Under Pressure その①
――人間には夢が必要なのよ。
BGM “Under Pressure” by Freddie Mercury
※
藍は――
星の燐火である。
人は、大勢である。何処にでもある。人里にも、野山にも。或いは“外”にもある。群れている。
それらは不思議な光景だった。それは、“外”で死に絶えたとされる種が姿を見せる幻想郷らしいものでもあった。
妖怪に囲まれているにも関わらず――
妖怪も、少なくはない。外にも僅かある。人里にもある。そちこちに溢れている。犇いている。
痩せ衰え鈍麻不明と化したものたち。かつて失ったものを想い居並ぶものたちである。
人間を襲えないにも関わらず――
……藍は、折々に考えている。
彼女は誰にも見えなかった。役割なのか、性質なのか、強大で佳麗な狐に向けられる視線は彼女を素通り何でもない処を突き抜けた。さながら、夜空に輝く星々の煌めきが、それが眩しければ眩しいほど、決して個々の輝きとして意識されないのに似ていた。
その数は次第に次第に増えていって――
増えたと思えばふとした時には消え――
ちらりと瞬きまた増えているような――まやかしの、ゆめまぼろしの、狐の燐火である。
色さえ定かではなく、見る者を惑わすのか、追う者を煙に巻くのか、由来も目的もはっきりせず、ただそこにあるというだけなのに、それでもその存在は無視できないぐらいにはっきりしているという、なんとも曖昧で、厄介なものだった。
誰にも藍は数えられない。
華美で幽玄な狐の焔も、やがては落ちて跡形もなく消えるという。
だから、誰にも藍は数えられない。
冷徹で、身も蓋もない藍の明快な方程式は、情やら義といったぬくもりの入る余地のないものだった。
それはあの、天に輝く目一杯の星空を眺める時の、手を伸ばしても決して届きはしないのに、それでも俯いて地面を見つめる気にはなれないという、あのどこか屈折した想いにも似ていた。
一、
「まっずい酒ねえ。呑めたもんじゃないわ」
「左様で。でしたら別段呑まずとも結構ですよ」
夜の中、やりあう二人分の声色がする。
木造の、いかにも狭くて古い長屋の中である。
べろんべろんに酔っ払い、酒臭い息を撒き散らしているのは、強かで強い古の妖怪、封獣ぬえ、その人だった。
抱えた酒瓶には「消毒用アルコール」というような事が書かれていた。
その厄介者の相手をしているのは、これは周囲から青島と呼ばれている狸の妖怪である。
薄汚れた手ぬぐいをほっかむりにしたその下で、いつもいつも詰まらなさそうに顰め面をしていると、よくいわれている。
ツラに関して言及するならば、そいつのところに顔を出すのがことごとく、面倒ごと厄介ごとであるせいなのかもしれない。
人里に居を構えるそいつは、これはぬえとは反対にかなり弱い輩で、巷説に伝わる大妖怪をどうにかする事など不可能だった。酒の入った大妖怪様は、酷く手のかかる、ケラケラとよく笑い騒ぎ立てる、万事に不可解な生き物だった。
だからそいつは、スペルカードを持っていなかったのだ。
ようやくの事でそいつを追い返した時分には、すでにもう、月が顔を覗かせてさえいた。
サテ、サテ。
首を鳴らし、気を取り直して、文机に向かう。筆をとってしばらくうんうんと唸っていたものの、いっかないっこう手先が走り出す気配もない。尻の尾の生えた辺りがわさわさとさえしている。ハハア、これはまだ何事かあるなと思い至る。
敷居も壁も何もかも薄っぺらい安普請の長屋である。顎などを擦りながら座布団の具合を意味もなく直したりしていると、ほどなくして何者かの気配がした。がたがたがたと、音がした。
邪魔するぜ。表の方から声が聞こえる。
ハイハイ開いておりますよとぞんざいに返した。
声より先に戸口から現れたのは、月明かりの薄闇の中でさえも見紛う事のない――
黒白の魔法使い、霧雨魔理沙であるようだった。
「いきなり、悪い。いま、いいか?」
「ええ、ええ。構いませんとも」
機嫌よく頷いたのは、もちろん彼女の手にぶら提げられていた酒のためである。
せまっ苦しい長屋では、少女が一人増えただけでますます手狭な感じになる。
「すいませんねェ、気を遣ってもらってしまって」
「いや、押しかけたのはこっちだしな。あー、ちと立て込んでて、酒しか持ってきてないんだが」
「呑める酒はないので丁度いいのですよ。……まあ、もう呑めない酒もなくなりましたがね」
恨めしげに、横目でちらりと空になった瓶を見る。閉ざされた里の中では貴重なものだ。そいつは賢くも強くもないなりに、医者の真似事などをして日銭を稼いでいるのだ。
長い金の髪が揺れる。
