残照 ◆LKgHrWJock


私は戦争が嫌いだ。
あれほどまでに愛した妻を私から奪った不条理をどうして好きになどなれるだろう。
しかし、私は騎士。戦場は私を必要とする。
しかも、聖騎士の称号を持つ私は、部隊を指揮する立場に身を置かねばならない。

己の抱えるこの矛盾に耐えられなくなることがある。特に、戦いの前夜には。
明日、私は何人の敵兵を殺すのだろう。何人の部下を死なせるのだろう。
彼らにだって家族や友人はいるだろうに。彼らの死を嘆き悲しむ者だっているだろうに。
この私の発する言葉が、ありとあらゆる判断が、その一挙手一投足が、
あのとき私が味わった耐えがたい悲嘆を多くの人間にもたらすのだ。
その重みが、私には恐ろしくてならなかった。
自分という存在が、この世のあらゆる災厄の中心であるかのようにすら思えてくる。

やはり、あのとき死んでおけば良かった。
あのとき、妻が死んだとき、私の中に息づいていた力強い何かも共に死んだ。
何かを欠いた私が不幸の連鎖の紡ぎ手に成り果てたとしても、それは当然の帰結というもの。
愛する妻を死なせることしかできなかった私に、一体誰を救えるというのか。
私のような人間は、ここにいるべきではないのだ。
私より優れた者はいくらでもいた。このような立場に相応しい者はいくらでもいた。
なのに何故、彼らが死に、私が生き残ってしまったのだろう――

夜が明ける前に、自らの手で、この世との繋がりを断ってしまおうか。
そんな誘惑に身を委ねたくなる。
しかし、私には一線を越えることなどできなかった。
大勢の部下の命を預かる私が、戦う力を持たぬ民の代わりに戦わねばならぬ私が、
果たすべき役目を前にして、感傷に溺れて命を投げ捨てるなど決して許されない。
そんな真似をすれば、私を信じてくれている者たちにどれほどの被害を与えるだろう。
そんな真似をすれば、今度こそ本当に妻に合わせる顔がなくなってしまう。

だから私は妻の遺したオルゴールに手を伸ばす。
オルゴールの奏でる懐かしい音色は、耐えがたい苦痛を私にもたらす。
妻と過ごしたかけがえのない日々、決して取り戻すことのできない日々が、
まるで昨日の出来事のように鮮やかな映像を伴って次々と脳裏に甦る。
そして、もう二度と彼女には会えない、という当たり前の事実に圧倒される。
それでもオルゴールに手を伸ばすのは、そこに妻がいるからだった。
限りない痛みと喪失の只中でのみ、私は妻の存在を身近に感じることができるのだ。

そして、彼女は教えてくれる。誇りを失ってはならない、と。
無意味な死など存在しない。明日の“犠牲者”を不幸なだけと断じてはならない。
そのような考えは、死んでしまった彼女を貶め、その生を否定することに通じる。
私よりも優れた者が何故死なねばならなかったのか、と嘆いてはならない。
死者と比較して自分が劣っていることなど、逃避行為の言い訳にはならない。
私は生き残った。重要なのは、その理由などではない。
私は知っている。愛すべき者が、敬意を払うべき者が、志半ばでたおれた者が
かつてこの世にいたことを。私の存在に希望を見出す者がこの世に存在することを。
それだけで充分だ。それを知っている以上、選択すべき道は一つしかない。

人の心には、自浄作用がある。喪失を乗り越え、過ちを正す力を人は誰しも有している。
だから私はそれを信じ、己の成すべきことに全力を尽くせばいいのだ。
全ての生は、全ての死は、いつの日か必ず訪れる輝かしい未来に繋がっているのだから。

