愛にすべてを ◆j893VYBPfU
『――諸君、これから第一回目の放送を始める』
その声は虚空から聞こえてくるようでもあり、
周囲から聞こえているようでもあり、
地中から聞こえてくるようでもあり、
この首輪から聞こえてくるように感じられる。
この“会場”全体に反響しているので、
どこから聞こえているか、耳を澄ませてもはっきりしない。
おそらくは、どの場所にいようとも等しい大きさで聞こえるような、
そんなからくりが仕掛けられているのかもしれない。
あいまいとしたような、つかみどころのない、
こちらを不安にさせるような、芝居がかった、そんな放送。
それも、あのヴォルマルフ達は狙っての事なのだろう。
その放送内容は禁止エリアの発表から始まり、続いて死者の発表に繋がる。
私はその内容に
ラムザ兄さんの名が含まれていないかどうか、必死に耳を研ぎ澄ます。
――このとき、初めて私は一つの事に気が付く。
あ。そういえば私、まだちゃんと名簿を確認していない…。
知らない人の名前なんて確認した所で仕方がないし、
誰がいても全部殺しちゃうから関係ないかと思ってたからだけど。
でも、今後はそんな事は言ってられない。
どんな小さななことでも知っておかなきゃ。
利用できるものは何だって利用しなきゃ、絶対勝ち残れないわ。
武器だって魔法だって頭だって口だって身体だって。
私は、ぜんぜんつよくないのだから。
騎士様みたいに、お上品に戦ってなんかいられない。
第一、ダイスダーグ兄さんだって全然お上品じゃなかったからね。
そう考えれば、今までの勘と勢いに任せて動き、
それまで生き残れたのはものすごく幸運な事なんだって思う。
反省しなきゃ。
もっと考えて動かなきゃ。
もっと考えて殺さなきゃ。
それにしても、と私は思う。
あと何人いるのだろう?
あと何人殺さなきゃならないのだろう?
そう考えると、すごく疲れる。
あたしは深く溜息をつき、初めて名簿を見る。
ふと、ラムザ兄さんの仲間達の事を思い出す。
ムスタディオさんや、
アグリアスさんなんかがいればいいのだけど。
あの人たちは物凄く単純で真面目な人達だし、簡単に私を信頼しそうだから。
ムスタディオさん達には、あの騎士剣を持った
金髪の男の人でも退治してもらおうかな?
でも、もし役に立ちそうになければ、その時は…。
うん。クリスタルだけは貰って上げるから。
足手まといなんかを抱えてしまうより、
私一人が強くなったほうが兄さんを守れるからね。
ムスタディオさん達も、そのほうが本望でしょう?
大事なラムザ兄さんの為に死ぬのなら。
私は、ラムザ兄さんの安否を祈りながら放送で呼ばれる名を聞き入る。
あの金髪の女の子が鞄に入れてあった、筆記用具を手にしながら。
◇ ◇
禁止エリアと呼ばれた地図のマス目と、死亡者の名前に
黒インクを付けた羽根筆で斜線を入れていく。
女性っぽい名前の響きを考えて、
アメルを除いて私が殺した人は
シーダ、
ベルフラウ、
ティーエのうちどれか二人なんだろうなと推測する。
あの金髪の女の子の名前、殺す前にちゃんと聞いておけばよかったかな?
そうすれば、あの地雷ももっと上手く利用できたかもしれないのに。
…残念、失敗しちゃったわ。
あ、それとムスタディオさんもう死んじゃったんだ…。
使えない人ね。死ぬのは別に構わないんだけど、
貴方のクリスタルが誰かに奪われてるかもしれないのが不安だわ。
ネイスって人は…、いないわね。
代わりに、
ネスティって似た名前の人がいる。
名前を聞いた時、あの人少し考えながら話してたみたいだけど…。
やっぱり、あれって偽名だったんだ。
もしかすると、本当の名前ってこのネスティなのかも。
後で見つけたら、おしおきついでに聞いておかなきゃね。
私はいろんな事を考えながら、黙って放送を聞きいる。
そして、ある意味想像通りの放送が最後にやってきた。
『失ったものは戻ってこない、と思っている者に一つ教えてやろう。ゲーム開始前に言ったことは覚えているな?
優勝者には望むままの褒賞が与えられる、と。それに例外はない――たとえ死した者を蘇らせることでも、だ』
――やっぱり、それは思ってた通りなのね?
