Bloody Excrement ◆j893VYBPfU


――さて、どうしたもンだかな?

オレは目の前の危機的状況から最も生存率を高め。
なおかつ邪魔者“達”を効率よく良く排除出来る手段を検討していた。

――状況を、再度分析する。

単に今この場を生き延びるのみというのあれば、
このまま姿すら見せずに立ち去るのが最良の手段だろう。
まだ、居場所は漆黒の騎士には正確に捕捉されていない。
だが、それは長期的に見れば確実に悪手となる。

今、あの二人が“まだ”共に生きている事から考えても、
このまま放置すれば、二人が見逃されるのは確実だ。

そうなれば、眼前の仲間を捨て去った事実を
二人の生き証人達の口から語られる事になる。

そして、それはオレという個人の信頼喪失を意味する。
傭兵としての致命的失態。そうなれば生存は絶望的だ。
最後の手段として以外、逃走は取るべき手段じゃねえ。

――もし、オレがあいつの立場だったなら?

新手の敵の増援が近くにいる事を確信した時点で。
即座に土下座した無防備なレシィの首筋に斧を叩き込み、
ついでにエトナにも止めをさして伏兵に備えるだろう。
あるいは一人だけ生かし、嬲り者にして友釣りを行うか。
優勝狙いなら、なおさらそうする。

だが、あいつは一向にそうする気配がない。
無論、あいつがこのゲームに乗っておらず、
エトナの事も襲われたから身を守ったのみという可能性もある。

だが、そんな生優しい奴なら全身に返り血を浴びちゃおらン。
その上、相手の関節を完全に壊したりする真似も決してせン。
何より、あれには戦場を心より楽しんでいる節がある。
このゲームには、まず乗っている輩だと考えるべきだろう。

そして、戦闘力を奪った相手には一顧だにせず、
その仲間が来ても決して人質や餌として扱わず。
むしろ勝者への景品として差し出すその性質。

――もしかすると騎士道精神、って奴か?

野良犬の餌にも劣る美学だが、
無論それは本人も承知の上でやっている事だろう。
そうでなければ、エトナの小賢しさを逆手に取り、
余所見したふりで釣るなんて戦術自体思い付かン。

そこから、あのデカブツの、“漆黒の騎士”の性格を分析する。
単なる血に飢えた殺人鬼でなければ、合理偏重の傭兵でもない。

手段(戦闘)の為には目的(相手)を選ばず。
ただ剣の為に剣を取り。善悪には興味がなく。

戦いの過程で得られる極限の刺激に耽溺した狂人。
常に死と隣り合わせの緊張の中に身を置かねば、
己が生きているという実感すら得られぬ壊人。
そんなイカれた人間を指す言葉は、唯一つ。

――戦闘狂(バーサーカー)。

そんな危険極まりないデカブツに取って食われる事なく、
舌先三寸で二人とも回収する必要がある。生死を問わず。

エトナを確実に始末する為にも。
周囲との信頼関係を保つ為にも。

あいつへの無視と逃走が、結果として己の首を絞めるものでしかないのなら。
それより他に手段がないから、その中で最善を講じるより他はない。

だがあいつと交流を持つ事は、大型の人喰獣と戯れるよりもなおおぞましい。
素手で異世界のルカヴィすら圧倒する、天騎士・雷神クラスの戦闘狂相手に。
理知的な会話で、言葉の力で立ち向かえってか?
しかも、相手は高度な戦術眼を持つ切れ者とまできやがる。
半端な話術なら意図を見抜かれ、奴の怒りすら買うだろう。

――ふん、ぞっとする話しだな?

