Knight of the living dead ◆j893VYBPfU


エトナさんっ!エトナさああぁぁぁんっ!!」

これ以上なく逼迫した、少年の声が迫る。
遅れてきた、姫を守る騎士という訳か。
これの悲鳴を聞きつけて、ようやくこちらへと辿り着いたようだが。

私は、このどうしようもない下衆でさえも
心より身を案じる仲間がいるという事実に驚愕した。

果たして、私にはそのような者がいるのだろうか?
――いや、おそらくはいまい。どこの世界にも。

私に盲目的に心酔するものは、生前には確かに数多くいた。
だが、それは“英雄”という虚像を崇拝するからであって、
決して私自身へと向けられたものではない。
そしてその虚飾がはがれた今。
その正体が明るみになった今。

私に向けられるのは無限の殺意であり、憎悪でしかないだろう。
元よりそういう生まれで、所業がそれをより強固なものにした。
だが、今更それに怯え、悔いた所でどうにもならない。

私自身が選んだ道なのだから。
我が主と共に歩んだ道だから。

ただ、世界との心中を図った我が主は既にこの世にはなく。
私自身が遺志を引き継ぐ程には、世界に憎悪を抱くわけでもない。
だが、世界に贖罪し、貢献する意思もまた持ち合わせてもいない。

元より、世界はこの私を異端者として扱って来たのだから。
ならばこそ、私もまた世界に背を向けた。それだけの事。

望みは既にない。その生命と引き換えに、とうに叶えてしまったのだから。
未来はない。常に隠れねば生きていけなかったが故、最初から持ちえない。

だが、そうにも関わらず。
私は唯一人、ただ生きている。

何かをなしえんとする信念も意思もなく。
誰一人、その生存を望まれることもなく。
意味もなく、ただ生きている。

心肺が動くだけの、騙し殺す事しか能のない死人。
戦うことでしか自己を表現出来ぬ、壊れた戦闘狂。
争いの中でしか利用価値のない戦奴。

“生ける屍の騎士(Knight of the living dead)”。

そう思えば、私等よりこの下衆のほうが
よほど価値のある存在にすら思えてくる。
少なくとも、他者にその生を望まれている一点において。
私とは存在を異とするのだから。

今、この女は死に瀕している。 
そして、助けるだけ無駄な存在であり、もはや間に合わぬにも関わらず。
折れた角を生やす緑髪の少年は、決して足元の悪魔を見捨てたりはせず。
悲壮感に溢れた表情で、ただ愚直にこちらに迫る。

利害や打算など一切がない、無償で相手を思う気持ちを以て。
その貌が、声色が、少年の思いの純粋性と善意を物語る。

その懸命な姿に、何故かふとアティ殿を被らせた。
彼女もまた、仲間の窮地にはあるいはこうするのだろうかと。
だが、私には一切関係がなければ、縁も無い話だ。

だが、遅い。
もう、遅い。

今仕留めなければ、息を吹き返すだろうから。
次に待ち焦れる、戦いの邪魔をされぬ為にも。
今この場で、始末を付けなければならない。


「エトナさぁぁぁぁぁぁんっ!!!!」


悲痛な絶叫を振り払い、
その思いを踏みしだく。

無力な言葉を嘲笑う、
至強なる暴力で以て。


――槍を振り下ろす。


柔らかい肉を裂く感触と、硬い骨を砕く抵抗感。
三叉の槍が貫通し、エトナの未来をこの手で奪う。
――鮮血が迸る。













残された、無事な左肩から。













殺人鬼としての未来を、完全に断つ。
傷は深いが、すぐに手当てすれば充分に生命は拾うだろう。
だがもう二度と、誰一人傷付ける事は敵わぬだろうが。

「フッ 待ちかねたぞ。」

その心身に甲冑を纏い、私は笑いかける。
裏切りの宰相の右腕、漆黒の騎士として。
テリウスにおける、畏怖と憎悪の象徴として。

「エトナさんっ?!…まさか、殺したのですか!?」

どうやら、この小娘は気を失ったのでそう見えたらしい。
もとより悶死してもおかしくない激痛を与えていたのだ。
今まで意識を繋ぎ止めていた事自体が、奇跡にも等しい。

「…手元が狂った。まだ、息はあるようだな。」

蒼白の顔で疑問を投げかける少年に、私はそう伝える。
敗者であるにも関わらず、この女には嫉妬すら感じる。
だが、込み上げる感情は押し殺す。
慣れた行為だ。己の心を殺すのは。


