The last battle ―喜劇に興じよう―
神? そんな都合が良い存在はこの世には無い。
万に一つ、居るとしても。こんな現実を叩き付ける奴が果たして神と呼べようものか。そんな愚かな神、こちらから願い下げだ。
それ故ポジティビズム。
今、俺はこうして誰の手も借りず理想を追求している。
たがその理想は、本当に理想としての意義を全うしているのだろうか?
こうして“理想”と豪語しておいて何を今更、と言われるかもしれない。
確かにそう。しかし俺の中の理想は果たして“理想”として正しいのだろうか。これは完全なのか?
こうしてこんな些細な事を考えるのは果てしなく意味の無い事だと思う。けれども、俺は本当にそうしたいのだろうか? それを考えずには居られないんだ。
迷い、じゃない。もう道は決めている。引き返すつもりもさらさら無い。
これは只の葛藤。
不完全で漠然とした理想は理想と言えるのか? 答えは否。元から破綻してるじゃないか。
“完全”なのが理想だ。
雲の様に捕らえどころが無く、霧が掛かった様に鮮明な姿すら分からない、漠然としたイメージ。
こんな形なのだろうか、と予想しているだけ。それが理想の形と一致していると思っているだけだ。或いは、無理矢理その形にしているのか。
何れにせよ、何て脆いんだ。脆くて脆くて薄くて薄くて儚くて、無いに等しいじゃないか。
いや待て。俺を動かしているのは理想だけなんだ。それが無いに等しいならば、俺に何が残ろうか?
自分はゼロなのだろうか?
嫌だ、怖い。ゼロになるのは怖い。
俺は俺じゃなくて、ゼロ?
中身が何も無い。理想も、意味も無い?
それは最早ヒトあらざる存在じゃないのか?
俺はヒューマじゃ、ヒトじゃない? 違う、そんな事は無い筈だ。
こうして手がある。足もある顔もある。俺はヒトじゃないか。
……中身が無くとも?
じゃあヒトの形をした機械や人形もヒト? 果たして一概にヒトの形をしているモノ全てがヒトであると言えるのだろうか。いや、言える訳がない。
人形は人形で、機械は機械だ。
一義的なのは中身と器なのだ。ヒトは、中身とそれを受け止める器が揃って初めてヒトなんだ。
料理だって同じ。どれだけ美味しそうな料理でも器、つまり皿を蔑ろにする事は出来ない。
……受け売りだがな。
中身と、器。それが揃って初めてヒト……。
スカスカな俺はヒト?
漠然とした靄を無理矢理理想に仕立て上げ、それを生きる理由にしている俺は、ヒト?
万に一つ、居るとしても。こんな現実を叩き付ける奴が果たして神と呼べようものか。そんな愚かな神、こちらから願い下げだ。
それ故ポジティビズム。
今、俺はこうして誰の手も借りず理想を追求している。
たがその理想は、本当に理想としての意義を全うしているのだろうか?
こうして“理想”と豪語しておいて何を今更、と言われるかもしれない。
確かにそう。しかし俺の中の理想は果たして“理想”として正しいのだろうか。これは完全なのか?
こうしてこんな些細な事を考えるのは果てしなく意味の無い事だと思う。けれども、俺は本当にそうしたいのだろうか? それを考えずには居られないんだ。
迷い、じゃない。もう道は決めている。引き返すつもりもさらさら無い。
これは只の葛藤。
不完全で漠然とした理想は理想と言えるのか? 答えは否。元から破綻してるじゃないか。
“完全”なのが理想だ。
雲の様に捕らえどころが無く、霧が掛かった様に鮮明な姿すら分からない、漠然としたイメージ。
こんな形なのだろうか、と予想しているだけ。それが理想の形と一致していると思っているだけだ。或いは、無理矢理その形にしているのか。
何れにせよ、何て脆いんだ。脆くて脆くて薄くて薄くて儚くて、無いに等しいじゃないか。
いや待て。俺を動かしているのは理想だけなんだ。それが無いに等しいならば、俺に何が残ろうか?
自分はゼロなのだろうか?
嫌だ、怖い。ゼロになるのは怖い。
俺は俺じゃなくて、ゼロ?
中身が何も無い。理想も、意味も無い?
それは最早ヒトあらざる存在じゃないのか?
俺はヒューマじゃ、ヒトじゃない? 違う、そんな事は無い筈だ。
こうして手がある。足もある顔もある。俺はヒトじゃないか。
……中身が無くとも?
じゃあヒトの形をした機械や人形もヒト? 果たして一概にヒトの形をしているモノ全てがヒトであると言えるのだろうか。いや、言える訳がない。
人形は人形で、機械は機械だ。
一義的なのは中身と器なのだ。ヒトは、中身とそれを受け止める器が揃って初めてヒトなんだ。
料理だって同じ。どれだけ美味しそうな料理でも器、つまり皿を蔑ろにする事は出来ない。
……受け売りだがな。
中身と、器。それが揃って初めてヒト……。
スカスカな俺はヒト?
漠然とした靄を無理矢理理想に仕立て上げ、それを生きる理由にしている俺は、ヒト?
馬鹿な。その疑問自体が馬鹿馬鹿しい。こうして思考している事はヒトである証明に成し得る筈。
俺はヒト……ヒトなんだ。
欲求だって、当然ある。
『飢え』『渇き』『排泄』『睡眠』
確かにある。しかしそれは、ヒトである証拠か?
生理的欲求。下らない。バイラスと一緒のレベルじゃないか。
足りない。俺はヒトでありたい。
『恐怖からの回避』『安全確保』『苦痛からの逃走』
安全欲求。駄目だまだ足りない。
もっと高次元へ。ヒトである為に。
『所属』『愛情』『親和』
愛情欲求。……おかしい。俺にはそんなもの無いぞ?
馬鹿を言え、そんな筈は無い。俺はヒトなんだから。
『尊敬』『承認』『支配』『名誉』『地位』
尊敬欲求?
『自己達成』『生き甲斐』『理想』
自己実現欲求?
おかしい、無いぞ?
違う?(違わない?)
何処で、落としてしまったんだろう。
俺は―――。
俺はヒト……ヒトなんだ。
欲求だって、当然ある。
『飢え』『渇き』『排泄』『睡眠』
確かにある。しかしそれは、ヒトである証拠か?
生理的欲求。下らない。バイラスと一緒のレベルじゃないか。
足りない。俺はヒトでありたい。
『恐怖からの回避』『安全確保』『苦痛からの逃走』
安全欲求。駄目だまだ足りない。
もっと高次元へ。ヒトである為に。
『所属』『愛情』『親和』
愛情欲求。……おかしい。俺にはそんなもの無いぞ?
馬鹿を言え、そんな筈は無い。俺はヒトなんだから。
『尊敬』『承認』『支配』『名誉』『地位』
尊敬欲求?
『自己達成』『生き甲斐』『理想』
自己実現欲求?
おかしい、無いぞ?
違う?(違わない?)
何処で、落としてしまったんだろう。
俺は―――。
暫く経っただろうか。
降雪は止むがしかし厚い黒雲は晴れる事無く、寒く、薄暗い張り詰めた空気の中彼等は対峙していた。
時刻を確認する隙は無い。が、恐らく空は橙から完全に深い青紫に変わっている頃だろう。
放送された禁止予定エリアも既に全て禁止エリアとなっている事も想像に難くない。
最後の二名、ミトス=ユグドラシルとヴェイグ=リュングベルは静かに互いを睨んでいた。
雪が降る夜は物音一つしないと言うが、正にその通りかもしれない。
重い静寂はただ冷気として虚空に溶けてゆく。
「……どけよ。僕は暇じゃないんだ、姉様が待ってるんだからさ」
最初に静寂を切り裂いたのは数秒の間に痺れを切らせた天使、ミトス=ユグドラシルだった。
しかし激しさを増す天使の剣幕に怯む事無くヴェイグは冷静に様子を伺う。
この少年が今少なからず冷静さを欠いているのは明瞭。だがそれも長くは続くまい。
降雪は止むがしかし厚い黒雲は晴れる事無く、寒く、薄暗い張り詰めた空気の中彼等は対峙していた。
時刻を確認する隙は無い。が、恐らく空は橙から完全に深い青紫に変わっている頃だろう。
放送された禁止予定エリアも既に全て禁止エリアとなっている事も想像に難くない。
最後の二名、ミトス=ユグドラシルとヴェイグ=リュングベルは静かに互いを睨んでいた。
雪が降る夜は物音一つしないと言うが、正にその通りかもしれない。
重い静寂はただ冷気として虚空に溶けてゆく。
「……どけよ。僕は暇じゃないんだ、姉様が待ってるんだからさ」
最初に静寂を切り裂いたのは数秒の間に痺れを切らせた天使、ミトス=ユグドラシルだった。
しかし激しさを増す天使の剣幕に怯む事無くヴェイグは冷静に様子を伺う。
この少年が今少なからず冷静さを欠いているのは明瞭。だがそれも長くは続くまい。
奴の手はロイドから聞いているし、先程のシャーリィとの交戦も見ている。充分分析も出来ているつもりだ。
早く決着を付けたいところだが、安易に考えてはいけない。
ミトスは、強い。
それは例え天変地異が起ころうとも揺るぎない事実であるからだ。
「マーテルがそんなに大事か」
ヴェイグは柄を持つ右手に力を込め、右足を一歩踏み出す。
熱エネルギーを無視した汚れ無き雪の結晶達はそれにより騒がしく演舞を披露した。
「姉様の名を汚らわしい口で出すな―――」
低く、唸る様な声でミトスは呟く。
本当なら今にでも八裂きにしてやりたい。しかし今は何よりも冷静さを取り戻さなければ。
ミトスは喉元まで上がっている地団駄を踏みたい気持ちを押さえ付ける。
ここで冷静にならなければ、簡単に死ぬ。
それを理解していたからだ。見た目が少年とは言え、四千年の経験は決してお飾りでは無い。
「―――殺すよ?」
ミトスは左手をヴェイグに向けた。同時に七色に輝く光が左手に集中する。
瞬く間にその光は濃度を増し、光弾となりヴェイグへと放たれた。それと同時にミトスはアトワイトを構え走―――否、空間転移。
光弾を横に飛びながら避け、ヴェイグはその瞬間をしっかりと目の端で捕らえていた。
ヴェイグはミトスの空間転移を先程見て理解していた。
僅かに生じる転移前のタイムラグ、転移可能な半径。
ディムロスの助言やロイドの話からもそれらは確かな情報だった。
故に先程はミトスの転移限界の間合いを常に取っていた。
従って、アトワイトを構えたのは直接攻撃だと思わせる為のフェイクだとヴェイグは理解していた。
詰まり、結論を述べるとこの空間転移の意味は直接攻撃では無く、
「消えろ―――レイ!」
詠唱の為だという事!
ヴェイグにはミトスの位置は確認出来なかった。しかし今それは問題では無い。
ヴェイグは極めて冷静だった。
早く決着を付けたいところだが、安易に考えてはいけない。
ミトスは、強い。
それは例え天変地異が起ころうとも揺るぎない事実であるからだ。
「マーテルがそんなに大事か」
ヴェイグは柄を持つ右手に力を込め、右足を一歩踏み出す。
熱エネルギーを無視した汚れ無き雪の結晶達はそれにより騒がしく演舞を披露した。
「姉様の名を汚らわしい口で出すな―――」
低く、唸る様な声でミトスは呟く。
本当なら今にでも八裂きにしてやりたい。しかし今は何よりも冷静さを取り戻さなければ。
ミトスは喉元まで上がっている地団駄を踏みたい気持ちを押さえ付ける。
ここで冷静にならなければ、簡単に死ぬ。
それを理解していたからだ。見た目が少年とは言え、四千年の経験は決してお飾りでは無い。
「―――殺すよ?」
ミトスは左手をヴェイグに向けた。同時に七色に輝く光が左手に集中する。
瞬く間にその光は濃度を増し、光弾となりヴェイグへと放たれた。それと同時にミトスはアトワイトを構え走―――否、空間転移。
光弾を横に飛びながら避け、ヴェイグはその瞬間をしっかりと目の端で捕らえていた。
ヴェイグはミトスの空間転移を先程見て理解していた。
僅かに生じる転移前のタイムラグ、転移可能な半径。
ディムロスの助言やロイドの話からもそれらは確かな情報だった。
故に先程はミトスの転移限界の間合いを常に取っていた。
従って、アトワイトを構えたのは直接攻撃だと思わせる為のフェイクだとヴェイグは理解していた。
詰まり、結論を述べるとこの空間転移の意味は直接攻撃では無く、
「消えろ―――レイ!」
詠唱の為だという事!
ヴェイグにはミトスの位置は確認出来なかった。しかし今それは問題では無い。
ヴェイグは極めて冷静だった。
来るのが魔法であると分かっている以上は、相手の位置は大した問題じゃないと理解しているのだ。
「残念だがな、ミトス」
光の球体が片目の青年の頭上に現われ、光線を発射せんと膨張する。
しかし……見切っていた。ヴェイグは見切っていた。頭上より降り注ぐ光線を。
ロイドからレイという技について聞いていたから、という理由も確かにある。
「俺の世界にはその技の上を行く術があるんだ」
しかしヴェイグがレイを完全に見切ったのはそれとはまた別の理由があった。
ヴェイグの世界、カレギアにはレイを超越する手数と速度を持つ上級術があるからだ。
双方の術を威力を除いて比較すれば、そこには天と地の差があった。
故に、躱せる。
「何百何千とこの目に収めてきた」
襲い掛かる光線をヴェイグはフットワークを駆使し躱してゆく。
この程度ならば、絶・瞬影迅を使うまでも無い。
「だから、」
最後の一撃を躱すとヴェイグはミトスを見つけ走る。
構えられた剣には熱気と冷気が集い、気流の衣を纏っていた。
対するミトスはそれを見て歯軋りをする。
避けられた、僕のレイが? 馬鹿な、上級術だぞッ?
くそッ、調子に乗るなよ劣悪種如きがッ! こんな場所で足止めを喰ってる場合じゃない、早く姉様に会わなきゃならないのに!
ああ駄目だ、冷静になれ……!
最早ミトスは客観的に自身を見る事が出来なかった。冷静になるつもりが脳に募るは焦躁と苛立ち。
しかしミトスはそれを把握する事すら叶わない。それ程までに混乱していた。
駄目だ、ここは冷静にならないと。相手の能力は未知数なんだ。
それに先程の動きと間合い。僕の術を知っている? おのれ、何処からのソースだ。
……ああ、ロイドか。
ええい、こんな簡単な事も忘れているなんて僕らしくない。クールになるんだ。
「残念だがな、ミトス」
光の球体が片目の青年の頭上に現われ、光線を発射せんと膨張する。
しかし……見切っていた。ヴェイグは見切っていた。頭上より降り注ぐ光線を。
ロイドからレイという技について聞いていたから、という理由も確かにある。
「俺の世界にはその技の上を行く術があるんだ」
しかしヴェイグがレイを完全に見切ったのはそれとはまた別の理由があった。
ヴェイグの世界、カレギアにはレイを超越する手数と速度を持つ上級術があるからだ。
双方の術を威力を除いて比較すれば、そこには天と地の差があった。
故に、躱せる。
「何百何千とこの目に収めてきた」
襲い掛かる光線をヴェイグはフットワークを駆使し躱してゆく。
この程度ならば、絶・瞬影迅を使うまでも無い。
「だから、」
最後の一撃を躱すとヴェイグはミトスを見つけ走る。
構えられた剣には熱気と冷気が集い、気流の衣を纏っていた。
対するミトスはそれを見て歯軋りをする。
避けられた、僕のレイが? 馬鹿な、上級術だぞッ?
くそッ、調子に乗るなよ劣悪種如きがッ! こんな場所で足止めを喰ってる場合じゃない、早く姉様に会わなきゃならないのに!
ああ駄目だ、冷静になれ……!
最早ミトスは客観的に自身を見る事が出来なかった。冷静になるつもりが脳に募るは焦躁と苛立ち。
しかしミトスはそれを把握する事すら叶わない。それ程までに混乱していた。
駄目だ、ここは冷静にならないと。相手の能力は未知数なんだ。
それに先程の動きと間合い。僕の術を知っている? おのれ、何処からのソースだ。
……ああ、ロイドか。
ええい、こんな簡単な事も忘れているなんて僕らしくない。クールになるんだ。
あらゆる状況に最善策で対応する為には、冷静になる事が大切だとミトスは理解している。
「その程度の技で俺を捕えられると思うな―――風神剣ッ!」
地面に向かって風神剣!?
「……ッ」
ミトスは心底嫌そうな顔をした。
真逆、こう来るとは。
乱気流の塊は地面に積もった粉雪に乱舞を命令する。
粉雪は当然、抵抗する事無く命令されるがままに舞いを踊った。
ミトスは軽く舌打ちをした。
パウダースノウの目眩まし、か。どうやら頭はそこまで悪く無いらしい。
……このフィールドは自分に不利過ぎる。奴は地の利を最大限に活かしてくるだろう。
このままでは全身に刃を向けられているまま闘うようなものだ。かと言って炎で焼き払うとなると精神力消費が痛い。それに雪に炎は相性が悪過ぎるし、焼き払う隙も無い。
已むを得ない、気に食わないがこのまま闘うしか無いか。
「何時まで隠れんぼしてるつもり? いちいち遊んでる程暇じゃないんだけどね」
後ろ、前、上、右、左。さあ何処からでも来い。
ミトスは目を閉じた。こう粉雪に舞われては天使の目も役立たず。そう考え耳だけに神経を集中させたのだ。
と、微かな物音を天使の耳が捕える。
(背後ッ!)
ミトスは脊髄反射並、いやそれ以上のスピードで後ろを振り向き光弾で牽制する。
しかし。
「霜柱、だと」
光弾が砕いたのは人の頭では無く、巨大な霜柱だったのだ。
「天使は耳が良いらしいからな……悪いが利用させて貰った」
ミトスの左側から現れたヴェイグにより、フィートシンボルで強化された一撃が振り下ろされた。
「その程度の技で俺を捕えられると思うな―――風神剣ッ!」
地面に向かって風神剣!?
「……ッ」
ミトスは心底嫌そうな顔をした。
真逆、こう来るとは。
乱気流の塊は地面に積もった粉雪に乱舞を命令する。
粉雪は当然、抵抗する事無く命令されるがままに舞いを踊った。
ミトスは軽く舌打ちをした。
パウダースノウの目眩まし、か。どうやら頭はそこまで悪く無いらしい。
……このフィールドは自分に不利過ぎる。奴は地の利を最大限に活かしてくるだろう。
このままでは全身に刃を向けられているまま闘うようなものだ。かと言って炎で焼き払うとなると精神力消費が痛い。それに雪に炎は相性が悪過ぎるし、焼き払う隙も無い。
已むを得ない、気に食わないがこのまま闘うしか無いか。
「何時まで隠れんぼしてるつもり? いちいち遊んでる程暇じゃないんだけどね」
後ろ、前、上、右、左。さあ何処からでも来い。
ミトスは目を閉じた。こう粉雪に舞われては天使の目も役立たず。そう考え耳だけに神経を集中させたのだ。
と、微かな物音を天使の耳が捕える。
(背後ッ!)
ミトスは脊髄反射並、いやそれ以上のスピードで後ろを振り向き光弾で牽制する。
しかし。
「霜柱、だと」
光弾が砕いたのは人の頭では無く、巨大な霜柱だったのだ。
「天使は耳が良いらしいからな……悪いが利用させて貰った」
ミトスの左側から現れたヴェイグにより、フィートシンボルで強化された一撃が振り下ろされた。
「……見掛けに依らずお喋り好きみたいだね」
丁度高い金属音が鳴り止む頃にミトスが呟く。
ディムロスは逸早く刀身をして金属音の正体を感じ取った。
アトワイトだ、と。
間一髪。ミトスは胸を撫で下ろした。
危ないところだった。奴が喋らければ場所、タイミング共に特定出来なかった。
神なんか居ないと信じてきたが、この瞬間だけは感謝してやってもいい。
「ほざけッ!」
ヴェイグは確信していた。
先の太刀筋は確実にミトスの胸を薙払う一撃だった筈。
それが防がれた。
確信した事実をひっくり返される事程の屈辱は無い。
衝撃で舞った雪によりミトスの姿は見えないが、恐らく1ミリたりとも負傷していないだろう事は想像に難くない。
「雪の目眩ましとはなかなかだね、称賛に値するよ」
やっと冷静になれたよ、感謝してやる。
丁度高い金属音が鳴り止む頃にミトスが呟く。
ディムロスは逸早く刀身をして金属音の正体を感じ取った。
アトワイトだ、と。
間一髪。ミトスは胸を撫で下ろした。
危ないところだった。奴が喋らければ場所、タイミング共に特定出来なかった。
神なんか居ないと信じてきたが、この瞬間だけは感謝してやってもいい。
「ほざけッ!」
ヴェイグは確信していた。
先の太刀筋は確実にミトスの胸を薙払う一撃だった筈。
それが防がれた。
確信した事実をひっくり返される事程の屈辱は無い。
衝撃で舞った雪によりミトスの姿は見えないが、恐らく1ミリたりとも負傷していないだろう事は想像に難くない。
「雪の目眩ましとはなかなかだね、称賛に値するよ」
やっと冷静になれたよ、感謝してやる。
ミトスはクルクルと紋章を回しながら嗤った。
……そう、目眩ましは御互い様。
「けどさ劣悪種」
先ずディムロスが異変に気付く。異常な程早い魔力の収束、しかも強力な。
いかん、これは。
「詰めが甘いんだよ―――ホーリーランス!」
剣士の最大の利点であり同時に弱点であるもの。
それが接近戦に固定される点である。
目眩ましによる術士への接近はミトスの経験上想定の範囲内であった。尤も、雪を使ってくるとは思っていなかったが。
……しかし対するヴェイグは。
「甘いのは、」
一枚、上手だった。
シャーリィとミトスの戦いから、ミトスを倒す事は一筋縄では行かないという事実は明白であったからだ。
油断は大敵、それ故にヴェイグの頭の中では常に最悪のパターンのみで構成されていた。
従って術撃による接近戦の防衛行動は想定の範囲内ッ!
「貴様だ―――――幻魔ッ、衝裂破!」
繰り出されるは神速のバックステップから放たれる絶対の攻撃範囲を持つ十字斬り。
五本の聖なる槍の焦点から体をずらす事により術を華麗に躱し、向こう側に現れるその巨大な十字はミトスを血塗れにすると思われた―――が、しかし。
『ヴェイグッ! 避けろ! 左だッ!』
突然の叫びは期待する天使の苦痛に塗れたものでは無くディムロスのモノで、返事をされる事無くそれは虚しく暗雲の彼方へと消えて行く。
刹那、ヴェイグは手応えが無い事に気付くが時既に遅し。
「二度言わすな、羽虫」
その未だに余裕すら感じ取れる声は寒気がする程ゆっくりと、ヴェイグの前方からでは無く目を失った方の耳元で囁かれた。
「甘いのは、お前だよ」
(死角ッ!)
