アルガスとの再会◆j893VYBPfU


「では、これまでに見聞きした事を全て答えてもらおうか。アルガスッ。」
「…何言ってんだ?お前なんかに利く口はもってねえよ。」

質問は繰り返される。
尋問は繰り返される。
詰問は繰り返される。
何度となく繰り返される。
この薄暗く湿り、淀んだ空気の中で。


玄関のロビーでアルガスを捕縛してからというもの。
僕達は手近にあったカーテン等を裂いて彼を拘束。
ラハールさんとサナキさんを休ませながら、
適当に見掛けた二階の使用人の個室まで彼を連行し、
尋問を行っていた。

出発前に、アルガスから可能な限りの情報を得なければならない。
僕は躍起になっていた。

アルガスがこれまでに出会った参加者の情報。
アルガスがこれまでに為した所業と目的。

どんな些細な事でもいい。
これらを、全て正しく把握しておく必要がある。
アルガスは貴族主義者であり、差別主義者だ。
自らの為に貴族以外の存在を手にかけるのに、
躊躇いや良心の呵責など一切感じないだろう。

――かつて、ティータにそうしたように。

そして、奴は今際の際にもその考えを一切改めることはなく。
死後はその魂をルカヴィに売り渡し、
人間である事すら奴は放棄したのだ。

僕達への憎悪を糧に、己を見下した世界への復讐の為に。

――そんな人間が、この殺し合いの場において、危険人物でないはずがない。

目の前のアルガスが、もし本当に人間を辞める前のアルガスであったとしても。
放置しておけば、再びその歴史は繰り返されるのだ。
だからこそ、今アルガスを野放しにはしておけない。
そして、アルガスの持つ情報は大きな意味を持つ。

だが、押し問答は繰り返されるばかり。
アルガスは質問に答えるどころか挑発を行う有様で、
会話は一行に進歩する状況ではなかった。

ラハールさんがしきりに「めんどうだな。直接身体に聞けばいいだろ?」と、
あくびを噛み殺し、腕をバキバキ鳴らせながら物騒な事を僕に提案するが、
アルガスと同じような真似はしたくないと僕は拒否する。

だが、いつまでもこんな事を繰り返している場合ではない。
時間をかければかけるほど、ホームズさん達との距離は離れてしまう。
…そして、離反したアルフォンスの事もある。
今は、一分一秒の時さえも惜しい。
僕は、次第に苛立ちを募らせていた。

「…まだそんな事を言っているのかッ、アルガスッ!
 お前は今置かれている立場を理解していないのかッ?」

自然と、その語気が徐々に荒くなっていく。
どう考えても、こちらの焦りを知っており、
その上でこちらを苛立たせているとしか思えない。
首筋が痒みと熱さを増し、どす黒い気分が増していく。

まるで、自分が自分でなくなるような。
――酷い不快感と、眼前の愚者への破壊衝動。

「…馬鹿はお前だよ、ラムザ
 それに人に何か話しをさせたいなら、拘束を解くのが先だろうが。
 お前は貴族の自覚どころか、礼儀すらも忘れちまったのかッ?
 …ハッ、卑しい妾風情からひり出された半分が家畜の身なら、
 それも仕方ないってかッ?ああ、そりゃあすまなかったなぁ?」

アルガスは挑発的にそう述べると、げらげらと下品な声で笑い出す。


――僕の母を、ルグリアを侮辱するのかッ!!!!


――視界が朱に染まる。酷く、耳障りな音が聞こえる。
ああ、僕の歯が食いしばられる音か。
両掌を、堅く握りしめる。
その暴言、お前の身体でもって償わせてやってもいいんだぞ?
だが、僕はアルガスへの憎悪を、すんでの所で飲み込んだ。

アルガスの拘束を解いてやるつもりは、無論一切ない。
そうするには、あまりにも危険が大きすぎるからだ。
この男の拘束を解いてやった所で、素直に会話をする事はあり得ないだろう。
隙を見て逃げ出すのは確実だ。
そんな虫のいい提案は無視する。

なにより、この男は間違いなく僕に対するに敵意…。
いや、殺意と言ってもいいほどの悪意を抱いている。

それはこれまでの言動の端々から漏れていた憎悪からも明らかだ。
一度アルガスは僕達に殺されたのだ。それも当然だろう。

そんな何度となく繰り返される状況にとうとう退屈したのか、
ラハールさんは延びをすると早々に一人で出かけてしまう。
――少し城内を散策してくる、ということらしい。

だが、一見暢気そうに答えたラハールさんの瞳が、
実は獲物を探す血に飢えた猟犬の目と化していた事に、
僕は気付いていた。


――今のラハールさんを一人で野放しにするのは危険だッ!


