killing me softly with her love ◆LKgHrWJock


G-5エリア、19時過ぎ――

濃紺の闇に陰影を奪われた街道沿いの景色がぐにゃりと歪む。
虚空から現れた赤褐色の髪の青年に気付く者はどこにもいない。

その顔かたちこそ年若いが、怜悧な目元と精悍な体躯、
そして隙のない立ち姿は、王者の資質を思わせる。
だが、並外れた能力は“制限”の対象となる、それがこの場の定め。
たとえ彼の名が参加者名簿のどこにも記されていなくても、
やはり彼には大きなペナルティが科せられていた。

会場に降り立った彼の首にもまた、冷たい枷が嵌っている。
しかしその構造は、参加者用のものとはまるで違う。
神殿騎士団の技のみで作り上げた、ヴォルマルフ謹製の首輪。
彼は主催側の人間でありながら、同時に囚われの身でもあった。

たとえ参加者の誰かが首輪を解除する方法を見つけ、
彼がそれを知ったとしても、自身の枷を外すことは出来ないだろう。
彼に関する生殺与奪の権は、ヴォルマルフが完全に掌握していた。
脱走はおろか、ディエルゴ側に取り引きを持ちかけることすらままならない。

防具に覆われた指の合間で、ゾディアックストーンが暗くきらめく。
彼が聖石を会場に持ち出すことを、ヴォルマルフは黙認した。
いや、腹の中ではむしろ、大いに賛同していたに違いない。
聖石が“選ばれた肉体”に渡ることを、かの悪魔は望んでいるのだから。

しかし、参加者との接触は、重大な規約違反にあたる。
もし、これがディエルゴ側の知るところとなれば、
ヴォルマルフはこう言って彼を処刑するだろう。

『彼が勝手にやったことだ』『我々も、彼には手を焼いていたのだ』
『ご覧のとおり、首輪まで用意したのだがね。実に残念だよ』……

己の置かれた状況については、彼自身も理解している。
ヴォルマルフがするであろうことは、彼がかつて
自身の協力者に対して行なってきたことでもあった。
そういう意味では、自分もまたヴォルマルフの同類であると言える。

彼は何も持たなかったがゆえに手段など選んではおれず、
ヴォルマルフはあまりにも多くを持つがゆえに手段を選ぶ必要がない、
この違いは大きいが、それが何の言い訳にもならないことを
彼は痛いほど知っていた。

外側から見れば、同じにしか見えない。
そして、他人には外側しか見えない。
分かってほしかった人などいないと言えば、嘘になる。
だが、そんな人たちは皆、手の届かないところに行ってしまった。
自分の行いが自分に戻ってきた、と言ってしまえばそれだけの話だ。
しかし、だからといって、虜囚の身に甘んじたまま
処刑の時を待つつもりなど、彼にはなかった。

彼が降り立った場所は、街道沿いの屋敷の前だった。
扉の向こうには、イスラ・レヴィノスとその姉アズリアがいる。
当人の与り知らぬ話ではあるが、イスラ・レヴィノスは
ヴォルマルフの選んだ内通者候補のひとりだった。

ヴォルマルフによると、イスラはかつて世界の滅亡を心から願い、
その憎悪はディエルゴをも動かしたという。
道化としての面白みがあり、機転が利き、行動力や決断力に優れる。
ゆえに内通者候補となったイスラは、しかしヴォルマルフを失望させた。

『……さぞや素晴らしい怨霊と成り果てただろうと
 期待して蘇らせたのだがね。
 どうやら憑き物が落ちてしまったのか、
 想定していたモノと真逆に成り果てていた。
 ゆえに、声すら掛けなかったよ。……』

赤の他人が育てた家畜について語るような口ぶりで、
ヴォルマルフはそう洩らした。
彼の前で口にするくらいだ、ヴォルマルフにとっては与太話、
重要な情報など何も含まれてはいなかったのだろう。