ヴェイグがその事実に気付きミトスへ顔を向ける瞬間に“それ”は起きた。
……そう、目眩ましは御互い様。
「けどさ劣悪種」
先ずディムロスが異変に気付く。異常な程早い魔力の収束、しかも強力な。
いかん、これは。
「詰めが甘いんだよ―――ホーリーランス!」
剣士の最大の利点であり同時に弱点であるもの。
それが接近戦に固定される点である。
目眩ましによる術士への接近はミトスの経験上想定の範囲内であった。尤も、雪を使ってくるとは思っていなかったが。
……しかし対するヴェイグは。
「甘いのは、」
一枚、上手だった。
シャーリィとミトスの戦いから、ミトスを倒す事は一筋縄では行かないという事実は明白であったからだ。
油断は大敵、それ故にヴェイグの頭の中では常に最悪のパターンのみで構成されていた。
従って術撃による接近戦の防衛行動は想定の範囲内ッ!
「貴様だ―――――幻魔ッ、衝裂破!」
繰り出されるは神速のバックステップから放たれる絶対の攻撃範囲を持つ十字斬り。
五本の聖なる槍の焦点から体をずらす事により術を華麗に躱し、向こう側に現れるその巨大な十字はミトスを血塗れにすると思われた―――が、しかし。
『ヴェイグッ! 避けろ! 左だッ!』
突然の叫びは期待する天使の苦痛に塗れたものでは無くディムロスのモノで、返事をされる事無くそれは虚しく暗雲の彼方へと消えて行く。
刹那、ヴェイグは手応えが無い事に気付くが時既に遅し。
「二度言わすな、羽虫」
その未だに余裕すら感じ取れる声は寒気がする程ゆっくりと、ヴェイグの前方からでは無く目を失った方の耳元で囁かれた。
「甘いのは、お前だよ」
(死角ッ!)
ヴェイグがその事実に気付きミトスへ顔を向ける瞬間に“それ”は起きた。
“それ”って何? と聞かれるかもしれないが、ヴェイグには何が起きたかが分からなかったのだ、体感したものを“それ”としか表現出来なかった。
ヴェイグは戸惑った。脇腹に猛烈な痛みを感じ、更に自らの足が得も言われぬ浮遊感に襲われたのだ。
突然のそれに感覚器官が麻痺する。従って何故こうなったかをヴェイグには知覚出来なかった。
浮遊感と同時に残された眼球に映された景色が那由多の線で構成される。
御世辞にもその一枚絵は芸術とは言えない。
「な、にッ!?」
地面から足が離れた? 横腹が熱い!?
何だ? 何をされた? 一体何が起こっている?
この浮遊感……! そうか、俺は吹き飛ばされたのか!?
しまった、ならば早く受け身を……ッ!?
「ぐえぁッ!」
しかしそこに至るまでには少々時間が掛かり過ぎていた。
激しい破壊音と共にヴェイグに襲いかかるは全身が何か固いモノにこれでもかという勢いで打ち付けられる感覚。
蛙が潰れた時に口から出す様な音と血が混じった粘液を口から発してヴェイグの体は瓦礫に埋没され、沈黙した。
「……教えてやるよ劣悪種」
石壁の崩れる音が止み、その余韻を楽しむかの様に演奏される土埃と粉雪の二重奏。
その向こう側でミトスは抜き取ったエターナルソードを手の中でクルクルと回しながら、呟く。
まるで旋律を楽しむ指揮者の様に。
息一つ乱す事無く、力の差を見せつける様に、綽然とした態度の天使は更に続ける。
「お前はどう足掻いても、僕には勝てない」
土埃が去り、瓦礫から辛うじて覗くコアクリスタルは、その奥に一人の天使を認めた。
絶対的無慈悲な力を持つクルシスの指導者、ミトス=ユグドラシルという名の天使の姿を。
しかし確かに一瞬、ディムロスには本来天使を意味するその輝く羽が悪魔の羽に見えた。
その悪魔……もとい天使はエターナルソードをサックに入れつつ再び口を開いた。
「理由は簡単。経験の差だよ。決して埋め様の無い千年の経験の差がお前と僕にはある。
先の攻防で分かっただろう? もう諦めたらどうだ」
ヴェイグは瓦礫の中からゆっくりと起き上がる。遠目で見ても分かる程激しく肩で息をしながら。
横腹にはアトワイトに突かれた傷があった。とても浅いとは言えない傷。
しかしその傷は凍り付いている。いつの間に止血したのだろうか。
手際の良さに一瞬驚くが、その脆弱な体にミトスは鼻で笑った。
ヴェイグは戸惑った。脇腹に猛烈な痛みを感じ、更に自らの足が得も言われぬ浮遊感に襲われたのだ。
突然のそれに感覚器官が麻痺する。従って何故こうなったかをヴェイグには知覚出来なかった。
浮遊感と同時に残された眼球に映された景色が那由多の線で構成される。
御世辞にもその一枚絵は芸術とは言えない。
「な、にッ!?」
地面から足が離れた? 横腹が熱い!?
何だ? 何をされた? 一体何が起こっている?
この浮遊感……! そうか、俺は吹き飛ばされたのか!?
しまった、ならば早く受け身を……ッ!?
「ぐえぁッ!」
しかしそこに至るまでには少々時間が掛かり過ぎていた。
激しい破壊音と共にヴェイグに襲いかかるは全身が何か固いモノにこれでもかという勢いで打ち付けられる感覚。
蛙が潰れた時に口から出す様な音と血が混じった粘液を口から発してヴェイグの体は瓦礫に埋没され、沈黙した。
「……教えてやるよ劣悪種」
石壁の崩れる音が止み、その余韻を楽しむかの様に演奏される土埃と粉雪の二重奏。
その向こう側でミトスは抜き取ったエターナルソードを手の中でクルクルと回しながら、呟く。
まるで旋律を楽しむ指揮者の様に。
息一つ乱す事無く、力の差を見せつける様に、綽然とした態度の天使は更に続ける。
「お前はどう足掻いても、僕には勝てない」
土埃が去り、瓦礫から辛うじて覗くコアクリスタルは、その奥に一人の天使を認めた。
絶対的無慈悲な力を持つクルシスの指導者、ミトス=ユグドラシルという名の天使の姿を。
しかし確かに一瞬、ディムロスには本来天使を意味するその輝く羽が悪魔の羽に見えた。
その悪魔……もとい天使はエターナルソードをサックに入れつつ再び口を開いた。
「理由は簡単。経験の差だよ。決して埋め様の無い千年の経験の差がお前と僕にはある。
先の攻防で分かっただろう? もう諦めたらどうだ」
ヴェイグは瓦礫の中からゆっくりと起き上がる。遠目で見ても分かる程激しく肩で息をしながら。
横腹にはアトワイトに突かれた傷があった。とても浅いとは言えない傷。
しかしその傷は凍り付いている。いつの間に止血したのだろうか。
手際の良さに一瞬驚くが、その脆弱な体にミトスは鼻で笑った。
所詮、血を失えば死ぬ脆いタンパク質の塊。視界に入るだけで反吐が出る。
そのタンパク質の塊……もとい、固有名ヴェイグ=リュングベルは覚束無い足取りで数歩進み、瓦礫に足を取られ倒れそうになるもディムロスを地面に突き刺しバランスを取る。
「……ら……だ」
銀髪は土色に汚れだらんと垂れ、顔を隠している。
右側の頭部を打ち付けたのだろうか、右側の銀髪は血が滲み赤に染まっていた。
「何だと?」
ヴェイグは荒れ果てた瓦礫の山からミトスの顔へと視線を上げた。
天使の顔に浮かぶはよく聞こえないな、という表情であり、それ故大きく息を吸って再び、
「……諦めたらそこまでだッ!」
言い放つ。
その眼光は埋め様の無い力の差を見せ付けられても尚、鋭かった。
それを見たミトスは一瞬目を細め、陳腐な戯言だと言わんばかりにハン、と鼻で笑う。
「あはは……馬鹿じゃない? お前さ……この差を諦めない事だけで埋められるとでも思ってるの?」
思ってる、と言う代わりにヴェイグは剣を抜き、そしてふらつきながらも目の前で構える。
ディムロスはただ無言でミトスを静観する。
「やってみなければ! ……やってみなければ、分からない事だってある。柔能く剛を制すと言う様に!」
「詭弁だね。もう結果は見えてる。
お前が、負けるってね」
しかしヴェイグは気圧される事無く言い返す。
無謀は元より承知、故にヴェイグは諦めない。
「俺は決意した。選択したんだ……この世界は間違っている。だからミクトランを殺し全てを終わらせる……その為には、絶対に、負けられないッ!」
気に入らないな。
ミトスは目を細め歯を軋ませた。
非力な劣悪種如きが何をほざくか。身の程知らずが。
「気に入らない、気に入らないね……お前のその考え、その根拠の無い自信……。弱卒が大口を叩くなよ」
そのタンパク質の塊……もとい、固有名ヴェイグ=リュングベルは覚束無い足取りで数歩進み、瓦礫に足を取られ倒れそうになるもディムロスを地面に突き刺しバランスを取る。
「……ら……だ」
銀髪は土色に汚れだらんと垂れ、顔を隠している。
右側の頭部を打ち付けたのだろうか、右側の銀髪は血が滲み赤に染まっていた。
「何だと?」
ヴェイグは荒れ果てた瓦礫の山からミトスの顔へと視線を上げた。
天使の顔に浮かぶはよく聞こえないな、という表情であり、それ故大きく息を吸って再び、
「……諦めたらそこまでだッ!」
言い放つ。
その眼光は埋め様の無い力の差を見せ付けられても尚、鋭かった。
それを見たミトスは一瞬目を細め、陳腐な戯言だと言わんばかりにハン、と鼻で笑う。
「あはは……馬鹿じゃない? お前さ……この差を諦めない事だけで埋められるとでも思ってるの?」
思ってる、と言う代わりにヴェイグは剣を抜き、そしてふらつきながらも目の前で構える。
ディムロスはただ無言でミトスを静観する。
「やってみなければ! ……やってみなければ、分からない事だってある。柔能く剛を制すと言う様に!」
「詭弁だね。もう結果は見えてる。
お前が、負けるってね」
しかしヴェイグは気圧される事無く言い返す。
無謀は元より承知、故にヴェイグは諦めない。
「俺は決意した。選択したんだ……この世界は間違っている。だからミクトランを殺し全てを終わらせる……その為には、絶対に、負けられないッ!」
気に入らないな。
ミトスは目を細め歯を軋ませた。
非力な劣悪種如きが何をほざくか。身の程知らずが。
「気に入らない、気に入らないね……お前のその考え、その根拠の無い自信……。弱卒が大口を叩くなよ」
決意だって? 違うね。こいつは大きな勘違いをしている。しかもそれに気付いてすらいない。
実に腹立たしい、そして愚かだ。
こんな馬鹿が最後の相手だなんて、今日の僕はとことんまでついてないみたいだ。
「何とでも言え。お前がどう思っていようが、お前が何処の誰だろうがッ! 俺はお前を斬り伏せて行く! ……それだけだ」
ヴェイグは左手を顔の前まで上げ、地面と水平に振りながらミトスを睨み付ける。
「それは虚栄か? 驕りが過ぎるぞ、劣悪種」
ミトスの声は震えていた。
今直ぐ殺してしまいたい。が、そう簡単に殺せる相手じゃない。
人となりや性格は兎も角、曲り形にもここまで生存した人間。僕も万全の状態じゃない。
決して評価を怠ってはいけない。
ミトスは喉から溢れる殺意を抑える様に拳を握り締めた。
「驕っているのはあんただろう? 過信と慢心は隙を生むぞ」
それはクラトスの口癖だ!
軽々しくお前が口にするなッ!
「もうお前と話していても時間の無駄だ……」
低く、震える声で唸る様に呟く。
スカーフが風に靡き、雪の結晶がその布に触れた。
それを合図にミトスが光に包まれる。
『ヴェイグッ!』
「分かっている!」
空間転移!
しまった、間合いを取る事を忘れていた……俺とした事がッ!
座標は―――?
「……実力で排除させて貰う」
―――真後ろッ!
実に腹立たしい、そして愚かだ。
こんな馬鹿が最後の相手だなんて、今日の僕はとことんまでついてないみたいだ。
「何とでも言え。お前がどう思っていようが、お前が何処の誰だろうがッ! 俺はお前を斬り伏せて行く! ……それだけだ」
ヴェイグは左手を顔の前まで上げ、地面と水平に振りながらミトスを睨み付ける。
「それは虚栄か? 驕りが過ぎるぞ、劣悪種」
ミトスの声は震えていた。
今直ぐ殺してしまいたい。が、そう簡単に殺せる相手じゃない。
人となりや性格は兎も角、曲り形にもここまで生存した人間。僕も万全の状態じゃない。
決して評価を怠ってはいけない。
ミトスは喉から溢れる殺意を抑える様に拳を握り締めた。
「驕っているのはあんただろう? 過信と慢心は隙を生むぞ」
それはクラトスの口癖だ!
軽々しくお前が口にするなッ!
「もうお前と話していても時間の無駄だ……」
低く、震える声で唸る様に呟く。
スカーフが風に靡き、雪の結晶がその布に触れた。
それを合図にミトスが光に包まれる。
『ヴェイグッ!』
「分かっている!」
空間転移!
しまった、間合いを取る事を忘れていた……俺とした事がッ!
座標は―――?
「……実力で排除させて貰う」
―――真後ろッ!
刹那、高らかに金属音が鳴り響く。
「分かり易くていいな……あんたと俺、どっちが強いか、試してみるか?」
衝撃波により二人を中心にして地面に積もった雪が舞う。
見事なまでのパウダースノウ。御互いが地熱で結合する事も無く、結晶の状態のまま空中を舞う。
これで太陽の光さえあれば正に擬似ダイヤモンドダスト。
しかしそれだけに戦闘では目障り。
溶ける事が無いのは煩わしい、とミトスは思った。
「“試させて”やろうか?」
やはり、空間転移での奇襲も二度は利かないか。
魔力を込めたアトワイトはディムロスの剣の腹に綺麗に収まっていた。
ミトスは喋った後に軽く眉を顰めた。
「その驕慢な態度をどうにかしたらどうだ―――絶・霧氷装」
対するヴェイグは確かにソーディアン同士が接している事を確認すると、にやりと笑った。
「右腕を貰う」
「……ッ? これは!?」
瞬間的にソーディアン・アトワイトと自らの右手が凍り付いてゆく様を翡翠色の瞳が認める。
しかし極限のピンチが逆にミトスに冷静さを与えた。
「分かり易くていいな……あんたと俺、どっちが強いか、試してみるか?」
衝撃波により二人を中心にして地面に積もった雪が舞う。
見事なまでのパウダースノウ。御互いが地熱で結合する事も無く、結晶の状態のまま空中を舞う。
これで太陽の光さえあれば正に擬似ダイヤモンドダスト。
しかしそれだけに戦闘では目障り。
溶ける事が無いのは煩わしい、とミトスは思った。
「“試させて”やろうか?」
やはり、空間転移での奇襲も二度は利かないか。
魔力を込めたアトワイトはディムロスの剣の腹に綺麗に収まっていた。
ミトスは喋った後に軽く眉を顰めた。
「その驕慢な態度をどうにかしたらどうだ―――絶・霧氷装」
対するヴェイグは確かにソーディアン同士が接している事を確認すると、にやりと笑った。
「右腕を貰う」
「……ッ? これは!?」
瞬間的にソーディアン・アトワイトと自らの右手が凍り付いてゆく様を翡翠色の瞳が認める。
しかし極限のピンチが逆にミトスに冷静さを与えた。
不思議な昂揚感。全身のありとあらゆる神経と感覚が研ぎ澄まされる感覚。
ああ、これだ。久方振りに感じる戦闘への血沸き。
全てがスローに感じる。一歩間違えば死、極限の世界。
動き方、いなし方。体が覚えている。
そうか、僕も生粋の戦士なんだな。
ミトスの眼光が鋭く光る。
皮膚はもう完全に凍ってしまっている。仕方無い。最善策へ移る。被害が最小限のうちに。
このまま右腕をくれてやる位ならば獲物程度は。
「……壊れた短剣くらい、くれてやるさ」
ミトスは剣を魔力でコーティングした左拳で払い、無理矢理右拳を引き剥がす。
皮膚と僅かばかりの肉が剣に盗まれるが、今はそれを気にしている場合では無い事をミトスは理解している。
そして拳の違和感を無視し同時に腰を捻り回し蹴りを繰り出す。
対するヴェイグは咄嗟に腹筋を固める。蹴りが早い、ガードは不可能、との判断からだ。
「ッぐ……!」
本来ならば確実に口から血と胃液を吐き出す蹴りをヴェイグは受ける。腹筋を固めていても矢張りダメージは小さくは無い。
その口から唾液を吐きながら吹き飛ぶヴェイグは激痛に襲われていた。
只の華奢な少年の回し蹴りの次元を超えている、と素直に思う。
「……濁流に呑まれろ」
と、痛みに目を細めるヴェイグの耳に微かに入る声。
脳内で鳴る警告音。痛みを忘れ目を開いた。―――しまった、詠唱か!?
数メートル足を引き摺られながらもミトスを睨む。
大量の雪がヴェイグの足により左右に大波を作る中、地面の露出により生じた一本道の先に天使は居た。
青い光に包まれ、その腕には確かに反応する紋章。
矢張り詠唱だ、早く回避をしなければッ……!
「―――スプレッド!」
紡がれた魔法により地より出立し水流は、青年に避ける隙すら与えず牙を剥いた。
ああ、これだ。久方振りに感じる戦闘への血沸き。
全てがスローに感じる。一歩間違えば死、極限の世界。
動き方、いなし方。体が覚えている。
そうか、僕も生粋の戦士なんだな。
ミトスの眼光が鋭く光る。
皮膚はもう完全に凍ってしまっている。仕方無い。最善策へ移る。被害が最小限のうちに。
このまま右腕をくれてやる位ならば獲物程度は。
「……壊れた短剣くらい、くれてやるさ」
ミトスは剣を魔力でコーティングした左拳で払い、無理矢理右拳を引き剥がす。
皮膚と僅かばかりの肉が剣に盗まれるが、今はそれを気にしている場合では無い事をミトスは理解している。
そして拳の違和感を無視し同時に腰を捻り回し蹴りを繰り出す。
対するヴェイグは咄嗟に腹筋を固める。蹴りが早い、ガードは不可能、との判断からだ。
「ッぐ……!」
本来ならば確実に口から血と胃液を吐き出す蹴りをヴェイグは受ける。腹筋を固めていても矢張りダメージは小さくは無い。
その口から唾液を吐きながら吹き飛ぶヴェイグは激痛に襲われていた。
只の華奢な少年の回し蹴りの次元を超えている、と素直に思う。
「……濁流に呑まれろ」
と、痛みに目を細めるヴェイグの耳に微かに入る声。
脳内で鳴る警告音。痛みを忘れ目を開いた。―――しまった、詠唱か!?
数メートル足を引き摺られながらもミトスを睨む。
大量の雪がヴェイグの足により左右に大波を作る中、地面の露出により生じた一本道の先に天使は居た。
青い光に包まれ、その腕には確かに反応する紋章。
矢張り詠唱だ、早く回避をしなければッ……!
「―――スプレッド!」
紡がれた魔法により地より出立し水流は、青年に避ける隙すら与えず牙を剥いた。
ミトスは溜め息を吐く。
その白い息が大気に混ざり消えて行く様を見届けた後、体に積もった煩わしい粉雪を払いその白樺を思わせる大樹へ目線を移した。
何だよ、“これ”。
「この広場に大樹なんて無かった筈だけどね?」
呆れた顔でそう呟き向こう側が望める大樹へ嘲笑を浴びせる。
よく見ると自分の顔がその大樹へ映っていた。自分のやつれきった顔を見ると、流石にもう笑えない。
シャーリィめ、僕の顔によくもこんな傷を、と思った時。大樹の頂上から水晶を彷彿とさせるカケラが降って来た。誰かが故意に落としたのだろう。
ミトスはそのカケラを目障りだと言わんばかりに踏み砕く。
飛び散る結晶は見た目の綺麗さに似つかわしくない鈍い音を立てて沈黙した。
「……随分派手で場違いなオブジェじゃないか。悪趣味だね」
独り言にしては大きめの声で呟き、氷の大樹の頂上に立つそいつを見上げた。
目線が合い、何秒か御互いに睨み合う。
「……あんたの翼程じゃないさ」
その沈黙を破るは大樹の頂上に立つヴェイグ=リュングベル。
ディムロスに凍り付く土産をサックに入れながら、溜息を吐く。
ミトスはそれを見届けると肩を揺らして笑った。
「なかなか笑える冗談だね」
「冗談は昔から苦手だ」
ミトスは顔を引きつらせ、再び溜め息を吐く。
―――全く、喰えない奴だよこの劣悪種は。
「……あっそ。
やれやれ成程ね。お前に水属性の魔法は利かない、か」
「そういう事だ」
スプレッドを発動した瞬間、この劣悪種ヴェイグ=リュングベルは剣を下に向けた。
最初は何の真似をと思ったが、理由は直ぐに分かった。何故なら現れた水流が片っ端から全て凍っていったからだ。
その結果がこの巨大過ぎる大樹。
氷の使い手だとはキール=ツァイベルから聞いていた。が、脅威にはならないだろうと対策を考えて居なかった。僕は馬鹿だ。
何とかなるかと思っていたが、なかなかどうして闘り辛い相手だな。
半端な炎系の魔法も効きそうに無い。
氷系の魔法も効かない可能性が高い。最悪、地属性の魔法も無効化されるか? 水分が土にあれば凍らされてしまうからね。
闇、無属性の魔法を僕は使えないから……。
となると雷、光、風か。僕が得意とする光属性の魔法が効くのは助かるけど……面白くない展開だね。手札がここまで制限されるとは。
……まぁいいか、別に。どうせ殺すんだし。
「でもさ、呑気にそんな場所に立ってていいのかい?」
その白い息が大気に混ざり消えて行く様を見届けた後、体に積もった煩わしい粉雪を払いその白樺を思わせる大樹へ目線を移した。
何だよ、“これ”。
「この広場に大樹なんて無かった筈だけどね?」
呆れた顔でそう呟き向こう側が望める大樹へ嘲笑を浴びせる。
よく見ると自分の顔がその大樹へ映っていた。自分のやつれきった顔を見ると、流石にもう笑えない。
シャーリィめ、僕の顔によくもこんな傷を、と思った時。大樹の頂上から水晶を彷彿とさせるカケラが降って来た。誰かが故意に落としたのだろう。
ミトスはそのカケラを目障りだと言わんばかりに踏み砕く。
飛び散る結晶は見た目の綺麗さに似つかわしくない鈍い音を立てて沈黙した。
「……随分派手で場違いなオブジェじゃないか。悪趣味だね」
独り言にしては大きめの声で呟き、氷の大樹の頂上に立つそいつを見上げた。
目線が合い、何秒か御互いに睨み合う。
「……あんたの翼程じゃないさ」
その沈黙を破るは大樹の頂上に立つヴェイグ=リュングベル。
ディムロスに凍り付く土産をサックに入れながら、溜息を吐く。
ミトスはそれを見届けると肩を揺らして笑った。
「なかなか笑える冗談だね」
「冗談は昔から苦手だ」
ミトスは顔を引きつらせ、再び溜め息を吐く。
―――全く、喰えない奴だよこの劣悪種は。
「……あっそ。
やれやれ成程ね。お前に水属性の魔法は利かない、か」
「そういう事だ」
スプレッドを発動した瞬間、この劣悪種ヴェイグ=リュングベルは剣を下に向けた。
最初は何の真似をと思ったが、理由は直ぐに分かった。何故なら現れた水流が片っ端から全て凍っていったからだ。
その結果がこの巨大過ぎる大樹。
氷の使い手だとはキール=ツァイベルから聞いていた。が、脅威にはならないだろうと対策を考えて居なかった。僕は馬鹿だ。
何とかなるかと思っていたが、なかなかどうして闘り辛い相手だな。
半端な炎系の魔法も効きそうに無い。
氷系の魔法も効かない可能性が高い。最悪、地属性の魔法も無効化されるか? 水分が土にあれば凍らされてしまうからね。
闇、無属性の魔法を僕は使えないから……。
となると雷、光、風か。僕が得意とする光属性の魔法が効くのは助かるけど……面白くない展開だね。手札がここまで制限されるとは。
……まぁいいか、別に。どうせ殺すんだし。
「でもさ、呑気にそんな場所に立ってていいのかい?」
ミトスはミスティシンボルを左手で回す。極限にまで詠唱を短縮した術は唱えられようとしていた。
それに伴いマナが緑色の光と法陣を織り成す。
「知ってるか、ミトス?」
ヴェイグが上空で剣を構えながら口を開く。
ミトスはヴェイグを睨め付けマナを編みながら応答した。
「何をだ?」
「極寒の地ではな、しばしば雪が災害になる事があるんだ。
俺の世界ではノルゼン地方のモクラド村周辺にその現象が起こる」
嫌に落ち着いた声だった。不快感を覚える程に。
怒気や覇気といった類を感じさせない、事務的な声。
この天候の様に、不鮮明な発声目的。
ミトスは怪訝そうな表情を浮かべた。
意味が分からない。
急に何を言い出すんだ、こいつ。寒さに当てられて頭でもおかしくなったのか?
