その果てに待っていたもの
最初に「ん?」と思ったのは海岸でミトスと会った時か。
相手の攻撃に備えて氷割り草を生やそうとフォルスを込めた時に、
こう……なんつーのか、レバーがボキッって曲がった感じ…いや、少し違うな……
あー、こういう時にボキャ貧ってのは辛いよなあ本当に。
んー……あ、そうそう!こう、曲がってたことに気づいた時にはバキッって折れてた感じだ!
んで、一通り終わって気を抜いたらいきなり血を吐いた、ってな具合よ。
そーそー、段々思い出してきた。最初は気力もなんもスッカラカンなのに
無理してフォルスを使おうとしたからそんな感じになったんだと思ったんだけどさー。
森に逃げ込んでクレス下ろして、六回くらい血ィ吐いてから流石に変だと思ってよ?
色々調べなきゃいけないけど、調べようもないし、どうしたもんかって考えてた時にさ、
七回目が来てさ、それが痛いのなんのって、まあ痛みが引いた時には吐き終わってたんだけど。
で、見たら、…あったんだよ。アレは普通にドン引きしたぜ。
相手の攻撃に備えて氷割り草を生やそうとフォルスを込めた時に、
こう……なんつーのか、レバーがボキッって曲がった感じ…いや、少し違うな……
あー、こういう時にボキャ貧ってのは辛いよなあ本当に。
んー……あ、そうそう!こう、曲がってたことに気づいた時にはバキッって折れてた感じだ!
んで、一通り終わって気を抜いたらいきなり血を吐いた、ってな具合よ。
そーそー、段々思い出してきた。最初は気力もなんもスッカラカンなのに
無理してフォルスを使おうとしたからそんな感じになったんだと思ったんだけどさー。
森に逃げ込んでクレス下ろして、六回くらい血ィ吐いてから流石に変だと思ってよ?
色々調べなきゃいけないけど、調べようもないし、どうしたもんかって考えてた時にさ、
七回目が来てさ、それが痛いのなんのって、まあ痛みが引いた時には吐き終わってたんだけど。
で、見たら、…あったんだよ。アレは普通にドン引きしたぜ。
拒絶されるように、血溜まりの中から内蔵の欠片が出てきたんだ。
多分要らなくなったんだろうよ。変わっていく中身についていけなくなった血と共にな。
原型を留めて無かったし、切断面で僅かに“変わってた”部分もついてた。
で、そこで流石に俺でも何が起こってるのか、分かってさ。どうしたもんかって―――――――
原型を留めて無かったし、切断面で僅かに“変わってた”部分もついてた。
で、そこで流石に俺でも何が起こってるのか、分かってさ。どうしたもんかって―――――――
悪い。今までの半分嘘。
何が起こってるかは最初から分かってた。こう、感覚的に。自分のことだった訳だしな。
それに、似たような目に遭った奴が仲間にいたからよ。アイツは確か全身凍傷だったかな。
だから俺はこうなったんだってイメージは楽に出来た。
でも中から“変わり損ない”が出てくるまでは憶測だったのは本当だぜ?
本当は服の袖を捲れば痛い目見て知るよりも簡単に、分かることだったんだけど、出来なかった。
……別に変わってるのを見るのが怖かった訳じゃねえよ。本当に。そういうの忘れたから。
そうだな。強いていうなら…“結論が出る”のが怖かったのかもな。
何が起こってるかは最初から分かってた。こう、感覚的に。自分のことだった訳だしな。
それに、似たような目に遭った奴が仲間にいたからよ。アイツは確か全身凍傷だったかな。
だから俺はこうなったんだってイメージは楽に出来た。
でも中から“変わり損ない”が出てくるまでは憶測だったのは本当だぜ?
本当は服の袖を捲れば痛い目見て知るよりも簡単に、分かることだったんだけど、出来なかった。
……別に変わってるのを見るのが怖かった訳じゃねえよ。本当に。そういうの忘れたから。
そうだな。強いていうなら…“結論が出る”のが怖かったのかもな。
ん、まあそんなことはどうでもいいってことだよ。
分かっているのは、俺には自分が変わっていくのを止められないってこと。
その性質上、フォルスを使えばもっと早く変わっていくってこと。この二つだった。
要するに、これは自分の問題だった訳だ。
イーフォンの力?まさか、あいつには感謝しても恨みなんて一切ねえよ。そもそも恨みって何だったっけか?
まあ、確かにこれさえなければ、きっとこんな風には成らなかっただろうけどな。
だからって無ければ無いで、ろくなことにならなかっただろうし。
“碌にフォルスを使えなくなった俺がまともに戦うには、この力で無理矢理増幅するしかなかった訳だからな”。
……言われなくても分かってるっての。その結果として、闇の力はマイナスの方向にも増幅した。
だからあいつの時より速いペースでこんなことに成ってるんだから。
今は体だけだがな。もっと進めば文字通り“頭に花が咲くかもしれない”。
あー、自分で言ってて思い出した。しいなが言ってたな、似たような症状が…永続…なんだったけ?
まあいいや、あれと似てるな。でも向こうの方が絶対羨ましいよなあ。
こっちは内臓だろうがお構い無しだぜ?まあ、こっちはそれでも生きていられるだけマシとも言える…のか?
あ、何か脱線してるな。悪い悪い。時間が無いのはそっちもか。
だから、まあ、怖くは無かったけど…困りはしたな。
分かっているのは、俺には自分が変わっていくのを止められないってこと。
その性質上、フォルスを使えばもっと早く変わっていくってこと。この二つだった。
要するに、これは自分の問題だった訳だ。
イーフォンの力?まさか、あいつには感謝しても恨みなんて一切ねえよ。そもそも恨みって何だったっけか?
まあ、確かにこれさえなければ、きっとこんな風には成らなかっただろうけどな。
だからって無ければ無いで、ろくなことにならなかっただろうし。
“碌にフォルスを使えなくなった俺がまともに戦うには、この力で無理矢理増幅するしかなかった訳だからな”。
……言われなくても分かってるっての。その結果として、闇の力はマイナスの方向にも増幅した。
だからあいつの時より速いペースでこんなことに成ってるんだから。
今は体だけだがな。もっと進めば文字通り“頭に花が咲くかもしれない”。
あー、自分で言ってて思い出した。しいなが言ってたな、似たような症状が…永続…なんだったけ?
まあいいや、あれと似てるな。でも向こうの方が絶対羨ましいよなあ。
こっちは内臓だろうがお構い無しだぜ?まあ、こっちはそれでも生きていられるだけマシとも言える…のか?
あ、何か脱線してるな。悪い悪い。時間が無いのはそっちもか。
だから、まあ、怖くは無かったけど…困りはしたな。
おかげさまで苦労したぜ?
いや、本当に。こうやってそういう苦労を他人に悟られないようにする位に苦労してる。
俺は自分のフォルスを拳や脚に込めて格闘をするからさ、殴る蹴るじゃあっという間に終わりそうだろ?
確かに俺はそのフォルス使いだから、別に動かせなくなるって訳じゃ無ぇけどさ。
変わったからって力強く殴ったら前よりスカスカで自分の腕がバキッっと折れましたじゃ困るし。
じゃあ弓で戦うぜ!って話だけど、今までの様に闘気の矢を…
要はフォルスを直接叩き込んでたらそれこそ殴る蹴ると同じことだしよ?
だから森の中で頃合のいい枝を捜してさ、最低限のフォルスを使って、
矢に変えるって作業を延々と延々と延々と延々とやるわけだ。
最後らへんにはコツが掴め過ぎて“そこそこの太さの枝”でも矢に変えることが出来た。
いや、自慢とかじゃないって本当。だからどうしたって言われると俺がなんか哀れだし、深く突っ込むのは無しな。
花粉とかも増やして…エメラルドリングが無かったら休む余裕なんて無かったよマジで。
でも、もし指輪が無くてもやっただろうな。俺はまだ戦う力を失うわけには行かなかったから。
いや、本当に。こうやってそういう苦労を他人に悟られないようにする位に苦労してる。
俺は自分のフォルスを拳や脚に込めて格闘をするからさ、殴る蹴るじゃあっという間に終わりそうだろ?
確かに俺はそのフォルス使いだから、別に動かせなくなるって訳じゃ無ぇけどさ。
変わったからって力強く殴ったら前よりスカスカで自分の腕がバキッっと折れましたじゃ困るし。
じゃあ弓で戦うぜ!って話だけど、今までの様に闘気の矢を…
要はフォルスを直接叩き込んでたらそれこそ殴る蹴ると同じことだしよ?
だから森の中で頃合のいい枝を捜してさ、最低限のフォルスを使って、
矢に変えるって作業を延々と延々と延々と延々とやるわけだ。
最後らへんにはコツが掴め過ぎて“そこそこの太さの枝”でも矢に変えることが出来た。
いや、自慢とかじゃないって本当。だからどうしたって言われると俺がなんか哀れだし、深く突っ込むのは無しな。
花粉とかも増やして…エメラルドリングが無かったら休む余裕なんて無かったよマジで。
でも、もし指輪が無くてもやっただろうな。俺はまだ戦う力を失うわけには行かなかったから。
後悔か?あるさ。目一杯じゃ済まないぜ。十杯でも百杯でも足りるかどうか。
でもよ、一度選んじまったら、選んだ責任を持たなきゃいけないと俺は思うんだよ。
例え何処の選び方が間違っていたのかすら分からなくても、よ。
そういう、自分への義理っていうのか?こういうのは感情とか関係無く裏切れない。
ま…ついでにデミテルのおっさんへの恩も返せて一石二鳥くらいのノリでな。
…なんか、納得していない顔だな。別に信じなくても同情もしなくてもいいから、そういう顔だけは止めてくれよ。
殺すぞ?
さっきも言ったろ?別に変わっていくことは怖くない。元から俺はおっさんの人形だったわけだからな。
心に合わせて身体もストローハットになるだけだ。でも、案山子にだって意地はある。
だから俺はクレスを連れてこの村に来た。
俺は最後の瞬間まで俺を見捨てないし裏切らないし譲らない。
でもよ、一度選んじまったら、選んだ責任を持たなきゃいけないと俺は思うんだよ。
例え何処の選び方が間違っていたのかすら分からなくても、よ。
そういう、自分への義理っていうのか?こういうのは感情とか関係無く裏切れない。
ま…ついでにデミテルのおっさんへの恩も返せて一石二鳥くらいのノリでな。
…なんか、納得していない顔だな。別に信じなくても同情もしなくてもいいから、そういう顔だけは止めてくれよ。
殺すぞ?
