全て集う場所で―Who can defeat The God?―
金髪の少女は、その可憐な容貌には似合わぬ曲刀を腰に、霧の村を駆けていた。
豊かな金髪。
白を基調とし裾には水色のラインをあしらった神子の衣。
今や無機なる天使の忌まわしい呪縛を解かれ、あるべき色彩を取り戻した、青く澄んだ瞳。
その姿は、紛れもなくコレット・ブルーネルと呼ばれる1人の少女の姿であった。
その肉体に宿る心は、今や別の人格を宿らせている事を除けば、彼女は完璧にコレット・ブルーネルであった。
(この剣戟の音……間違いない、こっちだわ)
一歩ごとに、それまでこの村を重く鈍く包み込んでいた霧はほぐれ去り、午後の太陽の光は白い闇を切り裂く。
そして疲労を知らぬ少女のたおやかな体は、その足の一歩一歩ごとに、ささやかに霧をかき回す。
コレットの……
否、コレットの肉体を借り受けるアトワイトのその走りは、疾走というよりは跳躍の連続と言った方が正しい。
たとえ天使の翼は、この島の因果律により空への飛翔を禁じられようと、跳躍の距離を伸ばすにはなお有用。
そして、これが移動速度と隠密性を秤にかけ、見つけ出した妥協点であった。
(向こうに見つからなければいいのだけれど……)
アトワイトは、同じく戦友として天地戦争を戦った剣士ディムロス・ティンバーの教えてくれたことは忘れていない。
よしんば彼自身との思い出を、忘れることはあろうとも。
すなわち、一流以上の剣士は五感が……
特に殺気を感知するための第六感は異常なほどに鋭いという事実は、極めて重要である。
この村の中でばたばたと走り回れば、無論その際足音は響く。
隠密兵としての訓練を受けていないアトワイトでは、静粛性を保ったままの疾駆は出来ない。
同じくコレットにも忍びの心得はなく、よって彼女の記憶から強引に技術を引き出して用いることも出来ない。
ならば、足が地面を叩く回数も少なく、かつ着地音も弱められる、飛行能力を併用した跳躍に次ぐ跳躍が、
妥当かつ有用な選択肢であるとはじき出したがゆえの、この移動方法である。
霧の向こうから聞こえてくる剣の響きからして、今双方は全力で戦っていることだろう。
まさかそんな死闘を演じている際に、ロイドもクレスも他に注意を回せるほどに精神に余裕があるとは思えないが、
万一足音で己の存在を気取られたなら、こちらから討つつもりの不意を、逆に相手に討ち返される危険も皆無ではない。
そんな馬鹿な、と思う手合いもあろう。
しかし、アトワイトは知っている。
ディムロスの剣士としての鍛錬と、彼自身の桁外れとも言える生と勝利への執着は、
天地戦争の際天上軍から放たれた山のような暗殺者を、ことごとく返り討ちにしたという事実として結実したことを。
それを思い出すアトワイトは、しかしながら己の依り代たるコレットの顔を不快そうに歪めさせた。
(けれども、所詮ディムロスはカイル君の言う通り、ただの腰抜けに過ぎなかったわ)
昨夜、せっかく出会うことの出来た彼に対し送った救難要請の声は、届かなかった。
リアラは死に、ミントは壊れた。
そして、そのまま行方は杳として知れない。
そんな腰抜けの愚か者が、かつての戦友だったなど、可能であれば今すぐにでも記憶から抹消したい事実。
本当に、思い出を忘れることが出来れば、どれほど心が静まるだろう。
コアクリスタル内部に保存されるメモリーとして刻まれるアトワイトの記憶は、もはや記憶の消去などかなわぬ話だが。
(今の私の上官はあなたじゃないわ、ディムロス)
アトワイトは、「彼」が事前に掘った槍ぶすまだらけの落とし穴の直前で、その右足を踏み切った。
(ミトス・ユグドラシル。それが、今の私の上官の名よ)
アトワイトに使われるコレットの肉体の織り成すマナの翼は、その落とし穴を飛び越えるに十二分の浮力を与えた。
豊かな金髪。
白を基調とし裾には水色のラインをあしらった神子の衣。
今や無機なる天使の忌まわしい呪縛を解かれ、あるべき色彩を取り戻した、青く澄んだ瞳。
その姿は、紛れもなくコレット・ブルーネルと呼ばれる1人の少女の姿であった。
その肉体に宿る心は、今や別の人格を宿らせている事を除けば、彼女は完璧にコレット・ブルーネルであった。
(この剣戟の音……間違いない、こっちだわ)
一歩ごとに、それまでこの村を重く鈍く包み込んでいた霧はほぐれ去り、午後の太陽の光は白い闇を切り裂く。
そして疲労を知らぬ少女のたおやかな体は、その足の一歩一歩ごとに、ささやかに霧をかき回す。
コレットの……
否、コレットの肉体を借り受けるアトワイトのその走りは、疾走というよりは跳躍の連続と言った方が正しい。
たとえ天使の翼は、この島の因果律により空への飛翔を禁じられようと、跳躍の距離を伸ばすにはなお有用。
そして、これが移動速度と隠密性を秤にかけ、見つけ出した妥協点であった。
(向こうに見つからなければいいのだけれど……)
アトワイトは、同じく戦友として天地戦争を戦った剣士ディムロス・ティンバーの教えてくれたことは忘れていない。
よしんば彼自身との思い出を、忘れることはあろうとも。
すなわち、一流以上の剣士は五感が……
特に殺気を感知するための第六感は異常なほどに鋭いという事実は、極めて重要である。
この村の中でばたばたと走り回れば、無論その際足音は響く。
隠密兵としての訓練を受けていないアトワイトでは、静粛性を保ったままの疾駆は出来ない。
同じくコレットにも忍びの心得はなく、よって彼女の記憶から強引に技術を引き出して用いることも出来ない。
ならば、足が地面を叩く回数も少なく、かつ着地音も弱められる、飛行能力を併用した跳躍に次ぐ跳躍が、
妥当かつ有用な選択肢であるとはじき出したがゆえの、この移動方法である。
霧の向こうから聞こえてくる剣の響きからして、今双方は全力で戦っていることだろう。
まさかそんな死闘を演じている際に、ロイドもクレスも他に注意を回せるほどに精神に余裕があるとは思えないが、
万一足音で己の存在を気取られたなら、こちらから討つつもりの不意を、逆に相手に討ち返される危険も皆無ではない。
そんな馬鹿な、と思う手合いもあろう。
しかし、アトワイトは知っている。
ディムロスの剣士としての鍛錬と、彼自身の桁外れとも言える生と勝利への執着は、
天地戦争の際天上軍から放たれた山のような暗殺者を、ことごとく返り討ちにしたという事実として結実したことを。
それを思い出すアトワイトは、しかしながら己の依り代たるコレットの顔を不快そうに歪めさせた。
(けれども、所詮ディムロスはカイル君の言う通り、ただの腰抜けに過ぎなかったわ)
昨夜、せっかく出会うことの出来た彼に対し送った救難要請の声は、届かなかった。
リアラは死に、ミントは壊れた。
そして、そのまま行方は杳として知れない。
そんな腰抜けの愚か者が、かつての戦友だったなど、可能であれば今すぐにでも記憶から抹消したい事実。
本当に、思い出を忘れることが出来れば、どれほど心が静まるだろう。
コアクリスタル内部に保存されるメモリーとして刻まれるアトワイトの記憶は、もはや記憶の消去などかなわぬ話だが。
(今の私の上官はあなたじゃないわ、ディムロス)
アトワイトは、「彼」が事前に掘った槍ぶすまだらけの落とし穴の直前で、その右足を踏み切った。
(ミトス・ユグドラシル。それが、今の私の上官の名よ)
アトワイトに使われるコレットの肉体の織り成すマナの翼は、その落とし穴を飛び越えるに十二分の浮力を与えた。
*
晶力によるいましめを解かれた白昼の霧は、たゆたった。
自ら晴れ渡ろうとして徐々にその手を虚空から手放しつつある白霧は、しかし。
突如吹き荒れた一陣の烈風により、無理やりにその腕をほどかされる羽目になる。
どれほど練達の野伏り達ですら、一刻先の風向きすら読めぬこの島の気まぐれな風。
だが、この烈風は、その風がどれほどの気まぐれを起こしたとしても、まず自然に吹き荒れることはあるまい。
霊的な力を孕んだ非実体の風は、この一陣に終わらない。
二陣、三陣、四陣、五陣。
それが十陣となり、五十陣となり、やがては百陣に達する。
もはやこの闘気の風は、風などという言葉では不適切なほどの激烈な濃度で霧のヴェールを微塵に引き裂く。
高山を流れる川が決壊し、その先にあるもの全てを破壊する鉄砲水のごとき威力を以ってして、闘気の波濤は砕けた。
自ら晴れ渡ろうとして徐々にその手を虚空から手放しつつある白霧は、しかし。
突如吹き荒れた一陣の烈風により、無理やりにその腕をほどかされる羽目になる。
どれほど練達の野伏り達ですら、一刻先の風向きすら読めぬこの島の気まぐれな風。
だが、この烈風は、その風がどれほどの気まぐれを起こしたとしても、まず自然に吹き荒れることはあるまい。
霊的な力を孕んだ非実体の風は、この一陣に終わらない。
二陣、三陣、四陣、五陣。
それが十陣となり、五十陣となり、やがては百陣に達する。
もはやこの闘気の風は、風などという言葉では不適切なほどの激烈な濃度で霧のヴェールを微塵に引き裂く。
高山を流れる川が決壊し、その先にあるもの全てを破壊する鉄砲水のごとき威力を以ってして、闘気の波濤は砕けた。
この島の一角の、村の通りで。
牙! 牙! 牙! 牙! 牙! 牙!
打! 打! 打! 打! 打! 打!
激! 激! 激!
閃ッ!!
「ぬごうるあぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
「うるりゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
その叫びからは、もはや人間が本来備えるべき理性の光など、かけらほどにも感じられなかった。
ここにいるのは、獣。
それも、飼いならされた羊のそれではなく、野獣、猛獣、魔獣の類の。
蒼い炎をまとった鳳凰。
激流と化した銀の白虎。
互いの喉笛を、急所を、ただそれだけを噛み裂き食い破ることのみを求め、竜虎相打つかのごとくに二者は荒れ狂う。
地上に降臨した、2つの嵐として。
俗に、剣豪と剣豪の決闘の際、
双方に乱れ飛ぶ丁々発止の太刀の音は、さながら絶妙な調和のもとに奏でられる音楽のように軽妙であり、
両者の一挙手一投足は、さながら2人の手により舞われる演舞のごとく、華麗とも言われる。
しかし、今この場で決闘に身をやつす二者の死の剣舞は、その境地すら超越している。
凡人の動体視力しか持たぬ者では、
彼らの決闘をその目で見ていたとしても、ただ複数の残像が乱れ飛んでいるようにしか見えないだろう。
凡人のそれの聴覚では、
一呼吸のうちに交わされる数十数百の撃剣の音が、一つの音の津波と化しているかのようにしか聞こえないだろう。
心が人間を辞めてしまった1人の剣鬼と。
体が人間を辞めてしまった1人の天使と。
観客にしてみれば値千金の彼らの剣舞はしかし、突如終わりを迎えることとなる。
ガドォン!!!
まるで大地が引き裂かれ、爆裂したかのごとき轟音が空気を叩く。
赤と銀の剣舞の渦から、ただ赤のみが弾き出された。
赤い流星はそのまま地面すれすれを這うかのような低軌道で打ち出され。
そしてこの霧の村の西区画では、三つの噴煙が上がった。
赤の流星は家一軒を粉微塵に粉砕し、続く二軒目の空き家の漆喰をぶち抜き。
そして三軒目の家の壁を冗談か何かのように破砕して、ようやくそこで動きを止めた。
破壊された家から吹き上がる粉塵が、やがては霧の中に溶け込む。
固い物が崩れ落ちる、乾いた音がやがて鳴り止んだ。
かすかにそよぐ風が、この場にいる者の耳を静かに撫でる。
その風に撫でられる大地には、もはや一片たりとて原形を留める箇所などない。
地面に敷かれた石畳は一枚残らず吹き飛び、むき出しの地面も無残に抉れ。
その剣舞の嵐の中心に、静かに。しかし苛烈にたたずむは。
中段蹴りを叩き込んだ体勢のまま、髪の毛一本分の幅ほども体をぶれさせずに片足で立つ、銀の鎧の剣鬼。
すなわち、クレス・アルベインだった。
「……一つ聞いておく」
クレスは宙に放り出したままの足を引き。
体の平衡を維持するために後方に引いていた時の魔剣を引き戻し。
そして。
その切っ先を、むき出しの地面に突き立たせ、冷酷に言い放っていた。
「まさか、剣士が体術を挑んでくるとは思わずに、蹴りによる攻撃の可能性を失念していた……
なんて、情けない言い訳はしないな?」
大黒柱を折られぺしゃんこになった家と、その先にある、人型に穴をぶち抜かれた二軒目の家と……
その人型にぶち抜かれた穴の向こう側に、クレスは声を投げかける。
その穴の向こう側に存在するは、先ほどクレスが中段蹴りで跳ね飛ばした、赤の天使。
ロイド・アーヴィングは粉々になった空き家の壁の中に、半ばうずまる形で、その動きを止めていた。
牙! 牙! 牙! 牙! 牙! 牙!
打! 打! 打! 打! 打! 打!
激! 激! 激!
閃ッ!!
「ぬごうるあぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
「うるりゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
その叫びからは、もはや人間が本来備えるべき理性の光など、かけらほどにも感じられなかった。
ここにいるのは、獣。
それも、飼いならされた羊のそれではなく、野獣、猛獣、魔獣の類の。
蒼い炎をまとった鳳凰。
激流と化した銀の白虎。
互いの喉笛を、急所を、ただそれだけを噛み裂き食い破ることのみを求め、竜虎相打つかのごとくに二者は荒れ狂う。
地上に降臨した、2つの嵐として。
俗に、剣豪と剣豪の決闘の際、
双方に乱れ飛ぶ丁々発止の太刀の音は、さながら絶妙な調和のもとに奏でられる音楽のように軽妙であり、
両者の一挙手一投足は、さながら2人の手により舞われる演舞のごとく、華麗とも言われる。
しかし、今この場で決闘に身をやつす二者の死の剣舞は、その境地すら超越している。
凡人の動体視力しか持たぬ者では、
彼らの決闘をその目で見ていたとしても、ただ複数の残像が乱れ飛んでいるようにしか見えないだろう。
凡人のそれの聴覚では、
一呼吸のうちに交わされる数十数百の撃剣の音が、一つの音の津波と化しているかのようにしか聞こえないだろう。
心が人間を辞めてしまった1人の剣鬼と。
体が人間を辞めてしまった1人の天使と。
観客にしてみれば値千金の彼らの剣舞はしかし、突如終わりを迎えることとなる。
ガドォン!!!
まるで大地が引き裂かれ、爆裂したかのごとき轟音が空気を叩く。
赤と銀の剣舞の渦から、ただ赤のみが弾き出された。
赤い流星はそのまま地面すれすれを這うかのような低軌道で打ち出され。
そしてこの霧の村の西区画では、三つの噴煙が上がった。
赤の流星は家一軒を粉微塵に粉砕し、続く二軒目の空き家の漆喰をぶち抜き。
そして三軒目の家の壁を冗談か何かのように破砕して、ようやくそこで動きを止めた。
破壊された家から吹き上がる粉塵が、やがては霧の中に溶け込む。
固い物が崩れ落ちる、乾いた音がやがて鳴り止んだ。
かすかにそよぐ風が、この場にいる者の耳を静かに撫でる。
その風に撫でられる大地には、もはや一片たりとて原形を留める箇所などない。
地面に敷かれた石畳は一枚残らず吹き飛び、むき出しの地面も無残に抉れ。
その剣舞の嵐の中心に、静かに。しかし苛烈にたたずむは。
中段蹴りを叩き込んだ体勢のまま、髪の毛一本分の幅ほども体をぶれさせずに片足で立つ、銀の鎧の剣鬼。
すなわち、クレス・アルベインだった。
「……一つ聞いておく」
クレスは宙に放り出したままの足を引き。
体の平衡を維持するために後方に引いていた時の魔剣を引き戻し。
そして。
その切っ先を、むき出しの地面に突き立たせ、冷酷に言い放っていた。
「まさか、剣士が体術を挑んでくるとは思わずに、蹴りによる攻撃の可能性を失念していた……
なんて、情けない言い訳はしないな?」
大黒柱を折られぺしゃんこになった家と、その先にある、人型に穴をぶち抜かれた二軒目の家と……
その人型にぶち抜かれた穴の向こう側に、クレスは声を投げかける。
その穴の向こう側に存在するは、先ほどクレスが中段蹴りで跳ね飛ばした、赤の天使。
ロイド・アーヴィングは粉々になった空き家の壁の中に、半ばうずまる形で、その動きを止めていた。
「…………ッ!!」
ロイドの口元からは、一筋申し訳程度の量の血の流れが、つうと伝う。
これほどの攻撃を受けたにしては、明らかに少な過ぎる出血量。
彼は瓦礫から、無理やりにその身を引き剥がした。
ばらばらと、小さな漆喰のかけらと、そしてそれ以上に微小な粉塵がロイドの体から落ちた。
家の壁を二軒貫くだけの威力の蹴りを受けても、それでもロイドは無事だった。
重心が定まらぬかのように、ロイドの体は揺れる。
ロイドは二刀流の木刀を杖に、ようやくクレスの顔を真っ直ぐに睨みつけた。
無論、破壊された空き家二軒越しに。
(多分……内臓が数箇所イッた。肋骨も下3本へし折れた。ただ……まだ両手両足は動く!)