このままでは、まずい。
ラハールさんが何かしでかそうとしているのは明白だ。
ラハールさんをそのまま一人には出来ないし、
とはいえ、アルガスは放置してはおけない。

ラハールさんがなにか揉め事を起こそうという気は満々だ。
アルガスさえ口を聞けば…。

出て行こうとするラハールさんを見送る僕の葛藤に気づいたのか、
サナキさんがうんざりとした表情で口を開く。

「…ラムザ。そなたとアルガスの間に何があったかは知らぬ。
 だが、どうみても仲は険悪以外の何物でもないという事はわかる。
 ならば、そなたがこれ以上なにを話そうと無駄ではないのかの?」

そんな事はわかっているッ――!
苛立ちの余り大声を上げそうになるのをすんでの所で堪える。
まずい、そろそろ自制が効かなくなりつつある。
そんな焦る僕に対して、サナキさんは微笑んで口を開いた。

「だったら、ここは一つわたしに任せてはもらえんかの?
 わたしに、一つ考えがある。」
「え――?!」

僕は驚きの声を上げる。
だが、サナキさんはあまりこの年頃の少女には似つかわしくない、
先程とはまるで違う底意地の悪いニヤリとした笑みを浮かべ、
扉の先を横目で見やる。

「それよりもラムザ、おぬしは“あの”ラハールを追わなくともよいのかの?」
「しかし…。」

サナキさんが言いたい事は明白だ。
だが、なお渋る僕に対し、サナキさんは最初に浮かべた、
思わず見入ってしまうような微笑みを、再び浮かべた。

…あるいは、これが本来のサナキさんの姿かもしれない。

「まあ、任せておかぬか。わたしとて人の役に立ちたいのじゃ。
 それに、アルガスの事も大体は理解できたでの。
 だが、それにはそなたが邪魔となるのじゃ。
 第一、そなたがいてはまとまる話しもまとまらんからの。
 さあ、これ以上は時間の無駄じゃ。さっさと行かぬか。」

困惑する僕を迷惑そうに見据えた後、
サナキさんはひらひらと手を振って退出を促す。
これ以上、今話す事は何もないという事らしい。

――だが、本当にアルガスをサナキさんに任せて、大丈夫だろうか?

不安は大きい。だが、サナキさんを見る限り、彼女なりの根拠があるのだろう。
だが、サナキさんだって、一時はアルガスと行動を共にしていたらしいのだ。
それに僕とアルガスの関係を考えれば、確かに席を外した方が良いのは間違いない。
このままでは、アルガスより先に僕が暴走しかねない。
それにラハールさんが暴走した場合、彼を止められるのは僕だけだ。
その役割を、サナキさんに要求する事は出来ない。

僕は後ろ髪を引かれる思いでサナキさんに背を向け、ラハールさんを追いかける事した。
だが、僕が背を向ける直前、サナキさんの唇が醜く歪み、
こう微かに動いていたのを、僕は見逃さなかった。



――本当はこういうやり方は、虫酸が走るほど嫌なんじゃがの。



          ◇          ◇          ◇



わたしはアルガスと二人きりで尋問を行う事にした。
アルガスという男の人間性は、これまでのラムザとのやり取りで
嫌というほどよく理解できていた。


――元老院末席の者や、没落貴族によく見られる瞳じゃの。
もはや溜息しか出ん。

自尊心ばかりが高く、それに実力が伴わぬが故に苦しみ、
空回りばかり続けている。故に己の生まれを唯一の拠り所としている。
卑屈さと高慢さが混じり合う、その性根下賤なもののみが持つ薄汚れた瞳。

