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  • End of the Game -禽獣層・さよなら時空剣士-

テイルズオブバトルロワイアル@wiki

End of the Game -禽獣層・さよなら時空剣士-

最終更新:2019年10月13日 23:41

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End of the Game -禽獣層・さよなら時空剣士-


クレスは斃れていた。膝を付き、重力にかしづく様に斃れていた。
拡がって全身を覆う黄土色のマントは、眠りにつく1人の剣士にそっとかけられた毛布のようだ。
事実、クレスは眠りたかった。指一本、筋一本たりとも己が意のままには動かない。
疲れていた。身も心も疲れ果てていた。
怒り、戦い、迷い、戦い、狂い、戦い、痛み、それでも戦ってきた彼が半生。
立ちはだかる壁を、立ち塞がる敵を、押し寄せる困難を、その剣で切り拓いてきた。

このまま永遠に眠ることになろうとも、無理もない。
いや、無理しかなかった。それほどまでに彼は傷ついていた。

いつかは、こうなるのだ。
どれほどの高き壁を登ろうとも、登った先にはより高い壁が待っているだけだ。
いつか現れるであろう超えられない壁に屈するまで登り続ける。
クレスにはもう、そんな修練に費やすだけの力など一滴も残っていない。

『何立ち止まってんだよ、クレス』

震えるだけの力も無い鼓膜に、懐かしい記憶が響いた。
僕が君を追い越せば、君は夜を惜しんで僕の背を追い、僕は既に追い越された君を追う。
力強く伝わる友の声が、心に届く。そうだ、共に強くなろうと約束した。

『なーにやってんのさクレス、だらしないったらないじゃない!』

蓮っ葉な声に、心臓の音が重なる。夏の青空のように突き抜けた少女の声が、神経に通る。
誰も彼もが時の狭間に去っていく、僕なんかとは比べ物にならない孤独を背負いながら、君は笑っていた。
太陽のように眩しかった君よ。君の輝きは、僕の心に惑う雲を払ってくれる。

『年長者よりも先に疲弊してどうする、クレス。お前の力はこんなものではないだろう?』

落ち着いた言葉に、筋肉の間にこびり付いた熱が払われていく。
一番大人でありながら、誰よりも純粋に道を追い求めた貴方よ。
ありがとう。貴方に出会えたからこそ、僕はここまで辿り着くことができました。

『クレスさん、貴方は誰よりも優しく……だからこそ、強い。ここで立ち止まる貴方ではないはずです』

幼くも凛とした音が、僕の中に力を宿す。
宿命を前にしても涙を見せなかった君よ。君が忍者だからじゃない、君は君だから強かった。
その強さが揺らぐ僕を奮い立たせる。君の小さな背中に、僕は宿命を背負う覚悟を見た。


僅かに湧き上がった力を使って、クレスは首を動かし顔を上げた。
仲間達の4つの手が、倒れ伏した僕に差し伸べられている。
ああ、とクレスの奥底から息が漏れる。そうだ、僕は独りで壁に向かってたわけじゃない。
そこにはいつも仲間がいた。肩を貸し合える、道を共に歩める、苦難を一緒に笑い合える仲間がいた。
クレスの膝に、掌に、脚に、腕に微かに、しかし確かに力が漲ってくる。それは自分から生まれたものではない、仲間がくれたもの。
一人では越えられない壁も……みんなとなら、越えられる。

立ち上がり、重ねられた掌にその手を伸ばす。そうだ、未だ戦える。僕はまだ立ち上がれる。
立て、立って、そして



「「「「無様に死ね」」」」





立ちあがったその正面に聳えた巨大な牙を前にして、クレスは泣くように笑うしかない。
「何、寝てるんだよ。クソ野郎が……」
2つの斧を咄嗟にかち上げてクレスは眼前の矢を弾く。しかし唯の矢ではないそれを前に、クレスは斧を吹き飛ばされてしまう。
「手前が眠らせたアミィの分にゃ、まだまだ足りないんだよ! ブチ抜け、大牙ッ!!」
弦が千切れるか否かその限界線まで引き絞られた弓から、殺意を乗せた矢が再び射出される。
憎い。許さない。殺す。およそ考え得る全ての負の想念が弦を絞る指より矢へと伝わり、
禍々しい程に巨大な牙となって仇たるクレスに噛み付こうとする。
その意思を込めた矢の前では、銃弾を斬ることさえできるだろうクレスも、魔剣で矢を弾くことすらままならない。
チェスターが矢に乗せた思いを殺しきることが出来ず、クレスはバックステップで意を逃がしながら飛ぶ。