そんな奴すら出し抜き、この場を切り抜ける必要には?
オレはプロの傭兵として、いつものように脳内で算盤を弾き始めた。


          ◇          ◇          ◇

「このままでは埒が明かんな。ガフおじいさんとやら、出てくればどうだ?」

――沈黙を遮る、若い男の一声。

会話の口火を切ったのは、漆黒の騎士。
奴は首だけを真横に向け、オレを誘う。

どこか楽しむように。
どこか祈るように。

透き通った明瞭な声が、夜空に響き渡る。
無防備にも、こちらに完全に背を見せて。

幸いにも、あのデカブツはこちらの存在に気が付いているが。
こちらの正確な居場所までは把握していない。

――好機、なのか?

何も無理をして、会話に持ち込む必要性はない。
交渉が決裂して、まともにやり合えば勝ち目は薄い相手だから。
だが、気付かれぬままに、このまま背後から吹き矢で仕留めれば?

いや、それは論外だ。
吹き矢の射程は短い。

攻撃に入れば姿は露見する以上、確実に一撃で仕留めなければならン。
あいつの甲冑はほぼ壊れているが、それでも隙間を狙うことは難しい。
あのデカブツの技量込みで考えれば、命中率は高いとは言い難い。

また、上手く命中したとしても?
あれだけでかいナリなら、麻酔が回り倒れるまでに時間がかかるだろう。
それまでに、吹き矢を構えたままの無防備を奴に晒せば?
おそらくは、こちらが剣に持ちかえるまでの間に一撃で血の海に沈む。
しかも、止めを刺そうとすればレシィが全力で阻止するに違いない。
どう転ンでも、危険ばかりで実入りがまるでない。

――だったら、剣の一撃で急所を刺し貫けば?
いかに出鱈目な戦闘狂と言っても、それはひとたまりもないだろう。
こちらを捕捉できなければ、どれだけ強かろうが意味がない。
そして、一番厄介なあいつさえ死ねば、残り二人などどうとでもなる。
レシィを上手く出し抜き、隙を見てエトナだけを殺すなど実に容易い。
応急措置のふりをして傷口を広げ、手遅れに見せかけてもいい。

そして、何より今はレシィを殺さなくて済む。
駒は多いに越したことはないのだ。

――では、殺るか?

オレは返答はせず、姿を消したまま漆黒の騎士に近づく。
少し離れた距離からでも感じる、むせ返るような血臭。
その背から感じさせるものは、戦禍と積み上げた屍臭。
風にたなびく黒いマントは、さながらにルカヴィの翼。
人にして、人の域をはみ出しつつある剣狂者。

さて、天騎士や雷神にも匹敵する生粋の戦闘狂相手に。
果たして、オレの剣が通じるのか?

――しくじれば、オレの方が確実に終わる。

緊張で口内が渇くが、唾を飲むのを堪える。
込み上げる焦燥と恐怖を、意志で封じ込め。
音を立てず、ゆるりと剣を抜き。
剣を構え、摺り足で奴に近づく。

音を殺し、気配を殺し、心を殺す。
敵を殺し、味方も殺し、人を殺す。
全て殺して己を活かす。
その真髄をしかと見よ。

――――神に背きし剣の極意 その目で見るがいい…。

殺る覚悟を胆に据え、あと一歩で奴の間合いに入る所で。
漆黒の騎士の肩が僅かに、ほんの僅かに揺れた気がした。
…勘付かれている?

いや、そんな筈はないだろう。
オレの潜伏には抜かりはねえ。

それにもし、あいつが不意討ちの可能性に気付いたところで。
いつ、どこから襲い来るかまでは、気が付くはずがねえ。
オレはそう高をくくり、剣を突く形に構えようとするも。

――果たして、あのデカブツはそンな生易しい奴なンだろうか?

急速に込み上げた、拭い難い疑問が高速で脳に侵食し。
磨き上げた戦場での勘が、大音量で警報をかき鳴らし。
その不意討ちを、すんでの所で思いとどまらせる。

そもそも、奴はなぜ最初からオレに「真後ろ」を見せる位置にいたのだ?