狸妖怪の向かい合ってどかりと腰を下ろし、ちょいちょいと座布団を引っ張ってくる。お互いに慣れたものだ。
その拍子に、ふわりと眼前の少女の……体臭が届く。
それは少女たちにだけ許された甘い甘い、酷く蠱惑的なものだった。
薄れて掠れ、ほとんど忘れかけていた食い意地がふと顔を出すような……そんな気がした。
ごほん、ごほん。
心中浮かんだ気持ちをごまかすように咳払いをした。
魔理沙の方は、常の陽気なさまをどこかに隠し、なにやら終始、難しい表情をしている。
「私はいいから、気にせずかけつけてくれ」
「よろしいので?」
「いまは……そういう気分じゃない」
彼女はそう言って、そこでようやく帽子を脱いだ。
八卦炉も畳の上に置いた。箒からも手を離した。
ずいぶんと、重装備だった。
ちらりと彼女に目をやって、改めて話の続きをうながした。
しかし彼女は首を振って、呑めと言う。そのあたりは、少女特有の気難しさにも思えた。
「では、失礼をして」
「うん」
二人の立場はまったくの対等である。妖怪は彼女に歯が立たないし、彼女は自分よりも遥かに老齢なそいつに素直な敬意と愛情を抱いているのだ。
その上で、まったく、嫌味だとか悪意を感じさせないところは、魔理沙の人柄のなせるものかもしれない。
そして、星と熱量の魔法使いはそんな事おくびにも出さず、ひけらかさず、あくまで自然体だった。妖精などにも慕われる一因だった。
深く考えてないだけといえば、そうなのかもしれなかったが。
二、
珍しく億劫げな魔理沙が、ようやく口を開いて、ぽつりぽつりと語りだした話。
とぎれとぎれに、話している本人でさえも迷いながらのその話を、飲み込んで一つにまとめるなら、それは一人の人間が消えた話。
いや、むしろそれは――
「“消えた人間”の話。でしょうか。ふむ……」
「その門番にも再度話した。だけど、誰かと戦ってずたずたにされたようで、そいつはよく覚えていなかったんだ。そもそも私としか戦っていないと言う。けど、あそこまで手酷くやった覚えはないし、そもそも私が通った時はぴんぴんしていた。だから私とは別に這入ったヤツがいるはずなんだ」
その侵入者を、即座にイコールでドッピオと結びつけるには、早計だろうか。
だとしても、まったくの見当違いの線ではないだろう。
「おまけに八雲のとこの狐まで出張ってきているみたいだ。絶対に、何かが起こってる。冗談じゃすまないような事が。……だけど、何がどーなってるのか、それがさっぱりなんだ」
あの気弱な少年を単なる人間とするには、あまりにも状況が捩れている。
しかし……魔理沙の中で、あのおどおどとしたドッピオというヤツのイメージと、それらの符号の断片とが、うまくくっついてくれないのだ。
話すにつれて、改めて自分の中を見渡す余裕ができる。
それは、「私はどうしたいんだ」というところにいきつく。
会ってあいつをいっぺんぶん殴ってやりたいのか。それとも、騙していたな、と怒ったりするのか。
でも、騙すってなにをだ。
門番をぶっ潰したのはお前なのか。そもそも、どうしてあんな場所にいたんだ。何か、お前にはやるべき事があるのか。その目的に、わたしは……。
わたしは。わたしは。わたしは……。
「どうすれば……いいのか」
そう言って、力なく、魔理沙は目を伏せた。黙して項垂れる様は年相応の幼い少女である。
黄色いまなざしを下ろした先にあるのは、ところどころほつれた跡のある、年季のうかがえる古臭い畳の縁だ。
「迷っておられるのですか」
「迷う……? いや……」
そいつの声は、普段話すの時と同じく、おおよそ温和といってもさしつかえないものだ。
しかし、どこか苛立たしそうでもある。手ぬぐいの下で眉間に皺を寄せたその顔は、なんともつまらなさそうだった。「こんな簡単な事もわからないのか」という表情をありありと浮かべていた。
「迷うというのは、これは信じていないんです。それどころか、実につまらない事を考えてしまっている」
「あー。いや、信じるっつーかさ……」
「別にいいじゃないですか。難しく考える必要はない。信じて何の不都合があります」
畳の縁をすうっとなぞっていくように視線がからっ滑りしていく。肩の上でくるくると髪をいらう。
狸はとんとんと畳の縁を叩いて、とくに力をこめたりもせずに、いった。
「それとも、やめますか」
「やめるって、何をだ」
「他人を信じる事をですよ」
さらりとそういった。
魔理沙は初め、何を言われたのかよくわからず……沈黙した。さっぱり、わからなかったのだ。
「信じねば救われぬ、とはよく聞く御題目ですがね。ならば最初から信じなければ? でなければ他人に手酷く裏切られたり、その結果傷つかなくてもすむでしょう」
「……」