「なんでだ、僕だ、クレスだ! 分からないのか、チェスター!!」
『戦の最中に談笑か。随分と傲慢だな!!』

しかし背後に聳え立つ紅蓮の腕が、友の矢に気を取られたクレスを捕まえる。
サンダ―マント越しでも伝わるその灼熱が、クレスには地獄の窯の温度に思えた。
「クラースさん……クレスです! クレス=アルベインです!! 話を……」
『――――――残念だったな。我が主にとって“お前など知ったことではない”』
誰よりも冷静に、一歩退いた視点から客観視できるクラースならば、剣を用いずとも通じるのではないか。
炎朧の向こうにいるはずの知己に向けた甘い夢もまた、炎に焼かれて消え果てる。
火の精霊は誰かの感情に同調するように、その義憤をさらに燃やしてクレスを掴む右手を輝かせた。
『重ねて言えば……“その剣は、我が仲間のモノ。お前が持って良い剣ではない”ともな!! 
 消し炭にしてくれる、“バーニング・ブレイク”ッ!!』
握り潰すと同時に、イフリートの拳が大爆発を起こす。
その爆炎の煙に放り出されるようにして、クレスが落下していた。
髪の何房かは焦げ目をつけ、皮膚のあちらこちらに火傷を負っていたが、明らかに威力に見合った分量ではない。
僅かに残っていた蒼い輝き―――虚空蒼破斬の鎧が、身動きのとれぬクレスを最後の砦として守っていた。
だが、それも尽きた。嘘を付かぬ精霊の言葉に、ある納得をしてしまった為だった。

「だからって、何で……」
「今更命乞いなど、聞けるとお思いですか」

落下するクレス目掛けて小さな影が飛翔する。
獄炎に彩られた世界の中にあってなお影さえ追い切れぬその速度は、紛うことなく忍の証に他ならない。
「すずちゃん……君もなのか、君も、俺を!!」
「如何にダオスの下僕に惑わされているとはいえ、貴方の剣は血を吸い過ぎました……」
中空を堕ちるクレスが剣を構える。地面を蹴ってすずが跳ぶ。
相手が若くして忍の頭領を務めるほどの才媛といえど、年端もいかぬ少女相手に剣を構える恥を知らぬクレスではない。
だが、剣に生きたその醜い醜い本能がクレスに半自動的に剣による反撃を選択させる。
「“俺をクレスと認めてくれないのか”!?」
「その剣はあの人の剣……決して血に濡れて良いモノではない!
 故にその魔剣、ここで封じさせて戴きます―――――忍法・不知火ッ!!」
燃え盛る地獄の底の少し上で、剣士と忍者が交差する。2人が地面に着地し、鮮血の散る音がする。
「クッ……!」
「すずちゃん……! ご、ゴメン、僕……」
クレスに傷は無かった。剣も、装備も、肉体も、一切欠けることなくすずへと顔を向ける。
裂けた装束の肩口から、紅い血に塗れた少女の柔肌が覗く。
少女の傷よりも重傷を負ったような蒼い顔で、クレスがすずに手を伸ばす。
しかし、惰性的な良心から差し伸べられた掌に投げかけられたのは、幾本もの苦無だった。
「敵に情けを乞うほど、落ちぶれてはいません。もとより、忍者は非情でなければならないのです」
ハッキリと言われてしまったその言葉は、頬を掠めた苦無の傷よりも万倍心に沁みた。
かける情の無い、敵。そう、彼らにとって、彼女らにとって、僕は――――

「で、何時までアタシを無視しちゃってくれてんのさぁ?」
「ア―チェ……グはッ!」



陽気な声と共に、レイの光条が垂直にまっすぐクレス目掛けて降り注ぐ。
すずに気を取られていたクレスは、亜光速で直進する光の行軍を回避しきれなかった。
「ほらほらぁ、こっち見ないと3秒かからず黒こげだよ? 
 見なよ、アタシを、この天才美少女魔女の、ア―チェ様を。
 聞きなよ、明るい薔薇の様なアタシの華麗な詠唱を!」
クレスの両側を挟みこむようにして、2枚のサンダーブレードがクレスに斬りかかる。
それを飛んで回避しながら、クレスは箒に跨る桃色の彼女を眇める。
「ア―チェ、話を…!」
「やっとこっち見た! でもゴッメーン。“あたしが見てほしいのはあんたじゃないの”。
 やっぱあんたのキモ黒い視線は要らないから――――――――チェスターの為にブッ潰れてよ」
虚空に投げかけるように胡乱な、しかし確かに存在する意思が呪文を紡ぐ。
狂気に彩られても、彼女は確かに魔術のスペシャリストだった。
果ての未来に棲む魔女の背後から、時空と宇宙の理を捻じ曲げて無数の隕石がクレスを急襲する。
会話も通じず、キャッチボールの代わりに投げられた隕石群。クレスは言葉以外の方法で撃ち返すより術が無い。

「蒼破…! 何、出ない!?」

クレスが闘気の鎧を鋳造しようとするが、常にクレスに寄り添ってきた蒼はこの時閃かなかった。
迫る隕石を前にして、クレスは縋るものを失ったかのようにあたりを見回す。
そして見まわしたその先に、冷酷な瞳で推移を見守るすずが居た。
「言ったはずです。貴方のその偽りの剣技、奪わせていただきました」
ぞくり、とクレスが悪寒を走らせた時、熱風がクレスの外套をはためかせる。
顕わになったクレスの背中には、1つの札が貼られていた。
戦士達が欲する『経験』を多く積める対価に、同時に守りと技を剥奪する契約書―――――其は悪魔の札<デモンズシール>也。

