
「……あれは『女』『犬』『米』『青』じゃなくて、『妖しい』の『妖』と『精霊』の『精』なのだが…?」
「………………うっうるさい!!国語の教師かっ!!」チルノは顔を真っ赤にして逆ギレする。
啖呵をきり終わり、戦闘が始まった。
「氷符『アイシクルフォール -easy-』!!」
最初に攻撃したのはチルノだった。スペルカードを掲げ宣言すると、物凄い数の氷の弾幕が襲って来る。彼女の攻撃と同時にホル・ホースはバックジャンプで吉影との距離をひらく。
「ぐっ…!キラークイーン!」
胸ポケットの中の物を取り出すのは諦め、キラークイーンに防御の態勢をとらせる。
ゴオオオオォォォォォ!!
氷の弾幕は轟音と共に吉影に迫り――彼の横を通りすぎていった。
「……………………………………………………………は?」
チルノを始点に展開される氷の弾幕は、吉影の両脇を通過するだけで、全くダメージは無い(しいて言うならかなり寒いことぐらいか)。さらにチルノが追加弾幕を撃つこともなければ、弾幕が吉影に向かって横薙ぎに迫って来るわけでもない。
「…なんだ、このスペルは…?全く意図が見えない…。妖精は総じて馬鹿だとは聞いたが、これもそれの表れなのか?…いや…ッ!」
吉影は自信満々に腕組みして自分を眺めるチルノを観察する。
「あの様子…やはりなにか考えがあるッ!だがいったい何を…、ッ!?」
しまった!と吉影はホル・ホースの方を見る。氷の弾幕に遮られ、彼の姿は全く見えない。
「甘くみたな !!やはりてめーの負けだッ!」
氷の弾幕の向こうで、『皇帝』が火を噴いた。弾丸が氷弾幕の間を抜け、吉影を襲う。
「なるほど…いかにも防御に適さなそうなあの男を、氷の弾幕でわたしから隔離し、得意の弾幕戦に持ち込む…と言うわけか…だがッ!」
キラークイーンが腕を振り上げる。
「これしきの弾丸、叩き落とせないとでも思ったか!!この五月蝿い蝿共を払え、キラークイーン!!」
キラークイーンの腕が弾丸を叩き落とそうと振り下ろされた。だが――
「なにィッ!?」
キラークイーンの拳は空しく空を切った。弾丸が軌道を曲げて迎撃を避けたのだ。
「弾丸だってスタンドなんだぜ~っ?オレをナメきってそこんとこを予想しなかったあんさんの命とりなのさぁー!」
ボグォォォ!!
キラークイーンの脇腹に、エンペラーの弾丸が命中した。
「ぐあっ…!」
吉影の脇腹に穴が開き、口から血が滲む。
「なるほど…軌道を曲げて弾幕の間を縫って撃っていたのか…しかし…!」
まだこの程度のダメージで彼はダウンしたりはしない。吉影も反撃に出る。
「甘く見ているのは貴様だッ!我がキラークイーンが近距離パワー型スタンドだからと、油断するんじゃあないぞ!」
キラークイーンが吉影の胸ポケットから取り出したのは、ドングリ型の拳銃弾。彼の親父が外の道具の使い方を教えた礼にと香霖堂店主からもらった物だ。
「銃弾を『爆弾』に変えてッ!」
ホル・ホースのいる方向に銃弾を撃ち込む。銃弾は小石とは比べ物にならないほどの速さと精密さで氷の弾幕にぶつかり、爆発した。だが――
「ぐあぁぁぁッ!?」
爆発によって発生した膨大な熱が、鏡面のような氷に反射され、吉影を焼く。 「くそッ!この氷の能力、予想以上に相性が悪いッ!」
キラークイーンを盾にして熱線のダメージを軽減し、曲がりくねりながら迫る『皇帝』の銃弾を叩き落とす。
「しかも、チルノ自身はがら空きだと言うのに、このセコいスタンドのお陰で反撃ができないッ!退路も断たれてしまった…!こいつら、お互いの弱点をカバーし合っている!くそっ!このままでは埒が明かないッ…!」
銃弾を摘み取って潰し、キラークイーンが左手を空に掲げる。
「シアーハートアタックッ!!」
キラークイーンの左手の甲から、一発の爆弾戦車が放たれた。
「目標はこの弾幕の向こうにいる男だッ!一片の骨肉も残さず『始末』しろッ!」
シアーハートアタックはギャルギャルとキャタピラで空を掴み、氷の弾幕へと突っ込んで行く。
「コッチヲミロォ~」
低温であるため爆発することもなく、パワフルに弾幕を突破しホル・ホースの目の前に現れた。
「なっなんだぁ~コイツっ!?チルノのアイシクルフォールを難なく突破しやがった!!」
慌ててエンペラーを乱射し、シアーハートアタックを撃破しようとする。だが、勿論こんなヘナチョコ弾ごときでは掠り傷一つつかない。さらに、着弾の衝撃でシアーハートアタックの体表の温度が上がり、爆発した。
ドグオォォォォォォ!!