僕の詠唱が見えていないのか?
「雪崩かい?
知ってるけど、それがどうしたんだよ。ただの独り言ならチラシの裏にでも書いておくんだね」
「いや、雪崩じゃない」
俺は、シャオルーンと共に世界中を巡った。
様々な変わった生物や自然現象をこの目に収めてきた。
スールズに籠ったままでは決して体験出来ない事を沢山体験し、勉強した。
本で読んで知るより、自らの目で見た方が百倍勉強になると知った。
これはその旅の途中発見した自然現象。時に美しい白銀の粉雪が猛威を振るう。俺は自然の恐ろしさに震撼した。
黒豹のガジュマがそんな俺を見てその現象を解説してくれたんだったか。
解説の最後に彼はこう付け加えていた。
“物事には全て二面性がある。美しさの裏には必ず人を恐怖に震わせるグロテスクな部分があるんだ。これはその典型だな”
真逆、こんな所でその知識が役に立つとは。
「語ってるところ悪いけど、これ以上お前の独り言に付き合ってる暇は無いよ」
ミトスは大きく息を吸う。
術式は大方完成した。
奴が何を考えて独り言を言ってるかは分からないけど、そんなの関係無いね。
「上空の気流の影響で出来た巨大な雪玉が地上に落下する現象だ。それを、こう呼ぶ―――」
術の名を叫ばんと口を開けたミトスはここで漸く異変に気付く。
それに伴いマナが緑色の光と法陣を織り成す。
「知ってるか、ミトス?」
ヴェイグが上空で剣を構えながら口を開く。
ミトスはヴェイグを睨め付けマナを編みながら応答した。
「何をだ?」
「極寒の地ではな、しばしば雪が災害になる事があるんだ。
俺の世界ではノルゼン地方のモクラド村周辺にその現象が起こる」
嫌に落ち着いた声だった。不快感を覚える程に。
怒気や覇気といった類を感じさせない、事務的な声。
この天候の様に、不鮮明な発声目的。
ミトスは怪訝そうな表情を浮かべた。
意味が分からない。
急に何を言い出すんだ、こいつ。寒さに当てられて頭でもおかしくなったのか?
僕の詠唱が見えていないのか?
「雪崩かい?
知ってるけど、それがどうしたんだよ。ただの独り言ならチラシの裏にでも書いておくんだね」
「いや、雪崩じゃない」
俺は、シャオルーンと共に世界中を巡った。
様々な変わった生物や自然現象をこの目に収めてきた。
スールズに籠ったままでは決して体験出来ない事を沢山体験し、勉強した。
本で読んで知るより、自らの目で見た方が百倍勉強になると知った。
これはその旅の途中発見した自然現象。時に美しい白銀の粉雪が猛威を振るう。俺は自然の恐ろしさに震撼した。
黒豹のガジュマがそんな俺を見てその現象を解説してくれたんだったか。
解説の最後に彼はこう付け加えていた。
“物事には全て二面性がある。美しさの裏には必ず人を恐怖に震わせるグロテスクな部分があるんだ。これはその典型だな”
真逆、こんな所でその知識が役に立つとは。
「語ってるところ悪いけど、これ以上お前の独り言に付き合ってる暇は無いよ」
ミトスは大きく息を吸う。
術式は大方完成した。
奴が何を考えて独り言を言ってるかは分からないけど、そんなの関係無いね。
「上空の気流の影響で出来た巨大な雪玉が地上に落下する現象だ。それを、こう呼ぶ―――」
術の名を叫ばんと口を開けたミトスはここで漸く異変に気付く。
“暗い”。そう、有り得ない程急激な変化。これは時間の変化に拠るモノじゃない。暗雲が浮かんでいるんだ。
しかし何故だろうか。“暗い”という表現に微妙なニュアンスがある。
ミトスは地面へと視線を泳がしその理由を理解する。
暗いのは自分の周りだけ、円形の影が時間と比例して直径が大きくなり……真逆ッ!?
そもそも、暗雲が晴れない理由が分からなかった。何故雪があんなに都合良く止んだのか? 雪は止んだにも関わらず何故暗雲は消えなかったのか?
おかしいとは頭の片隅で思っていたのだ。
背中に嫌に冷たい汗が流れる。油断していた。完全な僕のミス。
少し考えれば分かる事だった。
奴のアレは只の独り言じゃなく……ッ!
不味い、とミトスは小さく呟く。そして未だかつてした試しが無い程までに凄まじい勢いで上を向いた。
「なッ……!?」
な、何だこれは!?
ミトスを襲ったのは正に開いた口が塞がらない、そんな状態であった。
“な”の発音の状態のまま口が固まる。
本人は発音したつもりは無いのだが、矢張り人間は予想外の展開に遭遇した場合“な”や“え”、“ちょ”としか言えないのだろう。そして、同時に無意識の内に言ってしまうのだろう。
詠唱は何時の間にか破棄され、瞳孔はこれでもかと開く。
瞬きをする行為すら脳は失念し、瞳孔を開く作業にだけ全エネルギーを捧げた。
突拍子も無い巨大な雪玉に驚きを表す事しか出来ない程、ミトスの脳内は混乱していた。
いや、しかしそれは当然。この馬鹿みたいな雪玉を見て混乱しない方がどうかしているだろう。
……何だよこれ。意味が分からない。雪の塊? 巨大過ぎる!
い、いや、違う。そ、そんな事より回避だ、回避をッ!
間に合わなッ……!
「―――スノーフォール、とな」
フォルスによって作られた人知を超えたサイズの巨大な雪玉は天使の顔に濃い影を落とす。
この広場で三つ目の最高に場違いなオブジェが、二つ目のオブジェを喰い殺そうと覆い被さる。
鼓膜が震える程凄まじい爆発音は終焉を告げる音となるか、はたまた第二ラウンド開始の音となるか。
大樹の上に立つ一人と一本はその音と様を冷静に見届けた。
オブジェが落下した衝撃により雪が舞い、更に足場に罅が入る。地響きも尋常では無い。
これが残り二人の状況で無ければ、この上無い自殺志願届に成り下がっていただろう。
圧死しただろうか、と右脳で考えるが、安直だ、と左脳が否定した。
しかし何故だろうか。“暗い”という表現に微妙なニュアンスがある。
ミトスは地面へと視線を泳がしその理由を理解する。
暗いのは自分の周りだけ、円形の影が時間と比例して直径が大きくなり……真逆ッ!?
そもそも、暗雲が晴れない理由が分からなかった。何故雪があんなに都合良く止んだのか? 雪は止んだにも関わらず何故暗雲は消えなかったのか?
おかしいとは頭の片隅で思っていたのだ。
背中に嫌に冷たい汗が流れる。油断していた。完全な僕のミス。
少し考えれば分かる事だった。
奴のアレは只の独り言じゃなく……ッ!
不味い、とミトスは小さく呟く。そして未だかつてした試しが無い程までに凄まじい勢いで上を向いた。
「なッ……!?」
な、何だこれは!?
ミトスを襲ったのは正に開いた口が塞がらない、そんな状態であった。
“な”の発音の状態のまま口が固まる。
本人は発音したつもりは無いのだが、矢張り人間は予想外の展開に遭遇した場合“な”や“え”、“ちょ”としか言えないのだろう。そして、同時に無意識の内に言ってしまうのだろう。
詠唱は何時の間にか破棄され、瞳孔はこれでもかと開く。
瞬きをする行為すら脳は失念し、瞳孔を開く作業にだけ全エネルギーを捧げた。
突拍子も無い巨大な雪玉に驚きを表す事しか出来ない程、ミトスの脳内は混乱していた。
いや、しかしそれは当然。この馬鹿みたいな雪玉を見て混乱しない方がどうかしているだろう。
……何だよこれ。意味が分からない。雪の塊? 巨大過ぎる!
い、いや、違う。そ、そんな事より回避だ、回避をッ!
間に合わなッ……!
「―――スノーフォール、とな」
フォルスによって作られた人知を超えたサイズの巨大な雪玉は天使の顔に濃い影を落とす。
この広場で三つ目の最高に場違いなオブジェが、二つ目のオブジェを喰い殺そうと覆い被さる。
鼓膜が震える程凄まじい爆発音は終焉を告げる音となるか、はたまた第二ラウンド開始の音となるか。
大樹の上に立つ一人と一本はその音と様を冷静に見届けた。
オブジェが落下した衝撃により雪が舞い、更に足場に罅が入る。地響きも尋常では無い。
これが残り二人の状況で無ければ、この上無い自殺志願届に成り下がっていただろう。
圧死しただろうか、と右脳で考えるが、安直だ、と左脳が否定した。
しかし直撃したのだから五体満足では居られまいという意見は両方の脳のディベートにより可決されたようだった。
相手はあのミトス=ユグドラシル。だがあの速度に加えてこの重さの雪玉を直に食らえばダメージを受けない筈が無い。
ヴェイグは目を閉じてこの周辺の雪の触れたものを確認する。
ミトスはどうやらあの雪玉に埋もれたようだった。
雪玉の中に確かに動体を感じたからだ。
『奴め、出て来ないな。……死んだか?』
数十秒経ち雪達の騒がしいオーケストラが止む頃にディムロスが呟いた。
「それは無いだろう。相手は腐ってもあのシャーリィに勝利した天使、ミトス=ユグドラシルだぞ?」
いや、勿論これで死んでくれれば助かるのだが、
「……やってくれるじゃないか……」
と、まぁ矢張り現実はそう甘くないようだ。
雪玉を形成するため止まっていた雪は再び降り始めていた。
「つくづく勘に触る残滓だ……小賢しい。いちいち気に食わない……ッ」
雪玉が瞬く間に水と化し、中から現れるは想像通り。
話し掛けても返事をしないただの屍……では無く、喋る天使であった。
どうやら、終焉と第二ラウンドの話は後者で間違いは無いようである。
「ミトス、久しぶりだな。雪遊びは楽しかったか?
……“弱卒が大口を叩くなよ”だったか? その言葉、もう一度言ってみろ」
明らかにおかしな方向に曲がった両手の各指を見てヴェイグは鼻で笑う。
恐らく魔力を手に収束させ溶かしたのであろう。
あの刹那に魔力を収束させるとは驚嘆に値するが、しかしあの速度と重量には勝てなかったようであった。
「楽しかったさ、けど少し物足りなかったよ」
俯くミトスの周りを七色のマナの焔が漂う。
その焔は瞬く間に地面に積もる雪を蒸発させた。
次第に焔は球体へと姿を変えてゆく。薄い七色のそれは密度を増し、濃い純白となる。
数にして優に十二。その全てが凄まじい威力を秘めている事は遠目に見ても明白であった。
そして天使は顔を上げヴェイグを睨み付ける。
純粋な憎悪、それだけがその宝石の様な瞳に浮かんでいた。
「お前の命さえ渡して貰えれば、最高に楽しめるんだけどね? ……この、劣悪種風情がッ、僕のッ! 邪魔をッ! ……するなあああぁぁぁぁぁッ!」
エターナルソード無しで空間を裂こうとするかの様な勢いでミトスは咆哮した。数々の修羅場を潜り抜けた者でなければ、耳にしただけで怖じ気付くであろう。
「くッ!?」
相手はあのミトス=ユグドラシル。だがあの速度に加えてこの重さの雪玉を直に食らえばダメージを受けない筈が無い。
ヴェイグは目を閉じてこの周辺の雪の触れたものを確認する。
ミトスはどうやらあの雪玉に埋もれたようだった。
雪玉の中に確かに動体を感じたからだ。
『奴め、出て来ないな。……死んだか?』
数十秒経ち雪達の騒がしいオーケストラが止む頃にディムロスが呟いた。
「それは無いだろう。相手は腐ってもあのシャーリィに勝利した天使、ミトス=ユグドラシルだぞ?」
いや、勿論これで死んでくれれば助かるのだが、
「……やってくれるじゃないか……」
と、まぁ矢張り現実はそう甘くないようだ。
雪玉を形成するため止まっていた雪は再び降り始めていた。
「つくづく勘に触る残滓だ……小賢しい。いちいち気に食わない……ッ」
雪玉が瞬く間に水と化し、中から現れるは想像通り。
話し掛けても返事をしないただの屍……では無く、喋る天使であった。
どうやら、終焉と第二ラウンドの話は後者で間違いは無いようである。
「ミトス、久しぶりだな。雪遊びは楽しかったか?
……“弱卒が大口を叩くなよ”だったか? その言葉、もう一度言ってみろ」
明らかにおかしな方向に曲がった両手の各指を見てヴェイグは鼻で笑う。
恐らく魔力を手に収束させ溶かしたのであろう。
あの刹那に魔力を収束させるとは驚嘆に値するが、しかしあの速度と重量には勝てなかったようであった。
「楽しかったさ、けど少し物足りなかったよ」
俯くミトスの周りを七色のマナの焔が漂う。
その焔は瞬く間に地面に積もる雪を蒸発させた。
次第に焔は球体へと姿を変えてゆく。薄い七色のそれは密度を増し、濃い純白となる。
数にして優に十二。その全てが凄まじい威力を秘めている事は遠目に見ても明白であった。
そして天使は顔を上げヴェイグを睨み付ける。
純粋な憎悪、それだけがその宝石の様な瞳に浮かんでいた。
「お前の命さえ渡して貰えれば、最高に楽しめるんだけどね? ……この、劣悪種風情がッ、僕のッ! 邪魔をッ! ……するなあああぁぁぁぁぁッ!」
エターナルソード無しで空間を裂こうとするかの様な勢いでミトスは咆哮した。数々の修羅場を潜り抜けた者でなければ、耳にしただけで怖じ気付くであろう。
「くッ!?」
そして同時に十二の弾は炸裂する。
三つは空中を滑降し地面へと派手なクレーターを残しながら消え、二つは氷の大樹を貫通し、一つはグリッドだった肉塊を焼き払い、二つは虚空へと消える。
残った四つはヴェイグへと標準を定めたようだった。
しかしこの距離。ヴェイグにとってそれを避けるには十分過ぎた。
四つの光弾を冷静に見切りヴェイグはミトスへ声を投げる。
「血迷ったか、ミトス! この距離で当たる訳が―――『違う、布石だヴェイグ! 避け「フォトンッ!」
―――光弾は視線を自分から逸らさせる為の布石ッ!?
「……何度でも言ってやるよ、劣悪種。“弱卒が大口を叩くなよ”」
後悔する隙すら与えず、灼熱の光はヴェイグの体を拘束する。圧迫により中途半端に飲み込まれた酸素が激痛の念を乗せて口から吐き出される。
苦痛に歪む叫び声。悲劇は、まだ幕を下ろしてはいないようだ。
じゅう、と皮膚が焼ける不快な音。
ヴェイグは堪らず膝を崩そうとするが光の拘束具はそれすら許さない。
吐き気がする程素敵に香ばしい匂い……もとい、臭いが鼻に入った。
しかしミトスの攻撃は止まない。
「まだだ。まだ終わりじゃないよ―――フレイムランス!」
束縛から開放されたヴェイグの右目が次に認めたのは、崩れ行く足場だった。
ミトスが発した焔の槍は見事に大樹を貫き、その半透明な幹を複雑に砕いていた。
「くそッ!」
ヴェイグは痛みに倒れる暇すら与えられず行動を強いられた。
『ヴェイグ、ミトスは私が見張る! お前は氷の破片を足場にして地上へ降り……ッ』
「そんな暇僕が与える訳無いでしょ?」
最早イニシアティブは完全に天使にあった。
空中に放り出されたヴェイグの後ろで甘く優しく、小さな声で囁くはミトス=ユグドラシル。
(空間転移……!)
「アハハ、大層な包帯だね。何処かで転んだ?」
くすくす、と笑いながらミトスは手にマナを込めた。
狙う先は左目。
ミトスは迷う事無くその右手を古傷に深く打ち込んだ。
三つは空中を滑降し地面へと派手なクレーターを残しながら消え、二つは氷の大樹を貫通し、一つはグリッドだった肉塊を焼き払い、二つは虚空へと消える。
残った四つはヴェイグへと標準を定めたようだった。
しかしこの距離。ヴェイグにとってそれを避けるには十分過ぎた。
四つの光弾を冷静に見切りヴェイグはミトスへ声を投げる。
「血迷ったか、ミトス! この距離で当たる訳が―――『違う、布石だヴェイグ! 避け「フォトンッ!」
―――光弾は視線を自分から逸らさせる為の布石ッ!?
「……何度でも言ってやるよ、劣悪種。“弱卒が大口を叩くなよ”」
後悔する隙すら与えず、灼熱の光はヴェイグの体を拘束する。圧迫により中途半端に飲み込まれた酸素が激痛の念を乗せて口から吐き出される。
苦痛に歪む叫び声。悲劇は、まだ幕を下ろしてはいないようだ。
じゅう、と皮膚が焼ける不快な音。
ヴェイグは堪らず膝を崩そうとするが光の拘束具はそれすら許さない。
吐き気がする程素敵に香ばしい匂い……もとい、臭いが鼻に入った。
しかしミトスの攻撃は止まない。
「まだだ。まだ終わりじゃないよ―――フレイムランス!」
束縛から開放されたヴェイグの右目が次に認めたのは、崩れ行く足場だった。
ミトスが発した焔の槍は見事に大樹を貫き、その半透明な幹を複雑に砕いていた。
「くそッ!」
ヴェイグは痛みに倒れる暇すら与えられず行動を強いられた。
『ヴェイグ、ミトスは私が見張る! お前は氷の破片を足場にして地上へ降り……ッ』
「そんな暇僕が与える訳無いでしょ?」
最早イニシアティブは完全に天使にあった。
空中に放り出されたヴェイグの後ろで甘く優しく、小さな声で囁くはミトス=ユグドラシル。
(空間転移……!)
「アハハ、大層な包帯だね。何処かで転んだ?」
くすくす、と笑いながらミトスは手にマナを込めた。
狙う先は左目。
ミトスは迷う事無くその右手を古傷に深く打ち込んだ。
激しい視界の歪み。
この世のものとは思えない激痛、不快感。目の内側を抉られる感覚。
ぐちゃ、という水分を含んだ柔らかい肉が潰される不快な音をヴェイグは内側から聞いた。
叫ぶ暇すら無かった。自分の体が地面に打付けられたのは、それを理解するのとほぼ同時だった。
「自分の氷の下敷きになって死ぬのは本望だろう?」
この世のものとは思えない激痛、不快感。目の内側を抉られる感覚。
ぐちゃ、という水分を含んだ柔らかい肉が潰される不快な音をヴェイグは内側から聞いた。
叫ぶ暇すら無かった。自分の体が地面に打付けられたのは、それを理解するのとほぼ同時だった。
「自分の氷の下敷きになって死ぬのは本望だろう?」
ミトスは小さなクレーターとそれに重なる様にして落ちる砕けた氷をゆっくりと降下しながら見下ろす。
「まあでも、やっぱりそう簡単にうまくはいかないよね」
土埃と粉雪で構成された粉塵が晴れる。
土台、ミトスは下が柔らかい雪の地面である事を考慮するとこれだけで殺せるとは思って無かった。
そしてヴェイグ=リュングベルが雪を操作出来る点も考慮すると、この生存は必然だった。
「……しぶとい奴」
ヴェイグ=リュングベルはクレーターの中心に立っていた。氷の破片が綺麗に中心を避けている。
上空から一瞥すると、それは蓮華を彷彿とさせた。同時に大いなる実りをも。ミトスは拳を強く握る。
どうやら操作出来るのは雪だけでは無いようだった。
「少々、効いた……」
ヴェイグは血が溢れる左目があった場所と開いてしまった脇腹の傷を押さえながら呟く。
何が“少々”だ、と自分で言っておいて思う。
まだ動ける。が、体中が悲鳴を上げている。
地面が雪に覆われていて本当に良かった。
「さて、と」
ミトスは神々しい光に包まれながらその華奢な足を地面に下ろし―――否、空間転移。
「第二ラウンド、開始だね」
座標は数メートル離れた屋根の上。
ミトスは天使の羽を震わせ、両手を広げながら笑った。
どうやらこの世界で一番場違いなオブジェは、この羽で決定なようだ。
「イノセント―――」
それを合図に七色の羽と共に体を蝕む光が辺りへ放出されんと膨張する。
しかしロイドから技を聞いていたヴェイグは冷静に自らに迫らんとするその球体を見る。
……この技を待っていた。
「絶・瞬影迅」
その悲鳴を上げていた右足は、とうの昔に蓮華の中心を、小さなクレーターを離れていた。
「―――ゼロ!」
膨張した翠の球体は破裂し、速度を増しながら360゜全方位を蝕む。
しかしヴェイグはそれを恐れる事無くただ真っ直ぐに走る。
全てを蝕む筈の天使の羽と翠の輪が体を通過しようとする。しかしヴェイグの体は障壁があるかの様にそれらを弾く。
その青黒い服の下、胸元に光るは全ての状態変化、状態異常を回避する究極の紋章、イノセント・ゼロを凌ぐ切り札。
その名はクローナシンボル。
そしてヴェイグはミトスへと飛翔する。
「喰らえッ!」
俺には遠距離系の技は無い。
しかし至近距離では空間転移が出来るミトスにいなされる可能性が大!
イノセント・ゼロを発動した瞬間に現れる隙はコンマ一秒という刹那にも等しい、少な過ぎる時間!