さっきも言ったろ?別に変わっていくことは怖くない。元から俺はおっさんの人形だったわけだからな。
心に合わせて身体もストローハットになるだけだ。でも、案山子にだって意地はある。
だから俺はクレスを連れてこの村に来た。
俺は最後の瞬間まで俺を見捨てないし裏切らないし譲らない。
俺は――――
奏でられる律動は不規則で乾いていた。
既に霧は殆ど失われ、光の減衰率が大幅に上がっていたこの村に、
ようやく正常値の光量が平方メートル辺りに均等に降り注ぐ。
その中で不自然な場所に影が一つ、多分息をしていた。
生物と植物の狭間で、呼吸と光合成の狭間で、息をしている。
酸素から二酸化炭素を、二酸化炭素から酸素を、移動させているだけの、大気系に影響を及ぼさない影。
そんな影は、無くした右腕の場所を抱えて、天を見上げた。
既に霧は殆ど失われ、光の減衰率が大幅に上がっていたこの村に、
ようやく正常値の光量が平方メートル辺りに均等に降り注ぐ。
その中で不自然な場所に影が一つ、多分息をしていた。
生物と植物の狭間で、呼吸と光合成の狭間で、息をしている。
酸素から二酸化炭素を、二酸化炭素から酸素を、移動させているだけの、大気系に影響を及ぼさない影。
そんな影は、無くした右腕の場所を抱えて、天を見上げた。
そこに吸い込まれるように立つ鐘楼が、太陽の逆光でシルエットとして映る。
ティトレイは、にやりと、自分を含めた誰かを嘲笑う様にして云った。
ティトレイは、にやりと、自分を含めた誰かを嘲笑う様にして云った。
「俺は、俺のやりたいようにやるだけだ」
ヴェイグとカイルは、その場所に辿り着いた。
平凡と長閑とを1:1で混合し、固形化させれば完成するだろうこの島に一つの村。
それ故に異彩を放つ鐘楼台を前に2人の剣士は佇んでいた。
霧の晴れた空には正午の爽やかな快晴が、徐々に西日へとシフトしようとしている。
2人の足先から東側に向かって小さく伸びる。そこからは見えないが目の前の建物の影はその向こう側に伸びているだろう。
影の主達の、あらゆる色彩が混ぜ合ったようなその表情からは、とても一意的に感情を記号化することは出来ない。
「ロイドは、無事でしょうか」
カイルは窮した様に口から言の葉を搾り出す。自分でもその愚かさは承知している。
無事かどうかなど、意味が無いのだ。無事であると信じて、一刻も早く戻ることにしか意味が無い。
だからこの問い掛けは、いや、どんな問い掛けも、状況を急かす効果にしかならない。
ヴェイグは無言で、上を見上げたまま黙っている。
相当な激痛だろうと見るだけで分かるその左手を、庇う様な所作も見せずに。
平凡と長閑とを1:1で混合し、固形化させれば完成するだろうこの島に一つの村。
それ故に異彩を放つ鐘楼台を前に2人の剣士は佇んでいた。
霧の晴れた空には正午の爽やかな快晴が、徐々に西日へとシフトしようとしている。
2人の足先から東側に向かって小さく伸びる。そこからは見えないが目の前の建物の影はその向こう側に伸びているだろう。
影の主達の、あらゆる色彩が混ぜ合ったようなその表情からは、とても一意的に感情を記号化することは出来ない。
「ロイドは、無事でしょうか」
カイルは窮した様に口から言の葉を搾り出す。自分でもその愚かさは承知している。
無事かどうかなど、意味が無いのだ。無事であると信じて、一刻も早く戻ることにしか意味が無い。
だからこの問い掛けは、いや、どんな問い掛けも、状況を急かす効果にしかならない。
ヴェイグは無言で、上を見上げたまま黙っている。
相当な激痛だろうと見るだけで分かるその左手を、庇う様な所作も見せずに。
カイルはヴェイグの沈黙に引き摺られた形で押し黙ったまま、
手持ち無沙汰気にその鐘楼台の扉を開けようとした。扉の金具を握る手に違和感が伝う。
「開かない?」
鍵が掛かっている、という感覚ではない。
施錠による遮断ならばそれでも隙間5㎜程度の空間的余裕や、金属の鳴り合う音が存在するはずである。
つまり、これは扉の固定によるシャットアウトだ。
「…閂、かな、これ…あ、当った。やっぱかませてある」
カイルは手持ちの紙を一枚千切り、扉の隙間に通して上下に動かし、中程のコツリとした感触を確かめる。
適当に紙を両手でクシャクシャにしたカイルは、その切先で紙を燃やすディムロスに聞いた。
「どう思う?」
『読めんな。一つ分かるとすれば、ここにミトスがいないことくらいだ』
この距離ならば何階にいようと掴めるだろうアトワイトの存在が無いことからそう判断するが、
ディムロスはその原理まではカイルに言おうとはしなかった。
『一つしかない出入り口を封鎖されているのだから、もうこの中への通常のアクセスは存在しない。
妥当な考え方としては、最初からここが封鎖されていた可能性か』
「仮に使えても、これだけ目立てば怪しすぎるからなあ。アジトにも使わない?」
『まともな指揮官ならな。どこかに隠し戸があって、そこから抜け出るという手もあるが』
「頭の悪い密室トリックみたいだ」
カイルが力無く笑った。コレットとミントが人質という先入観が、カイルから柔軟な思考を微かに奪う。
移動するにせよこれらはワンセットだと、どうしても思ってしまう。
だから自分の内に去来する、名状し難いその胸騒ぎを信じ切れない。
「でも、ならミトス達はどこにいるんだろう。これでこの村は一通り回ったはずなのに」
『まだこのエリアにいる可能性も、無くは無いが。既に……』
この村から出た可能性もある、と言う所をディムロスは咄嗟に口を噤んだ。
自分の望む願望を根拠無く吐き出すのはという退廃的な行為を自重する程度には、ディムロスも品格を保っていた。
そんなことは絶対に無い。既に自分の中ではこの霧の悪意を断定している。
ただ、その断定に至るプロセスを自らの中で規定できないだけだ。
その霧が解かれたと言う事は、“状況は確実に動き出した”ことを意味する。
それがクレス達との戦闘を意味するのか、或いは全く別の意味合いを持つのか判断しかねる以上、
それを今カイル達に伝えるのは状況をさらなる混乱に導くだろうと判断したディムロスは、第三の可能性で場を濁すことに決めた。
『既にどこかで我らをやり過ごし、更なる好機を待っている可能性もあるか』
「更なる…?」
『妥当な線としては、やはりクレス=アルベインの弱体化だろう。完全にこちらと潰し合わせて、
どちらかの組織が消え去るまで待ちに徹する。消極的だが、リスクも少ない』
手持ち無沙汰気にその鐘楼台の扉を開けようとした。扉の金具を握る手に違和感が伝う。
「開かない?」
鍵が掛かっている、という感覚ではない。
施錠による遮断ならばそれでも隙間5㎜程度の空間的余裕や、金属の鳴り合う音が存在するはずである。
つまり、これは扉の固定によるシャットアウトだ。
「…閂、かな、これ…あ、当った。やっぱかませてある」
カイルは手持ちの紙を一枚千切り、扉の隙間に通して上下に動かし、中程のコツリとした感触を確かめる。
適当に紙を両手でクシャクシャにしたカイルは、その切先で紙を燃やすディムロスに聞いた。
「どう思う?」
『読めんな。一つ分かるとすれば、ここにミトスがいないことくらいだ』
この距離ならば何階にいようと掴めるだろうアトワイトの存在が無いことからそう判断するが、
ディムロスはその原理まではカイルに言おうとはしなかった。
『一つしかない出入り口を封鎖されているのだから、もうこの中への通常のアクセスは存在しない。
妥当な考え方としては、最初からここが封鎖されていた可能性か』
「仮に使えても、これだけ目立てば怪しすぎるからなあ。アジトにも使わない?」
『まともな指揮官ならな。どこかに隠し戸があって、そこから抜け出るという手もあるが』
「頭の悪い密室トリックみたいだ」
カイルが力無く笑った。コレットとミントが人質という先入観が、カイルから柔軟な思考を微かに奪う。
移動するにせよこれらはワンセットだと、どうしても思ってしまう。
だから自分の内に去来する、名状し難いその胸騒ぎを信じ切れない。
「でも、ならミトス達はどこにいるんだろう。これでこの村は一通り回ったはずなのに」
『まだこのエリアにいる可能性も、無くは無いが。既に……』
この村から出た可能性もある、と言う所をディムロスは咄嗟に口を噤んだ。
自分の望む願望を根拠無く吐き出すのはという退廃的な行為を自重する程度には、ディムロスも品格を保っていた。
そんなことは絶対に無い。既に自分の中ではこの霧の悪意を断定している。
ただ、その断定に至るプロセスを自らの中で規定できないだけだ。
その霧が解かれたと言う事は、“状況は確実に動き出した”ことを意味する。
それがクレス達との戦闘を意味するのか、或いは全く別の意味合いを持つのか判断しかねる以上、
それを今カイル達に伝えるのは状況をさらなる混乱に導くだろうと判断したディムロスは、第三の可能性で場を濁すことに決めた。
『既にどこかで我らをやり過ごし、更なる好機を待っている可能性もあるか』
「更なる…?」
『妥当な線としては、やはりクレス=アルベインの弱体化だろう。完全にこちらと潰し合わせて、
どちらかの組織が消え去るまで待ちに徹する。消極的だが、リスクも少ない』
第三の可能性は、単純にロイドと散り散りになった時に語った予測を、更に頑固にしたものだ。
二度相まみえてディムロスは確信する。あの常識殺しの剣鬼は、人の手に余りすぎる。
オリジナルの自身が、ソーディアンを持って守りに徹すれば凌げるかどうかと言うところだろうとディムロスは評価する。
もし向こうも同程度の評価を下しているのなら、ミトスは漁夫の利ですらなくこちらの陣営を“クレスへの当て馬”程度にしか考えてないのかも知れない。
勝った方を倒すという次元ではなく、クレスをどれだけ削れるかという使い捨て感覚。
既にこちらの存在すら、ミトスには眼中に無いかも知れない。
そう考えれば、どこかで出会っているものの息を潜めてやり過ごした可能性も、あながちバカにはできない。
