焦燥 ◆j893VYBPfU


「警告。警告。参加者ハ禁止えりあニ進入シテオリマス。
 参加者ハ三十秒以内二禁止えりあヨリ退避シテクダサイ。
 カウントダウン開始。三十、二十九、二十八……。」

無機質な合成音による、致命的内容の警告が首輪より響き渡る。
だがそれにすら気付く事無く、呆けた様に走り続ける黒髪の学生がいる。
そしてその自殺行為を阻止しようと、後方から追い縋る金髪の青年がいる。

黒髪の学生はマグナと言う。
金髪の青年はホームズと言う。

燃え上がる強い意志をその瞳に宿すその金髪の青年は、
憑かれたように走り続ける濁った眼の青年の背中を
強引に鷲掴みにして、力任せに後方へと引き擦る。
だが青年は、特に抵抗する事もなく金髪の青年につき従う。

ずるずると。
のろのろと。
そこにはなんの抵抗も、意思さえもありはせず。

首輪からの死を告げるカウントダウンは、なおも続く。
死刑執行へ到る時間は、あとわずか。

よたよたと、その力に押されるように学生は付き従う。
そして、ようやく二人は窮地を脱する事に成功した。

「「六、五、四…。禁止えりあカラノ退避ヲ確認イタシマシタ。
  かうんとハりせっとサレマスガ、今後ハゴ気ヲ付ケ下サイ。」」

機械による抑揚の無い気遣いを受けながら、
金髪の青年はようやく安堵の溜息を洩らした。
やがて、金髪の青年は、黒髪の愚者の襟首を掴む。

全身から冷汗を滝のように流し、喘息のように荒々しく呼吸を吐きながら。
だがしかし、その眼だけは一切の疲労を感じさせず。ただ怒りに燃えていた。
そして、容赦のない怒りの鉄拳。
マグナの頬に深くめり込む。
学生は、抵抗なく吹き飛ばされた。

「……なにするんだ。ホームズ。痛いじゃないか?」
「っざけんな!そりゃこっちの台詞だ!!
 てめえ、今一体何やらかそうとしていたんだ!」

金髪の青年は怒声を張り上げ、
黒髪の学生の自殺行為を糾弾する。

「え?なにって…。」
「聞いてんだよ!てめえは何やらかそうとしたんだって!
 さっさと答えねえか!!答えねえと俺の手で殺すぞ!!」

襟首を捻じり上げてマグナを宙吊りにし、
さらに拳を振り上げようとするホームズ。
しかし、それに「さっぱり訳が分からない」
といった風情の表情を、マグナは向ける。
その仕草は親に叱られた理由を全く理解できない、
無垢かつ無知な幼子のようですらあった。


――この男は大事なものを失った衝撃で、もはや完全に腑抜けていた。


やはり、あの時の威勢は空元気だったのか?
己の辛い現実から、目を背けようとする為の。
そして、ゆるやかに、この男は絶望に飲まれかけている。
それはこの覇気のない表情と、濁り切った暗い瞳を見れば、
自ずと理解できた。
ホームズはそんなマグナの様子を見、行動を決めかねていた。

いや。もしかすると、この男は危険など最初から承知で…。
まさかとは思うが、自分の死に場所を探しに同行しているのでは?
ホームズは考えられる、最悪の可能性を想像する。
この男が既に死神に取りつかれているなら、
もはやこちらがどう足掻いても無駄である。

――後追い自殺。
なぜその可能性をもっと早く想像出来なかったのかと、
ホームズは歯噛みする。
己一人では、この先マグナを止め続けるのは不可能だ。

「…何のつもりって?お前のダチの、リュナンを助けに一緒に探している所じゃないか。
 それなのに、なんでお前に殴られる理由があるんだよ?それに“殺す”ってなんだよ?
 …全然、訳わかんねえし、俺はまだ死ぬつもりはねえよ。」


――死ぬつもりはない、か。


ホームズは、この男の愚行の動機が、己の想像した
最悪の可能性ではなかった事に安堵の溜息を吐く。
そして、静かに目を瞑り、端正な顔を苦渋に歪ませて。
今度は先程以上の怒声を再び張り上げた。

それは、純粋なまでの怒りであった。
同行する仲間を思うが故の憤りであった。
憎しみはない。悪意もない。
それは仲間と認めるが故の怒りであった。

「お前はなあ!さっき禁止エリアに入り込んでたんだよ!!
 俺が止めなきゃ、今頃はその首が吹き飛んでたんだよ!!
 あの会場の大男のようにな!!少しは気をつけやがれ!!」