私はかねてから想像していたことが的中し、微笑みを浮かべる。
ある種の諦めと、これからの期待。交差する正と負の感情。
そういう矛盾した気持ちが交じるっていうのは
これが多分最初で最後なんだろうなと思う。
そう。ラムザ兄さん達以外は決して知らない事。
あのヴォルマルフからして、そのディエルゴの力で生き返った身なのだ。
それは、私自身がかつて聖天使の器であり、
あのヴォルマルフが自分の生命をイケニエにして
聖天使の目を覚ませた事からした考えても明らか。
あいつが死んでいないってことは絶対にありっこない。
となれば、あいつのような恐ろしい怪物を全く怖がらず、
むしろ面白がって蘇らせてしまうような奴がいる。
それが、あいつが言っていた“ディエルゴ”なんだろう。
そういう意味では、あいつは嘘なんか付いていないって確信できる。
ディエルゴはそのついでで、あのラムザ兄さんが嫌ってた
アルガスや
神殿騎士になった
ウィーグラフなんかも蘇らせたのだろう。
そんなあいつを簡単に蘇らせ、そして簡単に従わせてしまうような存在と
ここに呼び出された者達が何人力を合わせて戦っても、
絶対にかないっこないのはわかりきっている。
あのヴォルマルフにしたって、何度殺しても蘇ってくるわけなんだから。
だからこそ、私はこの殺し合いに乗ることにした。
ここにいる人達を殺して回る方が、遥かに簡単なんだから。
それに、第一ラムザ兄さんと他の人間の生命だなんて、
たとえ何万人、何億人あったって絶対に釣り合いっこない。
でも、ラムザ兄さんがそんな“どうでもいい人達”の為に、
命まで掛けて延々とあいつらと戦い続ける意味なんて、全くない。
そんなのに全く価値なんてない。でも、優しいラムザ兄さんは
“そんな人達”なんかを思いやり、懸命に戦い続けるのだろうけど。
何より大事なはずの、自分自身の生命を犠牲にしてまで。
それがラムザ兄さんの良い所であり、悪い所でもあるんだけどね。
でも、そんな事でラムザ兄さんが死んでしまえてば、全ては取り返しがつかない。
私にとっては、ラムザ兄さんだけがすべてなんだから。
あとは、いらない。
なにも、いらない。
そう。そして、先ほどの言葉が意味してること。
最悪、ラムザ兄さんが他の参加者に殺されたところで、
そのディエルゴにお願いをすればラムザ兄さんを
蘇らせる事も出来てしまうということである。
でも、それは勿論あのヴォルマルフの事。
あいつはラムザ兄さんの事を激しく嫌っているだろうから、
ラムザ兄さんを蘇らせるなんて願いをかければ、
どんな妨害をしてくるか分かったものじゃない。
だから、兄さんの生存は出来る限り優先しなきゃ。
私の優勝は、あくまでも最後の手段。
そして、その場合はあのヴォルマルフを押し退けて、
なんとかディエルゴと直接上手く交渉しなきゃならない。
その為に、どうやって話しをつけなきゃいけないか。
考えないと…。
考えないと…。
私は一つの推論を立てる。
もし直接ディエルゴとお話しをしたいなら、
相手にとって都合のいいお話を持ちかけてやればいい。
このゲームをどうにかして進めたがっているのは、
あのヴォルマルフやディエルゴだって同じはず。
だったら…。
あいつらは先ほどの“放送”とかいうので、
おそらくは全員の“参加者”に今の内容を伝えたのだろう。
でも、死んだ人達が誰であったり、優勝を判断する事などを正確に知るには、
どこかで全部を見ているか内通者がいなければ絶対にわかりっこない。
でも、内通者という考えには無理がある。この地図全域に散らばる必要があるんだから。
それに、この島には私達以外は、人はおろか動物の気配さえしない。
内通者がいないにしても、何者かがいるだなんて考えにくい。
だったら、あいつらはどうにかして、それ以外の手段を使って
どこかで見聞きしていなければいけないはず…。
そう。あの“放送”は、確かに首輪からも聞こえたのだ。
だったら――。
――そうだ!!