「…エトナさんを返してください。お願いいたします!!」


「欲しければ、力ずくで奪い取ることだ。」


悲痛な表情の中、状況に押し潰されず。
恐怖に震える肩を抑え込み、我を通す勇気を認めて。


私は込み上げてくる“歓喜”を抑えて答える。
なるほど、これは実に“楽しめそうだ”。


アティ殿と同じ、良い心臓の持ち主と言える。
少なくとも、エトナよりは遥かに強いと見た。

心に、芯がある。殺される覚悟もある。
なにより、戦士としての心構えがある。

壊れた悪魔(おもちゃ)には、既に一片も興味はない。
欲しいなら、くれてやってもいい。

だが、引き渡せばこの少年はすぐさま立ち去ってしまう。
足元の悪魔の、一刻も早い手当ての為に。

そうなれば、おそらく二度と出会う事はないだろう。
ああいった手合いは、長生きはできないだろうから。
――それは、酷く惜しい。

私の戦闘狂としての、抑え難いまでの衝動が。
私のただでさえ貧しい良心を食い潰し始める。
かつて、その師を手に掛けた時のように。

他人を大事と思いながら、その価値を認めながら。
何より「斬り合いたい」という衝動が先んじる。
度し難い性癖。だが、それは止まりそうにない。

ああ、これは楽しみだ。
エトナよりは、余程楽しめそうだ。
期待してよいのだな、緑髪の少年?
私は期待に、その胸を高鳴らせる。

――だが。


「エトナさんをどうか、どうか今すぐお渡し下さい!!
 代わりに望みがあるなら、後で何でもお聞きしますから!
 絶対に、逃げも隠れもいたしませんから!
 どうか、どうかお願い致します!」


――だが、この少年は。


命掛けで私からこの悪魔を奪おうとはせず。
この私に、土下座にて懇願した。


何故だ?
何故、そんな興醒めな行為に走る?
それでは、私は満たされぬ。


私は失望とともに、少年の瞳を覗き見る。
少年の、私への憎悪は確かに感じる。
そして、復讐の意識もあるのだろう。
だが、それを全て抑えてまで。

少年はエトナの一刻も早い救済を優先すべく。
武力行使という、最も分かり易い道を捨てて。
言葉による交渉の、話し合いの道を選んだ。
アティ殿の言う、「言葉の力」を頼りに。

――なんという、茶番。

緑髪の少年よ。
憎むべき敵への憎悪を抑え、守るものを優先する…。
その行為の尊さは認めよう。無償の献身も認めよう。
この私が、羨む程に。

だが、それでは私は楽しめぬ。
楽しめぬのだ。

もし、この悪魔を引き渡した後に、私が決闘を所望すれば?
おそらくはこの少年、約束を違えずにそれに応じるだろう。
元より虚言を弄するという発想が浮かびそうにない人物だと、
私はそう分析している。

だが己の望みが叶い、安堵に弛緩した後の少年では?
緊張感を欠いた状態で、私を斃す事は能わぬだろう。
何より、疲労したこの私に回復の機会を与えている。
その結果、勝負は成り立たぬ。

かといって、今強引に迫ろうとも相手は乗らぬだろう。
相手の合意も殺意もない戦い程、詰まらぬものはない。

――楽しめぬのだ。それではな…。

この場は見逃し、少年の熟成を待つのも一つの手段ではある。
過去において、ガウェインの息子は見事期待に答えてくれた。
アティ殿も、状況が変われば流石に目も醒めるだろう。
少年もまた、まだ伸び代がありそうにも見える。
だが、闘争には鮮度というものがある。

今回は、明らかに後者と言える。
何故、それを理解出来ないのか?