それほどにあの剣士は、この戦争の趨勢を占う鬼札なのだ。まさしく殺人鬼である。
(だが、そうだとして1つだけ違和感があるが…奴は、何故…いや、今は考える時ではないか)
ディムロスの中に残るしこりのようなものがあるが、雑念と断じてそれを棄却する。
恐らく迷いというものにカテゴリされるだろうと判断する、捩れた冷静さだった。
二度相まみえてディムロスは確信する。あの常識殺しの剣鬼は、人の手に余りすぎる。
オリジナルの自身が、ソーディアンを持って守りに徹すれば凌げるかどうかと言うところだろうとディムロスは評価する。
もし向こうも同程度の評価を下しているのなら、ミトスは漁夫の利ですらなくこちらの陣営を“クレスへの当て馬”程度にしか考えてないのかも知れない。
勝った方を倒すという次元ではなく、クレスをどれだけ削れるかという使い捨て感覚。
既にこちらの存在すら、ミトスには眼中に無いかも知れない。
そう考えれば、どこかで出会っているものの息を潜めてやり過ごした可能性も、あながちバカにはできない。
それほどにあの剣士は、この戦争の趨勢を占う鬼札なのだ。まさしく殺人鬼である。
(だが、そうだとして1つだけ違和感があるが…奴は、何故…いや、今は考える時ではないか)
ディムロスの中に残るしこりのようなものがあるが、雑念と断じてそれを棄却する。
恐らく迷いというものにカテゴリされるだろうと判断する、捩れた冷静さだった。
『結論としてこの鐘楼台の中には何もない。少なくとも、意味のあるものはな』
そう、少なくとも彼にとって忌避すべき意味を持つ“剣”は存在しない。
ディムロスは自信なさげになる発音を慎重に改訂し、そう締めくくる。
口から発した言霊から得られる無意識な安堵を、欠片も残さず逃がすまいとするように。
カイルはその言葉に微かな痛みを感じ言葉を返そうとするが、その前に気づいた事実に首を向けた。
「ヴェイグさん?」
カイルが箒を跳ばした先には、入り口のない壁を見上げるヴェイグがいた。
「どうやら、鐘楼の外には意味があるようだ」
そう言うヴェイグの見る先へ振り向くカイルは、壁の違和感に気がつく。
壁面に、不自然を憚ることもなく短い蔦が一列に生えていた。まるで山を登るように、頂点へ。
四面の中で特別この面だけが繁殖するような要素も思い当たらない。
その目は、たかが三階先とはいえ逆光で遙か天空にすら感じられる距離の先、そこにいるだろう人物を捉えていた。
「カイル」
掛けられた声に、カイルは首を向ける。銀髪でその横顔は表情が読み取れない。
「俺一人で行かせてほしい、ですか」
微かに上下するヴェイグの顎を確認して、カイルは沈黙する。
普通なら止めるべきなのだろう。だが、ヴェイグを止められる言葉をカイルは持ち合わせていない。
先程ティトレイが落としていった彼の右腕という現実を知った後では、どんな言葉も虚構に堕ちてしまう。
そう、少なくとも彼にとって忌避すべき意味を持つ“剣”は存在しない。
ディムロスは自信なさげになる発音を慎重に改訂し、そう締めくくる。
口から発した言霊から得られる無意識な安堵を、欠片も残さず逃がすまいとするように。
カイルはその言葉に微かな痛みを感じ言葉を返そうとするが、その前に気づいた事実に首を向けた。
「ヴェイグさん?」
カイルが箒を跳ばした先には、入り口のない壁を見上げるヴェイグがいた。
「どうやら、鐘楼の外には意味があるようだ」
そう言うヴェイグの見る先へ振り向くカイルは、壁の違和感に気がつく。
壁面に、不自然を憚ることもなく短い蔦が一列に生えていた。まるで山を登るように、頂点へ。
四面の中で特別この面だけが繁殖するような要素も思い当たらない。
その目は、たかが三階先とはいえ逆光で遙か天空にすら感じられる距離の先、そこにいるだろう人物を捉えていた。
「カイル」
掛けられた声に、カイルは首を向ける。銀髪でその横顔は表情が読み取れない。
「俺一人で行かせてほしい、ですか」
微かに上下するヴェイグの顎を確認して、カイルは沈黙する。
普通なら止めるべきなのだろう。だが、ヴェイグを止められる言葉をカイルは持ち合わせていない。
先程ティトレイが落としていった彼の右腕という現実を知った後では、どんな言葉も虚構に堕ちてしまう。
単純な勝負という話なら、既にこの闘いは決着している。
ヴェイグも先程の連携の代償として、左腕に深刻な火傷を負っているがそれもティトレイと比較しては十分に有り余る。
ティトレイには右腕がもう無いのだ。
左腕の弓は残っているとはいえ、右手が無ければ矢の装填すらまともに出来ない。
射撃すら侭ならず、仮に無理を尽くして撃てても、短時間での装填が出来ないのだから一度が限度。
この時点で弓使いとして、ティトレイは既に死んでいる。
格闘家としてはもっと死んでいるのだろう。
右腕がああなってしまっているのなら、“四肢”は既に“四枝”と成り果てていても不思議な所など無い。
そう考えれば、北での消極的な戦い方も、クレスに頼り切ったような戦術も筋が通る。
もう、ティトレイは拳で戦えない。そして右手を喪った今頼りの弓もほぼ絶望的な状況。
そしてヴェイグは未だ氷剣をもう一本持ち、仮死状態になった疲労こそあれど損傷は少ない。
ヴェイグも先程の連携の代償として、左腕に深刻な火傷を負っているがそれもティトレイと比較しては十分に有り余る。
ティトレイには右腕がもう無いのだ。
左腕の弓は残っているとはいえ、右手が無ければ矢の装填すらまともに出来ない。
射撃すら侭ならず、仮に無理を尽くして撃てても、短時間での装填が出来ないのだから一度が限度。
この時点で弓使いとして、ティトレイは既に死んでいる。
格闘家としてはもっと死んでいるのだろう。
右腕がああなってしまっているのなら、“四肢”は既に“四枝”と成り果てていても不思議な所など無い。
そう考えれば、北での消極的な戦い方も、クレスに頼り切ったような戦術も筋が通る。
もう、ティトレイは拳で戦えない。そして右手を喪った今頼りの弓もほぼ絶望的な状況。
そしてヴェイグは未だ氷剣をもう一本持ち、仮死状態になった疲労こそあれど損傷は少ない。
ティトレイ=クロウはヴェイグ=リュングベルに勝てない。
ここまで来るとそれは短距離での未来断定に近しい。
だから、戦力的な不安を理由にヴェイグを止めることは不可能だ。
だから、戦力的な不安を理由にヴェイグを止めることは不可能だ。
カイルは、ごくりと音が聞こえる程に唾を大きく飲み込む。
(そんなんじゃない。勝てるから、確実に勝つから、だから……)
だからこそ、カイルは悩む。確実に勝てるから、ヴェイグは確実に選択を選ばなければならないのだ。
それをヴェイグに問い質すか否か、カイルは選択しなければならない。
今度は先程のような生温い決断では済まされない。
ティトレイを正気に戻す手段が失われた今、新たな手段を模索する時間は彼らにあっても
ティトレイは元より、遠く西の方で戦っているロイドにも無い。
(だけど、本当に聞いていいものなのか?)
嚥下した唾が、食道を灼くほどに強い酸の様にカイルには感じられた。
(そんなんじゃない。勝てるから、確実に勝つから、だから……)
だからこそ、カイルは悩む。確実に勝てるから、ヴェイグは確実に選択を選ばなければならないのだ。
それをヴェイグに問い質すか否か、カイルは選択しなければならない。
今度は先程のような生温い決断では済まされない。
ティトレイを正気に戻す手段が失われた今、新たな手段を模索する時間は彼らにあっても
ティトレイは元より、遠く西の方で戦っているロイドにも無い。
(だけど、本当に聞いていいものなのか?)
嚥下した唾が、食道を灼くほどに強い酸の様にカイルには感じられた。
“もしも、あなたがそうやって殺すのが怖くて、相手を殺さなかったとして、
最後まで問えなかった問いをこの場で問うことは、どんな意味を持ってしまうのだろうか。
それで相手が他の誰かを殺したら、あなたはどうするんですか?”
時間が無い。最後通牒を問うならば今しかない。
だが、今それを問うことは逆にヴェイグから真なる答えを得る機会を永久に失ってしまうのではないだろうか。
彼も、その問いにとっくに至っているだろう。そして悩み苦しんでいるだろう。
外部から横槍を入れる資格があるのか。
自分の言葉が彼を急かすことで、内より自然に湧き立つべき解を歪めてしまう事にならないか。
それとも、自分がその問いを客観的な形にしなければ、彼は誤った答えを選ぶことにならないか。
そして、どちらも“デュナミスの性を持つ者として本当に問わなければならないことを問う機会”を永久に失ってしまうことにならないだろうか。
だが、今それを問うことは逆にヴェイグから真なる答えを得る機会を永久に失ってしまうのではないだろうか。
彼も、その問いにとっくに至っているだろう。そして悩み苦しんでいるだろう。
外部から横槍を入れる資格があるのか。
自分の言葉が彼を急かすことで、内より自然に湧き立つべき解を歪めてしまう事にならないか。
それとも、自分がその問いを客観的な形にしなければ、彼は誤った答えを選ぶことにならないか。
そして、どちらも“デュナミスの性を持つ者として本当に問わなければならないことを問う機会”を永久に失ってしまうことにならないだろうか。
どちらの選択肢も、正しく思えるし、間違っているとも思えるし、やはり正しそうに聞こえる。
「ヴェイグさん」
カイルは、圧死しそうな問いの中で渾身の力を喉に込めた。
分からない。どの選択肢にも差異はあろうと優劣は無い。
だから、今ある感情の全てを殺してその一言を告げた。
「貴方を信じます。貴方の気持ちを、貴方の独善を、今までからこの瞬間までの貴方の選んできたもの全てを信じます。だから――――」
だから、どうか悔いの無い選択を。
その言葉は、カイルにはどうしても言えなかった。
カイルは、圧死しそうな問いの中で渾身の力を喉に込めた。
分からない。どの選択肢にも差異はあろうと優劣は無い。
だから、今ある感情の全てを殺してその一言を告げた。