こっちから、首輪を通じてあいつらに話しかけることも可能かもしれない。
私の勘が正しければ、だけど。
次に私は、あいつらが食いついてくれる内容を一所懸命に考える。
ディエルゴが大喜びしそうな内容を必死に探そうとする。
そして、閃いた。これなら、あいつらも食いつくだろう。
これは私にとってもメリットがあり、
あいつらにとってもメリットがある。
この提案なら、直接聞いてくれるかもしれない。
もしこれが聞こえるなら、絶対に食いついてくるはず。
あとは、それを切り出すタイミングと、交渉次第だ。
これなら大丈夫よね。
がんばれ、
アルマ。
私は意を決して、顔を虚空に上げ声を張り上げた。
「私から耳寄りな提案と、質問があるの。このゲームの主催者さん」
返事はない。これは想像した通りだ。
たとえこちらの声が聞こえていた所で、
その情報を知らせるだなんてありえない。
返事をする事に意味がある場合でなければ、
返答などありえないのだから。
私はなおも続ける。
「このゲームでもっと早いペースで人が一杯死ぬには、
このゲームでもっと面白い形で人と人が疑い合い、
集まった筈の仲間達が殺し合わざるを得ないには、
こうすればとても素敵じゃないかなって、そういう提案…。
ええ。人はとてもとても浅ましくなると思うわ。
ヴォルマルフもさっきはとっても喜んでたから、
そうなるともっと嬉しくなるんじゃないかしら?」
返事は相変わらずない。
だが、今の発言で周囲の気配が少し変じたような気がした。
何者に凝視されるような、様子を窺われるような、そんな感覚。
空気はにわかに重圧を帯び始め、まるで血のような
生暖かいぬめりさえ感じられるようになった。
「聞こえているでしょ?
興味もあるでしょ?
でも、無視するなら答えてあげない。
聞いてくれなきゃ意味もないから。
聞こえているかどうか、そっちの返事で確認をしたいの。
放送でも、なんでも構わないから」
返事はない。
でも、明らかに空気は変じている。
そう。森の中で飢えた虎達に凝視されるような、
海中で頬白鮫に見つめられた時のような。
彼らの縄張りに踏みこんでしまったような。
人間の天敵である人食いの大型の獣がその生餌を
貪り尽くさんとする絶好の機を窺わうような、
背筋が凍りつくようなおぞましい視線を、
震えが来るほどにひしひしと感じる。
相手の唸り声や涎が滴る音さえ聞こえそうな、
血に興奮し今にも暴れそうな気配さえ感じそうな。
そのような、生命の危機に直接晒されているような感覚。
背筋に冷たく嫌な汗さえ流れ始める。
でも、気配がここまであからさまに変わるとなれば、
私の声を聞かせる事には成功したのかも知れない。
私はそのどこからか分からない戦慄の気配に、さらに尋ねる。
「……お願い、まずは私の声が聞こえているかどうか答えて。
この私が既に三人殺してるってことは、そっちも知っているんでしょ?
この私が貴方達にとって都合がよく、今後もこの殺し合いに
大きく貢献してくれる事くらいは想像つくでしょ?
それが今さら、貴方達を裏切るってことはありえないわ。
そんな大切な貢献者を、無意味に危険にさらしたくはないと思うけど。
そんな私が大声を出すっている危険まで冒して、
貴方達に有利になるかもって話しを持ちかけているの。
その意味を理解して?
そちらに、絶対に損はさせないから」
私はディエルゴという存在が、どんな人物なのかは全く知らない。
でもあのヴォルマルフなら、“私”からの提案は興味を示すはずだ。
“私”がかつて何者と魂を共有していたか、それを知っているが故に。
だが、相変わらず返事はない。一分、二分…。しばらく返答を待つ。
もしかすると、本当は私の声などあいつらには聞こえてないのかもしれない。
あの放送というのも、一方的な何かなのかもしれない。
先ほどのその場に留まるだけで寿命が縮みそうな危険極まりない視線も、
やはり緊張の余りから来る錯覚からかもしれない。
やっぱり、私の勘違いだったのね…。
無駄に危険な事しちゃったかな?
私は諦めて嘆息しながら席を立ち、
この場を去ろうとした時。
――異変が、あった。
かすかな、異変が。
それは喜ぶべきともとれる
それは恐れるべきともとれる、
かすかな、男の声。
それが、私自身の首輪から聞こえた。
雑音混じりの、小さく、囁くような声で。
「要件を伺おう。ただし、聞くだけだが」
――喰いついた!