クレスの凶眼を睨みつけながらも、ロイドは己の体の状況をそう推測する。
これほどの怪我を負いながらも、ロイドはそれでも、ひとかけらほどの痛みも体に覚えずにいた。
もはや、ロイドの肉体は腐敗が起こらないという点と、辛うじて治癒術を受け入れる点以外で、死体も同然。
よって、痛みを覚えるための器官である神経もまた、すでに活動を停止しているのだ。
正常な天使化――無論そんなものがあるかどうかは大いに疑問だが――を起こしていれば、
それでも痛覚は生き残っているはずなのに、である。
痛覚とは、本来自分の肉体の状態を把握するための重要な情報。
これがあるからこそ、剣士は自分の肉体と相談し、現状と己の限界をすり合わせ、適切な戦法を組み立てられるのだ。
けれども、ロイドは、シャーリィに心臓を貫かれたときの痛みを最後に、もはやあらゆる痛みを感じない。
ロイド自身にも、限界がいつ訪れるのか、それはその瞬間まで分からないのだ。
「……は」
ロイドは己には似合わないことを百も承知で、
それでもあえて不敵な笑みを浮かべながらも、口に溜まった唾液混じりの血液を、ぺっと吐き捨てた。
「家二軒をぶっ壊す蹴りは打てても、人間1人をぶっ壊す蹴りは打てないんだな、あんたは」
ロイドの挑発じみた言質を耳に受け、クレスの表情は一瞬だけ歪む。
ロイドの持つ天使の瞳の視力は、それを間違いなく捉えていた。
クレスに走った表情は、挑発によって引き起こされた憤怒か……
はたまたロイドの挑発を、単に愚かさの発露ととり、それを哀れむために浮かべた憫笑か……
そこまではさすがに、ロイドの視力を以ってしても、分かりかねたのではあるが。
「こんなもんで俺を倒せるだなんて勘違いするなよ……クレス!」
吼えるロイド。
だがその言葉とは裏腹に、今の一撃が直撃だったなら、自身は軽く瞬殺されていたことも、頭の片隅では認識している。
受け身と翼による速度の減殺、そしてEXスキルの組み換えによる防御特化カスタマイズ、
いずれか一つが一瞬でも遅かったなら、ロイドは軽く挽き肉にされていた事は間違いない。
ロイドも内心では、その事実は十分過ぎるほどに認識している。
(俺の体の重心を、指一本ほどのずれもなく狙って蹴り込める精度……
本能と直感だけで完璧になされた筋肉の動きと重心移動の計算……
そしてあれだけの威力を出すための闘気の練り込みと純粋な脚力……
多分リーガルが話してくれた、『発勁』ってやつだな!)
ロイドは改めて、家二軒向こう側にたたずむ剣士の実力を思い知らされた。
クレスの体得する技術は、ただ純粋な剣術だけではない。
その気になれば、今日からでも超一流の格闘家になれるほどの練気術と体術さえ、彼は身に着けているのだ。
無論純然たる格闘家の中でも、これほどの破壊力を秘めた発勁を打てる者は、世界に数名と存在するまい。
そんな理不尽なまでの力を前にしても、しかし今だロイドの闘志の炎は消えぬ。
右手を八相に、左手を下段に。
ロイドは二刀を、もう一度構え直し、みなぎる戦意をクレスにアピールする。
クレスは再び、顔面の筋肉をいびつに歪めて、肉欲に溺れるかのごとき歓喜を表す。
「そう、その言葉を聞いて安心したよ」
刹那、時空のエネルギーをその身にまといながら、クレスは途端にその肉体を希薄なものとする。
「やっぱり獲物は、喰っても腹の中で暴れ続けるくらい活きのいい方が、喰い甲斐があるからね」
消失。
クレスは、霧の中に消えるようにして、その身を転移させた。
「空間! 翔転移!!」
「あめぇ!」
そして転移の先は、ロイドの頭上。
ロイドの口元からは、一筋申し訳程度の量の血の流れが、つうと伝う。
これほどの攻撃を受けたにしては、明らかに少な過ぎる出血量。
彼は瓦礫から、無理やりにその身を引き剥がした。
ばらばらと、小さな漆喰のかけらと、そしてそれ以上に微小な粉塵がロイドの体から落ちた。
家の壁を二軒貫くだけの威力の蹴りを受けても、それでもロイドは無事だった。
重心が定まらぬかのように、ロイドの体は揺れる。
ロイドは二刀流の木刀を杖に、ようやくクレスの顔を真っ直ぐに睨みつけた。
無論、破壊された空き家二軒越しに。
(多分……内臓が数箇所イッた。肋骨も下3本へし折れた。ただ……まだ両手両足は動く!)
クレスの凶眼を睨みつけながらも、ロイドは己の体の状況をそう推測する。
これほどの怪我を負いながらも、ロイドはそれでも、ひとかけらほどの痛みも体に覚えずにいた。
もはや、ロイドの肉体は腐敗が起こらないという点と、辛うじて治癒術を受け入れる点以外で、死体も同然。
よって、痛みを覚えるための器官である神経もまた、すでに活動を停止しているのだ。
正常な天使化――無論そんなものがあるかどうかは大いに疑問だが――を起こしていれば、
それでも痛覚は生き残っているはずなのに、である。
痛覚とは、本来自分の肉体の状態を把握するための重要な情報。
これがあるからこそ、剣士は自分の肉体と相談し、現状と己の限界をすり合わせ、適切な戦法を組み立てられるのだ。
けれども、ロイドは、シャーリィに心臓を貫かれたときの痛みを最後に、もはやあらゆる痛みを感じない。
ロイド自身にも、限界がいつ訪れるのか、それはその瞬間まで分からないのだ。
「……は」
ロイドは己には似合わないことを百も承知で、
それでもあえて不敵な笑みを浮かべながらも、口に溜まった唾液混じりの血液を、ぺっと吐き捨てた。
「家二軒をぶっ壊す蹴りは打てても、人間1人をぶっ壊す蹴りは打てないんだな、あんたは」
ロイドの挑発じみた言質を耳に受け、クレスの表情は一瞬だけ歪む。
ロイドの持つ天使の瞳の視力は、それを間違いなく捉えていた。
クレスに走った表情は、挑発によって引き起こされた憤怒か……
はたまたロイドの挑発を、単に愚かさの発露ととり、それを哀れむために浮かべた憫笑か……
そこまではさすがに、ロイドの視力を以ってしても、分かりかねたのではあるが。
「こんなもんで俺を倒せるだなんて勘違いするなよ……クレス!」
吼えるロイド。
だがその言葉とは裏腹に、今の一撃が直撃だったなら、自身は軽く瞬殺されていたことも、頭の片隅では認識している。
受け身と翼による速度の減殺、そしてEXスキルの組み換えによる防御特化カスタマイズ、
いずれか一つが一瞬でも遅かったなら、ロイドは軽く挽き肉にされていた事は間違いない。
ロイドも内心では、その事実は十分過ぎるほどに認識している。
(俺の体の重心を、指一本ほどのずれもなく狙って蹴り込める精度……
本能と直感だけで完璧になされた筋肉の動きと重心移動の計算……
そしてあれだけの威力を出すための闘気の練り込みと純粋な脚力……
多分リーガルが話してくれた、『発勁』ってやつだな!)
ロイドは改めて、家二軒向こう側にたたずむ剣士の実力を思い知らされた。
クレスの体得する技術は、ただ純粋な剣術だけではない。
その気になれば、今日からでも超一流の格闘家になれるほどの練気術と体術さえ、彼は身に着けているのだ。
無論純然たる格闘家の中でも、これほどの破壊力を秘めた発勁を打てる者は、世界に数名と存在するまい。
そんな理不尽なまでの力を前にしても、しかし今だロイドの闘志の炎は消えぬ。
右手を八相に、左手を下段に。
ロイドは二刀を、もう一度構え直し、みなぎる戦意をクレスにアピールする。
クレスは再び、顔面の筋肉をいびつに歪めて、肉欲に溺れるかのごとき歓喜を表す。
「そう、その言葉を聞いて安心したよ」
刹那、時空のエネルギーをその身にまといながら、クレスは途端にその肉体を希薄なものとする。
「やっぱり獲物は、喰っても腹の中で暴れ続けるくらい活きのいい方が、喰い甲斐があるからね」
消失。
クレスは、霧の中に消えるようにして、その身を転移させた。
「空間! 翔転移!!」
「あめぇ!」
そして転移の先は、ロイドの頭上。
ロイドが立っていた辺りに、再び黄土色の粉塵が舞い上がった。
直撃ならば、軽く人間のひらきが作れる死の刃を、しかし。
ロイドは粉塵の煙を体で切り裂き、紙一重ほどの間合いでかわしていた。
(空間翔転移の弱点は、ここだ!)
空間翔転移は、時空のエネルギーをまといながら敵の頭上に転移し、頭上からの奇襲を行う時空剣技。
だがその際の転移先の座標は、あくまでも使用者の視覚からの情報によって確定される。
ゆえに一度完全に転移を行ってしまえば、その瞬間から目標の追尾は出来なくなるのだ。
(転移が完了した瞬間、即座にバックステップを踏めばこの技は食らわねえ!)
そして着地するまでの間、使用者は完全に無防備!
ロイドは一度踏んだバックステップを即座に踏み返し、後退の動作を即座に前進運動に切り替える。
EXスキル『ワンモア』、発動。
「おおおおおおぉっ! 虎牙破斬!!」
獲物を噛み砕く猛虎の牙のごとくに、ロイドの双刀は振るわれる。
上段への切り上げ。下段への切り下ろしの二連撃。
無論、ロイドとてこの一撃が防がれるであろうことは、重々承知の上。
『虎牙破斬』は、あくまで間合いを詰めるための布石に過ぎない。
そしてクレスはロイドの予想に違わず、空中でエターナルソードを引き戻し、即座にその刀身を盾に斬撃を弾き返す。
EXスキルもなしで空中での防御を平然と行うクレスの実力は、推して知るべし。
そしてロイドの二の矢。『ワンモア』による『散沙雨』の刺突の雨が、更にクレスを守るエターナルソードを乱打する。
青白い閃光が空中でいくつも弾け散り、最後にはやがて。
「!!」
甲高い金属音が鳴り、エターナルソードは大きくクレスの前から弾かれた。
「そこだぜっ!!」
クレスのエターナルソードという盾は、今砕かれた。
これでクレスの身を守る剣は、存在しない。絶好の機!
ロイドはもう一度左手のEXスキルを組み替え、フィニッシュブローに備え『スカイキャンセル』を発動。
己の腰を軸にした空中前転。竜巻のごとき大回転を見舞う。
「ブッ飛びやがれ! 真空裂斬ぁぁぁぁぁん!!」
旋風が、大地を駆け上がった。
この一撃が決まれば、クレスは高々と宙に放り出され、無防備な姿を晒すはず。
そこに『鳳凰天駆』でフィニッシュブロー。クレスを、焼き尽くす!
ロイドの手にしたウッドブレードに、蒼い光が燃え伝わる。
時空のエネルギーが煮えたぎり、クレスのがら空きの腹部を強襲!
閃光が、一層眩しくあたりに広がった。
甲高い、金属の音を鳴り響かせて。
ロイドの手に伝わるはずの、クレスの肉を裂く生々しい感覚は、痺れるような衝撃に過ぎなかった。
「…その程度で、僕の守りを突き崩した気になっていたのか?」
「!!?」
ロイドは、驚愕にその表情を引きつらせた。
ありえない。
この一撃は、『散沙雨』でこじ開けた守りの、その中でも特に防御が難しい角度から放たれたはずなのに。
「馬鹿な!? あの体勢から、エターナルソードでこの一撃を弾けるはずが……!?」
背の翼を震わせ、後方宙返りで間合いを取り直すロイド。
『空間翔転移』の体勢から着地し、左手に時の魔剣を構え直すクレス。
クレスは、ロイドのそれに倍するほどの不敵さを漂わせ、宣告する。
「エターナルソードで防げなければ、エターナルソード以外で防げばいいだけの話さ」
そう言い、クレスは右手を掲げる。時空のエネルギーをまとわせた、その右手を。
右手から蒼の光がほぐれ、虚空に消えた。
「……ちくしょう! 篭手で弾きやがったのか!!」
一筋の切り傷が刻まれたクレスの右手の篭手にその視線が吸い込まれ、ロイドは思わず悪態を吐き捨てる。
「剣で受け切れず、盾で防げず、避けることさえできなくても、とっさに体を捻り鎧の固い部分で攻撃を弾く。
――これくらい、重戦士の基本中の基本の戦術だ」
クレスの言う言葉は、確かに正論。正論ゆえに反論を許されぬもどかしさに、ロイドは歯を軋らせた。
およそ戦士と呼ばれる人種は、大別すれば二通りに分かれる。
すなわち重厚な武器と鎧を身にまとい、攻撃力と防御力に特化された戦い方をする重戦士。
そして、あえて防具を殆ど……時には全く着けないことで許される高速機動で、敵を翻弄する軽戦士。
クレスやヴェイグ、そして亡きスタンは前者に分類され……
またロイドやカイル、そして同じく故人となったリッドは後者に分類される。
直撃ならば、軽く人間のひらきが作れる死の刃を、しかし。
ロイドは粉塵の煙を体で切り裂き、紙一重ほどの間合いでかわしていた。
(空間翔転移の弱点は、ここだ!)
空間翔転移は、時空のエネルギーをまといながら敵の頭上に転移し、頭上からの奇襲を行う時空剣技。
だがその際の転移先の座標は、あくまでも使用者の視覚からの情報によって確定される。
ゆえに一度完全に転移を行ってしまえば、その瞬間から目標の追尾は出来なくなるのだ。
(転移が完了した瞬間、即座にバックステップを踏めばこの技は食らわねえ!)
そして着地するまでの間、使用者は完全に無防備!
ロイドは一度踏んだバックステップを即座に踏み返し、後退の動作を即座に前進運動に切り替える。
EXスキル『ワンモア』、発動。
「おおおおおおぉっ! 虎牙破斬!!」
獲物を噛み砕く猛虎の牙のごとくに、ロイドの双刀は振るわれる。
上段への切り上げ。下段への切り下ろしの二連撃。
無論、ロイドとてこの一撃が防がれるであろうことは、重々承知の上。
『虎牙破斬』は、あくまで間合いを詰めるための布石に過ぎない。
そしてクレスはロイドの予想に違わず、空中でエターナルソードを引き戻し、即座にその刀身を盾に斬撃を弾き返す。
EXスキルもなしで空中での防御を平然と行うクレスの実力は、推して知るべし。
そしてロイドの二の矢。『ワンモア』による『散沙雨』の刺突の雨が、更にクレスを守るエターナルソードを乱打する。
青白い閃光が空中でいくつも弾け散り、最後にはやがて。
「!!」
甲高い金属音が鳴り、エターナルソードは大きくクレスの前から弾かれた。
「そこだぜっ!!」
クレスのエターナルソードという盾は、今砕かれた。
これでクレスの身を守る剣は、存在しない。絶好の機!
ロイドはもう一度左手のEXスキルを組み替え、フィニッシュブローに備え『スカイキャンセル』を発動。
己の腰を軸にした空中前転。竜巻のごとき大回転を見舞う。
「ブッ飛びやがれ! 真空裂斬ぁぁぁぁぁん!!」
旋風が、大地を駆け上がった。
この一撃が決まれば、クレスは高々と宙に放り出され、無防備な姿を晒すはず。
そこに『鳳凰天駆』でフィニッシュブロー。クレスを、焼き尽くす!
ロイドの手にしたウッドブレードに、蒼い光が燃え伝わる。
時空のエネルギーが煮えたぎり、クレスのがら空きの腹部を強襲!
閃光が、一層眩しくあたりに広がった。
甲高い、金属の音を鳴り響かせて。
ロイドの手に伝わるはずの、クレスの肉を裂く生々しい感覚は、痺れるような衝撃に過ぎなかった。
「…その程度で、僕の守りを突き崩した気になっていたのか?」
「!!?」
ロイドは、驚愕にその表情を引きつらせた。
ありえない。
この一撃は、『散沙雨』でこじ開けた守りの、その中でも特に防御が難しい角度から放たれたはずなのに。
「馬鹿な!? あの体勢から、エターナルソードでこの一撃を弾けるはずが……!?」
背の翼を震わせ、後方宙返りで間合いを取り直すロイド。
『空間翔転移』の体勢から着地し、左手に時の魔剣を構え直すクレス。
クレスは、ロイドのそれに倍するほどの不敵さを漂わせ、宣告する。
「エターナルソードで防げなければ、エターナルソード以外で防げばいいだけの話さ」
そう言い、クレスは右手を掲げる。時空のエネルギーをまとわせた、その右手を。
右手から蒼の光がほぐれ、虚空に消えた。
「……ちくしょう! 篭手で弾きやがったのか!!」
一筋の切り傷が刻まれたクレスの右手の篭手にその視線が吸い込まれ、ロイドは思わず悪態を吐き捨てる。
「剣で受け切れず、盾で防げず、避けることさえできなくても、とっさに体を捻り鎧の固い部分で攻撃を弾く。
――これくらい、重戦士の基本中の基本の戦術だ」
クレスの言う言葉は、確かに正論。正論ゆえに反論を許されぬもどかしさに、ロイドは歯を軋らせた。
およそ戦士と呼ばれる人種は、大別すれば二通りに分かれる。
すなわち重厚な武器と鎧を身にまとい、攻撃力と防御力に特化された戦い方をする重戦士。
そして、あえて防具を殆ど……時には全く着けないことで許される高速機動で、敵を翻弄する軽戦士。
クレスやヴェイグ、そして亡きスタンは前者に分類され……
またロイドやカイル、そして同じく故人となったリッドは後者に分類される。
クレスはたった今、その重戦士である己の特質を活かし切り、ロイドの必殺と思われた一撃を防ぎ切ってみせたのだ。
そして鎧の固い部分を間に合わせの盾に用いるという手を、軽戦士であるロイドが見落としたのもまたむべなるかな。
「そもそも、君の放った『散沙雨』……出来損ないの『秋沙雨』みたいな技だったっけか?