「嘘をつかれなくともすむのです」
「嘘を……って、そんな大した事じゃないんじゃないか。ついほらぐらい吹く時だってあるだろう。それをなんか、裏切り、だとかさ。そんな、大袈裟な……」
「そうですか。でも、嘘をつかれるのは嫌な事ではありませんか?」
「嫌かどうかでいったら、そうだけど。でもさ、ほら……優しさでつく嘘……とか」
「本当は寝過ごしてしまって約束に遅れてしまったが、そのまま言うよりかは当たり障りのない嘘をつくような?」
「そうそう」
「聞いたら傷つくような事実も、ちょっとごまかして伝えた方がよい」
「うーん?」
「例えば、そうですね……肉親の死だとか」
「あー……」
「――突き詰めて、信じるという事を、他との関わりを否定して、そして真の意味で一人でいても平気なまでになったなら、あるいは貴方は、人間という境地からぶっちぎりで超越できるのかもしれません」
人間を超越する――
そうやって、青島はとんでもない事を言い出して、それでもその口ぶりは、どこまでも当たり前の事しか話していないような感じだった。
「なあ、いったい何の話だよ」
つられて話している内に、魔理沙はすっかり訳が分からなくなって、困り果てた声を出した。
「ですから、最初から話していますよ。信じるという事について。わたしたちは、信じなくてはならない。そういうふうにできているのです。本当は、もっと良い方法があるのかもしれず、しかしそれは今のわたしたちには通用しないものでしかない。であるなら、そうしないでは生きていられないのです。例えそれが、決して貴方に優しいばかりでなくともね」
狸の口調はのんびりとさえしていた。
信じた相手に裏切られる事。
そのからだを蝕むもの。
毒のようなものだ。
しかし、例え恐ろしい猛毒であったとしても、そうと知って摂する分には、あるいはそれは、薬にもなり得るものなのかもしれない。
それを聞いた魔理沙は。
「そうしないでは……生きて、いられない、のか」
「これはわたしが妖であるからなのかもしれませんが。別に人間なんて食って寝てひり出していればそれで生きていけるのでしょうし」
「そうか……」
魔理沙は、何度か口の中でぶつぶつと、たった今言われた意味の通じにくい言葉を繰り返していた。
ぶん殴るのか、それとも蹴り倒すのかさえもまだ決まっていなかったが。
そもそも自分は魔法の森の職業魔法使いだ。
霊夢との勝負はやや負け越し勝ち。和食派。魔法の力は、環境にも優しく、世に役立たない方向でふるうのが好き。
すんなりと、胸裡に落ちたわけでは、決してない。
けれど、いまこの瞬間にすべき事は。
これは、迷う必要はないようだった。
「私は、ひとまずあいつを……追う事にする。世話をかけたな」
その信条は、弾幕はパワー。当たって砕けろ、そこから足掻け、なのである。
「追いかける、ですか。左様で……」
魔理沙の言葉を聞いた青島は、しばらく頭を手のひらで何度か擦っていたが、やがて。
大きく二度、頷いた。
「あい、お話はよくわかりました、魔理沙さん。そういう事情でしたら、もしかしたらば、力になれるかもしれません。今から教える場所にすぐにでも向かいなさい。おそらくですが、あなたはあの方に会うべきだ」
「うん? ……そいつはいったい誰なんだ?」
「ブン屋さんですよ。きっと、話せばすぐにでもわかるはずだ」
「……なるほど。あいつか」
きっとそのとき、魔理沙は相当に渋い顔をしたのだろう。
あの堅物そうな渋面が、ちょっと黙ったあとに、小さく笑い出したからである。
「そこまで嫌そうにしますか。お気持ちは重々わかりますがね。天狗らが弱いものをいじめるのは、これはもう仕方がないと諦めた方が、色々と良いのではないかと思いますよ。それになんといっても、彼女は里に一番近い天狗ですから」
「いやあ、そういう事じゃあなくて……なんか困ったら射命丸だしとけ、みたいな風潮がさ……」
ううん……と首を一二度ひねった魔理沙は、ともかくそれで気持ちを切り替えた。
「とにかく射命丸に会えばいいのか?」
「はい。その通りです」
「あいつは何を知っているんだ? どうして会う必要が――あるんだ」
どうして、ですか。簡単な話です。
追いかけるものが同じなら、直接訊かれるがよろしいでしょう。
笑顔が辛そうだといつもいつも言われている渋面柔和な妖怪狸は、普段と同じくした様相のまま。
そういう事を言った。
「ドアぐらい、開けてから出て行かれても遅くはないでしょうに」
別れのと謝辞が混在した言葉が狸にまで届いて、それをそいつが拾い上げた時。
そこにはすでに誰もいない。
ぽつりと小さくつぶやいた。
※
それは誰にも存在しない。
絶対に。