真横や斜めではなく。こちらが狙うには絶好に過ぎる位置関係に。
余りにも、話しが旨過ぎる。偶然や幸運などオレは一切信じない。
だとすれば、それが意味する事は、即ち「餌」であり「罠」。

こちらを釣り上げ、返り討ちにする為の。
つまりは最初から位置が特定されている。
そう考えてよいだろう。

そして、警戒して周囲を再度見渡せば。
煌々と輝く夜空の蒼き満月は地を照らし、
“四人”の影を見事浮き上がらせている。

姿を見事消した所で、その影までは消し切れない。
透明になるといっても、存在自体はあるのだから。

――捕捉されている。
おそらく、あいつはオレの影を横目で確認しているのだろう。
先程、エトナにやってみせた時のように。

――チッ、誰がその手に乗るもンかよ…。

オレは自らの愚行を戒める。
こうなれば、潜伏も無駄どころか逆効果だ。
このままでは、あいつを刺激してこっちが貪り喰われるハメに遭う。
元より、剣ではあいつが上なんだ。戦では勝機は薄い。
オレは不意討ちを諦め、武器を収め透明化を解くとデカブツに話しかけた。


          ◇          ◇          ◇


「バレちゃ仕方ねえな。で、オレになンの用だ?」

「…これは異な事を。戦場で味方が窮地にさらされ、
 さらにもう一人の仲間が怨敵に立ち向おうとしている。
 貴公の為すべき事など、一つしかないと思われるが?」

身体をこちらに向け、さも嬉しげに奴は語る。
その若き声は、獲物の登場により喜びに打ち震えていた。
その期待する内容は、聞けば耳が腐る事だけは間違いねえ。

現在の勝率は、多目に見ても一割あるかどうか。
これはもう博打ですらない、単なる自殺行為だ。

不意討ちで戦況を覆す事が出来なくなった以上、
勝算はさらに低くなった。加えてレシィに殺意が見当たらない。
完全な連携は期待できず、相手の士気は異常なまでに高い。

こうなれば、なんとしてでも戦闘を回避する必要性がある。
オレが今、この場から生き延びる為にも。

「立ち向かう?レシィみたいに土下座してか?
 だったら、オレも揃ってやるべきもンかね?」

オレは、軽い調子で相手の毒気を逸らす事を試みた。
そして戦う気概が全くない事をことさらに強調する。
あいつに一度見込まれれば最期、メインディッシュはオレの生命となる。
だが、それは逆を言うならば?喰いでのないすこぶる不味い獲物であれば、
このオレも充分見逃されるという事なのだ。

「一人が気を引き、一人が仕留める。
 即興にしては、そう悪くない手際と見たが違ったか?
 あるいは、目の前の者たちは貴殿の仲間などではないと?
 関わりがないというなら、早々に立ち去るがいい。
 …宴の邪魔だ。」

――心の内で舌打ちする。
レシィの土下座を、説得ではなく戦術の一環として見た訳か。
あるいはその状況をオレが利用する腹であったと判断したか。

レシィが急速に顔を蒼褪め、「それは違います」などと主張しているが。
半分当たりで半分外れだ。あいつに気を取られるようなら刺していたからな。

そして、オレが本当にレシィの仲間か否かを奴は試している。
それを証明するには、そろって戦場に立つしかないわけだ。
もしオレが逃げれば、奴は二人を“無事”解放するだろう。
戦闘力も戦意もない玩具など、興味を抱かないだろうから。
そうなれば、オレは全ての信頼を失い、遠からず破滅する。

――泣きたくなってきた。
このままだと、レシィと仲良くあいつの晩餐にされちまう。
あいつ、もしかして「自発的に戦わざるを得ないように」
仕向けてるンじゃないだろうな?