……そう信じていられたからこそ、私は“強者”になれたのだ。
しかしその信念も、あの地下牢で崩れ落ちていった――

          ◇ ◆ ◇

可憐で優しげなカトリの顔が凍りつき、まるで魂が抜けるように血の気が失せていった。
ヴォルマルフによる第一回放送、読み上げられる死者の名前。
私を支えるべく肩を貸すルヴァイド、その身体が一瞬だけ強張るのが分かった。
理由は察しがつく。死者の中に、見知った者の名前があったのだろう。
ルヴァイドの表情は窺えない。自力で立つこともできず、彼にもたれかかる格好の私には。
それでも、ルヴァイドがカトリに顔を向けたのは分かった。そして声をかけたことも。

「カトリ、もう少し休むか」
「いいえ、私は大丈夫です。行きましょう、日が完全に落ちる前にできるだけ移動しておきたいの」
「いや、それでは俺が困るのだ」
「ルヴァイドさんが、どうして……?」
「この中で今、剣を振るえるのは俺だけだ。こちらには首輪探知機があるとはいえ、
 あのような放送を聴かされた直後では判断を誤りかねぬ。少し、時間が欲しい」

しかし言葉とは裏腹にルヴァイドの口調には迷いがなく、その声色も放送前と何ら変わりはない。
彼は冷静沈着そのものだった。恐らく、死というものに慣れ切っているのだろう。
しかし冷酷な人間ではない。「俺が困る」と言ってはいるが、実際にはカトリを慮っている。
彼女に負担をかけぬよう、そして嫌とは言わせぬよう、あえて自分一人の都合であるかのような
言い方をしたのではないか。つまり、カトリを休ませるために、責任を背負い込んだということだ。
近寄り難いように見えて、意外と面倒見の良い男なのかもしれない。

しかし、対するカトリもまた、その第一印象に反する気質を持ち合わせているようだった。
茫然自失の体で立ち尽くしていたカトリは、ルヴァイドに声をかけられてはっとした。
胸の前で固く握り締められた細く白い指、うっすらと涙の滲んだ優しげな眼。
彼女の声はか細く、少し震えていたが、その言葉には確固とした意志があった。
それは純粋な優しさに裏打ちされたものだったが、一旦決めたことを成し遂げるまでは
てこでも動かぬ頑固な気質を感じさせた。

「でもね、ルヴァイドさん。ランスロットさんの服はまだ少し湿っているの。
 陽が沈んだら寒くなるわ、そしたらどんどん体力を奪われちゃうでしょ。
 ランスロットさんは怪我をしているのに、その上風邪までひいたら……。
 そんなことにならないように、一刻も早く村のどこか暖かい場所で休ませてあげたいの」
「なるほど、確かにハミルトンの体調を第一に考えるのならば、先を急ぐべきだろう。
 しかしカトリ、いくら彼を気遣ったところで、村まで無事に辿り着けぬようでは元も子もないのだぞ」
「それなら私に考えがあります。ルヴァイドさんの負担を減らせばいいのでしょう?」

湿度を帯びた夕暮れの風に、カトリの長い髪が揺れる。
しばしの沈黙の後、ルヴァイドが口を開いた。

「……話を聞こう」
「この杖でゾンビを召喚して、囮になってもらうの」

言いながら――ルヴァイドが返事をする前に――、カトリは禍々しい装飾の施された杖を掲げた。
まるで水が沸騰するように地面が泡立ち、ドラゴンを思わせる巨大生物が地中から現れる。
いや、それは生物ではない。漂う腐臭、吐き気を催すこの悪臭は明らかに死臭だった。
ゾンビを召喚すると言ったカトリの前に現れたのは異形の竜、初めて目にする異界の腐竜だった。
しかし、この結果にもっとも驚いたのは、私でもルヴァイドでもなく当のカトリ本人だったのか。
彼女は絶句し、信じられないものを見るような目を自身の召喚した魔物に向ける。
だが、それもほんの僅かのこと。驚愕は喜びへ、そして安堵へと変わっていった。