私は、問う。
少年の言葉の真意を。
少年の翻意を期待して。

「小僧。私が貴様の言い分を、聞く必要性はあるのか?
 あるいは私が話を聞くふりをして、油断した隙を突き。
 諸共に殺そうとする事は考えはしないのか?」

「…聞く理由は、ありません。
 でも、無意味に争ったりする必要も、またないはずです!
 貴方とエトナさんとの間に、何があったかは知りません。
 でも、ボクは誰にも死んでほしくなんか、ないんです!
 …エトナさんも、貴方にも!」

呆れた少年だ。
私すら殺したくない、とはな。
不必要な殺戮は避けようとも。
必要とあらば他者を殺す事に悲しみこそすれ、
躊躇いはしないのが戦士というではないのか?

――あるいは、人が良すぎるのか?

「それに、もし貴方が嘘をついていた場合でも…。」

少年は顔を上げ、その瞳を輝かせて言う。

「もうすぐ、ガフおじいさんも助けに来てくれるでしょうから。
 先走っちゃった事で、怒られちゃうかもしれませんけどね…。
 エトナさんは、ガフおじいさんに預かってもらいます。
 だから、もし嘘を付かれてもエトナさんだけは助かります。」

こちらの視線を、正面から受け止めて。

「それに。最初からボクを騙そうとしている人なら、
 そんな事を自分から話したりはしないはずです。
 だから、貴方は信用してもいい。違いますか?」

交渉の余地があると、私の翻意を期待して。

「…伏兵の存在を、暴露してどうする?」

理解する。
そして、嘆息する。

先程から感じていた、周囲に潜む一つの剣呑な気配の主に。
目の前の少年が、救い難い程に人が良過ぎるという事実に。

戦闘においては玄人であっても。
決して愚鈍ではなかろうとも。

戦争においては、殺し合いにおいては初心なのだ。
この緑髪の少年は。

常軌を逸する程の駆け引きや騙し合いといった、
本来殺しを販ぐ者が持ち合わせるべき悪徳を。
この少年は、まるで持ち合わせていないのだ。

「ガフおじいさん」という近くに潜む伏兵の存在は。
ともすれば私を騙し討つ切り札になりえた筈なのに。
敵である私の善意を、少年は信じ期待しようとしている。
己に不利を背負ってまで。
まるで、アティ殿のように。

この人の良さを、あるいはエトナにも利用されていたのかもしれない。
そう考えれば、少年には憐れみすら感じられる。

――それに、なによりも。

今、近辺に潜んでいる伏兵が…。
もし殺しを生業をする強者ならば?
限りなく冷徹な現実主義者であるならば?
――少年の“暴挙”をどう思うだろうか?

暴走する足手纏いを敵に頭まで下げて救おうとし。
必殺の機会を伺う伏兵の存在を、暴露する行為を。
――果たして、どう思うだろうか?

人としては、限りなく美しい行為である。
だが、殺し合いの場においてはそれは――。


最も忌むべき感傷であり、裏切りでしかない。


そして、利敵行為を行う者の末路は一つしかない。
伏兵が利害に聡い存在なら、分かり易い惨劇と絶望が
後ほどこの少年に与えられるだろう。

私が少年の為を思うなら、今強引に対峙するべきだろうか?
無残な粛清を待つより、ここで死に華を咲かせてやるほうが、
むしろ少年の為ではないのだろうか?

そのほうが、人に甘い夢を見たままに。
人間の醜さを知らずに逝けるだろう。
――私個人への、憎悪のみを抱き。

万一私を斃しさえすれば、近辺にいる伏兵に利用価値を認められ。
あるいは、少年の生存の道が開けるのかもしれない。

あるいは、少年の心意気をこの場では汲み取り。
その後に待ち受ける粛清を承知で、あえて見逃すべきだろうか?
彼はこの場では満足し、私に感謝さえするだろう。
だが、その後は無意味に殺され、思いは踏み躙られる。

おそらくは傍らの、伏兵の手によって。
おそらくは傍らの、足手纏いと諸共に。

私は、少年の行為に感じ入りながらも。
どのような形の末路が、彼にとって最も幸せなのだろうか?