「うおおおおおおおおぉぉぉぉッ!?」
氷の反射が今度は仇となり、爆風と熱線が無駄なくホル・ホースに襲い掛かる。シアーハートアタックからかなり離れていたので、致命傷には至らなかったが、軽度の火傷を負ってしまった。
「今ノ爆発ハ人間ジャネェ~!!」
爆炎の中からシアーハートアタックが飛び出る。
「くそっ!このスタンド、まだパワフルに元気いっぱいに向かって来やがるッ!!」
ギャルギャルと土を抉りながら迫って来るシアーハートアタックを見て、ホル・ホースはチルノに向かって叫ぶ。
「チルノぉ!!アレをやるぞッ!」
それを聞き、チルノはにんまりと笑う。
「やっとアレを試せるのねっ!腕が高鳴ってくるわ!!」
チルノはホル・ホースのいる場所の近くの水面に氷を張り、自分の側まで道を作る。
「よおっ~とぉ~!」
ホル・ホースが氷の足場に飛び乗り、チルノの下へと走る。追跡して来るシアーハートアタックを無視して、走りながら吉影を狙う。
「クソッ!あのスタンド使い、湖上に逃れたか!」
チルノを狙撃しようとしていた吉影は、斜め前方から襲い来る何発もの銃弾を爆弾で撃墜する。乱反射する熱線が全身を焼くが、今度は威力を抑えていたためダメージは少ない。
その間に、ホル・ホースはチルノの側まで来た。
「今だチルノッ!アレをやれッ!!」
「分かったわ!」
アイシクルフォールを仕舞い、他のスペルカードを取り出す。
「凍符『パーフェクトフリーズ』!!」
アイシクルフォールが解除され、辺り一帯広範囲に氷の弾幕が展開される。かなりの高密度弾幕だ。
「ムッ!?」
視界が開け、吉影が辺りを見渡すと、湖の一帯が無数の氷に埋めつくされていた。吉影の周りにも拳大ほどの氷が浮かんでいる。
「コッチヲミロォ~」
シアーハートアタックは氷に阻まれ、身動きが出来ない。温度も低いので爆風することも出来ず、ただ空中に浮かんでいるだけだ。
「しばっ!!」
キラークイーンが氷に裏拳を見舞う。が、氷はひびが入るだけで微動だにしない。
「なるほど、わたしの動きを封じた、というわけか。確かに、これでは身動き出来ないな…。これだけ広範囲に反射物があると、閃光弾も使えない…なかなかハードな状況だな…。」
吉影は苦笑いを浮かべ、シアーハートを戻し、打開策を探る。
「ちょっと!なんでホル・ホースの見えない弾幕が当たらなかったのよ!」
「それがなぁ~チルノよぉ、あの悪党、俺の弾幕が見えるんだよ。」
「ええっ!?なんで?あたいには何も見えないのに!」
「ヤツは俺とおんなじタイプの能力を持ってるんだよ。この世界でお目にかかれるたぁ思ってなかったけどな。だからヤツには俺の弾幕が見えるし、同じように俺はヤツの能力が見えるってわけさ。」
チルノはしばらく頭にハテナを浮かべていたが、ピーンッ!と何かをひらめいて嬉しそうに言う。
「分かった!あたいそのお話知ってるわ!『裸の王様』っておとぎ話よね?馬鹿には見えないってウソを言ってたけど、本当は頭の良い人には見えないんでしょ?やっぱりあたいったら天才ね!」
「…うん、もうそんな感じで良いぜ…」
話し終えると、ホル・ホースはエンペラーを乱射する。弾丸は氷の間を縫って吉影に迫る。
「くっ!邪魔だッ!」
キラークイーンが防御の邪魔になりそうな近くの氷を手当たり次第に爆弾に変え、爆破していく。消滅するだけの威力に抑えているため、熱線は反射しない。間一髪のところで防御が出来る程度のスペースを確保し、銃弾を迎え撃つ。
「しばっ!!」
曲がりくねって全方向から襲って来る弾丸を、殴り、叩き、摘み、潰す。
「どうしたァ!?威力も弾速もガタ落ちだぞッ!」
見事全弾叩き落とし、キラークイーンに拳銃弾を構えさせる。
「これしきのことで、わたしの反撃の手段を奪ったと思うのは大間違いだッ!!」
照準を定め、銃弾が発射された。パーフェクトフリーズの隙間を縫って、チルノに爆弾が迫る。チルノは身じろぎ一つしない。銃弾を遮る物も何も無い。
「勝った!!死ねッ!!」
キラークイーンが爆弾のスイッチを押そうとした時だった。
ギュイン!
バヂッ!ギュン!!
ギュイン!ギュン!!
「…なんだこの音は?何の音だ!?」
チルノの周りで火花が散る。
「フフフ、あたいのやっとあたいの必殺技を試すことが出来たわ!」
チルノは心底嬉しそうに笑い、得意顔で話し始める。
「あたいは『最強』だから、『最強』の冷気で綺麗な氷を創ることが出来るのよ!『最強』で『天才』でしかも『げ~じゅつてき』!!あたいったら『最高』ねっ!!」
「…………………………………
…………………………………
…………………………………
…………………………………
…………………………………………………
…………………………………………………………………………………」
「『何言ってるんだ?』って聞きたそうな表情してんでおせっかい焼きのホル・ホースが説明させてもらうがよ!
超低温は『静止の世界』…低温世界で動ける物質はなにもなくなる!全てを止められる!
チルノの『パーフェクトフリーズ』が最強なのはそこなんだよ!
爆走する機関車だろうと止められる!荒巻く海だろうと止められる!