しかし、彼にとってはそうではなかった。
イスラ・レヴィノスが、かつてディエルゴを動かしたこと。
そして今、ヴォルマルフを失望させたこと。
つまり、並外れた意志と情念と行動力の持ち主であり、
何らかの特殊な素質ないし卓越した能力を有しており、
正にも負にもなれる柔軟性を持ち合わせているという事実は
彼にとって、砂漠で得た水のようにかけがえのない価値があった。

聖魔は表裏一体であり、ゾディアックストーンとて例外ではない。
その力を呼び覚ました者の心ひとつで、聖石にも魔石にも変化する。
ヴォルマルフの想定を裏切った今のイスラにならば、
悪魔の計画を破綻させるような“奇跡”を起こすことも可能だろう。

逆に、再び絶望に囚われてルカヴィに身を堕としたとしても、
イスラには既に『ディエルゴとの繋がり』というカルマがある。
そのあまりにも重すぎる宿業もやはり、
ヴォルマルフの想定を裏切るのではないか――
利用することされること、その双方に慣れ過ぎた彼の
冷徹怜悧な目は、イスラの価値を見逃さなかった。
聖石を地に横たえるべく身を屈めながら、彼は自分を研ぎ澄ます。

 ――たとえ利用されていようが、オレは……。

そこまで思って、息が止まった。不意に思い出したのだ。
『たとえ利用されていようが』――その言葉を、自分自身に対してではなく
ある少女に突きつけたときのことを、まるで昨日のことのように鮮やかに。
懐かしさと喪失感で、胸の奥が凍りつく。しかしそれも一瞬のこと。

彼――ディリータ・ハイラル――は、己の足元に聖石を置くと、
虚空に溶け込むように消え去った。
家屋から漏れ聞こえる姉弟の会話を確認することもなく。

          □ ■ □

姉さんの表情が厳しくなる。怒りをこらえているのだと分かる。
姉さんは優しい人だから。気難しい僕――イスラ・レヴィノス――の
心の均衡を崩さないよう、自分の感情を抑え込もうとする。

 ――姉さんは、なんでそんなに馬鹿なんだ。
 僕の代わりにレヴィノス家の当主になるっていうのに人が良すぎてさ、
 そんなんじゃナメられていいように利用されるじゃないか。笑っちゃうよ。

気が付くと、そんなことを思っていた。
苛立ちを覚えるわけでもなく、人を遠ざけるためでもなく、
まるで息をするように、ただ自然に思っていた。
そして再び僕は気付く。ああそうだ、僕自身がそうなんだ。
あの女をヘイゼルだと一目で見抜いたのも、信用出来ないと断じたのも、
僕自身が知っていたからなんだ。既に気付いていたからなんだ。

たとえ病魔の呪いが消えたとしても、僕は僕にしかなれないことに。

……唐突に静寂を切り裂いた、キュラーと名乗る男の声。
彼による臨時放送をすべて聴き終えた今も、僕の心に波風は立たない。
ただ、目の前で殺された少女がいたことを思い出し、
彼女の立ち居振る舞いを思い出し、その首輪を回収すれば
相応の武器が手に入るだろうと、ただ冷淡に考えていた。

だから、怒りをこらえる姉さんを見て、馬鹿だなと僕は思った。
キュラーの言葉に怒りを抱ける愚直さに対しても、
自身の感情を抑えることが僕の心の平穏に繋がると
勘違いしてしまえる純粋さに対しても。

臨時放送の内容は、ごく当たり前のことにしか思えなかった。
だってさ、連中は僕らに殺し合いをさせたいんだよ?
なら、どんな手段を使ってでも、殺し合うように仕向けるはず。
彼らにとってはソレが普通、ごく当たり前の行為なんだ。
分かり合うことなんて、通じ合うことなんて、生き延びることなんて
最初から何も期待なんてしてなかったから、
臨時放送を聞かされても僕は何も感じなかった。

同時に、僕とはまったく違う反応を示した姉さんを見て、
ああ、やっぱり姉さんは僕とは住む世界が違うんだと再認識した。
馬鹿だな、笑っちゃうよ、そんな風に思いながら、その一方で、
僕とはまるで違う心を持ったこの人こそが
陽の当たる世界に相応しいんだと改めて思った。