「まあでも、やっぱりそう簡単にうまくはいかないよね」
土埃と粉雪で構成された粉塵が晴れる。
土台、ミトスは下が柔らかい雪の地面である事を考慮するとこれだけで殺せるとは思って無かった。
そしてヴェイグ=リュングベルが雪を操作出来る点も考慮すると、この生存は必然だった。
「……しぶとい奴」
ヴェイグ=リュングベルはクレーターの中心に立っていた。氷の破片が綺麗に中心を避けている。
上空から一瞥すると、それは蓮華を彷彿とさせた。同時に大いなる実りをも。ミトスは拳を強く握る。
どうやら操作出来るのは雪だけでは無いようだった。
「少々、効いた……」
ヴェイグは血が溢れる左目があった場所と開いてしまった脇腹の傷を押さえながら呟く。
何が“少々”だ、と自分で言っておいて思う。
まだ動ける。が、体中が悲鳴を上げている。
地面が雪に覆われていて本当に良かった。
「さて、と」
ミトスは神々しい光に包まれながらその華奢な足を地面に下ろし―――否、空間転移。
「第二ラウンド、開始だね」
座標は数メートル離れた屋根の上。
ミトスは天使の羽を震わせ、両手を広げながら笑った。
どうやらこの世界で一番場違いなオブジェは、この羽で決定なようだ。
「イノセント―――」
それを合図に七色の羽と共に体を蝕む光が辺りへ放出されんと膨張する。
しかしロイドから技を聞いていたヴェイグは冷静に自らに迫らんとするその球体を見る。
……この技を待っていた。
「絶・瞬影迅」
その悲鳴を上げていた右足は、とうの昔に蓮華の中心を、小さなクレーターを離れていた。
「―――ゼロ!」
膨張した翠の球体は破裂し、速度を増しながら360゜全方位を蝕む。
しかしヴェイグはそれを恐れる事無くただ真っ直ぐに走る。
全てを蝕む筈の天使の羽と翠の輪が体を通過しようとする。しかしヴェイグの体は障壁があるかの様にそれらを弾く。
その青黒い服の下、胸元に光るは全ての状態変化、状態異常を回避する究極の紋章、イノセント・ゼロを凌ぐ切り札。
その名はクローナシンボル。
そしてヴェイグはミトスへと飛翔する。
「喰らえッ!」
俺には遠距離系の技は無い。
しかし至近距離では空間転移が出来るミトスにいなされる可能性が大!
イノセント・ゼロを発動した瞬間に現れる隙はコンマ一秒という刹那にも等しい、少な過ぎる時間!
従って接近する前に攻撃を仕掛けるしか無い!
ならばこの技でどうだッ!
「ッ!?」
(何故イノセント・ゼロが効かない? いやそれよりもこの技を分析しろ!
魔力が剣の切っ先に集中? 構えの時点で? つまり攻撃までが早いという事か!? この距離はロングレンジ? いや、クロス? 飛び込みからの突き……鳳凰天駆系の技?
いや違う、間合いが離れ過ぎている。空中での加速は出来ない。つまりこの技は放出系! ならば魔法防御が定石ッ!)
そこまでの思考で半秒遅れてミトスは防御の体制を取ろうとする。
が、しかし攻撃を仕掛けたヴェイグの速さには間に合わない。
いや、間に合わなくなってしまった。
見た瞬間に余計な思考、分析をしなければ、ガードが出来たかもしれない。
皮肉にも四千年の経験と知識が適切な判断を下したが故に反応を半秒遅らせる。
「霧氷翔ッ!」
ならばこの技でどうだッ!
「ッ!?」
(何故イノセント・ゼロが効かない? いやそれよりもこの技を分析しろ!
魔力が剣の切っ先に集中? 構えの時点で? つまり攻撃までが早いという事か!? この距離はロングレンジ? いや、クロス? 飛び込みからの突き……鳳凰天駆系の技?
いや違う、間合いが離れ過ぎている。空中での加速は出来ない。つまりこの技は放出系! ならば魔法防御が定石ッ!)
そこまでの思考で半秒遅れてミトスは防御の体制を取ろうとする。
が、しかし攻撃を仕掛けたヴェイグの速さには間に合わない。
いや、間に合わなくなってしまった。
見た瞬間に余計な思考、分析をしなければ、ガードが出来たかもしれない。
皮肉にも四千年の経験と知識が適切な判断を下したが故に反応を半秒遅らせる。
「霧氷翔ッ!」
氷の具現化が早く鋭いッ!
どうする? もうマナで防御する暇は無いし転移も間に合わない。
しかし拳でガードするとなると……くそ、やはり剣と拳では剣が優る、か。エターナルソードを取り出している暇も無いッ!
だが何もしないよりは……!
「ちッ!」
咄嗟に左手甲にマナを収束させ受ける。
血飛沫がミトスの手甲から上がった。
しかしミトスは動揺しない。接近戦は悔しいが不利、そう判断したのだ。
血飛沫が白い絨毯に染み込む前に、冷静に空間転移をし屋根の上から地面に降り距離を取る。
「……お前、どうやって僕のイノセント・ゼロを防いだ……? あの魔法をその身に受けて無事で居られる訳が無い」
トントン、と爪先を地面に叩きながら問われたヴェイグは剣を構えた。
頭から滴ったのだろう、渇いた血の道筋がその顔に黒い縦筋を刻んでいた。
「さあ、どうだろうな?」
落ち着け僕。大方、アミュレットかクローナシンボル辺りを装備しているのだろう。それかリキュールボトル辺りが妥当か。
畜生。ロイドが話しているとは分かっていたのに、それを失念していた! いつもの冷静な僕なら想定の範囲内だった筈だ…ッ!
どうする? もうマナで防御する暇は無いし転移も間に合わない。
しかし拳でガードするとなると……くそ、やはり剣と拳では剣が優る、か。エターナルソードを取り出している暇も無いッ!
だが何もしないよりは……!
「ちッ!」
咄嗟に左手甲にマナを収束させ受ける。
血飛沫がミトスの手甲から上がった。
しかしミトスは動揺しない。接近戦は悔しいが不利、そう判断したのだ。
血飛沫が白い絨毯に染み込む前に、冷静に空間転移をし屋根の上から地面に降り距離を取る。
「……お前、どうやって僕のイノセント・ゼロを防いだ……? あの魔法をその身に受けて無事で居られる訳が無い」
トントン、と爪先を地面に叩きながら問われたヴェイグは剣を構えた。
頭から滴ったのだろう、渇いた血の道筋がその顔に黒い縦筋を刻んでいた。
「さあ、どうだろうな?」
落ち着け僕。大方、アミュレットかクローナシンボル辺りを装備しているのだろう。それかリキュールボトル辺りが妥当か。
畜生。ロイドが話しているとは分かっていたのに、それを失念していた! いつもの冷静な僕なら想定の範囲内だった筈だ…ッ!
糞が、どっちにしろ、僕のイノセント・ゼロが無駄になったという事か。
あの技は見てくれより精神力を大幅に使う。万全の状態でも二回が限度だ。
それを無効化されたのはかなり痛い……!
ええい、もう何でも構わない! こいつを殺せばそれで終わる! 精神力なんか知った事か!
ミトスは歯を軋ませると紋章を回し、詠唱を開始した。
「教えるつもりは無いみたいだね。なら……無理矢理にでも吐かせてやるよ―――ファイヤボール!」
……このままの姿ではとてもじゃないがエターナルソードは振り回せない。
しかしエターナルソードを扱う為に成長を促進してユグドラシル形態になれば確実にこいつを倒せるかすら分からない……!
この上無い程不快だがこの劣悪種の腕はかなり上だ。
最初に剣と剣を交えて分かったが、あの馬鹿力……恐らくフィートシンボルかイクストリーム辺りを付けてるんだろう。
接近戦で確実に五体満足で仕留められる相手かと問われたら、答えは否。
本調子の僕であっても無傷で確実に仕留められる相手かは分からない……。
……やはり距離を取りつつ魔法での攻撃がベスト。ユグドラシル形態では不安がある。
それに、先程のような事が無い限りはまだ空間転移で何とかなる。いざとなれば接近戦も可能と言えば可能だ。
大剣を振り回す様なこいつとは、御免被りたいけど……っと。考え事が過ぎたか。
「空襲剣!」
そこには雪を左右に掻き分ける様にして加速しながら剣を構えるヴェイグの姿。
……この加速だ。どんな手品を使ったかは分からないけど通常では考えられない程のスピード。厄介だな。
先程より速度が倍はある。空間転移は無理だな。
踏み込みからの抜刀、この加速、この構え。突き系の直接攻撃か。
凄まじいポテンシャルだ。着眼点は良い。確かに僕の防御力じゃあこの攻撃はガード仕切れない。
けれど……。
「近付くなッ!」
ヴェイグは目を細めた。
幾重にも重なった魔力による絶対の衝撃波……鋭いな。確か、リジェクションという技だったか。
ヴェイグは舌打ちをした。殺傷力重視の直接攻撃もこうも簡単に往なされては意味が無い。
くそ、もう遊んでる余裕は無いんだ。肉体的にも、精神的にも!
しかも先刻からいくら待っても“アレ”を使って来ない。となればこのままダメージ覚悟で行くしかッ!
「うおおおああああッ!」
マナの衝撃波が体に新しい裂傷を次々と刻む。
あの技は見てくれより精神力を大幅に使う。万全の状態でも二回が限度だ。
それを無効化されたのはかなり痛い……!
ええい、もう何でも構わない! こいつを殺せばそれで終わる! 精神力なんか知った事か!
ミトスは歯を軋ませると紋章を回し、詠唱を開始した。
「教えるつもりは無いみたいだね。なら……無理矢理にでも吐かせてやるよ―――ファイヤボール!」
……このままの姿ではとてもじゃないがエターナルソードは振り回せない。
しかしエターナルソードを扱う為に成長を促進してユグドラシル形態になれば確実にこいつを倒せるかすら分からない……!
この上無い程不快だがこの劣悪種の腕はかなり上だ。
最初に剣と剣を交えて分かったが、あの馬鹿力……恐らくフィートシンボルかイクストリーム辺りを付けてるんだろう。
接近戦で確実に五体満足で仕留められる相手かと問われたら、答えは否。
本調子の僕であっても無傷で確実に仕留められる相手かは分からない……。
……やはり距離を取りつつ魔法での攻撃がベスト。ユグドラシル形態では不安がある。
それに、先程のような事が無い限りはまだ空間転移で何とかなる。いざとなれば接近戦も可能と言えば可能だ。
大剣を振り回す様なこいつとは、御免被りたいけど……っと。考え事が過ぎたか。
「空襲剣!」
そこには雪を左右に掻き分ける様にして加速しながら剣を構えるヴェイグの姿。
……この加速だ。どんな手品を使ったかは分からないけど通常では考えられない程のスピード。厄介だな。
先程より速度が倍はある。空間転移は無理だな。
踏み込みからの抜刀、この加速、この構え。突き系の直接攻撃か。
凄まじいポテンシャルだ。着眼点は良い。確かに僕の防御力じゃあこの攻撃はガード仕切れない。
けれど……。
「近付くなッ!」
ヴェイグは目を細めた。
幾重にも重なった魔力による絶対の衝撃波……鋭いな。確か、リジェクションという技だったか。
ヴェイグは舌打ちをした。殺傷力重視の直接攻撃もこうも簡単に往なされては意味が無い。
くそ、もう遊んでる余裕は無いんだ。肉体的にも、精神的にも!
しかも先刻からいくら待っても“アレ”を使って来ない。となればこのままダメージ覚悟で行くしかッ!
「うおおおああああッ!」
マナの衝撃波が体に新しい裂傷を次々と刻む。
真紅の血は周りに弾け飛ぶ。その血すらもがマナにより細かく刻まれた。
三つ編みにされた後ろ髪は完全に梳け、長い間巻かれていた為に中途半端に癖が付いたウェーブヘアーが露になる。
剣を握る手の力が弱り、膝が今にも崩れそうになる。古傷は殆ど開いていた。
しかしヴェイグは止まらない、怯まない。
―――奴はこれ以上俺が突っ込まないと油断している。やるならば今しか無い! ここから一気に決める!
くそ、傷が痛む。腕が震える。駄目だ。耐えろ、耐えろ、耐えろッ……!
倒れるな、保ってくれ!
さあ剣を握れ、ヴェイグ=リュングベル! この一撃に、全てを掛けて奴を撃てッ!
勝利の確率は最早二分の一、50%!
もう先は見えている障害物競争、あとはこいつを超えるだけ!
その剣に乗る感情のは憎悪でも無く怒りでも無い。
それは――。
「あああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!」
……冗談、だろ?
ミトスは目の前で叫ぶその命知らずの怪物に驚愕した。
何という不覚、何という執念!
いや、僕は悪くはない。だって普通、あのマナの壁に防御もせず突っ込むか? 答えは否だ。
剃刀の刃の湖に裸で突っ込むようなものだぞ? 馬鹿かこいつは?
普通じゃないよ、お前。イカれてる。
何故倒れない、何故怯まない! 死が怖くないのか劣悪種!?
……だが何故だ、こいつは僕に何処と無く似ている。
その目。そうか、死を覚悟したか。
狂ってなんかいないのか、それがお前の正気。
成程、ならば僕も覚悟を決めよう。(否、そうせざるを得ない)受けてやるよ劣悪種―――いや、ヴェイグ。(戦士として認めてやろう)
三つ編みにされた後ろ髪は完全に梳け、長い間巻かれていた為に中途半端に癖が付いたウェーブヘアーが露になる。
剣を握る手の力が弱り、膝が今にも崩れそうになる。古傷は殆ど開いていた。
しかしヴェイグは止まらない、怯まない。
―――奴はこれ以上俺が突っ込まないと油断している。やるならば今しか無い! ここから一気に決める!
くそ、傷が痛む。腕が震える。駄目だ。耐えろ、耐えろ、耐えろッ……!
倒れるな、保ってくれ!
さあ剣を握れ、ヴェイグ=リュングベル! この一撃に、全てを掛けて奴を撃てッ!
勝利の確率は最早二分の一、50%!
もう先は見えている障害物競争、あとはこいつを超えるだけ!
その剣に乗る感情のは憎悪でも無く怒りでも無い。
それは――。
「あああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!」
……冗談、だろ?
ミトスは目の前で叫ぶその命知らずの怪物に驚愕した。
何という不覚、何という執念!
いや、僕は悪くはない。だって普通、あのマナの壁に防御もせず突っ込むか? 答えは否だ。
剃刀の刃の湖に裸で突っ込むようなものだぞ? 馬鹿かこいつは?
普通じゃないよ、お前。イカれてる。
何故倒れない、何故怯まない! 死が怖くないのか劣悪種!?
……だが何故だ、こいつは僕に何処と無く似ている。
その目。そうか、死を覚悟したか。
狂ってなんかいないのか、それがお前の正気。
成程、ならば僕も覚悟を決めよう。(否、そうせざるを得ない)受けてやるよ劣悪種―――いや、ヴェイグ。(戦士として認めてやろう)
剣が肉を断つ音と、夥しい量の鮮血が地面に飛び散る音の不協和音が世界を包む。
純白の布は見事なまでの斑模様の悪趣味なタペストリーとなった。
……冗談、だろ?
ヴェイグ=リュングベルもまた、同じような感想を抱きその命知らずの怪物に驚愕した。
確かに、自分の剣はミトスの肉を貫き鮮血の飛沫を上げさせた。
しかも現在進行形で、貫通までしている。
相当なダメージの筈。
だがしかし、これは。
「っくくく………あはは……アハハハハハ……!」
炎の大剣は深々とミトスの左手首から手の平に刺さっていた―――
「勝つのは、僕、なんだよ……!」
―――且つ、握られていた。
脂汗をその顔に浮かばせながらミトスは嗤う。
口元は歪んでいるが眉間に皺が寄っているその様は異様であり、ヴェイグは絶句する。
純白の布は見事なまでの斑模様の悪趣味なタペストリーとなった。
……冗談、だろ?
ヴェイグ=リュングベルもまた、同じような感想を抱きその命知らずの怪物に驚愕した。
確かに、自分の剣はミトスの肉を貫き鮮血の飛沫を上げさせた。
しかも現在進行形で、貫通までしている。
相当なダメージの筈。
だがしかし、これは。
「っくくく………あはは……アハハハハハ……!」
炎の大剣は深々とミトスの左手首から手の平に刺さっていた―――
「勝つのは、僕、なんだよ……!」
―――且つ、握られていた。
脂汗をその顔に浮かばせながらミトスは嗤う。
口元は歪んでいるが眉間に皺が寄っているその様は異様であり、ヴェイグは絶句する。
その天使の翡翠を思わす目には狂気ならぬ“狂喜”が浮かんでいた。
ヴェイグはディムロスを引き抜こうとするが、ミトスは意地でも離さないつもりである事を悟り諦める。矛盾している話だが、きっと左手が千切れようとも離さないだろう。
普通、こんな真似するか? 何故だ、馬鹿か?
脂汗が顎から滴ってるじゃないか。何故離さない、何故引かない、何故恐れない何故立っていられる何故笑っていられる?
狂ってる―――否。この天使は狂ってなどいない、正気だ。寒気がする程に。
この非常識な行為に迷い一つ感じられない。
この、この目は、この天使は最初から……。
「これで、お前は逃げられない」
……そうか、こいつも俺と同じで……。
ゆっくりと、ミトスの右手ヴェイグの胸に置かれた。
ヴェイグはそれを目で辿る事しか出来なかった。
呆気に取られたからという理由もあるがそれが全てでは無い。
避けてはいけない、そんな使命感に駆られたからだ。
その究極に無駄で下らない使命感故に数秒後猛烈に後悔する羽目になるが、この時のヴェイグはその様な事を知る由も無く。
刹那、凄まじい光と共に零距離で三発の光が胸に被弾する。
しかしヴェイグは剣を離さない。倒れもしない。血を口から吐きながらも、激痛に耐え嗤ってみせた。
倒れた方が負け、そんなルールがこの場に存在している様な錯覚に襲われた。
そして月並な事この上無い表現だが、その瞬間にヴェイグは思う。
“世界が凍った”と。
色という色が反転する世界の中で、風すらも、降っている雪すらも空中で止まる。
その中で自分がたった一つの正しい色彩を持つ動体に見え―――いや、もう一つそれはあった。目の前の天使だ。
天使が携えた羽はモノトーンの世界を皮肉しているようで可笑しく、ヴェイグは心の中で笑う。
この世界のルールに乗っ取ってここまで辿り着いた住民がこの世界を皮肉るなんて、烏滸がましいにも程がある。
天使はそんなヴェイグの気持ちを知ってか知らずか、口元を歪ませてそれに応えた。
目線が合う。両者は悟った。この勝負の終焉が近い事を。
そして世界は凍結から開放される。世界の色彩が戻る瞬間、青年が剣を全力で抜き、天使の横腹を切り裂こうとする。同時に天使が可及的最高速度での詠唱を終える。
両者の高らかな雄叫びが渇いた空に刺激を与え、極限まで煮詰められた彼等の魔力と闘気の炎は敷き詰められた趣味の悪いタペストリーを一緒にして焼き払う。
ヴェイグはディムロスを引き抜こうとするが、ミトスは意地でも離さないつもりである事を悟り諦める。矛盾している話だが、きっと左手が千切れようとも離さないだろう。
普通、こんな真似するか? 何故だ、馬鹿か?
脂汗が顎から滴ってるじゃないか。何故離さない、何故引かない、何故恐れない何故立っていられる何故笑っていられる?
狂ってる―――否。この天使は狂ってなどいない、正気だ。寒気がする程に。
この非常識な行為に迷い一つ感じられない。
この、この目は、この天使は最初から……。
「これで、お前は逃げられない」
……そうか、こいつも俺と同じで……。
ゆっくりと、ミトスの右手ヴェイグの胸に置かれた。
ヴェイグはそれを目で辿る事しか出来なかった。
呆気に取られたからという理由もあるがそれが全てでは無い。
避けてはいけない、そんな使命感に駆られたからだ。
その究極に無駄で下らない使命感故に数秒後猛烈に後悔する羽目になるが、この時のヴェイグはその様な事を知る由も無く。
刹那、凄まじい光と共に零距離で三発の光が胸に被弾する。
しかしヴェイグは剣を離さない。倒れもしない。血を口から吐きながらも、激痛に耐え嗤ってみせた。
倒れた方が負け、そんなルールがこの場に存在している様な錯覚に襲われた。
そして月並な事この上無い表現だが、その瞬間にヴェイグは思う。
“世界が凍った”と。
色という色が反転する世界の中で、風すらも、降っている雪すらも空中で止まる。
その中で自分がたった一つの正しい色彩を持つ動体に見え―――いや、もう一つそれはあった。目の前の天使だ。
天使が携えた羽はモノトーンの世界を皮肉しているようで可笑しく、ヴェイグは心の中で笑う。
この世界のルールに乗っ取ってここまで辿り着いた住民がこの世界を皮肉るなんて、烏滸がましいにも程がある。
天使はそんなヴェイグの気持ちを知ってか知らずか、口元を歪ませてそれに応えた。
目線が合う。両者は悟った。この勝負の終焉が近い事を。
そして世界は凍結から開放される。世界の色彩が戻る瞬間、青年が剣を全力で抜き、天使の横腹を切り裂こうとする。同時に天使が可及的最高速度での詠唱を終える。
両者の高らかな雄叫びが渇いた空に刺激を与え、極限まで煮詰められた彼等の魔力と闘気の炎は敷き詰められた趣味の悪いタペストリーを一緒にして焼き払う。
拮抗し、行き場を失った二人の闘気と魔力は上空の暗雲をも割った。
「「はあああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!」」
二人のその様は正に鬼神。
血塗れた体で尚体を動かすは体力では無く、精神力でも無い。憎悪でも無ければ怒りでも無い。
それは一本の信念という旗を守る為ッ!
「貰ったああぁぁぁぁぁッ!」
ディムロスがミトスの横腹を横に深く薙払う。
ミトスの血と肉と臓物が空中に吹き飛んだ。
しかしミトスは怯まない!
最早体力などという無駄なメーターはこの死闘の勝敗を分ける尺度にもならないッ!
「紫雷の鎚よ―――ライトニング!」
光速の紫雷はヴェイグの脳天を襲い、たまらず膝を地に着かせるッ!
(好機ッ!)
ミトスはヴェイグを吹き飛ばし家屋の屋根へと空間転移をする。ヴェイグが受け身を取り走るが、距離が遠過ぎた。
ミトスは折れそうになる膝に鞭を打ち、横腹を押さえながらも紫のマナを練り詠唱を開始した。
屋根から垂れ下がる二本の氷柱が一本、地に落ち砕け散った。
まるで未来の敗者を嘲笑うかの様に。
「「はあああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!」」
二人のその様は正に鬼神。
血塗れた体で尚体を動かすは体力では無く、精神力でも無い。憎悪でも無ければ怒りでも無い。
それは一本の信念という旗を守る為ッ!
「貰ったああぁぁぁぁぁッ!」
ディムロスがミトスの横腹を横に深く薙払う。
ミトスの血と肉と臓物が空中に吹き飛んだ。
しかしミトスは怯まない!
最早体力などという無駄なメーターはこの死闘の勝敗を分ける尺度にもならないッ!