誰にも――自分自身の、確かな意志などというものなど。
三、
魔理沙が古馴染みのところを訪ねる少し前。
魔法の森の中である。
その名の通りに、森の瘴気は人間が生きるにまるで適さない。くしゃみが死ぬまで止まりそうにない、鼻水が尋常ではない勢いで吹き出る、などの凶悪な症状が間断なく襲ってくる。とりわけ、藍のふわふわと浮かんでいく森の深奥は、いっそう瘴気が凶悪で、濃過ぎていて、おおよそ人間などがいるとは思えなかった。
右に、あるいは左に、力ある九つの尾が地面のすぐ上をゆれていくように、彼女の眼差しはふらふらとそこら辺を見ている。探している。
まるで、その辺に人間の死体でも落ちていないかしらというように。
(――結局、自分だけの思いだとか、何ものにも縛られない自由な気持ちなんてものは、どこにもない。そんな事を言い出すやつ、そいつがそもそもは他人の目を気にしているものだ)
(意志というものは……ゆだねるものだ)
(そして、世界を形作るのが、星のごとくある誰かの意志である限り)
(誰も、そこから自由ではいられない。その影響から逃れて無関係でいられる事など、不可能だ)
藍はそうやっていつも考えている。計算をしている。
何故なのだろうか。どうして人は嘘をつくのか。どうして他人の嘘にはとても厳しいのか。そうやって「偽る」事は、そいつ自身にとって、何か有益なのだろうか。人が嘘をつく存在で、人は嘘が嫌いだというのなら、本質的に、人は人自身の事が嫌いなのだろうか。
人は誰かに嘘をつく。
その、ごまかし。
目の前に広がる世界さえ真っ直ぐ見る事ができないで、目をそらして、ごまかしている。
そこにあるのは不安だ。
(すでに今、こうして世界は形ができてしまっていて)
(人は互いに嘘をつく)
(つまり、世界は不安で満ちている)
あらゆるところに不和があり、闘争がある。世界は冷たくて厳しい。世界というものが先にある以上、人もそこに生まれてくるしかない。選びようもないし、拒否もできない。
絶対不変の真理などというものもない。どんなに正しいような事でも、別のどこかでは間違っていて、世界にはそうした矛盾が積み重なっている。
多少の想像力があれば容易にわかる事だ。
世界は人に優しくなんてないが、そうしたものを看過しているものまた、人なのである。
(中途半端は――駄目だ)
(殺すべき者を殺し損ねているというのは、この世でも一等の不都合だ)
何かを信じるという気持ちは不安から生まれているのではないのか。現実を直視するだけの力がなくて、その上で、自分の思うがままにあって欲しいのだ。
けれどそんなもの、起きながら見ている夢のような勝手なものでしかなくて、慌ててそのつじつまを合わせて、そのまま平気な顔をしている。そもそもの不安がどこから来ているのか、自分がどんなものの上に立っているのか、それさえ知りもしないままに。
だからああも簡単に――心が折れる。
(死ぬべき人間を――)
(確認されたはずだ)
(八雲紫が御自ら確かめられた筈。あの少年の事は)
(もうすでに)
(レクイエムという現象下の中、一連の戦闘で、死んでいる筈で――)
もちろん、あらゆるものは戦いの果て、死の上にそびえ立っているのであり。
この世界、幻想郷も、その下には殺された無念のものたちが無数に蠢いているのだ。
藍は常にそれを考えている。
このちっぽけな囲われた世界のために。
誰かが死ぬ……殺されるだけの価値は、はたして本当にあるのだろうか。
「いいや――」
どこからか、幻想郷では珍しい、少女以外の声がした。
その時、藍は実に奇妙な反応をした。「ブルブル」と突然身震いをしてみせたのだ。それは、体のいくつかの部分をその場で厳重に押さえつけられて、さらには見えない巨人の手で左右に無理矢理「揺さぶられた」かのような動き方だった
「……うぁっ」
その動きは痙攣のようで、しかし藍の驚愕する表情から、それが思ってもいない事なのは確かだった。
九つの尾がばさりと莫大な妖気を持って広がり、ぶわっと森の中を見えない強風のようなものが通り抜けていった。
それは一瞬の事だった。
遠くから見れば、藍の姿が少しの間、握った拳の一つ分宙に浮いたように見えた。彼女がその場でぴょんと飛び跳ねたと言われてもおかしくないぐらいだった。
そして「すとん」と地面に降り立った。
藍はふと、自分の腹を、道着の上からぽんぽんと叩いてみた。
しかし、触れるはずの指先は、するりと何もないところを突き抜けた。
それは、嘲笑うハロウィンかぼちゃのようにぽっかりと空いた大穴だった。
藍にはそこを突き抜けていた紅い腕を目の当たりにする事もかなわなかった。
どう見たって、決定的な、致命傷であり――