そう、病魔の呪いから解放された今も、僕は死を望んでいる。
決して僕と同じものを見ることのない姉、アズリア・レヴィノスが
僕のいない世界でも胸を張って、そして笑顔で
レヴィノス家の当主を務められるように。

「……行こう、姉さん」
「待て、イスラ。オグマ殿がまだ――」
「言ったはずだよ姉さん。オグマさんと一緒に行動することは出来ない」
「だが、オグマ殿はおまえに覚悟を示したではないか」
「まったく、姉さんはどこまで甘いんだ。笑っちゃうよ」
「イスラ……」

違和感があった。姉さんの反応がいつもとは違う。
姉さんは何かを失ったような、ひどく悲しそうな顔で僕を見ていた。
何故だ。分からない。まさか、姉さんはオグマさんのことを……?

そうなのだろうか。しかし、断定出来るだけの根拠がない。
そもそも軍隊という男社会に身を置いていた姉さんが、
しかも名門レヴィノス家の後継者としての自覚を有する姉さんが、
一時の私情であんな男に肩入れするとは思えない。
それとも、これまで免疫がなかったからこそ、なのだろうか。
分からない。姉さんは一体何を考えているんだ?
いつものように、まるで息を吐くように、僕は姉さんを挑発する。

「あはは、優秀な軍人の耳をもってしても気付かなかったのかい?
 姉さんはアティに感化されて冷静な判断力を失っちゃったんだね。
 残念だよ。そんなんじゃ僕の代わりになんてなれない。
 どこの馬の骨とも知れない男の言葉を鵜呑みにして
 注意力や観察力を失うような人に軍部の名門の当主は務まらない。
 これだから女は、って言われるだけさ」

「イスラ、おまえは……」

姉さんは、怒りと悲しみがない交ぜになった
今にも泣き出しそうな顔で、僕の名を呟いた。
僕はまた、違和感を覚える。今日の姉さんは何かがおかしい。
自分のこれまでの人生を、僕のためにしてきたことを僕自身に否定されて
それでも怒ろうとしないなんて、どうかしてるよ。僕は笑った。
言葉にならない苛立ちを塗り潰すために、もっとも嫌いなことをした。

「あはは、その顔……、やっぱり気付いていなかったんだね。
 おかしいじゃないか。オグマさんの声が急に聞こえなくなるなんてさ。
 オグマさんは知人を三人も亡くして度を失っていたはずなのに、
 いきなり声が聞こえなくなって、剣を振るう音も同時に止んだ。
 なのに未だに戻ってこない。おかしいとは思わないのかな?」

オグマさんに対する侮辱にも、姉さんは怒りをあらわにしない。
しばしの沈黙の後、僕の目をじっと見据え、姉さんは静かに口を開いた。

「……私はそんな風には思わない。
 彼の言動が不自然だと言うのなら、それは、亡くなった三人が
 オグマ殿にとって、それだけ大切な存在だったという証だ」

僕は姉さんに言葉を返す。
今度は挑発の類いではなく、率直な思いを口にする。

「だったら尚更、オグマさんと一緒に行動するなんて出来ないよ」
「何故だ? オグマ殿の誠実な人柄はイスラも知っているはずだ」

その言葉に僕は苛立ち、同時にいびつな安堵を覚える。
姉さんと僕は、決して分かり合えない。僕の心は姉さんには見えない。
僕は幼い頃から毎日のように、姉さんのふとした言葉から
痛いほどそれを感じ取ってきたのに、姉さんはあまりにも鈍感で、
自分の見ているもの、感じている世界を僕と共有出来ると思っている。
その無邪気な独善が、押し付けがましさが耐えられない。

でも、その一方でこうも思う。僕のような心を持ち得ないことこそ、
姉さんが光溢れる世界で生きていくべき人だという証なのだ、と。
自分の存在を嫌悪している僕は、そんな姉さんを誇りに思う。
しかしそれは、この痛みに何年耐え、どれだけ生かされ続けても
大好きな姉に受け入れられる日は訪れないと痛感することでもあった。