あの最後の一撃の際、あえて僕は自分から防御の構えを崩したのに、君は気付けていたかな?」
「!?」
まさか、あの連撃の狙いすら、クレスはあっさりと見切ってしまっていたのか。
「ああいう力押しで防御を突き崩そうとする攻め手には、無理に剛剣で対応しない方が上策さ。
剛よく柔を断つ。けれども逆もまた然――」
「ええい、ごちゃごちゃうるせえんだよ!!」
クレスの講釈で苛立ちが頂点に達したのだろうか、ロイドはクレスの言葉を遮り、再び躍りかかる。
疾走と共に繰り出すは『瞬迅剣』。無論、時空のエネルギーをまとわせる事は忘れなどせず……
びつん。
(!?)
ロイドは、瞠目した。
突如、ウッドブレードはその動きを止めた。
この手応え。金属製の何かで受けられた時のものではない。
もっと、柔らかい何か……そう、例えば……
肉。
ロイドの突き出したウッドブレードの切っ先は、そこでぴたりと止まっていた。
ピンと伸ばされ、隙間なく揃えられたクレスの人差し指と中指の、その間で。
ロイドは、もう一度瞠目した。
「受け止めた……だって!?」
ロイドの放った『瞬迅剣』を、クレスは蒼くきらめく右手で受け止めていた。
白羽取り。しかも、指二本での。
「――温いな」
そしてクレスには、その圧倒的技量を誇るような傲岸さは微塵もなかった。
こんなこと、出来て当たり前。出来て当たり前のことを自慢するなど、馬鹿馬鹿しいにも程がある、とでも言いたげに。
無論クレスのその感覚は、もはや異常などというレベルすら通り越している。
そもそも、白羽取りは本来実戦に不向きとされる、一種の芸のようなものである。
それを実戦で、ましてや両手どころか指二本でやってのけるなど、どれほど論外な話かは言うに及ばない。
絶対的に超えられないほどの技量差がなければ……それこそ剣聖と三流剣士ほどの実力差がなければ、なしえまい。
それをたった今、クレスはやってのけたのだ。
ロイドの繰り出した左手のウッドブレード内部から、木の砕ける破砕音。
クレスはほんの少し、ウッドブレードを受け止めた右手を動かしただけのように見えた。
だがそのわずかな動きだけでも、ロイドの持つ得物に絶対的破壊をもたらすには、余りにも十分過ぎた。
クレスの触れる切っ先から、ウッドブレードに裂け目が走り。
そしてその一刹那のちの未来には、ロイドのウッドブレードは粉微塵の木屑と化して宙を舞った。
戦慄が、ロイドの体内を駆け巡った。
「次元――」
その戦慄が体内を駆け巡り切る前に、クレスは先ほどから持て余していた左手で、時の魔剣を振り上げた。
「――斬!」
蒼白の……余りにも長大過ぎる純エネルギー体の巨剣は、半球状の衝撃波を巻き起こし、辺りのものを跳ね飛ばした。
瓦礫も、地面の石畳も、そしてロイドの体も無差別に。
「があああぁぁぁぁぁっ!!!」
苦痛ゆえではなく、怨嗟ゆえの煩悶の声は尾を引き、やがて地面に叩きつけられて止まった。
体のどこかの骨が、ごりゃ、という音を立てるのを、ロイドはただ静聴する以外になかった。
大の字になって、ロイドは仰向けに地面に叩きつけられていた。
ロイドは呻きながら、またも余りに少な過ぎる血反吐を吐き散らす。
その呻き声を、さもうるさげな様子でクレスは聞き流し、最後に嘆息する。
「……やれやれ、どうしてオリジンはこんな青二才の雑魚なんかを、時空剣士として認めたのか、理解に苦しむね」
しつこいくらいに地面から吹き上がる粉塵。
クレスはその中に声を届けようとしたのか、はたまた1人ごちただけなのか、それはまるで判断がつきかねた。
「誰が……ッ!」
すでに何本か折られた歯を食い縛り、ロイドはそれでも地面から身を引き剥がす。
もう二度と痛みを覚えることの出来ない……いつ限界が来るのか、正確な把握も出来ない体を起こしつつ。
「誰が……誰が青二才の雑魚だ!? クレェスッ!!」
口内で折れた歯が、舌の上に転がるのを感じつつも、それでもロイドは怒髪天を突かんばかりに気を吐く。
対するクレスは、そんなロイドにただ、感情の乗らぬ声で答えてみせる。
「――君が、だ」
強いて言うなら、その声にこもった感情は「落胆」に近いだろうか。ふて腐れたような色彩も、かすかにある。
そして鎧の固い部分を間に合わせの盾に用いるという手を、軽戦士であるロイドが見落としたのもまたむべなるかな。
「そもそも、君の放った『散沙雨』……出来損ないの『秋沙雨』みたいな技だったっけか?
あの最後の一撃の際、あえて僕は自分から防御の構えを崩したのに、君は気付けていたかな?」
「!?」
まさか、あの連撃の狙いすら、クレスはあっさりと見切ってしまっていたのか。
「ああいう力押しで防御を突き崩そうとする攻め手には、無理に剛剣で対応しない方が上策さ。
剛よく柔を断つ。けれども逆もまた然――」
「ええい、ごちゃごちゃうるせえんだよ!!」
クレスの講釈で苛立ちが頂点に達したのだろうか、ロイドはクレスの言葉を遮り、再び躍りかかる。
疾走と共に繰り出すは『瞬迅剣』。無論、時空のエネルギーをまとわせる事は忘れなどせず……
びつん。
(!?)
ロイドは、瞠目した。
突如、ウッドブレードはその動きを止めた。
この手応え。金属製の何かで受けられた時のものではない。
もっと、柔らかい何か……そう、例えば……
肉。
ロイドの突き出したウッドブレードの切っ先は、そこでぴたりと止まっていた。
ピンと伸ばされ、隙間なく揃えられたクレスの人差し指と中指の、その間で。
ロイドは、もう一度瞠目した。
「受け止めた……だって!?」
ロイドの放った『瞬迅剣』を、クレスは蒼くきらめく右手で受け止めていた。
白羽取り。しかも、指二本での。
「――温いな」
そしてクレスには、その圧倒的技量を誇るような傲岸さは微塵もなかった。
こんなこと、出来て当たり前。出来て当たり前のことを自慢するなど、馬鹿馬鹿しいにも程がある、とでも言いたげに。
無論クレスのその感覚は、もはや異常などというレベルすら通り越している。
そもそも、白羽取りは本来実戦に不向きとされる、一種の芸のようなものである。
それを実戦で、ましてや両手どころか指二本でやってのけるなど、どれほど論外な話かは言うに及ばない。
絶対的に超えられないほどの技量差がなければ……それこそ剣聖と三流剣士ほどの実力差がなければ、なしえまい。
それをたった今、クレスはやってのけたのだ。
ロイドの繰り出した左手のウッドブレード内部から、木の砕ける破砕音。
クレスはほんの少し、ウッドブレードを受け止めた右手を動かしただけのように見えた。
だがそのわずかな動きだけでも、ロイドの持つ得物に絶対的破壊をもたらすには、余りにも十分過ぎた。
クレスの触れる切っ先から、ウッドブレードに裂け目が走り。
そしてその一刹那のちの未来には、ロイドのウッドブレードは粉微塵の木屑と化して宙を舞った。
戦慄が、ロイドの体内を駆け巡った。
「次元――」
その戦慄が体内を駆け巡り切る前に、クレスは先ほどから持て余していた左手で、時の魔剣を振り上げた。
「――斬!」
蒼白の……余りにも長大過ぎる純エネルギー体の巨剣は、半球状の衝撃波を巻き起こし、辺りのものを跳ね飛ばした。
瓦礫も、地面の石畳も、そしてロイドの体も無差別に。
「があああぁぁぁぁぁっ!!!」
苦痛ゆえではなく、怨嗟ゆえの煩悶の声は尾を引き、やがて地面に叩きつけられて止まった。
体のどこかの骨が、ごりゃ、という音を立てるのを、ロイドはただ静聴する以外になかった。
大の字になって、ロイドは仰向けに地面に叩きつけられていた。
ロイドは呻きながら、またも余りに少な過ぎる血反吐を吐き散らす。
その呻き声を、さもうるさげな様子でクレスは聞き流し、最後に嘆息する。
「……やれやれ、どうしてオリジンはこんな青二才の雑魚なんかを、時空剣士として認めたのか、理解に苦しむね」
しつこいくらいに地面から吹き上がる粉塵。
クレスはその中に声を届けようとしたのか、はたまた1人ごちただけなのか、それはまるで判断がつきかねた。
「誰が……ッ!」
すでに何本か折られた歯を食い縛り、ロイドはそれでも地面から身を引き剥がす。
もう二度と痛みを覚えることの出来ない……いつ限界が来るのか、正確な把握も出来ない体を起こしつつ。
「誰が……誰が青二才の雑魚だ!? クレェスッ!!」
口内で折れた歯が、舌の上に転がるのを感じつつも、それでもロイドは怒髪天を突かんばかりに気を吐く。
対するクレスは、そんなロイドにただ、感情の乗らぬ声で答えてみせる。
「――君が、だ」
強いて言うなら、その声にこもった感情は「落胆」に近いだろうか。ふて腐れたような色彩も、かすかにある。
クレスは、エターナルソードをその肩に担ぎ、さもつまらなげに呟く。
「もう一つ一つ、一応君に質問だ。
まさか、これで僕が本気で戦っているだなんて勘違いは、しちゃいないだろうね?」
「!!」
今度はロイドの表情が、いびつに歪む番だった。
クレスは、そして落胆を隠し切れない様子で、ロイドの顔を静かに見据える。
「やれやれ、昨日は同じくオリジンに時空剣士として選ばれた君を見つけて、
意気揚々と手合わせしてみれば、何のことはない。あの金髪の剣士と同程度かそこら、だ」
金髪の剣士を……すなわちスタンを侮蔑するクレスに反駁する言葉を、ロイドは持ち合わせてはいなかった。
無念の余りに、ロイドは眉間に急峻な皺を寄せ、怒りを堪える。
対するクレスは、そしてどこまでもそのロイドの怒りを無視するかのごとくに続ける。
「ま、戦いながらの成長を期待して、実力の三割程度で遊んでいてやったら、結果として君を殺りそこねた。
その事については後悔したけれど、君が雪辱戦に向け、更に喰い甲斐のある獲物に成長してくれれば、
それもまたよし、と割り切ることにしたんだ。
けど、結果はこれ。
実につまらないね。君はやっぱり雑魚のままじゃないか。
僕が本気を出したら、君なんて秒殺を通り越して瞬殺してしまうよ」
「瞬殺だと……!?」
ロイドの堪忍袋の緒は、そこで引き千切れた。
「嘗めた口を叩くのも大概にしろよ……今までさんざんに人を殺してきた分際でッ!!!」
義父ダイクがこの場にいたら、即座にロイドを張り倒していたであろう程の、下劣で野蛮な言葉が口をついて出る。
母アンナを殺したクヴァルや、ジーニアスを傷付けようとしたミトスにすらぶつけなかったほどの、激しい罵詈雑言。
「まず、君の練る時空のエネルギーはね……」
だがそれをただ無視するかのようにして、クレスはエターナルソードの腹でトントンと己の肩を叩いた。
そして静かに告げる。彼我を隔てる、絶対の格差の何たるかを。
「……薄いんだ。まるで綿のようにね」
クレスは、再び己の右手を掲げ、そこに時空の波動をもう一度宿らせる。
ロイドのそれほど鮮やかではなくとも、あたかも実体を持っているかのような、密な蒼の光を。
「なるほど、木刀の表面に時空のエネルギーをコーティングして、それを循環させることで持続性と
安定性を両立させ、同時に絶対的に不足している武器の破壊力を補うという考えまではいい。
君ならたとえその木刀でも、甲冑をまとった騎士の体を、その甲冑ごと輪切りにするくらい、
やってやれなくはないだろうさ。
でもね……」
今度はエターナルソードを再び地面に突き立て、開いた左手でそれを指差す。
先ほどロイドの攻撃を二度まで防いだ、己の右手を。
「君の練るエネルギーは、あくまで『綿』に過ぎない。そこに『鋼』の密度はないんだ。
結果として、僕なら素手でも受け止められるほど、君の攻撃はナマクラなままさ。
本来気を練る練習さえやっておけば、その時体得した練気術のコツで、僕くらいの密度なんて軽く達成できる」
「…………ッ!!」
これもまた、ロイドには反論しきれない正論。
確かにロイドは、我流で覚えた剣術ゆえに、無形ではあるがその本質は脆弱である。
ある程度以上洗練された流派であれば、剣術と共に教えられるはずの練気術を、ロイドはまるで知らない。
「魔神剣」のような闘気主体の攻撃も、ほとんど感覚的に闘気を練り上げているだけに過ぎない。
たとえるならロイドの練る気による攻撃は、限界まで弦を引き絞らずに放たれる矢のようなもの。
限界まで弦を引けば得られたはずの本来の破壊力を、最初から放棄しているようなものなのだ。
対するクレス。彼の修めるアルベイン流には、体内の闘気を操作する技も複数存在する。
気を練る術をきちんと知る者と知らぬ者。この差は、余りにも歴然としていた。
「まあ、これなら時空剣技のみで戦った場合、君とは五分の勝負ってところだね。
けれども僕は、ここからまだ二段階レベルを引き上げられる。
時空剣技に次いで、僕の元々修めていた剣術を解禁してまず一段階。
そして、更にそこからもう一段階レベルを引き上げて、僕はようやく本気。
……これが何を意味するか、君には分かるね?」
「…………」
勝てない。
ロイドは、クレスに勝つことは出来ない。
無論、ロイドはその事実など、この戦いの始まる前から分かりきっていた。
けれども、彼我を隔てる技量差が、ここまで圧倒的だったとは。
万丈の山よりも高く、千尋の谷よりも深い。
もはやいかなる奇跡ですら、埋められない差。
「もう一つ一つ、一応君に質問だ。
まさか、これで僕が本気で戦っているだなんて勘違いは、しちゃいないだろうね?」
「!!」
今度はロイドの表情が、いびつに歪む番だった。
クレスは、そして落胆を隠し切れない様子で、ロイドの顔を静かに見据える。
「やれやれ、昨日は同じくオリジンに時空剣士として選ばれた君を見つけて、
意気揚々と手合わせしてみれば、何のことはない。あの金髪の剣士と同程度かそこら、だ」
金髪の剣士を……すなわちスタンを侮蔑するクレスに反駁する言葉を、ロイドは持ち合わせてはいなかった。
無念の余りに、ロイドは眉間に急峻な皺を寄せ、怒りを堪える。
対するクレスは、そしてどこまでもそのロイドの怒りを無視するかのごとくに続ける。
「ま、戦いながらの成長を期待して、実力の三割程度で遊んでいてやったら、結果として君を殺りそこねた。
その事については後悔したけれど、君が雪辱戦に向け、更に喰い甲斐のある獲物に成長してくれれば、
それもまたよし、と割り切ることにしたんだ。
けど、結果はこれ。
実につまらないね。君はやっぱり雑魚のままじゃないか。
僕が本気を出したら、君なんて秒殺を通り越して瞬殺してしまうよ」
「瞬殺だと……!?」
ロイドの堪忍袋の緒は、そこで引き千切れた。
「嘗めた口を叩くのも大概にしろよ……今までさんざんに人を殺してきた分際でッ!!!」
義父ダイクがこの場にいたら、即座にロイドを張り倒していたであろう程の、下劣で野蛮な言葉が口をついて出る。
母アンナを殺したクヴァルや、ジーニアスを傷付けようとしたミトスにすらぶつけなかったほどの、激しい罵詈雑言。
「まず、君の練る時空のエネルギーはね……」
だがそれをただ無視するかのようにして、クレスはエターナルソードの腹でトントンと己の肩を叩いた。
そして静かに告げる。彼我を隔てる、絶対の格差の何たるかを。
「……薄いんだ。まるで綿のようにね」
クレスは、再び己の右手を掲げ、そこに時空の波動をもう一度宿らせる。
ロイドのそれほど鮮やかではなくとも、あたかも実体を持っているかのような、密な蒼の光を。
「なるほど、木刀の表面に時空のエネルギーをコーティングして、それを循環させることで持続性と
安定性を両立させ、同時に絶対的に不足している武器の破壊力を補うという考えまではいい。
君ならたとえその木刀でも、甲冑をまとった騎士の体を、その甲冑ごと輪切りにするくらい、
やってやれなくはないだろうさ。
でもね……」
今度はエターナルソードを再び地面に突き立て、開いた左手でそれを指差す。
先ほどロイドの攻撃を二度まで防いだ、己の右手を。
「君の練るエネルギーは、あくまで『綿』に過ぎない。そこに『鋼』の密度はないんだ。
結果として、僕なら素手でも受け止められるほど、君の攻撃はナマクラなままさ。
本来気を練る練習さえやっておけば、その時体得した練気術のコツで、僕くらいの密度なんて軽く達成できる」
「…………ッ!!」
これもまた、ロイドには反論しきれない正論。
確かにロイドは、我流で覚えた剣術ゆえに、無形ではあるがその本質は脆弱である。
ある程度以上洗練された流派であれば、剣術と共に教えられるはずの練気術を、ロイドはまるで知らない。
「魔神剣」のような闘気主体の攻撃も、ほとんど感覚的に闘気を練り上げているだけに過ぎない。
たとえるならロイドの練る気による攻撃は、限界まで弦を引き絞らずに放たれる矢のようなもの。
限界まで弦を引けば得られたはずの本来の破壊力を、最初から放棄しているようなものなのだ。
対するクレス。彼の修めるアルベイン流には、体内の闘気を操作する技も複数存在する。
気を練る術をきちんと知る者と知らぬ者。この差は、余りにも歴然としていた。
「まあ、これなら時空剣技のみで戦った場合、君とは五分の勝負ってところだね。
けれども僕は、ここからまだ二段階レベルを引き上げられる。
時空剣技に次いで、僕の元々修めていた剣術を解禁してまず一段階。
そして、更にそこからもう一段階レベルを引き上げて、僕はようやく本気。
……これが何を意味するか、君には分かるね?」
「…………」
勝てない。
ロイドは、クレスに勝つことは出来ない。
無論、ロイドはその事実など、この戦いの始まる前から分かりきっていた。
けれども、彼我を隔てる技量差が、ここまで圧倒的だったとは。
万丈の山よりも高く、千尋の谷よりも深い。
もはやいかなる奇跡ですら、埋められない差。
どれほど剛毅な剣士ですら、絶望の余り涙を流すであろうほどに、隔絶された勝利への道。
(……でもな……まだ俺にも勝てる可能性は残されているんだぜ?)