ホームズは襟首を掴んだまま、大声を張り上げる。
鼓膜が破れそうなほどの怒声。襟が引きちぎれんばかりの力をその腕に込めて、
マグナを前後へと激しく揺さぶる。マグナはただ、黙ってそれを受け入れた。

「………あ、そうだったのか?そいつは、気が付かなかった。
 ありがとな、ホームズ。」

マグナはそれでようやく得心が言ったように、
どこか疲れたような表情で、曖昧に弱弱しく微笑みかける。
だがそれは、九死に一生を得たような、
危機的状態にあった事を自覚してのものではない。
忘れ物を拾って貰い感謝するような、そんな気安さに近かった。
……わかってない。わかってないのだ。
この男は、今こうしてかろうじて生き延びたという実感さえもない。

「……探そうとして、俺まで死んでりゃ世話ないよな。
 まあ死んだら死んだで、アメルの所にいけるから、それでもいっか。
 でもさ。なんでそんな危ない真似までして、俺を助けようとしたんだ?
 それでお前まで死んじまったら、全然意味ないじゃないか?」

マグナはそう軽口を叩く。
実にのんびりとした、いつもの口調で。
だが、その瞳には普段持っている太陽の輝きはなく。
むしろそれは、下水のような排泄物の濁りに溢れていた。

「俺まで死んでりゃ」
「死んだら死んだで」

だが、その内容は、
だが、その言葉は。
友の生死を軽く見る言葉は。
己が仲間と認めた者が、自分の生命さえ軽く扱う言葉だけは。
ホームズの許容できる内容では、決してなかった。

再び、力任せの剛腕が唸る。
技術も何もない。純粋な殴打。
周囲に響き渡る、鋭い衝撃音。
殴られたマグナの首が、捩じ切れんばかりに横に曲がる。
襟首を掴み、宙吊りにして強引に立ちあがらせる。

殴打。
殴打。
殴打。

マグナは抵抗する事もなく、倒れる事も許されず。
ただされるがままに身を任していた。

「リュナンを死んだと決めつけるのは、俺が許さねえ!
 そして自分の生命を粗末に扱う奴も、俺が許さねえ!」

ホームズの激昂が、ついに口火を切る。

「いいか。この際はっきり言ってやるぞ!
 てめえの事なんざな、正直どうでもいいんだよ!
 でもな。俺はお前の事をラムザに託されている!
 俺はあいつとの約束は必ず守らなきゃならねえ!」

「たとえ生命を賭けたってな。それが“男の約束”って奴だ!
 だからな、そこで腐ってるてめえでも助けてやったんだ!
 ……だがな、これ以上この俺に手間かけさせんじゃねえ!
 マグナ。お前はな、正直俺にとっちゃ足手まといなんだよ!
 だったらせめてこっちにゃ迷惑かけず、大人しく位しとけ!」

ホームズはそう言って、乱暴に地面に唾を吐く。

ホームズは、意地っ張りだった。
ホームズは、へそ曲がりだった。
ホームズは自分の為ではなく、彼なりに身近な女を失い、
絶望に飲まれかけている、この哀れな男を心から気遣っていた。
惚れた女を失う魂の慟哭は、己も魂が裂けるほど理解しているが故に。

そうでなければ、己の首輪まで爆発する危険を冒してまで、
彼を助けようとは決してしなかっただろう。
あるいはお情けで助けたとしても、その後は放置しただろう。
今のマグナの姿は、過去の自分の姿でもあるが故に。
それを見て見ぬ振りは、決して出来ないのだ。

――お前が俺の仲間なんだからだよ!――

――お前は過去の俺だからなんだよ!――

――だったら放っておけねえんだよ!――

ホームズは、ただマグナに、そう素直に述べさえすれば良かったのだ。
そうすれば、マグナも心を開き、彼の漢気をそのままに信じただろう。
だがしかし。ホームズはそれを素直に伝える事はできなかった。
生来の気位の高さと素直でない性格が、それを許さなかったが故に。

だが、ホームズが心にもない悪態を付いたが故に。
それをマグナは真に受け、悪い方向へと解釈した。
だが、それにホームズが気付く余地はなかった。

「…は、ははは。ま、そうだよなぁ。俺に利用価値なんてないしな。
 でもこんなこと言うと、またアメルに叱られそうだ。…参ったな。」

「………喝は入ったな?なら、さっさと立て。このクズ野郎が。」

ホームズは侮蔑に語気を荒めて、顎をしゃくってマグナに起立を促す。
マグナがこちらを見る目が、みるみる冷淡なものになる。
だが、その視線でホームズは臆することなく、むしろ安堵した。