「ああ……ユトナ神よ、感謝いたします……」

平時であれば、或いは戦時であれば、私は衝撃を受けただろう。
神に仕える善良な少女が屍術もどきを行使する異邦の文化、私の知らない価値観に。
しかし、今はただ感謝した。卑小な己を恥じながら。カトリの決断に、その純粋な優しさに。
彼女は見知った人間の理不尽な死に直面しながら、泣き言一つこぼさずに
ルヴァイドと私の双方を犠牲にしないよう最善を尽くしてくれたのだ。
私はあの放送を聴きながらデニム君の名が呼ばれなかったことに安堵してしまったというのに。

「ドラゴンゾンビなら囮になってくれるだけじゃない。ちゃんとした戦力にもなるわ」
「カトリよ、そのドラゴンゾンビを制御するには、どれほどの精神力を要するのだ?」
「精神力っていうほどの集中は必要ありません」
「ならば、これを預かってほしい」

ルヴァイドの差し出した風変わりな腕輪をカトリは躊躇いながらも受け取った。

「首輪探知機を私に? でも、これはルヴァイドさんの……」
「しばしの間、おまえに首輪探知機の監視を頼みたい。俺には他にすべきことがあるのでな。
 若干の集中力を要するが……、任せていいな?」
「ええ、私は大丈夫です」

カトリは静かに微笑んだ。哀しげではあったが、確かな意志を感じさせる笑顔。
ふと、一つの仮説が浮上する。ルヴァイドは、カトリの意識を仲間の死から遠ざけるために、
あえて首輪探知機の監視を彼女に委ねたのではないだろうか、と。
言葉になったことのみが本心なら、移動すると決めた時点で――つまり放送前の時点で――
カトリに首輪探知機を渡していたはずではないか。
しかし、実際に手渡したのは放送後、それもカトリが休息を拒んでからのこと。

ルヴァイドの人間性を裏付けるはずのこの仮説に、胸の奥が冷たくなる。
私は危惧していた。歩くこともままならぬ身で足手纏いにはならないだろうか、と。
しかし、私の存在が彼らを阻害しかねないのは、怪我のせいだけではないのだろう。
何故なら、私にはカトリの心を支えることができなかった、いや、それどころか、
彼女の心を支えようと考えることすら忘れていたのだから。
私の誇りだった聖騎士の称号は、決して戦いの腕だけで得たのではないにも関わらず。


一行を先導するように、或いは護衛するように、ドラゴンゾンビが低空飛行する。
幾度となく小休止を挟みながら、私たちはC-3エリアの村を目指していた。
怪我は徐々に癒えていくものの、私の折れた右足は未だ自身の体重に耐えることができない。
休息を終え、ルヴァイドの肩を借りて立ち上がろうとしたとき、耳慣れぬ声が首輪から聞こえた。

「――初めまして、皆様方。
 私は悪鬼使いキュラーと申す者。以後、お見知り置きを」

ルヴァイドがはっと息を呑み、その身が強張るのがはっきりと分かった。
彼の表情を確認することはできないが、第一回放送のときとは明らかに反応が違っている。
ルールの改定を告げるキュラーの声を、ルヴァイドは微動だにせず聞いていた。
首輪の制限時間の変更に関する説明を終えたキュラーは、
救済処置と称して、更に悪質なルールの追加を我々に告げる。
その内容は、死者の首輪と引き換えに、生前の所持品を与えるというもの。
しかもそれは、ここに召喚される前に身につけていた武具の類いだという。

断固として拒絶せねばならない、愚劣極まりない悪魔の囁き。しかし、私の心は揺れた。
歩くこともままならなず、聖騎士としての精神すらも失いつつある私であっても、
見返りを求めずに私を助けてくれたルヴァイドやカトリの恩に報いることができるかも知れない。
私の愛剣ロンバルディア。ルヴァイドならば使いこなせるだろう。そして皆を助けてくれるだろう。
悪魔の囁きに揺さぶられる私の心を見透かすように、キュラーが更なる追い討ちをかける。

「――例え足手纏いの方々であろうとも、
 自らの生命を皆様方に差し出しさえすれば、貴重な時と品々をお与えになり、
 残された仲間達に貢献する事が出来るにようにあいなりました――」