「そりゃオレ達を買い被り過ぎって奴だ。
 そんな賢しい知恵なンぞ回らンよ。オレもあいつもな。
 それに、仲間が窮地なら敵と争って奪い返すンじゃなく、
 救助を一刻も早く最優先するのが筋じゃねえのかい?」

オレはあのデカブツの御眼鏡に適わないように。
正面切って戦う事は愚か、騙し討ちすらする
気概もない臆病者(チキン)だと強調する。

「では、戦う気は一切ないと、そう言うのか?
 …貴様には、戦士としての誇りはないのか?」

オレ達に…。いや、オレに侮蔑を隠そうともせず。
漆黒の騎士はこのオレを挑発する。

「そんな役に立たないもンは、とっくの昔に捨てたよ。
 オレとしても、平和的である方が有り難いンだがね。」

これについては、別段嘘は付いちゃおらン。
暴力なンてものは、所詮は問題解決における一手段に過ぎンからな。
もはや手段が目的と化したアンタとは違うンだ。
同じ黒騎士だからといって、一緒にすンな。

「そう、つれない事を言うな。
 折角の催されたこの宴、共に存分に楽しもうではないか?
 この戦場、生還者はただ一人のみ。いずれは戦わねばならん。
 第一、ワルツは独りで踊れぬのだ。」

こちらを熱心に死の舞踏(ダンス・マカブル)に招待する黒い紳士。
その優雅だが寂しげな響きに、非の打ち所がない美丈夫だというのに、
何故か運悪く美女に袖にされ続けた優男の悲哀を感じさせた。

だが、生憎とオレには戦なンてものに酔う趣味はねえ。
踊るなら、オレとじゃなくもっと良い獲物(オンナ)にしとけ、な?
アンタなら、きっとよりどりみどりだ。自分を安く売るンじゃねえ。
だが、このままではあいつは強引にでもオレ達を誘い出しかねない。
そうなれば、オレ達はあいつに為す術もなく殺られちまう。

――だったら?

オレは、一つの賭けに出る。

「オレみたいな凡人に、アンタを満足させるほどの技量は持ち合わしちゃおらンよ。
 アンタの誘いに乗りそうな、もっと若くて活きの良い獲物なら紹介できるがね?」

「ほぅ?では、一つ聞かせてもらおうか。」

漆黒の騎士の興味が、僅かにそいつに逸れる。
これが、このオレに残された最後の好機。

「オレの仲間に、今ウィーグラフって奴がいる。
 オレの世界…。イヴァリースでも知らぬものはいない英雄で、
 なおかつあの進行役のヴォルマルフさえも一目置く傑物だ。
 お前のような血に酔う悪漢など、絶対に許さンだろう。
 しかも、すぐ傍にいる。先程出会ったばかりなンだ。」

「それに加えてな、中ボスとかいう名前のおっさんも共にいる。
 そいつは今お前が仕留めたエトナの義理の親父だ。
 無論、その馬鹿娘よりはるかに手強いだろうな?
 何よりアンタの行いを知れば、怒り狂って飛ンでくるだろう。
 …そいつらを代わりに呼ンでやる。それで見逃してくれンか?」

オレは躊躇わず仲間を売る。活きの良い獲物達を。
いや、正確には仲間という訳でもなかったが。
ウィーグラフはオレに不審な動きがあれば、すぐさまオレを殺るつもりだった。
中ボスという男にした所で、エトナとかいう疫病神のお守をオレに押しつけた。
だったら、こちらがそれに報復してもなんら問題はない。
むしろこのデカブツと共倒れしてくれるなら一石二鳥だ。

この一手、本来は問題外の悪手である。
敵の増援をちらつかせ、それを呼びに行くと言われれば?
普通はそうはさせじと対象を真っ先に殺そうとするだろう。
自殺行為以外の何物でもない。

だが、相手がどうしようもない戦闘狂であり。
なおかつ、今ここで見逃せば眼前のすこぶる不味い餌など
比較にならぬ極上のディナーにあり付けると判断したのなら?

悪手は最良の手段にも化ける場合がある。
オレは、それに賭けてみた。

――――そして、その賭けの結果は?