「……誠実だったら、なんだっていうのさ?
 姉さんは本当にどうしようもない馬鹿なんだね。
 臨時放送を聞きながら怒りのあまり歯を食いしばっていたクセに。
 殺された三人がオグマさんにとってどれほど大きな存在なのかを
 ちゃんと分かっているクセに。あの放送を聞いたオグマさんが
 僕と一緒に行動した結果、どんな気分になるのかを、
 全然考えようとしていないじゃないか」

「イスラ、そんな風に自分を――」

「姉さんだって気付いてるんでしょ?
 オグマさんが大切に思っていた人たちの死体は
 これから更に破壊されるかも知れないってことに。
 オグマさんはそんな現実と向き合い、折り合いをつけなきゃいけない。
 でも、僕は今から首輪の回収に向かうつもりなんだ。
 ここから脱出するためには、もっといい武器が必要だからね。
 死体の場所は知っている。殺し合いに乗った少女が同じ年頃の少女を
 殺す現場に居合わせたから、さ。彼女の首輪を回収する。つまり、
 僕はオグマさんが愛していたかも知れない少女の首を切り落とすんだ。
 姉さんはその様子をオグマさんに見せたいっていうのかい?
 誠実な人だから大丈夫だとか、そういうのって気持ち悪いんだよ!」

言い捨てて、僕は玄関扉を開けた。

「待て、イスラ!」

背後で姉さんが声を上げた。
その予想外の鋭さに、僕は思わず足を止める。
まるで戦場で敵と対峙したかのような緊迫感だ――
そう思ったときには既に、腕を後ろに引かれていた。
姉さんの手だ。その大きさは僕とさほど変わらないのに、力強く心強い。

僕の前に飛び出した姉さんが、杖の先で地面を斜めに撃つ。
扉の近くに転がっていた風変わりな石、暗いきらめきのクリスタル
サモナイト石のようでありながら明らかに異質なかたまりが、
路地に向かって弾け飛んだ。敷石の上に落ちて、鈍く回転。
その動きが完全に停止したことを見届けてから、
姉さんは振り返って僕を見た。視線が僕の腕に移る。

「すまない、力を加減出来なかった」
「僕は大丈夫だよ。それより姉さん、今の石……」
「ああ、私も初めて見た。何かの原石の類かも知れないが、
 ここに入るときには無かったはず……いや、
 オグマ殿が出て行ったときにも、こんなものは無かった」
「そうだね。でも、殺傷目的で設置されたってわけでもなさそうだ。
 僕が見てくるよ。オグマさんが落としたのかも知れない」
「いや、私も行こう」

その言葉を半ば強引に無視する形で、僕は石へと駆け寄った。
殺傷目的で設置されたわけではなさそうだ、とは言ったものの、
まだ安全だと決まったわけでもない。だから姉さんには触らせたくない。
姉さんは、無事に帰らなければならないから。こういうのは僕の役目だ。

僕は石へと指を伸ばす。変わった石だ。
姉さんがさっき言っていたように、何かの原石のようにも見える。
とはいえ、ただの鉱物ではなさそうだ。
先ほどの衝撃で損傷を受けた形跡は見当たらず、
しかしその結晶には見たこともない紋章が既に刻み込まれている。
無色の派閥の面々の言葉をあれこれ思い出してはみるが、
この石が一体何なのか、やはり僕には見当もつかない。

 ――あれ……?

