再会、そして… ◆LKgHrWJock


「……イオスがな、穏やかな顔で笑うようになった。
 驚いたよ、あんな風に笑うとは。以前は張り詰めた表情ばかりしていたのだがな」
「それはルヴァイドが変わったからじゃないかな。
 イオスはルヴァイドの苦しむ姿を見続けるのが辛かったんだと思うよ」

俺なんて居なくても人は笑顔になれるし世界は勝手に動いていくからさ、
やっぱ俺なんていつ死んでもいいんだよな、そんな確信に侵食されながらマグナは答える。

しかし分からない。何故ルヴァイドは唐突にイオスの話を始めるのだろう。
話があると言われたからついてきた。
月下の平原にルヴァイドと二人、半歩前を行く彼の表情は窺えない。
ここまで来ると、振り返ったとしてもホームズやカトリやハミルトンの姿はよく見えないだろう。
出会ったばかりの人間、他の世界から来たという三人を遠ざけまでして話すことが、何故イオス?
違和感を覚えつつも、まあどうでもいいや、マグナは流されることにした。

「しかしイオスに言わせれば、俺が変わったのはおまえと行動を共にするようになってからだそうだ」
「でもさ、ルヴァイドが変わったのは、ルヴァイド自身の資質によるものじゃないかな。
 絶望から這い上がったのはルヴァイドだろ、ルヴァイドにそれだけの強さがあったってことだと思うよ」

俺とは違ってさ。マグナは心の中でそう呟いた、ルヴァイドの背に笑顔を向けながら。
不意に足を止め、マグナを振り返るルヴァイド。その表情は厳しく、決然たる覚悟を感じさせる。

「ルヴァイド……」
「マグナよ、再会を果たしたばかりだが、おまえと共に行動出来るのはここまでだ。俺は独りで動く」
「ちょっと待ってくれよ、いきなり何言い出すんだよ……」
「俺のような罪人がいては、“ゲーム”に抗う者たちの団結を阻害しかねぬ」
「そんなことないよ。ルヴァイドは罪を償おうとしてるじゃないか。みんなだって分かってくれるよ」
「いや、その必要はない。理解は望まぬ」
「なんでだよ、なんでそんなこと言うんだよ……、俺、わけわかんねえよ……」

いや違う、訳が分からないのではない、ただ、受け入れたくないだけだ。
何故ルヴァイドがこんな選択をしなければならないのか、どうしても納得出来ないのだ。

          ◇

ホームズと共にリュナンを捜索していたマグナは、遠方に不審な影を発見した。
初めて目にする巨大な召喚獣、慎重に距離を詰めていくと、それを従える者が居ることに気付く。
ホームズはその召喚獣をドラゴンゾンビと呼んだ。彼の元いた世界から召喚された魔物で、
丸腰同然の今の二人の手に負える相手ではないという。
しかし、錯乱状態のリュナンがそちらに向かった可能性もあり、逃げるわけにはいかない。
相手の様子を遠目で窺っていたマグナはふと、ドラゴンゾンビを従える者の背格好が
ルヴァイドに似ているのではないかと感じた。しかし、もし間違っていたら?
そのときはまたホームズに怒鳴られるだろう。また足手纏いだと罵られるだろう。

口を噤むマグナ、その視界の彼方に人影がもう一つ現れる。
おぼろな姿はこちらへと駆け出し、ホームズの名を呼ぶ少女の声が風に乗って耳に届く。
カトリ、とホームズが声を上げる。これまで見せたことのない無防備な表情。
マグナの制止を振り払いホームズは駆け出す、カトリ、カトリと繰り返しながら。
人目もはばからずに抱き合う二人、しかしマグナが追いつくと
ホームズはばつが悪そうな顔をして少女――カトリ――から身を離す。
しかしその目に滲んだ涙をマグナの劣等感は見逃さない。胸の奥から熱が失せる。
人にはうるさく言うくせに自分は勝手な真似ばかり、そんな不満に心が醒める。
「剣か弓があれば俺に貸してくれ」と口にするホームズ、自衛のための武器を求めるその姿すらも
好きな女の前でいい格好をするべく手柄を独占しようとしているように見えてしまう。

しかし不信感はすぐに紛れた。カトリと行動を共にしていたルヴァイドと再会を果たしたためだ。
アルフォンスと同じ名を持つ聖騎士、リィンバウムともリーベリアとも異なる世界から召喚されたという
ランスロット・ハミルトンとも知り合い、彼を死なせるまいという思いがマグナの心を強くした。
C-3エリアの村落を遠方に臨む平原で食事を摂り、休憩を兼ねて情報交換を行なった。