――死ぬのはお前の方だ。
――人間には夢が必要なのよ。
BGM “Under Pressure” by Freddie Mercury
※
藍は――
星の燐火である。
人は、大勢である。何処にでもある。人里にも、野山にも。或いは“外”にもある。群れている。
それらは不思議な光景だった。それは、“外”で死に絶えたとされる種が姿を見せる幻想郷らしいものでもあった。
妖怪に囲まれているにも関わらず――
妖怪も、少なくはない。外にも僅かある。人里にもある。そちこちに溢れている。犇いている。
痩せ衰え鈍麻不明と化したものたち。かつて失ったものを想い居並ぶものたちである。
人間を襲えないにも関わらず――
……藍は、折々に考えている。
彼女は誰にも見えなかった。役割なのか、性質なのか、強大で佳麗な狐に向けられる視線は彼女を素通り何でもない処を突き抜けた。さながら、夜空に輝く星々の煌めきが、それが眩しければ眩しいほど、決して個々の輝きとして意識されないのに似ていた。
その数は次第に次第に増えていって――
増えたと思えばふとした時には消え――
ちらりと瞬きまた増えているような――まやかしの、ゆめまぼろしの、狐の燐火である。
色さえ定かではなく、見る者を惑わすのか、追う者を煙に巻くのか、由来も目的もはっきりせず、ただそこにあるというだけなのに、それでもその存在は無視できないぐらいにはっきりしているという、なんとも曖昧で、厄介なものだった。
誰にも藍は数えられない。
華美で幽玄な狐の焔も、やがては落ちて跡形もなく消えるという。
だから、誰にも藍は数えられない。
冷徹で、身も蓋もない藍の明快な方程式は、情やら義といったぬくもりの入る余地のないものだった。
それはあの、天に輝く目一杯の星空を眺める時の、手を伸ばしても決して届きはしないのに、それでも俯いて地面を見つめる気にはなれないという、あのどこか屈折した想いにも似ていた。
一、
「まっずい酒ねえ。呑めたもんじゃないわ」
「左様で。でしたら別段呑まずとも結構ですよ」
夜の中、やりあう二人分の声色がする。
木造の、いかにも狭くて古い長屋の中である。
べろんべろんに酔っ払い、酒臭い息を撒き散らしているのは、強かで強い古の妖怪、封獣ぬえ、その人だった。
抱えた酒瓶には「消毒用アルコール」というような事が書かれていた。
その厄介者の相手をしているのは、これは周囲から青島と呼ばれている狸の妖怪である。
薄汚れた手ぬぐいをほっかむりにしたその下で、いつもいつも詰まらなさそうに顰め面をしていると、よくいわれている。
ツラに関して言及するならば、そいつのところに顔を出すのがことごとく、面倒ごと厄介ごとであるせいなのかもしれない。
人里に居を構えるそいつは、これはぬえとは反対にかなり弱い輩で、巷説に伝わる大妖怪をどうにかする事など不可能だった。酒の入った大妖怪様は、酷く手のかかる、ケラケラとよく笑い騒ぎ立てる、万事に不可解な生き物だった。
だからそいつは、スペルカードを持っていなかったのだ。
ようやくの事でそいつを追い返した時分には、すでにもう、月が顔を覗かせてさえいた。
サテ、サテ。
首を鳴らし、気を取り直して、文机に向かう。筆をとってしばらくうんうんと唸っていたものの、いっかないっこう手先が走り出す気配もない。尻の尾の生えた辺りがわさわさとさえしている。ハハア、これはまだ何事かあるなと思い至る。
敷居も壁も何もかも薄っぺらい安普請の長屋である。顎などを擦りながら座布団の具合を意味もなく直したりしていると、ほどなくして何者かの気配がした。がたがたがたと、音がした。
邪魔するぜ。表の方から声が聞こえる。
ハイハイ開いておりますよとぞんざいに返した。
声より先に戸口から現れたのは、月明かりの薄闇の中でさえも見紛う事のない――
黒白の魔法使い、霧雨魔理沙であるようだった。
「いきなり、悪い。いま、いいか?」
「ええ、ええ。構いませんとも」
機嫌よく頷いたのは、もちろん彼女の手にぶら提げられていた酒のためである。
せまっ苦しい長屋では、少女が一人増えただけでますます手狭な感じになる。
「すいませんねェ、気を遣ってもらってしまって」
「いや、押しかけたのはこっちだしな。あー、ちと立て込んでて、酒しか持ってきてないんだが」
「呑める酒はないので丁度いいのですよ。……まあ、もう呑めない酒もなくなりましたがね」
恨めしげに、横目でちらりと空になった瓶を見る。閉ざされた里の中では貴重なものだ。そいつは賢くも強くもないなりに、医者の真似事などをして日銭を稼いでいるのだ。
長い金の髪が揺れる。
狸妖怪の向かい合ってどかりと腰を下ろし、ちょいちょいと座布団を引っ張ってくる。お互いに慣れたものだ。