そう、私が死ねば――しかし、悪魔の同意を得ることで、私の心に疑問が芽生える。
新たなルールを受け入れて私が自ら命を絶てば、この二人はどんな気分になるだろう。
私が首輪を差し出すことで彼らの心に波風を立て、苦悩を背負わせ、正常な判断力を奪うなら、
それは命を捨てるだけではないか。そのような真似はできない、断じて。しかし、もし――

キュラーによる臨時放送が終わると、ルヴァイドが静かに口を開いた。

「……このゲームの破壊を目論む者や脱出を望む者を、一人でも多く集めたい。
 戦力が必要なのでな。だが、烏合の衆に過ぎぬようでは、主催の打倒は困難を極めるだろう。
 そこでハミルトン、おまえに一つ頼みがある」
「……話を聞かせてほしい」
「交渉役や助言を頼みたいのだ。異なる世界の者達が互いに手を取り合えるよう」
「喜んで引き受けよう。しかし団結を促す役目ならば、貴公の方が向いているのではないか?」
「いや、俺には戦うことしかできんよ。それに、剣を振っている方が性に合っているのでな」

その言葉は私をキュラーの甘言から遠ざけるためのものだろうか。
しかし、それにしては、ルヴァイドの声色からはこれまでにない切迫した決意が感じられた。
彼はキュラーを知っている。それは間違いないと思った。しかしどのような関わりがあったのか。
それを問おうとしたときに、カトリがあっと声を上げた。首輪探知機に反応があったのだ。

南方のE-4エリア付近、今しがた禁止エリアになったばかりの一帯に、誰かが足を踏み入れた。
その人物を追いかけるように、新たな光が現れる。相手はどうやら二人組みのようだ。
彼らは禁止エリア付近で一体何をしているのだろう。
二人はしばし立ち止まり、やがて今来た道を引き返していく。
二つの光が探知機から消えた。私もまた、問うべき機会を失った。

          ◇ ◆ ◇

カチュア・パウエルという少女は、私の名を口にしようとはしなかった。
彼女は私を“騎士様”と呼んだ。敬意ゆえではなく、恐らくは真逆の思惑を隠すために。
しかし、そのことに気付いていながら、私は笑顔で彼女に接した。
彼女は笑わない娘だったから。誰に対しても刺のある言葉を使う娘だったから。
そのように振舞わなければ生きていけなかったのだと思ったから。
彼女が悪なのではない、繊細な少女をしたたかな女に変えた民族紛争こそが悪なのだと思ったから。
だから私は彼女の心に宿る自浄作用を信じ、余計なことは言わずに笑顔で接した。

そうすることが優しさなのだと信じていた。そうすることが誠意なのだと信じていた。
しかしそれは偽善だった。恐ろしいまでの虚無をうわべだけの笑みで包んだ、正真正銘の偽善だった。

地下牢で再会したカチュアは、まるで未亡人のように黒いドレスをまとっていた。
私の宿敵であり、ヴァレリアの脅威でもあるランスロット・タルタロスに寄り添い、彼女はこう呟いた。

「私はデニムを愛していたわ。たった一人の弟だもの。当然よね。
 でも弟じゃなかった……。そして、私を見捨てた……。手に入らないのなら、いっそ……」

ヴァレリアの正当なる後継者が、ヴァレリアの未来のために戦っている者を殺す。
姉が、弟を殺す。繊細な少女が、この世でもっとも愛する者を殺す。
大義も正義も理想も存在しない、自分のためですらない寂しさゆえの殺人。
加害者も犠牲者も、私と関わりを持った人間。私が信頼し、仲間だと認めた人間。
人の心に宿る自浄作用を信じ、正しいと思うことをした結果がこれなのか。

私はカチュアの豹変に打ちのめされた。
カチュアを洗脳したタルタロスを恨むことすらできなかった。
何故なら、私はカチュアの異常性に気付いていたのだから。
その根底にあるものが何なのか、それを察することができていたのだから。
気付いていながら、何一つ手を打たなかった。その結果が、タルタロスの勝利だ。
目先の喪失を恐れた私は、自浄作用とは真逆の存在に成り下がっていたのだ。