「しま…っ!」

クレスが背中に手を伸ばす。しかし、隕石は容赦なくクレスの周囲を炎ごと踏み潰した。
圧倒的暴威の中で微かな意識が諦観する。
グチャグチャな心の中から掻き集めた仲間達の儚い声なんて、所詮唯の妄想。
この耳を侵す現実の呪言の前に容易く掻き消されてしまう。
どんなに高い壁も、仲間と一緒なら越えられる。それはきっと間違いじゃない。

でも、だったら、仲間だと思ってたものが壁だったとき、僕はどうすればいいのだろう。


―――――・―――――・――――――



『ほいさ、これでまた4枚。アタシのカルタはナリヒラも吃驚の“ちはやっぶり”、そう簡単には負けないよ~?』

ホクホク顔で楽しそうに駒を指す魔法の鏡。だが、その盤面は凄惨と言っていい程一方的な状況だった。
親友たる射手。召喚術士が喚びし紅蓮の精霊。桃色の魔女。幼き忍者頭。
剣士にまつわる4人の戦士が剣士を徹底的に攻め続けている。剣士は、これで既に5回は地面を舐めさせられている。
ノルンの法によって保障された『語る必要のない王の力』によって出現した黒駒を前にして、
その否定を許されていないグリューネは耐え忍ぶより手が無かった。
敵の駒とはいえ、相手は剣士の仲間達。如何に襲われようと、全力で反撃することはできない。
だが、耐える為に仲間達の声を用い剣士の回復を行おうとすれば、記憶の仲間が上の句を告げた瞬間に敵陣の駒が下の句を奪って妨害する。
親友の妹だけだった時とは異なり、戦う術を持った彼ら相手では攻めることはおろか守ることすらもままならない。
結果、女流カルターとずぶの素人の札取り―――成す術無く札を半数近く取られたかのような窮地へと女神は追いつめられた。

「ベルセリオスや、サイグローグでもない、ただの鏡に……!!」
認め難い現実の狭間で、グリューネの目が血走ったように盤に魅入られる。どれほど目を凝らせど、その窮地が変じることは無い。
だがそれを行っているのがベルセリオスでも、サイグローグですらもない何処の馬の骨とも分からぬ存在だという事実を認めるには、
この絶望しかない世界からか細い希望を掴み取ろうとするグリューネにとって辛すぎた。
「何故、貴方が指すのです? ノルンの家具と億歩譲って認めたとして、貴方には理由が無い!」
『理由って言ってもな~。あるにはあるけどさ~~~見て、手が思いついたから。それだけじゃ駄目?』
「ダメという問題ではないでしょう!? この戦いに私が敗れれば、世界が――――――」
『救われなきゃ、ダメ? 世界を滅ぼそうとしてたら、それだけで負けなきゃいけないの?』
鏡の言葉に、グリューネが喉を詰まらせる。今まで楽天的に喋っていた鏡は、僅かに目を細めながら言葉をつづけた。
『生きたい、生きたいって願っても、ただそれだけで誰かが傷つくこともあるよ。
 星を守りたかっただけなのに、それだけで人類を消そうとした星の意思もいるよ。
 そんな人たちは、どんなに願っても叶っちゃいけないの? それが世界を脅かすから?』
世界を滅ぼすのは悪いことで、世界を守ろうとすることは良いことだろうか。
悪いことなのだろう。それを阻もうとすることは、きっと良いことなのだろう。
だが―――世界が滅ぶから、その願いが叶ってはいけないというのか。
どれだけ努力しても叶ってはいけないのか。本気を出してはいけないのか。そもそも願うことすら許されないのか。
『そんな考えじゃ勝てないよ。これは結末の決まった物語じゃない――――結末を勝ち取る戦いなんだよ』
ここには善も悪も無い。故に結末は決まっていない。
だから戦うのだ。自分の望む可能性を掴み取るために、他者の望む可能性を殺す。
その為に全力を尽くすのだ。持てる手札を全て使い、死力で、全力で結末まで戦い抜くのだ。

『物語なら“やらないほうがいいこと”があるけど……ゲームは“やっちゃいけないこと”しかないんだよ?
 物語に拘る限り、完璧な物語を求めて自分を縛っているうちは――――――絶対に、勝てない』



そう、それがグリューネの致命的な弱点。
ブルーはレッドの引き立て役。殻臣の悪巧みが栄えた試しはなく、弱きは助けられ、
ビーチの平和はサンオイルスターに守られる―――――物語ならば存在する“約束”がここには無いのだ。
自分が完璧な物語を綴ろうと“約束”を守っても、相手がその“約束”を守るとは限らない。
“約束”は互いの合意があって初めて成り立つ。片方が想い込むだけの約束など、ただの枷でしかない。