だが、ロイドは違う。
まだそこに奇跡は残されている。
剃刀の刃一枚さえ通らないほどの、細過ぎる勝利への道は。
真の闇の中に一筋だけ存在する光は、そこにある。
ロイドは、再び似合わないとは知りつつも、不敵な笑みを浮かべてみせる。
絶望に負けない強靭な意志が、笑みから垣間見える。
「……さあな、俺にはさっぱり分からないぜ?
俺、イセリアの学校の成績は、図工と体育以外いつもドンケツだったバカだからな」
この島で血みどろの死闘、暗過ぎる人間の闇を味わい続けたロイドは、
もはやその事実をわざわざ本人に告げてやるほどには、愚劣ではなかった。
(お前の弱点は、例のデミテルの呪術……あれによる発作だ!)
ロイドが選び取っていた戦術は、この朝ヴェイグにより提案され、キールと自身で否定したはずのあの手。
すなわち、消耗戦に持ち込むことであった。
デミテルの呪術による発作……真実を知る者の言うところの、麻薬の禁断症状。
クレスの例の発作が、戦闘の最中に発生するというわずかな可能性に、勝利への道を求める。
そもそも、ロイド自身が朝方、消耗戦に持ち込むことを否定した理由は、それに他ならない。
クレスに上回られているスタミナ。消耗戦に持ち込まれれば、先に音を上げるのは自身だと分かり切っていた。
だが、朝から状況は大きく変わった。シャーリィとの交戦により。
シャーリィが与えたフェアリィリング。
シャーリィが奪ったロイドの心臓。
今やほぼ完璧に死体も同然と化したこの肉体は、疲労を覚えない。
肉体自体の物理的限界が訪れるその瞬間まで、ロイドは全力全開で戦うことを許されたのだ。
そして、精神力や闘気の損耗を半減させるフェアリィリングは、実質的にロイドの持続力を倍化させる。
これらの力を以ってすれば、あるいは消耗戦の中にクレス撃破の糸口が見つかるやも分からない。
無論、一応とは言え見切っている時空剣技が直撃し、それによる完全な死を受け取る可能性は見越してはいる。
だがそれによる死など、もはや計算に入れたところで大差はない。
どの道「死ぬ」という運命が確定的なら、「死ぬかもしれない」という程度の危険など、顧みる価値はあろうものか。
それに、今のロイドには守らねばならない急所はわずか二箇所。
一箇所は脳。
それも脳の深部まで破壊されねば、死は訪れない。
脳の外側を破壊されただけであれば、天使は理性を失い狂戦士(バーサーカー)と化す。
それでも、天使は戦闘継続が可能なのだ。
もう一箇所は言わずもがなのエクスフィア。エクスフィアの破壊により天使化を維持できなくなれば、その結果は明白。
けれども、この二箇所さえ攻撃されねば、ロイドは死なない。
痛覚神経の死滅した肉体に、激痛によるショック死はありえない。
通常の生命活動を終了させた肉体に、大出血によるショック症状や、内臓破裂のような損傷は意味を成さない。
たとえ内臓を一つ残さず抉り取られたとしても、筋肉と骨さえ無事なら、戦闘にはほぼ支障はないのだ。
不死者の肉体と、同じように。
ある意味自暴自棄のニュアンスさえ漂わせ、クレスに挑発的な言葉を投げかけるロイド。
そのロイドに、哀れみとも遣る瀬無さとも取れる視線を浴びせるクレス。
沈黙は、突如として後者の手により破られた。
「……僕には分からないね。
君は不撓不屈の勇気を胸に秘めた真の勇者なのか……
はたまた、本当に救いようのない底無しの馬鹿なのか。
その目は、強がりやハッタリではなく、本当に恐怖を覚えていない人間の目だ」
かちゃり。
クレスは大剣に分類されるであろうはずのエターナルソードを、軽々と一回転させながら正眼に構え直した。
構えた腕の隙間から、口元が狂気に歪むのが覗けた。
「僕は凄く興味があるね。君が本当に恐怖を覚えずにいられるのか」
ロイドはその問いかけに、心の中でイエスと答えた。
本来恐怖という感情は、生物がその個体を維持するために元来持ち合わせている感情。
そして恐怖は大体の場合、精神的、肉体的苦痛から引き起こされる。
肉体的苦痛をすでに覚えなくなっているロイドには、もはや恐怖という感情は縁遠いものなのだ。
それはまた、生物としての枠からもすでに、縁遠い存在になりつつある証左でもあるのだが。
「本当に君が恐怖を覚えずにいられるかどうか、試してみたいな。
ちょっと気が変わったよ。
僕はこれから、一瞬だけ本気を出してあげよう。さっき言っていたレベルを、一気に二段階引き上げる」
(……でもな……まだ俺にも勝てる可能性は残されているんだぜ?)
だが、ロイドは違う。
まだそこに奇跡は残されている。
剃刀の刃一枚さえ通らないほどの、細過ぎる勝利への道は。
真の闇の中に一筋だけ存在する光は、そこにある。
ロイドは、再び似合わないとは知りつつも、不敵な笑みを浮かべてみせる。
絶望に負けない強靭な意志が、笑みから垣間見える。
「……さあな、俺にはさっぱり分からないぜ?
俺、イセリアの学校の成績は、図工と体育以外いつもドンケツだったバカだからな」
この島で血みどろの死闘、暗過ぎる人間の闇を味わい続けたロイドは、
もはやその事実をわざわざ本人に告げてやるほどには、愚劣ではなかった。
(お前の弱点は、例のデミテルの呪術……あれによる発作だ!)
ロイドが選び取っていた戦術は、この朝ヴェイグにより提案され、キールと自身で否定したはずのあの手。
すなわち、消耗戦に持ち込むことであった。
デミテルの呪術による発作……真実を知る者の言うところの、麻薬の禁断症状。
クレスの例の発作が、戦闘の最中に発生するというわずかな可能性に、勝利への道を求める。
そもそも、ロイド自身が朝方、消耗戦に持ち込むことを否定した理由は、それに他ならない。
クレスに上回られているスタミナ。消耗戦に持ち込まれれば、先に音を上げるのは自身だと分かり切っていた。
だが、朝から状況は大きく変わった。シャーリィとの交戦により。
シャーリィが与えたフェアリィリング。
シャーリィが奪ったロイドの心臓。
今やほぼ完璧に死体も同然と化したこの肉体は、疲労を覚えない。
肉体自体の物理的限界が訪れるその瞬間まで、ロイドは全力全開で戦うことを許されたのだ。
そして、精神力や闘気の損耗を半減させるフェアリィリングは、実質的にロイドの持続力を倍化させる。
これらの力を以ってすれば、あるいは消耗戦の中にクレス撃破の糸口が見つかるやも分からない。
無論、一応とは言え見切っている時空剣技が直撃し、それによる完全な死を受け取る可能性は見越してはいる。
だがそれによる死など、もはや計算に入れたところで大差はない。
どの道「死ぬ」という運命が確定的なら、「死ぬかもしれない」という程度の危険など、顧みる価値はあろうものか。
それに、今のロイドには守らねばならない急所はわずか二箇所。
一箇所は脳。
それも脳の深部まで破壊されねば、死は訪れない。
脳の外側を破壊されただけであれば、天使は理性を失い狂戦士(バーサーカー)と化す。
それでも、天使は戦闘継続が可能なのだ。
もう一箇所は言わずもがなのエクスフィア。エクスフィアの破壊により天使化を維持できなくなれば、その結果は明白。
けれども、この二箇所さえ攻撃されねば、ロイドは死なない。
痛覚神経の死滅した肉体に、激痛によるショック死はありえない。
通常の生命活動を終了させた肉体に、大出血によるショック症状や、内臓破裂のような損傷は意味を成さない。
たとえ内臓を一つ残さず抉り取られたとしても、筋肉と骨さえ無事なら、戦闘にはほぼ支障はないのだ。
不死者の肉体と、同じように。
ある意味自暴自棄のニュアンスさえ漂わせ、クレスに挑発的な言葉を投げかけるロイド。
そのロイドに、哀れみとも遣る瀬無さとも取れる視線を浴びせるクレス。
沈黙は、突如として後者の手により破られた。
「……僕には分からないね。
君は不撓不屈の勇気を胸に秘めた真の勇者なのか……
はたまた、本当に救いようのない底無しの馬鹿なのか。
その目は、強がりやハッタリではなく、本当に恐怖を覚えていない人間の目だ」
かちゃり。
クレスは大剣に分類されるであろうはずのエターナルソードを、軽々と一回転させながら正眼に構え直した。
構えた腕の隙間から、口元が狂気に歪むのが覗けた。
「僕は凄く興味があるね。君が本当に恐怖を覚えずにいられるのか」
ロイドはその問いかけに、心の中でイエスと答えた。
本来恐怖という感情は、生物がその個体を維持するために元来持ち合わせている感情。
そして恐怖は大体の場合、精神的、肉体的苦痛から引き起こされる。
肉体的苦痛をすでに覚えなくなっているロイドには、もはや恐怖という感情は縁遠いものなのだ。
それはまた、生物としての枠からもすでに、縁遠い存在になりつつある証左でもあるのだが。
「本当に君が恐怖を覚えずにいられるかどうか、試してみたいな。
ちょっと気が変わったよ。
僕はこれから、一瞬だけ本気を出してあげよう。さっき言っていたレベルを、一気に二段階引き上げる」
刹那、クレスの周囲の空気が、その流れを止めた。厳密に言えば、クレスの鬼気により「止められた」。
「けれども、君を瞬殺してしまっては面白くない。
そうだな、スピードを二拍子か三拍子ぐらい遅らせて、やってみようか」
高まる闘気。空気がその強烈な圧力に耐え切れず、無数の紫電をクレスの周囲でスパークさせる。
下級の魔物ならば、触れるだけでも即死できるほどに、闘気の爆圧は加速度的に膨れ上がっていく。
「さて――この技の正体に気が付いても、君は恐怖を覚えずにいられるのかな?」
クレスの姿が、かき消えた。
づぐん、となくなったはずの心臓が、風穴の開いたロイドの左胸で跳ねたような錯覚。
世界は、一瞬にして色彩を失っていた。
まさか、クレスは『タイムストップ』を用いたのか、とも一瞬思ったが、違う。
これは、命を失うかもしれないという危機感が極限まで高まった際起こる、時流が鈍化したかのような錯覚――。
ロイドにはそれ以上の思考を行う余力などなかった。
密林を流れる泥流のように遅くなった時の流れの中、
ロイドは己の本能だけで、残された右手のウッドブレードを構え、自らの身を守った。
ほんの一瞬前まで、距離にして二十歩近くあったクレスとの間合いは、すでに剣の間合いだった。
ずお、と破壊の刃がロイドの下段から迫る。
灰色の世界の中、クレスの振るうエターナルソードの蒼色だけが、唯一色彩を帯びてぎらぎらと光っていた。
この動きは、『次元斬』ではない。
ロイドはそんな思考を行う時間も惜しいとばかりに、反射的にウッドブレードで守りの構えを作る。
ロイドの構えたウッドブレードは、蒼の噴炎に接触した瞬間。
両断でも焼失でも粉砕でもなく。
消滅していた。
ウッドブレードを構成する木の繊維一本一本まで、この世界から存在を消去される。
しかしロイドはそれすらも確認できずに、反射的にその背を反らせ、「死」ではなく「滅」を湛えた蒼刃から逃れる。
紙一重。
ウッドブレードによるエターナルソードの減速をかけた上で、あと一瞬でも緊急回避が遅れていたなら、
ロイドの顔面は真っ二つにかち割られ、下手をすれば脳にまで刃が到達していたかも知れない。
後方にのけぞる勢いのまま、ロイドは後方宙返りの構え。
このまま尻餅を突くに任せていたら、そこからの体勢の立て直しが間に合わない。
のけ反りながら両腕を頭上に投げ出し、背から地面に倒れ込むロイド。
そのまま、逆立ちの体勢に入る。
霧が晴れ、徐々に青みを増してきた空がロイドの視界に入ってきた頃。
ロイドの全身の毛が、一気に逆立った。
自分の前方にいるはずのクレスの殺気が、「ない」。
クレスが滅心の法で殺気を消したとしても、余りにも唐突な消失。
ということは、クレスがたった今行った行為は――
(まさか!?)
ロイドは己の剣士の勘に、ひたすらに忠実に従った。
後方宙返りをこのまま続けていたら、クレスに次の瞬間両断される!
理由は分からないが、ロイドはとっさにそう判断し、背の翼を全力で振るった。
この状態、次に足が地面に着くまで回避行動を待っていたら、足どころか全身が地面に着いている。斃されて。
ならば、緊急回避の手段は。
(これしかないッ!!)
手段を選び取ったロイドは、実行に一瞬の遅滞もなかった。
幸い発動させたままのEXスキル「スカイキャンセル」を活かしての、空中での剣技の使用。
(間に合ってくれ! 火炎裂空!!)
あえて打つのは、ガーネットによる炎気を秘めた『裂空斬』、すなわち『火炎裂空』。
攻撃の回避を目的として剣技を放つのなら、その隙は少ない方がいい。
この状態で上位技の『真空裂斬』を放っていたら、余りにも隙が大き過ぎる。
ロイドは逆立ちの状態から『火炎裂空』を放ち。
そして再び前方への移動を開始したのと、それはほぼ同時だった。
背中の肉を一直線に裂かれ、骨が軋むその手応え。
そこに一切激痛は走らないのは、ある意味不気味とすら言える。
それでも。
「ぐあああああああっ!!!」
ロイドは口から迸る悲鳴を、抑えることは出来なかった。
「けれども、君を瞬殺してしまっては面白くない。
そうだな、スピードを二拍子か三拍子ぐらい遅らせて、やってみようか」
高まる闘気。空気がその強烈な圧力に耐え切れず、無数の紫電をクレスの周囲でスパークさせる。
下級の魔物ならば、触れるだけでも即死できるほどに、闘気の爆圧は加速度的に膨れ上がっていく。
「さて――この技の正体に気が付いても、君は恐怖を覚えずにいられるのかな?」
クレスの姿が、かき消えた。
づぐん、となくなったはずの心臓が、風穴の開いたロイドの左胸で跳ねたような錯覚。
世界は、一瞬にして色彩を失っていた。
まさか、クレスは『タイムストップ』を用いたのか、とも一瞬思ったが、違う。
これは、命を失うかもしれないという危機感が極限まで高まった際起こる、時流が鈍化したかのような錯覚――。
ロイドにはそれ以上の思考を行う余力などなかった。
密林を流れる泥流のように遅くなった時の流れの中、
ロイドは己の本能だけで、残された右手のウッドブレードを構え、自らの身を守った。
ほんの一瞬前まで、距離にして二十歩近くあったクレスとの間合いは、すでに剣の間合いだった。
ずお、と破壊の刃がロイドの下段から迫る。
灰色の世界の中、クレスの振るうエターナルソードの蒼色だけが、唯一色彩を帯びてぎらぎらと光っていた。
この動きは、『次元斬』ではない。
ロイドはそんな思考を行う時間も惜しいとばかりに、反射的にウッドブレードで守りの構えを作る。
ロイドの構えたウッドブレードは、蒼の噴炎に接触した瞬間。
両断でも焼失でも粉砕でもなく。
消滅していた。
ウッドブレードを構成する木の繊維一本一本まで、この世界から存在を消去される。
しかしロイドはそれすらも確認できずに、反射的にその背を反らせ、「死」ではなく「滅」を湛えた蒼刃から逃れる。
紙一重。
ウッドブレードによるエターナルソードの減速をかけた上で、あと一瞬でも緊急回避が遅れていたなら、
ロイドの顔面は真っ二つにかち割られ、下手をすれば脳にまで刃が到達していたかも知れない。
後方にのけぞる勢いのまま、ロイドは後方宙返りの構え。
このまま尻餅を突くに任せていたら、そこからの体勢の立て直しが間に合わない。
のけ反りながら両腕を頭上に投げ出し、背から地面に倒れ込むロイド。
そのまま、逆立ちの体勢に入る。
霧が晴れ、徐々に青みを増してきた空がロイドの視界に入ってきた頃。
ロイドの全身の毛が、一気に逆立った。
自分の前方にいるはずのクレスの殺気が、「ない」。
クレスが滅心の法で殺気を消したとしても、余りにも唐突な消失。
ということは、クレスがたった今行った行為は――
(まさか!?)