「紫雷の鎚よ―――ライトニング!」
光速の紫雷はヴェイグの脳天を襲い、たまらず膝を地に着かせるッ!
(好機ッ!)
ミトスはヴェイグを吹き飛ばし家屋の屋根へと空間転移をする。ヴェイグが受け身を取り走るが、距離が遠過ぎた。
ミトスは折れそうになる膝に鞭を打ち、横腹を押さえながらも紫のマナを練り詠唱を開始した。
屋根から垂れ下がる二本の氷柱が一本、地に落ち砕け散った。
まるで未来の敗者を嘲笑うかの様に。
激痛の代わりに襲うは不快感。この世のものとはとても思えない程の。横腹と左手は炎に燻られている様に熱を帯びているだろう。
ぼたぼたと血と何かの汁と肉片が屋根に積もる雪に滴るが、最早どうでもいい。
「天候満る所に我は在り」
別に、詠唱を破棄しなければいけない訳じゃない。
ただ混戦時や一対一、仲間に前衛が居ない状況では詠唱破棄が一番効果的だからだ。
威力はそれこそがた落ちだが、僕のマナならそれでも強力な魔法をブースト出来る事に相違無い。
ただこの状況。詠唱時間は十分にあるし、ミスティシンボルもある。
ならばこの全力の一撃で叩くッ!
危ない所だった。イノセント・ゼロとユニゾン・アタックのせいで秘奥義の類は使えなくなってしまった。
一歩間違えば今頃僕は。
そう思うとまだ苛々する……くそッ!
……でも、まだ上級魔法二発程度なら撃てる。
僕の持つ上級魔法でも威力が最高レベルのインディグネイションにマナを極限まで込めて決めてやるッ!
「黄泉の門開く所に汝在り」
発動から直撃までの時間が長いのが少々ネックだが、効果範囲は申し分無い。
満身創痍の奴に逃げる暇も術も無いし、発動すれば数千万ボルトの電圧が半秒遅れて脳天から襲う。
光速故に直撃は免れない。そしてそれはイコール死を意味する。
氷など電熱と電圧の前では気休め程度にすらならない!
ぼたぼたと血と何かの汁と肉片が屋根に積もる雪に滴るが、最早どうでもいい。
「天候満る所に我は在り」
別に、詠唱を破棄しなければいけない訳じゃない。
ただ混戦時や一対一、仲間に前衛が居ない状況では詠唱破棄が一番効果的だからだ。
威力はそれこそがた落ちだが、僕のマナならそれでも強力な魔法をブースト出来る事に相違無い。
ただこの状況。詠唱時間は十分にあるし、ミスティシンボルもある。
ならばこの全力の一撃で叩くッ!
危ない所だった。イノセント・ゼロとユニゾン・アタックのせいで秘奥義の類は使えなくなってしまった。
一歩間違えば今頃僕は。
そう思うとまだ苛々する……くそッ!
……でも、まだ上級魔法二発程度なら撃てる。
僕の持つ上級魔法でも威力が最高レベルのインディグネイションにマナを極限まで込めて決めてやるッ!
「黄泉の門開く所に汝在り」
発動から直撃までの時間が長いのが少々ネックだが、効果範囲は申し分無い。
満身創痍の奴に逃げる暇も術も無いし、発動すれば数千万ボルトの電圧が半秒遅れて脳天から襲う。
光速故に直撃は免れない。そしてそれはイコール死を意味する。
氷など電熱と電圧の前では気休め程度にすらならない!
それにだ。水は電気を通すのは周知の事実。
従って奴には防ぐ方法も無いッ!
「……出立よ、神の雷ッ!」
握られたディムロスはここで漸くその術の正体に気付く。
クレメンテ老の得意とした光属性の最高威力レベルの強力な魔法、これは……ッ!
しまった、ヴェイグは?
「はああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!」
全身に吹雪に打たれながら、ディムロスは焦燥に駆られた。
ヴェイグめ、気付いて居ないのか?
……そうか! ヴェイグの世界にはインディグネイションが無い!? 不味いッ!
『ヴェイグ、この術は不味いッ! インディグネイションだ!』
咄嗟に叫ぶが既に詠唱は最終段階。
しかも何故かヴェイグはこちらの叫びに耳を貸していなかった。
『聞こえないのかッ、ヴェイグッ!』
馬鹿な、何を考えているヴェイグ? 私の声に気付いて居ない筈が無いだろう!?
奴への魔力の収束が異様である事はお前にも分かっている筈だろう! このままだと死ぬぞッ!?
何故だ……ッ!
ディムロスがそう思った矢先だった。
「俺達の勝ちだ、ディムロス――」
……ディムロスは失念していた。
ミトスが使える技をロイドから聞いていた事を。それは勿論、ヴェイグもだという事を。
詰まり、ヴェイグにも分かっていた。
これはインディグネイションだ、と。そしてヴェイグは確信した――。
「――“条件は全て整った”」
ヴェイグが応答を待つディムロスでさえ聞き取りにくい程小さな声でそう呟く。詠唱に集中しているミトスには聞こえていないであろう。
ヴェイグの目はミトスを見据えたまま、表情は変えず。
しかしディムロスに勝利を確信させるに十分な何かが満ちた声だった。
そしてその瞬間、自らの刀身にフォルスが注ぎ込まれる感覚を確かに感じた。
従って奴には防ぐ方法も無いッ!
「……出立よ、神の雷ッ!」
握られたディムロスはここで漸くその術の正体に気付く。
クレメンテ老の得意とした光属性の最高威力レベルの強力な魔法、これは……ッ!
しまった、ヴェイグは?
「はああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!」
全身に吹雪に打たれながら、ディムロスは焦燥に駆られた。
ヴェイグめ、気付いて居ないのか?
……そうか! ヴェイグの世界にはインディグネイションが無い!? 不味いッ!
『ヴェイグ、この術は不味いッ! インディグネイションだ!』
咄嗟に叫ぶが既に詠唱は最終段階。
しかも何故かヴェイグはこちらの叫びに耳を貸していなかった。
『聞こえないのかッ、ヴェイグッ!』
馬鹿な、何を考えているヴェイグ? 私の声に気付いて居ない筈が無いだろう!?
奴への魔力の収束が異様である事はお前にも分かっている筈だろう! このままだと死ぬぞッ!?
何故だ……ッ!
ディムロスがそう思った矢先だった。
「俺達の勝ちだ、ディムロス――」
……ディムロスは失念していた。
ミトスが使える技をロイドから聞いていた事を。それは勿論、ヴェイグもだという事を。
詰まり、ヴェイグにも分かっていた。
これはインディグネイションだ、と。そしてヴェイグは確信した――。
「――“条件は全て整った”」
ヴェイグが応答を待つディムロスでさえ聞き取りにくい程小さな声でそう呟く。詠唱に集中しているミトスには聞こえていないであろう。
ヴェイグの目はミトスを見据えたまま、表情は変えず。
しかしディムロスに勝利を確信させるに十分な何かが満ちた声だった。
そしてその瞬間、自らの刀身にフォルスが注ぎ込まれる感覚を確かに感じた。
「塵と化せ―――――インディグネイション!」
(*1)
ミトスは、いや、ヴェイグもそう確信する。
ミトスはゆっくりと息を吐いた。歓喜は白い水蒸気となり空中へと消える。その口には見事な三日月が浮かんでいた。
最早この術を避ける術は無い。それが意味するは相手の必死というプロセスを経由しての確固たる勝利。
ミトスは、いや、ヴェイグもそう確信する。
ミトスはゆっくりと息を吐いた。歓喜は白い水蒸気となり空中へと消える。その口には見事な三日月が浮かんでいた。
最早この術を避ける術は無い。それが意味するは相手の必死というプロセスを経由しての確固たる勝利。
術名を唱えた瞬間に雷の的となる法陣が地面に描かれ、上空数メートルに凝縮された蒼白色の高電圧の球が出現。
円錐状に薄いマナで構成された雷の誘導粒子が舞う。
数コンマ遅れて弾けるはミトスのマナにより極限まで凝縮された超高電圧の雷ッ!
その速度は電速をも超える超光速ッ!
その降雪中にて現れる青天ならぬ紫天の霹靂は、正に神が与えたに相応しい景色ッ!
激しく猛る蒼白色の雷は雷鳴と共にヴェイグの全身を喰らい尽くす、いや、それではまだ甘い! 貪り尽くすッ!
円錐状に薄いマナで構成された雷の誘導粒子が舞う。
数コンマ遅れて弾けるはミトスのマナにより極限まで凝縮された超高電圧の雷ッ!
その速度は電速をも超える超光速ッ!
その降雪中にて現れる青天ならぬ紫天の霹靂は、正に神が与えたに相応しい景色ッ!
激しく猛る蒼白色の雷は雷鳴と共にヴェイグの全身を喰らい尽くす、いや、それではまだ甘い! 貪り尽くすッ!
……そう、“本来ならば”その筈であった。
つまり、現実は。
「何!?」
ミトスはその目を疑った。
腐っても天使の目だ、見たモノを疑うなどという行為が如何に馬鹿らしいかはミトス自身心得て居るつもりである。
しかし落雷があった場所には黒く円形状に焦げた地面が在るだけで、黒焦げになり感電死したヴェイグの姿など何処にも無かったのである。
この景色を疑わずして、何としようものか。ミトスは狼狽した。
「な、何だよ……何処だッ!?」
後ろか? ミトスは振り返るがしかしヴェイグは居ない。
横? いや違う居ない!
前? 論外だ!
ならば下かッ? いや、僕は雷が落ちる瞬間以外はずっと目を開いて前を見ていた。有り得ない!
ならば答えは一つ……ッ!
「上かッ!」
ミトスは深い紫色の空を仰ぐ。
予想通り、いや選択肢がそれしか無いのだ。
当然上空何メートルかの位置にヴェイグは居た。
「御名答だ、ミトス」
ヴェイグはミトスの叫びに呼応する。
この時既にミトスの冷静さはことごとく欠如していた。故にヴェイグの異変に気付かない。
「くそッ! いちいちいちいち……小賢しいんだよ、このッ……劣悪種風情がああッ!!」
何故だ、何故だ何故だッ!
この僕が、ディザイアンとクルシスを統べるこの僕が、失策?
僕は優良種であり天使なんだぞッ!?
あんな劣悪種一匹如きにしてやられたって言うのかッ!?
認めないぞッ、僕は認めない……!
ふざけるな、ふざけるなふざけるなふざけるなッ!!
くそ、駄目だ落ち着け僕。考えるんだ。
一体奴はどうやってあの術から抜け出した?
いや、違う。そんな事は後回しだ。くそ、落ち着けよ!
冷静になるんだ……クールになれ。まだだ、まだ勝てる。マナを込めた上級魔法一発くらいならまだ撃てるさ。中級なら三発程度ならばまだ余裕だ。
……いや、待てよ?
そうだ。何を焦る事があろうかミトス=ユグドラシル。
つまり、現実は。
「何!?」
ミトスはその目を疑った。
腐っても天使の目だ、見たモノを疑うなどという行為が如何に馬鹿らしいかはミトス自身心得て居るつもりである。
しかし落雷があった場所には黒く円形状に焦げた地面が在るだけで、黒焦げになり感電死したヴェイグの姿など何処にも無かったのである。
この景色を疑わずして、何としようものか。ミトスは狼狽した。
「な、何だよ……何処だッ!?」
後ろか? ミトスは振り返るがしかしヴェイグは居ない。
横? いや違う居ない!
前? 論外だ!
ならば下かッ? いや、僕は雷が落ちる瞬間以外はずっと目を開いて前を見ていた。有り得ない!
ならば答えは一つ……ッ!
「上かッ!」
ミトスは深い紫色の空を仰ぐ。
予想通り、いや選択肢がそれしか無いのだ。
当然上空何メートルかの位置にヴェイグは居た。
「御名答だ、ミトス」
ヴェイグはミトスの叫びに呼応する。
この時既にミトスの冷静さはことごとく欠如していた。故にヴェイグの異変に気付かない。
「くそッ! いちいちいちいち……小賢しいんだよ、このッ……劣悪種風情がああッ!!」
何故だ、何故だ何故だッ!
この僕が、ディザイアンとクルシスを統べるこの僕が、失策?
僕は優良種であり天使なんだぞッ!?
あんな劣悪種一匹如きにしてやられたって言うのかッ!?
認めないぞッ、僕は認めない……!
ふざけるな、ふざけるなふざけるなふざけるなッ!!
くそ、駄目だ落ち着け僕。考えるんだ。
一体奴はどうやってあの術から抜け出した?
いや、違う。そんな事は後回しだ。くそ、落ち着けよ!
冷静になるんだ……クールになれ。まだだ、まだ勝てる。マナを込めた上級魔法一発くらいならまだ撃てるさ。中級なら三発程度ならばまだ余裕だ。
……いや、待てよ?
そうだ。何を焦る事があろうかミトス=ユグドラシル。
これはチャンスだ。奴は今空中だ、攻撃を避ける術を持って居ないッ!
つまりだ、奴は飛んで火に入る夏の虫、魔法で狙い放題という事!
「あは……あはははははッ!」
高らかな少年の笑い声と共に華麗に舞う雪の中急速に紡がれるは、風を意味する中級術。
ミトスが持ち合わせている術の中、空中の相手に一番効果的なそれである。
七色のマナはミトスの周囲に集まり、緑色の法陣を編み出す。
唱えられる術によりなます切りにされるヴェイグを想像しながら、ミトスは心の中で冷笑した。
ヴェイグはその様子を上空で冷静に見る。
マナの急速な収束に驚く事も無く、ただその纏まりを失った長髪を風に靡かせミトスを見つめる。
その顔にはまるでミトスを哀れむかのような表情さえ浮かんでいた。
それは普段のミトスであれば苛付くには十分な表情であった。が、彼にとって今の状況の中そんな事は人間牧場で飼育している劣悪種が一人死ぬ程些細な事。
逆に言えばミトスは自覚していないが、それ程までに彼は追い詰められていた。
「どうした? 諦めたのか?
はは……やっぱり、僕の勝ちだったね。よく足掻いた方だとは思うよ」
詠唱完了。
マナを風属性に完全変換。
目標の座標へのマナ転移用意完了。
エラー:想定外の展開発生。目標が目を閉じて耳を塞いでいます。意味不明。どうしますか?
……構わん、支障に成る要素と根拠が無い。術式発動開始。
「四肢を切り裂け――――エアスラス、」
つまりだ、奴は飛んで火に入る夏の虫、魔法で狙い放題という事!
「あは……あはははははッ!」
高らかな少年の笑い声と共に華麗に舞う雪の中急速に紡がれるは、風を意味する中級術。
ミトスが持ち合わせている術の中、空中の相手に一番効果的なそれである。
七色のマナはミトスの周囲に集まり、緑色の法陣を編み出す。
唱えられる術によりなます切りにされるヴェイグを想像しながら、ミトスは心の中で冷笑した。
ヴェイグはその様子を上空で冷静に見る。
マナの急速な収束に驚く事も無く、ただその纏まりを失った長髪を風に靡かせミトスを見つめる。
その顔にはまるでミトスを哀れむかのような表情さえ浮かんでいた。
それは普段のミトスであれば苛付くには十分な表情であった。が、彼にとって今の状況の中そんな事は人間牧場で飼育している劣悪種が一人死ぬ程些細な事。
逆に言えばミトスは自覚していないが、それ程までに彼は追い詰められていた。
「どうした? 諦めたのか?
はは……やっぱり、僕の勝ちだったね。よく足掻いた方だとは思うよ」
詠唱完了。
マナを風属性に完全変換。
目標の座標へのマナ転移用意完了。
エラー:想定外の展開発生。目標が目を閉じて耳を塞いでいます。意味不明。どうしますか?
……構わん、支障に成る要素と根拠が無い。術式発動開始。
「四肢を切り裂け――――エアスラス、」
自覚が無い冷静さの欠如程、恐ろしいモノは無い。
自分では冷静に状況を分析しているつもりでも、実は幼稚園児でも分かるような見落としがそこにはあった。
簡単過ぎる間違い探し。
しかしミトス=ユグドラシルは愚かにもそれに気付く事無くエアスラストを唱えようとしていた。
“ヴェイグ=リュングベルは目を閉じて耳を両手で塞いだ”
ミトス=ユグドラシルは著しい冷静さの欠如故にその事実が意味する異常を理解していなかったのだ。
耳を両手で塞ぐには、両手が空いていなければならない。
即ち、ヴェイグ=リュングベルはこの時自らの得物を持っていなかった。
真の意味でミトス=ユグドラシルが冷静さを取り戻していたならば、この様な単純なミステイクは無かったであろうに。
簡単過ぎる間違い探し。
しかしミトス=ユグドラシルは愚かにもそれに気付く事無くエアスラストを唱えようとしていた。
“ヴェイグ=リュングベルは目を閉じて耳を両手で塞いだ”
ミトス=ユグドラシルは著しい冷静さの欠如故にその事実が意味する異常を理解していなかったのだ。
耳を両手で塞ぐには、両手が空いていなければならない。
即ち、ヴェイグ=リュングベルはこの時自らの得物を持っていなかった。
真の意味でミトス=ユグドラシルが冷静さを取り戻していたならば、この様な単純なミステイクは無かったであろうに。
刹那、空気そのものが張り裂ける様な猛烈な音と、目の前が凄まじい閃光により真っ白になった事だけを天使ミトスは感じる。
術は紡がれる事無く、収束された緑色のマナは拡散し雪と共に空を舞い、やがて地面に消えんとする。
そして数コンマ遅れて不思議な感覚を覚えるは自らの両足。
今まで味わった事の無い感覚。それもそうだ。何故なら一切の足の感覚か消滅したのだから。
何がどうなっている!?
ミトスは周章狼狽した。
「……ッ!?」
何だこれは。
太股のあたりが熱い?
何だよ、何が起きた?
何も見えないし何も聞こえないぞ?
凄まじい音がして目の前が真っ白になって……足が熱くなって。
何故エアスラストの詠唱が中断された? 多少の衝撃ならば鋼体がサポートしてくれる筈だろ? つまり尋常では無い衝撃? いつ? どうやって?
大体あの劣悪種は何もしていなかった。ただ剣も構えず阿呆みたいに空中に居ただけだ。
なら攻撃では無い筈だろ?
何だよ、じゃあ奴の他に誰かが居たのか?
そいつが僕に攻撃を? どうやって?
……馬鹿な事を考えるなよ、僕。もう生存者は僕とこいつしか―――――――いや、待て、よ。
そうか。居たじゃないか。空中に居る劣悪種の他に、“あいつ”が。
“あいつ”が僕をやったとしたら?
そうか、思い出したぞ。あの劣悪種、空中に居る時には既に“あいつ”を持って無かったな。
剣を構えてなかったんじゃない、剣を構えられなかったんだ。
何故なら奴の手には剣が―――“あいつ”が握られていなかったから。
しかしだとして一体どうやって僕に攻撃を?
“あいつ”が関与してる事は間違い無いんだ。でもこれは“あいつ”だけでどうこう出来るレベルを超えてる。
待てよ、ならば奴はこの攻撃に至るまでのプロセスを僕が見上げた時にはもう既に経由していたとでも言うのか?
有り得ないよ。笑わせてくれるね。
だとすればインディグネイションを目眩ましに利用してそのプロセスを踏んだと?
いや待て、ならば何故術を避けなかった? わざわざ死ぬかもしれないリスクを背負ってまでやる事か?
割に合わな過ぎる。失敗すれば死ぬんだぞ。納得いかない。
……!
そうか、そういう事か。分かったぞ劣悪種……やってくれたじゃないか。
避けなかったんじゃない。避けてはいけなかった、そうだろう?
何故なら僕のインディグネイションが経由すべきプロセスの一部、いや違うね、もっと重要なポジションだ。
そう、つまりそれがプロセスの“開始点”だったから。
僕がインディグネイションを使うのを待ってたんだな?
そして数コンマ遅れて不思議な感覚を覚えるは自らの両足。
今まで味わった事の無い感覚。それもそうだ。何故なら一切の足の感覚か消滅したのだから。
何がどうなっている!?
ミトスは周章狼狽した。
「……ッ!?」
何だこれは。
太股のあたりが熱い?
何だよ、何が起きた?
何も見えないし何も聞こえないぞ?
凄まじい音がして目の前が真っ白になって……足が熱くなって。
何故エアスラストの詠唱が中断された? 多少の衝撃ならば鋼体がサポートしてくれる筈だろ? つまり尋常では無い衝撃? いつ? どうやって?
大体あの劣悪種は何もしていなかった。ただ剣も構えず阿呆みたいに空中に居ただけだ。
なら攻撃では無い筈だろ?
何だよ、じゃあ奴の他に誰かが居たのか?
そいつが僕に攻撃を? どうやって?
……馬鹿な事を考えるなよ、僕。もう生存者は僕とこいつしか―――――――いや、待て、よ。
そうか。居たじゃないか。空中に居る劣悪種の他に、“あいつ”が。
“あいつ”が僕をやったとしたら?
そうか、思い出したぞ。あの劣悪種、空中に居る時には既に“あいつ”を持って無かったな。
剣を構えてなかったんじゃない、剣を構えられなかったんだ。
何故なら奴の手には剣が―――“あいつ”が握られていなかったから。
しかしだとして一体どうやって僕に攻撃を?
“あいつ”が関与してる事は間違い無いんだ。でもこれは“あいつ”だけでどうこう出来るレベルを超えてる。
待てよ、ならば奴はこの攻撃に至るまでのプロセスを僕が見上げた時にはもう既に経由していたとでも言うのか?
有り得ないよ。笑わせてくれるね。
だとすればインディグネイションを目眩ましに利用してそのプロセスを踏んだと?
いや待て、ならば何故術を避けなかった? わざわざ死ぬかもしれないリスクを背負ってまでやる事か?
割に合わな過ぎる。失敗すれば死ぬんだぞ。納得いかない。
……!
そうか、そういう事か。分かったぞ劣悪種……やってくれたじゃないか。
避けなかったんじゃない。避けてはいけなかった、そうだろう?
何故なら僕のインディグネイションが経由すべきプロセスの一部、いや違うね、もっと重要なポジションだ。
そう、つまりそれがプロセスの“開始点”だったから。
僕がインディグネイションを使うのを待ってたんだな?
全ては最初から用意されてたシナリオだったのか。
あはは、なんだよ。まるで道化だな。馬鹿みたいだ。詰まり僕は自分の縄で自分の首を絞めた事になるのかい?