グリューネはありったけの言葉を集めて抗弁しようとしたが、眼の前に繰り広げられた盤面を見ては何も言えなかった。
物語の中で「無い」と思った手も、法に照らし合わせれば「有る」。
物語という『枷』に囚われたグリューネの指し手と、限りなく自由に盤面を泳ぐ魔法の鏡の指し手。
どちらがより優勢になるかなど言うまでも無い。

「己が非道を、よくぞそこまで正当化する…!」
『……分っかんないかな~~少し――――――――――頭冷やそっかッ!?』

何かを決したような鏡の前に、光が集う。虚空に拡がる無数の星、そのうちの4つの星の光が鏡に向けて放たれていた。
光を受けた鏡は星の力を収束し、圧縮する。
かつて世界を救いし戦士4人分の力を集め尽くしたその暴威が――――砕けかけた屑星を破壊する。


―――――・―――――・――――――


身も、心も抉られて指一本動かせない程に摩耗し切ったクレスが大地に沈められている。
間一髪で剥がされたデモンズシールが燃えカスとなって散るが、クレスの防御は完全には間に合わなかった。
内側は枯渇し、骨を揺らすことすら儘ならない。
そして、手を差し伸べてくれたはずの仲間達は立ち上がる力ではなく、二度と起き上がれなくするための力を再びクレスに向ける。

「手前なんかにゃ勿体無ェ取っておきだ……こいつを、喰らって……地獄に落ちな!!」
飛翔したチェスターがクレスに向かって衝破を放つ。
そして、それが着弾するよりも先に着地し、五指に体内全ての殺意を蓄えた必殺の大牙を構える。
高威力の双技を重ね合わせたその魔弾は、射抜かれた者の命を許さない。

『……承知した。徒に苦しめるは我が主の本意ではない。この一撃に焦滅せよ…!!』
イフリートが地面に諸手を尽き、焔で地面に紅き魔陣を描いていく。
それはイフリートが相手を全力で争覇するべき敵と認めた時のみ用いる極炎の一撃。
その使用を許可された。それはつまり、対象を塵も残さぬと決めたということ。

「……さて、お立会い。手前ここに呼び出したるは、ジャポン古来に詠われる――――藤林は四六の“がま”にござい!!」
藤林すずが高速で印字を結んでいくと、たちどころにもうもうと煙が湧き、そこから巨大な影が起き上がる。
ぎょろりと辺りを見回して鏡で己を見たかのように醜い汗をだらだらと掻き絞る大蟇蛙に、すずが飛び乗った。
これこそが忍の頭領たる藤林すずの大忍法・口寄之術。そこから繰り出される奥義が、必殺で無い訳が無い。

「終わらせちゃうんだね、チェスター? オッケィ! こいつで、ぶっ飛んじゃいなよ! 出でよ、創生の輝きッ!!」
ア―チェの歌うような詠唱と共に、次元が歪んでいく。地獄の中に形成された亜空の中で、1つの力が誕生する。
それは宇宙を創った真白き力。宇宙が誕生する瞬間の、超高音・超高密のエネルギィ体。
世界を創る力にて世界に徒なす敵を滅ぼす禁呪文。世界創造の瞬間に、それ以外の生命の存在など許されない。



4つの力がうねりて混ざり、1つの光となってクレスに向けられる。
その光景を前に、クレスは動けなかった。その力にではない、その力を自分に向ける彼らの目に動けなかった。
怒りに満ちた瞳、陽炎の奥に存在する信念の瞳、玉散る氷刃のように冷たい瞳、楽しそうに歪んだ瞳。
熱も、彩光も、瞼の重さも、何もかもが異なる瞳は、そのどれもが、仲間であるクレスに向けられるべき力ではなかった。
だからこそ、クレスは理解してしまった。彼らの瞳には、クレス=アルベインが映っていないことを。

(最後に会ったのは……ああ、この島に集められて……ミクトランの、説明を……)

魔法陣に導かれて別れたのだったか。その時、自分は彼らを殺してでも優勝するつもりだったのか。
数日前のことのはずなのに、思い返すことも難しいほどの記憶。
だが1つだけ確信できる。そこにいた僕はきっと、クレス=アルベインだったのだろう。
優しく、礼儀正しく、義憤を持ち、強気を挫き弱きを助ける剣士の模範だったのだろう。

この島で再び出会うことの叶わなかった彼らにとって、その瞳に映るクレスとは今も“それ”なのだ。
彼らの中には、未だあのクレス=アルベインが息づいているのだ。
だから、その姿はただ人の形をしているだけで、その声はどこかも知らない異世界の言葉で。
故に彼らにとって今地面に這い蹲る人間は――――クレス以外の誰か、どこかの気狂いでしか、ない。