ロイドは己の剣士の勘に、ひたすらに忠実に従った。
後方宙返りをこのまま続けていたら、クレスに次の瞬間両断される!
理由は分からないが、ロイドはとっさにそう判断し、背の翼を全力で振るった。
この状態、次に足が地面に着くまで回避行動を待っていたら、足どころか全身が地面に着いている。斃されて。
ならば、緊急回避の手段は。
(これしかないッ!!)
手段を選び取ったロイドは、実行に一瞬の遅滞もなかった。
幸い発動させたままのEXスキル「スカイキャンセル」を活かしての、空中での剣技の使用。
(間に合ってくれ! 火炎裂空!!)
あえて打つのは、ガーネットによる炎気を秘めた『裂空斬』、すなわち『火炎裂空』。
攻撃の回避を目的として剣技を放つのなら、その隙は少ない方がいい。
この状態で上位技の『真空裂斬』を放っていたら、余りにも隙が大き過ぎる。
ロイドは逆立ちの状態から『火炎裂空』を放ち。
そして再び前方への移動を開始したのと、それはほぼ同時だった。
背中の肉を一直線に裂かれ、骨が軋むその手応え。
そこに一切激痛は走らないのは、ある意味不気味とすら言える。
それでも。
「ぐあああああああっ!!!」
ロイドは口から迸る悲鳴を、抑えることは出来なかった。
*
その光景を目にしたアトワイトは、阿呆のように開いた口が塞がらなかった。
(これが……)
これが、本当に人間同士の決闘だとでも言うのか。
辺りは、まるで地殻破壊兵器ベルクラントを撃ち込まれたのかと勘違いしたくなるような、
廃墟も同然の惨状を呈していた。
石畳は破壊され、むき出しの地面は農耕を行うにしても過剰なほどズタズタに掘り返され、
周囲の空き家は巻き起こる剣風で漆喰や瓦が剥げ落ち、あまつさえその内数軒は、木っ端微塵の瓦礫になっている。
大地震と大嵐が一度に襲ってきたら、こんな光景を再現できるだろうか。
天地戦争を戦い抜いたアトワイトすら、ここまで激しい破壊の爪跡を見たことは稀である。
この光景を見るアトワイトに、次に去来した感情。
それは脅威、もしくは恐怖。
この力、余りにも強大過ぎる。余りにも危険過ぎる。
クレス・アルベイン、そしてロイド・アーヴィングが持つ力、よもやこれ程とは。
先ほどから聞こえていた破壊音の数々は、幻聴ではなかったことを、アトワイトは思い知った。
(果たしてこれほどの戦闘力を持つ二者のうちのどちらかを……私の力で確保できるかしら?)
わざわざ自らに問うような手間をかけるまでもない。
不可能。
粉塵で黄土色がかった霧の向こう側で斬り合う二者の、超絶の剣舞を見るだけで判断できる。
あの中に飛び込んで、この器が完全に壊れる前にどちらかを生け捕りにするなど、無謀にも程がある。
あの剣舞の中に飛び込んだなら、巻き添えを食ってなます切りにされる以外の運命など、思いもつかない。
そもそも、こうして家屋の影に隠れていることすら、勇気と蛮勇の境に位置するほどの危険な行為なのだ。
ならば、今打てる手は一つきり。
(このまま2人に発見されないように待機し、どちらかが倒れるまで粘る。
そのあと弱った片方を生け捕りにする、というところかしらね)
要するに、漁夫の利狙い。
アトワイトに今できることは、現在戦闘中の二者が限りなく五分五分に近い戦闘を演じ、
そして刺し違え……すなわち双方共倒れ以外の終結を迎えてくれることを祈るのみ。
限りなく五分五分に近い。しかし完全に五分五分であってはならない。
ある種矛盾した祈りを、アトワイトは静かに捧げた。
祈りを捧げてすぐに、それは詮無いものであると気付くに至るのだが。
これほどまでの、地獄を地上に再現せんばかりの死の乱舞の中、まだ白銀の剣士クレスには、余裕がある。
凡庸な剣士なら一撃で問答無用に葬り去られるであろうロイドの太刀筋を、クレスは紙一重でかわし続けている。
無論、クレスの「紙一重」とは余裕の紙一重。
太刀筋をほぼ完璧に見切っているからこそできる、疲労と隙を最小限に抑えた回避行動。
対するロイドもまた、同じくクレスの攻撃を紙一重でさばいている。
しかしロイドの「紙一重」はクレスとは正反対。辛うじての紙一重。
余りにも速く鋭く重いクレスの太刀がクリーンヒットするのを、何とか防いでいるに過ぎない。
肉体が天使化していなければ、ロイドはとっくに疲労のもたらす隙で致命打を被っているだろう。
アトワイトはミトスに授けられた天使という存在についての知識と、ロイドの背の光翼を結び付け、その知見を導く。
(それにしても……)
天使化していないロイドなら、すでに何十回と殺されているであろうクレスの剣技に、アトワイトは怯えを隠せない。
この剣のレベル、全盛期のディムロスのそれすら確実に数段以上……下手をすれば十段近く凌駕しているかも知れない。
もし万一、己が上官たるミトスがクレスと直接対決するような事態にでもなったら、互角の勝負すら挑めるかどうか。
今のミトスにはミスティシンボルがある。
接近戦の間合いでも、剣を交えながら上級魔術の詠唱が可能という、ある種反則じみた能力を秘めている。
だがその反則技を以ってしても、ミトスはクレスと同じ土俵に入れるかどうか。
それ以前に、この島の異常な晶力下では、広範囲に作用する魔術は敵味方無差別に巻き込むことは周知の事実。
剣の間合いでは、下手に魔術を行使すれば、最悪術者が自身の魔術に巻き込まれ、自滅する危険すらあるのだ。
そしてクレスを相手に、ミトスは魔術の間合いを取れるように立ち回ることは出来るのか。
それを思えば、ミトスですらクレス相手には、劣勢の戦いを強いられる可能性は高い。
こうなっては、アトワイトの詮無い祈りは、ますます切ないものとなる。
こうなってはもう片方の剣士……ロイドが一発逆転を可能とする切り札を、隠し持っていることを期待するほかない。
そう、あの赤の服を着た少年が……。
けれども、その願いは結局届かぬままに終わった。
ロイドはそのまま、地面に叩き伏せられた。
これが、本当に人間同士の決闘だとでも言うのか。
辺りは、まるで地殻破壊兵器ベルクラントを撃ち込まれたのかと勘違いしたくなるような、
廃墟も同然の惨状を呈していた。
石畳は破壊され、むき出しの地面は農耕を行うにしても過剰なほどズタズタに掘り返され、
周囲の空き家は巻き起こる剣風で漆喰や瓦が剥げ落ち、あまつさえその内数軒は、木っ端微塵の瓦礫になっている。
大地震と大嵐が一度に襲ってきたら、こんな光景を再現できるだろうか。
天地戦争を戦い抜いたアトワイトすら、ここまで激しい破壊の爪跡を見たことは稀である。
この光景を見るアトワイトに、次に去来した感情。
それは脅威、もしくは恐怖。
この力、余りにも強大過ぎる。余りにも危険過ぎる。
クレス・アルベイン、そしてロイド・アーヴィングが持つ力、よもやこれ程とは。
先ほどから聞こえていた破壊音の数々は、幻聴ではなかったことを、アトワイトは思い知った。
(果たしてこれほどの戦闘力を持つ二者のうちのどちらかを……私の力で確保できるかしら?)
わざわざ自らに問うような手間をかけるまでもない。
不可能。
粉塵で黄土色がかった霧の向こう側で斬り合う二者の、超絶の剣舞を見るだけで判断できる。
あの中に飛び込んで、この器が完全に壊れる前にどちらかを生け捕りにするなど、無謀にも程がある。
あの剣舞の中に飛び込んだなら、巻き添えを食ってなます切りにされる以外の運命など、思いもつかない。
そもそも、こうして家屋の影に隠れていることすら、勇気と蛮勇の境に位置するほどの危険な行為なのだ。
ならば、今打てる手は一つきり。
(このまま2人に発見されないように待機し、どちらかが倒れるまで粘る。
そのあと弱った片方を生け捕りにする、というところかしらね)
要するに、漁夫の利狙い。
アトワイトに今できることは、現在戦闘中の二者が限りなく五分五分に近い戦闘を演じ、
そして刺し違え……すなわち双方共倒れ以外の終結を迎えてくれることを祈るのみ。
限りなく五分五分に近い。しかし完全に五分五分であってはならない。
ある種矛盾した祈りを、アトワイトは静かに捧げた。
祈りを捧げてすぐに、それは詮無いものであると気付くに至るのだが。
これほどまでの、地獄を地上に再現せんばかりの死の乱舞の中、まだ白銀の剣士クレスには、余裕がある。
凡庸な剣士なら一撃で問答無用に葬り去られるであろうロイドの太刀筋を、クレスは紙一重でかわし続けている。
無論、クレスの「紙一重」とは余裕の紙一重。
太刀筋をほぼ完璧に見切っているからこそできる、疲労と隙を最小限に抑えた回避行動。
対するロイドもまた、同じくクレスの攻撃を紙一重でさばいている。
しかしロイドの「紙一重」はクレスとは正反対。辛うじての紙一重。
余りにも速く鋭く重いクレスの太刀がクリーンヒットするのを、何とか防いでいるに過ぎない。
肉体が天使化していなければ、ロイドはとっくに疲労のもたらす隙で致命打を被っているだろう。
アトワイトはミトスに授けられた天使という存在についての知識と、ロイドの背の光翼を結び付け、その知見を導く。
(それにしても……)
天使化していないロイドなら、すでに何十回と殺されているであろうクレスの剣技に、アトワイトは怯えを隠せない。
この剣のレベル、全盛期のディムロスのそれすら確実に数段以上……下手をすれば十段近く凌駕しているかも知れない。
もし万一、己が上官たるミトスがクレスと直接対決するような事態にでもなったら、互角の勝負すら挑めるかどうか。
今のミトスにはミスティシンボルがある。
接近戦の間合いでも、剣を交えながら上級魔術の詠唱が可能という、ある種反則じみた能力を秘めている。
だがその反則技を以ってしても、ミトスはクレスと同じ土俵に入れるかどうか。
それ以前に、この島の異常な晶力下では、広範囲に作用する魔術は敵味方無差別に巻き込むことは周知の事実。
剣の間合いでは、下手に魔術を行使すれば、最悪術者が自身の魔術に巻き込まれ、自滅する危険すらあるのだ。
そしてクレスを相手に、ミトスは魔術の間合いを取れるように立ち回ることは出来るのか。
それを思えば、ミトスですらクレス相手には、劣勢の戦いを強いられる可能性は高い。
こうなっては、アトワイトの詮無い祈りは、ますます切ないものとなる。
こうなってはもう片方の剣士……ロイドが一発逆転を可能とする切り札を、隠し持っていることを期待するほかない。
そう、あの赤の服を着た少年が……。
けれども、その願いは結局届かぬままに終わった。
ロイドはそのまま、地面に叩き伏せられた。
対するクレスは、底無しのスタミナを誇る天使を相手にしてすら、まるで疲労している様子がない。
クレスの動きは、アトワイトをしてアクアヴェイルの山奥に住まう、拳法の老師を思い出さしめていた。
まるで、その動きに無駄がない。
かわさねば死ぬ攻撃は、最小限の動きのみでかわす。
筋肉の余計な緊張は皆無と言い切っていいほどに滑らかで軽やかな動きは、さながら風に舞う鳥の羽毛の如し。
そして繰り出されるどの一撃にも、あっさりと人を殺める重さと鋭さが兼ね備わっている。
とうとうロイドは、地面に横たわったまま、動けなくなった。
クレスは、地面に這いつくばったロイドを睨んだまま、何事か呟いている。
その呟きの声は、彼らの背後で崩落する家の破壊音に阻まれ、聞こえなかった。
青ざめたクレスの凶刃が、大上段に振り上げられた。
そのまま落ちた。
地面を割り裂く音と共に、ロイドの姿はもうもうたる土煙にかき消された。
アトワイトは、それを見てこの戦域からの離脱を決意した。
ロイドが撃破されたのならば、自身のみによるクレスの捕縛は不可能。よって、ここにいる意味はない。
クレス・アルベインの……彼の脅威的戦闘力を観察できただけでも、もっけの幸いと考えるべきであろう。
むしろ、クレスのこれほどまでの戦闘力について、直ちに報告しなければミトスの作戦すら危うい。
確かにミトスはクレスの戦闘力を侮ってはいない。だが、これほどのものとも想定はしていないのだ。
彼らの戦いの輪があった処から、アトワイトは背を向け去った。
背の天使の翼で、ここに来た時と同じくして、跳躍を試みるアトワイト。
悲劇は、そこにあった。
地面を踏み切ろうと、前に投げ出されたアトワイトの右足は、小石ほどの大きさの瓦礫を踏みつけ――。
アトワイトの心を宿したコレットの肉体は、盛大な音を立てて転倒した。
クレスの動きは、アトワイトをしてアクアヴェイルの山奥に住まう、拳法の老師を思い出さしめていた。
まるで、その動きに無駄がない。
かわさねば死ぬ攻撃は、最小限の動きのみでかわす。
筋肉の余計な緊張は皆無と言い切っていいほどに滑らかで軽やかな動きは、さながら風に舞う鳥の羽毛の如し。
そして繰り出されるどの一撃にも、あっさりと人を殺める重さと鋭さが兼ね備わっている。
とうとうロイドは、地面に横たわったまま、動けなくなった。
クレスは、地面に這いつくばったロイドを睨んだまま、何事か呟いている。
その呟きの声は、彼らの背後で崩落する家の破壊音に阻まれ、聞こえなかった。
青ざめたクレスの凶刃が、大上段に振り上げられた。
そのまま落ちた。
地面を割り裂く音と共に、ロイドの姿はもうもうたる土煙にかき消された。
アトワイトは、それを見てこの戦域からの離脱を決意した。
ロイドが撃破されたのならば、自身のみによるクレスの捕縛は不可能。よって、ここにいる意味はない。
クレス・アルベインの……彼の脅威的戦闘力を観察できただけでも、もっけの幸いと考えるべきであろう。
むしろ、クレスのこれほどまでの戦闘力について、直ちに報告しなければミトスの作戦すら危うい。
確かにミトスはクレスの戦闘力を侮ってはいない。だが、これほどのものとも想定はしていないのだ。
彼らの戦いの輪があった処から、アトワイトは背を向け去った。
背の天使の翼で、ここに来た時と同じくして、跳躍を試みるアトワイト。
悲劇は、そこにあった。
地面を踏み切ろうと、前に投げ出されたアトワイトの右足は、小石ほどの大きさの瓦礫を踏みつけ――。
アトワイトの心を宿したコレットの肉体は、盛大な音を立てて転倒した。
*
ロイドは、力なく地面に横たわっていた。
今度は、すでに自力で立ち上がる力を失ってしまったかのように、その身じろぎすらも緩慢だった。
しかし、ロイドは地面との口付けをそれ以上許されなかった。
がし、という音がロイドの上から、響いた。
ロイドの逆立った鳶色の髪は、クレスの手により強引に掴み上げられていた。
ロイドの両目は、そこにいる男の顔を嫌でも捉える羽目になった。
剣鬼クレス・アルベインの顔を。
「どうだったかな? 僕の『本気』の味は?」
クレスにもし正常な判断力があったとしたら、こんな問いかけなどわざわざするにも足るまい。
ロイドの生気を失った、その両目を見れば。
絶望。ブラックソディよりも苦い、絶望。
(こんな……こんな化け物に勝てって言うのかよ……?)