それは想像した通りの、進行役のヴォルマルフの声であった。
でも、まず会話のテーブルにつかせることには成功した。
あとは、私のやり方次第だ。
うん、大丈夫。私なら、きっとうまくやれる。
あのラムザ兄さんの妹なのだから。
あの聖アジョラの生まれ変わりだったのだから。
見様見真似と聖アジョラの記憶の再現だけど、
言葉のやり取りには自信がある。
――そう、私は。
私は深呼吸をする。何故かは分からないが、奇妙な確信があった。
――ラムザ兄さんの為なら、神の子にだって、ペテン師にだってなれるわ。
私は嬉しさのあまり飛び上がりそうになる気持ちを懸命に堪える。
そして、出来る限り冷淡で怪訝な声を出し、ヴォルマルフを嘲笑う。
「……ヴォルマルフ?貴方は呼んでないわ。ひっこんで。
私はね。このゲームの主催者さんにお話をしたいの。そう言ったはずよ?
それにね。所詮ディエルゴの使い走りの貴方なんかに提案の内容を伝えたって、
どうせ隠して自分の手柄にしてしまうって分かり切ってるんだから。
貴方みたいなおじさんって、そうやって目上の人に尻尾振るのが大好きなんでしょ?
貴方のその神殿騎士団の団長様って地位も、そうやって手に入れたんじゃないのかしら?
ともかく、貴方じゃ全然お話しにならないの。
話しの分かりそうな、ディエルゴ様に直接代わってくださるかしら?」
私はこのゲームの主催者をこの舞台に引きずり出すため、
ことさらにヴォルマルフを挑発する。ありったけの侮蔑の感情を込めて。
一気にまくしたてるように、相手に話しの機会を与えない。
この場の主導権をヴォルマルフに獲られてはならないのだ。
――今後こそ空気が、致命的な危険さを帯びたものに変わった。
もはや虎視眈眈と様子を窺うという生易しいレベルではない。
いつその牙をむかれようともおかしくはない、戦闘状態の…。
いや、これは戦闘ですらない。処刑、捕食、殺戮…。
一方的な惨劇の瞬間を窺う空気。
首輪越しに渦巻く、何かが膨れ上がる禍々しい気配を感じる。
それは延髄に巨大な氷柱を捻じ込まれたような、
それは身体中の毛穴という毛穴に針を差し込まれたような、
その心身を冷たく抉る研ぎ澄まされた冷たい殺意。
私はその殺意という名の氷剣に、軽く撫でられた。
体温は間違いなく数度は低下したと思う。
身体がその意志に反し、勝手な行動を開始する。
膝頭が小刻みに震え出し、立脚という行為を拒絶する。
いつの間にかカタカタと聞こえる耳障りな音は、
歯の音が噛み合わぬ音だと今更ながらに気付く。
ディエルゴを引き摺り出すために熟考した言葉までもが、
綺麗に雲散霧消する。
そう。人類の不倶戴天の天敵である
“あれ”に逆らうという意味を。
“あれ”を怒らせるという意味を。
人間という種が太古の昔にその血に刷り込まれた、
“あれ”に対する原始的恐怖を今にして思い出させられた。
“あれ”に人は逆らってはならないものだ。
“あれ”は人にとっては捕食者なのだから。
首輪など、元より関係がない。
――死ぬ。
動物が本能的に炎を恐れるかのように、人間は本能的に“あれ”を恐れる。
その本能が理性を侵食し、まっとうな勇気や機知を完全に食いつぶす。
状況を打開する策を練ることはおろか、平常の思考をすることさえままならない。
逃げることすらできない。元より逃げることなど叶わぬのだが。
「…舐めるなよ小娘。貴様を殺すなど容易いのだぞ」
ヴォルマルフは静かに死刑宣告を行う。
これ以上の威嚇の言葉さえ無い。
人は真に激怒する際、多くを語らなくなる。
第一、強者ほど無駄には吠えぬものなのだ。
そして、一旦は処刑宣告を口にした以上、
それはただちに実行されるであろう。
それは強者であるが故に。
怒らせすぎた。やりすぎてしまった。
この場で主導権を握るには、相手に平静でいられては困るのだ。
本来、ディエルゴは私の言葉など直接聞く必要性はないのだから。
それを自覚されてしまっては困るのだから。
だからこそヴォルマルフを呼び出した時にはことさらに挑発し、
相手の失敗を誘いたかったのだが、ただ単に怒りしか買わなかったらしい。
そして、肝心のディエルゴに、私の声はどうやら届いていなかったらしい。
首から異常な熱気を感じる。
首がちりちりと、少しずつ肌が焦げる感覚がする。
首を掻き毟りたくなるような激痛を感じ首輪に手を当てるが、
首輪を下手に触れると爆発するため、迂闊に手を差し入れる事も敵わない。
命乞いをすることも、身悶えすることさえも許されない。
一息に首輪を爆破しようとする様子はまるでない。
どうやら、ヴォルマルフはゆっくりと、
この私を嬲り殺そうとしているらしい。
私は臍を噛む。
もう、取り返しが付かない。
私は、失敗してしまったのだ。
私は、あのヴォルマルフに消されてしまう。
ラムザ兄さん、御免なさい。
私、もうこれまでみたい。
私に残された出来る事は、もはや祈ることのみ。
私は目を瞑り、その人生が終わる瞬間を静かに待つ。
――だが、その終わりの時はいつまで経とうとも来ることはなかった。
張りつめた気配が急変する。
首輪越しに感じていた圧倒的な冷たい殺意が動揺へ、
そしてやがて苛立ちから諦観へと変じた。
周囲の空気が目に見えて弛緩する。
首輪から感じた熱は、いつの間にかおさまっていた。
一体、何がヴォルマルフの周辺で起こったのだろうか?
