クラフト・ワークは動かせない
第三話「紅・魔・逃・走」
足音が聞こえる。ひどく焦った足音が。
だが足音は後方からは聞こえず、自らの足が鳴らしている。
振り向く暇などない。ただ走り続けるのみ。
元々ギャングなので運動能力は高い、2時間程度なら容易に走り続けられる…と思っていた。
しかし30分走っただけで息は切れ、後ろを向く余裕も無い。なぜなら…
これは『リアル鬼ごっこ』だからだ。決して2時間耐久マラソンなどでは無い。
男…サーレーを追いかけているのは鬼だ。危機感を覚えるのも無理はなく、ただ精神的疲労が溜まっていく。
少し休もうと立ち止まり、紅い壁に背を預けた。しかしため息をつく間も無く、その「声」は聞こえた。
幼い少女の、カリスマのかけらもないひどく楽しそうな声が。
それはサーレーにとって、死刑宣告並みの絶望だった。
「ぎゃおー!たーべちゃーうぞー!」
壁から壁へと反響していく悪魔の声を聞き、反射的に走りだす。
一歩間違えれば満身創痍確定の悪魔のゲームを味わい、当初の希望はムンムン委縮していた。
結局人間は人間、どんなに強力な力を持とうと悪魔には敵わない。
そんな絶望を込めて、サーレーは叫んだ!
「HEEEEYYYY!あんまりだアアアア!」
『リアル鬼ごっこ』:残り1時間30分
―――――――――――紅魔館:広間――――――――――――
「お嬢様が行って大丈夫かしら…サーレー…」ズズ…
「お姉さまが行って大丈夫かな…蟹さん…」ゴクゴク…
「レミィが行って大丈夫なのかしら…蟹頭…」ズズ…
…紅魔館広間に集まっているのは咲夜、フラン、パチュリーの3人。
自分たちは鬼役もほどほどに広間で紅茶を啜っている。ときどき哀れみの目で遠くを見るのは何故だろう。
現在鬼は1人だけだ。どうやらあまりにも不憫に思ったのか、1対1にしたようだ。しかし1対1なのをサーレーは知らない。
やけに『ハイ!』になっているお嬢様(笑)に追いかけられ、たまに悲鳴が聞こえてくる。
無いとは思うが、万が一レミリアが負けて帰ってきたらバトンタッチするようにと待っているのだ。
「パチェー。砂糖取ってー」
「はいどうぞ」
「ありがとー」
フランに砂糖を渡すパチュリー…何とも言えないほのぼのした雰囲気がそこにはあった。しかし…
ドタドタドタドタ…
雰囲気を壊す何やらひどく忙しない足音が聞こえる。咲夜がため息交じりの演技交じりで口を開く。
「何の音かしら…って聞くまでもないわね」
お嬢様(笑)ことレミリアは低空飛行で追いかけているため、足音の主はサーレーである。
ドタドタドタドタ…
「パチェー、さくやー。なんか音が近づいてる気がするよ?」
フランの言うとおりに、音は確実に大きくなっている。つまりはサーレーがこちらに向かってきているのだ。
ドタドタドタドタ
どんどん音が大きくなる。パチュリーはある懸念を口にした。
「まさか、この広間に入ってくるなんて間抜けな事しないわよね」
「…パチュリー様。それはフラグです」
そんな会話をした刹那、広間のドアが勢いよく開いた。
「クソッ!どこまでもしつこいガキだぜ…一応カギかけとくか。『クラフト・ワーク』ッ!」
あろうことか鬼の蔓延る広間に入ってきたうえ、隠していた能力を披露した。サーレー、フラグ成立というより…不憫。
「ったくよォ~。ま、これで一休み……あ?」
そしてお茶会に気づく。自分にクラフト・ワークを使ったかのように動かない。
「………………………………」
「「「………………………………」」」
理由は違えど、両者とも開いた口が塞がらない。一方は唖然、一方は絶望。
しばらくして、先に口を開いたのは咲夜だった。
「えーと…紅茶でも飲む?」
必至のフォローだった。それに返すは…
「あ、ああ。もらっとくぜ…」
まさかの了承。席について、紅茶を啜った。お次はフランが静寂を打ち破る。
「あ、さっきのカギかけとくかってどういう事?」
「ああ、それはオレの『クラフト・ワーク』の能力でな、触れた物体を固定出来んだよ」
あまりの緊張に隠していた能力をあっさり話してしまった。
「あら?そんな能力があったのね。聞いてなかったけど…」
「すまん…言い忘れてたぜ…(言っちまったーッ!もうバレたァーーーッ!)」
どんどん気まずくなっていくお茶会だったが、それを打ち破る音が広間に響く。
ドンドンドンドンドンドンドン!