「貴方を信じます。貴方の気持ちを、貴方の独善を、今までからこの瞬間までの貴方の選んできたもの全てを信じます。だから――――」
だから、どうか悔いの無い選択を。
その言葉は、カイルにはどうしても言えなかった。
残された蔓を登り徐々に天へと登っていくヴェイグを見上げながら、カイルは呟いた。
「卑怯だな、俺。あれだけあの人のこと扱き下ろしておいて……そのくせ、俺は何も決断してない。
信じるなんて言葉でお茶を濁して、選ぶことの責任を転嫁して」
ディムロスは、無言のままで、カイルの独白を聞いているのか聞き流しているのか判別がつかない。
「ディムロスは、多分知ってるんだろ。あの人が誰を殺したのか、母さんが誰に殺されたのか」
どれだけ積もろうと肯定の意味にしかならない沈黙。
「俺にはその裁きすら決めかねて迷ってる。それどころか、あの人の選択を見てから自分の決断をしようなんて、
他力本願丸出しの逃げ方を考えてる。……そんな奴が、何かを選ぶ資格なんて、あるのかな」
『カイル、お前は自分の言った事をもう忘れたのか?』
沈黙を貫いていたディムロスが、重い口を開いた。
今度は逆にカイルが押し黙って、ディムロスの言葉を受け止めた。
『生きている限り自身を糺す資格がある。ヴェイグも、お前にも。
……霧に囚われ、未だ自分の言の葉に一片の確信も見出せぬこの私にすらだ』
ディムロスが言い終えてから、カイルはゆっくりとその言葉を咀嚼して、微笑んだ。
「ありがとう、ディムロス」
一転して、険しい表情に引き締めたカイルは、既に見えなくなったヴェイグからこの鐘楼台そのものに眼を移した。
「卑怯だな、俺。あれだけあの人のこと扱き下ろしておいて……そのくせ、俺は何も決断してない。
信じるなんて言葉でお茶を濁して、選ぶことの責任を転嫁して」
ディムロスは、無言のままで、カイルの独白を聞いているのか聞き流しているのか判別がつかない。
「ディムロスは、多分知ってるんだろ。あの人が誰を殺したのか、母さんが誰に殺されたのか」
どれだけ積もろうと肯定の意味にしかならない沈黙。
「俺にはその裁きすら決めかねて迷ってる。それどころか、あの人の選択を見てから自分の決断をしようなんて、
他力本願丸出しの逃げ方を考えてる。……そんな奴が、何かを選ぶ資格なんて、あるのかな」
『カイル、お前は自分の言った事をもう忘れたのか?』
沈黙を貫いていたディムロスが、重い口を開いた。
今度は逆にカイルが押し黙って、ディムロスの言葉を受け止めた。
『生きている限り自身を糺す資格がある。ヴェイグも、お前にも。
……霧に囚われ、未だ自分の言の葉に一片の確信も見出せぬこの私にすらだ』
ディムロスが言い終えてから、カイルはゆっくりとその言葉を咀嚼して、微笑んだ。
「ありがとう、ディムロス」
一転して、険しい表情に引き締めたカイルは、既に見えなくなったヴェイグからこの鐘楼台そのものに眼を移した。
「とりあえず周囲を哨戒しがてら…この鐘楼台の周りを飛ぼう。何か、胸騒ぎがする」
ヴェイグがその場所に辿り着いた時に、第一に思った感想は「いい天気だな」、だった。
霧は既に殆ど見当たらず、大地は何処までも広がり空は何処までも青い。
約5m四方の屋根の上から見下ろす景色は絶景と呼ぶに相応しいものだ。
平和を具象化すれば、きっとこんな世界なのだろう。
この場所が殺戮の地であることすら忘れてしまいそうな、光に溢れた空と大地。
だが、残念なことにヴェイグはその感動を人の半分以下しか網膜に刻めない。そして、
「よう。遅かったな」
霧は既に殆ど見当たらず、大地は何処までも広がり空は何処までも青い。
約5m四方の屋根の上から見下ろす景色は絶景と呼ぶに相応しいものだ。
平和を具象化すれば、きっとこんな世界なのだろう。
この場所が殺戮の地であることすら忘れてしまいそうな、光に溢れた空と大地。
だが、残念なことにヴェイグはその感動を人の半分以下しか網膜に刻めない。そして、
「よう。遅かったな」
鐘楼台の屋根の上。天地を眺め得るその狭間で、安寧とかけ離れた存在がヴェイグに背を向けて胡坐をかいていた。
ここが自分の住まいと嘯かれても不思議ではない、実に堂に入った寛ぎ方で泰然と一面の平和な世界を眺めている。
ここが自分の住まいと嘯かれても不思議ではない、実に堂に入った寛ぎ方で泰然と一面の平和な世界を眺めている。
「……いいのか。俺が登っている間は俺を狙うなら絶好のチャンスだったはずだ」
ヴェイグの言葉にティトレイは後ろを向いたまま、ああ、と拍手を打った。
「あー、気が付かなかった。そうだな、チャンスだったんじゃねえか。まあいいや」
心底困ったように二、三度頭を掻いてからティトレイは重たそうに立った。
「なるほど、なるほど。こりゃまた“面白い”ことになってるな」
背中越しに伝わるティトレイの笑いは、とても希薄であっさりと大気に溶けてしまう。
ヴェイグは顔を見ずとも分かる、現在進行形で変質しつつある友に、最後の勧告をした。
「諦めろ。お前の望みがなんであろうとも、もう叶わない。それはお前が一番良く知っているはずだ。
……頼む。これ以上、お前とは闘いたくは無いんだ」
ティトレイは眉を顰めるが、口元の笑いは維持したまま鼻で息をした。嘲っているようにも取れる。
「随分と強気だな。そいつは」
振り向いたティトレイの姿は、その緑色の長袖長ズボンの上からでは何も変わらないように見える。
だからこそ、右手の千切れた袖から覗く年輪のような断面と、
左足のズボンの破けた部分から見える人ならざる肉が、極大の差異となって否応にも意識されられてしまう。
この目の前にいる男は、既にこうなってしまったのだと。
「ああ。右腕を失ったお前に勝機は無い。ましてやその身体じゃ、もうどうしようもないはずだ」
「経験者は語るってか。ご忠告は感謝するがな、勝機が無いなんて勝手に決めてくれるなよ」
「何?」
ティトレイは両腕を大きく広げて、実に余裕たっぷりな微笑を湛えた。
右肘から先は失っているのに、それを意識させない動作にまるで右腕がそのままそこにあるように、
五指の微細な動きすら錯覚しそうな程の余裕だった。
「この身体がお前の冒されたモノと同一だって言うのなら、
俺がこうしてどんどん木に侵食されるのは俺の中の迷いが原因ってことになるだろうが、
なら、その迷いを取り除けば、まだ敗者復活の可能性は残っているとは思わねえか?」
ヴェイグは黙ったまま、ティトレイの状態を推定する。
滔々と語るその口は饒舌だが、それが恣意的なものか脳にまで侵食が及んでいる結果なのかは分からない。
(そうなる前に俺は止まることが出来た。……ティトレイ、お前の拳で立ち止まったんだ)
左腕の短弓には矢が一本既にセットされている。あの一本が打ち止めだろう。
「で、バカな俺には自分の悩みも皆目見当がつかない訳で、さてどうしたものかと考えたんだがな?
この島で俺を悩ますったら、お前しか思い当たる節が無いだろ。だから、お前を殺すことにした」
淡々と淡々と、夕食の献立を決めるような軽快さで宣言するティトレイ。
ヴェイグは動揺を内側に留め、左足を半歩前に出して戦闘用の足幅を取った。
「それなら、あの時に俺を殺さなかったのは失着だったな。あの射撃はジェイではなく俺を撃つべきだった」
「んなことはねえよ。自分の病を直すために、仲間だったお前を殺すなんてどんだけ最悪だっつーのよ。
だから、クレスにお前を俺の納得の行く形で殺して貰おうかと思ったんだが。やっぱ他力本願はだめだってことなんだろうな」
直接殺すのは駄目で、間接的なら別にいいのか、などと野暮な突っ込みを入れることも無くヴェイグは短剣に氷を纏わせていく。
ヴェイグの言葉にティトレイは後ろを向いたまま、ああ、と拍手を打った。
「あー、気が付かなかった。そうだな、チャンスだったんじゃねえか。まあいいや」
心底困ったように二、三度頭を掻いてからティトレイは重たそうに立った。
「なるほど、なるほど。こりゃまた“面白い”ことになってるな」
背中越しに伝わるティトレイの笑いは、とても希薄であっさりと大気に溶けてしまう。
ヴェイグは顔を見ずとも分かる、現在進行形で変質しつつある友に、最後の勧告をした。
「諦めろ。お前の望みがなんであろうとも、もう叶わない。それはお前が一番良く知っているはずだ。
……頼む。これ以上、お前とは闘いたくは無いんだ」
ティトレイは眉を顰めるが、口元の笑いは維持したまま鼻で息をした。嘲っているようにも取れる。
「随分と強気だな。そいつは」
振り向いたティトレイの姿は、その緑色の長袖長ズボンの上からでは何も変わらないように見える。
だからこそ、右手の千切れた袖から覗く年輪のような断面と、
左足のズボンの破けた部分から見える人ならざる肉が、極大の差異となって否応にも意識されられてしまう。
この目の前にいる男は、既にこうなってしまったのだと。
「ああ。右腕を失ったお前に勝機は無い。ましてやその身体じゃ、もうどうしようもないはずだ」
「経験者は語るってか。ご忠告は感謝するがな、勝機が無いなんて勝手に決めてくれるなよ」
「何?」
ティトレイは両腕を大きく広げて、実に余裕たっぷりな微笑を湛えた。
右肘から先は失っているのに、それを意識させない動作にまるで右腕がそのままそこにあるように、
五指の微細な動きすら錯覚しそうな程の余裕だった。
「この身体がお前の冒されたモノと同一だって言うのなら、
俺がこうしてどんどん木に侵食されるのは俺の中の迷いが原因ってことになるだろうが、
なら、その迷いを取り除けば、まだ敗者復活の可能性は残っているとは思わねえか?」
ヴェイグは黙ったまま、ティトレイの状態を推定する。
滔々と語るその口は饒舌だが、それが恣意的なものか脳にまで侵食が及んでいる結果なのかは分からない。
(そうなる前に俺は止まることが出来た。……ティトレイ、お前の拳で立ち止まったんだ)
左腕の短弓には矢が一本既にセットされている。あの一本が打ち止めだろう。
「で、バカな俺には自分の悩みも皆目見当がつかない訳で、さてどうしたものかと考えたんだがな?