そして、チルノはその冷気で水や水蒸気を丁寧に凍結させて、純度の極めて高い氷を作っていたのだ!見えないか?止まった水蒸気が見えないか?よく見ろよ!」
「なにィッ!?」
吉影が驚愕の表情を浮かべる。
バヂッ!ギュン!ギュイン!ギュン!
「『弾丸』だ…!これは空中で『弾丸』が跳ね返ってる音だァー!!」
ホル・ホースが最後に締めくくる。
「『パーフェクトフリーズ ジェントリー・ウィープス!(静かに泣く)』
すでに氷の壁を作っていたのだッ!!」
だが、吉影は狼狽えず冷静に行動する。
(しかし、甘いッ!いくら銃弾を防いだからと言って、わたしの『爆弾』は無効化出来ないッ!)
「キラークイーン!起爆しろッ!」
キラークイーンが右手のスイッチを押した。だが―――
「クソッ!まただ!」
爆弾は作動せず、氷の壁の間をビリヤードのように駆け巡っている。
「…だが、何故だ…?いったいどうやって亜音速で飛び回る銃弾を…!?」
ホル・ホースがチッチッと指を振り、解説を始める。
「『昇華』…ってあるよな?固体が液体に成らずそのまま気化したり、その逆だったり…北国とかで樹木がキレ~に氷の結晶で覆われたりしてるのがそれだ。同じようにッ!この湖の霧を一瞬で『昇華』させて、銃弾の表面を氷結させたっつ~わけよぉ!!チルノから近い場所なら、空気を含まない純粋な氷を作ることが出来るッ!アンタの爆弾も全部無効ってことだ!」
「ぐっ…!」
「さあ、説明は以上だ!チルノッ!」
「オッケー!!」
バッギィィーン!!
「なっなにィ~ッ!?」
氷の壁から銃弾が撃ち返された!!
「マズイっ!解除しろォッキラークイーン!!」
だが、爆弾を解除する前に氷結が解除され、起爆した。
ドグオオオオォォォォ!!
吉影の目前で爆発が起こった。
「ぐおおおおおぉぉぉぉ!!」
氷の壁で増幅された爆風と熱が吉影を襲う。
「危なかった…あと一メートル手前で爆発していたら…!」
吉影はなんとか持ち直し、今度は接触起爆型の爆弾を構える。
ホル・ホースはエンペラーを引っ込め、ホルスターからリボルバー拳銃を抜く。
「しばらく使ってなかったが、いっちょコイツに活躍してもらおうか。」
吉影に狙いを定め、右手の親指をハンマーに掛けて、左手も添える。
その様子を見ていた吉影は、疑問を口にする。
「あの男…スタンドを引っ込めて拳銃を抜いた…?スタンドの射程外だからか?それに、奴のあの構え…」
ホル・ホースの左手が通常とは違った位置に添えられているのを見て、吉影は訝しがりつつも、キラークイーンに防御の構えをとらせる。
「くたばりやがれッ!」
ホル・ホースはファイングショットと呼ばれる、左手の指でハンマーを起こし、右手の指で引き金を引く方法で連射した。
「むッ!?」
リボルバーらしからぬ連射に吉影は軽く驚いたが、
「馬鹿なっ!この弾幕の中を只の銃で狙撃など、出来るわけがない!万が一わたしに届いたとしても、通常の弾丸程度なら難なく受け止められるッ!」
キラークイーンの目で銃弾を睨む。案の定、弾丸はパーフェクトフリーズに激突した。しかし、予想外の事態が起こった。
「なにッ!!!?」
あれほど強固に固定されていた氷の弾幕が、銃弾の追突を受けて弾き飛ばされたのだ。
「言い忘れていたけど、あたいの『パーフェクトフリーズ ジェントリー・ウィープス』は時間が経つと『融けて』滑り始めるのよ!」
チルノが『どうだ!!』と胸を張って言う。
銃弾は氷を弾き飛ばし反射され、飛ばされた氷と共にさらに次の氷、その次の氷…と、ねずみ算式に弾幕を突き動かす。あっちでぶつかり、こっちで衝突し…最初たった数発だった銃弾が乱反射し、何百発の不規則な弾幕と共に向かって来る!
ギュイン!
バヂッ!
ギュン!!
ギュイン!
ギュン!!
「キラークイーンッッッ!!」
キラークイーンが両拳で弾幕を迎え撃つ。
「しばばばばばばばばばばばばばばばば
ばばばばばばばばばばばばばばばばば
ばばばばばばばばばばばばばばばばばばば
ばばばばばばばばばばばッッッ!!!!」
全方向から襲い掛かって来る弾幕を叩き潰し、爆破する。最早火傷するなどと言っていられない。鋭利な氷が吉影の身体中を切り裂く。血が噴き出す。全てのスタンドパワーを振り絞り、ギリギリのところで致命傷は避け、全弾叩き落とした。
「ぜぇ…ぜぇ…ハァ…ガフッ…」
(し、しまった、体力が…!)
「お~ブラボ~!」
「ぶらぼ~!!」
疲労困憊している吉影を見て、ホル・ホースとチルノが感嘆する。
「だが…甘いぜッ!オッサンよォ!!」
ドスッ!