「ほぅ、今度は仲間を売るか。だが、私にはむしろ好都合だ。
 その者達ならこの私と戦う動機があり、満足もさせられると?」

――ビンゴだ。やはり喰い付きやがった。
オレは心の中でのみ、口元を歪める。

そして、漆黒の騎士の声がどこかしら熱を帯び。
そこには、隠しきれぬ情欲と歓喜に満ちていた。
…ゾッとするな。こいつだけは。

「…ああ、期待していい筈だ。年のいったオレや、ガキのレシィなンぞよりはな?」

ガフおじいさんっ!と悲痛な声を上げ、こちらを睨みつけるレシィ。
あの二人が代わりの生贄に出される事に、抗議しているのだろう。
オレはそれに目線で語る。「考えがあるから、少し任せろ」と。
レシィは不承不承だが、それに応じる。

だが、明らかにその目は猜疑と不満に満ちていた。
これは後で念入りに説得するか、それとも――。

「だが、貴様の話が嘘である場合、私は何一つ得られぬ。」

しかし、そうそう上手く話は進むはずもなく。
漆黒の騎士は、不満げにその晩餐が嘘である可能性を指摘する。
…疑い深いこった。確かに、晩餐を保証する手段は何もない。

「嘘はねえよ、安心しな。…って言葉じゃ証明にならンわな。
 じゃあ、こいつでどうだ?」

そう言ってオレは、一つの貢物を見せる。
取られてもそう痛くなく、あのデカブツが喜びそうなもので。
なおかつ、オレが今後の事を為すに辺り優位に立てるものを。

「レシィ、折角の頂いた剣だ。使わせてもらうぞ。
 ただし、あいつを斬るためじゃなくこの場を収める為にだ。
 …構わンな?」

オレはそうレシィに声を掛ける。
元より流血沙汰を酷く嫌うアイツの事。意図を察して一も二もなくそれに従う。
こいつが抜けない魔剣でもある事は、レシィが何よりも知っているからだ。

「この剣は?」

「――碧の賢帝(シャルトス)。説明書を読む限り、随分と御大層な魔剣らしい。
 こいつを手付けでくれてやる。だったら、オレの言葉が嘘でも損はせンだろう?
 最低でも、これがタダで貰えるンだ。」

レシィから剣と一緒に貰った説明書には、こうあった。

 伝説のエルゴの王の所有した「至源の剣」の伝承を参考に製造された、
 高純度サモナイト石を加工した武器。
 使用者の意思の強さでその力を増す性質に加えて、
 共界線(クリプス)から強大な力を引き出し、それを行使することが出来る。

書かれている単語の意味はさっぱり分からンが、
文面を信じる限りは良い事尽くめの魔剣と来ている。
溢れるばかりの膨大な力は、鞘越しにすら感じられる。
この説明書、決して嘘だけは付いていないのだろう。

――嘘だけは。だが、この文面を書いたのは主催者なのだ。
オレはその事を、決して忘れてはいなかった。

この説明書。おそらくもっと重大な、致命的な何かを意図的に伏せてやがる。
現に、この漏れる力にこのオレが扱う暗黒以上の禍々しさを感じ取っていた。
この魔剣の暴力を、どうにかして持ち主に使わせたいのが主催の意図だろう。
そしてその結果もたらすものは、邪悪極まりないものに違いない。

だが、オレはこンな物騒かつ得体の知れない力に頼り、
あのデカブツを倒そうなどという気は毛頭起こらねえ。
オレの場合は、だが。

――そして。

「ほぅ。碧の賢帝(シャルトス)か…。」

案の定、奴はこの魔剣に興味を示した。
“人の剣術”。奴はそれに酷くこだわっていた。
そこから察するに、奴の最大の得手とするものは“剣”。

ならば、強大な力を秘めた剣とくれば興味を引かぬ筈がない。
無論、この手の魔剣が何かしらの危険を伴う事が多い事は
あのデカブツとて察するだろう。

だが、あえて火の中に飛び込もうとする奴の事だ。
むしろ、この手の危険物の方が食指が動くに違いない。
オレはあいつの気質を理解した上で、これを選んだ。
これがあいつに抜けずとも、抜けても結構。