その心にあるのは己を認めぬ者にある憎悪。
その心にあるのは己の身の程を認めぬ愚劣。
その心にあるのは己に刃向かう者への殺意。

――劣等感の塊、典型的な小人物。一言で称するなら、“下愚”。
そう結論した。

だが、その捩れた矮小な自尊心を上手くくすぐれば、操作する事は容易い。
込み上げる侮蔑を抑えると、わたしはアルガスに話しかけた。

「…アルガスといったな。おぬしも、口振りから察するに貴族のはしくれなんじゃろ?」
「何なんだ、ガキ?お前もラムザの仲間なんだから、何も話すことはねえよッ。」

不機嫌さを隠そうともせず、毒付く小人物。

その無知から来る不敬に不快さを感じるのではない。
そのアルガスという人間の傲慢さに、不快を感じる。

こめかみの辺りが引き攣るのを我慢しながら、
わたしはアルガスを冷たくあしらう。

「…じゃがな。わたしもただのガキではないぞ。
 おぬしも生まれ卑しくなき者なら、わたしを見ても何も気付かんか?
 もし、おぬしの目が節穴なら、わたしももう何も言う事はないがの。」

わたしはは悠然とアルガスに近づく。
アルガスは「さっぱり訳がわからない。」
といった風情の視線をこのわたしに向ける。

――まるでわからんのか、わたしの読みを超えて愚かじゃというのか?

正直、頭が痛い。やはり利用価値すらないということかの?
わたしはアルガスとの会話を打ち切ろうとすら考え始めていた。

「――あん?お前がどうしたって言う……。」

アルガスはわたしの全身を舐めまわすように、不躾な視線を送る。
かつてのラグズ奴隷を品定めする、元老院議員と同様の穢れた瞳で。
悪態を突こうとしたアルガスの目が、唐突に驚愕で見開いた。


この男は、ようやく気づいたのだ。
このわたしが、異世界の天上人であるという事に。
――身を包む豪華な衣装。
精緻な刺繍が施され、金銀を贅沢に織り込んだそれは、
無論、平民の手に決して出せる代物ではない。

――そして、それをわたしが正しく“着こなしている”という事。
それは、たとえ平民が衣装を拝借した所で、決して出来るものではない。
所詮生まれ育ちが平民では、着た服に埋没してしまうのが関の山だから。

それと長く正しく付き合う者でなければ、衣装との調和は難しい。
騎士の甲冑が、俄か仕込みでは決して着こなせぬように。

幼少の頃から厳格な教育を受けた者のみでなければ出せぬ、
極めて格調高い物腰、全身から滲み出る気品。貴族の威厳。


これ、即ち王者の風格。


同じ貴族であるならば、それに気付かぬはずがない。
――たとえ、住まう世界が違おうとも。

わたしは表情を消してアルガスを見下ろす。
出来得る限り冷淡に、宣告するように身分を明かす。

「改めて、自己紹介しようぞ。
 妾の名はサナキ・キルシュ・オルティナ。
 第三十七代ベグニオン皇帝、と言えばよいかの?
 …して、そなたの“姓”を聞こうぞ。…答えられるよな?」

貴族に“姓を聞く”。即ち、生まれを聞かれている事を理解し、 
アルガスはばつが悪そうに目をそらしながら答えを返す。

「…アルガス・“サダルファス”だ。
 祖父の代までは、故郷イヴァリースでも名門貴族の一員だったんだ。」

苦渋を隠そうともせず、何かに打ちひしがれたように。
アルガスはわたしから目をそらし、呟くによう答えた。

差別主義者であるが故に。
貴族主義者であるが故に。
この男は己以上の権威には弱い。そうわたしは確信していた。
この男にとって、目の前の皇帝の身分や権威を否定する事は、
即ち己自身の矜持や拠り所をも否定する事に繋がるからだ。


――ま、想像通りの反応じゃの。つまらん。
じゃが、情報交換を終えるまでは我慢するかの。


わたしは心中で溜息を突きながら、政治家としての仮面を被る。

「わたしはな。このつまらぬ舞台からの脱出を所望している。
 じゃがの。ここには我が臣下は一人とも……おらぬし。
 いかな皇帝と言えど、わたし一人ではあまりにも無力じゃ。
 じゃからの。少しでも助けになる力を求めておる。
 それにはどんな些細な情報でも良い。
 おぬしのこれまでに得た情報を得たいのじゃ。
 無論、生還した際には、それに見合う謝礼は約束しようぞ。
 …協力してくれるかの?」

困惑するアルガスに、わたしは公式で使い慣れた、演技の笑顔で語りかける。
臣下…。いや、正確には臣下だったもの。
唐突にそれを思い出し、心に込み上げた苦いものを抑え込む。