ロイドはこの時ばかりは、オリジンとの契約により手に入れた時空剣士の力を憎んだ。
クレスが先ほど仕掛けた攻撃の正体は、ロイドには分かっていた。
理論だの直感だの、そんな回りくどい道筋をすっ飛ばして、即座に理解にまで達してしまった。
(あんな技……アビシオンや……ミトスすら不可能だったんだぞ……!?)
先ほど起こった事態は、大まかに言えば次の順になる。
まずクレスは空間転移を行い、離れていたはずのロイドとの間合いを、一気に剣の間合いに詰めた。
そして、時空エネルギーをまとう下段からの切り上げ。
それを辛うじて回避したなら、息つく間もなくロイドは後方からの切り下ろしを背に受け。
そして、ロイドはこうして地面に倒れ込んだ。
ロイドにとって、その事実を導き出すにはこれだけパズルのピースが揃っていれば十分過ぎた。
クレスは、『虎牙破斬』を放ったのだ。
まず空間転移で一気に間合いを剣のそれにまで詰め、『虎牙破斬』の一撃目の切り上げ。
そして『虎牙破斬』の切り上げが終わった瞬間、即座にもう一度空間転移。
そしてロイドの背後に出現し、『虎牙破斬』の二撃目の切り下ろしをロイドの背中に見舞った。
クレスは『虎牙破斬』の動作に、空間転移を組み込み放ったのだ。
名付けるならば『転移蒼破斬』ならぬ、『転移双破斬』とでも言うべきか。
あまつさえ、クレスはロイドと同じく時空エネルギーを刀身にコーティングし、
刃の破壊力・切断力を飛躍的に上昇させていた。
ロイドの専売特許かと思われていた、刀身への時空エネルギーの持続的コーティングすら、クレスは可能としていたのだ。
クレスのレベルの第三段階の正体……
それは、アルベイン流と時空剣技を複合させた、壮絶無比の超剣技だったのだ。
今度は、すでに自力で立ち上がる力を失ってしまったかのように、その身じろぎすらも緩慢だった。
しかし、ロイドは地面との口付けをそれ以上許されなかった。
がし、という音がロイドの上から、響いた。
ロイドの逆立った鳶色の髪は、クレスの手により強引に掴み上げられていた。
ロイドの両目は、そこにいる男の顔を嫌でも捉える羽目になった。
剣鬼クレス・アルベインの顔を。
「どうだったかな? 僕の『本気』の味は?」
クレスにもし正常な判断力があったとしたら、こんな問いかけなどわざわざするにも足るまい。
ロイドの生気を失った、その両目を見れば。
絶望。ブラックソディよりも苦い、絶望。
(こんな……こんな化け物に勝てって言うのかよ……?)
ロイドはこの時ばかりは、オリジンとの契約により手に入れた時空剣士の力を憎んだ。
クレスが先ほど仕掛けた攻撃の正体は、ロイドには分かっていた。
理論だの直感だの、そんな回りくどい道筋をすっ飛ばして、即座に理解にまで達してしまった。
(あんな技……アビシオンや……ミトスすら不可能だったんだぞ……!?)
先ほど起こった事態は、大まかに言えば次の順になる。
まずクレスは空間転移を行い、離れていたはずのロイドとの間合いを、一気に剣の間合いに詰めた。
そして、時空エネルギーをまとう下段からの切り上げ。
それを辛うじて回避したなら、息つく間もなくロイドは後方からの切り下ろしを背に受け。
そして、ロイドはこうして地面に倒れ込んだ。
ロイドにとって、その事実を導き出すにはこれだけパズルのピースが揃っていれば十分過ぎた。
クレスは、『虎牙破斬』を放ったのだ。
まず空間転移で一気に間合いを剣のそれにまで詰め、『虎牙破斬』の一撃目の切り上げ。
そして『虎牙破斬』の切り上げが終わった瞬間、即座にもう一度空間転移。
そしてロイドの背後に出現し、『虎牙破斬』の二撃目の切り下ろしをロイドの背中に見舞った。
クレスは『虎牙破斬』の動作に、空間転移を組み込み放ったのだ。
名付けるならば『転移蒼破斬』ならぬ、『転移双破斬』とでも言うべきか。
あまつさえ、クレスはロイドと同じく時空エネルギーを刀身にコーティングし、
刃の破壊力・切断力を飛躍的に上昇させていた。
ロイドの専売特許かと思われていた、刀身への時空エネルギーの持続的コーティングすら、クレスは可能としていたのだ。
クレスのレベルの第三段階の正体……
それは、アルベイン流と時空剣技を複合させた、壮絶無比の超剣技だったのだ。
すなわち、『次元斬』により生み出される時空の蒼刃を常時維持したまま、
超高速で行われる『空間翔転移』で敵を翻弄し、四方八方からアルベイン流の剣技を見舞い、
そして自身は『虚空蒼破斬』の攻防一体の結界で守りを固める。
まさに八面六臂、絶対無敵の闘神の構え。
(ちきしょう……どれだけ無茶苦茶な修業をすりゃ、こんなふざけた力を持てるっていうんだよ……!?)
ロイドの目に、もはやクレスに向けるべき赫々たる敵意の炎はなかった。
クレスの濁った眼光は、もはやロイドの怒りを毛ほどにも煽らなかった。
(本来空間転移は……剣技に組み込めるほどの短時間で、できるようなもんじゃねえんだぞ……
転移を開始してから終わるまで……どんなに早くても数秒は……)
今度は、がご、という音がロイドの下顎から聞こえた。
クレスのトーキックで顎を蹴り上げられたという事実は、もはやロイドに何の感傷も与えなかった。
ロイドの後頭部は、後ろに立っていた家の外壁に叩きつけられていた。
(しかも……こいつは完全に本気を出したら、今のよりも速く、空間転移ができるんだろ……?)
クレスの言質を虚勢かも知れぬと勘繰る事すら、すでに出来ずにいるロイド。
そんなロイドの視界が、突然締め付けられるような痛みと共に暗転する。
クレスはロイドの顔面にアイアンクローを放ち。
そして、ロイドを宙に持ち上げた。
人間1人を片手で持ち上げるクレスの怪力のほどは、もはや推して知るべし。
「どうやら、さっきのサービスは少し刺激が強かったみたいだね?
どうだい? さっきまでの強がり、吐いてごらんよ?」
ロイドの手から、砕けて刀身のなくなったウッドブレードの柄が、力なく落とされた。
ロイドの全身から、急激に力が失われてゆく。
ロイド自身の全身を覆えるほどの光の巨翼も、見るも無残に萎え縮んでいた。
(勝てねえ……
カイルも……ヴェイグも……
みんなの力を合わせても……こいつには……)
ごり。
ロイドの頭蓋骨が、不吉な音と共に軋んだ。
「吐いてみろっつってんだよ、この身の程知らずの青二才が」
クレスは、全身を用いてロイドを投げ飛ばした。
ロイドは、なす術もなく家屋の壁に叩きつけられた。
意志の力が消失した肉体を、辛うじて本能だけが守る。
全身の筋肉が緊張し、両手で迫り来る壁を叩き、受け身を取る。
世界再生の旅の中、鍛えに鍛えられた戦士の本能が、これほど煩わしいと感じられたことはなかった。
クレスはあの神速の空間転移を以ってして、即座に半壊した家屋の壁にへばりついたロイドに肉薄し、回し蹴りを放つ。
ロイドの体は「く」の字に折れ曲がり、宙を舞った。
その際腹筋が固まり、クレスの回し蹴りのダメージを最小限に抑える。
そんなこと、もう無駄なあがきに過ぎないのに。
痛みも感じず、疲労もない、半死人の体があっても。
エクスフィアという、母の命の力があっても。
父に世界再生の旅の中教わった、剣技があっても。
ヴェイグやカイルという、友の力があっても。
この化け物の前では、どんな力も小細工も意味を成さない。
黒死病を前に枕を並べて倒れ去る人間のように、刈り取られるだけだ。
何もかも。
エターナルソードという名の、死神の大鎌によって。
石畳の上に不時着したロイドは、そのまま歩幅にして約百歩ほどの距離を滑走し、転がり、停止した。
痛みは感じずとも、それでもロイドの体を突き抜ける衝撃は、天使の唯一の弱点である脳を揺さぶり、視界を霞ませる。
力なく体を地面に投げ出したロイドは、今度はその胸を無理やりに持ち上げられる。
もう一度地面に叩き付けられたロイドは、次にクレスの手により胸倉を掴み上げられた。
(これじゃあ……クレスが発作を起こすより先に……間違いなく俺達の方が先に皆殺しにされちまう……!)
異常なほどに速い……人間の肉体には本来不可能なほどの速度でクレスが開いた間合いを詰めようとも、
それはもはやロイドに何の感傷も与えなかった。
次にロイドが喰らったのは、クレスの上半身の筋力がフルに乗せられた、頭突き。
額の皮膚が破れ、出血する。
普段ならばここは派手に出血する部位なのに、さすがは死体同然の体。ほんの少ししか血が滲まない。
どうせなら額だけじゃなくて、脳味噌までブチ割ってくれ、とロイドはかすかに願った。
脳の深部までを破壊されるか、左手を切り落とすかされれば迅速に訪れるはずの死が、いやに遠い。
ロイドの戦士の本能が、無意識の内にクレスの暴行を、致命打にならぬように避けているのだ。
超高速で行われる『空間翔転移』で敵を翻弄し、四方八方からアルベイン流の剣技を見舞い、
そして自身は『虚空蒼破斬』の攻防一体の結界で守りを固める。
まさに八面六臂、絶対無敵の闘神の構え。
(ちきしょう……どれだけ無茶苦茶な修業をすりゃ、こんなふざけた力を持てるっていうんだよ……!?)
ロイドの目に、もはやクレスに向けるべき赫々たる敵意の炎はなかった。
クレスの濁った眼光は、もはやロイドの怒りを毛ほどにも煽らなかった。
(本来空間転移は……剣技に組み込めるほどの短時間で、できるようなもんじゃねえんだぞ……
転移を開始してから終わるまで……どんなに早くても数秒は……)
今度は、がご、という音がロイドの下顎から聞こえた。
クレスのトーキックで顎を蹴り上げられたという事実は、もはやロイドに何の感傷も与えなかった。
ロイドの後頭部は、後ろに立っていた家の外壁に叩きつけられていた。
(しかも……こいつは完全に本気を出したら、今のよりも速く、空間転移ができるんだろ……?)
クレスの言質を虚勢かも知れぬと勘繰る事すら、すでに出来ずにいるロイド。
そんなロイドの視界が、突然締め付けられるような痛みと共に暗転する。
クレスはロイドの顔面にアイアンクローを放ち。
そして、ロイドを宙に持ち上げた。
人間1人を片手で持ち上げるクレスの怪力のほどは、もはや推して知るべし。
「どうやら、さっきのサービスは少し刺激が強かったみたいだね?
どうだい? さっきまでの強がり、吐いてごらんよ?」
ロイドの手から、砕けて刀身のなくなったウッドブレードの柄が、力なく落とされた。
ロイドの全身から、急激に力が失われてゆく。
ロイド自身の全身を覆えるほどの光の巨翼も、見るも無残に萎え縮んでいた。
(勝てねえ……
カイルも……ヴェイグも……
みんなの力を合わせても……こいつには……)
ごり。
ロイドの頭蓋骨が、不吉な音と共に軋んだ。
「吐いてみろっつってんだよ、この身の程知らずの青二才が」
クレスは、全身を用いてロイドを投げ飛ばした。
ロイドは、なす術もなく家屋の壁に叩きつけられた。
意志の力が消失した肉体を、辛うじて本能だけが守る。
全身の筋肉が緊張し、両手で迫り来る壁を叩き、受け身を取る。
世界再生の旅の中、鍛えに鍛えられた戦士の本能が、これほど煩わしいと感じられたことはなかった。
クレスはあの神速の空間転移を以ってして、即座に半壊した家屋の壁にへばりついたロイドに肉薄し、回し蹴りを放つ。
ロイドの体は「く」の字に折れ曲がり、宙を舞った。
その際腹筋が固まり、クレスの回し蹴りのダメージを最小限に抑える。
そんなこと、もう無駄なあがきに過ぎないのに。
痛みも感じず、疲労もない、半死人の体があっても。
エクスフィアという、母の命の力があっても。
父に世界再生の旅の中教わった、剣技があっても。
ヴェイグやカイルという、友の力があっても。
この化け物の前では、どんな力も小細工も意味を成さない。
黒死病を前に枕を並べて倒れ去る人間のように、刈り取られるだけだ。
何もかも。
エターナルソードという名の、死神の大鎌によって。
石畳の上に不時着したロイドは、そのまま歩幅にして約百歩ほどの距離を滑走し、転がり、停止した。
痛みは感じずとも、それでもロイドの体を突き抜ける衝撃は、天使の唯一の弱点である脳を揺さぶり、視界を霞ませる。
力なく体を地面に投げ出したロイドは、今度はその胸を無理やりに持ち上げられる。
もう一度地面に叩き付けられたロイドは、次にクレスの手により胸倉を掴み上げられた。
(これじゃあ……クレスが発作を起こすより先に……間違いなく俺達の方が先に皆殺しにされちまう……!)