そして、万一魔剣が本人の弱点とでもなってくれれば、
後々殺る際にも好都合と来る。良い事尽くめだ。

――加えて。

オレがこれから事を為すにあたっても。
あいつが一本、剣を持っていてくれないとこちらが困るンだ。

――だが。

「――適格者にしか、抜けぬ剣。
 そして、適格者ですらも、使う度に魂を蝕まれる。
 最終的には剣の意志、ディエルゴに身体と心を奪われる、
 言うなれば人喰いの魔剣(マンイーター)。
 どう転んでも、知らねば受け取る側に有害であるという貢物か。」

「…なんだと?」

――あいつは、この魔剣の事を知ってやがった。

説明書を読んでいる、オレなンぞよりもはるかに。
しかも、よりにもよってディエルゴ絡みと来たか。
この魔剣、主催者の手垢以上の何かが憑いている事だけは間違いない。
だが、そんな“些細な事”よりも、今身近に迫った切実な問題がある。

――しくじった。

レシィが蒼褪める。
あの魔剣の真の危険性に、今更ながらに気付かされ。
このオレも、全身の血の気が引いていくのを感じる。
あいつとは別の意味で、だが。

あのデカブツの言っている事がもし真実であれば?
あの魔剣は運が良くとも、まともには役に立たず。
そして資格者であれば心身を喰い潰す呪われた魔剣。

そんな超の付く危険物をホイホイ貢いでくるという行為は?
和平を装って最悪のデス・トラップを仕掛けにきたと
見做されちまっても、一切の申し開きが出来ン行為だ。
そして、それは奴に対しての宣戦布告と見なされ…。

オレ達は時をおかずして、あいつの晩餐となり。
近くにあった軍馬やお偉いさんの死体のような、
“血塗れの排泄物”へと成り下がる。

――チッ。あんな人間の薄皮被った化け物相手に、実質一人で殺り合うしかないのか?

オレは覚悟を決め、もう一方の剣の鞘に手を伸ばそうとするも。
漆黒の騎士は、意外にもその手を静かな一声で遮った。
あれだけ、オレ達との戦闘を求めていたというのに。

「本当に、何も知らなかったのか?
 だが、それでいい。それがいい。エトナ殿はお返ししよう。
 それさえ頂ければ、他の全てを反故にされても構わぬ。」

そして、その蕩けた声の響きから覗かせるものは。
その燃え上がる情熱の視線から感じさせるものは。

絶世の美女に一目惚れでもしたかのような。
これから熱い愛の告白でもしそうなほどの。

――狂喜と情欲。

「コイツを知りながら、それでもなお欲しいってのか?」

なんと、この魔剣こそがあいつにとって最上の獲物だったらしい。
他の事がまるで見えぬかのように、取り憑かれたかのように。
あのデカブツは、この危険極まりない代物に熱い視線を送る。

――戦闘狂も、ここまで来ると大したもンだ。
そんなに、危険さが分かり切った上でこの剣が欲しいってのか?
自分には制御出来るのか、それともなにか他に当てでもあるのか?
オレは、このデカブツの妄執に、そう問わずにはいられなかった。

漆黒の騎士は、その問いに――。

「何、想い人の気を引く贈り物にでも使わせて頂こう。
 ただ惜しむらくは、そちらに釣りが渡せぬという事と。
 後にこちらが期待に答えられぬやもしれぬという事だが。」

漆黒の騎士の言っている事は、まるで理解出来なかった。
だが、たった一つだけ言える事は。

この選択は、計らずしも大正解だったという訳だ。
だったら、最大限に有効利用してやろうじゃないか?