「なによー!開けなさいよ!サーレー?絶対働かせるんだから!」
まさに『このドアは空間に固定されている』というメッセージウィンドウが出てきそうだが、ともかく開ける事は不可能である。
しばらくしてレミリアが黙ると、今度はパチュリーが何かに気づき声を張り上げた。
「魔力が集まってる…みんな避難しなさい!グングニルが飛んでくるわよ!」
グングニル。かの北欧神話の主神、オーディンが持つ槍である。まあレミリアが放つグングニルは魔力の槍だが。
パチュリーは魔力の変化を感じ取ったのだろう。しかし時はすでに遅かった。
「いくわよ!神槍「スピア・ザ・グングニル」!」
膨大な魔力を凝縮した紅い巨大な槍が、高速で扉を破壊しサーレーへと向かってきた。紅魔館の住人がいる事も知らず。
しかし、その紅い槍がその中の誰ひとりにも直撃する事はなかった。
なぜなら、グングニルはサーレーの眼の前で『停止』しているから。
「オレの『クラフト・ワーク』…もう能力を隠す必要はねー。喋っちまったからな…だから遠慮なく使わせてもらうぜ。
『クラフト・ワーク』の固定には種類がある。1つ、固定したもののエネルギーの有無。」
そう言って目の前のグングニルの固定を解除し、手に持つ。そこには投擲したときの運動エネルギーはなかった。
「2つ、固定の時間差」
そしてグングニルをレミリアに向かって投げた。誰が投げても威力があるのか恐ろしいスピードで飛んでいくも、時間差で止まった。
レミリアは身構えようとしたが、体勢を崩してしまった。
「3つ、経由させ物体と固定させる」
レミリアが体勢を崩したのは、床と足がくっついていたからだ。ミスタの手とトラックをくっつけた時のものである。
「オレはマフィアだ、売られたケンカは買うのが筋だろ?」
何か吹っ切れたシリアスサーレーを見て、周りでは3人が唖然としている。
「おめーがどんなに速かろーと強かろーとこの距離でこのスピードだ………」
レミリアは動揺して霧化という選択肢が頭に無い。
「オレを相手にした事を後悔しろ。解除だ…『クラフト・ワーク』ッ!」
超高速のグングニルが、エネルギーを保持した状態で解除される。一瞬でレミリアの元に辿りつき、その胸部をふっ飛ばした。
…と言っても霧化していないだけなので当分の間は再起不能という程度だろう。
「…かっこいい……」
フランが思わず呟く。強大な姉を粉砕したので当たり前といえば当たり前。
瞬間、咲夜が時を止めて、レミリアをどこかに運びに行った。
「レミィを倒すなんてやるじゃない…鬼ごっこじゃなくて殺し合いが良いのかしら?今日は絶好調だし、相手になるわよ?」
パチュリーが思わず褒め称える。レミリアを倒してしまった男だ、強者の血が滾るのかもしれない。いやに好戦的だ。
「いや、遠慮しておくぜ。だいたいこれは鬼ごっこだろ?だったらオレは逃げさせてもらうぜッ!」
たたっと駆けだすサーレーを追いかけようとする2人だったが、足が床にくっついていて動けない。
「…面白いわね」
「…遊んでくれるのね!」
楽しそうにつぶやく。あまり付いてほしくない闘志の火が付いてしまったようだ。
―――――――――――紅魔館:寝室――――――――――――
ここはレミリアの寝室。当の本人は再生したものの気を失っている。
「サーレー、あんなに強かったのね…」
咲夜がレミリアのベッドの隣に座り、一人言葉を漏らしている。
状況があんなのとはいえ、主人を守れなかったことを気にしているようだ。
ため息をつきながら、コップに水を注ぐ。
しかし、ここで咲夜は気づくべきだったのだ。自分が注いでいる水のビンは、紅魔館近くの外来品からこっそり持ってきたものだと。
おそらく新しい紅茶に使えるだろうというような理由で持ってきたのだろうが、拾ったものは飲み食いしてはいけない。
そして、気づくもなにも彼女が知り及ぶものではないが、一応もっと深く考えて拾うべきだったと思われる。
なぜならその青色のビンには『Survivor(サバイバー)』とペンで書かれていたからだ。
書いたのは誰か?そもそも何でこんな事を書いたのか?そんな事を考える事無く、咲夜はコップの水を飲み干した。
数十秒の沈黙が流れ、咲夜が口を開いた。
「サーレー…お嬢様を倒せるんだもの。強いわよね?」
その瞳には妖しい光が宿り、笑いを浮かべ、時が止まり、寝室から咲夜の姿が消えた。
『リアル鬼ごっこ』:残り1時間10分
第三話「紅・魔・逃・走」
足音が聞こえる。ひどく焦った足音が。
だが足音は後方からは聞こえず、自らの足が鳴らしている。
振り向く暇などない。ただ走り続けるのみ。
元々ギャングなので運動能力は高い、2時間程度なら容易に走り続けられる…と思っていた。
しかし30分走っただけで息は切れ、後ろを向く余裕も無い。なぜなら…
これは『リアル鬼ごっこ』だからだ。決して2時間耐久マラソンなどでは無い。
男…サーレーを追いかけているのは鬼だ。危機感を覚えるのも無理はなく、ただ精神的疲労が溜まっていく。
少し休もうと立ち止まり、紅い壁に背を預けた。しかしため息をつく間も無く、その「声」は聞こえた。
幼い少女の、カリスマのかけらもないひどく楽しそうな声が。
それはサーレーにとって、死刑宣告並みの絶望だった。
「ぎゃおー!たーべちゃーうぞー!」
壁から壁へと反響していく悪魔の声を聞き、反射的に走りだす。
一歩間違えれば満身創痍確定の悪魔のゲームを味わい、当初の希望はムンムン委縮していた。
結局人間は人間、どんなに強力な力を持とうと悪魔には敵わない。
そんな絶望を込めて、サーレーは叫んだ!