そういった、人として唾棄すべき思考を纏め始めていた。


          ◇          ◇          ◇


――バラしやがったな?


オレは舌打ちしたくなる気持ちを抑えて、
民家の陰で目の前の茶番を眺めていた。
この身はとうに「潜伏」は済ませてある。

だが、それもレシィがばらしたおかげでほとんど意味がない。
精々、居る場所を特定できない程度の役にしか立たン。


――おまけに、命令無視とまできやがる…。


オレは真剣に、レシィ“も”始末する事を考え始めていた。
…時は遡る。

          +          +

オレ達が村の入り口に入った頃に、エトナの悲鳴が聞こえ。
急いで聞こえた方角に向かえば、夜空に輝く破壊の光球と、
その真下で魔法を行使する少女らしき人影を発見し――。

オレ達はその出鱈目過ぎる規模の魔法の行使に、
ただ茫然としていた。

「オイ、ありゃもしかしてエトナじゃねえのか?
 …レシィ、お前の目と鼻で分かるか?」

レシィが目を細め、鼻をひくつかせる。
やがて、驚きに目を見開き、オレに振りかえった。

「…っ?!間違いありません。あれはエトナさんです。
 一体、一体どうしてあんなこと?」

良く見れば、レシィが恐怖に青褪めている。
まあ、そりゃ確かにそうだ。俺だってビビっている。
あんな物騒なもン投下されりゃ、村の一角は確実に消滅する。
当然、そこにいる人間諸共、塵一つ残さずにって所だが。
あの女の向いている向きから、こちらに落ちて来る事はなさそうだが
それも確実なものとは言えン。

ま、流石は異世界のルカヴィ(悪魔の意)って所だな?
まともに殺り合ったら、まず勝てン。
まともに殺り合えば、だがな?

「大方、どっかの誰かと戦闘中なンだろ?
 ま、どっちが仕掛けたのかは分からンがね。」

情報が少なすぎるので、何とも言えン。
さっきまでのやり取りから、概ねあの女の八つ当たりが原因なンだろうが。
下にいるあいつのお守りしてる奴にゃ、心よりご愁傷申し上げる。
絶対に助からンだろ、あンなの喰らったら。

「…ボク、止めてきます!」

「手遅れだよ、レシィ。」

オレは引きとめる。
今、行くだけ時間と命が無駄だ。
向かうのは、エトナのストレス解消が済ンで、
充分落ち着いてからでもいい。
オレはなるべく、現実に即した返答を用意する。

「今更あっち行ってなンになる?
 エトナと殺り合っている奴と一緒に、
 朝食のバターよろしく溶かされてくるか?
 オレは巻き添えは御免なンだがね。」

「…だからです!
 あんなの使ったら、エトナさんと戦っている人は勿論、
 他に村にいるかもしれない人達だって巻き込まれて…。
 みんな、みんな死んでしまいます!!
 万が一、それが御主人様やネスティさんだったりしたら…。
 それに、どんな理由があっても、殺したり殺されたりなんて、
 絶対に良いはずがないんです!
 確かに危険ですが、だからといって見逃して…。
 あとでずっと後悔なんてしたくありません!」

限りなく青臭いセリフを吐くレシィに、オレは溜息を吐く。
ま、人間としちゃ何一つ間違っちゃおらンがね?
平和な時なら、お前さんの言い分は実に正しい。
だが、綺麗事じゃ腹は膨れンし生きても行けン。

第一、ここは戦場でオレ達はヴォルマルフが言う殺し合いの為に
呼び出されているってこと、忘れちゃおらンか?

のほほんとあれに巻き込まれるようなグズは、
生き残る資質がないから仲間でも斬り捨てる。

それぐらいは割り切って貰いたいンだがね。
それが戦闘のプロってもンじゃねえのか?