<これで終わり! 其は星光をも砕く破滅の輝き! 四連携・秘奥義一斉集束砲火【ブレイクシュート】ッッ!!!>

「死ねぇっ、神威!」
『インフェルノ・リミテッド!』
「これで終わりです!忍法、児雷也!来い!!」
「ビッグバン!」

必殺の一矢は放たれ、魔陣は轟き燃えて大爆発し、蝦蟇の大口より蒼いブレスが放たれ、天地開闢の光が破滅を生む。
それは死だった。死ねと、殺されろと、ただの敵に向けて送られた、至極当然の意思だった。

今まさに放たれんとする殺意の中で、クレスは力無く笑う。
分かっていたのに、彼らの傍で燃え尽きた死体を見たら、それだけで笑いを抑えられなかった。
遠くに、思えば遠くに来たものだ。遠くに来過ぎて、もうただいまと言える場所も無くなってたなんて。
彼らの中のクレス=アルベインはとうの昔に死んでいたなんて。
此処にいる俺は、とうの昔にクレスでは無くなっていたなんて。

もうクレスなんて、どこにもいなくて。

―――――・―――――・――――――



鏡が発動させた全力全開の極大集束砲撃を前にグリューネには打つ手が無かった。
物理属性・魔法属性を均等に混ぜられたその威力は、例え守護方陣と虚空蒼破斬の二重防壁でさえ余裕で貫通するだろう。
光の速さで加速する粒子は、翔転移で逃げるだけの間も無く剣士の肉体を透過して破壊し尽くす。
仮にここを何かの奇跡で凌いだとしても、その後が無い。剣士では敵を討つことが出来ない故に。
(ここ、までですか…!)
どれほど盤を眼で凝らしても光一筋すら見えぬ状況に、グリューネは喉を詰まらせるしかない。
問答無用の詰みだった。策も駆け引きもへちまもない、湯水と湧き上がる王の勢力が強引に決めた必殺だった。
とてもではないが、許容できるものではない。
だが、許容できないものが巌と存在する以上、グリューネが取れる術は一つしかなかった。

(奇跡の構築はほぼ済んでいます。これならば確実に、七駒を敵本陣まで飛ばせるでしょう……)

降参<リザイン>。剣士の敗北を認め、次の局面へ移ることである。
グリューネにとってはここでの勝負は所詮サブイベント、奇跡を発動させるまでの前座に過ぎない。
これまでの絶望側の手から、少なくともこの地下を下りて行った先に『王』本人がいないことは既に確定している。
あるとすれば、首を折られたパルマコスタの男性の死体だけ。剣が王の命に届かないのは分かっていたことなのだ。
『剣士』の役目は勝つことではなく、あくまで可能な限りこの舞台の奥深くまで斬り込んで王の作り上げた世界の情報を得ること。
その情報を踏まえて、奇跡によって王城へ送り込んだ七駒で王を討ち取る―――――それがグリューネの戦略である。

(ここであの者たちに魔剣を奪われる訳にはいきません。その為には……駒を残す訳にはいかない)

グリューネはそう言って、剣士の駒をそっと指で倒そうとする。
ノルンの法さえも破れるだろうその奇跡を発動させる前に、どうしてもしておかなければならないことがあった。
それは、剣士の死。七駒を隠した扉を閉じたのが剣士とエターナルソードである以上、
その魔剣と契約者を敵に利用されることだけは避けなければならなかった。

(勝てなかったのは悔まれますが、幾つかの王の真実に触れることはできました。これなら――――)

故に、確実に墓地へと送る。剣士よ、貴方の献身が、必ずや王を――――――――倒せる道理が、無い。


剣士の駒を倒そうとしたグリューネの手が止まり、その小さな顎をつうと汗が垂れる。
ここまでの戦いで得られた情報は何だ?
王は無数の機械兵士を使役し、
王は剣士の分身を大量に複製し、
王は死者を何度でも蘇らせ、さらに複製し、
王は思い通りにアイテムを駒に装備させ、
王は呼び出されていない者までも追加で召喚する。

(これを、どうしろというのです?)

あまりに邪知暴虐な王の力。グリューネが得られたのはたったそれだけの、しかし眼を逸らすには巨き過ぎる真実だった。
いかな天上の王が相手といえど、ここまでの死線をくぐり抜けてきた駒達を全てぶつければ戦力で勝りこそすれ劣ることは無いと、そう思っていた。
だが、この力の前では6人だろうが、7人だろうが、55人だろうが駒の数など意味が無い。
グリューネは眼を細めてノルン、そして魔法の鏡を見る。
この地で死した強大な戦士を、英知に長けた術師を盤の外から招聘するという最悪な外法も“どうせ”ノルンは許すのだろう。
まさか蘇らせて呼び寄せることのできるのが、剣士の世界の者達だけと考えるのは甘過ぎる。
恐らくはこの地で死んだ彼らの仲間達、帰りを待つであろう仲間達をぶつけてくる。それがもっとも効果的な王の力の遣い方だからだ。
1度や2度なら凌げるかもしれない。だが、今のように何度も何度も悪夢のような地獄を繰り返されたら、勝ち目が無い。