この島で俺を悩ますったら、お前しか思い当たる節が無いだろ。だから、お前を殺すことにした」
淡々と淡々と、夕食の献立を決めるような軽快さで宣言するティトレイ。
ヴェイグは動揺を内側に留め、左足を半歩前に出して戦闘用の足幅を取った。
「それなら、あの時に俺を殺さなかったのは失着だったな。あの射撃はジェイではなく俺を撃つべきだった」
「んなことはねえよ。自分の病を直すために、仲間だったお前を殺すなんてどんだけ最悪だっつーのよ。
だから、クレスにお前を俺の納得の行く形で殺して貰おうかと思ったんだが。やっぱ他力本願はだめだってことなんだろうな」
直接殺すのは駄目で、間接的なら別にいいのか、などと野暮な突っ込みを入れることも無くヴェイグは短剣に氷を纏わせていく。
「……一つ聞く。お前は、俺を殺したとしてどうするんだ?」
「あ?どういう意味だ?」
ティトレイは不思議そうな顔をしながらも弓を顔の辺りに近づけた。
「お前の望み通り俺を殺して、仮にそのリバウンドが解消されたとして、どうするんだ?」
少し考えたような素振りを見せた後、ティトレイは左の手首を顎に当てて答えた。
「まあ、今の所考えてるのはお前を殺して俺の自殺を成す事だけだ。
その後は……そうだな、名無しの暗殺者として、途中でリタイアしたおっさんに成り代わって精々クレスと適度に殺すさ」
無表情なその貌から一言一句、ゆっくりと紡がれる言葉に、ヴェイグは眼を瞑る。
どれだけ言おうと、ティトレイは矛を収めないだろう。
生きるために、邪魔な“ティトレイ”を殺すためにヴェイグを殺す。
二人の思いは、聖獣の力ですら癒せないほど隔たりすぎている。
ならば言葉程度でどうこうなるものではない。そう、ヴェイグは思った。
「話は終わりだ。殺らせて貰うぜ」
ティトレイは左腕を滑らせて顎との接点を手首から肘へスライドさせて、矢の末端、弦に番える“筈”の部分を弦ごと噛んで引いた。
「口で弓を撃つ気か。それが、当るとでも?」
「ふぇふぉひょひはらははりふぉうやろ?ふぁふん(零距離なら当りそうだろ?多分)」
「万が一にも、俺に勝てると思っているのか?」
「ひゅうふぁんひひっふぁいはひぇるひゃほひへはいひ、ふぉへはふぁいひょのひっかいにふるひゃもひへはいひゃろ。
(十万に一回勝てるかも知れないし、それが最初の一回に来るかもしれないだろ)」
この期に及んで、未だその瞳はくすんだ微笑を絶やさない。まるで何かを覆い隠すように。
「直ぐに、終わらせてやる」
ヴェイグが剣を振りぬいた。氷と氷剣。相乗されてその氷刃は益々に輝くが、どこか白々しい。
ティトレイは一瞬だけその微笑を苛立ちのようなものに変えた後、ヴェイグに向かって突進した。
「あ?どういう意味だ?」
ティトレイは不思議そうな顔をしながらも弓を顔の辺りに近づけた。
「お前の望み通り俺を殺して、仮にそのリバウンドが解消されたとして、どうするんだ?」
少し考えたような素振りを見せた後、ティトレイは左の手首を顎に当てて答えた。
「まあ、今の所考えてるのはお前を殺して俺の自殺を成す事だけだ。
その後は……そうだな、名無しの暗殺者として、途中でリタイアしたおっさんに成り代わって精々クレスと適度に殺すさ」
無表情なその貌から一言一句、ゆっくりと紡がれる言葉に、ヴェイグは眼を瞑る。
どれだけ言おうと、ティトレイは矛を収めないだろう。
生きるために、邪魔な“ティトレイ”を殺すためにヴェイグを殺す。
二人の思いは、聖獣の力ですら癒せないほど隔たりすぎている。
ならば言葉程度でどうこうなるものではない。そう、ヴェイグは思った。
「話は終わりだ。殺らせて貰うぜ」
ティトレイは左腕を滑らせて顎との接点を手首から肘へスライドさせて、矢の末端、弦に番える“筈”の部分を弦ごと噛んで引いた。
「口で弓を撃つ気か。それが、当るとでも?」
「ふぇふぉひょひはらははりふぉうやろ?ふぁふん(零距離なら当りそうだろ?多分)」
「万が一にも、俺に勝てると思っているのか?」
「ひゅうふぁんひひっふぁいはひぇるひゃほひへはいひ、ふぉへはふぁいひょのひっかいにふるひゃもひへはいひゃろ。
(十万に一回勝てるかも知れないし、それが最初の一回に来るかもしれないだろ)」
この期に及んで、未だその瞳はくすんだ微笑を絶やさない。まるで何かを覆い隠すように。
「直ぐに、終わらせてやる」
ヴェイグが剣を振りぬいた。氷と氷剣。相乗されてその氷刃は益々に輝くが、どこか白々しい。
ティトレイは一瞬だけその微笑を苛立ちのようなものに変えた後、ヴェイグに向かって突進した。
25㎡の天地の狭間で、選択の時が迫る。
カイルは上空を見上げ、ティトレイと対峙しているであろうヴェイグに思いを馳せた。
『心配か?』
ディムロスはカイルを気遣いながら、微速前進で箒を操縦している。
カイルを正規の操縦者だとするならばセミオートに近い。
「少し、気になることがあってさ。何でヴェイグさんはアイツの心を浄化出来なかったんだろう?」
箒を片手で握りながらカイルは視線を鐘楼台の壁面に当てながら箒の先を少し上げた。
『さあな。聖獣の力とやらはおろか、ヴェイグ達が朝に行った話し合いすら聞いていない我らには推量すら困難だが。
伝え聞くところでは元々可能性は極小だったのだろう?悔やむのは分かるが、想定できない話ではない』
「でも、ヴェイグさんは少なくともデミテルの魔術みたいなものは解除できてた……んだよな……、
それって、やっぱりおかしくないかな。効果はあったのに、ティトレイには何も効いてない。
フォルスってのがどんな力なのかはよく分からないけど、あれだけヴェイグさんが“治したい”って
願った感情を叩き込まれたのに、ティトレイには届かない…というより変化が見当たらない。……普通に考えて理不尽だろ?」
不満そうな顔ではあるが、口を尖らせるような子供っぽい仕草はせずに唸るカイルに、ディムロスは相槌を打った。
『それがそこまで不思議なものか?第一、私達はヴェイグならともかくティトレイのことを殆ど知らぬといっていい。
心情的にヴェイグに肩入れをしたくなるのは分かるが、過ぎたことを言っても仕方あるまい。だからこその決断だ』
二階部分の壁を回りながら、カイルはディムロスの言葉に「そりゃそうだけどさ」と前置きした後で、愚痴っぽく言った。
「でも、知らないから逆におかしいんじゃないか。ディムロスはティトレイとヴェイグさんの実力差をどう見る?」
ディムロスはそれが何の意味を持つか理解出来なかったが、陰鬱な沈黙が空間を満たすよりはマシと判断し、思考しながら語った。
『そうだな…ティトレイに関しては突き飛ばされた瞬間しか私は知らぬが…
この島に来てから得た武装・経験、そして計測時点での疲労を除外して、
単純に最大のポテンシャルだけで考えれば…大雑把に割り切っても五分五分だろう」
「だろ?俺もそんなティトレイとヴェイグさんにそんな差はないと思う。実力でそうなら、多分フォルスって奴の力量差もないんじゃないかな。
“それでも全く効かない”ってのはおかしいと思うんだ」
忌憚無いカイルの意見にディムロスは成程、と思った。
こういう因縁じみた話は部外者には理解できないし、勝手に理解しないほうが良いと思っていたが、
部外者は部外者なりに、内側からは分からぬ純粋な違和感を理解できる。
デミテルの呪術がどれほどの補正を与えているかは分からぬが、
それにヴェイグの浄化に効果があった以上ティトレイの負の感情が如何ほどだろうと、
五分五分の勝負なら単純計算で、半分程度は効果があっても不思議ではないだ。
ヴェイグが駄目だと判断した場の空気に流されてしまったが、
全く効いていないというのもそれはそれで“ティトレイにとって都合の良過ぎる解釈”ではないだろうか。
『つまり、ティトレイにはヴェイグの干渉が届いてはいるが、それを隠しているとでも?』
「……そういう訳じゃないけど。何て言ったらいいか、
ヴェイグさんの力不足とティトレイの負の感情の強化ってだけじゃ、さっきの負けに説明が付かない気がして。
そう考えたら俺達はもっと何かを知るべきだったんじゃ……って――――あれ?」
『心配か?』
ディムロスはカイルを気遣いながら、微速前進で箒を操縦している。
カイルを正規の操縦者だとするならばセミオートに近い。
「少し、気になることがあってさ。何でヴェイグさんはアイツの心を浄化出来なかったんだろう?」
箒を片手で握りながらカイルは視線を鐘楼台の壁面に当てながら箒の先を少し上げた。
『さあな。聖獣の力とやらはおろか、ヴェイグ達が朝に行った話し合いすら聞いていない我らには推量すら困難だが。
伝え聞くところでは元々可能性は極小だったのだろう?悔やむのは分かるが、想定できない話ではない』
「でも、ヴェイグさんは少なくともデミテルの魔術みたいなものは解除できてた……んだよな……、
それって、やっぱりおかしくないかな。効果はあったのに、ティトレイには何も効いてない。
フォルスってのがどんな力なのかはよく分からないけど、あれだけヴェイグさんが“治したい”って
願った感情を叩き込まれたのに、ティトレイには届かない…というより変化が見当たらない。……普通に考えて理不尽だろ?」
不満そうな顔ではあるが、口を尖らせるような子供っぽい仕草はせずに唸るカイルに、ディムロスは相槌を打った。
『それがそこまで不思議なものか?第一、私達はヴェイグならともかくティトレイのことを殆ど知らぬといっていい。
心情的にヴェイグに肩入れをしたくなるのは分かるが、過ぎたことを言っても仕方あるまい。だからこその決断だ』
二階部分の壁を回りながら、カイルはディムロスの言葉に「そりゃそうだけどさ」と前置きした後で、愚痴っぽく言った。
「でも、知らないから逆におかしいんじゃないか。ディムロスはティトレイとヴェイグさんの実力差をどう見る?」
ディムロスはそれが何の意味を持つか理解出来なかったが、陰鬱な沈黙が空間を満たすよりはマシと判断し、思考しながら語った。
『そうだな…ティトレイに関しては突き飛ばされた瞬間しか私は知らぬが…
この島に来てから得た武装・経験、そして計測時点での疲労を除外して、
単純に最大のポテンシャルだけで考えれば…大雑把に割り切っても五分五分だろう」
「だろ?俺もそんなティトレイとヴェイグさんにそんな差はないと思う。実力でそうなら、多分フォルスって奴の力量差もないんじゃないかな。
“それでも全く効かない”ってのはおかしいと思うんだ」
忌憚無いカイルの意見にディムロスは成程、と思った。
こういう因縁じみた話は部外者には理解できないし、勝手に理解しないほうが良いと思っていたが、
部外者は部外者なりに、内側からは分からぬ純粋な違和感を理解できる。