たっぷり数分は待っての事。
あのヴォルマルフの厳めしい声とは対称的な、
優しげでよく透き通る声が聞こえる。
その綺麗な声色は、吟遊詩人だと言っても通用する位だろう。
「先ほどはヴォルマルフさんが失礼いたしました。愛らしいお嬢様」
優雅で丁寧な声は、なおも続く。
「申し遅れました。私の名はディエルゴと申します。
ええ、貴方が期待するこの遊戯の主催を務めさせて頂いております」
その者は、ディエルゴと名乗った。
そう。このゲームの主催者と呼ばれる存在だ。
助かった…。
ディエルゴがこの話しに乗ったと、こちらが喜ぶ余裕さえ無い。
私はただ、あのヴォルマルフの魔手から逃れた事に心から安堵する。
ディエルゴのその優しく囁き語りかけるような口調は、
まるで雛鳥を安心させる親鳥の囀りのような温もりと慈悲に包まれていた。
もちろん、ディエルゴという存在はこの殺し合いの主催者である。
この態度が偽物であり、本性はヴォルマルフに輪をかけて
おぞましい、おそらくは人外の存在であることはわかりきっている。
そう、だけど。
先ほどの心身を残らず凍て付かせるような殺意を向けられた後では、
この人になら少しだけなら心を許しても良いような錯覚さえ与える。
私は努めて穏やかに、そのディエルゴというものにまずは確認を取る。
「……貴方が本当にディエルゴだという、証明はできるの?」
首輪の向こう側で、くっくっと喉を鳴らすような気配を感じた。
それはこのディエルゴだろうか?
それとも、あのヴォルマルフだろうか?
ディエルゴを名乗るものは、私のその問いに気分を害することなく、
これ以上ないほどに優しい口調でその疑問に答える。
「ええ。貴女が知るあのヴォルマルフさんが、
貴女への殺意を抑えて私にこの場の席を譲った。
それだけでも充分証明となるのではないでしょうか?