「これは……ベルセリオス様が戻ってくる前に決まってしまうかもしれませんね……?
 少し遅くなりましたが、予約していた品でも買いに行きましょうか、ククク……」

グリューネの心の裏を嬲るように、サイグローグが目を眇める。
いきなり出てきた鏡の奥でニヤつく道化に焦燥を見透かされたようで、ことさら不愉快だった。
「しかし……ベルセリオス様もヒトが悪い……このような素晴らしい力を使わずに置くなんて
 これを使えばもっと“素敵な”こともできるというのに……余程手加減して遊んでいたのでショウか……?」
だが、その虚の空いたような瞳の更に底にある汚物に気付いて、グリューネは総身を粟立たせる。
(ここで、剣士が死ねば……まさか“それさえも蘇らせる”つもりか!)
そう、グリューネがこの地下で起きた現象を知ってしまった以上、最早剣士を墓地へ送ることなど何の意味もないのだ。
丁寧に埋葬した所で、即座に墓を暴かれるのがオチだ。
グリューネならば考えることさえおぞましいと思うその手でさえ、道化は仮借なく行ってくるだろう。

「どうしますか……グリューネ様? 負けを認めて次にいきますか……?」

サイグローグの邪な言葉がグリューネの中の大切なものに触れた時だった。
落としかけた剣士の駒を強く強く握らせる。ともすれば、砕けてしまいかねないほどに。

そして、なにより。

【――ュ――さん!】【×××××さん】【あ△さん!】【グ○○○ネさん!】

何の咎もなくこの世界に巻き込まれ、死んでいった彼らを――――“再びこの場所に立たせるなど”。

【グリ□□□さん】【●ー●さん!】【▼▼ュー▼さん】

何の罪もない、まだ世界に残された者達を――――“お前達の都合で呼び出すなど”。

「……貴様達だけには、負ける訳にはいきません」

させるわけにはいかない。この力は、ここで滅ぼさなければならない。
ガキリ、と鈍く軋む音が盤に木霊する。決して繕えぬ罅を想起させた、黒い悲鳴だった。


―――――・―――――・――――――




爆音が止み、濛々と煙る熱が湧き上がる中、敵を屠った4人はその煙が晴れるのを待っていた。
これだけの熱量、直撃していない床でさえ砕くほどの破壊の前では、驕りでも過信でもなくこの中で生きていられる人間などいようはずもなかった。
「殺ったかッ!」
「―――――いえ、まだです!」
アミィを殺した死体をいち早く拝がみたいのか、前に出ようとするチェスターをすずが制する。
忍者だからとしか言いようのない漠然、しかし幼い肌を刺す確信がすずに警告を与えていた。“まだ、終わっていないと”。
「嘘……あれだけの攻撃を受けて、死んでないなんて、ど、どーやってさ!」
『煙が晴れるぞ!』
多勢特有の余裕を失ってア―チェが狼狽する中、焔の中でイフリートと召喚主が晴れる煙の向こうに全神経を尖らせる。

晴れた煙の向こう、4人が見つめたその先には何も無かった。
炎の熱に歪んだ洞窟の闇があるだけ。そのはずだった。
「違う! あれ、陽炎なんかじゃじゃない! あれは……時空の歪み!」
4人の視線の集う場所が大きく歪む。
斬られた傷が自然に癒着し塞がって行くように、無理矢理曲げた物質が元の形状に戻ろうとするように、
本来あるべき形へと収束していく空間の中に、1つの人影が映る。

端を焦がしながらも熱風にたなびく外套を纏い、クレスが片膝をついて上体を起こしていた。
その手に握られた白銀の魔剣は、斬撃の軌跡をなぞるようにして空間に傷を創っていた。
「あの空間の曲がり方……ありゃあ、ダオス城の……!」
『時の狭間に、身を隠したというのか!!』
チェスターとイフリートが驚愕したのも無理からぬことだった。
今彼らとクレスの間に隔たっていたのは、形こそ違えど、かつて時空戦士達が目にしたものだった。
アーリィの鉱山跡、その深い深い道をくぐり抜けた先にある黒雲の空。
そこにあるはずの巨大な城を誰からの眼からも欺き続けた、時の狭間に己が身を隠す魔王の秘術。
そして、それを破ったのもまた、時空剣士のエターナルソードだった。

「開けるのならば、閉じられるのも道理ですが……その魔剣で、ダオスの技まで使うと言うのですか……!」

魔剣の一閃で時の狭間を創り、一度空間と空間を隔絶すればどれだけの力であろうが“たかだか単次元の力”など塵一つ通さない次元の断層。
その絶対障壁を見ながらすずが悔しそうに眼を細めて苦無を構える中、クレスがゆっくりと立ち上がる。
<……貴様達の戯言に付き合ってきましたが……ここまでです……>
クレスが呟いた言葉が4人の耳に掠れて入る。だが、炎の熱で大気が歪む中で全てを聞くことはできなかった。
だが、その代わりに4人は、その眼でクレスから伝うものを見た。
<……貴様達にだけ都合のよい法も、私が何を分かっていないかなど、どうでもいい……>
<?? お~い、もしもし~~~?>
熱気で息を吸うたびにヒリつく喉で、クレスは乾いた言葉を途切れ途切れに吐いていく。
「は、ははは、だったら、いいのかな……?」
問う様に嗤い、笑う様に問うクレスの表情は、枝垂れた前髪に隠れて分からない。
だが、遠間からでさえも明瞭と分かるほど、隠れたクレスの顔から顎に滴が伝っていた。