デミテルの呪術がどれほどの補正を与えているかは分からぬが、
それにヴェイグの浄化に効果があった以上ティトレイの負の感情が如何ほどだろうと、
五分五分の勝負なら単純計算で、半分程度は効果があっても不思議ではないだ。
ヴェイグが駄目だと判断した場の空気に流されてしまったが、
全く効いていないというのもそれはそれで“ティトレイにとって都合の良過ぎる解釈”ではないだろうか。
『つまり、ティトレイにはヴェイグの干渉が届いてはいるが、それを隠しているとでも?』
「……そういう訳じゃないけど。何て言ったらいいか、
ヴェイグさんの力不足とティトレイの負の感情の強化ってだけじゃ、さっきの負けに説明が付かない気がして。
そう考えたら俺達はもっと何かを知るべきだったんじゃ……って――――あれ?」
部外者故の疎外感か、今までの後悔か、無知への嫌悪を示すカイルがふとその違和感を発見した。
「ディムロス。ちょっと1mほどバックして」
カイルのオーダーにディムロスを介して箒が動く。
完全なバックは箒では不可能なので、機首を180度反転して1m前進する。
カイルはその壁面を凝視しながらそれを改めて錯覚じゃないと確認する。
「ストップ。…なんだ、これ…穴……っていうか、亀裂?」
黒っぽい色に塗装された木目で非常に分かりにくかったが、
鐘楼台全体を考えれば損傷ですらない微かな亀裂が壁面に走っていた。
カイルは、当然の行為として…その“穴”を覗く。
「ディムロス。ちょっと1mほどバックして」
カイルのオーダーにディムロスを介して箒が動く。
完全なバックは箒では不可能なので、機首を180度反転して1m前進する。
カイルはその壁面を凝視しながらそれを改めて錯覚じゃないと確認する。
「ストップ。…なんだ、これ…穴……っていうか、亀裂?」
黒っぽい色に塗装された木目で非常に分かりにくかったが、
鐘楼台全体を考えれば損傷ですらない微かな亀裂が壁面に走っていた。
カイルは、当然の行為として…その“穴”を覗く。
「―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――あ」
そのカイルの急激な感情の変動に曝されたソーディアンは、暫く何が起こったのか分からなかった。
知るべきことを知る前に、事態だけが勝手に進行する。
彼らがここに至るまでの全てを賭した交錯は15秒足らずで終わった。
その一連の行程には、とても闘いと呼べる様な高尚さは一欠けらも見当たらない。
屋根の傾斜は緩く、足場の不安定さを必要以上に嘆く必要も互いに無かった。
ティトレイのスライディングをヴェイグは軽く跳んで避け、流れるように撃たれた回し蹴りを火傷した左腕でガードする。
肘を銜えたような窮屈な体勢から撃たれたにも関わらず、ティトレイの疾空波は速度的には変わらないが、
威力は桁違いに落ちていた。相手が軸ごと吹き飛ぶはずの回し蹴りもヴェイグを僅かにずらしただけだった。
ティトレイの方がズレた分の数コンマ早く着地し、殆ど無い距離を駆けながら口で銜えた矢を引いた。
その一連の行程には、とても闘いと呼べる様な高尚さは一欠けらも見当たらない。
屋根の傾斜は緩く、足場の不安定さを必要以上に嘆く必要も互いに無かった。
ティトレイのスライディングをヴェイグは軽く跳んで避け、流れるように撃たれた回し蹴りを火傷した左腕でガードする。
肘を銜えたような窮屈な体勢から撃たれたにも関わらず、ティトレイの疾空波は速度的には変わらないが、
威力は桁違いに落ちていた。相手が軸ごと吹き飛ぶはずの回し蹴りもヴェイグを僅かにずらしただけだった。
ティトレイの方がズレた分の数コンマ早く着地し、殆ど無い距離を駆けながら口で銜えた矢を引いた。
最後の弾丸が発射される。狙いは心臓に。胸甲既に無く一直線。
ヴェイグの衣服に鏃が触れた。鈍い金属音が鐘の様に響く。
貫かれた衣服の向こうに、赤黒くくすんだ何かがある。
砕けた刃が氷の破片と混じって砕け散る。
零距離とはいえ、低い命中精度を少しでも高めるならば、狙うのは直撃を外しても重傷を期待できる心臓しかない。
その懐に忍んでいた刀は文字通り忍刀桔梗。氷を以って胸に固定したそれは、ヴェイグの最後の伏せ札。
半ば反射的にスウェイするティトレイ。
ヴェイグが自らの頭上に氷剣を振りかぶり、一息に唐竹を割った。
ティトレイの身体が見事真一文字に両断された、刀身が一秒前の刃渡りだったならば。
両断されるべき肉体の変わりに、纏う氷が排除された本来の短剣の刀身が斬ったのは、
ティトレイの左腕、化学繊維の弦だった。
斬られる衝撃に備えていた力は行き場を失いよろめくティトレイ。
ヴェイグが足でその不安定な足先を掬う。
横転して、屋根の傾斜を二、三度回り、頭から左肩にかけて屋根の縁を越えた辺りでようやく止まる。
遠心力で大きく振られた左腕が縁を越えて空を舞い、肩を支点に宙をぶらぶらと泳いだ。
あと50cm上半身が奥に進めば、慣性モーメントは更に小さくなり、
ティトレイの身体は縁を中心としてグルリと回り、三階以上の高さより頭から地表に激突するだろう。
ティトレイの右足を跨ぐ様にヴェイグが立ち、改めて伸ばした氷剣がティトレイの眉間に突きつけられる。
所要約15秒。ヴェイグの圧勝であった。
ヴェイグの衣服に鏃が触れた。鈍い金属音が鐘の様に響く。
貫かれた衣服の向こうに、赤黒くくすんだ何かがある。
砕けた刃が氷の破片と混じって砕け散る。
零距離とはいえ、低い命中精度を少しでも高めるならば、狙うのは直撃を外しても重傷を期待できる心臓しかない。
その懐に忍んでいた刀は文字通り忍刀桔梗。氷を以って胸に固定したそれは、ヴェイグの最後の伏せ札。
半ば反射的にスウェイするティトレイ。
ヴェイグが自らの頭上に氷剣を振りかぶり、一息に唐竹を割った。
ティトレイの身体が見事真一文字に両断された、刀身が一秒前の刃渡りだったならば。
両断されるべき肉体の変わりに、纏う氷が排除された本来の短剣の刀身が斬ったのは、
ティトレイの左腕、化学繊維の弦だった。
斬られる衝撃に備えていた力は行き場を失いよろめくティトレイ。
ヴェイグが足でその不安定な足先を掬う。
横転して、屋根の傾斜を二、三度回り、頭から左肩にかけて屋根の縁を越えた辺りでようやく止まる。
遠心力で大きく振られた左腕が縁を越えて空を舞い、肩を支点に宙をぶらぶらと泳いだ。
あと50cm上半身が奥に進めば、慣性モーメントは更に小さくなり、
ティトレイの身体は縁を中心としてグルリと回り、三階以上の高さより頭から地表に激突するだろう。
ティトレイの右足を跨ぐ様にヴェイグが立ち、改めて伸ばした氷剣がティトレイの眉間に突きつけられる。
所要約15秒。ヴェイグの圧勝であった。
首筋に血管以外の管を浮かび上がらせながら、ティトレイが哂って一言だけ呟いた。
「負けた。好きにしな」
その細められたティトレイの瞳は、差し伸べられる手と言葉を差し伸べる前に振り払っていた。
ヴェイグの剣が、眉間から離れていく。
そして、首を貫くのに十分な距離を取って静止する。
「負けた。好きにしな」
その細められたティトレイの瞳は、差し伸べられる手と言葉を差し伸べる前に振り払っていた。
ヴェイグの剣が、眉間から離れていく。
そして、首を貫くのに十分な距離を取って静止する。
ヴェイグは、決断する。その剣で――――――――――――――
select
ニア「ティトレイを殺す」
「ティトレイを殺さない」
ニア「ティトレイを殺す」
「ティトレイを殺さない」
「ティトレイを殺す」
ニア「ティトレイを殺さない」
ニア「ティトレイを殺さない」
ニア「ティトレイを殺す」
「ティトレイを殺さない」
「ティトレイを殺さない」
「ティトレイを殺す」
ニア「ティトレイを殺さない」
ニア「ティトレイを殺さない」
ニア「ティトレイを殺す」
「ティトレイを殺さない」
「ティトレイを殺さない」
ニア「ティトレイを殺す」
ニア「ティトレイを殺さない」
ニア「ティトレイを殺さない」
ニア「ティトレイを殺す」
ニア「ティトレイを殺す」
ミシ
ニア「ティトレイを殺さない」
ニア「ティトレイを殺さない」
ニア「ティトレイを殺す」
ミシ
ニア「ティトレイを殺さない」
ニア「ティトレイを殺さない」
ニア「ティトレイを殺す」
ニア「ティトレイを殺さない」 ミシ
ニア「ティトレイを殺さない」 ミシ
ニア「ティトレイを殺さない」
バキッ ニア「ティトレイを殺す」
ニア「を殺さない」
ニア「を殺す」
ミシ ミチ
ニア「殺せ?」
ミントさん! ニア「殺せない?」
ギシッ
バキッ ニア「ティトレイを殺す」
ニア「を殺さない」
ニア「を殺す」
ミシ ミチ
ニア「殺せ?」
ミントさん! ニア「殺せない?」
ギシッ
ニア「殺す」ニア「殺す」 ニア「殺す」ニア「殺す」ニア「殺す」 ニア「殺す」ニア「殺す」ニア「殺す」ニア「殺す」ニア「殺す」ニア「殺す」ニア「殺す」
ニア「殺さない」ニア「殺さない」ニア「殺さない」ニア「殺さない」 ニア「殺さない」ニア「殺さない」ニア「殺さない」ギリ「殺さない」
ニア「殺す」ニア「殺さない」ギシ「殺す」ニア「殺さない」ニア「殺す」ニア「殺さない」ニア「殺す」ニア「殺さない」ニア「殺す」ニア「殺さない」
ニア「殺さない」ニア「殺す」ニア「殺さない」ニア「殺す」ニア「殺さない」ミシ「殺す」ニア「殺さない」ニア「殺す」ニア「殺さない」ニア「殺す」
ニア「殺さない」ニア「殺さない」ニア「殺さない」ニア「殺さない」 ニア「殺さない」ニア「殺さない」ニア「殺さない」ギリ「殺さない」
ニア「殺す」ニア「殺さない」ギシ「殺す」ニア「殺さない」ニア「殺す」ニア「殺さない」ニア「殺す」ニア「殺さない」ニア「殺す」ニア「殺さない」
ニア「殺さない」ニア「殺す」ニア「殺さない」ニア「殺す」ニア「殺さない」ミシ「殺す」ニア「殺さない」ニア「殺す」ニア「殺さない」ニア「殺す」
ニア「 」
カイルは、“彼女”の名前を懸命に叫んだ。自分の過失にて零れ落ちたその人の名前を。
亀裂の向こうに見えるのは、その暗闇の中でもはっきりと分かる白の布地。
それだけで彼が彼女を断定するのに十分だった。
呼べども呼べどもピクリとしか動かない彼女を見て焦り、この壁をブチ破ることを決めるのに然程時間を要さなかった。
剣を掲げ、最下級の晶術を詠唱する。
その剣から発せられる言葉は、耳に入るが脳内で言語に変換されず音のゴミとして処理される。
「フレイムドライブ!!」
言葉と言葉の合間に剣から放たれた数個の火の玉が木の壁を吹き飛ばす。
が、その先に見えたのは彼女ではなく、所々破損しながらも無骨に積み上げられた家具の山だった。
カイルは何度も何度も詠唱を行う。もっと強い炎ならば一気に済ませられるだろうが、それでは彼女が危うい。