「でも、ガフおじいさん。あなたまで危険には巻き込めません。
 ですから、ボクが一人で行きます。それなら、構いませんね?」

「…わかったよ、レシィ。」

オレは二度目の溜息を付きながら。
そしてレシィの目を正面から見据える。

先程まで存在を誇示していた、破壊の光球がかき消えた事に気付き。

「だがな、気が変わった。オレがエトナを止めてやる。」

――殺してでもな。

「代わりにお前さんは一刻も早く、
 さっきの二人を呼びに来てやってくれ。
 エトナを止めるにゃ、ちょっとばかり援軍が欲しい。
 オレ一人じゃ抑えきれるかどうか、少し不安がある。
 あいつら、まだそう遠くには行っちゃおらンだろ?
 お前の鼻だけが頼りなンだが、頼まれてくれるか?」

オレは思うところが出来、あえて危険に身を晒す事にした。
上手くいけば…。

「じゃ、早く行け。時間が惜しい。」

「でも、ガフおじいさん…。」

オレの身を案じ、承諾をしぶるレシィにオレは笑顔で促す。
腹の中では、レシィへの苛立ちを抱えたままなンだが。

「戦いの避け方や生存術なら、お前さんより心得があるンでね?
 戦いが商売の、傭兵の手際を見くびってもらっちゃ困るな。」

オレは不敵な笑みを浮かべる。
そしてレシィに背を向け、レシィに指示を出す。

「…エトナを止めてくる。後は任せたぞ、レシィ。」

オレは振りかえらずにその身を「潜伏」させた。
オレの姿が掻き消え、その気配も捉え辛くなる。

虫の知らせって奴か。村に移動するまでの間に、
オレはアビリティを「潜伏」に切り替えていた。
無論、目的はエトナを人知れず始末する為にだが。

異世界のルカヴィがどれほどの力か知らンが、
唯の人間の手に負えン存在だってのは想像が付く。
現に、夕方駄目オヤジの元から走って逃げたあいつの足は、
人間のレべルを遥かに超越していた。

だから手っ取り早く殺るには不意を突くしかねえと判断した訳なンだが。
まさか、早速こんな「好機」にぶち当たるとは思いもよらなかった。

そしてオレ達が会話している最中、破壊の光球は唐突に消えた。
地表へと炸裂する事もなく。それは、何を意味するのか?

魔法がキャンセルされたってことだが、二つ可能性がある。
一つはエトナが殺る気を失い、中断したという事。
一つはエトナが魔法を行使する直前で何かあって、
魔法が使えなくなってしまったという事。
前者は考えにくい。おそらくは後者だろう。

それと、あれだけの大技を使おうとしていたという事は?
逆を言えば、それだけの事をしなければ斃せないような、
厄介な相手にぶち当たっているという事になる。
そして、エトナの激怒の咆哮が響く。
…相当に、手こずっているらしい。

どちらにせよ、これは「エトナを殺す」絶好の機会だってことだ。
それも、今エトナと殺り合っている奴にその罪だけを着せて。
安全にとどめを刺せる好機。
あるいは、敵対者を助け恩を売る好機。

だが、傍にいるレシィが邪魔になる可能性がある。
だからこそ、レシィを遠ざけようとしたわけだが。


――いざ、叫び声を頼りに辿り着いてみると。


“漆黒の騎士”が気狂いルカヴィを相手に、
ほぼ一方的な蹂躙を行い勝利を収めていた。
…化け物か、あのデカブツは?

何やら人の剣術を講釈しているように聞こえたが…。
残念だが、オレはてめえみたいに化け物じみた剣は
持ち合わせちゃいねえよ。 

そういうのは、シドやバルバネスなンかの人類の規格外にしか無理な芸当だ。
自分に出来るからって、人間なら皆同じく出来るとか思うンじゃねえ。

オレは“漆黒の騎士”との接触を考えたが、
その様子を見て即座に取り止める。
接触を図るには気配が剣呑過ぎる。存在が危険すぎる。
万一アレがこのゲームに乗っていたら、取り返しが付かン。