ねえ、ヴォルマルフさん?」
ディエルゴは聞えよがしにヴォルマルフにそう確認し、
それに応じるような小さく鼻を鳴らすような音が遅れて聞こえた。
私、やっぱり殺されかけていたのだ…。
それを考えると改めて背筋が凍り付きそうになる。
それを助けてもらったんだ…。
私はこの者がそもそもの殺し合いの主催者であるにも関わらず、
この人の言う事を信じたくなってきた。
「では、信じるわ…」
私は、相手が見えないにも関わらず、ディエルゴに頷く。
ディエルゴは逆に問う。
「では、早速で申し訳ないのですが、貴女のご提案をお聞きしたいですね」
場を急かすような、ディエルゴの声。
でも先にそれに全て答えてしまえば、
ディエルゴはこちらの質問など一切答えない恐れがある。
こちらなど用済みとなってしまうが故に。
相手はこちらの言い分など一切聞く必要性はないだ。
そう。だからこそ、この場の主導権はこちらが握らなければならない。
全ては、ラムザ兄さんを生かす為に。
そうでなければ、今回の語りかけは何の意味もない。
「その前に質問があるのだけど、よろしいかしら?」
私は緊張を隠しながら、ディエルゴと名乗る存在に声をかける。
だが、ディエルゴの返答は予想だにしない冷たいものであった。
「…提案が先です。この場の主導権はこの私にあるのです。
一参加者風情がのぼせて貰っては困ります。
どうか、今の己の立場を勘違いをされないで頂きたい」
これまでの優しい態度が嘘のように声が裏返る。態度が豹変する。
それは口調こそ丁寧なものの、その言葉は明確に人を圧する、異論を一切許さぬものがった。
私の意図など、最初から気付かれていた…。
私は血が滴るほどに、その下唇を噛み締める。
つまりは同足掻こうともこの者の問いに答えるだけでしかないのだ。
拒絶すれば、ただちにディエルゴは私を見限り、
その場でヴォルマルフの餌と化すことだろう。
だが、ディエルゴの声がさらに裏返り、元の優しい口調へと戻る。
「…と言いたいのですが。
貴女のご健闘をたたえて、たった一つだけなら質問に答えてあげても良いでしょう。
ただし、貴女が著しくゲームの優位に立てるような類のものでなければ、ですが。
特例中の特例を、主催者の権限で認めましょう。ただし、二度目はありませんよ。
…ふふっ、驚かれましたか?」
遠くから彼の笑顔が感じられるほど、それは慈愛に満ちたものであった。
そう。この優しい声は全て偽りだ。でも、その声に縋りたくなる。
信頼したくなってしまう。何度でも聞きたくなってしまう様な、
麻薬のような中毒性のある、まるで聖母か天使のような声。
ヴォルマルフのような全てを威圧する声とは、まるで対象的。
「…あ、ありがとう。
では、さっきヴォルマルフが“優勝の願いで死者の蘇生は可能”といったけど、
その蘇生は、ヴォルマルフ抜きで貴方が直接行ってくれないかしら?
そのことを、どうしても直接確認しておきたかったの」
私は震える声を隠してディエルゴに問う。
そう。私が聞きたかったことはまさにそこなのだ。
ヴォルマルフもまた、死者を蘇生する力を持っている。
ただし、それはルカヴィの力を使うおぞましいものであるとラムザ兄さんから聞かされた。
ザルバック兄さんは、その力で一時の間化け物として蘇ったらしい。
ラムザ兄さんは、その時の事を悲しげに話していた…。
そう。あのヴォルマルフが、ラムザ兄さんを蘇らせるのをただ指を咥えて見てるなんて絶対に有り得ない。
ラムザ兄さんを蘇らせるとすれば、あいつの横槍で何か仕込んでくるに決まっている。
一方で、このゲームの主催者はヴォルマルフをも蘇らせるような存在なのだ。
そんなヴォルマルフですら手玉に取る存在が、ラムザ兄さんを脅威とは見做さないあろう。
そうであれば、死者蘇生の願いは最初からディエルゴに頼んだ方が絶対に良いし、
その話しをディエルゴに直接伝えておけば、ヴォルマルフの妨害もあらかじめ防げる。
「……なるほど。これはこれは。利発なお嬢さんだ。貴女のご心配ももっともです」
私の問いに、ディエルゴは何かに気づいたように、しきりに感心していた。
もうとっくに私の考えなんて全部見抜かれているのかもしれない。
「答えて。…そして、私に約束して。
その願いはヴォルマルフではなく、貴方自身の手で叶えるって。
それだけの力がある貴方なら、その位訳ない事でしょ?」
私はどこかにいるディエルゴに、そう懇願するしかなかった。
「ええ、宜しいですよ。
もし貴女が優勝した暁には、ヴォルマルフさんではなく、
私自身の手でラムザ兄さんの蘇生をご約束いたしましょう。
その方が、貴女も最後までやる気が沸くというものですからね。
貴女も心の不安を取り除く事が出来て、良かったですね?」
ディエルゴはこれ以上なく優しい声色で囁く。
そう。聞く人の心を安心させるような、好意を抱かせるような声。
理性が強く警告を発しても、本能がその感情を抑えられて、あるいはとろかされてしまう。
あの声には、実際に魔力か何かが含まれているのかもしれない。
それも、あのヴォルマルフとは極めて対象的なものが。
「ありがとう。では、私も約束を守るわ」
私は強く意を決して、ディエルゴに訴える。
これで保険はかける事が出来た。
そして、ゲームの本番はこれからだ。
これは、あいつらを満足させるだけのものではない。
この私にとっても、極めて重要な意味を持つ。
「たしか、『二十四時間の間に死亡者がいない場合、全員の首輪が爆発する。』って、
あの会場でヴォルマルフは言ったよね」
「ええ」
ディエルゴはその問いに嬉しげに肯定の意を示す。
その声は、心なしか好奇心に揺れている気がした。
「そのタイムリミットだけど、『最後の死者から十二時間の間に変更』っていうのはどうかしら?