タルタロスは私の前から去った。ガン細胞の切除は終えたと言わんばかりの顔で。
そのかわり、夢に彼が現れるようになった。夢の中で、彼は言う。

「ゼノビアの聖騎士よ、貴公は残酷な男だ。
 戦争を嫌っていながら、それが訪れるような世を望んでいるのだから。
 貴公は何故戦争が起きるのかを考えたことがあるかね?
 それまでの社会システムでは解決できない事態に直面したから……
 言うなれば、社会というシステムに破綻が生じたからだ。
 では、何故破綻する? 弱者が支配するからだよ。
 それを知っているからこそ、私は強者による支配を理想とするのだ。
 人間の持つ自浄作用になど期待はできぬ、そのようなものは何の希望にもならぬ。
 何故なら、戦争もまた、“人間の持つ自浄作用”の一環だからだよ。
 人間という種の作り上げた社会というシステムに備わった、自浄作用だからだよ」

やめろ! そのような危険思想を受け入れることなど私にはできない。
到底容認できない、不快な考えだ。タルタロスを否定したかった。しかし、言葉が出てこない。
剣でしか物事を解決できない私のどこに、彼の言葉を覆すだけの説得力があるというのか。

「……人の持つ自浄作用を信じるというのは残酷な行為なのだよ。
 何かが汚濁として排除されることを容認ないし歓迎する、ということなのだから」

馬鹿な! それではまるで、まるで私は――
弱者や人の弱さをガン細胞呼ばわりし、その排除を当然とするタルタロスの同類ではないか。
そんな馬鹿なことがあるか、私はタルタロスの思想には同意できない、その生き方を認めたことなどない。
そのような詭弁で私の信念を挫けると思うな。そう言いたかった。そう言わねばならなかった。
私はランスロット・ハミルトン、ゼノビア聖騎士団団長、力を持たぬ民のために戦ってきた、
そのように生きられることを誇りに思ってきたのだから。

しかし、心の中で何かが落ちた。転落ではない。陥落でもない。
胸に開いた空洞を圧迫するように漂っていた鉛の玉が収まるべき場所にすとんと落ちた。
そう、私は納得した、納得してしまったのだ、タルタロスの言葉に、彼の目に映る私自身の姿に。

目覚めると、納得は絶望へと姿を変える。
なんという夢を見てしまったのだろう。いや、原因は分かっている。良心の呵責だ。
カチュアを救えなかったことと、それによって多くの血が流れることに対する罪悪感が見せた幻だ。
それでも、いや、だからこそ、“こんな夢を見た”という事実に絶望せずにはいられなかった。

夢に現れたタルタロスは私自身、彼は私の心の奥底に潜む言葉を語ったに過ぎない。
にも拘わらず、その内容は本物のタルタロスが口にしたとしても違和感のないものだった。
それが私の良心の正体なのか。些細なことで闇に呑まれそうになる私を律していた良心は、
ランスロット・タルタロスの信念そのものだったのか。
そうなのだろう。嘆息しながら、胸に何かが満ちるのを感じる。息が詰まるような諦念。
そう、私と同じ名前を持つ彼は、立っている場所が違うだけの、もう一人の私なのだろう。
タルタロスは、理想に全てを捧げた男。一方、理想を失った私には、もはや何も残っていない。
たとえ生きてゼノビアに帰ったとしても、私には、もう――

「ルヴァイドさん、首輪探知機に反応が……」

切迫したカトリの声が、自らの闇に落下しつつあった私の意識を現実へと引き戻した。
それは、D-3エリアでのこと。南方のE-3エリアから接近する二つの首輪を探知機が捉えた。
彼らの進行方向は我々と同じ。その足は速く、このままではいずれ追いつかれてしまうだろう。
我々は一旦足を止めた。戦闘になった場合に備え、私とカトリは岩陰に身を隠す。
やがて人影が目視できるようになると、残照を受けて夕闇にきらめく金の髪が私を捕えた。
私の胸に、圧倒的な喪失感を伴う郷愁が満ちる。

 ――デスティン……?