そのまま石を拾い上げようとした僕は、視界の隅に違和感を覚えた。
黒い何かがそこにある。視線を転じると、それが羽根であることに気付く。
夕闇に閉ざされた路上にあっても異質に感じる黒く大きな羽根が一本。
背後から近づく姉さんの足音が、すぐ間近まで迫っている。
こっちもだ、これも姉さんには触らせたくない。
風変わりな石と黒い羽根、その双方を拾い上げ、僕は姉さんに向き直る。

「姉さん、この羽根も……、僕には見覚えがない」
「私も記憶にない。さっき通ったときには無かったはずだが」
「随分と大きな羽根だね」
「大型の鳥類か、あるいははぐれ召喚獣のものか……」
「でも、おかしいよ。ここにははぐれ召喚獣はおろか
 小鳥すらいないのに、こんなものが落ちているなんて」

静寂が僕らにのしかかる。

そう、静寂。この島は静か過ぎるのだ。
それが会場の異質さと、主催者の異常性を際立たせる。
自然の中に存在するはずの様々なノイズ、たとえば獣の遠吠えや
鳥の鳴き声はおろか、虫の羽音すら聞こえない。
つまり、存在しないのだ。参加者以外の生き物が、一切。
植物は自生しているが、こんな環境ではいずれ死滅するだろう。

特定の生物を排除すれば――たとえそれが
毒虫や害獣の類であっても――、自然界は均衡を失っていく。
捕食も交配も再生も、すべてがうまくいかなくなる。
当たり前だよね、人間にとって、自分にとって都合のいい存在だけが
世界じゃない、自然じゃない、命じゃない。
たとえば僕にかけられた病魔の呪い、その本質もまた、命だ。
死者は病に罹らない。病もまた、生命活動の一環なんだ。

けれども主催者は、参加者以外の生き物を徹底的に排除した。
それはつまり、彼らがこの島を完全に私物化していることを意味していた。
この島を、僕たちを、自分たちの都合で使い潰すことを意味していた。

そんな地に舞い落ちた漆黒の羽根は、ことさら異質な存在感を放つ。
あるはずのないものが、そこにある。
言葉にならない不吉な予感が胸の奥をざわめかせる。
僕らは無言で顔を見合わせていたが、やがて姉さんが口を開いた。

「誰かの支給品、と考えるのが妥当な線だが……」
「オグマさんのものにしては、数が多すぎる」
「つまり、オグマ殿が出て行ってからおまえが扉を開けるまでの間に
 ここを通った者がいるということか……」

思案から警戒へ。姉さんの表情が厳しくなる。

「……イスラ、オグマ殿を探すぞ」

ああ、あれだけ言っても姉さんには分からないんだね。
僕の見ているものは姉さんには見えない、
だから僕が汚れるしかないのに、姉さんにはそれすら分からないんだ。
孤立する心を微笑みで覆い隠しながら、僕は軽く肩をすくめた。

「姉さんはやっぱり、オグマさんと一緒に動くつもりなんだね」
「オグマ殿と、ではない。おまえも一緒だ、イスラ。
 ……だが、その前に言っておきたいことがある」
「何だい、姉さん」
「これ以上自分を汚そうとするな。もうそんな必要はない」
「姉さん、何を――」
「おまえはもう、病魔の呪いに煩わされることなく
 生きていけるようになったのだろう?
 死に場所を求める必要など、もうどこにもないはずだ」

違うんだよ、姉さん。僕はまた微笑んだ。
確かに僕のこの身体は、病魔の呪いから解放された。
でも違う、違うんだ、病魔と共に生きた日々、呪詛を通じて見た世界、
それらは僕の中に残り、僕の人格を、思考を、心を形成しているんだ。

つまり、病魔の呪いが解けた今も、僕は呪詛の体現者のままなんだよ。
健康な身体を手に入れても、姉さんのようには生きられない。
姉さんと同じ世界には、光の当たる場所には行けないんだ。
でも、それは言えない。僕には笑いながら嘘をつくことしか出来ない。

「この非常時にそんなものを求めるほどロマンチストじゃないよ、僕は」
「だが、おまえは私に対して罪悪感を抱いている」

自分の表情が強張るのが分かる。笑えなかった。
姉さんから感じ取っていた違和感の正体に気付いたからだった。
姉さんが僕の心を見ていたことに気付いたからだった。
立ち尽くす僕を、姉さんの声と夜気を含んだ風が不器用に覆う。