その拍子に、ふわりと眼前の少女の……体臭が届く。
それは少女たちにだけ許された甘い甘い、酷く蠱惑的なものだった。
薄れて掠れ、ほとんど忘れかけていた食い意地がふと顔を出すような……そんな気がした。
ごほん、ごほん。
心中浮かんだ気持ちをごまかすように咳払いをした。
魔理沙の方は、常の陽気なさまをどこかに隠し、なにやら終始、難しい表情をしている。
「私はいいから、気にせずかけつけてくれ」
「よろしいので?」
「いまは……そういう気分じゃない」
彼女はそう言って、そこでようやく帽子を脱いだ。
八卦炉も畳の上に置いた。箒からも手を離した。
ずいぶんと、重装備だった。
ちらりと彼女に目をやって、改めて話の続きをうながした。
しかし彼女は首を振って、呑めと言う。そのあたりは、少女特有の気難しさにも思えた。
「では、失礼をして」
「うん」
二人の立場はまったくの対等である。妖怪は彼女に歯が立たないし、彼女は自分よりも遥かに老齢なそいつに素直な敬意と愛情を抱いているのだ。
その上で、まったく、嫌味だとか悪意を感じさせないところは、魔理沙の人柄のなせるものかもしれない。
そして、星と熱量の魔法使いはそんな事おくびにも出さず、ひけらかさず、あくまで自然体だった。妖精などにも慕われる一因だった。
深く考えてないだけといえば、そうなのかもしれなかったが。
二、
珍しく億劫げな魔理沙が、ようやく口を開いて、ぽつりぽつりと語りだした話。
とぎれとぎれに、話している本人でさえも迷いながらのその話を、飲み込んで一つにまとめるなら、それは一人の人間が消えた話。
いや、むしろそれは――
「“消えた人間”の話。でしょうか。ふむ……」
「その門番にも再度話した。だけど、誰かと戦ってずたずたにされたようで、そいつはよく覚えていなかったんだ。そもそも私としか戦っていないと言う。けど、あそこまで手酷くやった覚えはないし、そもそも私が通った時はぴんぴんしていた。だから私とは別に這入ったヤツがいるはずなんだ」
その侵入者を、即座にイコールでドッピオと結びつけるには、早計だろうか。
だとしても、まったくの見当違いの線ではないだろう。
「おまけに八雲のとこの狐まで出張ってきているみたいだ。絶対に、何かが起こってる。冗談じゃすまないような事が。……だけど、何がどーなってるのか、それがさっぱりなんだ」
あの気弱な少年を単なる人間とするには、あまりにも状況が捩れている。
しかし……魔理沙の中で、あのおどおどとしたドッピオというヤツのイメージと、それらの符号の断片とが、うまくくっついてくれないのだ。
話すにつれて、改めて自分の中を見渡す余裕ができる。
それは、「私はどうしたいんだ」というところにいきつく。
会ってあいつをいっぺんぶん殴ってやりたいのか。それとも、騙していたな、と怒ったりするのか。
でも、騙すってなにをだ。
門番をぶっ潰したのはお前なのか。そもそも、どうしてあんな場所にいたんだ。何か、お前にはやるべき事があるのか。その目的に、わたしは……。
わたしは。わたしは。わたしは……。
「どうすれば……いいのか」
そう言って、力なく、魔理沙は目を伏せた。黙して項垂れる様は年相応の幼い少女である。
黄色いまなざしを下ろした先にあるのは、ところどころほつれた跡のある、年季のうかがえる古臭い畳の縁だ。
「迷っておられるのですか」
「迷う……? いや……」
そいつの声は、普段話すの時と同じく、おおよそ温和といってもさしつかえないものだ。
しかし、どこか苛立たしそうでもある。手ぬぐいの下で眉間に皺を寄せたその顔は、なんともつまらなさそうだった。「こんな簡単な事もわからないのか」という表情をありありと浮かべていた。
「迷うというのは、これは信じていないんです。それどころか、実につまらない事を考えてしまっている」
「あー。いや、信じるっつーかさ……」
「別にいいじゃないですか。難しく考える必要はない。信じて何の不都合があります」
畳の縁をすうっとなぞっていくように視線がからっ滑りしていく。肩の上でくるくると髪をいらう。
狸はとんとんと畳の縁を叩いて、とくに力をこめたりもせずに、いった。
「それとも、やめますか」
「やめるって、何をだ」
「他人を信じる事をですよ」
さらりとそういった。
魔理沙は初め、何を言われたのかよくわからず……沈黙した。さっぱり、わからなかったのだ。
「信じねば救われぬ、とはよく聞く御題目ですがね。ならば最初から信じなければ? でなければ他人に手酷く裏切られたり、その結果傷つかなくてもすむでしょう」
「……」
「嘘をつかれなくともすむのです」