「だったら、釣りとしてせめてマントをくれンか?
 このままじゃ、エトナが失血で身体を冷やす。」

オレはこのデカブツがもう少し戦いを楽しめるように。
そして、これから為す手を完璧なものに仕上げる為に。
即座の思い付きで、マントを一枚要求する。

これは別段、貰えずともよし。代わりは傍にもある。
ただし、貰えれば仕掛けは盤石となる。

漆黒の騎士は、黙ってオレを見据える。
血臭を漂わせ。戦場の空気を身に纏い。
オレの言葉の裏を読む。

――勘付かれている。

あいつもまた、オレを分析しているのは承知していた。
オレが如何にしてあいつとの戦いを回避したがっているか、
そしてその後に何を為すのか?

おそらく、その意図のほとんどは見抜いてはいるのだろう。
元々、恐ろしく勘の良い奴だ。そして声に似合わぬ老獪さもある。
だがあえて何も言わないのは、把握した上で『取るに足らぬ』と
軽視しているからなのだろう。

――そして、その返答は。

「フッ、そういう事か。心にもない戯言を。
 このマント、どう扱おうが一向に構わん。
 貴殿の好きに使うがいい。」

――意味深に。裂けた兜の奥で口元を歪ませて。
『お前の浅知恵など、全てお見通しだ。』と言わんばかりに。
あいつは気前よく漆黒のマントを外し、こちらに投げ渡した。
それを中空で受け取るのを確認するや否や。

「さあ、私の気が変わらぬうちに、魔剣を置いて早々に村を去れ。
 もし長居をするようなら、力づくで奪っても構わぬのだぞ?」

漆黒の騎士は「もはやお前達に用はない」と言わんばかりの態度で。
こちらに退出を促す。

「…言われなくともそうするさ。レシィ、済まないな。
 オレ達が生き残るためだ。有効に活用させてもらう。
 碧の賢帝(シャルトス)はここに置いておく。
 では、行くぞレシィ。」

あいつには、魔剣やディエルゴの事で聞きたい事が多々あったのだが。
奴は一刻も早くこちらがこの村を去る事を明らかに望んでいる。
これ以上の会話は、有害なものにしかならないだろう。
今心変わりされたら、それこそ全ては水泡と帰す。

――ま、奴に何があるかは知らないが。
お互い生き残れば、話しを聞けるかも知れンかな?

オレは碧の賢帝(シャルトス)を鞘ごと地面に突き刺し。
漆黒の騎士はレシィにエトナを連れて行くよう合図で促す。

エトナに駆け寄るレシィ。
自分の服の裾を破り、ペットボトルの水をぶちまけ。
酷く熱心に、丁寧に応急措置を行う。
敵の目の前で。なんの警戒もなく。

おそらくは、あの騎士が手出しをする気がないと信じ切っているのだろう。
そのあまりにも無防備な姿を見て、オレは大きな溜息を付く。

今は確かに攻撃をする意志はないだろう。
だが、人間は容易く心変わりするもンだ。

必要最小限の用心とか、警戒とか、そういうのはしないもンかね?
オレと最初に出会った時の隙の無さには、惚れ込んだもンだがな。

それとも、仲間の事になれば目が曇っちまうってタイプなのか?
そんな行き過ぎた優しさって奴は、時として害になるンだがな。
村に着いた時の会話にしてもそうだ。こいつは、割り切れン奴だ。

多分、あいつはエトナに限らず。
このオレや、漆黒の騎士が致命傷を受けた所で。
おそらくは全く同じ行動に出るだろう。
オレがあいつを裏切った後であっても。
止めを刺す事も、見殺す事も出来ずに。
“正確な状況判断”など、知った事かという風に。