吉影の身体が、ビクンと震える。
「ぐあっ…あ…ああ…!?」
吉影は苦しげに嗚咽をあげ、ガクガクとくずおれる。その背中には、鋭利な氷が突き刺さっていた。
「な、何故…?全て、は、弾いたはず…」
首を回し、背後を確認する。そこにあったのは、人間の掌ほどの大きさの浮遊する物体。
「『マンハッタン・トランスファー』…弾丸中継衛星のスタンドさ。ソイツでおめーの弾き飛ばした氷の破片を反射させたってわけよ。」
ホル・ホースの額から円盤状の物がはみ出ているが、帽子で隠れて吉影には見えない。
「ぐっ…ぐおおお…」
最後の力を振り絞り吉影は立ち上がる。その様子は脇腹の傷や背中に刺さる氷だけでは考えられないほど弱々しい印象を受ける。
「フフフ…効いてきたみたいね…」
チルノがしてやったりと笑う。
「どうした悪党、随分と寒そうじゃねーか?」
ホル・ホースも笑い声をあげる。
「うっ…ううっ…!」
吉影は身を縮こめて白い息を吐く。ビタッと鼻の穴が凍りつく。
「呼吸の湿気で鼻の穴がぴったりくっついて!」
手で鼻に触れてしまった。
ビシッビシ
「ゆ…指まで…は…鼻に!」
「そりゃあ、あれだけ運動したんだからなぁ~!息があがるのも当り前だぜ~ッ!」
唇も端から凍りくっついていく。
ビシビシ
「ウッ!」
ビシビシ
「…ま…まずいィッ!湿気で唇までが…!!
寒いとか言うよりもこのままだと、こ…呼吸ができなくなってしまうゥッ!」
「いいえ!息が出来なくなるとか言うよりも先に、氷漬けにしてあげるわっ!!」
吉影の身体が足元から氷に覆われていく。
「ぐおおおおおぉぉぉぉ…!!」
足を完璧に固定され、身動き出来なくなる。キラークイーンに削らせるが、瞬く間に膝まで分厚い氷に覆われてしまった。
「この霧の湖は常に湿度が高い上に、お前が起こした爆発のお蔭で、かなりの水が蒸気になったからな!あぁ~っと言う間に人の彫刻の出来上がりだ!!」
「そしてっ!」
チルノがパチンと指を鳴らす。
「これでだめ押しよっ!!」
パーフェクトフリーズが解除され、解凍された水が吉影に降り注ぐ。水は一瞬で凍り付き、空気を含まない氷となって吉影の全身を包む。
「ぐあああああぁぁぁ…!!」
口も凍らされ、悲鳴を遮る。数秒後、吉影は巨大な氷塊の中に閉じ込められ、動かなくなった。瞬き一つせず、時間が止まったかのように。
「やった…!やったわっ!!あたいとホル・ホースの作戦、『パーフェクトフリーズ ジェントリー・ウィープス』が成功したわっ!!」
チルノが歓喜して飛び回る。
「ああ、お前の『氷の弾幕』とおれの『見えない弾幕』が組めば、どんな妖怪でも勝てる!俺たちは『最強』のコンビだ!」
ホル・ホースも楽しそうに笑う。
「ええ、そうよ。あたいたちは『最強』の二人組よ!あたいは誰にも負けないわ!これであの紅白にも黒白にも勝てる!フフフ、覚えてなさい二人とも…!ギッタンギッタンのケチョンケチョンにして、『最強』のあたいを馬鹿って言ったことを後悔させてあげるわ…!!」
チルノが闘争心を燃やし、『最強』と崇め讃えられる自分を夢想していた時だった。
ドグオオオオオォォォ!!
地鳴りがするほどの大爆発が巻き起こり、湖の水面が大きく波立った。
「うおおおおおぉぉぉ!?」
「なっなによこの音は!?」
ホル・ホースは氷の足場から落ちないようバランスをとり、チルノは爆発の起こった場所を見る。
「こ、こっちって、あの氷漬けの外来人がいた場所じゃ…!」
もうもうと立ち上る粉塵で、吉影の姿は確認出来ない。
ドドドドドドドドドド…
チルノとホル・ホースは固唾を飲んで見守る中、土煙は徐々に薄れ…
「う、うそ…なんで…っ!?」
「じょ、冗談だろ…!?」
ドドドドドドドドドドドドドドドドドドドド
ユラリと吉影が煙の中から姿を現した。なおも衰弱した様子だが、しっかりと立ち上がり、二人を睨み付けている。
「おいおいおいおいおいおいおい、なんでだぁ!?お前の爆弾は空気が無ければ爆発しないんじゃなかったのかァ~ッ!?」
ホル・ホースが慌てふためいて叫ぶ。
「…氷自体を爆弾に変えれば、酸素は外側にいくらでもある。」
「…あっ!!」
しまった!とホル・ホースが声をあげる。
「ちょっと!どういうことよホル・ホース!!あなたアイツを氷漬けにすれば大丈夫って言ってたじゃない!!なんで爆弾が使えてるのよ!」
「い、いや、すまねえおれの間違いだった…で、でも、今はそんなこと言ってる場合じゃないだろ?後で思う存分一緒に遊んでやるからっ、今はとにかくヤツを倒すことに専念しようぜっ。なッ?なっ?」
チルノに責め立てられ、ホル・ホースはバツが悪そうにしながら必死になだめる。だが、そんな二人には話し合う時間さえ与えられることはなかった。
「『覚悟』とは!!暗闇の荒野に!!進むべき道を切り開く事だッ!」
ハッと二人は自分たちの状況に気付く。
「ま、マズイッ!パーフェクトフリーズがほとんど残ってねえぞ!」
吉影を氷漬けにするため解凍したので、弾幕の密度は非常に薄く、スカスカになっていた。
「や、野郎まさか…このために、【あえて】氷漬けになったって言うのか…!?」
ホル・ホースがギリッと歯を噛み締める。
「はっきりと…確実に今度は見える…」
キラークイーンが吉影の胸ポケットから取り出したのは、一発のライフル弾。射程距離、威力共に拳銃弾の比較にならない物だ。
「ヤバいッ!奴め、あんな隠し玉まで持ってやがった!」
キラークイーンが残り少ない弾幕の間を縫い、チルノに狙いを定める。標的との距離から銃弾の軌道を計算し、角度を微調整する。
「そこだーッ!!たしかに進むべき道がッ!暗闇に見えるぞッ!」
キラークイーンの親指が接触起爆型ライフル弾を弾き出したっ!弾丸は音速で飛翔し、チルノを貫通爆砕しようと迫る!