まずはリュナンの話。自分たちよりも北に先行していたルヴァイド一行なら
村に向かったリュナンに遭遇した可能性が高いと思ったが、結局手がかりは得られなかった。
やがて話題は先程の臨時放送へ、アメルの死に負けまいとするマグナを絶望させた声へと移る。
その内容もさることながら、マグナとルヴァイドが問題視したのは放送を行なった者のこと。
彼らがかつて倒したはずのキュラーがこの“ゲーム”に関与しているという事実。
その存在は、ガレアノやビーニャ、そしてレイム・メルギトスの影を否応無しに意識させる。
おぼろげながらも浮かび上がる主催の実体。しかしそれでも彼らだけでは複数の、
そして未知の世界に干渉する大規模な召喚術を行使出来るとは思えない。

マグナは第一回放送前にラムザたちと交わした話を一同に明かす。
主催側の力の秘密を知るために。“ゲーム”に抗う一同の団結を強固なものとするために。
そうしてアルフォンスから聞いた<神聖剣ブリュンヒルド>のことを話す――

神聖剣の名に反応したのはハミルトンだった。彼はその剣を探していたのだという。
<ブリュンヒルド>は彼が団長を務める新生ゼノビア王国聖騎士団の管理下にあったが
ローディス教国の暗黒騎士団に盗まれてしまった。
その暗黒騎士団の団長こそ、マグナにアルフォンスと名乗った隻眼の男、ランスロット・タルタロス。
ハミルトンは語る、タルタロスは非情な男だと。無辜の民に対する虐殺や拷問も厭わないと。
ローディスに帰還するためならば“ゲーム”にだって乗りかねない、たとえ優勝は狙わずとも、
他人を利用し、邪魔者はその人間性を問わず斬り捨てるものと心得た方がいいだろう、と。
その言葉にホームズが応じる。あいつは既に純朴な仲間を盾として利用していた、と。
そしてまた、剣か弓が欲しいと呟き、せめてまともな武器があればと独りごちる。

マグナには納得がいかなかった。何故、彼らはアルフォンスのことをこんなに悪く言うのだろう。
ハミルトンの話自体は本当なのだろう。アルフォンスは元いた世界で重い罪を犯している。
そして恐らく、多くの人から怖れられ、恨まれているのだろう。それは理解出来るのだが、
だからといってこの“ゲーム”においてもアルフォンスが危険視されるのは納得出来ない。

ゲームに乗る機会などいくらでもあった。しかし彼は他人に危害を加えなかった。
邪魔者を、足手纏いを斬り捨てる機会などいくらでもあった。しかし自分は今もこうして生きている。
マグナはアルフォンスを思い出す、彼の言葉を、その仕草を、その表情を。
愛想の悪い奴だと思っていた。表情は硬いし、考え方は冷たいし、言い方には刺がある。
しかし彼の過去を――ハミルトンの話を――前提に考えれば、あの態度にも納得がいく。
かつてのルヴァイドやパッフェルのように、アルフォンスもまた自らの職務と心の狭間で
苦悩しているのかも知れない、いやむしろ苦悩し尽くした結果が今の彼なのかも知れない。
パッフェルの言葉を思い出す。汚れ仕事をする者には偽装が不可欠だと彼女は言った。
その点を踏まえると、愛想笑い一つ見せないアルフォンスはむしろ実直であるようにすら思えた。

しかしホームズは「おまえは人が善すぎるだけだ」とマグナを諌める。

「<神聖剣ブリュンヒルド>が自らの率いる騎士団の管理下にあった事実を
 タルタロスが黙っていたのは何故なのか、少しは考えてみたらどうだ?
 あいつには、おまえやラムザやラハールと協力し合うつもりなんてなかったってことだ。
 他人を利用し、てめぇが優位に立ちたいがために、手持ちのカードを伏せたんだ」

しかしマグナには納得出来ない。
何故ホームズはアルフォンスのことを悪人だと決め付けてかかるのだろう。
マグナはホームズに反論する。アルフォンスを擁護すべく言葉を連ねる。

「剣の所在について黙っていたのは、無用な混乱を招きたくなかったからじゃないかな。
 ほら、アルフォンスの騎士団って、汚れ仕事なんかも任されていたんだろ?
 そんなことまで説明したら、ディエルゴやヴォルマルフと協力関係にあるんじゃないかって
 疑われかねない。だから自分の騎士団が剣を管理していたことは黙っていたんだと思うよ」