だが、放っておいてもあいつはあの気狂い女だけは仕留めてくれる。
それだけは見届けておいてもいいだろう。
そう期待して、エトナの最期を遠巻きに眺めていたのだが…。


――レシィだ。あいつが、全て邪魔しやがった。


それも“漆黒の騎士”に加勢して恩を売るには遅過ぎで、
また止めを刺すにも早過ぎる最悪のタイミングで。


          +          +


レシィがこのオレの命令を無視して、
後から引き返していたのは気付いてた。
大方エトナとオレを心配してなのだろう。

この際、多少は目を瞑るつもりではいた。
だが、ここまで間が悪いとやってられン。

結果“漆黒の騎士”の手元は狂い、あの女は生き延びた。
そして、あの化け物に再び止めを刺そうという気もないようだ。
概ね、“殺すにも値しない”って所なンだろう。
だが、オレはあいつほど傲慢じゃない。
エトナは今ここで、死ンでもらうがね。

だったらこちらで始末するしかないのだが。
レシィはこちらの存在が近くにいる事をバラし。
交渉決裂時のこちらの奇襲を、より困難なものにしやがった。

あんな化け物相手に、正面切って戦闘しようとは思わない。
だが、だからと言って容易く見逃してくれるとも思えない。

戦闘力を比較する。現在、あの化け物を相手にして。
オレとレシィの呼吸が合う状態で、かつ二人がかりで戦って。
希望的に見ても、せいぜい五割前後しか勝率はない。
無論、相手の疲労やら装備の差やら、全て込みでのオレの計算だ。
時間が立てば、勝率はさらに下がっちまう。そうなれば絶望的だ。

戦闘とは十戦って十勝てない限りは自分からは仕掛けないのが定石。
八割程度までなら、メリットがリスクを上回る場合のみ仕掛けるべきである。
敗率が勝率を上回る勝負なら、もはや博打ですらない。問題外だ。
それは自殺行為にも等しい。逃げられない限りするもンじゃねえ。

ただ、一つだけ救いがあるとすれば。
あのデカブツはエトナよりははるかに理知的で、
交渉の余地は充分にありそうだという事だ。

それは、これまでの立ち振舞いや計算高さからも見てとれる。
立ち回り次第では、あれと顔を合わせても戦闘は避けられる。
上手く行けば、情報交換すらも出来るかもしれン。

あるいは、このままレシィを置いて一人で立ち去るっていう手もある。
“漆黒の騎士”が、エトナとレシィ諸共に殺してくれれば万々歳だ。
こちらは一切手を汚さず、こちらは捕捉されず。
全てにおいてカタが付く。しかも危険は一切ない。
だが、どこかあいつには温いものが見え隠れする。
これには、あまり期待はしないほうがいい。

それに、万が一。
“漆黒の騎士”があいつらを見逃してしまい…。
結果、レシィ達が中ボス達と再会する事になったら目も当てられン。
オレが築いた信用は、全部パーになる。
味方を見捨て敵前逃亡した奴の言い分なンぞ、誰も耳を貸さなくなるだろう。
傍観する場合でも、“漆黒の騎士”が二人を殺す所まで見届ける必要がある。
あるいは、あのデカブツが立ち去った所で二人をオレの手で殺るか。
二度、同じ轍を踏むつもりは毛頭ねえ。

どちらにせよ、今ここで確実にケリを付けなきゃならン。
“漆黒の騎士”を利用して、エトナとレシィを諸共に殺してしまうか?
それともレシィを煽って“漆黒の騎士”を殺し、隙を見てエトナも殺してしまうか?

果たして、どちらがオレの生存率を最も高める事が出来るのか?
何を手に入れ、何を切り捨てるべきか?