「気付いていないとでも思ったか? 表情を見ていれば分かる。
 それに、さっきの態度。おまえには、自身の非道を強調することで
 人を遠ざけようとする癖がある。

 ……長い間、私は疑問に思っていた。
 おまえが何故、そのような言動を繰り返すのか……
 何故、すべてを切り捨てようとするのか、私はそれを知りたかった。
 だから考えた。おまえの言動を反芻しながら、分析と推測を重ね、
 ……おまえが死んでしばらく経ったある日、不意に思った。

 おまえはいつかこんな日が来ることを想定していたのではないか、と。
 そして、嫌われ者として死ねば、あとに残った私が悲しまずに済むと
 思っていたのではないか、と……。

 おまえはずっと、たったひとりで、病魔と戦っていたのだな。
 愛されることを拒み、すべてを切り捨てることで、
 おまえは生まれながらの宿命に立ち向かっていたのに、
 私はおまえを失うまでずっと、そのことに気付かなかった……」

涙が頬を伝い落ちた。
嬉しかった。姉さんは、僕が死んだあとも、僕を愛してくれていた。
そして僕を理解しようと努め、ついには僕の心に辿り着いた。
でも、そこにあるのはやっぱり絶望。
姉さんが僕の本心を知ること、それは、たったひとつの願いが潰え、
僕のすべてが無駄に終わったことを意味していた。

街道を渡る夜の風が、涙から熱を奪い去る。
僕は姉さんを悲しませたくなかった。だから姉さんに嫌われたかった。
でも姉さんはそのことに気付いてしまった。僕は姉さんを悲しませたんだ。
一体どうすればいいんだろう。姉さんを生還させたい、僕は死にたい、
でも、僕が死んだあとで姉さんが悲しむなんて嫌だ、
かといって、姉さんに嫌われるよう仕向けるという手はもう使えない。

僕はまた、無駄に生かされるだけの邪魔者に戻ってしまった。
生還したところで、レヴィノス家の汚名にしかならないっていうのに。

「……僕は罪人だよ。帰りたくないんだ」
「だが、おまえをそこまで追い詰めたのは私だ」
「姉さんは関係ない。僕が勝手にしたことだよ」
「イスラ……」

姉さんは周囲を横目で警戒しながら、立ち尽くす僕を抱き寄せた。

「たとえそうだとしても、おまえのもっとも近くにいたのは私だ。
 おまえのためと思いながら、おまえの苦悩に気付こうとしなかったのも」
「そのことなら、恨んでなんかいないよ。
 僕が拒んだんだ。姉さんに気付いてもらうことを。
 僕の見ている世界なんて、姉さんには分かってほしくなかった」
「しかし、おまえにそう思わせたのは、やはり私だ」
「姉さんは悪くないよ」
「私はおまえの姉だ。おまえのために、と思いながら生きてきた。
 おまえの行いは、その結果だ。だから、今更自分ひとりが
 潔白であるかのような顔をして生きていくなど出来ない」
「そんなこと言わないで姉さん。僕、どうすればいいのか……」

姉さんはしばらく無言で僕の頭を撫でていたが、やがてそっと身を離した。
姉さんの目には、うっすらと涙が浮かんでいる。
しかしその表情には、強い意志とほのかな希望が宿っていた。

「どうすれば罪を償えるのかは、二人で考えていこう。
 そのためにはまず、二人揃って生還することから始めねば。
 だからイスラ、私のために犠牲になろうなどとは考えるな」

胸の奥で何かが沈んでいく。
僕は死という最後の希望すら封じられたことを知った。

 ――あはは、ケッサクだよ、紅の暴君から解放されたと思ったら、
 今度は姉という暴君が僕を生かそうとし始めたじゃないか。

脳裏で呪詛の体現者が暴言を吐きながら身を起こす。
大好きな姉さんが僕を理解しようと努め、共に生きようとしてくれる、
そんな幸せなことすらも揶揄せずにはいられない救いようのない病巣に
僕は、大切な人に接するときとはまったく違う態度で対峙する。