「チルノぉぉぉッ!!氷の壁で防いでも駄目だっ!さっきのように凍らせろォ~ッ!!」
ホル・ホースの叫びに、チルノがハッと顔をあげる。
「凍符『パーフェクトフリーズ』!!」
チルノの周囲が急激に冷却される。だが――
(む…無理よ…)
チルノの小さな身体がガタガタと震える。
(無理よ…!そんなこと…!だって、見えない速さの弾を凍りつかせるなんて…!!)
彼女は既に自信を失いかけていた。『P・F・G・H』が破られ、自身の『最強さ』が揺るがされたのだから。それに、今度はさっきとは状況が違い過ぎる。前回は『P・F・G・H』で減速させ、反射中の弾丸を時間をかけて凍結できた。しかし、今回は違う。音の速さで迫り来る銃弾を、『P・F・G・H』で反射することなく、しかも空気を含むことなく、瞬時に凍りつかせなければならないのだ。
(駄目…やっぱり無理よ…!だって…だって!難し過ぎるもの!!)
目の端から、涙が零れる。頬を雫が伝う。彼女の中に、もはや闘争心は残っていなかった。だが、その時――
「チルノぉッ!!」
ホル・ホースの強い口調に、チルノはビクッと彼を見る。
「チルノッ!忘れてねえだろ?俺たちの『約束』をよぉ!!」
「やく…そ…く…?」
ホル・ホースに険しい目付きで睨まれ、チルノは少し萎縮する。
「俺たちがコンビを組んだ時に『約束』しただろうが!?俺たちは…!『最強』のコンビになるってよォッ!!」
「はっ……!………………………………………………
――――――――――――――
――――――――――――――
――――――――………………………
「―ゼェ―ハァ――な…んで…なんで…」
「……ゲホッ……ゼェ……ゼェ………」
「なんでっ!一発も反撃しないのよッ!?…う…撃てば良いじゃない…!…その、『見えない弾幕』でッ!!」
チルノは時間切れのスペルカードを握り締めて、声を荒げる。涙声で、瞳を潤ませて一人の男を睨み付ける。
「…ぐっ…ゲボッ…!……」
男―ホル・ホースは血を吐き出し、ガクリとくずおれる。切り傷だらけの腕で、腹の傷を押さえる。たちまち手のひらが血にまみれる。
「…なんで…かっ…て…!?…」
ホル・ホースはフッと笑い、チルノを見据える。
「そうよっ!なんであたいを撃たないの!?あたいの弾幕を全部撃ち落とせるんだから、それくらい簡単でしょっ!?」
チルノは悔しさにポロポロと涙を流し、ホル・ホースの目を見つめ返す。
「フッ…バレちまった…か…」
ホル・ホースは傷だらけの足に力をいれ、震えながらも立ち上がり、チルノの瞳を見つめる。
「おれは…女は撃たねえ…!」
「……ッ!!…」
チルノが頬を赤く染める。初めてだったのだ、妖精だからいつも虐げられ、どうせ復活するからと容赦無く惨殺される自分の身を案じ、情けをかけてくれる者に出会ったのは。そして、自分を自然の権化としてではなく、『女』として扱ってくれる者に出会ったのは。
「なっ…なによッ!手加減してたって言うの!?馬鹿にしないでっ!!あたいは『さいきょー』なのよッ!!そのあたいが、あんたみたいなただの外来人に…!!」
気色ばむチルノに、ホル・ホースはフフッと微笑む。
「なっなによっ!!なにがおもしろいのよッ!!」
馬鹿にされたと思い、チルノが怒気を含んだ声をあげる。
「…チルノ…っつったっけか…?」
「…そ、そうよっ…」
チルノはゴクリと唾を飲む。
「お前…本当に…『最強』…に…成れるぞ…。」
「…え………?」
チルノはまたも驚く。いくら自分が『最強』を自称しても、誰も彼もが鼻で笑うだけで、本気にしてくれる者などいなかった。そして、それに怒って勝負を挑んでも、返り討ちにされ、満身創痍で倒れ伏す彼女に嘲笑だけ投げ掛けて去っていくのだ。
「ホントに…ホントに、あたいが『さいきょー』だって、そう思ってくれるの…?」
「ああ…ただし、一人では無理だな…。」
「『一人』…で…は…?」
チルノが頭に?を浮かべる。
「だがしかし…『二人』なら…!間違いなく『最強』のコンビになれるぜ…!!」
チルノはホル・ホースを問い詰める。
「どうしたら…あたいは『さいきょー』に成れるの?…」
チルノの視線と、ホル・ホースの視線が、空中で交差する。ホル・ホースが口を開いた。
「おれと…コンビを組めッ…!」
―――――――――――
―――――――――
――――……………
「…………あ…あたいは…………」
チルノの瞳に、光が宿る。迷いの無い目で見えない弾丸を見据える。
「あたいはッ!!『最強』だッ!!」
チルノの身体から膨大な冷気が発せられ、空気中の水分が凝結する。風速冷却されたライフル弾の表面を、一瞬で完全凍結させ、空気を遮断する。『P・F・G・H』の残骸を操り、弾丸の軌道上に配置する。銃弾は氷の壁に衝突し、爆発することなく明後日の方向に飛んでいった。
「…や…やった…やったわっ…!!」
チルノが歓喜に身体を震わす。だがその時、
「チルノぉッ!!余韻に浸るのはまだ速いぜッ!!」
ホル・ホースがエンペラーの銃口を吉影に向ける。
「うおおおおおおぉぉぉぉぉぉッ!!」
キラークイーンが氷の残骸を握り、大きく振りかぶる。
「『始末』しろぉぉぉ!!キラークイーンッ!!」
氷の塊が豪速球で向かって来る!!