「HEEEEYYYY!あんまりだアアアア!」
『リアル鬼ごっこ』:残り1時間30分
―――――――――――紅魔館:広間――――――――――――
「お嬢様が行って大丈夫かしら…サーレー…」ズズ…
「お姉さまが行って大丈夫かな…蟹さん…」ゴクゴク…
「レミィが行って大丈夫なのかしら…蟹頭…」ズズ…
…紅魔館広間に集まっているのは咲夜、フラン、パチュリーの3人。
自分たちは鬼役もほどほどに広間で紅茶を啜っている。ときどき哀れみの目で遠くを見るのは何故だろう。
現在鬼は1人だけだ。どうやらあまりにも不憫に思ったのか、1対1にしたようだ。しかし1対1なのをサーレーは知らない。
やけに『ハイ!』になっているお嬢様(笑)に追いかけられ、たまに悲鳴が聞こえてくる。
無いとは思うが、万が一レミリアが負けて帰ってきたらバトンタッチするようにと待っているのだ。
「パチェー。砂糖取ってー」
「はいどうぞ」
「ありがとー」
フランに砂糖を渡すパチュリー…何とも言えないほのぼのした雰囲気がそこにはあった。しかし…
ドタドタドタドタ…
雰囲気を壊す何やらひどく忙しない足音が聞こえる。咲夜がため息交じりの演技交じりで口を開く。
「何の音かしら…って聞くまでもないわね」
お嬢様(笑)ことレミリアは低空飛行で追いかけているため、足音の主はサーレーである。
ドタドタドタドタ…
「パチェー、さくやー。なんか音が近づいてる気がするよ?」
フランの言うとおりに、音は確実に大きくなっている。つまりはサーレーがこちらに向かってきているのだ。
ドタドタドタドタ
どんどん音が大きくなる。パチュリーはある懸念を口にした。
「まさか、この広間に入ってくるなんて間抜けな事しないわよね」
「…パチュリー様。それはフラグです」
そんな会話をした刹那、広間のドアが勢いよく開いた。
「クソッ!どこまでもしつこいガキだぜ…一応カギかけとくか。『クラフト・ワーク』ッ!」
あろうことか鬼の蔓延る広間に入ってきたうえ、隠していた能力を披露した。サーレー、フラグ成立というより…不憫。
「ったくよォ~。ま、これで一休み……あ?」
そしてお茶会に気づく。自分にクラフト・ワークを使ったかのように動かない。
「………………………………」
「「「………………………………」」」
理由は違えど、両者とも開いた口が塞がらない。一方は唖然、一方は絶望。
しばらくして、先に口を開いたのは咲夜だった。
「えーと…紅茶でも飲む?」
必至のフォローだった。それに返すは…
「あ、ああ。もらっとくぜ…」
まさかの了承。席について、紅茶を啜った。お次はフランが静寂を打ち破る。
「あ、さっきのカギかけとくかってどういう事?」
「ああ、それはオレの『クラフト・ワーク』の能力でな、触れた物体を固定出来んだよ」
あまりの緊張に隠していた能力をあっさり話してしまった。
「あら?そんな能力があったのね。聞いてなかったけど…」
「すまん…言い忘れてたぜ…(言っちまったーッ!もうバレたァーーーッ!)」
どんどん気まずくなっていくお茶会だったが、それを打ち破る音が広間に響く。
ドンドンドンドンドンドンドン!