空気が変わった。ホームズがはっと息を呑み、ハミルトンが「そうか」と静かに呟く。
ランスロット・タルタロスが主催側と協力関係にある可能性、
そして今もなお内通している可能性、それらを本気で考えているのだ。

「なんでアルフォンスのことをそんな悪い方にばかり考えるんだよ?
 たとえ元いた世界で重い罪を犯していても、たとえ主催側に協力した過去があったとしても、
 今のアルフォンスは決して手を取り合えない相手じゃない!
 それに、人間はやり直せるんだ。罪を犯しても、絶望しても、何度でもやり直せるんだ。
 罪を償い、絶望から這い上がり、再生出来る強さを人間は持っているんだ。だから……」

ハミルトンと目が合った。その不可解な表情に、マグナは何も言えなくなる。
アルフォンスと同じ名を持つ聖騎士はとても哀しそうな、苦しそうな、傷ついたような顔をしていた。
何故この人はこんなに辛そうな顔をしているのだろう。マグナには理解出来なかった。
人の持つ希望について、心の強さと輝きについて、自浄と再生について語っているだけなのに。
アルフォンスの心にだってそれがあることを分かってほしいだけなのに。
伝わらない。無力感に侵食される。やっぱり俺は足手纏いなんだ。アメルだって助けられなかったし。
崩れ落ちそうになる心。しかし目の前にいるルヴァイドがマグナに希望を思い出させる。

「……だから、アルフォンスのことを信じてほしいんだ。
 ルヴァイドだって大勢の民間人を虐殺したけど、罪を償うべく心を入れ替えて
 今は人のために剣の腕を役立ててるんだ。だからアルフォンスだって……」
「……おい、マグナ」

ホームズの声が言葉を遮る。いつもよりも低い声で。マグナの片腕を掴みながら。

「おまえ、言っていいことと悪いことの区別もつかねえのか?」
「なんだよそれ。何怒ってんだよ。そんなにアルフォンスが嫌なのかよ」
「そういう意味じゃねえよ」
「じゃあ、どういう意味だよ」
「おまえの発言はな、軽率すぎるんだよ」
「なんだよそれ。わけわかんねえよ。大体、ホームズだって――」

ホームズの腕をマグナは乱暴に振り払う。
殴り合いの喧嘩になだれ込もうとしていた二人に割って入ったのはカトリだった。

「おい、カトリ、俺はこいつに大事な話をしてるんだ。邪魔するんじゃねえ」
「大事なことを伝えたいなら、もっと落ち着いて話せばいいでしょ。
 みんな優しい人なのに、どうして喧嘩しなくちゃいけないのかな……
 元の世界に帰るには、みんなで力を合わせなきゃいけないのに……
 死んだ人だって何人もいるのに……、なのにこんな……」
「カトリ、すまん……」

カトリの涙に矛を収めるホームズ。そんな彼の姿にマグナの心は醒めていく。
あれだけ頑なにアルフォンスを拒絶していたくせに、女の一声でこれなのか。
ああそうか、こいつにはカトリさえいればいいんだ。俺は足手纏いなんだったな。
心が冷える。かつて自分に向けられたゴミを見るような数々の目が脳裏に現れては消えていく。
どうせ俺なんて。無力感に侵食され立ち尽くすマグナにルヴァイドが声をかけたのだった――

          ◇

「おい、待てよ。過去の悪行をバラされたからって逃げるのか?」

振り向くと、ホームズがそこに立っていた。
マグナは苛立ちを覚える。アルフォンスばかりでなく、ルヴァイドにまでつっかかるのか。
身構えるマグナ、しかしルヴァイドは挑発に乗せられることなく冷静に答える。

「俺は殺し合いに乗った者を狩りに行く。
 俺のような者がいては無用な争いを招きかねぬ。ならば独りで動いた方がいい。
 これからは戦うことによって“ゲーム”に抗う者たちを支えたいのだ」
「だが、“ゲーム”に乗った連中をどうやって見つけるつもりだ?」
「俺には首輪探知機と、そして剣の腕がある」
「なるほどな」