<ノルン……貴方は私に問いましたね。勝って何がしたいのかと、何の為に勝つのかと>
涙だった。瞳の奥から止め処なく滴が零れ落ちていく。

<勝って何がしたいかなど……私にはありません。世界に害なすものを倒すことが、私の目的にして存在意義>
水気を全て失ってしまった枯木のように、クレスは立ち上がって行く。

弱くか細い、しかし確かに線と繋がった雫が、頬を伝って地面へと落ちる。
クレスはそれをすくおうと、右手を頬に当てて雫を留めようとする。それは、きっと手離しては、零してはならない雫だった。
親友を認める優しさ。仲間を想う慈しみ。人間が人間らしくあるために希うひとしずく。


この夢の雫は、きっと人の心の光だ。無限の闇の中でクレスが取り戻した、二度と手離してはいけない輝きなのだ。
<そなたらが紡ぐ滅びの結末など、認めない。世界は、守られなければならない>


それが零れ落ちる。不要だと、邪魔だと言わんばかりに身体の、心の外に吐き出される。
堰き止めようと留めようとしても、“片手で覆う”指の隙間から雫は零れ落ちる。
両の手で杯を作ればまだすくえたかもしれないものも零れ落ちる。
残された左手には、魔剣がしっかりと握られていた。

<って、また無視かー! こっちを向け~~~~風よ疾け、天よ震えよ――――弓雨百華咲くが如く!!>

「エターナルソードで、ダオスの術……? どこまで、何処まで俺達をバカにすりゃ気が済むんだ!」
圧倒的な障壁で彼らの最大級の技を全て受けきった畏怖と、受けきっておきながら滂沱の如く零される涙への嫌悪を払拭するように、
チェスターは背中に負った矢のほぼ全てを矢筒から抜き出して、瓶の毒を鏃に撒き散らした。
「またダオスかよ! アミィは、何度、何度お前達に殺されなきゃならないんだよ! 
 アイツが、アイツが何をしたって言うんだ!! なんで死んでもこんな事に巻き込まれなきゃいけないんだよ!!」
腹の底に淀んだ全てを吐きだす様にして、透明な殺傷力に浸された矢が無数に放たれる。
震天の射撃はクレスの頭上よりも高い全ての中空から生ける場所を消失させ、
疾風の飛箭は地面を這って、大地に存在する全ての場所を死地とした。

「許さねえ、お前らは絶対に許さねえ! アミィを殺して笑いやがるお前達だけは、絶対にッ!!」

<その道を阻むと言うのなら、進むべきは最早1つと知るのみ――――>

無数の殺意が限られた空と地を覆うなかで、クレスはそれを見ることなく涙を流し続けた。
所詮は付け焼刃の障壁。次元の断層は修復され、クレスを守るものは無くなった。



だが、それは守ることが出来なくなったのではなかった。“守るものが、無くなった”のだった。
どれだけ心を尽くしても、喉を枯らして叫んでも、彼らに届くことは無い。
君は彼らを仲間だと思っているかもしれないけど、彼らにとって君は仲間ではない。
君は彼らを殺すことを躊躇っているけど、彼らは君を殺すことを躊躇わない。
彼らにとって、君はクレス=アルベインでは“ない”のだから。
君は彼らにとって、ただの殺戮者<マーダー>に過ぎないのだから。

――――――――――だったら、君もまた彼らを仲間だと“思ってやる”義理が、どこにある?

垂れる涙の線が細くなっていく。殺意は風の速さでクレスに迫る。
酒の無くなったボトル。それでもまだ呑み足りないと逆さにされて、涙が絞り取られていく。
涙に濡れた掌でクレスは頬を拭った。顔が血と泥で汚れただけだった。

最後の一滴が指の間を滑って落ちる。

きれいなものなど、もうのこってなかった。

クレス=アルベインはもういない。ここにいるのは薄汚れた獣だけ。だったら、だったら。

全てを捨てても、守りたいものがあるのなら。
全てを斬って、今度こそ守ると誓ったのなら。

<我が力の全てを以て、そなたらを討ち滅ぼそう>
「―――――――じゅう、しょう、らい」

ケダモノらしく、噛み千斬ってやる。


その一言を喉から鼓膜に徹した時、クレスの眼前の壁は崩れ落ちた。閉ざされていた壁の向こうに拡がる世界を見る。
全てが枯れて開き切ったその瞳孔は、まるで死者のように暗く冥い闇だった。