――そうだ。今は好きなだけこの俺を憎めばいい。
  だが、それがそのままお前の生きる力になるだろう。
  今の腐ったままよりは、よっぽどマシだろうからな。

――死神は、生きる気力を失ったものから、その魂を刈り取りに来るものだから。

「ああ。そうだな。でも、これでこれ以上東には行けないってわかったって訳だ。
 …なら、どっちに行くんだ。ホームズ?」

――今度は、「わかんねぇ」なんて言うなよ?
若干の軽蔑と悪意が籠った視線で、マグナはホームズを見やる。
だが、ホームズは不敵に笑うと北を指差した。

「あっちだ。北に向かう。」
「…その理由はあるのか?」

マグナは疑わしそうな視線をホームズに向けるが、
ホームズは一切動じることはない。

「リュナンは今“追われている”って思い込んでいる。
 だったら、少しでも早く身を隠したい。東にいないなら…。」
「見晴らしの良い街道を駆け抜けて南下する危険を冒すより、
 北にある村を目指した方が地理的には近いし、
 それまでに身を隠す場所はいくらでもある。だろ?」

マグナはホームズの先の言葉を取る。
意外にも、その言葉は正鵠を得ていた。

「…なんだ、意外にわかってるじゃないか。」
「ああ。さっき、お前の大嫌いなアルフォンスと、
 丁度同じような事を会話していたからだよ。」

感心するホームズに、マグナは醒めた視線をぶつける。
殊更に“アルフォンス”という部分に力を込めて、マグナは語る。
ばつが悪くなり、目をそらすホームズ。
無論、こちらがアルフォンスに抱く敵意を承知の上での事だろう。

「…気付いてたのか?」
「そりゃ、あれだけ態度に出してりゃ、誰だって気付くさ。」

吐き捨てるように、マグナは冷たく語る。
先程のホームズの憤怒が沸点なら、
現在のマグナの冷淡さは凝固点。
二人の人間関係には、もはや明確な亀裂が走っていた。
その光景を興味深く眺める一匹にすら、二人は気付かない。

「ま、あの野郎の話題は後回しだ。それよりも…。」
「…ああ。じゃ、さっさと行こうか。俺も仲間を悪く言われるのは嫌だからな。」

気分を切り替えるべく会話を変えようとしたホームズに、
マグナは冷たくあしらい、会話自体を拒絶する。
気まずい雰囲気のまま、二人とそれを追いすがる一匹は北上を開始した。
お互いの胸に、深いわだかまりを残したままで。



【E-3/砂漠/1日目・夜(臨時放送直後)】
【ホームズ@TS】
[状態]:上半身に打撲(数箇所:軽度)、苛立ちと不安(重度)
[装備]:プリニー@魔界戦記ディスガイア
[道具]:支給品一式(ちょっと潰れている)、不明(未確認)
[思考]1:リュナンをとっ捕まえて正気に戻す
    2:マグナの意見を元にC-3の村へと北上する。
    3:あのおっさん(ヴォルマルフ)はぶっ飛ばす
    4:カトリネスティと合流したい
    5:弓か剣が欲しい
    6:マグナの奴が心配。腹も立つが、どうにか助けてやりたい。

【マグナ@サモンナイト2】
[状態]:健康 右頬に打撲(大きく腫れ上がり)、衣服に赤いワインが付着
    ショックによる軽い放心状態、ホームズに対する疑念と不信感
[装備]:割れたワインボトル
[道具]:支給品一式(食料を1食分消費しています) 浄化の杖@TO
    予備のワインボトル一つ・小麦粉の入った袋一つ・ビン数個(中身はジャムや薬)
[思考]1:これ以上の犠牲者は出さない
    2:ホームズと共にリュナンの捜索
    3:仲間を探す(ネスティと抜剣者達を優先したい)
    4:皆とともにゲームを脱出したい
    5:…そういや、召喚確かめてなかった。ま、いっか。
    6:どうせ、俺は足手纏いさ…。

【プリニー@魔界戦記ディスガイア】
[状態]:ボッコボコ(行動にはそれほど支障なし)
[装備]:なし
[道具]:リュックサックのみ(水と食料も支給されていません)
[思考]1:ちょ、この二人完全においらの事忘れてるッス。
    2:…ま、空気の方が色々とやりやすいッスけどね。
    3:あのおっさんから給料貰ってはいるけど黙ってるッス。
    4:この主人マジで怖いッス。
    5:でも、マグナの旦那とは面白い事になりそうッスね。

[備考]:ユンヌ@暁の女神 が肩に止まっています。

103 魔竜伝説 投下順 105 アルガスとの再会
100 臨時放送 時系列順 109 残照
090 思いは儚く露と消え マグナ 111 再会、そして…
090 思いは儚く露と消え ホームズ 111 再会、そして…
最終更新:2011年01月28日 14:53