「あの野郎ッ…!!小細工しやがって…!!」
ホル・ホースはエンペラーの引き金を引いた。撃つ、撃つ、撃ちまくる。
「離れた場所の氷は余程注意しねーと『気泡』ができちまうっ!あの『爆弾』は凍結させても中に『空気』があるから防ぐことはできねーッ!!」
エンペラーの弾丸が吉影の身体を穿つ。しかし、距離が遠すぎるため威力が足りず、肉にめり込むだけだ。
「チルノぉッ!!『P・F・G・H』で止め……、ッ!!」
エンペラーを乱射しながらチルノに叫んだが、ハッと気付く。
「しまった!さっきライフル弾を凍結させるのに夢中で『P・F・G・H』を追加出来なかった!!あんの悪党ッそれも計算して先に銃弾を…ッ!!」
爆弾は『P・F・G・H』の名残の間をすり抜け、チルノに迫る。だが、彼女の目に怯えは欠片も無かった。
「馬鹿ねっ!あたいの作った氷よ!!自由に解除出来ないとでも思ったのっ!?」
チルノの一睨みで、氷は呆気なく空中で融解した。だが―
「なんだとぉ~ッ!!」
水は無重力空間にあるかのように球体のまま、チルノに向かって飛んで行く。
「甘かったな!我がキラークイーンが『爆弾』に変えた物は、すでに『爆弾』として固定されているッ!!融かしたところで四散することはないッ!!」
全身に銃弾を浴びながらも、吉影が勝ち誇って吠える。
爆弾がチルノに迫る。チルノは茫然と目を見開いている。
ホル・ホースの悲痛な叫びが湖上に木霊する。
「チルノぉぉぉ~ッ!!」
チルノはただ向かって来る水球を眺め……
ニヤッと悪戯っぽく笑った。
「ッヴァ~~~カッ!!」
チルノが手のひらを水球に向け、冷気を送り込む。急激に凍らすことで氷内部の密度の差が生じ、亀裂が走る。
「ぶち割れなさいっ!!」
爆弾は空中で粉砕され、バラバラと拡散しチルノの下の水面に落ちていった。
「なっ…ッ!?」
「どうよっ!!これが『最強』の力よ!!」
チルノは吉影をまた自信に満ちた目で見下ろす。吉影にはエンペラーの銃弾を弾く力も残されておらず、立っているのがやっとのようだった。
「よくやったチルノっ!!もうコイツに力は残ってねぇ!俺達の勝ちだ!!」
ドゴオォォォン!!
「あぐッ…!?」
膝に弾丸を受け、吉影は片膝を着く。
「ぐあッ!!…」
さらに肩に銃弾が命中し、左腕がダラリと垂れる。だが吉影はなおも鋭い目付きで二人を睨み、
「キラークイーン!!」
拳銃弾を撃ち出した。
「くどいわっ!!攻撃は何であろうとムダだってことがまだ分からないのっ!?ホント~に馬鹿ねっ!これで終わらせてあげるわ!『P・F・G・H』!!」
チルノは再度『P・F・G・H』を発動した。空気が急激に冷却され、氷の壁が展開される。弾丸は氷に反射され、チルノには届かない。
「これで分かったでしょ?あたいとホル・ホースの『P・F・G・H』は『最強』なのよ!!」
チルノが勝ち誇って笑う。だが、吉影の目から光が消えることはなかった。
「発動…したな…?『P・F・G・H』を…」
「ええ、そうよっ!これからもっと弾幕をバラまいてやるから、アンタの弾なんて届かないわよッ!あたいの『P・F・G・H』は、どんな攻撃でも凍りつかせて止められるわ!よ~するに、あたいは『最強』なのよ!!」
「フフッ…確かに、どんな攻撃も凍らされれば、『無敵』で『最強』だな…、だがッ!!」
チルノを睨む吉影の瞳は勝利を確信していた。
「それがいいんじゃないか…どんなものでも一瞬で凍らせてくれるのが良いんじゃないかっ…」
「?」
「爆破しろッ!キラークイーン!!」
キラークイーンが右手のスイッチを押した。
ボグオオオォォォォ!!