つまり、あいつは決断を迫られた時でも、敵や足手纏いを切り捨てる事が出来ない。
ようは、人間としては合格でも、傭兵としては失格だという事だ。
ラムザは、その辺キッチリとオレを殺って独り立ち出来たンだがな?
あいつは、どう足掻いてもラムザにはなれねえってことか。

――だったら、仕方ねえな。

オレは心の中で、一つの決意を下す。
それは傭兵として当然の行為をなすのみである。
そこには未練も後悔も、ましてや良心の呵責さえもありはしない。
まあそんな役に立たン諸々は、とっくに戦場で捨てちまったがね。

しかし、つくづく出会いって奴に恵まれんな。
オレも、レシィも。

そう思いが至り、オレは二度目の大きな溜息を吐く。
随分と久し振りだ。こうも感情が漏れてちまう事は。
オレも、随分とあの小僧に毒されちまったか?

そうで胸中で一人ごちるオレを尻目に。
漆黒の騎士は、レシィに優しく諭す。
オレには一切なかった、酷く憐れむような、悼むような声で。
これから起こるであろうあいつの運命を、まるで見通しているかのように。
レシィに翻意を促そうとする。

「この場を去る前に、一つ念の為に確認しよう。レシィ殿よ。
 ガフおじいさんの決定は、貴殿の決定でもあると考えてよいのだな?」

だが、その声はどこかしら覇気がなく。
この戦闘狂らしくもない、どこか人がましい寂寥感に溢れていた。

「…はい。出来れば僕も傷付きたくありませんし、
 誰だって傷つけたくもありません。
 だから、僕はガフおじいさんに従います。
 貴方は誰かと戦いたいと仰られますけど、
 僕は、絶対にそんな事は辞めさせたい。
 だから、そのためにまた一度こちらに来ます。
 ウィーグラフさんや中ボスさんと一緒に。」

キラキラと輝く目で、あいつはあのデカブツにこう言い放つ。
上出来だ。オレとしてもそう言ってくれる方が有り難い。

「そうか。だが自ら剣を取らず、戦いから逃げ出した貴殿に未来などない。
 己が望む未来は、ただ流されるままでは決して手に入らぬのだ。
 …だが、未練か。貴殿の思いは尊重しよう。」

…なるほどな。
だからこそ、今までこちらから手を出すように仕向けていた訳か。
相手の同意も何もない戦闘は、単なる屠殺であり殺戮でしかない。
それを心底嫌っていたという事か。
己が心の底から楽しめるためなら、聖人にも悪魔にでもなりきる。
ここまで徹底的に馬鹿がやれるとは、呆れるべきか感心すべきか。

ま、長生き出来ン奴である事は確かだ。
奴はそんな事も百も承知の上だろうがな。

「だがな、何も叶わぬ。所詮は夢想に過ぎぬのだ。
 もはや、二度と貴殿とは出会う事もないだろう。
 ……………さらばだ。」

そして、奴はレシィ達の運命に気付いている。
知っていてるからこそあの言葉なンだろうが、
あちらから手を出す義理まではないってことか。
黙認するなら、何も言わンで欲しいもンだがね。

そして翻意がない事を知るや、どこかしら寂しげに。
漆黒の騎士はレシィに背を向け、その場を立ち去った。
オレ達もそれに倣い、村を立ち去る準備を始める。
エトナを背負ったレシィに、オレがマントを被せ。
レシィが救護を、オレがレシィ達の護衛を務める。
そして、オレ達は撤退を始め。

――準備完了だ。

村の外れにて、人の視線がない事を確認すると。
最後の仕上げへと取りかかった。


117 killing me softly with her love 投下順 118 Catastrophe
117 killing me softly with her love 時系列順 118 Catastrophe
113 Knight of the living dead 漆黒の騎士 118 Catastrophe
113 Knight of the living dead エトナ 118 Catastrophe
113 Knight of the living dead レシィ 118 Catastrophe
113 Knight of the living dead ガフガリオン 118 Catastrophe
最終更新:2011年07月21日 09:20