異常なほどに速い……人間の肉体には本来不可能なほどの速度でクレスが開いた間合いを詰めようとも、
それはもはやロイドに何の感傷も与えなかった。
次にロイドが喰らったのは、クレスの上半身の筋力がフルに乗せられた、頭突き。
額の皮膚が破れ、出血する。
普段ならばここは派手に出血する部位なのに、さすがは死体同然の体。ほんの少ししか血が滲まない。
どうせなら額だけじゃなくて、脳味噌までブチ割ってくれ、とロイドはかすかに願った。
脳の深部までを破壊されるか、左手を切り落とすかされれば迅速に訪れるはずの死が、いやに遠い。
ロイドの戦士の本能が、無意識の内にクレスの暴行を、致命打にならぬように避けているのだ。
殴られ。
蹴飛ばされ。
時には地面に投げ飛ばされ。
頭突きを喰らい。
もうクレスから覚えきれなくなるほど拳をもらい。
足蹴にされても。
それでも、ロイドの本能だけは、頑なに死を拒み続けていた。
疲労を覚えぬこの体が、延々と死を拒み続けることを許していたから。
ロイドの顔面は、原型を留めぬほどに腫れ上がっていた。
全身の骨ももう何箇所も骨折しているだろう。
内臓だって、すでに無事で残っている箇所の方が少ないかもしれない。
脳を揺さぶられるごとに薄れる意識の中、ロイドは悟った。
クレスは、もはや剣鬼ですら……「鬼」ですらない。
剣神とでも……「神」とでも評さねば、この力を言葉にして言い表すことは出来まい。
さもなくば「魔人」。
「人」の身でありながら神を屠った……「人」の領域から「魔」の領域に、その存在をはみ出させてしまった修羅か。
ロイドは、得心した。
得心してしまった。
(そうだよな……天使が、神様になんて敵うわけ、ないじゃないか)
無論、ロイドとてミトス・ユグドラシルを倒し去った世界再生の大天使である。
しかし、ミトスは所詮「神」たらんことを目論んだ傲岸なる天使……神の紛い物に過ぎなかった。
イセリア教の聖典にあった神話にいわく、神に次ぐ実力者であった天界第一の熾天使すら神には匹敵しえず、
そのまま神罰を受け魔界にその身を投げ込まれたという。
今ロイドがやろうとしていることは、ある意味それの再現と言えよう。
一度は否定した天使の力に手を付けて、己に課した禁忌を破り。
心臓を貫かれてもなお死なぬ事により、まっとうな生物としての死を否定し。
屈辱に満ちた虚偽の生に執着し続けて、人間としての尊厳を捨て。
これほどまでの犠牲と代償を己に課してすら、なおクレスは届かぬ高みにいる。
クレスという名の神は、ロイドという名の天使に今、神に匹敵せんと目論んだその不遜の罰を下そうとしているのだ。
叩きのめされ。
打ち伏せられ。
そろそろロイドもただの肉塊になるめどがつきそうになってきた頃。
クレスの暴行は、突如として止んだ。
先ほどまで腰に差し続けていたエターナルソードの柄に、手がかかっていた。
「ふん、止めだ。やっぱり君は、青二才の雑魚だな」
(そうさ。お前にかかれば、人間や天使が相手になる限り、どんな奴でも青二才の雑魚だろうさ)
ロイドは、断末魔の痙攣のように、かすかに体を震わせた。
「あの一撃だけで腑抜けになるなんて、まさか僕も思いもよらなかったよ。
オリジンの人を選ぶ目は、どうやら腐りきっていたらしいね」
(世界を救っておきながら、仲間を救うことが出来なかった、俺を選ぶくらいだからな)
クレスの口ぶりは、心底残念そうに響いた。
「君みたいな奴が、僕と同じ時空剣士だなんて、正直信じられないな。
悪いが、時空剣士の名を貶めるためだけに時空剣士になったのなら、とっとと死ね。これは僕からの命令だ」
(……そうだな。そうだよな……)
ロイドの意識は死を望みながらも、けれども本能が死を許してくれない。
「君がこの島の中じゃ、一番喰い甲斐のある獲物かと思ったら、残念だよ。
雑魚以下の屑しか残っていないんじゃ、どれだけ戦っても僕は満たされないな」
(……多分ミトスですら、お前相手じゃ手も足も出せずに敗北する。
おそらくもう、この島にお前が満足できる程強い奴はいない)
クレスは、とうとうエターナルソードを抜き放った。
「さてと。さっさとこんなクソ不味い残飯は処理させてもらおうか」
そして、上段すら通り越し、大上段にまで時の魔剣を持ち上げる。
時の魔剣の表面で、蒼い光が燃え上がった。
あとは、振り下ろすだけ。
それで地面に仰向けに倒れるロイドの右半身と左半身は、そのまま泣き別れになる。
たとえ天使の肉体を持つ者でも、肉体を縦に両断されれば、そこに待つは不可避の死。
だが、痛覚と共に恐怖を忘れようとしているロイドは、その蒼色の死を見ても、一片の恐怖も浮かばなかった。
ただ、ロイドを打ち据えたのは、絶望。純粋無垢な絶望だった。
蹴飛ばされ。
時には地面に投げ飛ばされ。
頭突きを喰らい。
もうクレスから覚えきれなくなるほど拳をもらい。
足蹴にされても。
それでも、ロイドの本能だけは、頑なに死を拒み続けていた。
疲労を覚えぬこの体が、延々と死を拒み続けることを許していたから。
ロイドの顔面は、原型を留めぬほどに腫れ上がっていた。
全身の骨ももう何箇所も骨折しているだろう。
内臓だって、すでに無事で残っている箇所の方が少ないかもしれない。
脳を揺さぶられるごとに薄れる意識の中、ロイドは悟った。
クレスは、もはや剣鬼ですら……「鬼」ですらない。
剣神とでも……「神」とでも評さねば、この力を言葉にして言い表すことは出来まい。
さもなくば「魔人」。
「人」の身でありながら神を屠った……「人」の領域から「魔」の領域に、その存在をはみ出させてしまった修羅か。
ロイドは、得心した。
得心してしまった。
(そうだよな……天使が、神様になんて敵うわけ、ないじゃないか)
無論、ロイドとてミトス・ユグドラシルを倒し去った世界再生の大天使である。
しかし、ミトスは所詮「神」たらんことを目論んだ傲岸なる天使……神の紛い物に過ぎなかった。
イセリア教の聖典にあった神話にいわく、神に次ぐ実力者であった天界第一の熾天使すら神には匹敵しえず、
そのまま神罰を受け魔界にその身を投げ込まれたという。
今ロイドがやろうとしていることは、ある意味それの再現と言えよう。
一度は否定した天使の力に手を付けて、己に課した禁忌を破り。
心臓を貫かれてもなお死なぬ事により、まっとうな生物としての死を否定し。
屈辱に満ちた虚偽の生に執着し続けて、人間としての尊厳を捨て。
これほどまでの犠牲と代償を己に課してすら、なおクレスは届かぬ高みにいる。
クレスという名の神は、ロイドという名の天使に今、神に匹敵せんと目論んだその不遜の罰を下そうとしているのだ。
叩きのめされ。
打ち伏せられ。
そろそろロイドもただの肉塊になるめどがつきそうになってきた頃。
クレスの暴行は、突如として止んだ。
先ほどまで腰に差し続けていたエターナルソードの柄に、手がかかっていた。
「ふん、止めだ。やっぱり君は、青二才の雑魚だな」
(そうさ。お前にかかれば、人間や天使が相手になる限り、どんな奴でも青二才の雑魚だろうさ)
ロイドは、断末魔の痙攣のように、かすかに体を震わせた。
「あの一撃だけで腑抜けになるなんて、まさか僕も思いもよらなかったよ。
オリジンの人を選ぶ目は、どうやら腐りきっていたらしいね」
(世界を救っておきながら、仲間を救うことが出来なかった、俺を選ぶくらいだからな)
クレスの口ぶりは、心底残念そうに響いた。
「君みたいな奴が、僕と同じ時空剣士だなんて、正直信じられないな。
悪いが、時空剣士の名を貶めるためだけに時空剣士になったのなら、とっとと死ね。これは僕からの命令だ」
(……そうだな。そうだよな……)
ロイドの意識は死を望みながらも、けれども本能が死を許してくれない。
「君がこの島の中じゃ、一番喰い甲斐のある獲物かと思ったら、残念だよ。
雑魚以下の屑しか残っていないんじゃ、どれだけ戦っても僕は満たされないな」
(……多分ミトスですら、お前相手じゃ手も足も出せずに敗北する。
おそらくもう、この島にお前が満足できる程強い奴はいない)
クレスは、とうとうエターナルソードを抜き放った。
「さてと。さっさとこんなクソ不味い残飯は処理させてもらおうか」
そして、上段すら通り越し、大上段にまで時の魔剣を持ち上げる。
時の魔剣の表面で、蒼い光が燃え上がった。
あとは、振り下ろすだけ。
それで地面に仰向けに倒れるロイドの右半身と左半身は、そのまま泣き別れになる。
たとえ天使の肉体を持つ者でも、肉体を縦に両断されれば、そこに待つは不可避の死。
だが、痛覚と共に恐怖を忘れようとしているロイドは、その蒼色の死を見ても、一片の恐怖も浮かばなかった。
ただ、ロイドを打ち据えたのは、絶望。純粋無垢な絶望だった。
(さあ、さっさと振り下ろせよ、クレス)
ミズホの戦士「サムライ」ですら驚嘆するであろう程に、死を前にしたロイドの心は静かだった。
まともな命を体に秘めた者では、どれほど修養を積もうと達せぬほどの、諦観という名の寂滅の境地だった。
「せいぜい次は、もっと強い剣士に生まれ変わって来るんだね」
クレスは、言った。
魔剣が、動いた。大地に向かい、落下を始めた。
常人に分かりやすい感覚で言えば、あと心臓が一回鼓動するまでの時間もあれば、ロイドは命を刈り取られるだろう。
やがて魔剣が空を裂く音が響き――
――大地を割り裂く炸裂音が、激しい土煙と共に上がった。
ミズホの戦士「サムライ」ですら驚嘆するであろう程に、死を前にしたロイドの心は静かだった。
まともな命を体に秘めた者では、どれほど修養を積もうと達せぬほどの、諦観という名の寂滅の境地だった。
「せいぜい次は、もっと強い剣士に生まれ変わって来るんだね」
クレスは、言った。
魔剣が、動いた。大地に向かい、落下を始めた。
常人に分かりやすい感覚で言えば、あと心臓が一回鼓動するまでの時間もあれば、ロイドは命を刈り取られるだろう。
やがて魔剣が空を裂く音が響き――
――大地を割り裂く炸裂音が、激しい土煙と共に上がった。
*
ロイドは、黄土色一色の視界を眺めていた。
――ああ、これがあの世の風景なのか。
ジーニアスはいるだろうか。
しいなはあの世でも元気にしているだろうか。
ゼロスは相変わらずあの世でも女の人を追いかけ回しているだろうか。
父さんに出会ったら、何と言われるだろうか。叱られて、頬をひっぱたかれるだろうか。
死は恐ろしくて苦痛に満ちたもののはずなのに、恐怖も苦痛もなかった。
そしてロイドは今更のように、自分は恐怖も苦痛も感じない体になっていた事を思い出して苦笑いを浮かべた。
――そうだよな。もう俺は、死だって怖くないんだ。
――もう俺は、何も怖がれないんだ。
それにしても、あの世という場所は想像していたよりも存外小汚い場所だな、とロイドは思った。
きっと天国は空の上にあるから、空の青や雲の白でいっぱいと思っていたら、黄土色一色の世界だったのだから。
その黄土色一色の世界の向こうから、人影がおぼろに浮かぶ。
あの世で最初に待っているのは、長い付き合いのジーニアスだろうか。
自分といると何だかいつも落ちつかなそうにしていた、年の近いしいなだろうか。
出会ったのが男と知って、大げさに落胆するゼロスの姿も簡単に想像できる。
もしも父だったら……ロイドはその可能性が浮かんだとき、少し眉間に皺を寄せた。
黄土色一色の世界は、やがて晴れ渡った。
答えは、そのどれでもなかった。
振りかざした魔剣から、時おり溢れんばかりの魔力が紫電として弾ける。
大上段からの全力の斬り下ろしは、ロイドのすぐ左隣に新たな断層を作っていた。
風が、一陣舞った。
土煙のヴェールの向こうにいたのは、ロイドを殺し去っていたはずの魔人。
クレス・アルベインその人であった。
「…………」
クレスはそう言い、叩き下ろしたエターナルソードを引き上げた。
エターナルソードの刀身から、細かな土砂がボロボロと落ちるのを見ていたロイドは、困惑した。
自分は、まだ死んでいない??
自分は、まだ死んでいない!?
自分は、まだ死んでいない!!
ロイドが一拍遅れで、自分がまだこの世界の住人であることを悟る頃には、
しかしクレスは血糊を払うようにエターナルソードを振るい、そして鞘代わりの皮袋に魔剣を収め終わっていた。
「……どうして……?」
魔剣を収めたクレスの無防備な背中を見ても、その隙に斬りかかろうとなどとは、ロイドには考えもつかなかった。
代わりに出てきたのは、殆ど反射的に口をついて出る疑問符。
「……生きて……いるんだ……? 俺は……」
黄土色の粉塵と、白色の霧の向こうから覗ける空の青さが、いやに眩しい。
白銀の魔人は、答えずに歩み出す。
彼の口元から、言葉が漏れた。
「……地べたを這いつくばる羽虫一匹を踏み潰して――」
かしゃり、かしゃりとクレスのまとう鉄靴(グリーブ)が鳴る。
ロイドは、クレスがこのまま去ろうとしているのだと、何となく悟った。
「――君は何かしらの感傷や感慨が湧くのかい?」
湧かないだろう、とロイドは思った。
そして、クレスの言うところの「羽虫」とは、自分のことなのだとロイドは察した。
クレスは歩む。彼の言うところの「地べたに這いつくばった羽虫」に、背を向ける。
「最期まで必死で抵抗するか……せめて無様に命乞いでもしていれば、殺してやるだけの価値はあった」
――ああ、これがあの世の風景なのか。
ジーニアスはいるだろうか。
しいなはあの世でも元気にしているだろうか。
ゼロスは相変わらずあの世でも女の人を追いかけ回しているだろうか。
父さんに出会ったら、何と言われるだろうか。叱られて、頬をひっぱたかれるだろうか。
死は恐ろしくて苦痛に満ちたもののはずなのに、恐怖も苦痛もなかった。
そしてロイドは今更のように、自分は恐怖も苦痛も感じない体になっていた事を思い出して苦笑いを浮かべた。
――そうだよな。もう俺は、死だって怖くないんだ。
――もう俺は、何も怖がれないんだ。
それにしても、あの世という場所は想像していたよりも存外小汚い場所だな、とロイドは思った。
きっと天国は空の上にあるから、空の青や雲の白でいっぱいと思っていたら、黄土色一色の世界だったのだから。
その黄土色一色の世界の向こうから、人影がおぼろに浮かぶ。
あの世で最初に待っているのは、長い付き合いのジーニアスだろうか。
自分といると何だかいつも落ちつかなそうにしていた、年の近いしいなだろうか。
出会ったのが男と知って、大げさに落胆するゼロスの姿も簡単に想像できる。
もしも父だったら……ロイドはその可能性が浮かんだとき、少し眉間に皺を寄せた。
黄土色一色の世界は、やがて晴れ渡った。
答えは、そのどれでもなかった。
振りかざした魔剣から、時おり溢れんばかりの魔力が紫電として弾ける。
大上段からの全力の斬り下ろしは、ロイドのすぐ左隣に新たな断層を作っていた。
風が、一陣舞った。
土煙のヴェールの向こうにいたのは、ロイドを殺し去っていたはずの魔人。
クレス・アルベインその人であった。
「…………」
クレスはそう言い、叩き下ろしたエターナルソードを引き上げた。
エターナルソードの刀身から、細かな土砂がボロボロと落ちるのを見ていたロイドは、困惑した。
自分は、まだ死んでいない??
自分は、まだ死んでいない!?
自分は、まだ死んでいない!!
ロイドが一拍遅れで、自分がまだこの世界の住人であることを悟る頃には、
しかしクレスは血糊を払うようにエターナルソードを振るい、そして鞘代わりの皮袋に魔剣を収め終わっていた。
「……どうして……?」
魔剣を収めたクレスの無防備な背中を見ても、その隙に斬りかかろうとなどとは、ロイドには考えもつかなかった。
代わりに出てきたのは、殆ど反射的に口をついて出る疑問符。
「……生きて……いるんだ……? 俺は……」
黄土色の粉塵と、白色の霧の向こうから覗ける空の青さが、いやに眩しい。
白銀の魔人は、答えずに歩み出す。
彼の口元から、言葉が漏れた。
「……地べたを這いつくばる羽虫一匹を踏み潰して――」
かしゃり、かしゃりとクレスのまとう鉄靴(グリーブ)が鳴る。
ロイドは、クレスがこのまま去ろうとしているのだと、何となく悟った。
「――君は何かしらの感傷や感慨が湧くのかい?」
湧かないだろう、とロイドは思った。
そして、クレスの言うところの「羽虫」とは、自分のことなのだとロイドは察した。
クレスは歩む。彼の言うところの「地べたに這いつくばった羽虫」に、背を向ける。
「最期まで必死で抵抗するか……せめて無様に命乞いでもしていれば、殺してやるだけの価値はあった」
クレスの鎧の鳴り響く音が、徐々にロイドの耳元から遠ざかっていく。
負けたのだ。
けれども、ロイドにはその事実がまるで、他人事のように感じられてしまうのもまた真実だった。
「けれども君みたいな木偶の坊は、もはや死にすら値しない。精々、後は勝手に野垂れ死ね」
空気が揺れる音。かすかな閃光。
天頂を眺めるロイドは、けれどもそれだけでクレスの空間転移を悟った。
閃光が消え、音が遠のき。
そして辺りは、本当に死者の国に来てしまったかのような不気味な沈黙に包まれた。
ロイドは右手前腕部を動かし、ひどくとってつけたように、その目元を覆った。
その動作は、抑えきれない涙を必死で隠しおおせんとしているようにも、見えないことはない。
だがその解釈は、今のロイドに限って言えば誤りであった。
この体は、すでに死んだ。
どれほど悲しかろうと、どれほど悔しかろうと、それでももう涙腺が緩むことは二度とない。
涙を流すための器官は、もう二度と機能しないのだ。
それ以前に。
ロイドの心はもう、がらんどうだった。
ロイドの意志はもう、燃え尽きていた。
未だ働くことを許されている知性だけが、静かにロイドのうちで働いていた。
ああ、そうか。
ロイドはクレスの気持ちが今、何となく察せた。察せてしまった。
クレスは今、失望のどん底にいるのだ。
クレスは今、自身のあまりの弱さに憤慨しているのだ。
ロイドは、それもまた致し方ないとあっさり納得してしまえた。
(俺ってば、こんな腑抜けになっちまったもんな)
ロイドは、己が腑抜けと化したことを厳然たる事実として受け止めていた。
腑抜けた己を恥じる気持ちも、己を奮起させようという意志も、もうこれっぽっちも湧いてはこなかった。
ロイドは、今なら分かる気がした。
ディザイアンの人間牧場で、ディザイアンに虐待されるに任せ、死んだ魚のような目をしていた囚人らの気持ちが。
この島で、無力感に打ちひしがれて、空っぽになってしまったヴェイグの友人、ティトレイの気持ちが。
絶対の力。
絶対の絶望。
絶対の敗北感。
己に課した禁忌を破り、人間としてのまっとうな生と、そして尊厳を犠牲にしても。
それを代償に天使の力を得ても、クレスの力はなおその十歩も百歩も先を行っている。
いかなる努力も、いかなる意志も、いかなる犠牲も、無駄にしか思えぬ無力感。
どれほどの代償を支払っても、受け取るのは苦い敗北の味なのだ。
ならば全て諦め、なされるがままにされてしまった方がどれほど楽だろうか。どれほど賢いだろうか。
確かに、クレスの首には未だデミテルのかけた枷がある。呪術による発作が残されている。
だがそれがどうしたというのか。
限りある神の力でも、その限られた時間までに行使を終えてしまえば、それは完全無欠の力であることに変わりはない。
クレスの身を発作が襲うまでに、クレスが残りの参加者を皆殺しにしてしまえば……
クレスは残る生存者達にとっては、絶対の存在であることに変わりはないのだ。
そもそも、あんな化け物がデミテルごときのかけた猪口才な枷ごときに、その身を縛られたままなのか?
実は発作に苦しむような素振りは、自分達にあだ花の希望を持たせるための演技だったのではないか?
そうだ。
きっとそうだ。
ロイドは考え、目の前にかかった右手を、左手甲にまで這わせた。
体内に残った魔力は、もうわずか。
フェアリィリングとEXスキル『リラックス』を併用すれば、何とか天使化を維持するだけの魔力はまかなえよう。
しかし、この満身創痍の体で何ができると言うのだ?
接合しかかったまま再度砕けているであろう右手の指を、左手のエクスフィアにかけるロイド。
あとは、右手の指をほんの僅かに動かし、天使化の解除を止めてしまえばロイドの降伏は完了する。
心臓を失った今、天使化を解除すれば、ロイドの身には今度こそ速やかな死が訪れる。
「死ぬな」?
「死ぬ前にやれる事があるだろう」?
「今お前が生きているその命は、誰かが生きたくても生きられなかった命なんだぞ」?