かつてセフェランとともに、わたしが最大の信頼を置き。
そしてセフェランとともに、わたしを裏切った叛逆者。
偽りの英雄。嘘の忠臣。
禍々しき、漆黒の騎士
世界に大乱を二度引き起こした、災いを招く者。
決して、この世にいてはならぬもの。
わたしの心に傷を与えた、忌まわしき者の事を思い出す。


――いや、考え過ぎじゃ。なにも名簿の“漆黒の騎士”が、
必ずしもあのゼルギウスであるという訳ではないからの。
第一、あやつはすでに死んでおるのじゃ。


苦い思い出とともに故人の存在を、慌てて脳裏から打ち消す。
そんな私の苦悩をよそに、アルガスは薄笑いを浮かべる。

「…ああ、わかったぜ。皇帝陛下。
 あんたの役に立ちたいから、まずはこの縄を解いてくれないか?」

――なるほどのぅ。わかりやすいゲスじゃ。
こちらの身を引いた物言いから、アルガスはこちらが媚びたと判断したのだろう。
その態度から、尊大なものが即座に窺えるようになった。
身分を抜きにしても、己が今置かれている立場が理解できていないのだ。
ならば、それをあやつの頭でも分かるよう、教え込むまでの事。

「…じゃがの。わたしは役立たずはいらぬのじゃ。
 そして、こちらの言うことを全く聞かぬものもな。
 こちらの聞いている事が先じゃ、と言いたいが、やはり止めだ。
 どうせ、さほどの価値もあるまい。わたしもラムザを追おう。
 …では、さらばじゃ。」

わたしはそういって聞えよがしに大きなため息を吐き、
踵を返すと、目の前のゲスに最後通告を出す。
この男には、飴よりも鞭の方が有効らしい。

「そなたはこの一室で、他の誰かの助けを待っておればよい。
 ま、見つかったところで助かるかどうかはわからぬがの。
 …なにせ、この殺し合いに乗った者どもも、ようけおるのじゃ。
 縛られていれば、喜んでそなたを殺すのではないか?
 ま、せいぜいわたしらよりお人好しに見つけてもらうことじゃな?
 ならば、助かるかもしれん。では、縁があったらまた会おうの?」

アルガスには一切視線を戻さず、そのまま大股で扉へと向かう。


――そして扉のノブに手をかけた時。
アルガスからの必死の呼び掛けにより、私は振り返った。


「――ん、どうしたのかの?何か話す気になったか?」


さて、上手くいったの。
じゃが、ここからが本番じゃ。
わたしは時間をかけてゆっくりと振り返ると、
しぶしぶ口を開こうとするアルガスを待つ事にした。


【E-2/城内の二階・使用人部屋/1日目・夜(臨時放送直前)】
【サナキ@FE暁の女神】
[状態]:健康
[装備]:リブローの杖@FE
[道具]:支給品一式×3、手編みのマフラー@サモンナイト3
[思考]1:ラムザ達と行動
    2:帝国が心配
    3:皆で脱出
    4:アイクや姉上が心配
    5:アルガスを説得して、情報を得る。ただし、信頼は一切していない。
    6:アルガス使いものになりそうなら、戦力としても考慮。
[備考]:左腕の打撲痕は、ラムザの尋問中にリブローの杖で治療済です。


【アルガス@FFT】
[状態]:顔面と後頭部に殴打による痛み、カーテンで上半身を拘束、
    ラムザに対する憎悪(重度)、サナキに対する劣等感と戸惑い
[装備]:なし
[道具]:なし
[思考]1:拘束の解除と逃亡を最優先。
    2:戦力、アイテムを必ず確保する。
    3:リュナンとレシィとあの男(ヴァイス)に復讐
    4:ラムザとディリータを殺す
    5:サナキが己の立身出世に役立つかどうかを見極める。
    6:もし、皇帝と言えども利用価値がない場合は…。

[備考]:自分を殺した直接ラムザに再会して拘束された事と、
    首輪による感情増幅効果により、ラムザに対する憎悪が増しています。
    この事にはアルガスも気が付いていません。

104 焦燥 投下順 105 Insincerity
112 きみとふたりで 時系列順 105 Insincerity
090 思いは儚く露と消え ラムザ 105 Insincerity
090 思いは儚く露と消え ラハール 105 Insincerity
090 思いは儚く露と消え アルガス 127 騎士の誕生
090 思いは儚く露と消え サナキ 127 騎士の誕生
最終更新:2011年05月30日 17:27