「えっ……!?」
チルノの真下で、巨大な水柱が立った。チルノは『P・F・G・H』と共に逃げる間も無く呑み込まれ、水柱はチルノの冷気で凍りつく。
(そっそんなっ!?う、動けない…!!)
「どうだ…?いくら氷の壁を作っても…それが自分と密着していれば…!!」
吉影は血を流しながら立ち上がり、キラークイーンがライフル弾を構える。
「わたしの『爆弾』は防げまい…!このためだったのだッ!爆弾に変えた氷が砕かれ湖に落ちても、解除せずに…『囮』の銃弾を撃ち、貴様に『P・F・G・H』を発動させたのはッ…このためだったのだッ!!」
狙いを定めようとして、フンッと鼻で笑う。
「これほど巨大な的なら、外す方が難しいな。」
弾丸を爆弾に変え、発射した。
(ど、どうしよう!?このままだと、弾を避けられない!!でっでも、『P・F・G・H』を解除したら弾を防げないッ!あっああっ…!ど…どうしたら…!!)
自分が氷漬けになりながら、自分に向かって来る弾丸を見る。銃弾は何物の邪魔も受けず、真っ直ぐに突っ込んで来る。
(よっ避けられない~っっ!!)
ドグオオオオォォォォ!!
「…ぐぅっ…」
チルノが氷塊と共に塵も残さず爆破されたのを見届け、吉影は歩き始める。身体中傷だらけだが、チルノの消滅と同時に暖かさが戻ってきたので、戦闘中よりは身体は動きやすい。霧も晴れ、目的地の大きな洋館も見えるようになった。
「くそっ…!まさか妖精ごときにここまで苦戦するとは…!道中で傷を負ってしまったのもマズイ…これから行われる遊技大会が大事だというのに…!」
腹の傷を押さえ、キラークイーンに支えられて、顔をあげた時だった。
「あ~あ、負けちまったぁ。」
「……!」
いつの間にか湖畔に戻って目の前に立っているホル・ホースに気付き、身構えるが、ホル・ホースは違う違うと手を振る。
「安心しな、おれぁもうアンタとやり合うつもりはねーよ。」
彼の手には『皇帝』もリボルバーも握られていない。
「ン?なに?チルノを殺したことを俺が復讐するって思ってんのか?そんなつもりはねーよ。アイツは妖精だ、一晩もすれば復活するからな。」
ホル・ホースは敵意の無い態度で馴れ馴れしく話し掛ける。
「アイツ、馬鹿だと思うだろ?学は無いわ常識は無いわ、ホントーに馬鹿なヤツでよ、俺も作戦とか教えるの苦労したよ。」
ハハハッと笑い、チルノが爆死した辺りに目を向ける。
「でもな、アイツ馬鹿なヤツだけど、ホントーにまっすぐなヤツなんだよなぁ…。一生懸命俺の言うこと覚えようとするしよぉ、本気で『最強』になろうと、がむしゃらに頑張ってるんだよ…。」
ホル・ホースは優しげな口調で続ける。
「だからよ、おれは『コンビ』を組んだんだ、アイツとよぉ。アイツを本当に『最強』にしてやりてぇし、何より…」
湖に向かって微笑む。
「アイツが『最強』になった時、すぐ傍で祝ってやりてぇからな…」
ホル・ホースはそう締めくくると、クルリと背を向け、ホル・ホースは後ろ向きに手を振る。
「じゃ~なオッサン、この世界で同じ人種と出会えて、嬉しかったぜ。」
その場から立ち去ろうとした時だった。
「待て…」
「ギクッ!(汗」
「貴様は嬉しくても、わたしはそうはいかないんだが…?」
ドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドド
吉影が憤怒の表情でホル・ホースの背を睨む。背中が焼けそうなほどの視線に、ホル・ホースは全速力で逃げ出す。
「こ…こいつはかなわんぜッ!おれひとりじゃ完璧不利!ここは逃げて次の機会を待つぜ!おれは誰かとコンビを組んではじめて実力を発揮するタイプだからな…『No.1よりNo.2!』これがホル・ホースの人生哲学!モンクあっか!」
逃げ去ろうとしているホル・ホースの背に、吉影は弾丸の狙いを定める。
「やれ、キラークイーン。」
ビシィッ!!
ドグオオオオォォォォ!!
「グピィ――ッ!!」
ホル・ホースの身体が宙を舞い、
ボチャン!!