二人のやり取りを聞いていたマグナは静かに口を開いた。

「ルヴァイド、俺も一緒に行くよ」

ルヴァイドを一人で行かせたくなどなかった。
彼の腕は知っている。彼ならば、ゲームに抗う者たちを殺人者から守ってくれるだろう。
しかしそれでもルヴァイド一人に危険な役目を押し付けるような真似は出来ない。
これ以上の犠牲は出したくなかった。それに、自分はホームズに足手纏いだと見なされているのだ。
だが、敵として剣を交え、共に戦ったルヴァイドなら、どのように補佐すればいいのかは分かる。
だから同行を申し出た。しかしルヴァイドはそれを許さない。

「おまえは彼らの元に残れ」
「なんでだよ……、ルヴァイドまで俺のことを足手纏いだとか思ってるのかよ……」
「マグナよ、おまえの戦いは俺のそれとは違う。俺と同じであってはならぬ」

何か言わなければならないと思った。しかし一体何を言えばいいのだろう。
ルヴァイドは既に覚悟を決めている。己の罪を、その宿業を受け容れた者にしか出来ない覚悟。
もう誰も失いたくないだとか足手纏いになりたくないだとか、そんな自己不信から出た言葉では
彼の心は動かないだろう。背後でホームズの声がする。その声はどこか困惑気味だった。

「さっきは悪かったな、挑発するようなことを言って。そんな話をしに来たんじゃない。
 あんたには感謝してるんだ、カトリを守ってくれて……」
「俺に礼など無用だ」

しかし言葉とは裏腹に、ルヴァイドの表情はこころなしか穏やかになったように思えた。

          ◇ ◆ ◇

ハミルトンの胸は重みを増す。戻って来たのは二人だけだ。こちらに近付く夕刻と同じ影。
闇の中にあってもその輝きを失わない金髪と、闇に溶け込むような黒髪。
一時間前はそこに希望を見出したというのに、今はただ絶望に侵食されるのみ。

ハミルトンは気付いていた。ルヴァイドの離反の原因が自分にあるのだということを。
何故なら、マグナがルヴァイドの過去について言及せざるを得なかったのは、
人の心に宿る自浄作用を信じることが出来ない自分を説得するためだったからだ。
信じることが出来なかったがゆえに、ルヴァイドの身を危険に曝す結果を招いてしまった。
己の犯した罪を償い、過ちを正そうとする心を持っていたはずのルヴァイドを。

やはり私は人の心に宿る自浄作用を妨げる存在に成り下がっていたのだ――
大地に染み入る水のように、そんな確信が心を侵す。
しかしハミルトンにはもはや心の中で抗議の声を上げることすら出来ない。
ここにきて浮上した可能性、新生ゼノビア王国聖騎士団から盗まれた<ブリュンヒルド>が
この殺人遊戯の参加者の召喚に用いられたという可能性が彼をさらに打ちのめす。
本来ならば、神聖剣を奪回すべく気力を奮い立たせなければならないはずの、この局面。
自らの使命を全うせねばならないと頭では分かっているはずなのに、
陰鬱な確信に圧倒されて心に力が入らない。
この世に存在するありとあらゆる災厄の元凶は自分なのではないかと思えてならない。

「ランスロットさん……」
「カトリ、君の恋人のホームズ君について話を聞かせてくれないかな」
「えっ、ホームズの……?」
「そう。彼が君のために剣を取ったときの話を聞きたいんだ」

カトリは穏やかに、それでいてどこか誇らしげに微笑み、ハミルトンの求めに応じた。
彼女の話を聞いていると、ホームズの剣の腕のほどが分かる。
自己紹介のさなかにも、情報交換の席においても、剣か弓が欲しいと口にしたホームズ。
首輪が熱い。キュラーの忌まわしい言葉が脳裏で幾度となくこだまする。
その言葉に抗う意志は未だハミルトンの中に存在するものの、それはもはや誇りではなく迷いだった。
人の心に宿る自浄作用を妨げる存在に成り下がった自分の目が、その判断が信用出来ない。
本当に、ホームズという青年にロンバルディアを託してもいいのだろうか。
カトリの声が、その言葉が、そこから見出せるはずの希望が、ハミルトンを迷いの渦に転落させるのだった。


110 REDRUM 投下順 111 夜に彷徨う
118 Catastrophe 時系列順 111 夜に彷徨う
109 残照 カトリ 111 夜に彷徨う
109 残照 ハミルトン 111 神なき世界
109 残照 ルヴァイド 111 sister(後編)
104 焦燥 マグナ 111 夜に彷徨う
104 焦燥 ホームズ 111 夜に彷徨う
最終更新:2011年01月28日 15:13