いや、彼ではない。彼はここには召喚されてなどいないし、そもそも体型がまるで違う。
それでも思い出さずにはいられない。デスティンと初めて会った日のことを、共に戦った遠い日々を。
あの頃は――妻を喪った哀しみが癒えず、胸に開いた風穴に呑まれそうになることもしばしばだった。
それでも、自分には成さねばならないことがあると使命感に燃えていた。
民のため、故国のためにできることが自分にもあると信じていた、信じることができた。
忘れていたはずの記憶が昨日のことのように甦り、名前も知らない人々の顔が脳裏を去来する。
帝国の圧政に苦しみながら、それでも私に笑顔を向けてくれた無辜の民。
私の本質がタルタロスと何も変わらないのだとしても、彼らの笑顔に偽りはなかったはずだ。
彼らの笑顔を、そこに込められた想いを無価値なものと断じるのならば、
今度こそ本当に私はタルタロスの同類に成り下がってしまうだろう。それではいけない。

私は自らの首に意識を向けた。この首輪を手にした者が、ロンバルディアの所有者となる。
ロンバルディア。新生ゼノビア王国聖騎士団長の証。私の誇りであり、人生そのものの象徴ともいうべき剣。
不意に首輪が熱を帯び、神経を研ぎ澄ますような荒々しい活力が全身にみなぎるのを感じた。
私はまだ死ねない。心の底からそう思った。愛剣を、この首輪を、殺人者などに奪われるわけにはいかない。
ロンバルディアは、戦う力を持たぬ無辜の民のためにこそ振われるべき剣。
このような殺し合いに荷担する者の手に渡るなど、決してあってはならないのだ。

しかし――キュラーの声が、その言葉が、脳裏に絡み付いて離れない。

私は死など恐れない。命を賭ける価値があると信じることができるのならば。
自らの行為が、その選択が、輝かしい未来に通じていると信じることができるのならば。
怖いのは、誇りを失うこと。理想を見失い、自分を見失い、命の価値を見失うことだ。



【D-3/平原/初日・夜(臨時放送後)】

【ランスロット・ハミルトン@タクティクスオウガ】
[状態]:重傷(肋骨と右足を骨折、現在治療中)・体力消耗(大)・右足に当て木・歩行困難
[装備]:無し
[道具]:無し
[思考]0:ゲームの破壊、脱出。
1:せめて自力で歩ける程度までは身体を回復させたい。
2:デニム他、信用できる人物との合流。カチュアを警戒。
3:足手まといになるくらいなら、いっそ…

【カトリ@ティアリングサーガ】
[状態]:健康
[装備]:ゾンビの杖@ティアリングサーガ
[道具]:火竜石@紋章の謎、支給品一式
[思考] 0:みんなで生還
1:ホームズ達と合流する
2:ルヴァイドさんやランスロットさんの役に立ちたい
3:あまりゾンビの杖を振り過ぎないようにする

【ルヴァイド@サモンナイト2】
[状態]:健康
[装備]:バルダーソード@タクティクスオウガ
[道具]:首輪探知機、支給品一式
[思考] 0:主催者の打倒
1:こちらに接近する二名に備える。
2:自分とカトリの知り合いと合流する。
3:赤髪の女性(アティ)、金髪の青年(ラムザ)を探す
4:信用できる人物を探す
5:戦いを挑んでくる相手には容赦はしない


108 虚ろな器 投下順 110 REDRUM
104 焦燥 時系列順 112 きみとふたりで
062 鷹と竜と聖騎士と ハミルトン 111 再会、そして…
062 鷹と竜と聖騎士と カトリ 111 再会、そして…
062 鷹と竜と聖騎士と ルヴァイド 111 再会、そして…
最終更新:2011年01月28日 15:29