「嘘を……って、そんな大した事じゃないんじゃないか。ついほらぐらい吹く時だってあるだろう。それをなんか、裏切り、だとかさ。そんな、大袈裟な……」
「そうですか。でも、嘘をつかれるのは嫌な事ではありませんか?」
「嫌かどうかでいったら、そうだけど。でもさ、ほら……優しさでつく嘘……とか」
「本当は寝過ごしてしまって約束に遅れてしまったが、そのまま言うよりかは当たり障りのない嘘をつくような?」
「そうそう」
「聞いたら傷つくような事実も、ちょっとごまかして伝えた方がよい」
「うーん?」
「例えば、そうですね……肉親の死だとか」
「あー……」
「――突き詰めて、信じるという事を、他との関わりを否定して、そして真の意味で一人でいても平気なまでになったなら、あるいは貴方は、人間という境地からぶっちぎりで超越できるのかもしれません」
人間を超越する――
そうやって、青島はとんでもない事を言い出して、それでもその口ぶりは、どこまでも当たり前の事しか話していないような感じだった。
「なあ、いったい何の話だよ」
つられて話している内に、魔理沙はすっかり訳が分からなくなって、困り果てた声を出した。
「ですから、最初から話していますよ。信じるという事について。わたしたちは、信じなくてはならない。そういうふうにできているのです。本当は、もっと良い方法があるのかもしれず、しかしそれは今のわたしたちには通用しないものでしかない。であるなら、そうしないでは生きていられないのです。例えそれが、決して貴方に優しいばかりでなくともね」
狸の口調はのんびりとさえしていた。
信じた相手に裏切られる事。
そのからだを蝕むもの。
毒のようなものだ。
しかし、例え恐ろしい猛毒であったとしても、そうと知って摂する分には、あるいはそれは、薬にもなり得るものなのかもしれない。
それを聞いた魔理沙は。
「そうしないでは……生きて、いられない、のか」
「これはわたしが妖であるからなのかもしれませんが。別に人間なんて食って寝てひり出していればそれで生きていけるのでしょうし」
「そうか……」
魔理沙は、何度か口の中でぶつぶつと、たった今言われた意味の通じにくい言葉を繰り返していた。
ぶん殴るのか、それとも蹴り倒すのかさえもまだ決まっていなかったが。
そもそも自分は魔法の森の職業魔法使いだ。
霊夢との勝負はやや負け越し勝ち。和食派。魔法の力は、環境にも優しく、世に役立たない方向でふるうのが好き。
すんなりと、胸裡に落ちたわけでは、決してない。
けれど、いまこの瞬間にすべき事は。
これは、迷う必要はないようだった。
「私は、ひとまずあいつを……追う事にする。世話をかけたな」
その信条は、弾幕はパワー。当たって砕けろ、そこから足掻け、なのである。
「追いかける、ですか。左様で……」
魔理沙の言葉を聞いた青島は、しばらく頭を手のひらで何度か擦っていたが、やがて。
大きく二度、頷いた。
「あい、お話はよくわかりました、魔理沙さん。そういう事情でしたら、もしかしたらば、力になれるかもしれません。今から教える場所にすぐにでも向かいなさい。おそらくですが、あなたはあの方に会うべきだ」
「うん? ……そいつはいったい誰なんだ?」
「ブン屋さんですよ。きっと、話せばすぐにでもわかるはずだ」
「……なるほど。あいつか」
きっとそのとき、魔理沙は相当に渋い顔をしたのだろう。
あの堅物そうな渋面が、ちょっと黙ったあとに、小さく笑い出したからである。
「そこまで嫌そうにしますか。お気持ちは重々わかりますがね。天狗らが弱いものをいじめるのは、これはもう仕方がないと諦めた方が、色々と良いのではないかと思いますよ。それになんといっても、彼女は里に一番近い天狗ですから」
「いやあ、そういう事じゃあなくて……なんか困ったら射命丸だしとけ、みたいな風潮がさ……」
ううん……と首を一二度ひねった魔理沙は、ともかくそれで気持ちを切り替えた。
「とにかく射命丸に会えばいいのか?」
「はい。その通りです」
「あいつは何を知っているんだ? どうして会う必要が――あるんだ」
どうして、ですか。簡単な話です。
追いかけるものが同じなら、直接訊かれるがよろしいでしょう。
笑顔が辛そうだといつもいつも言われている渋面柔和な妖怪狸は、普段と同じくした様相のまま。
そういう事を言った。
「ドアぐらい、開けてから出て行かれても遅くはないでしょうに」
別れのと謝辞が混在した言葉が狸にまで届いて、それをそいつが拾い上げた時。
そこにはすでに誰もいない。
ぽつりと小さくつぶやいた。
※
それは誰にも存在しない。
絶対に。
誰にも――自分自身の、確かな意志などというものなど。