主催者の貴方なら、この言葉が持つ別の意味さえもよくわかるかと思うけど」
そう。これは単なる時間が短縮されるという意味だけではない。
放送は十二時間おきにやってくるのだ。そして、今から十二時間後という事は…。
「ク、ククク…。
なるほど、そういった提案ですか。素晴らしい。良くぞ思いつきました」
しばらくの間が空いてから、押さえようがない、低い笑い声が漏れる。
その向こう側でも、薄く笑うもう一つの気配を感じた気がした。
ディエルゴと、おそらくはヴォルマルフさえも私の意図を察したのだろう。
そう。これが意味することは大きいのだ。
他の参加者がどこかで隠れ潜んでいる場合、放送でその死者を確認するしかない。
二十四時間おきであれば、毎回の放送で死者があったことだけ知ることができれば、
そのまま時間の続く限りどこかで身を隠し続ければどうということはない。
そうなれば、安全策を取る者は皆引きこもってしまうことになる。
これでは、何のための殺し合いかがわからなくなる。
無論、今のままでもこの殺し合いに乗った者達の追跡から
身を隠しながらという条件付きではあるのだが。
そうなれば、積極的に働くのは少数の奉仕者のみ。
場の緊張感はなくなり、空気は弛緩することであろう。
そして奉仕者がいなくなれば、ゲームはいずれ破綻する。
だが、もしこのリミットが最後の死者から十二時間以内であれば?
そうなれば、放送直後から人が死んだ場合でない限り、
隠れながら放送を聞き安心を得る事はできないのだ。
そして、もし放送で死者の確認を取っていられない場合は?
そうなれば、どこかで知り合いの死体を発見しなければならない。
顔と名前を知らなければ、死体を発見した所であまり意味がない。
その死体は、以前の放送前に死んだ者かもしれないのだから。
あるいは確実に半日の安心を得たいのなら?
敵味方問わず、無力な者を襲い死者を出すしかない。
敵味方問わずに、だ。
隠れていれば、いつ誰が死んだかも一切わからないのだから。
そう。自分の意思で歩いて確認するしかない。
そうなれば参加者同士の遭遇率は飛躍的に増し、戦闘は激化する。
確実な死者を製造する為に。
己が十二時間の保身の為に。
十二時間以内に新たな死体の発見が困難な場合は、最悪同士討ちさえも発生する。
それは仲間を信じるなどという馬鹿馬鹿しい考えを持つ連中には、多大な枷となる。
足手まといとなりかねないような負傷者や女子供は、いの一番に強者の生贄となる。
そして、それを恐れた弱者は、自分を守る存在であるはずの強者から逃げざるを得ない。
私のような貢献者は、そのこぼれ落ちた弱者をゆっくりと戴けばいいのだ。
そして最低一人殺した後なら、次の犠牲者は殺さぬ程度に傷つければいい。
身動きを取れなくしてから、丁度十一時間後に息の根を止めれば日和見も決め込むこともできる。
無論、死者の情報は他者には決して渡さない。
参加者同士の共食いを加速させる為に。
自らの労力を使わずに、他の参加者を減らすために。
そして放送を迎え予想以上に人間が死んでいたと判明した場合、
殺す必要性のなかった味方を殺してしまったと気づいた
“このゲームの反抗者”は大いに嘆き、その心を空洞化させるだろう。
腑抜けてしまった反抗者など、私にだって簡単に殺せる。
とはいえ、これは足手まといの存在しない強者とも当たる可能性は増し、
私のような一般人が襲われてしまう可能性も飛躍的に増すのだが。
そう。諸刃の剣ではあるが、私がこの先生き残るには
この策を提案するのがむしろ望ましいように思えた。
この殺し合い、時間をかければかけるほど、
体力の全くない私は脱落する危険性が増すのだから。
「その提案、私から感謝したいくらい。ですが…、一つ問題があります」
ディエルゴは私の提案に大いに満足した。喉を鳴らす音が首輪越しからも聞こえる。
だが、そこは自分のペース、と言わんばかりにディエルゴは私に釘を刺す。
「賢明なる貴女は御察しかもしれませんが、
このゲームの
ルールはヴォルマルフさんと協力して考えたものです。
ですから、彼を押し退けて私一人の独断での決定ともなれば、
ヴォルマルフさんの面子を潰してしまうことにもなります。
ましてや、貴女はヴォルマルフさんを少々刺激し過ぎましたからね。
そのまま通せば貴女が後にどういう目に合わされるか、想像に難くありませんね?