オレはプロの傭兵として、いつものように脳内で算盤を弾き始めた。


【C-3/村/1日目・夜(放送後)】
【エトナ@魔界戦記ディスガイア】
[状態]:意識不明、左鼓膜損傷、右肩の脱臼と靭帯断裂(切断と同等の重体。治癒不能)
    左肩に貫通した刺し傷(重度の損傷)、肩部動脈から出血中、背中に浅い切り傷
    右足を捻挫、身体中に細かい擦り傷、顔面に打撲痕、右半分のおさげが解けている。
[装備]:なし
[思考]:※意識を失っている為、一切の思考を行えません。
[備考]:心身の重大な損傷により、意識が戻っても「硬化」は一切働きません。


【漆黒の騎士@暁の女神】
[状態]:健康、若干の魔法防御力向上(ウルヴァンの効果)、装甲ほぼ全壊、全身が血塗れ。
    鳩尾に打撃痕、肉体的疲労(中)※いずれも所持スキル「治癒」により回復中。 
[装備]:グラディウス@紋章の謎
[道具]:支給品一式、エルランのメダリオン@暁の女神、ハーディンの首輪
[思考] 1:レシィと伏兵(“ガフおじいさん”と推測)をどう扱うべきか?
    2:オグマに出会ったら、ハーディンの事を必ず伝える。
    3:アティに対して抱いている自分の感情に戸惑い。ミカヤには出会いたくない。
    4:催されたこの戦い自体を存分に楽しむ。勝敗には意味がない。
    5:優勝してしまった場合、自分を蘇らせた意趣返しとして進行役と主催者を殺害する。
[備考]:アティからディエルゴ、サモンナイト世界とディスガイア世界の情報を得ています。
    鳩尾の打撃痕と肉体的疲労に「治癒」スキルが働いています。


【ガフ・ガフガリオン@FFT】
[状態]:健康、エトナとレシィに対する苛立ちと殺意、透明化。
[装備]:絶対勇者剣@SN2、碧の賢帝(シャルトス)@SN3、天使の鎧@TO
    (血塗れの)マダレムジエン@FFT、ゲルゲの吹き矢@TO
[道具]:支給品一式×2(1/2食消費) 生肉少量 アルコール度の高い酒のボトル一本
[思考]:1:どんな事をしてでも生き延びる。
    2:まずはラムザと赤毛の女(アティ)を探して情報収集。邪魔者は人知れず間引く。
    3:ラハール・アグリアスには会いたくない。
    4:エトナをこの場で必ず始末する。
    5:レシィも一緒に暗殺すべきか?それとも…。
    6:ウィーグラフを警戒。機会あらば悪評を流すか、人知れず不意を討ち始末する。
    7:“漆黒の騎士”をどう扱うべきか…。    
[備考]:リアクション・アビリティのみ「カウンター」を「潜伏」に変更しています。

【レシィ@サモンナイト2】
[状態]:健康 、強い決意、精神的喪失感(小)、刺激臭による嗅覚の低下
[装備]:サモナイト石[無](誓約済・何と誓約したものかなど詳細は不明)@SN2or3
[道具]:支給品一式(1/2食消費)  死者の指輪@TO 生肉少量
[思考]1:エトナを“漆黒の騎士”から返してもらう。
   2:この場の争いを、なんとしてでも収める。
   3:ガフおじいさん、近くにいる…。
   4:アメルの遺志に従い、仲間や協力者を集めてゲームを破壊する。
   5:ラムザ、赤毛の女性(アティ)、ラハールを探してみる。

[共通備考]:ハーディンの遺体(胴体部分)のすぐ傍に、
      転がり落ちた闇のオーブ@紋章の謎があります。
      漆黒の騎士の損壊した装甲が、周辺に散らばっています。
      付近の民家一軒が、漆黒の騎士のウルヴァンにより全壊。
      エトナのデイバックがその中に埋もれています。
      二人のすぐ傍に、血塗れのウルヴァンがあります。
      エトナの「カオスインパクト」の詠唱で生じた橙色の光球を
      村内にいたものは目撃した可能性があります。

113 Giant Killing 投下順 114 長い間さまよって
113 Giant Killing 時系列順 110 REDRUM
113 Giant Killing 漆黒の騎士 118 Bloody Excrement
113 Giant Killing エトナ 118 Bloody Excrement
106 想いこらえて(後編) レシィ 118 Bloody Excrement
106 想いこらえて(後編) ガフガリオン 118 Bloody Excrement
最終更新:2011年01月28日 14:35