じっくりと確実に炭になっていく木材達。
そして、最後の家具が燃やされた。
亀裂の向こうに見えるのは、その暗闇の中でもはっきりと分かる白の布地。
それだけで彼が彼女を断定するのに十分だった。
呼べども呼べどもピクリとしか動かない彼女を見て焦り、この壁をブチ破ることを決めるのに然程時間を要さなかった。
剣を掲げ、最下級の晶術を詠唱する。
その剣から発せられる言葉は、耳に入るが脳内で言語に変換されず音のゴミとして処理される。
「フレイムドライブ!!」
言葉と言葉の合間に剣から放たれた数個の火の玉が木の壁を吹き飛ばす。
が、その先に見えたのは彼女ではなく、所々破損しながらも無骨に積み上げられた家具の山だった。
カイルは何度も何度も詠唱を行う。もっと強い炎ならば一気に済ませられるだろうが、それでは彼女が危うい。
じっくりと確実に炭になっていく木材達。
そして、最後の家具が燃やされた。
カイルの心は本来先に来るべき理屈を一足飛びして、炎の向こうに最後に見た彼女の無事な姿を夢想してしまう。
その胸の高鳴りは、その再会の喜びは幻であろうということなど構い無しに。
何故家具類が積み立っているのに、この壁には亀裂があったのかも考えることも無しに。
その胸の高鳴りは、その再会の喜びは幻であろうということなど構い無しに。
何故家具類が積み立っているのに、この壁には亀裂があったのかも考えることも無しに。
炎は燃え尽き、カイルはその向こうに彼女を見る。
カイルの記憶にある彼女だったモノを見る。
音と熱だけを頼りにこちらを向くモノを見る。
生きているだけのモノを見る。
カイルは、ただ絶句した。
何も考えられない頭が、必死にもう一度彼女の名前を叫ぼうとする。
枯渇した井戸から微かな水を汲み上げるように出でた言葉は、
カイルの記憶にある彼女だったモノを見る。
音と熱だけを頼りにこちらを向くモノを見る。
生きているだけのモノを見る。
カイルは、ただ絶句した。
何も考えられない頭が、必死にもう一度彼女の名前を叫ぼうとする。
枯渇した井戸から微かな水を汲み上げるように出でた言葉は、
「ミン『カイル!“避けろ!!”』
剣の言葉と、理不尽に進行する事態に蹂躙された。
「選べない……」
岩から水が染み出すようにして、その言葉は陽光の注ぐ大気の中に放たれた。
言葉と共に、剣に纏う氷が砂のように消えていく。短剣を握る手がだらりと垂れた。
「選べるものか……」
それは青年には似つかわしくないほどに弱々しい言葉だったが、
それでも青年に似つかわしいほどに切実な言葉だった。
苦悶する青年の脳裏に浮かぶのはまだ幼いと言っていいだろう少年が自らの手で串刺しになった姿。
ただ、親友を助けたかっただけだ。その一念で放った刃が、人を殺した。
この場所は、願うだけでも罪となる。
助けたいと思うだけでも、それは何かを失わせる。
それは解っている。
どれほどの矛盾を抱えているか身が軋むほどに解っている。
それでも、その本心だけは裏切れない。
「俺には、選べない……」
だからその言葉は、赦しを乞い願うような祈りだった。
誰に乞うたかは解らないが、ただこの本物の弱さを、どうか赦してくれと。
言葉と共に、剣に纏う氷が砂のように消えていく。短剣を握る手がだらりと垂れた。
「選べるものか……」
それは青年には似つかわしくないほどに弱々しい言葉だったが、
それでも青年に似つかわしいほどに切実な言葉だった。
苦悶する青年の脳裏に浮かぶのはまだ幼いと言っていいだろう少年が自らの手で串刺しになった姿。
ただ、親友を助けたかっただけだ。その一念で放った刃が、人を殺した。
この場所は、願うだけでも罪となる。
助けたいと思うだけでも、それは何かを失わせる。
それは解っている。
どれほどの矛盾を抱えているか身が軋むほどに解っている。
それでも、その本心だけは裏切れない。
「俺には、選べない……」
だからその言葉は、赦しを乞い願うような祈りだった。
誰に乞うたかは解らないが、ただこの本物の弱さを、どうか赦してくれと。
「……仕方無ぇな、お前って奴は」
目の前から、溜息と共に親友が笑う。葉脈らしき筋が既に顎にまで走っていた。
起き上がることもなく顎を上げて、親友は天地を逆さに眺める。
「それもまた、1つの選択だろ。誰も責めねえよ」
景色から自分の座標を確認しながら語るその言葉はとても淡泊だったが、言いようのない何かに満たされていた。
引き絞る音がする。
死角でぶら下がっていた親友の左腕が少しだけ持ち上がり、青年の目にも写った。
既に矢も尽き、弦も切れた左腕を。
青年の瞳が見開く。
起き上がることもなく顎を上げて、親友は天地を逆さに眺める。
「それもまた、1つの選択だろ。誰も責めねえよ」
景色から自分の座標を確認しながら語るその言葉はとても淡泊だったが、言いようのない何かに満たされていた。
引き絞る音がする。
死角でぶら下がっていた親友の左腕が少しだけ持ち上がり、青年の目にも写った。
既に矢も尽き、弦も切れた左腕を。
青年の瞳が見開く。
筋肉の一本一本が蔓と成り、弦となって力を蓄える。
「だから、ただ黙って受け入れろ」
指先から肘に至る全ての骨が束ねられた一枝と成り、一矢となって力を受ける。
「これがお前の選択の果てに、待ってたもんだ」
そこに在るは残骸を喰らい力を以て編み上げられた、左腕という名の巨大弓。
「蒼破、連天脚」
左腕が吹き飛ぶ。
過去の筋肉が反動で引き千切られる激痛の中で、ブーメランのように旋回しながら計算通り飛ぶ骨の矢を見届けながら、
親友は、ティトレイはどこか悲しそうに笑った。
過去の筋肉が反動で引き千切られる激痛の中で、ブーメランのように旋回しながら計算通り飛ぶ骨の矢を見届けながら、
親友は、ティトレイはどこか悲しそうに笑った。
ミント=アドネードは暗闇の中にいた。
位置の認識は既に無く、今の弱まった自身を押し潰すかのように感じられる重力がかろうじて上下の区別を教えてくれる。
その区別の付く、上からコツコツと音がした。
ミントはビクリと身を震わせようとするが、衰弱しきったその身体では傍目からでは痙攣しているかどうかも解りづらい。
ここが何処かすら解らないが、恐らくは階段を一歩一歩降りる音。
その音が止み、静寂が訪れる。
しかし光を失って約半日経ったミントの感覚は、そのに息づく今までとはミトス達とは別種の“存在”を確信していた。
存在が在るようで、自然に溶け込んでそれを感じさせない。まるで、一本の樹のような存在を。
僅かな静寂を破り、暗闇が語る。
「……ここだと、思ったんだがな……やっぱ気のせいか?」
闇らしからぬ軽快な声色だった。「ん?」と自身へ意識がシフトするのを感じる。
「もしかしてあんたか?……おーい、聞いてますかーって、ありゃ…ちょい失礼」
闇の癖に律儀に断りを入れてから、暗闇の存在はミントの瞼に指を当てて動かす。
どうやら瞼を開いたようだが、今の彼女にはそれを確認する光が入ってこない為、闇の色彩に変化はない。
次に頬を摘まれた。暫くした後闇は吐き捨てるように舌打ちし、直ぐに元の軽快さで語り出した。
「ひでえことする奴もいたモンだな。誰だか見当が付く辺りが特に。
ま、違うならいいや。あんたがここにいるってことは……ここがミトスのアジトか」
そういって、ミントは闇が少し遠ざかるのを感じた。
歩き回って、周囲を見回しているように思う。
そして闇は立ち止まった後、彼女にとって重要なことを何気なく言った。
「……あーあ。クレスの所と南か。予想外しまくりだなオイ」
ミントの身体がこれまでで一番大きく跳ね上がる。それでも常人以下だったが、微かな音は闇を引きつけるのに十分だった。
闇は、暫く考えて、そういうことかとばかりに手を打った。
そして思案するような間を空けた後、彼女に告げる。
「あんたの目が見えなくなったのは、考えようによっちゃラッキーだったかもな。
クレスとあんたの関係は知らないが……今のあんたには、現実は目の毒だ」
闇は、淡々と淡々と、哀れむことも嘲ることもせずに感想だけを語る。
ミトスが悪意を以て語った情報が、第三者の客観的な言葉で裏打ちされる。
ミントにとっては、それだけで最後に縋っていた一本の糸を離してしまいそうになるほどの衝撃だった。
もしも、闇の語る言葉がミントの感情にまで踏み込んでいたならば、最後の糸も今ここで千切れてしまっていただろう。
虚ろな彼女の瞳から、唯涙が溢れている。既に闇が何者であるかは、彼女にはどうでも良かった。
闇が、再び彼女に声をかける。
「悪いな。殺した方が多分幸せなんだろうが……誰か代わりを見つけてくれ」
それは、とてつもなく傲慢な言葉だったが、闇から漂う一抹の悲しさのようなものを感じた彼女には悔しさも嘆きも無かった。
そんな感情があるとすれば、それはこの闇こそが抱くべきものだと思ったから。
位置の認識は既に無く、今の弱まった自身を押し潰すかのように感じられる重力がかろうじて上下の区別を教えてくれる。
その区別の付く、上からコツコツと音がした。
ミントはビクリと身を震わせようとするが、衰弱しきったその身体では傍目からでは痙攣しているかどうかも解りづらい。
ここが何処かすら解らないが、恐らくは階段を一歩一歩降りる音。
その音が止み、静寂が訪れる。
しかし光を失って約半日経ったミントの感覚は、そのに息づく今までとはミトス達とは別種の“存在”を確信していた。
存在が在るようで、自然に溶け込んでそれを感じさせない。まるで、一本の樹のような存在を。
僅かな静寂を破り、暗闇が語る。
「……ここだと、思ったんだがな……やっぱ気のせいか?」
闇らしからぬ軽快な声色だった。「ん?」と自身へ意識がシフトするのを感じる。
「もしかしてあんたか?……おーい、聞いてますかーって、ありゃ…ちょい失礼」
闇の癖に律儀に断りを入れてから、暗闇の存在はミントの瞼に指を当てて動かす。
どうやら瞼を開いたようだが、今の彼女にはそれを確認する光が入ってこない為、闇の色彩に変化はない。
次に頬を摘まれた。暫くした後闇は吐き捨てるように舌打ちし、直ぐに元の軽快さで語り出した。
「ひでえことする奴もいたモンだな。誰だか見当が付く辺りが特に。
ま、違うならいいや。あんたがここにいるってことは……ここがミトスのアジトか」
そういって、ミントは闇が少し遠ざかるのを感じた。
歩き回って、周囲を見回しているように思う。
そして闇は立ち止まった後、彼女にとって重要なことを何気なく言った。
「……あーあ。クレスの所と南か。予想外しまくりだなオイ」
ミントの身体がこれまでで一番大きく跳ね上がる。それでも常人以下だったが、微かな音は闇を引きつけるのに十分だった。