三、
魔理沙が古馴染みのところを訪ねる少し前。
魔法の森の中である。
その名の通りに、森の瘴気は人間が生きるにまるで適さない。くしゃみが死ぬまで止まりそうにない、鼻水が尋常ではない勢いで吹き出る、などの凶悪な症状が間断なく襲ってくる。とりわけ、藍のふわふわと浮かんでいく森の深奥は、いっそう瘴気が凶悪で、濃過ぎていて、おおよそ人間などがいるとは思えなかった。
右に、あるいは左に、力ある九つの尾が地面のすぐ上をゆれていくように、彼女の眼差しはふらふらとそこら辺を見ている。探している。
まるで、その辺に人間の死体でも落ちていないかしらというように。
(――結局、自分だけの思いだとか、何ものにも縛られない自由な気持ちなんてものは、どこにもない。そんな事を言い出すやつ、そいつがそもそもは他人の目を気にしているものだ)
(意志というものは……ゆだねるものだ)
(そして、世界を形作るのが、星のごとくある誰かの意志である限り)
(誰も、そこから自由ではいられない。その影響から逃れて無関係でいられる事など、不可能だ)
藍はそうやっていつも考えている。計算をしている。
何故なのだろうか。どうして人は嘘をつくのか。どうして他人の嘘にはとても厳しいのか。そうやって「偽る」事は、そいつ自身にとって、何か有益なのだろうか。人が嘘をつく存在で、人は嘘が嫌いだというのなら、本質的に、人は人自身の事が嫌いなのだろうか。
人は誰かに嘘をつく。
その、ごまかし。
目の前に広がる世界さえ真っ直ぐ見る事ができないで、目をそらして、ごまかしている。
そこにあるのは不安だ。
(すでに今、こうして世界は形ができてしまっていて)
(人は互いに嘘をつく)
(つまり、世界は不安で満ちている)
あらゆるところに不和があり、闘争がある。世界は冷たくて厳しい。世界というものが先にある以上、人もそこに生まれてくるしかない。選びようもないし、拒否もできない。
絶対不変の真理などというものもない。どんなに正しいような事でも、別のどこかでは間違っていて、世界にはそうした矛盾が積み重なっている。
多少の想像力があれば容易にわかる事だ。
世界は人に優しくなんてないが、そうしたものを看過しているものまた、人なのである。
(中途半端は――駄目だ)
(殺すべき者を殺し損ねているというのは、この世でも一等の不都合だ)
何かを信じるという気持ちは不安から生まれているのではないのか。現実を直視するだけの力がなくて、その上で、自分の思うがままにあって欲しいのだ。
けれどそんなもの、起きながら見ている夢のような勝手なものでしかなくて、慌ててそのつじつまを合わせて、そのまま平気な顔をしている。そもそもの不安がどこから来ているのか、自分がどんなものの上に立っているのか、それさえ知りもしないままに。
だからああも簡単に――心が折れる。
(死ぬべき人間を――)
(確認されたはずだ)
(八雲紫が御自ら確かめられた筈。あの少年の事は)
(もうすでに)
(レクイエムという現象下の中、一連の戦闘で、死んでいる筈で――)
もちろん、あらゆるものは戦いの果て、死の上にそびえ立っているのであり。
この世界、幻想郷も、その下には殺された無念のものたちが無数に蠢いているのだ。
藍は常にそれを考えている。
このちっぽけな囲われた世界のために。
誰かが死ぬ……殺されるだけの価値は、はたして本当にあるのだろうか。
「いいや――」
どこからか、幻想郷では珍しい、少女以外の声がした。
その時、藍は実に奇妙な反応をした。「ブルブル」と突然身震いをしてみせたのだ。それは、体のいくつかの部分をその場で厳重に押さえつけられて、さらには見えない巨人の手で左右に無理矢理「揺さぶられた」かのような動き方だった
「……うぁっ」
その動きは痙攣のようで、しかし藍の驚愕する表情から、それが思ってもいない事なのは確かだった。
九つの尾がばさりと莫大な妖気を持って広がり、ぶわっと森の中を見えない強風のようなものが通り抜けていった。
それは一瞬の事だった。
遠くから見れば、藍の姿が少しの間、握った拳の一つ分宙に浮いたように見えた。彼女がその場でぴょんと飛び跳ねたと言われてもおかしくないぐらいだった。
そして「すとん」と地面に降り立った。
藍はふと、自分の腹を、道着の上からぽんぽんと叩いてみた。
しかし、触れるはずの指先は、するりと何もないところを突き抜けた。
それは、嘲笑うハロウィンかぼちゃのようにぽっかりと空いた大穴だった。
藍にはそこを突き抜けていた紅い腕を目の当たりにする事もかなわなかった。
どう見たって、決定的な、致命傷であり――
――死ぬのはお前の方だ。