……あはは、あははははははは……はは。
これは素敵な失策だね。お笑い種だよ。
あはははははははははははははははははははははっ。
見事だね、ヴェイグ=リュングベル。
でも僕は認めない。
いや、戦士としては認めるさ。でもね、劣悪種が優良種に優っているなんて、認めないよ。
僕はまだこうして生きてるじゃないか。
見せてやるよ、劣悪種。優良種の力をね。
……ん? なんだ、まだ右耳は聞こえるじゃないか。
あははは。どうやら運命は僕の味方らしいね。嬉しいよ。これならタイミングも計れる。
……ヴェイグ=リュングベル、お前は僕に勝ったと思ってるだろうけど僕に作戦で勝とうなんて四千年早いんだよ。
僕はまだ諦めない。
神様なんて居ないんだ、結局は自分を信じて、自分の力でなんとかしなきゃならない。
だから僕は何にも頼らないし、それ故諦めない。何にも頼らないとなると、諦めは即ち死に直結するからだ。
……はは。これじゃ大してお前と言ってると変わらないね。嫌になるよ。
アレは撤回してやる。いや、撤回せざるを得ないね。
……諦めない事で勝利は訪れ、理想は現実になる、か。
僕もそれを信じたかった。
人とエルフと、その狭間の者全てが手を取り合って暮らせる平等な世界が造れると信じたかった。
でも、もうそれは遅いんだ。姉様は死んでしまった。
零れた理想という水は、盆には返れないんだよ。
お前も恐らく、一度はそうなったんだろう? アハハ。いやいや、勘、だけどね。お前とは何処か似たものを感じるから。
ま、しかし、お前の言う諦めない事で奇跡を起こせるならば、僕もそうしよう。
“お前に殺されない事”
それを諦めない。
よしんばもう助からないとしてもだ、劣悪種如きにタダで僕の首はあげられないね。
僕はミトス……クルシスとディザイアンを統べる偉大なる天使、ミトス=ユグドラシルだッ!
それ相応のモノは貰うよ?
あはは、ははははははは。
……さよならだ、この世界。
僕は疲れた。
何にかって? 全てだよ。敢えて特に、と聞かれれば人と関わる事に、だね。
信頼してたのに裏切られるのはもうこりごりだよ。ねぇ? クラトス、ユアン?
もういい、消えろ。消えてしまえ。全て、終わってしまえ。
お前も、この世界も、全て。
あはは、なんだよ。まるで道化だな。馬鹿みたいだ。詰まり僕は自分の縄で自分の首を絞めた事になるのかい?
……あはは、あははははははは……はは。
これは素敵な失策だね。お笑い種だよ。
あはははははははははははははははははははははっ。
見事だね、ヴェイグ=リュングベル。
でも僕は認めない。
いや、戦士としては認めるさ。でもね、劣悪種が優良種に優っているなんて、認めないよ。
僕はまだこうして生きてるじゃないか。
見せてやるよ、劣悪種。優良種の力をね。
……ん? なんだ、まだ右耳は聞こえるじゃないか。
あははは。どうやら運命は僕の味方らしいね。嬉しいよ。これならタイミングも計れる。
……ヴェイグ=リュングベル、お前は僕に勝ったと思ってるだろうけど僕に作戦で勝とうなんて四千年早いんだよ。
僕はまだ諦めない。
神様なんて居ないんだ、結局は自分を信じて、自分の力でなんとかしなきゃならない。
だから僕は何にも頼らないし、それ故諦めない。何にも頼らないとなると、諦めは即ち死に直結するからだ。
……はは。これじゃ大してお前と言ってると変わらないね。嫌になるよ。
アレは撤回してやる。いや、撤回せざるを得ないね。
……諦めない事で勝利は訪れ、理想は現実になる、か。
僕もそれを信じたかった。
人とエルフと、その狭間の者全てが手を取り合って暮らせる平等な世界が造れると信じたかった。
でも、もうそれは遅いんだ。姉様は死んでしまった。
零れた理想という水は、盆には返れないんだよ。
お前も恐らく、一度はそうなったんだろう? アハハ。いやいや、勘、だけどね。お前とは何処か似たものを感じるから。
ま、しかし、お前の言う諦めない事で奇跡を起こせるならば、僕もそうしよう。
“お前に殺されない事”
それを諦めない。
よしんばもう助からないとしてもだ、劣悪種如きにタダで僕の首はあげられないね。
僕はミトス……クルシスとディザイアンを統べる偉大なる天使、ミトス=ユグドラシルだッ!
それ相応のモノは貰うよ?
あはは、ははははははは。
……さよならだ、この世界。
僕は疲れた。
何にかって? 全てだよ。敢えて特に、と聞かれれば人と関わる事に、だね。
信頼してたのに裏切られるのはもうこりごりだよ。ねぇ? クラトス、ユアン?
もういい、消えろ。消えてしまえ。全て、終わってしまえ。
お前も、この世界も、全て。
僕は時間を戻して姉様とデリス・カーラーンに帰るんだ。
……さあ、役者は二人揃った。
悲劇は今終わり、これから行なうは只の余興、幕間劇。
それが終われば僕が全力を掛けて書き上げた最後の喜劇を演じよう―――躍れ、そして興じろ。最高のシナリオをリボン付きでお前に贈ってやる。
……さあ、役者は二人揃った。
悲劇は今終わり、これから行なうは只の余興、幕間劇。
それが終われば僕が全力を掛けて書き上げた最後の喜劇を演じよう―――躍れ、そして興じろ。最高のシナリオをリボン付きでお前に贈ってやる。
空を舞った天使はその瞬間、鈍い音を上げて地面へと派手に鮮血を撒き、墜ちた。
しかしその様はグロテスクなものではなく、一種の芸術性すら感じられた事にヴェイグは息を飲む。
『哀れな男だ……ミトス=ユグドラシル。我々の頭を歯牙にもかけなかった結果がこれか』
受け身を取り着地したヴェイグを見届けるディムロスはそう呟く。
「ディムロス、無事だったか!」
『甘く見て貰っては困るな。お前ではあるまいし、あの程度の衝撃で壊れるようではソーディアンは務まらんよ』
ヴェイグはそれに頷き安堵の表情を浮かべると、ディムロスへと駆け寄りその刀身を地面から引き抜いた。
「それだけ悪態が吐ければ上等だ。どうやら壊れてないらしいな」
ヴェイグは表情を和らげた。
青年にとってソーディアンの強度だけが不安要素だったのだ。
『……よくやったぞ、ヴェイグ』
その声に対してヴェイグは、いやまだ安心するには早いさ、と呟きミトスの方へと視線を落とす。
ディムロスが述べた通り、哀れな姿。両耳から血を流し全身に傷を負い、両足を失ったその姿は神の遣いとされる天使からは程遠かった。
「正に千慮の一一矢と言う事だな。
お前の敗因は二つだ、ミトス」
ヴェイグはそのままミトスへと歩み寄る。
「一つ、自分への過信と慢心。
二つ、俺の頭脳を甘く見た事だ」
そして白い瞳――恐らく視力も失ったのだろう――で空を仰ぐミトスを凝視したまま最後に呟く。
「まあ、もう鼓膜が破れていて聞こえていないだろうがな」
ヴェイグがミトスのインディグネイションを利用した作戦は以下である。
先ず、ディムロスの炎と自らの氷を利用して作った水の盾で自らの頭上から目の前の地面をコーティングする。
しかしその様はグロテスクなものではなく、一種の芸術性すら感じられた事にヴェイグは息を飲む。
『哀れな男だ……ミトス=ユグドラシル。我々の頭を歯牙にもかけなかった結果がこれか』
受け身を取り着地したヴェイグを見届けるディムロスはそう呟く。
「ディムロス、無事だったか!」
『甘く見て貰っては困るな。お前ではあるまいし、あの程度の衝撃で壊れるようではソーディアンは務まらんよ』
ヴェイグはそれに頷き安堵の表情を浮かべると、ディムロスへと駆け寄りその刀身を地面から引き抜いた。
「それだけ悪態が吐ければ上等だ。どうやら壊れてないらしいな」
ヴェイグは表情を和らげた。
青年にとってソーディアンの強度だけが不安要素だったのだ。
『……よくやったぞ、ヴェイグ』
その声に対してヴェイグは、いやまだ安心するには早いさ、と呟きミトスの方へと視線を落とす。
ディムロスが述べた通り、哀れな姿。両耳から血を流し全身に傷を負い、両足を失ったその姿は神の遣いとされる天使からは程遠かった。
「正に千慮の一一矢と言う事だな。
お前の敗因は二つだ、ミトス」
ヴェイグはそのままミトスへと歩み寄る。
「一つ、自分への過信と慢心。
二つ、俺の頭脳を甘く見た事だ」
そして白い瞳――恐らく視力も失ったのだろう――で空を仰ぐミトスを凝視したまま最後に呟く。
「まあ、もう鼓膜が破れていて聞こえていないだろうがな」
ヴェイグがミトスのインディグネイションを利用した作戦は以下である。
先ず、ディムロスの炎と自らの氷を利用して作った水の盾で自らの頭上から目の前の地面をコーティングする。
その瞬間、ヴェイグは後方に向かい風神剣で飛翔。水は電気を通す。これによりまず感電死を確実に防いだ。
更にこの際、強力な雷により発生する光がポイントとなる。
如何に優れた天使の目と言えども、こればかりには一瞬完全に視力を奪われざるを得ない。
それを目眩ましにヴェイグは次の一手を打ったのだ。
着地したヴェイグはすぐさま再びフォルスを込められるだけ込めた風神剣により高く飛翔。
放物線の頂点に達した瞬間にディムロスに炎を纏わせて地面へ投げる。
ミトスはこのコンマ一秒後にヴェイグに気付くが、その時既に決着は着いていたのだ。
水分子は電気分解により酸素原子と水素原子に分離する。
そこへ炎が介入すれば結果は言わずもがな。
水素原子に炎が引火し、酸素原子と化合し水を生じる。その際瞬間的に凄まじい爆発を起こす。
そう、この全てはヴェイグの計算であった。
インディグネイションがどの様な魔法でどの様な詠唱であるかはキールやロイドから聞いていた。それをミトスが使えるであろうと言う事も。
そして先程ミトスは詠唱を始めた。しかもインディグネイションのそれだ。
ラッキーとしか思えなかった。
そしてヴェイグはその瞬間に勝利を確信する事になる。
「ミトス=ユグドラシル……」
ヴェイグはそう呟き、その残酷な景色を見つめる。
辺りの瓦礫には数多の肉片がへばり付いていた。木っ端微塵に吹き飛んだ両足の残滓であろう事は簡単に予想はつく。
「……自己満足であんたを殺す事になってしまったが、悪く思わないでくれ」
そんな残酷な景色から背を向けると、俯いて静かに呟いた。
風がヴェイグの白銀の毛髪を荒々しく撫でて行く。
「すまない、とは言わない。それは敗者への最も酷な蔑みだからだ。
……安心して逝け」
ヴェイグは空を見上げた。
決意したとは言え、やはり葛藤が微塵も無いと言えば嘘になる。
もう人を殺める事に躊躇は無い。しかし殺人を正しいと割り切れる訳でも無い。
降りしきる雪を顔に浴びながら、ヴェイグはただ悲しい表情で空を見つめた。
後悔の気持ちでも無ければ躊躇や迷いの気持ちでも無い。
理解出来ない感情。自己嫌悪では無い。
が、何かしらの思いを自分が抱いているのは確かだった。
『止どめを……刺さないのか?』
ヴェイグは殺人に快楽を覚える人物では無い。ただの田舎育ちの一人の人間なのだ。
そんなヴェイグが数日のうちに背負うには、あまりに大きすぎる命の量なのかもしれない。
更にこの際、強力な雷により発生する光がポイントとなる。
如何に優れた天使の目と言えども、こればかりには一瞬完全に視力を奪われざるを得ない。
それを目眩ましにヴェイグは次の一手を打ったのだ。
着地したヴェイグはすぐさま再びフォルスを込められるだけ込めた風神剣により高く飛翔。
放物線の頂点に達した瞬間にディムロスに炎を纏わせて地面へ投げる。
ミトスはこのコンマ一秒後にヴェイグに気付くが、その時既に決着は着いていたのだ。
水分子は電気分解により酸素原子と水素原子に分離する。
そこへ炎が介入すれば結果は言わずもがな。
水素原子に炎が引火し、酸素原子と化合し水を生じる。その際瞬間的に凄まじい爆発を起こす。
そう、この全てはヴェイグの計算であった。
インディグネイションがどの様な魔法でどの様な詠唱であるかはキールやロイドから聞いていた。それをミトスが使えるであろうと言う事も。
そして先程ミトスは詠唱を始めた。しかもインディグネイションのそれだ。
ラッキーとしか思えなかった。
そしてヴェイグはその瞬間に勝利を確信する事になる。
「ミトス=ユグドラシル……」
ヴェイグはそう呟き、その残酷な景色を見つめる。
辺りの瓦礫には数多の肉片がへばり付いていた。木っ端微塵に吹き飛んだ両足の残滓であろう事は簡単に予想はつく。
「……自己満足であんたを殺す事になってしまったが、悪く思わないでくれ」
そんな残酷な景色から背を向けると、俯いて静かに呟いた。
風がヴェイグの白銀の毛髪を荒々しく撫でて行く。
「すまない、とは言わない。それは敗者への最も酷な蔑みだからだ。
……安心して逝け」
ヴェイグは空を見上げた。
決意したとは言え、やはり葛藤が微塵も無いと言えば嘘になる。
もう人を殺める事に躊躇は無い。しかし殺人を正しいと割り切れる訳でも無い。
降りしきる雪を顔に浴びながら、ヴェイグはただ悲しい表情で空を見つめた。
後悔の気持ちでも無ければ躊躇や迷いの気持ちでも無い。
理解出来ない感情。自己嫌悪では無い。
が、何かしらの思いを自分が抱いているのは確かだった。
『止どめを……刺さないのか?』
ヴェイグは殺人に快楽を覚える人物では無い。ただの田舎育ちの一人の人間なのだ。
そんなヴェイグが数日のうちに背負うには、あまりに大きすぎる命の量なのかもしれない。
ディムロスはそう思ったが、すぐに天を見上げる青年の傍らで問いを投げた。
投げられた青年は刺すさ、と呟き剣を強く握る。
「俺は、もう引き返す訳にはいかないんだ……そうだろう、ディムロス?」
ヴェイグはミトスの目の前までゆっくりと歩く。
一歩、また一歩。
「……さらばだ」
ヴェイグは立ち止まり、ゆっくりと剣を握り直した。
「待てよ……劣悪種……」
ヴェイグはその声に手を止め目を見開く。
何という少年。あの爆発を受け視力と両足、聴力を失いまだ声を上げるか。
「これだけの出血とダメージでまだ意識があるか」
「あははは……僕は無機生命体なんだぞ、当然だよ」
奴め、耳が聞こえているのか?
ディムロスは不審に思うが、そこまで気にする事でも無い、と割り切る。何故なら足と目を失った人間が待つものは最早死しか無いからだ。
「そう、だったな……じゃあ今度こそ、死ね」
ゆっくりと、しかし大きくディムロスを振りかぶる。
狙うは唯一の天使の弱点、脳。
「……お前さ、僕が何の策も打たないでこうなってるとでも思ってるの?」
その笑いが混じった声にヴェイグの手は再びぴたりと止まる。
「何、だと?」
ミトスの口元がゆっくりと歪んだ。
同時に上がるボーイソプラノの嗤い声。
ヴェイグは寒気を覚えた。決して雪や時刻による温度変化のせいでは無い。
原因はその不気味なまでの高い嗤い声である。
神を含め世界そのものを馬鹿にするようなそれは神の遣いであるべき天使が上げるにはあまりに罪深い。
『ミトス貴様……何をしたッ!』
「はは……そうだね。ちょっとヒントをあげようか、劣悪種共」
「何……?」
「水素爆発とはなかなかいいアイデアだったよ。でもね、あの閃光と音で五感を奪われたのは僕だけじゃない筈だ」
確かにそうだ、だがそれがどうしたと言うんだ?
俺はあの時目を閉じ、両耳は塞いだ。別に五感に異常は……。
……待てよ?
俺がその行動に出てから爆発に至るまでには微妙なタイムラグがある。少なくとも半秒は。
もしそれを読んでミトスが何かを仕掛けていたとすれば!?
「……まさかあの間に!? 一体何をした!」
喉元に切っ先が触れるのを感じるが、それは既に脅迫にすらならない事をミトスは知っていた。
だから。だからこそ勿体ぶる。勿体ぶって言う事は相手に心理的ダメージを与えるからだ。
疑心暗鬼を駆り立て、苛つかせる。それにより周りへの集中力を切らせる。
投げられた青年は刺すさ、と呟き剣を強く握る。
「俺は、もう引き返す訳にはいかないんだ……そうだろう、ディムロス?」
ヴェイグはミトスの目の前までゆっくりと歩く。
一歩、また一歩。
「……さらばだ」
ヴェイグは立ち止まり、ゆっくりと剣を握り直した。
「待てよ……劣悪種……」
ヴェイグはその声に手を止め目を見開く。
何という少年。あの爆発を受け視力と両足、聴力を失いまだ声を上げるか。
「これだけの出血とダメージでまだ意識があるか」
「あははは……僕は無機生命体なんだぞ、当然だよ」
奴め、耳が聞こえているのか?
ディムロスは不審に思うが、そこまで気にする事でも無い、と割り切る。何故なら足と目を失った人間が待つものは最早死しか無いからだ。
「そう、だったな……じゃあ今度こそ、死ね」
ゆっくりと、しかし大きくディムロスを振りかぶる。
狙うは唯一の天使の弱点、脳。
「……お前さ、僕が何の策も打たないでこうなってるとでも思ってるの?」
その笑いが混じった声にヴェイグの手は再びぴたりと止まる。
「何、だと?」
ミトスの口元がゆっくりと歪んだ。
同時に上がるボーイソプラノの嗤い声。
ヴェイグは寒気を覚えた。決して雪や時刻による温度変化のせいでは無い。
原因はその不気味なまでの高い嗤い声である。
神を含め世界そのものを馬鹿にするようなそれは神の遣いであるべき天使が上げるにはあまりに罪深い。
『ミトス貴様……何をしたッ!』
「はは……そうだね。ちょっとヒントをあげようか、劣悪種共」
「何……?」
「水素爆発とはなかなかいいアイデアだったよ。でもね、あの閃光と音で五感を奪われたのは僕だけじゃない筈だ」
確かにそうだ、だがそれがどうしたと言うんだ?
俺はあの時目を閉じ、両耳は塞いだ。別に五感に異常は……。
……待てよ?
俺がその行動に出てから爆発に至るまでには微妙なタイムラグがある。少なくとも半秒は。
もしそれを読んでミトスが何かを仕掛けていたとすれば!?
「……まさかあの間に!? 一体何をした!」
喉元に切っ先が触れるのを感じるが、それは既に脅迫にすらならない事をミトスは知っていた。
だから。だからこそ勿体ぶる。勿体ぶって言う事は相手に心理的ダメージを与えるからだ。
疑心暗鬼を駆り立て、苛つかせる。それにより周りへの集中力を切らせる。
更にはその先に言う事実に真実味を帯びさせる。嘘ならば瀕死の状況で勿体ぶって言う必要性が無いからだ。
「さぁね? 僕は“何をした”と聞かれて“はい僕はこれをしました”って答えるような間抜けじゃないよ。お前と違って、ね?」
「貴様ああぁッ!」
ヴェイグが乱暴にミトスの胸倉を掴む。
その殺意に満ちた声を聞きミトスは再び嗤う。
「あははは……! 扱い易い劣悪種だね。
その様子だとどうせここまで相当迷ってきたんだろう? 感情に任せたり、その感情故に迷ってきたんだろう?
お前は“人間”過ぎるんだよ、劣悪種。矛盾に葛藤し、上辺だけの正義や決意で戦い、いざという時の選択が出来無いんだ」
―――どくん。
一瞬、意味も無く自分の鼓動が大きく聞こえた。
駄目だ。こいつにこれ以上言わせては、駄目だ。
ヴェイグは本能でそれを悟った。
「甘いね、実に甘過ぎる。愚かしいよ。
お前は屍の上に立ってるんだ。この期に及んで“人間”を語るなんて烏滸がましいよ、殺人鬼。潔く“人間”なんて捨てるんだね」
「ち、違う! 俺は殺人鬼なんかじゃ、」
絶対に、絶対に肯定してはいけない。
顔の血の気が段々と引くのが手に取る様に分かった。鼓動の音は更に加速する。
気をしっかり持て、とどこかの剣が叫ぶが、ヴェイグの耳には入らなかった。
「違わないよ殺人鬼。
……ああそうだ、いい事を教えてやろうか、劣悪種。
お前は言ったよね。“俺は決意した。選択したんだ、この世界は間違っている。だからミクトランを殺し全てを終わらせる。その為には、絶対に負けられない”ってさ」
止めろ……こいつが、言おうとしている事は……。
「……お前のそれは“決意”じゃないよ。“選択”でも無い。」
自分の中で何かが音を立てて崩壊して行くのをヴェイグは感じた。
ああなんだ。そうか、俺が俺で在る為にそうするしか無かったのか。何という怠慢、何という愚行。
……違う! 駄目だ、ペースに呑まれるな。動揺するな、ボロが出る。
しかしその気持ちとは裏腹に拳は小刻みに震えていた。口がカラカラに渇く。
飲み込む生唾が妙に生暖かく、吐き気を催させた。
行き場の無い強い怒りと、強い焦りが混ざりあって得も言われぬ色彩で脳内が埋め尽くされる。
否定すればする程、何かが崩れていく。何故なら目の前の天使が言う事への反駁が出来ないから。
何故反駁出来ないか? それはつまり……。
……認めるものか。認めたく無い。
だから、
「さぁね? 僕は“何をした”と聞かれて“はい僕はこれをしました”って答えるような間抜けじゃないよ。お前と違って、ね?」
「貴様ああぁッ!」
ヴェイグが乱暴にミトスの胸倉を掴む。
その殺意に満ちた声を聞きミトスは再び嗤う。
「あははは……! 扱い易い劣悪種だね。
その様子だとどうせここまで相当迷ってきたんだろう? 感情に任せたり、その感情故に迷ってきたんだろう?
お前は“人間”過ぎるんだよ、劣悪種。矛盾に葛藤し、上辺だけの正義や決意で戦い、いざという時の選択が出来無いんだ」
―――どくん。
一瞬、意味も無く自分の鼓動が大きく聞こえた。
駄目だ。こいつにこれ以上言わせては、駄目だ。
ヴェイグは本能でそれを悟った。
「甘いね、実に甘過ぎる。愚かしいよ。
お前は屍の上に立ってるんだ。この期に及んで“人間”を語るなんて烏滸がましいよ、殺人鬼。潔く“人間”なんて捨てるんだね」
「ち、違う! 俺は殺人鬼なんかじゃ、」
絶対に、絶対に肯定してはいけない。
顔の血の気が段々と引くのが手に取る様に分かった。鼓動の音は更に加速する。
気をしっかり持て、とどこかの剣が叫ぶが、ヴェイグの耳には入らなかった。
「違わないよ殺人鬼。
……ああそうだ、いい事を教えてやろうか、劣悪種。
お前は言ったよね。“俺は決意した。選択したんだ、この世界は間違っている。だからミクトランを殺し全てを終わらせる。その為には、絶対に負けられない”ってさ」
止めろ……こいつが、言おうとしている事は……。
「……お前のそれは“決意”じゃないよ。“選択”でも無い。」
自分の中で何かが音を立てて崩壊して行くのをヴェイグは感じた。
ああなんだ。そうか、俺が俺で在る為にそうするしか無かったのか。何という怠慢、何という愚行。
……違う! 駄目だ、ペースに呑まれるな。動揺するな、ボロが出る。
しかしその気持ちとは裏腹に拳は小刻みに震えていた。口がカラカラに渇く。
飲み込む生唾が妙に生暖かく、吐き気を催させた。
行き場の無い強い怒りと、強い焦りが混ざりあって得も言われぬ色彩で脳内が埋め尽くされる。
否定すればする程、何かが崩れていく。何故なら目の前の天使が言う事への反駁が出来ないから。
何故反駁出来ないか? それはつまり……。
……認めるものか。認めたく無い。
だから、
それ以上は言わないでくれ。
頼むから、やめてくれ。
「だ……黙れ黙れ黙れ!」
自分の中で崩れるモノを無視しようと叫んだその声は少しばかり上擦っていた。しかしミトスはヴェイグの声などお構いなしに尚も続ける。
「……ただの、諦めなんだよ。自覚してるかい? してないだろうね。
選択じゃなく、それしかないから諦めてるだけだ。合理化にも程があるんじゃない?