 ――いいんだ、それが姉さんの望みなら。
 たったそれだけのことで大好きな姉さんが悲しまずに済むのなら、
 僕は、それでいい。

そう答えると、呪詛の体現者は文句ひとつ言わずに消え失せた。
とはいえ、それで希望が芽生えるかといえば、そんなはずもなく、
そもそも生きることに喜びを見出すというのが、僕には窮屈で息苦しい。
しかしその一方で、姉さんに生かされることに安堵している自分もいる。
そして、そんな自分に言いようのない気持ち悪さを感じている自分まで。
受け入れがたい諸々を、僕はやはり微笑みで塗り潰すことしか出来ない。

「姉さんは甘いよ。僕のような弟がいると苦労するのにさ」
「構わない。おまえのような心根の優しい弟がいることを、
 私は誇りに思っている」

姉さんの笑顔は力強く、揺るぎのない意志を感じさせる。
その輝きは僕に突き刺さり、胸の奥がどうしようもなく痛むけれど、
それは僕の心身が生きている証でもあった。



【G-5/街道沿い・屋敷そば/初日・夜(臨時放送後)】

アズリア@サモンナイト3】
[状態]:健康
[装備]:ハマーンの杖@紋章の謎
[道具]:傷薬@紋章の謎
[思考]
1:襲撃者を警戒しながら、オグマとの合流を急ぐ。
2:オグマ、イスラと協力しこの状況から脱出するための手段、方法を探す。
3:サモナイト石を探し、ここがリインバウムであるかを確かめる。
4:自分やオグマの仲間達と合流したい。(放送の内容によって、接触には用心する)

備考:オグマとイスラの騒動により自分の考え(ディエルゴが島の中にいる可能性)を話すのを忘れてしまっています。


【イスラ@サモンナイト3】
[状態]:健康
[装備]:チェンソウ@サモンナイト2、メイメイの手紙@サモンナイト3
[道具]:支給品一式、筆記用具(日記帳とペン)、
    ゾディアックストーン・ジェミニ、ネサラの羽根
[思考]
1:アズリアを守る。
2:ディエルゴは本当に主催側にいるのか…?
3:サモナイト石を探し、ここがリインバウムであるかを確かめる。
4:ティーエの首輪を回収する。
5:対主催者or参加拒否者と協力する。(接触には知り合いであっても細心の注意を払う)
6:自分や仲間を害する者、ゲームに乗る者は躊躇せず殺す。

備考:オグマに対して軽い不信感を抱いています。
   拾った羽根がネサラのものであることは知りません。
   聖石と羽根の持ち主には関係があるのではないかと疑っています。


【???/初日・夜(臨時放送後)】

ディリータ・ハイラル@FFT】
[状態]:健康
[装備]:神殿騎士団の首輪
[道具]:ゾディアックストーン、不明所持品
[思考]
1:聖石を会場内にばら撒く

備考:
ディリータは会場内を自由に転移できます。
また、任意の参加者の現在地を特定することも可能です。
ただし、以下の制限があります。

基本的に、ヴォルマルフ側に利する行動しか取れません。
また、配布出来るものはゾディアックストーン、あるいは
情報系の支給品(ヴォルマルフ側に利するもの)のみです。
また、下記の二点については、禁止行為に当たります。
  • 武器・防具のほか、参加者の生死を左右するようなアイテムの配布
  • 参加者に直接姿を見せる事、および一切の戦闘への直接介入

ディエルゴ側にその存在を悟られるか、条件を破った場合は
即座にヴォルマルフに処刑されます。

所持しているゾディアックストーンの詳細は
後続書き手の方にお任せしますが、
ヴァルゴはヴォルマルフが管理・所持しているものと思われます。

116 瞳に秘めた憂鬱 投下順 118 Bloody Excrement
108 虚ろな器 時系列順 118 Bloody Excrement
084 奴隷剣士の報酬 アズリア 120 奴隷剣士の反乱(前編)
084 奴隷剣士の報酬 イスラ 120 奴隷剣士の反乱(前編)
094 臨時放送・裏 ディリータ
最終更新:2011年01月28日 15:07