水柱を立てて湖の水面に落下した。
to be continued……
次回予告
―――――――――――
―――――――――――――
「あなた…『皇帝』でしょう…?今、テーブルに置いたのは…?」
「ぐッ…ぐぬぬ…ッ!!」
「じゃあ、私は『奴隷』を出させてもらうわ。これで六連勝ねぇ。」
スッ…
「さあ、また血を頂くわよ。人間は全体の三分の一ほど血が抜けたら死ぬって聞いたけど…そろそろ限界じゃないかしら…?」
腕に刺された針が、血を吸い上げる。
「ぐッ…ああああ…!!」
テーブルに突っ伏し、耐える。終わると、青白い顔で彼女を睨む。
「何故…だ…っ?何故…わたしのカードが分かるッ!!」
彼女は唇に指を当て、優雅に答える。
「何度も言ってるでしょう?私には『運命』が読めるの…そういう能力。言っておくけど、イカサマなんてしてないわよ。悪魔は契約を破れないわ。」
圧倒的な高みから見下すような彼女の態度に、吉影の心は萎縮していく。
(あ…悪魔だ…異能の観察眼…
悪魔じみてる…あの的中率は…とっくに人間にどうにかできる域を超えている…『運命』の流れを読む天才…!)
ガクリと吉影は項垂れる。
(勝てない…勝てるわけがない!わたしが何のカードを出すのか、全て読まれてしまっているのだから…!!)
ガクガクと肩を震わす。絶望と恐怖に、目尻に涙が浮かぶ。
「おやおや、もうおしまいかい?何よ、ちっとも楽しめなかったじゃない。まあ、諦めるなら私は止めるつもりはないけど…後は、分かってるわね?」
フフフッと彼女は艶やかに笑う。その姿はまさに、夜の女王。彼女の前では人間なぞ、歩き回る陽炎に過ぎないのだ。
(だ…駄目だ…っ!このままでは、全身の血を抜かれて殺される…!!だが、一体どうやってっ!?どうすればこの『悪魔』に打ち勝てる!?この『運命』を操る『悪魔』を…、っ……?)
吉影はヒクリ、と頭を動かす。
(待て…『運命』だと…?それが本当なら、もしかしたら…!!)
「…ククッ……」
「…どうした、恐怖で頭がイカれたのかい?」
「…いや…君を打ち負かすちょっとした『秘策』を思いついてしまってね…」
「…フンッ『秘策』?『秘策』ですって?何をしようが、どんな小細工をしようが、『運命』を味方につけた私に敵うわけがないわっ!もう少し血を抜いて、頭を冷やしてやる必要があるようね?咲夜!早く次の試合を始めなさいっ!」
「かしこまりました。第八回戦、始め!」
(フフっ…何を考えついたか知らないけど…私の『運命を操る能力』に敵うはずがないわ。)
彼女は目の前の人間の周りを流れる『運命』を読み取る。
(『見える』…『見える』わっ!この人間の未来への軌跡が…!!)
カードを出し、捲り、『市民』であることを確認する。それをあとニ回繰り返す。
(そしてっ!…ここでっ!!)
『奴隷』のカードを裏向きに出す。
(さあ…沈めてあげるわ…出しなさい!!『皇帝』をっ!!)
吉影が一枚のカードを選び、テーブルに置く。
「「オープン!!」」
二人同時にカードを捲る。そして…!!
「…う…ウソ…」
吉影の手には、『市民』のカードが握られていた。
「ウソ…ウソよッ!そんなっ、たっ確かに、『皇帝』を出す『運命』が見えたのにッ!!
……っ!?」
(お…おかしいわッ!今まさに、『運命』は私が『勝っている』と教えているッ!!一体…どういうことなの…ッ!?)
「…それでは、第3回戦、始めてください。」
「何を言っているの咲夜ッ!?次は9回戦のは…ず…?」
首を傾げているメイドの横のボードには、二回戦までの結果しか記録されていなかった。
「はっ!?」
狼狽えながら時計を見る。
「じ、時間が…、一時間…戻っている…ッ!?」
「フフフ、気付いたようだな…?」
吉影はニヤリと笑い彼女を見返す。
「そうだ…今、私が時間を一時間ほど巻き戻した。もっとも…わたしには君のように、消し飛んだ一時間分の記憶は無いがね…そして…ッ!」
吉影の瞳がギラリと輝く。
「その一時間の『運命』はッ!!既に固定されているッ!もはや貴様が『運命』を読もうとッわたしの行動を読むことはできないッ!!」
「う~っ!で、でもッ…なんであなたは運命通りにならないのよッ!?記憶が無いんでしょ!?」
「フフフ…いいか…良く覚えておけ…それは、わたしが人間だからだッ!」
「に…人間だから…?それがど~して理由になるのよ!?人間なんてむしろおんなじこと繰り返してるだけじゃないッ!!」
「…そうだ…確かに貴様ら妖怪から見れば、人間はループしているかもしれない…。生まれて生きて、そして死ぬ…!『人』の『夢』と書いて『儚い』…よくぞ言ったものだ…だがッ!いやっ、だからこそッ!!人間は『運命』を…乗り越えることが出来るのだッ!!」
「うっ…うう~っ」
彼女は己の強みを破られ、目に涙をためて萎縮してしまっている。もはや夜の女王としての品格は無く、その姿はただの五百歳児。
バァンッ!!
吉影がテーブルに掌を叩き付け、圧倒的な威圧感をはらんで啖呵をきる。
「さあ…どうする吸血鬼…ッ!?わたしは人間賛歌の世界から来た人間だぞ…!?カビの生えた『ラプラスの悪魔』に…気まぐれに跳ね回る『シュレディンガーの猫』が捕らえられるかァッ!!!!」
次回!~吉良吉影は静かに生き延びたい~
第十話 『賭博黙示録 ヨシカゲ』
乞うご期待!!
ネタバレ
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これは嘘予告です