そんな言葉が吐けるのは、本当の絶望を知らぬ愚か者だ。
あいつを前にして、そんな寝言が吐けるのは嘘つきか底抜けの馬鹿かの二択に他なるまい。
どんな小細工も問答無用に粉砕する、絶対の暴力の味を知らぬからこそ、そんな能天気なたわ言をほざけるのだ。
小国の軍隊なら1人で殲滅出来かねない程の、強大絶大無限大の力をその身に秘めた、怪物と体面したことがないから。
負けたのだ。
けれども、ロイドにはその事実がまるで、他人事のように感じられてしまうのもまた真実だった。
「けれども君みたいな木偶の坊は、もはや死にすら値しない。精々、後は勝手に野垂れ死ね」
空気が揺れる音。かすかな閃光。
天頂を眺めるロイドは、けれどもそれだけでクレスの空間転移を悟った。
閃光が消え、音が遠のき。
そして辺りは、本当に死者の国に来てしまったかのような不気味な沈黙に包まれた。
ロイドは右手前腕部を動かし、ひどくとってつけたように、その目元を覆った。
その動作は、抑えきれない涙を必死で隠しおおせんとしているようにも、見えないことはない。
だがその解釈は、今のロイドに限って言えば誤りであった。
この体は、すでに死んだ。
どれほど悲しかろうと、どれほど悔しかろうと、それでももう涙腺が緩むことは二度とない。
涙を流すための器官は、もう二度と機能しないのだ。
それ以前に。
ロイドの心はもう、がらんどうだった。
ロイドの意志はもう、燃え尽きていた。
未だ働くことを許されている知性だけが、静かにロイドのうちで働いていた。
ああ、そうか。
ロイドはクレスの気持ちが今、何となく察せた。察せてしまった。
クレスは今、失望のどん底にいるのだ。
クレスは今、自身のあまりの弱さに憤慨しているのだ。
ロイドは、それもまた致し方ないとあっさり納得してしまえた。
(俺ってば、こんな腑抜けになっちまったもんな)
ロイドは、己が腑抜けと化したことを厳然たる事実として受け止めていた。
腑抜けた己を恥じる気持ちも、己を奮起させようという意志も、もうこれっぽっちも湧いてはこなかった。
ロイドは、今なら分かる気がした。
ディザイアンの人間牧場で、ディザイアンに虐待されるに任せ、死んだ魚のような目をしていた囚人らの気持ちが。
この島で、無力感に打ちひしがれて、空っぽになってしまったヴェイグの友人、ティトレイの気持ちが。
絶対の力。
絶対の絶望。
絶対の敗北感。
己に課した禁忌を破り、人間としてのまっとうな生と、そして尊厳を犠牲にしても。
それを代償に天使の力を得ても、クレスの力はなおその十歩も百歩も先を行っている。
いかなる努力も、いかなる意志も、いかなる犠牲も、無駄にしか思えぬ無力感。
どれほどの代償を支払っても、受け取るのは苦い敗北の味なのだ。
ならば全て諦め、なされるがままにされてしまった方がどれほど楽だろうか。どれほど賢いだろうか。
確かに、クレスの首には未だデミテルのかけた枷がある。呪術による発作が残されている。
だがそれがどうしたというのか。
限りある神の力でも、その限られた時間までに行使を終えてしまえば、それは完全無欠の力であることに変わりはない。
クレスの身を発作が襲うまでに、クレスが残りの参加者を皆殺しにしてしまえば……
クレスは残る生存者達にとっては、絶対の存在であることに変わりはないのだ。
そもそも、あんな化け物がデミテルごときのかけた猪口才な枷ごときに、その身を縛られたままなのか?
実は発作に苦しむような素振りは、自分達にあだ花の希望を持たせるための演技だったのではないか?
そうだ。
きっとそうだ。
ロイドは考え、目の前にかかった右手を、左手甲にまで這わせた。
体内に残った魔力は、もうわずか。
フェアリィリングとEXスキル『リラックス』を併用すれば、何とか天使化を維持するだけの魔力はまかなえよう。
しかし、この満身創痍の体で何ができると言うのだ?
接合しかかったまま再度砕けているであろう右手の指を、左手のエクスフィアにかけるロイド。
あとは、右手の指をほんの僅かに動かし、天使化の解除を止めてしまえばロイドの降伏は完了する。
心臓を失った今、天使化を解除すれば、ロイドの身には今度こそ速やかな死が訪れる。
「死ぬな」?
「死ぬ前にやれる事があるだろう」?
「今お前が生きているその命は、誰かが生きたくても生きられなかった命なんだぞ」?
そんな言葉が吐けるのは、本当の絶望を知らぬ愚か者だ。
あいつを前にして、そんな寝言が吐けるのは嘘つきか底抜けの馬鹿かの二択に他なるまい。
どんな小細工も問答無用に粉砕する、絶対の暴力の味を知らぬからこそ、そんな能天気なたわ言をほざけるのだ。
小国の軍隊なら1人で殲滅出来かねない程の、強大絶大無限大の力をその身に秘めた、怪物と体面したことがないから。
(あいつには、負けたってしょうがない……。どうにも……出来ないだろう……?)
天使ですら敵わない。
ましてや、人間ではもっと敵わない。
クレスは、間違いなく神の領域に到達した闇の剣神なのだ。
エクスフィアにかかった右手の指を、ロイドはそのまま要の紋に嵌まったEXジェムにまで動かした。
あとは、この手を動かしさえすれば――。
ぴくり、とロイドの指が動いた。
かちり、という音がロイドの左手から響いた。
彼の背の光翼は、大きく震えた。
天使ですら敵わない。
ましてや、人間ではもっと敵わない。
クレスは、間違いなく神の領域に到達した闇の剣神なのだ。
エクスフィアにかかった右手の指を、ロイドはそのまま要の紋に嵌まったEXジェムにまで動かした。
あとは、この手を動かしさえすれば――。
ぴくり、とロイドの指が動いた。
かちり、という音がロイドの左手から響いた。
彼の背の光翼は、大きく震えた。
*
(しまった……!)
転倒した身を起こしながら、内心アトワイトは慌てた。
まさか踏み切ろうとしたその足の下に、小石が転がっていたとは。
かつての仲間に見られていれば、思わず苦笑を浮かべていたであろうコレットの転倒。
しかし、コレットの肉体の宿主であるアトワイトにしてみれば、苦笑どころの話ではない。
急いで撤退しなければ、クレスに気配を気付かれるやも分からない。
そうなる前に、直ちに撤退せねば。
そう思考するアトワイトが、地面に両手を突き腰を持ち上げようとした瞬間。
空気が、揺れた。
時空が歪んだかのごとき、不可解な音。
否、これは実際に、時空が歪んでいる。
青白い閃光が、コレットの目を焼いた。
アトワイトは、全身の毛が逆立ったかのような錯覚に襲われた。
恐怖を通り越して、この感情はもはや畏怖としか呼べまい。
人知を凌駕した、超絶の存在がそこに立っていたから。
剣鬼を超越した剣鬼、白銀の魔人が彼女を睥睨していた。
彼の手によって屠られた犠牲者の返り血で、ぼそぼそに固まった金髪が揺れる。
アトワイトは蛇に睨まれた蛙のごとくに、魔人の鬼気だけでその動きを戒められる。
下世話な話だが、もしこの体が常人のそれだったら、確実に失禁していたという確信があった。
クレス・アルベインはただ静かに。
四つん這いのまま肉体を金縛りにされた彼女を見ていた。
巻き起こる砂塵の、そのカーテン越しに。
「さっきから、僕達のことをじろじろと見ていたみたいだな」
アトワイトは、「気付いていたのか」などとも言えずに茫然とたたずんでいた。
繰り返す。
一流以上の剣士は五感が……特に殺気を感知するための第六感は異常なほどに鋭い。
クレスはあの激闘の中、アトワイトの気配に気付いていたのだ。
野の獣をも越えるほどの鋭敏な感覚は、クレスをしてアトワイトを気付かしめていたのだ。
「あ…………ぁ……!」
喉が麻痺してしまったように、アトワイトはすでに意味ある言葉を紡げない。
体を必死で彼から遠ざけようとするが、上体のみが泳ぐ。足に鉛の枷が嵌まっているような錯覚が、アトワイトを襲う。
そのままアトワイトはぺたんとあひる座りの体勢になり、臀部を地面に落ち着かせるのが限界だった。
「僕は今、最高に機嫌が悪い」
クレスは、腰の皮袋に手をやりながら、アトワイトに告げた。
目の前の少女をどこかで見た気もしたが、クレスはそれを気のせいと思うことにし、皮袋の中でそれを掴む。
「だから死ね――」
アトワイトは、何が起きたのかまるで分からなかった。
クレスの右手が消滅し、次の瞬間には上段の位置にあった。
それからばつぉん、という間抜けな音がして、赤い霧がアトワイトの胸元から吹き上がった。
その動きはアクアヴェイルの剣法、「居合道」の代表的剣技である「居合い抜き」だと、
平静を保っていた彼女なら分析出来ていただろう。
無論、もしもの話など、この場では空しいだけだが。
「――たっぷり僕の手に、肉を切り裂く手応えを残してね」
クレスはその言葉通りに、あえて時空の蒼刃をまとわせずにエターナルソードを横薙ぎに振るった。
時空の蒼刃をまとわせた魔剣なら、人体などまるで豆腐のようにあっけなく両断できるが、
クレスはあえてそれをせずにただ魔剣を振るったのだ。
転倒した身を起こしながら、内心アトワイトは慌てた。
まさか踏み切ろうとしたその足の下に、小石が転がっていたとは。
かつての仲間に見られていれば、思わず苦笑を浮かべていたであろうコレットの転倒。
しかし、コレットの肉体の宿主であるアトワイトにしてみれば、苦笑どころの話ではない。
急いで撤退しなければ、クレスに気配を気付かれるやも分からない。
そうなる前に、直ちに撤退せねば。
そう思考するアトワイトが、地面に両手を突き腰を持ち上げようとした瞬間。
空気が、揺れた。
時空が歪んだかのごとき、不可解な音。
否、これは実際に、時空が歪んでいる。
青白い閃光が、コレットの目を焼いた。
アトワイトは、全身の毛が逆立ったかのような錯覚に襲われた。
恐怖を通り越して、この感情はもはや畏怖としか呼べまい。
人知を凌駕した、超絶の存在がそこに立っていたから。
剣鬼を超越した剣鬼、白銀の魔人が彼女を睥睨していた。
彼の手によって屠られた犠牲者の返り血で、ぼそぼそに固まった金髪が揺れる。
アトワイトは蛇に睨まれた蛙のごとくに、魔人の鬼気だけでその動きを戒められる。
下世話な話だが、もしこの体が常人のそれだったら、確実に失禁していたという確信があった。
クレス・アルベインはただ静かに。
四つん這いのまま肉体を金縛りにされた彼女を見ていた。
巻き起こる砂塵の、そのカーテン越しに。
「さっきから、僕達のことをじろじろと見ていたみたいだな」
アトワイトは、「気付いていたのか」などとも言えずに茫然とたたずんでいた。
繰り返す。
一流以上の剣士は五感が……特に殺気を感知するための第六感は異常なほどに鋭い。
クレスはあの激闘の中、アトワイトの気配に気付いていたのだ。
野の獣をも越えるほどの鋭敏な感覚は、クレスをしてアトワイトを気付かしめていたのだ。
「あ…………ぁ……!」
喉が麻痺してしまったように、アトワイトはすでに意味ある言葉を紡げない。
体を必死で彼から遠ざけようとするが、上体のみが泳ぐ。足に鉛の枷が嵌まっているような錯覚が、アトワイトを襲う。
そのままアトワイトはぺたんとあひる座りの体勢になり、臀部を地面に落ち着かせるのが限界だった。
「僕は今、最高に機嫌が悪い」
クレスは、腰の皮袋に手をやりながら、アトワイトに告げた。
目の前の少女をどこかで見た気もしたが、クレスはそれを気のせいと思うことにし、皮袋の中でそれを掴む。
「だから死ね――」
アトワイトは、何が起きたのかまるで分からなかった。
クレスの右手が消滅し、次の瞬間には上段の位置にあった。
それからばつぉん、という間抜けな音がして、赤い霧がアトワイトの胸元から吹き上がった。
その動きはアクアヴェイルの剣法、「居合道」の代表的剣技である「居合い抜き」だと、
平静を保っていた彼女なら分析出来ていただろう。
無論、もしもの話など、この場では空しいだけだが。
「――たっぷり僕の手に、肉を切り裂く手応えを残してね」
クレスはその言葉通りに、あえて時空の蒼刃をまとわせずにエターナルソードを横薙ぎに振るった。
時空の蒼刃をまとわせた魔剣なら、人体などまるで豆腐のようにあっけなく両断できるが、
クレスはあえてそれをせずにただ魔剣を振るったのだ。
霧が、この村から消え去った。
午後の太陽が、村に静かに陽光を降り注がせる。
その最中で。
柔らかくて湿った物を叩き斬る、生理的不快感を催す音が響いた。
空の太陽に向け、血風が吹き上がった。
それでも、太陽はただ眩しかった。
午後の太陽が、村に静かに陽光を降り注がせる。
その最中で。
柔らかくて湿った物を叩き斬る、生理的不快感を催す音が響いた。
空の太陽に向け、血風が吹き上がった。
それでも、太陽はただ眩しかった。
【ロイド=アーヴィング 生存確認?】
状態:天使化 HP5% TP5% 右手甲損傷 背中に大裂傷 全身打撲 心臓喪失 砕けた理想
無痛症(痛覚神経が死滅) 戦意喪失 本能は死を拒絶
所持品:エターナルリング ガーネット 忍刀・紫電 イクストリーム ジェットブーツ
漆黒の翼のバッジ×5 フェアリィリング
基本行動方針:特になし。戦意喪失で無気力化
現在位置:C3村・西地区ミトスの拠点跡前
状態:天使化 HP5% TP5% 右手甲損傷 背中に大裂傷 全身打撲 心臓喪失 砕けた理想
無痛症(痛覚神経が死滅) 戦意喪失 本能は死を拒絶
所持品:エターナルリング ガーネット 忍刀・紫電 イクストリーム ジェットブーツ
漆黒の翼のバッジ×5 フェアリィリング
基本行動方針:特になし。戦意喪失で無気力化
現在位置:C3村・西地区ミトスの拠点跡前
※なおロイドは現在痛覚が死滅しているため、自身のHPの正確な把握は不可能
※ウッドブレードはクレスの手により両方とも破壊された
※ウッドブレードはクレスの手により両方とも破壊された
【クレス=アルベイン 生存確認】
状態:TP55% 善意及び判断能力の喪失 薬物中毒
戦闘狂 殺人狂 殺意が禁断症状を上回っている 放送を聞いていない
ロイドの弱さに憤慨・失望 最高に機嫌が悪い
所持品:エターナルソード クレスの荷物
基本行動方針:力が欲しい
第一行動方針:ロイドが弱くてむしゃくしゃするので、何かに八つ当たりしたい
第二行動方針:ロイドは野垂れ死ぬに任せる
現在位置:C3村・西地区ミトスの拠点跡付近
状態:TP55% 善意及び判断能力の喪失 薬物中毒
戦闘狂 殺人狂 殺意が禁断症状を上回っている 放送を聞いていない
ロイドの弱さに憤慨・失望 最高に機嫌が悪い
所持品:エターナルソード クレスの荷物
基本行動方針:力が欲しい
第一行動方針:ロイドが弱くてむしゃくしゃするので、何かに八つ当たりしたい
第二行動方針:ロイドは野垂れ死ぬに任せる
現在位置:C3村・西地区ミトスの拠点跡付近
【アトワイト=エックス@コレット 生存確認?】
状態:HP40% TP40% コレットの精神への介入 ミトスへの隷属衝動 思考放棄 クレスに対する絶対の恐怖
胸部に大裂傷
所持品:苦無(残り1) ピヨチェック ホーリィスタッフ エクスフィア強化S・A
基本行動方針:積極的にミトスに従う
第一行動方針:エターナルソード・時空剣士の確保
第二行動方針:ミトスの指示に従う
第三行動方針:コレットの魂を消化し、自らの力とする
現在位置:C3村・西地区ミトスの拠点跡付近
状態:HP40% TP40% コレットの精神への介入 ミトスへの隷属衝動 思考放棄 クレスに対する絶対の恐怖
胸部に大裂傷
所持品:苦無(残り1) ピヨチェック ホーリィスタッフ エクスフィア強化S・A
基本行動方針:積極的にミトスに従う
第一行動方針:エターナルソード・時空剣士の確保
第二行動方針:ミトスの指示に従う
第三行動方針:コレットの魂を消化し、自らの力とする
現在位置:C3村・西地区ミトスの拠点跡付近
【コレット=ブルーネル 生存確認?】
状態:魂をアトワイトにほぼ占領されつつある 無機生命体化 外界との拒絶
所持品:アトワイト・エックス@コレット・ブルーネルと同じ
基本行動方針:待つ
現在位置:アトワイト・エックス@コレット・ブルーネルと同じ
状態:魂をアトワイトにほぼ占領されつつある 無機生命体化 外界との拒絶
所持品:アトワイト・エックス@コレット・ブルーネルと同じ
基本行動方針:待つ
現在位置:アトワイト・エックス@コレット・ブルーネルと同じ