「なによー!開けなさいよ!サーレー?絶対働かせるんだから!」
まさに『このドアは空間に固定されている』というメッセージウィンドウが出てきそうだが、ともかく開ける事は不可能である。
しばらくしてレミリアが黙ると、今度はパチュリーが何かに気づき声を張り上げた。
「魔力が集まってる…みんな避難しなさい!グングニルが飛んでくるわよ!」
グングニル。かの北欧神話の主神、オーディンが持つ槍である。まあレミリアが放つグングニルは魔力の槍だが。
パチュリーは魔力の変化を感じ取ったのだろう。しかし時はすでに遅かった。
「いくわよ!神槍「スピア・ザ・グングニル」!」
膨大な魔力を凝縮した紅い巨大な槍が、高速で扉を破壊しサーレーへと向かってきた。紅魔館の住人がいる事も知らず。
しかし、その紅い槍がその中の誰ひとりにも直撃する事はなかった。
なぜなら、グングニルはサーレーの眼の前で『停止』しているから。
「オレの『クラフト・ワーク』…もう能力を隠す必要はねー。喋っちまったからな…だから遠慮なく使わせてもらうぜ。
『クラフト・ワーク』の固定には種類がある。1つ、固定したもののエネルギーの有無。」
そう言って目の前のグングニルの固定を解除し、手に持つ。そこには投擲したときの運動エネルギーはなかった。
「2つ、固定の時間差」
そしてグングニルをレミリアに向かって投げた。誰が投げても威力があるのか恐ろしいスピードで飛んでいくも、時間差で止まった。
レミリアは身構えようとしたが、体勢を崩してしまった。
「3つ、経由させ物体と固定させる」
レミリアが体勢を崩したのは、床と足がくっついていたからだ。ミスタの手とトラックをくっつけた時のものである。
「オレはマフィアだ、売られたケンカは買うのが筋だろ?」
何か吹っ切れたシリアスサーレーを見て、周りでは3人が唖然としている。
「おめーがどんなに速かろーと強かろーとこの距離でこのスピードだ………」
レミリアは動揺して霧化という選択肢が頭に無い。
「オレを相手にした事を後悔しろ。解除だ…『クラフト・ワーク』ッ!」
超高速のグングニルが、エネルギーを保持した状態で解除される。一瞬でレミリアの元に辿りつき、その胸部をふっ飛ばした。
…と言っても霧化していないだけなので当分の間は再起不能という程度だろう。
「…かっこいい……」
フランが思わず呟く。強大な姉を粉砕したので当たり前といえば当たり前。
瞬間、咲夜が時を止めて、レミリアをどこかに運びに行った。
「レミィを倒すなんてやるじゃない…鬼ごっこじゃなくて殺し合いが良いのかしら?今日は絶好調だし、相手になるわよ?」
パチュリーが思わず褒め称える。レミリアを倒してしまった男だ、強者の血が滾るのかもしれない。いやに好戦的だ。
「いや、遠慮しておくぜ。だいたいこれは鬼ごっこだろ?だったらオレは逃げさせてもらうぜッ!」
たたっと駆けだすサーレーを追いかけようとする2人だったが、足が床にくっついていて動けない。
「…面白いわね」
「…遊んでくれるのね!」
楽しそうにつぶやく。あまり付いてほしくない闘志の火が付いてしまったようだ。
―――――――――――紅魔館:寝室――――――――――――
ここはレミリアの寝室。当の本人は再生したものの気を失っている。
「サーレー、あんなに強かったのね…」
咲夜がレミリアのベッドの隣に座り、一人言葉を漏らしている。
状況があんなのとはいえ、主人を守れなかったことを気にしているようだ。
ため息をつきながら、コップに水を注ぐ。
しかし、ここで咲夜は気づくべきだったのだ。自分が注いでいる水のビンは、紅魔館近くの外来品からこっそり持ってきたものだと。
おそらく新しい紅茶に使えるだろうというような理由で持ってきたのだろうが、拾ったものは飲み食いしてはいけない。
そして、気づくもなにも彼女が知り及ぶものではないが、一応もっと深く考えて拾うべきだったと思われる。
なぜならその青色のビンには『Survivor(サバイバー)』とペンで書かれていたからだ。
書いたのは誰か?そもそも何でこんな事を書いたのか?そんな事を考える事無く、咲夜はコップの水を飲み干した。
数十秒の沈黙が流れ、咲夜が口を開いた。
「サーレー…お嬢様を倒せるんだもの。強いわよね?」
その瞳には妖しい光が宿り、笑いを浮かべ、時が止まり、寝室から咲夜の姿が消えた。
『リアル鬼ごっこ』:残り1時間10分