闇は、暫く考えて、そういうことかとばかりに手を打った。
そして思案するような間を空けた後、彼女に告げる。
「あんたの目が見えなくなったのは、考えようによっちゃラッキーだったかもな。
クレスとあんたの関係は知らないが……今のあんたには、現実は目の毒だ」
闇は、淡々と淡々と、哀れむことも嘲ることもせずに感想だけを語る。
ミトスが悪意を以て語った情報が、第三者の客観的な言葉で裏打ちされる。
ミントにとっては、それだけで最後に縋っていた一本の糸を離してしまいそうになるほどの衝撃だった。
もしも、闇の語る言葉がミントの感情にまで踏み込んでいたならば、最後の糸も今ここで千切れてしまっていただろう。
虚ろな彼女の瞳から、唯涙が溢れている。既に闇が何者であるかは、彼女にはどうでも良かった。
闇が、再び彼女に声をかける。
「悪いな。殺した方が多分幸せなんだろうが……誰か代わりを見つけてくれ」
それは、とてつもなく傲慢な言葉だったが、闇から漂う一抹の悲しさのようなものを感じた彼女には悔しさも嘆きも無かった。
そんな感情があるとすれば、それはこの闇こそが抱くべきものだと思ったから。
ミントは自分の舌の有様すら忘れ、その闇に言葉をかけようとしたが、突如闇から発せられた警戒の意識にそれを遮られる。
「――――――――来たかヴェイグ。多分カイルも一緒だな」
闇から放たれた言葉に、ミントは驚くよりも先に、残された聴覚に意識を集中させる。
間違いない。このあどけない少年の声は、紛れもなく昨夜まで慣れ親しんできた彼女の記憶そのものだった。
しかし、そこに去来する感情は歓喜ではなく、カイルをミトスの罠に巻き込んでしまったという後悔だけ。
「……もしかして知り合いか?まあ、そうじゃなくてもこの村に来た時点であんたを助ける腹積もりだわな」
ミントの心中を余所にしばし黙考した後、闇は突如別の方に向かって歩いた。
直ぐに足音が止む。そこで壁なのだろう。
そう彼女が思った瞬間、何か斧のような刃物の振り抜かれる音の後バキンと硝子や木が割れる音がした。
小さな破片が彼女の頬に当たる。闇が、無造作に得物を放り投げた。
「えーっと、あんたの位置がそこだから、見えるようにするなら…ここか」
闇が、ひゅんと足先で、破壊した家具の奥に露出した壁に微かな亀裂を走らせる。
ビリビリと布の破ける音が、闇の衣服を破れたことを伝える。
差し込んだ光が、腰の辺りを少しだけ暖められるのを彼女は感じた。
「……もう、蹴りも満足に撃てないと来たか。だからこそあいつらに気づかれずに壊せるってのも皮肉だな」
自嘲する闇は、彼女に近づき、吐息がかかるほどの距離で囁く。
「済まねえ。謝って済むことじゃねえけど、済まねえ。
あんたの境遇は何となく察している。だけど俺も時間が無ぇ。
あんたを俺の自己満足に利用させてもらう。自分でも最悪だとは思う。
だけど、俺は最後の最後まで諦めたくはないんだ。自分の願いを貫かせて貰う。俺を許さなくて良い。
だから、先に言っておく。―――――クレス共々、下らないエゴに巻き込んで済まなかった」
闇は、すうっと彼女の前から離れ、自分が降り立った場所へ戻っていく。
「あんたは、神官かなんかか?……まあ、あんたは保険だ。全部丸く収まれば死人は1人で済む。だから、せめて神にでも祈っててくれ」
そういって、闇は去っていった。
後に残されたのは、無味乾燥な黒色と、噎び泣く彼女の涙だけだった。
「――――――――来たかヴェイグ。多分カイルも一緒だな」
闇から放たれた言葉に、ミントは驚くよりも先に、残された聴覚に意識を集中させる。
間違いない。このあどけない少年の声は、紛れもなく昨夜まで慣れ親しんできた彼女の記憶そのものだった。
しかし、そこに去来する感情は歓喜ではなく、カイルをミトスの罠に巻き込んでしまったという後悔だけ。
「……もしかして知り合いか?まあ、そうじゃなくてもこの村に来た時点であんたを助ける腹積もりだわな」
ミントの心中を余所にしばし黙考した後、闇は突如別の方に向かって歩いた。
直ぐに足音が止む。そこで壁なのだろう。
そう彼女が思った瞬間、何か斧のような刃物の振り抜かれる音の後バキンと硝子や木が割れる音がした。
小さな破片が彼女の頬に当たる。闇が、無造作に得物を放り投げた。
「えーっと、あんたの位置がそこだから、見えるようにするなら…ここか」
闇が、ひゅんと足先で、破壊した家具の奥に露出した壁に微かな亀裂を走らせる。
ビリビリと布の破ける音が、闇の衣服を破れたことを伝える。
差し込んだ光が、腰の辺りを少しだけ暖められるのを彼女は感じた。
「……もう、蹴りも満足に撃てないと来たか。だからこそあいつらに気づかれずに壊せるってのも皮肉だな」
自嘲する闇は、彼女に近づき、吐息がかかるほどの距離で囁く。
「済まねえ。謝って済むことじゃねえけど、済まねえ。
あんたの境遇は何となく察している。だけど俺も時間が無ぇ。
あんたを俺の自己満足に利用させてもらう。自分でも最悪だとは思う。
だけど、俺は最後の最後まで諦めたくはないんだ。自分の願いを貫かせて貰う。俺を許さなくて良い。
だから、先に言っておく。―――――クレス共々、下らないエゴに巻き込んで済まなかった」
闇は、すうっと彼女の前から離れ、自分が降り立った場所へ戻っていく。
「あんたは、神官かなんかか?……まあ、あんたは保険だ。全部丸く収まれば死人は1人で済む。だから、せめて神にでも祈っててくれ」
そういって、闇は去っていった。
後に残されたのは、無味乾燥な黒色と、噎び泣く彼女の涙だけだった。
カイルは後ろを振り向く。
壮絶な回転数で放たれた曲撃ちは、打ち落とすにはあまりにも奇襲的だった。
ディムロスは避けろと必死に叫ぶ。
今なら、マニュアル操作でフルスロットルで走らせれば、まだ回避が可能だ。
壮絶な回転数で放たれた曲撃ちは、打ち落とすにはあまりにも奇襲的だった。
ディムロスは避けろと必死に叫ぶ。
今なら、マニュアル操作でフルスロットルで走らせれば、まだ回避が可能だ。
「ゴメン、ディムロス」
一言悔しそうにその弾丸を見つめると、カイルは徐に懐から帽子を取り出し、部屋の中に投げ入れた。
(血で汚れちゃったら、マズいよなやっぱ)
そして直ぐに抱きかかえるように両手をお腹に乗せた。
矢と言うにはあまりに太いそれが、掌も貫通してカイルの腹部に大穴を空ける。
「参ったな……ダサ~」
カイルは推進力をほとんど失って落ちる矢とこちらを向く彼女を見て、微かに微笑んだ。
(血で汚れちゃったら、マズいよなやっぱ)
そして直ぐに抱きかかえるように両手をお腹に乗せた。
矢と言うにはあまりに太いそれが、掌も貫通してカイルの腹部に大穴を空ける。
「参ったな……ダサ~」
カイルは推進力をほとんど失って落ちる矢とこちらを向く彼女を見て、微かに微笑んだ。
(避けたら当たってただろうし、仕方ない。無事で良かった)
力を失った箒と共に、カイルが地表に墜ちる。
ヴェイグの絶叫とカイルの鮮血が、太陽の光と共に天より地へと降り注ぐ。
ヴェイグの絶叫とカイルの鮮血が、太陽の光と共に天より地へと降り注ぐ。
それでも空は、とても青かった。
【ヴェイグ=リュングベル 生存確認】
状態:HP25% TP10% 他人の死への拒絶 リオンのサック所持 左腕重度火傷 極大の衝撃
両腕内出血 背中に3箇所裂傷 中度疲労 左眼失明 胸甲無し
所持品:アイスコフィン ミトスの手紙 メンタルバングル
45ACP弾7発マガジン×3 漆黒の翼のバッジ ナイトメアブーツ ホーリィリング
基本行動方針:UNKNOWN
現在位置:C3村東地区・鐘楼台屋根上
状態:HP25% TP10% 他人の死への拒絶 リオンのサック所持 左腕重度火傷 極大の衝撃
両腕内出血 背中に3箇所裂傷 中度疲労 左眼失明 胸甲無し
所持品:アイスコフィン ミトスの手紙 メンタルバングル
45ACP弾7発マガジン×3 漆黒の翼のバッジ ナイトメアブーツ ホーリィリング
基本行動方針:UNKNOWN
現在位置:C3村東地区・鐘楼台屋根上
【カイル=デュナミス 生存確認】
状態:HP??% TP15% 処置済両足粉砕骨折 両睾丸破裂 腹部に大穴 大量出血
所持品:鍋の蓋 フォースリング ウィス 忍刀血桜 クラトスの輝石 料理大全 ペルシャブーツ
蝙蝠の首輪 セレスティマント ロリポップ
S・D(激しい後悔) 魔玩ビシャスコア ミスティブルーム 漆黒の翼のバッジ
基本行動方針:UNKNOWN
SD基本行動方針:UNKNOWN
現在位置:C3村東地区・鐘楼台前
状態:HP??% TP15% 処置済両足粉砕骨折 両睾丸破裂 腹部に大穴 大量出血
所持品:鍋の蓋 フォースリング ウィス 忍刀血桜 クラトスの輝石 料理大全 ペルシャブーツ
蝙蝠の首輪 セレスティマント ロリポップ
S・D(激しい後悔) 魔玩ビシャスコア ミスティブルーム 漆黒の翼のバッジ
基本行動方針:UNKNOWN
SD基本行動方針:UNKNOWN
現在位置:C3村東地区・鐘楼台前
【ティトレイ=クロウ 生存確認】
状態:HP15% TP10% 感情希薄? 放送をまともに聞いていない
リバウンド進行中 肘から下にかけて両腕欠損
所持品:フィートシンボル バトルブック(半分燃焼)エメラルドリング クローナシンボル
基本行動方針:UNKNOWN
現在位置:C3村東地区・鐘楼台屋根上
状態:HP15% TP10% 感情希薄? 放送をまともに聞いていない
リバウンド進行中 肘から下にかけて両腕欠損
所持品:フィートシンボル バトルブック(半分燃焼)エメラルドリング クローナシンボル
基本行動方針:UNKNOWN
現在位置:C3村東地区・鐘楼台屋根上
【ミント=アドネード 生存確認】
状態:TP20% 失明 帽子なし 重度衰弱 左手負傷 左人差指に若干火傷 盆の窪にごく浅い刺し傷 複雑な悲しみ
舌を切除された 絶望と恐怖 歯を数本折られた 右手肘粉砕骨折+裂傷 全身に打撲傷
所持品:サンダーマント ジェイのメモ 要の紋@マーテル
基本行動方針:なし。絶望感で無気力化
第一行動方針:…どうすれば…
第ニ行動方針:クレスがとても気になる
現在位置:C3村・鐘楼台二階
状態:TP20% 失明 帽子なし 重度衰弱 左手負傷 左人差指に若干火傷 盆の窪にごく浅い刺し傷 複雑な悲しみ
舌を切除された 絶望と恐怖 歯を数本折られた 右手肘粉砕骨折+裂傷 全身に打撲傷
所持品:サンダーマント ジェイのメモ 要の紋@マーテル
基本行動方針:なし。絶望感で無気力化
第一行動方針:…どうすれば…
第ニ行動方針:クレスがとても気になる
現在位置:C3村・鐘楼台二階
notice:二階の壁に大穴が開通。二階にオーガアクス、ミントの帽子放置。