よって、少しの間彼と話し合ってみてから決めたいのです。
結果はすぐにでもお伝えいたしましょう」
ディエルゴが私を値踏むような、面白がるような視線を肌で感じる。
無数の毒蛇に身体中を這い回られるような、
その二枚舌で身体中を舐め回されるような、
ヴォルマルフのような人食いの獣の如き殺意の視線とはまた別の、
不愉快さとおぞけをふんだんに帯びた、粘着的なおぞましい視線。
ぬらりとした感覚が今でも残るような、そんな錯覚さえ覚える。
これはまた違った意味で、こちらを不安にさせていく。
「では、どうかその時まで生き延びて下さい。何、そうお時間は取らせませんよ?
…貴方に聖アジョラの加護があらんことを、心よりお祈りしておりますよ。
ファーラム」
ディエルゴは、そう言って会話を中断する。
会話は、一先ずは成功した。打つべき手は打った。
ディエルゴからの保証も取れた。
これでラムザ兄さんが万一死のうと、
何の憂いもなく蘇らせる事が出来る。
ヴォルマルフの妨害も一切なく。
この提案が通った場合、心の平静を失った者達はどんどん自滅していくことだろう。
それは私にとっても有り難いことであり、殺す手間が省けるという事。
私はただ、状況に翻弄される無力な小娘を装えばいい。
あとは愚かな騎士様達の手を汚させればいいのだ。
最後に笑うのは、この私。
よし。頑張らなくちゃ、ね?
待っててね、ラムザ兄さん。
私はディエルゴの返答を待つまでの間に、
最善の体調を整えるべく、活動を再開する。
聖魔法と白魔法を自らにかける事で体の疲れを癒し、
先ほど食べた飴と同じものと緑の包装紙の飴を開けて
纏めて口に放り込みバリバリと噛み砕く。
精神的な疲れがまとめて綺麗さっぱり取れたような、そんな気がする。
身体中の疲れも、少しはマシになってきたようだ。
頑張れ、アルマ。私なら、きっと上手くやれるわ。
私は強い決意を胸に、放送の結論を待ち続けた。
【F-5/森/1日目・夜(放送後)】
【アルマ@FFT】
[状態]:健康、身体の疲労(小)、常軌を逸する狂気と信念、マバリア効果中(リレイズ&リジェネ&プロテス&シェル&ヘイスト)。
[装備]:手斧@紋章の謎
死霊の指輪@TO 希望のローブ@サモンナイト2
[道具]:支給品一式、食料一式×4、水×3人分、折れ曲がったレイピア@紋章の謎、ガストラフェテス@FFT、
ガストラフェテスの矢(残り2本)、アメルの首輪
筆記用具、竜玉石@タクティクスオウガ 、ヒーリングプラス @タクティクスオウガ
キャンディ詰め合わせ(袋つき)@サモンナイトシリーズ
(メロンキャンディ×1、パインキャンディ×1 モカキャンディ×1、ミルクキャンディ×1)
[思考] 1:利用できるものは何でも利用する(他者の犠牲は勿論の事、己のいかなる犠牲すら問わない)。
2:ラムザ兄さんが生きていることを確認したい。
3:ラムザ兄さんを優勝させるため、ゲームに乗る。
4:ラムザ兄さんが死んでしまった場合は、優勝を目指してディエルゴに蘇生を願う。
5:他の参加者に遭遇したら、対主催を装って利用し、時期がきたら殺す。
6:G-5の街に行って、何か役に立つものを手に入れたい(出来れば矢が欲しい)
7:アルガスやウィーグラフを発見すれば、殺害してクリスタルを回収したい。
(アグリアスは利用価値なしと判断したら殺害してクリスタルを奪う。)
最終更新:2013年04月17日 00:11