“ミクトランを殺す”? “全てを終わらせる”? ……反吐が出る。お前は自己満足と責任転換を繰り返してるだけなんだよ」
「う、ぁ」
―――反駁出来ないのはそれが図星だから。
俺は……俺はある筈の無い自分だけのイデアが無ければ俺で居られない。そんなモノは存在しないと言うのに。
分かっているんだ。正解なんて存在しない。憶測でそれを提示しても、どれも正解の様で、しかし決定的では無い。
何だ、そうか。そうだったのか。
今まで気付かなかった事を微塵も躊躇せず宣告するミトスを、ヴェイグはただ静観する。
“これ”を頭の中では肯定し掛かっている。しかし、もう後戻りは出来ない事も事実。
「俺は、ただ、この狂った世界を壊したいんだ、間違ってるから、だからッ」
声が震える。鼓動が早い。
何て愚かなんだ、俺は。
見透かされているんだ、何もかもが。
何と薄っぺらい言葉。
何と脆い覚悟。
何と浅はかな考え。
ヴェイグは拳を握り締める。怒りと悲しみが入り交じった色彩の捌口は、この拳しか無い事に絶望した。
ミトスを殴ってそれで解決? 馬鹿馬鹿しい。
「お前みたいな半端な勘違い野郎を見てるとね、虫酸が走るんだよッ!!」
禊(みそぎ)―――。
俺は罪を背負う事を望んだ。自らカイルから、ルーティから、ジェイから……。
全ての死を、罪を背負う事を。
俺が生贄になる事で彼等が救われれば、と思った。
自分が穢れた存在になる事で、彼等に赦して貰いたくなかった。
だからカイルにも言った。俺を、赦すなと。
けれども、俺の罪はどうなる?
生贄そのものの罪は?
罪を背負った物が禊の対象として成立するのか?
すると彼等は救われないのか?
俺のとっての禊とは、何だ?
“死”そのもの?
それで本当に俺は救われるのか?
ならば俺の目指す“全てを終わらせる事”とは何なんだ?
「くそッ!!」
『落ち着かんかヴェイグッ! 挑発だ!』
ヴェイグはミトスの胸倉を服が破れんばかりに握り締め、その整った顔を今にも殴らんと拳を握る。
頼むから、やめてくれ。
「だ……黙れ黙れ黙れ!」
自分の中で崩れるモノを無視しようと叫んだその声は少しばかり上擦っていた。しかしミトスはヴェイグの声などお構いなしに尚も続ける。
「……ただの、諦めなんだよ。自覚してるかい? してないだろうね。
選択じゃなく、それしかないから諦めてるだけだ。合理化にも程があるんじゃない?
“ミクトランを殺す”? “全てを終わらせる”? ……反吐が出る。お前は自己満足と責任転換を繰り返してるだけなんだよ」
「う、ぁ」
―――反駁出来ないのはそれが図星だから。
俺は……俺はある筈の無い自分だけのイデアが無ければ俺で居られない。そんなモノは存在しないと言うのに。
分かっているんだ。正解なんて存在しない。憶測でそれを提示しても、どれも正解の様で、しかし決定的では無い。
何だ、そうか。そうだったのか。
今まで気付かなかった事を微塵も躊躇せず宣告するミトスを、ヴェイグはただ静観する。
“これ”を頭の中では肯定し掛かっている。しかし、もう後戻りは出来ない事も事実。
「俺は、ただ、この狂った世界を壊したいんだ、間違ってるから、だからッ」
声が震える。鼓動が早い。
何て愚かなんだ、俺は。
見透かされているんだ、何もかもが。
何と薄っぺらい言葉。
何と脆い覚悟。
何と浅はかな考え。
ヴェイグは拳を握り締める。怒りと悲しみが入り交じった色彩の捌口は、この拳しか無い事に絶望した。
ミトスを殴ってそれで解決? 馬鹿馬鹿しい。
「お前みたいな半端な勘違い野郎を見てるとね、虫酸が走るんだよッ!!」
禊(みそぎ)―――。
俺は罪を背負う事を望んだ。自らカイルから、ルーティから、ジェイから……。
全ての死を、罪を背負う事を。
俺が生贄になる事で彼等が救われれば、と思った。
自分が穢れた存在になる事で、彼等に赦して貰いたくなかった。
だからカイルにも言った。俺を、赦すなと。
けれども、俺の罪はどうなる?
生贄そのものの罪は?
罪を背負った物が禊の対象として成立するのか?
すると彼等は救われないのか?
俺のとっての禊とは、何だ?
“死”そのもの?
それで本当に俺は救われるのか?
ならば俺の目指す“全てを終わらせる事”とは何なんだ?
「くそッ!!」
『落ち着かんかヴェイグッ! 挑発だ!』
ヴェイグはミトスの胸倉を服が破れんばかりに握り締め、その整った顔を今にも殴らんと拳を握る。
脳内では理性と本能が討論を繰り広げていた。
こいつを殴り殺して否定してしまえ。そうすれば楽になれる。
死に損ないの屁理屈に耳を貸す必要は無い。
……しかしそうすれば同類じゃないのか。
クレスやこいつと俺は何も変わらない。俺は、違う。違うんだ。
……違わない。
親友を手に掛けた時点でそれを分かっていた筈じゃないのか?
汚れた手にもう一つ汚れを加えるだけ、それに何のためらいがあろうか。
しかし俺は……。
……俺は“ヴェイグ=リュングベル”という皮を被ったただの殺人鬼に過ぎないんじゃないのか。
本当に?“違わない”
俺は殺人鬼?“違う”
偽善者?“違わない”
卑怯?“違う”
逃げたいだけ?“違わない”
何の為に自殺する?“違う”
合理化?“違わない”
責任転換?“違う”
何で生きたいんだ?“違わない”
死にたくない?“違う”
生きる意味は何だ?“違わない”
罪滅ぼし?“違う”
虚栄?“違わない”
禊?“違う”
“違う”“違わない”“違う”“違わない”“違う”“違わない”“違う”“違わない”“違う”“違わない”“違う”“違わない”
“違う”“違わない”“違う”“違わない”“違う”“違わない”“違う”“違わない”“違う”“違わない”“違う”“違わない”
“違う”“違わない”“違う”“違わない”“違う”“違わない”“違う”“違わない”“違う”“違わない”“違う”“違わない”
“違う”“違わない”“違う”“違わない”“違う”“違わない”“違う”“違わない”“違う”“違わない”“違う”“違わない”
こいつを殴り殺して否定してしまえ。そうすれば楽になれる。
死に損ないの屁理屈に耳を貸す必要は無い。
……しかしそうすれば同類じゃないのか。
クレスやこいつと俺は何も変わらない。俺は、違う。違うんだ。
……違わない。
親友を手に掛けた時点でそれを分かっていた筈じゃないのか?
汚れた手にもう一つ汚れを加えるだけ、それに何のためらいがあろうか。
しかし俺は……。
……俺は“ヴェイグ=リュングベル”という皮を被ったただの殺人鬼に過ぎないんじゃないのか。
本当に?“違わない”
俺は殺人鬼?“違う”
偽善者?“違わない”
卑怯?“違う”
逃げたいだけ?“違わない”
何の為に自殺する?“違う”
合理化?“違わない”
責任転換?“違う”
何で生きたいんだ?“違わない”
死にたくない?“違う”
生きる意味は何だ?“違わない”
罪滅ぼし?“違う”
虚栄?“違わない”
禊?“違う”
“違う”“違わない”“違う”“違わない”“違う”“違わない”“違う”“違わない”“違う”“違わない”“違う”“違わない”
“違う”“違わない”“違う”“違わない”“違う”“違わない”“違う”“違わない”“違う”“違わない”“違う”“違わない”
“違う”“違わない”“違う”“違わない”“違う”“違わない”“違う”“違わない”“違う”“違わない”“違う”“違わない”
“違う”“違わない”“違う”“違わない”“違う”“違わない”“違う”“違わない”“違う”“違わない”“違う”“違わない”
“俺は、何がしたいんだ?”
「あっははははは……そら、どうした? 僕を殺したいんだろう? とっとと殺れよ、この殺人鬼ッ!」
『聞くなヴェイグ! 冷静になるんだ!』
わなわなと震えながら歯軋りをするヴェイグにディムロスは叫ぶ。
分かっている。これは挑発だ。
だが今の俺は挑発を受け流せる程冷静じゃない……。
「それとも死に損ないすら手に掛けられない甘ちゃんなのかなぁ? ヴェイグ君は」
「あああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!」
『聞くなヴェイグ! 冷静になるんだ!』
わなわなと震えながら歯軋りをするヴェイグにディムロスは叫ぶ。
分かっている。これは挑発だ。
だが今の俺は挑発を受け流せる程冷静じゃない……。
「それとも死に損ないすら手に掛けられない甘ちゃんなのかなぁ? ヴェイグ君は」
「あああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!」
形容し難い鈍い音が響きミトスの顔面にヴェイグの拳が沈む。鼻の骨が折れたであろう事実は想像に難くない。
ディムロスはその様子を見て息を呑んだ。このままではヴェイグは正気を失い兼ねない……危険だ。
ミトスを殴り殺すのは構わない。
だがこのままの精神の高ぶりを維持したままミクトランと対峙すれば待つものは間違無く、死だ。
『ヴェイグ! 冷静にならんか!
我々の戦いはこれで終わりではないのだぞ!』
荒々しく呼吸をしているが、ヴェイグはその声により少しだけ冷静さを取り戻した様だった。
目には明らかな殺意と憎悪が浮かんでいたが、下唇を噛み感情に堪えているのが良く分かる。
「くそ……ッ!」
ヴェイグはその拳を地面に思い切り叩き付けた。
……分かっている。今は、こんな事をしている場合では無い。
ディムロスの言う通りだ。これではミクトランを倒す等夢幻的過ぎる。
ヴェイグは熱くなった体を冷やす様にありったけの空気を肺に送り込む。
肺活量にそれ程自信は無い。故に熱を冷ますに充分な量の冷えた空気が肺に詰まったかは分からないが、頭の血を下ろすには充分だった。
「くくく……結局お前も“こっち側”か。
ああ、そうだ。僕が何を仕掛けたか教えてやるよ。
幕間劇は―――時間稼ぎはもう終わった。……後ろを見てみろ」
ミトスは口を歪め、低く呟く。
ヴェイグは目を円くした。
よく、状況の理解が出来ない。
後ろ?
幕間劇?
時間稼ぎ?
もう終わった?
何の事だ?
「な……に?」
気の抜けたマスターの声を聞きながらディムロスはしまった、と呟いた。
ディムロスはミトスが自らのマスターを挑発する理由を探っていた。自分だけは冷静に居ようと思っていた。
しかし策に嵌まってしまった……!
ヴェイグを挑発し、いちいち勿体ぶって言ったのは……!
『ヴェイグ、呑気に胸倉を掴んでいる場合では無い! 後ろだッ!』
全て何かの為の時間稼ぎだったのかッ!
「くッ!」
後ろを振り向くヴェイグを見て、ミトスは声を立てず表情だけで笑った。
計画通り。
「何だ……!?」
振り向いたヴェイグの髪が荒々しく靡いた。
本人はその髪を邪魔だと言わんばかりに掻き上げ、耳に掛ける。そして景色に怪しいものを探した。
瞳が忙しく動く。
家、瓦礫、雪。
空、雲、焦げ跡。
血、肉片、氷の破片。
おかしい。何も無いぞ……?
いや、よく探せ。何も無い筈が無いッ!
しかし、怪しい様なものは一つも無いぞッ!?
ディムロスはその様子を見て息を呑んだ。このままではヴェイグは正気を失い兼ねない……危険だ。
ミトスを殴り殺すのは構わない。
だがこのままの精神の高ぶりを維持したままミクトランと対峙すれば待つものは間違無く、死だ。
『ヴェイグ! 冷静にならんか!
我々の戦いはこれで終わりではないのだぞ!』
荒々しく呼吸をしているが、ヴェイグはその声により少しだけ冷静さを取り戻した様だった。
目には明らかな殺意と憎悪が浮かんでいたが、下唇を噛み感情に堪えているのが良く分かる。
「くそ……ッ!」
ヴェイグはその拳を地面に思い切り叩き付けた。
……分かっている。今は、こんな事をしている場合では無い。
ディムロスの言う通りだ。これではミクトランを倒す等夢幻的過ぎる。
ヴェイグは熱くなった体を冷やす様にありったけの空気を肺に送り込む。
肺活量にそれ程自信は無い。故に熱を冷ますに充分な量の冷えた空気が肺に詰まったかは分からないが、頭の血を下ろすには充分だった。
「くくく……結局お前も“こっち側”か。
ああ、そうだ。僕が何を仕掛けたか教えてやるよ。
幕間劇は―――時間稼ぎはもう終わった。……後ろを見てみろ」
ミトスは口を歪め、低く呟く。
ヴェイグは目を円くした。
よく、状況の理解が出来ない。
後ろ?
幕間劇?
時間稼ぎ?
もう終わった?
何の事だ?
「な……に?」
気の抜けたマスターの声を聞きながらディムロスはしまった、と呟いた。
ディムロスはミトスが自らのマスターを挑発する理由を探っていた。自分だけは冷静に居ようと思っていた。
しかし策に嵌まってしまった……!
ヴェイグを挑発し、いちいち勿体ぶって言ったのは……!
『ヴェイグ、呑気に胸倉を掴んでいる場合では無い! 後ろだッ!』
全て何かの為の時間稼ぎだったのかッ!
「くッ!」
後ろを振り向くヴェイグを見て、ミトスは声を立てず表情だけで笑った。
計画通り。
「何だ……!?」
振り向いたヴェイグの髪が荒々しく靡いた。
本人はその髪を邪魔だと言わんばかりに掻き上げ、耳に掛ける。そして景色に怪しいものを探した。
瞳が忙しく動く。
家、瓦礫、雪。
空、雲、焦げ跡。
血、肉片、氷の破片。
おかしい。何も無いぞ……?
いや、よく探せ。何も無い筈が無いッ!
しかし、怪しい様なものは一つも無いぞッ!?
……待てよ、何故俺はそう決め付けている?
冷静になってよく考えてみろ。
もし……もしも、本当に何も無いとしたら?
これが嘘だとしたら?
いや、しかし嘘を吐く利点はあるのか? ミトスは両足と視力を失っている。逃走の手段は無い筈。術を使うにしても俺の位置が正確に分からなければ意味は無い。
待てよ。この感覚……最近、何処かで? デジャヴか?
いや違う。確かあれは、洞窟の中でプリムラと―――
『……真逆、これは!』
先ず三秒程でディムロスがその事実に気付く。
「リオンの時と同じッ!」
更に二秒差でヴェイグもそれに気付く。
しかし更にミトスへ振り替える動作に一と半秒。
六秒半もあればミスティシンボルを持つミトスには釣が来る程十分だった。
『「ミトス、貴様ああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!」』
そう、ミトスの真の時間稼ぎは……!
「あははははははははははははははははは! ……もう遅いよ」
ヴェイグが怒りを乗せた声を張り上げる中、紋章にて極限まで短縮された詠唱は遂に完成する。
かつてこのバトル・ロワイヤルでテセアラの神子、ゼロス=ワイルダーがそうした様に。
ミトスの残り殆どのマナを吸い取り、地を這う汚れた魂に、裁きの光を雨と降らす、天使のみが扱う事を許された術は……ッ!
「黄泉路へ辿れ―――ジャッジメントッ!」
その術は落ちる場所がランダムである代わりに全術中最高の攻撃範囲と手数を誇り、一撃の威力は強力。
視力を失ったミトスにとってランダムというリスクは逆に大きな利点となった。
そして攻撃範囲の広さも評価すべき点。
更に一度対象に襲いかかれば光の速度故に防御不能!
「……ッ!」
“これ”は、ヤバい。
ヴェイグは地を震撼させる光の初撃を一目見ただけで本能的にそれを察した。
光は巨大な氷の破片をアイスのように溶かし、地に深い落とし穴を掘った。
これなら大した労力も使わずに落とし穴を作れるな、なんて冗談を言っている場合じゃない。
頭に喰らえば死。胸部に喰らっても死。腹部も。
足や手に喰らえば確実にそこから先をもぎ取られる。それこそ赤子の手を捻るように容易く。
逃げる? 無茶だ。攻撃範囲が洒落になっていない。
避ける? あの光速の鎚を?
受ける? 俺の氷であんな馬鹿みたいな威力の攻撃を?
答えは出ている。無理、だ。こんな出鱈目な術、知らない。
対処は不可能。なるほど、どうしようも無い。
冷静になってよく考えてみろ。
もし……もしも、本当に何も無いとしたら?
これが嘘だとしたら?
いや、しかし嘘を吐く利点はあるのか? ミトスは両足と視力を失っている。逃走の手段は無い筈。術を使うにしても俺の位置が正確に分からなければ意味は無い。
待てよ。この感覚……最近、何処かで? デジャヴか?
いや違う。確かあれは、洞窟の中でプリムラと―――
『……真逆、これは!』
先ず三秒程でディムロスがその事実に気付く。
「リオンの時と同じッ!」
更に二秒差でヴェイグもそれに気付く。
しかし更にミトスへ振り替える動作に一と半秒。
六秒半もあればミスティシンボルを持つミトスには釣が来る程十分だった。
『「ミトス、貴様ああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!」』
そう、ミトスの真の時間稼ぎは……!
「あははははははははははははははははは! ……もう遅いよ」
ヴェイグが怒りを乗せた声を張り上げる中、紋章にて極限まで短縮された詠唱は遂に完成する。
かつてこのバトル・ロワイヤルでテセアラの神子、ゼロス=ワイルダーがそうした様に。
ミトスの残り殆どのマナを吸い取り、地を這う汚れた魂に、裁きの光を雨と降らす、天使のみが扱う事を許された術は……ッ!
「黄泉路へ辿れ―――ジャッジメントッ!」
その術は落ちる場所がランダムである代わりに全術中最高の攻撃範囲と手数を誇り、一撃の威力は強力。
視力を失ったミトスにとってランダムというリスクは逆に大きな利点となった。
そして攻撃範囲の広さも評価すべき点。
更に一度対象に襲いかかれば光の速度故に防御不能!
「……ッ!」
“これ”は、ヤバい。
ヴェイグは地を震撼させる光の初撃を一目見ただけで本能的にそれを察した。
光は巨大な氷の破片をアイスのように溶かし、地に深い落とし穴を掘った。
これなら大した労力も使わずに落とし穴を作れるな、なんて冗談を言っている場合じゃない。
頭に喰らえば死。胸部に喰らっても死。腹部も。
足や手に喰らえば確実にそこから先をもぎ取られる。それこそ赤子の手を捻るように容易く。
逃げる? 無茶だ。攻撃範囲が洒落になっていない。
避ける? あの光速の鎚を?
受ける? 俺の氷であんな馬鹿みたいな威力の攻撃を?
答えは出ている。無理、だ。こんな出鱈目な術、知らない。
対処は不可能。なるほど、どうしようも無い。
ヴェイグは引きつった笑みを浮かべた。こんな状況、笑うより他は無い。
……ディムロスもまた、困惑していた。
ベルクラントより威力は劣る。が、とても一個人に向ける術じゃあない。
ソーディアンに痛覚は無いのは周知の事実だろう。だがそれには例外がある。
エネルギー放射だ。ソーディアンを第二段階に強化する時に、久し振りに味わった痛覚。今、ディムロスはその感覚を思い出していた。
あの柱に詰まった魔力のエネルギー。尋常では無い。
火事場の馬鹿力とはこの事か。
刀身に喰らえば、確実に自分が激痛により破壊される自信がある。
勿論、精神と物理、両方の意味でだ。
ディムロスはコアクリスタルの中から空を見上げた。
地に着陸した光の魔力が拡散し、天に舞い上がり七色の雪として降っていた。
……ああ、これはもうどうしようも無い。
と、コアクリスタルに魔力の雪が弾けた瞬間だった。
突然、今まで薄暗かった空一面が乳白色になる。
ディムロスにその正体は理解出来兼ねたが、ヴェイグは理解した。
ただ、その理解の仕方は最悪だった。理解しようとして理解したのではなく、その体を介して理解させられたのだから。
ヴェイグは目を大きく開き、盛大な悲鳴を血と唾液をオマケに添えて上げた。
極限まで煮詰められた灼熱の柱はヴェイグの左肩から先全てをを貫き、服を、皮膚を、肉を、神経を、骨を、血をも焼き、蝕む。
その猛烈な痛みを言葉で表すにはこの世の単語だけでは些か足りな過ぎるであろう。
ヴェイグはその激痛に耐え兼ねディムロスを落とし、左肩を押さえ頭から雪原へ倒れ込んだ。
いや、それは最早“左肩”と呼ぶには形が崩れ過ぎていた。
肉を押さえ雪原へ倒れ込んだ、と言った方が正しいかもしれない。
皮と多少の神経だけでやっと出来損ないの左腕――尤も、黒焦げの肉片が果たして左腕の定義に当て嵌まるのかという疑問は残るが――と胴体が繋がっているその様。
既に“肩”と呼べる部位は殆ど残されてはいないからだ。
力加減も忘れ、ヴェイグはただがむしゃらに氷の応急処置を自らの肩に施す。
少なくともこれで出血多量で死ぬ事は免れる事が可能であるが、ヴェイグにはそこまでの考えは無い。
痛みでそれどころでは無かったからだ。
「あっははははははははははッ! お前は此所で僕と共に朽ちるんだ……僕が用意した最後の喜劇に、踊り狂ええぇぇッ!」
……ディムロスもまた、困惑していた。
ベルクラントより威力は劣る。が、とても一個人に向ける術じゃあない。
ソーディアンに痛覚は無いのは周知の事実だろう。だがそれには例外がある。
エネルギー放射だ。ソーディアンを第二段階に強化する時に、久し振りに味わった痛覚。今、ディムロスはその感覚を思い出していた。
あの柱に詰まった魔力のエネルギー。尋常では無い。
火事場の馬鹿力とはこの事か。
刀身に喰らえば、確実に自分が激痛により破壊される自信がある。
勿論、精神と物理、両方の意味でだ。
ディムロスはコアクリスタルの中から空を見上げた。
地に着陸した光の魔力が拡散し、天に舞い上がり七色の雪として降っていた。
……ああ、これはもうどうしようも無い。
と、コアクリスタルに魔力の雪が弾けた瞬間だった。
突然、今まで薄暗かった空一面が乳白色になる。
ディムロスにその正体は理解出来兼ねたが、ヴェイグは理解した。
ただ、その理解の仕方は最悪だった。理解しようとして理解したのではなく、その体を介して理解させられたのだから。
ヴェイグは目を大きく開き、盛大な悲鳴を血と唾液をオマケに添えて上げた。
極限まで煮詰められた灼熱の柱はヴェイグの左肩から先全てをを貫き、服を、皮膚を、肉を、神経を、骨を、血をも焼き、蝕む。
その猛烈な痛みを言葉で表すにはこの世の単語だけでは些か足りな過ぎるであろう。
ヴェイグはその激痛に耐え兼ねディムロスを落とし、左肩を押さえ頭から雪原へ倒れ込んだ。
いや、それは最早“左肩”と呼ぶには形が崩れ過ぎていた。
肉を押さえ雪原へ倒れ込んだ、と言った方が正しいかもしれない。
皮と多少の神経だけでやっと出来損ないの左腕――尤も、黒焦げの肉片が果たして左腕の定義に当て嵌まるのかという疑問は残るが――と胴体が繋がっているその様。
既に“肩”と呼べる部位は殆ど残されてはいないからだ。
力加減も忘れ、ヴェイグはただがむしゃらに氷の応急処置を自らの肩に施す。
少なくともこれで出血多量で死ぬ事は免れる事が可能であるが、ヴェイグにはそこまでの考えは無い。
痛みでそれどころでは無かったからだ。
「あっははははははははははッ! お前は此所で僕と共に朽ちるんだ……僕が用意した最後の喜劇に、踊り狂ええぇぇッ!」
そう締め括った時だった。
永久に続くであろう暗闇の深淵に、淡い緑髪をした女性が確かに浮かんだのをミトスは認める。
その瞬間に、自分は無音の世界に召された気がした。
その瞬間に、自分は無音の世界に召された気がした。
「……え?」
それはつい先程まで高笑いをしていた天使と同一人物が発声したとは思えない程気の抜けた声。
ミトスは大地が光の柱により破壊される音を聞きながら、狼狽した。
その女性は今にも泣き出しそうな目でミトスを見つめた。その華麗な口は確かに何度か動く。
ミトスがそれを理解する前に、女性は背を向けゆっくりと闇という虚無の彼方に歩き出す。
「姉、様……?」
待ってよ、姉様。さっきは何を言ったの?
どうしてそっちに行っちゃうの?
どうしてそんなに悲しそうな顔をしてるの?
どうして僕に、声を掛けてくれないの?
待ってったら。僕も一緒に連れて行ってよ。
昔みたいに、僕の手を取って、一緒に。
「行かないでよ……ねぇ、どうして?」
嫌だよ姉様。
一緒に連れていってよ。
痛いんだ。苦しいんだ。暗いんだ。
天使化したこの体も、もう駄目なんだよ。
今のジャッジメントのせいで僕のマナが殆ど尽きたんだ。
足も無くなってしまった。目も見えない。右耳も聞こえない。もう殆ど体を動かす力は残ってないんだよ。
だから僕を見てよ姉様。
見てよ、見てったら。
「待ってよ……」
体温で消える事の無い粉雪が積もった荒地に天使は伏す。
その体にも粉雪は積もり、消える事の無い斑模様を作り上げた。
天使は仰向けに倒れながらも必死に手を動かす。
それは最後の悪足掻き。罪深き自分に許された唯一の運動。
震える手を、ゆっくりと断罪の光が降る空へ。
確かにミトス=ユグドラシルの視力は爆発の際、激しい閃光により失われた。
しかしその暗闇の最果ての更に奥に見た姉の背にミトスは手を伸ばす。
もう少し、あと少し。
「……また、僕は、間違ってる、って言うの……?」
暗闇の最果てよりもずっとずっと奥。きっとそれは死の世界。
ミトスは悟る。自分の死期が近い事を。
予想……いや、それは確信に似ていた。
ゆっくりと虚無の闇に身を委ねながらも、ミトスは手を伸ばす事を止めない。
一種の走馬燈の様なものだろうか。夢か、幻か、実体なのか。それすら分からないが、ただ姉に手を伸ばした。
「……教えてよ、教えてったら」
もう少しで手が届くんだ。
あと一センチ程度なんだ。
動け、動けよ僕の手。
くそ、体が重い……
気を抜けば全身が灰になってしまいそうだ。
ミトスは大地が光の柱により破壊される音を聞きながら、狼狽した。
その女性は今にも泣き出しそうな目でミトスを見つめた。その華麗な口は確かに何度か動く。
ミトスがそれを理解する前に、女性は背を向けゆっくりと闇という虚無の彼方に歩き出す。
「姉、様……?」
待ってよ、姉様。さっきは何を言ったの?
どうしてそっちに行っちゃうの?
どうしてそんなに悲しそうな顔をしてるの?
どうして僕に、声を掛けてくれないの?
待ってったら。僕も一緒に連れて行ってよ。
昔みたいに、僕の手を取って、一緒に。
「行かないでよ……ねぇ、どうして?」
嫌だよ姉様。
一緒に連れていってよ。
痛いんだ。苦しいんだ。暗いんだ。
天使化したこの体も、もう駄目なんだよ。
今のジャッジメントのせいで僕のマナが殆ど尽きたんだ。
足も無くなってしまった。目も見えない。右耳も聞こえない。もう殆ど体を動かす力は残ってないんだよ。
だから僕を見てよ姉様。
見てよ、見てったら。
「待ってよ……」
体温で消える事の無い粉雪が積もった荒地に天使は伏す。
その体にも粉雪は積もり、消える事の無い斑模様を作り上げた。
天使は仰向けに倒れながらも必死に手を動かす。
それは最後の悪足掻き。罪深き自分に許された唯一の運動。
震える手を、ゆっくりと断罪の光が降る空へ。
確かにミトス=ユグドラシルの視力は爆発の際、激しい閃光により失われた。
しかしその暗闇の最果ての更に奥に見た姉の背にミトスは手を伸ばす。
もう少し、あと少し。
「……また、僕は、間違ってる、って言うの……?」
暗闇の最果てよりもずっとずっと奥。きっとそれは死の世界。
ミトスは悟る。自分の死期が近い事を。
予想……いや、それは確信に似ていた。
ゆっくりと虚無の闇に身を委ねながらも、ミトスは手を伸ばす事を止めない。
一種の走馬燈の様なものだろうか。夢か、幻か、実体なのか。それすら分からないが、ただ姉に手を伸ばした。
「……教えてよ、教えてったら」
もう少しで手が届くんだ。
あと一センチ程度なんだ。
動け、動けよ僕の手。
くそ、体が重い……
気を抜けば全身が灰になってしまいそうだ。
視界が霞む。
手以外に何も動かせない。
息も、出来ない。
何でだよ、姉様。僕を助けてよ。助けて。
レイズデットを、いや何ならチャージでも構わない。
嫌だ、死にたくない。
助けてったら。
助けてよ。
助けろよ……。
……ねえ。僕、さっきからずっと這いずり回って手を伸ばし続けてるよね?
おかしいよ、姉様。
だって、ずっと距離が縮まらないんだ。
手以外に何も動かせない。
息も、出来ない。
何でだよ、姉様。僕を助けてよ。助けて。
レイズデットを、いや何ならチャージでも構わない。
嫌だ、死にたくない。
助けてったら。
助けてよ。
助けろよ……。
……ねえ。僕、さっきからずっと這いずり回って手を伸ばし続けてるよね?
おかしいよ、姉様。
だって、ずっと距離が縮まらないんだ。
―――あと、少しなのに、どうして、届かない、の?
「……何でだよ、姉、さ―――」
怒りと悲しみが混じった声を弱々しく口から吐いた。
その細身にて白く絢爛な指先はまるで何かに触れたかの様にぴくりと動く。
その瞬間に天より落ちし三本の聖なる光の柱は仰向けの天使を裁いた。
伸ばされた右手を根元から奪い、左胸の心臓を焼き潰し、内蔵を掻き分けながら犯し尽くし、かつて誰かのマントとして機能していた布は爆風に舞い、光の直撃により炭素の塊と化す。
果たしてそれは神の怒りに触れたからなのか、はたまた偶然か。
それを知る術は半透明な天使の羽と共に舞い上がり、虚空に溶け失われた。
しかし地を這う罪深き天使が持つ汚れた魂とその体は、七色に輝く裁きと言う名の灼熱の光雨に打たれ、安息に眠るかの様に静かに横たわる。
その明白な事実だけは失われる事無く、雪が降り頻る世界にて咆哮していた。
罪深き天使はこれでその数千年にも渡る長き人生を命と共に燃やした―――
怒りと悲しみが混じった声を弱々しく口から吐いた。
その細身にて白く絢爛な指先はまるで何かに触れたかの様にぴくりと動く。
その瞬間に天より落ちし三本の聖なる光の柱は仰向けの天使を裁いた。
伸ばされた右手を根元から奪い、左胸の心臓を焼き潰し、内蔵を掻き分けながら犯し尽くし、かつて誰かのマントとして機能していた布は爆風に舞い、光の直撃により炭素の塊と化す。
果たしてそれは神の怒りに触れたからなのか、はたまた偶然か。
それを知る術は半透明な天使の羽と共に舞い上がり、虚空に溶け失われた。
しかし地を這う罪深き天使が持つ汚れた魂とその体は、七色に輝く裁きと言う名の灼熱の光雨に打たれ、安息に眠るかの様に静かに横たわる。
その明白な事実だけは失われる事無く、雪が降り頻る世界にて咆哮していた。
罪深き天使はこれでその数千年にも渡る長き人生を命と共に燃やした―――
―――かと、思われた。
そう、天使はまだ生きていた。裁きをその身に着ても尚、執念のみが命の灯火を裁きの風から守る。
「そう、か……」
天使は静かに呟く。その消え入りそうな声は大地に穴が空く音により存在を消されていく。
「……姉様は、僕を見捨てたんだね」
生き長らえた喜びは一つも無い。ただそこにあるのは黒を更に煮詰めた最上級の、プレミアが付く程の漆黒の絶望と怒り。
天使は静かに流れぬ悲哀の滴を心の中で零しながら深い闇に墜ちて行く。
「あは、あははははは、あはははははははは……」
ああ、アハハ、なんだ、そうか。僕は、独りぼっちか。
xにどんな値を入れようと、結局は変わらないんだね。
簡単過ぎる方程式の解に天使は落胆する。
うんざり過ぎる程孤独は経験して来た。そして姉だけを支えに巡り巡って辿り着いたのは結局独りぼっちの世界。
そう、天使はまだ生きていた。裁きをその身に着ても尚、執念のみが命の灯火を裁きの風から守る。
「そう、か……」
天使は静かに呟く。その消え入りそうな声は大地に穴が空く音により存在を消されていく。
「……姉様は、僕を見捨てたんだね」
生き長らえた喜びは一つも無い。ただそこにあるのは黒を更に煮詰めた最上級の、プレミアが付く程の漆黒の絶望と怒り。
天使は静かに流れぬ悲哀の滴を心の中で零しながら深い闇に墜ちて行く。
「あは、あははははは、あはははははははは……」
ああ、アハハ、なんだ、そうか。僕は、独りぼっちか。
xにどんな値を入れようと、結局は変わらないんだね。
簡単過ぎる方程式の解に天使は落胆する。
うんざり過ぎる程孤独は経験して来た。そして姉だけを支えに巡り巡って辿り着いたのは結局独りぼっちの世界。
今までと何も分からない、無味乾燥のグレイの景色。
グロテスクだけが取り柄の血塗れた手。
修復不可能な砕けきった理想。
けれども只一つ、違う。
“意味”が無い。
存在している、生きている意味が無い。価値も無い。理由も無い。義務すら無い。
姉が居ない世界なんかに興味は無い。
姉に否定された世界なんて更に興味が無い。
そもそも自分を否定する姉自体に興味が無い。そんなの許さない。
ただ、興は殺がれるばかり。
生きる意味を永久の暗闇に落とした天使は、生き長らえた自分がこれからどうすればいいのかを知る術を持ち合わせていなかった。
天使はひたすら考えた。考える事だけがそこに存在する脳に許された権利だった。
考えて、考えて考える。
グロテスクだけが取り柄の血塗れた手。
修復不可能な砕けきった理想。
けれども只一つ、違う。
“意味”が無い。
存在している、生きている意味が無い。価値も無い。理由も無い。義務すら無い。
姉が居ない世界なんかに興味は無い。
姉に否定された世界なんて更に興味が無い。
そもそも自分を否定する姉自体に興味が無い。そんなの許さない。
ただ、興は殺がれるばかり。
生きる意味を永久の暗闇に落とした天使は、生き長らえた自分がこれからどうすればいいのかを知る術を持ち合わせていなかった。
天使はひたすら考えた。考える事だけがそこに存在する脳に許された権利だった。
考えて、考えて考える。
意味を与えられる―――気に食わないね。大体誰が与えてくれるのさ、ミクトランかい?
ヴェイグ=リュングベルを殺す―――馬鹿を言え。この体じゃあもう無理だ。下級魔法すら満足に撃てない。
優勝して姉様を復活させる―――上に同じ。
首輪を解除してミクトランを殺す―――それが出来てればこんなに苦労してないよ。
このまま犬死にする―――劣悪種の踏台なんか御免だね。
自殺する―――今、失敗したところさ。
じゃあ、どうするの? ―――それをお前に聞いている。
じゃあ、こうしよう―――いや、“こう”ってどうだよ。
ヴェイグ=リュングベルを殺す―――馬鹿を言え。この体じゃあもう無理だ。下級魔法すら満足に撃てない。
優勝して姉様を復活させる―――上に同じ。
首輪を解除してミクトランを殺す―――それが出来てればこんなに苦労してないよ。
このまま犬死にする―――劣悪種の踏台なんか御免だね。
自殺する―――今、失敗したところさ。
じゃあ、どうするの? ―――それをお前に聞いている。
じゃあ、こうしよう―――いや、“こう”ってどうだよ。
『やり直せばいいんだよ』
壊れた思考回路は最高にブっ飛んだ結論を天使に差し出す。天使は一瞬だけ呆気に取られた。
しかしそれは結論が最高にブっ飛んでいるからでは無く、只、こんな簡単な事にすら気付けなかったという後悔故に。
しかしそれは結論が最高にブっ飛んでいるからでは無く、只、こんな簡単な事にすら気付けなかったという後悔故に。
―――簡単な事だよ。“あの”テセアラもシルヴァラントもクルシスもデリス・カーラーンも、全部知ったこっちゃない。
エターナルソードで脱出して時間を巻き戻そう、そうすればお前の大好きな姉様と会える。
お前を否定した“この姉様”なんか、要らないよね。
理想の中の“あの姉様”と一緒に暮らせばいい。
エターナルソードで脱出して時間を巻き戻そう、そうすればお前の大好きな姉様と会える。
お前を否定した“この姉様”なんか、要らないよね。
理想の中の“あの姉様”と一緒に暮らせばいい。
壊れた回路から素敵に狂った光を差し出された天使は、目を細めてそれを受け取る。
その表情には極限まで黒い嗤いが張り付いていた。
この天使もまた、とことんまで狂っている―――否、厳密には違う。
この天使の箍は外れて居ない。故に狂ってすらいない。
だが狂っている。矛盾しているがどうか呆れないで欲しい。
“狂っていないのに狂っている”のだ。
その表情には極限まで黒い嗤いが張り付いていた。
この天使もまた、とことんまで狂っている―――否、厳密には違う。
この天使の箍は外れて居ない。故に狂ってすらいない。
だが狂っている。矛盾しているがどうか呆れないで欲しい。
“狂っていないのに狂っている”のだ。
この“ミトス=ユグドラシル”という桶には箍は元より存在しないからである。
つまり“箍が外れた状態”、即ち狂った状態がデフォルトなのだ。だから“狂っていないのに狂っている”。
天使は壊れた回路を理解した。
何よりも誰よりも理解出来た。
舞い落ちる雪と裁きの光、そして舞い上がる岩石と土埃の中で、満身創痍の天使は世界を嗤いながら静かに永遠の名を冠する紫の大剣を握る。
つまり“箍が外れた状態”、即ち狂った状態がデフォルトなのだ。だから“狂っていないのに狂っている”。
天使は壊れた回路を理解した。
何よりも誰よりも理解出来た。
舞い落ちる雪と裁きの光、そして舞い上がる岩石と土埃の中で、満身創痍の天使は世界を嗤いながら静かに永遠の名を冠する紫の大剣を握る。
……そうだよね、この世界にはもう興味は無い。じゃああの世界で姉様と一緒に居られればそれでいい。
アハハ、なぁんだ。悩んでたのが馬鹿みたいだね。
こんなにも簡単な事だったんだ。
こんな汚い世界、知った事か。僕は姉様と一緒に居られればそれでいいんだ。
僕の居場所は姉様の隣だけなんだから。
この世界が滅びるなら、あの世界で生きればいい。
理由が溶けたなら、凍らせればいい。
博打に失敗したなら、ディーラーを皆殺しにしてチップを奪えばいい。
チップが無いなら、客を殺して奪えばいい、そうでしょ?
この世界ではそれこそが真理、僕こそが法そのものッ!
貴様等の命のチップ、僕が奪い取ってやるよ。
そぉら、見ろよ卑賎な豚共。
エターナルソードさえ……これさえあれば、僕は運命さえも味方に出来る。
歴史の改変さえも自由ッ! くくく、あははなんて素敵な力! あははは僕が持つに相応しいじゃないか!
ああなんだそうか。そうかそうだ、そうだよそういう事だったんだねッ! ああ何で今まで気付かなかったんだ僕は……愚かだな。あっははははははははははははははは!
神様が居ない理由がわかったよ姉様! ああきっとそうだ……そうさ、そうに決まってるそうに違いない絶対に間違い無いね!
絶対的な力を持った人間の上の存在ッ! ……待っててね姉様? 今そっちに行くからさ。
……そうさ、神様は居ないんじゃない!
ああそうさ、居るんだよ此所にね!
だってそうでしょう? 姉様は女神マーテルなんだ! だったら弟の僕が“そう”でも必然だよね!?
アハハ、なぁんだ。悩んでたのが馬鹿みたいだね。
こんなにも簡単な事だったんだ。
こんな汚い世界、知った事か。僕は姉様と一緒に居られればそれでいいんだ。
僕の居場所は姉様の隣だけなんだから。
この世界が滅びるなら、あの世界で生きればいい。
理由が溶けたなら、凍らせればいい。
博打に失敗したなら、ディーラーを皆殺しにしてチップを奪えばいい。
チップが無いなら、客を殺して奪えばいい、そうでしょ?
この世界ではそれこそが真理、僕こそが法そのものッ!
貴様等の命のチップ、僕が奪い取ってやるよ。
そぉら、見ろよ卑賎な豚共。
エターナルソードさえ……これさえあれば、僕は運命さえも味方に出来る。
歴史の改変さえも自由ッ! くくく、あははなんて素敵な力! あははは僕が持つに相応しいじゃないか!
ああなんだそうか。そうかそうだ、そうだよそういう事だったんだねッ! ああ何で今まで気付かなかったんだ僕は……愚かだな。あっははははははははははははははは!
神様が居ない理由がわかったよ姉様! ああきっとそうだ……そうさ、そうに決まってるそうに違いない絶対に間違い無いね!
絶対的な力を持った人間の上の存在ッ! ……待っててね姉様? 今そっちに行くからさ。
……そうさ、神様は居ないんじゃない!
ああそうさ、居るんだよ此所にね!
だってそうでしょう? 姉様は女神マーテルなんだ! だったら弟の僕が“そう”でも必然だよね!?
だから。
だから僕が……。
だから僕が……。
――僕こそが、神なんだ。
【ヴェイグ=リュングベル 生存確認】
状態:HP10% TP15% リオンのサック所持 左腕重度火傷 絶望 深い怒り
両腕内出血 背中に3箇所裂傷 重度疲労 左眼失明 胸甲無し 半暴走 迷いを克服
エクスフィギュアの正体を誤解 キールの惨たらしい死に動揺 左肩から先重症 全身打撲 頭部裂傷
葛藤 胸部重度火傷 全身に裂傷 腹部大裂傷
所持品:ミトスの手紙 メンタルバングル
45ACP弾7発マガジン×3 ナイトメアブーツ ホーリィリング
エメラルドリング クローナシンボル フィートシンボル
エクスフィア強化S・A(故障中)
基本行動方針:優勝してミクトランを殺す
第一行動方針:肩の痛みに耐える
第三行動方針:ミトスを殺す
現在位置:C3村中央広場・雪原
状態:HP10% TP15% リオンのサック所持 左腕重度火傷 絶望 深い怒り
両腕内出血 背中に3箇所裂傷 重度疲労 左眼失明 胸甲無し 半暴走 迷いを克服
エクスフィギュアの正体を誤解 キールの惨たらしい死に動揺 左肩から先重症 全身打撲 頭部裂傷
葛藤 胸部重度火傷 全身に裂傷 腹部大裂傷
所持品:ミトスの手紙 メンタルバングル
45ACP弾7発マガジン×3 ナイトメアブーツ ホーリィリング
エメラルドリング クローナシンボル フィートシンボル
エクスフィア強化S・A(故障中)
基本行動方針:優勝してミクトランを殺す
第一行動方針:肩の痛みに耐える
第三行動方針:ミトスを殺す
現在位置:C3村中央広場・雪原
【SD】
状態:自分への激しい失望及び憤慨 後悔 ヴェイグの感情に同調
感情希薄? エクスフィギュアの正体を誤解
基本行動方針:優勝してミクトランを殺す
第一行動方針:ヴェイグが気になる
第二行動方針:ミトスを殺す
現在位置:C3村中央広場・雪原
状態:自分への激しい失望及び憤慨 後悔 ヴェイグの感情に同調
感情希薄? エクスフィギュアの正体を誤解
基本行動方針:優勝してミクトランを殺す
第一行動方針:ヴェイグが気になる
第二行動方針:ミトスを殺す
現在位置:C3村中央広場・雪原
【ミトス=ユグドラシル@ミトス 生存確認】
状態:HP5%以下/50%(毒特性:最大HPカット) TP5%以下 良く分からない鬱屈
頬に傷 右腿裂傷 右肩貫通 左足指欠損 左脇腹裂傷
鼻の骨を骨折 左手首から手の平に穴 左指三本複雑骨折
視力喪失 左耳鼓膜破裂 両足喪失 全身打撲 右手喪失 左胸部と腹部に穴
心臓喪失 右腹部大裂傷 神の意識 発狂気味
所持品:ミスティシンボル 大いなる実り キールのレポート エターナルソード
基本行動方針:マーテルに会う
第一行動方針:エターナルソードで脱出する
現在位置:C3村中央広場・雪原→???
状態:HP5%以下/50%(毒特性:最大HPカット) TP5%以下 良く分からない鬱屈
頬に傷 右腿裂傷 右肩貫通 左足指欠損 左脇腹裂傷
鼻の骨を骨折 左手首から手の平に穴 左指三本複雑骨折
視力喪失 左耳鼓膜破裂 両足喪失 全身打撲 右手喪失 左胸部と腹部に穴
心臓喪失 右腹部大裂傷 神の意識 発狂気味
所持品:ミスティシンボル 大いなる実り キールのレポート エターナルソード
基本行動方針:マーテルに会う
第一行動方針:エターナルソードで脱出する
現在位置:C3村中央広場・雪原→???