「なっ!?」『何ッ!?』「うぇえ?」「―――っ!」
その状景に、四者は驚愕で眼を見開いた。
無数に降り注ぎ数多狙う鏃をクレスが撃墜していく。しかも、それは大雑把に『全部』ではなかった。
炎に照らされた洞窟を埋め尽くす箭列、その中で自分に当たるものだけを魔剣の切先で撃ち落としていた。
大技でまとめて吹き飛した所で、残った矢が技の隙に当たってしまう恐れがある。
最小限の動作で必要最低限の弾くべき矢だけを弾くのは確かに戦理に適っている。
だが、音速で飛翔する無数の動体を、掠っただけで絶命至らしむる黒矢を前にして実行するなどとは。

およそ人間には出来ぬ所業。それを可能にしたのは、集気法によって極限までに圧縮された柔招来の集中力強化。
本来ならば集中することで技の精度を高める内気功がクレスの認識力と反応速度、その限界を超越する。
「そんなことをすれば、処理に耐えきれずに心を壊すのに…!」
特殊な印や呪文にて自己催眠の術を知る忍者すずには、眼の前の剣士が行ったことを理解できた。
同時に、それが絶対に行ってはいけないことだとも。
普通の人間は、十人の言葉を同時に効くことはできない。夜空の星を同時に全て見ることはできない。
人間が焦点を合わせて見るモノを選んでいるのは、そうしなければ脳の処理能力が追い付かないからだ。
それを無理にすれば、限界以上の機能を求めれば――――――――

<う、うそぉ~~~!?>
<その為ならば、最早手段は選びません。そなたらが手段を選ばぬように>

最後の一本を弾き終えたクレスが、豪雨に打たれたような槍畑の中で滞空した“親友だった誰か”を見つめる。
今更、心の一つや二つ、狂ったところで何になる。獣たれと望んだのは、お前らじゃないか。

「舐めやがって、俺を雑魚のように見るな! アミィの仇が、その技を使うな! 俺は、アミィは!!」
突きの構えで剣を溜める獣を前に、チェスターは残った矢を振り絞る。
あの獣が何を放とうとしているかは分からない。だが、あの場所から動かず構えたということはそこから当てられる技ということだ。
だが、あれほどの力の溜めである以上その終わりには必ず隙が生じるだろう。少なくとも、乱発は有り得ない。
チェスターが弓を極限まで引き絞る。この一撃で筋が途切れても構わないとばかりに強く絞った。

一閃。獣から放たれた紫の神槍がチェスターの眉間を寸分違わず狙い撃つ。
誰もが怯んでしまいそうな威圧の中で、チェスターは弓への力を緩めることなく、この指に番った弦のように槍の穂先を見つめる。
まだだ、まだ引きつけろ。絞り、閉じ、研ぎ澄ませるように殺意と集中力を練り上げる。
神槍が眉間の皮膚に触れた瞬間、溜めに溜めた全てが解き放たれた。
穂先が眼球に触れるか触れないかの紙一重で、獣が放った槍を回避する。
「これで、止めだ!」
あまりの安堵に緩んでしまいそうな心を振り絞って、チェスターは大牙を構えた。
奴はもう動けない。これで、やっと、アミィの仇を――――――
そう思ってチェスターが再び見据えたその先には、既に突きの構えを終えた獣が居た。


「第三段階。秋“時”雨」




チェスターの眼の前に現出した九つの神槍が、全てを奪い尽くす。
腕を動かす両手の腱を、獣を追う両足の腿を、左右の脇腹を、喉と胸を、そして――――弓使いの命である、弦を。
復讐に駆られた弓使いは、最後の最後でその瞳を曇らせた。
遥か遠くの敵を狙い撃つ神の槍を振うだけならば、ケモノでも出来るだろう。
だが、眼前のこれは唯の獣にあらず。狂い狂って尚、その身体に刻まれた武錬を損なわぬ、究極の狂戦士。
次元斬による長距離斬突の十連撃を以てすれば、矢など届く前に刺し殺せる。

「その、沙雨、なん、で―――――」

次元の槍が消えて、穴のあいた喉から血と空気を洩らしながらチェスターは地面にたたきつけられる。
獣と括った時点で――――――この剣を彼のものと信じられなかった時点で、その敗北は必定だった。

「チェスターぁぁぁぁぁぁッッッ!!!」

血液と共に落下していくチェスターを追い、ア―チェが身を厭わず箒で下降する。
それは既にクレスに背中を見せる格好であったが、彼女はそんなことなど眼もくれずチェスターを追い落ちる。
『何をしている、小娘! ぐっ、狙わせんぞッ!!』
隙だらけのア―チェをあの槍の贄にさせじとイフリートがクレスに肉薄して炎の正拳を叩きこむと、
クレスはまるで毬を蹴られたかのように軽く吹き飛んだ。あまりの軽さに、枯葉を殴ったかと錯覚するほどに。
『今のうちに、早く態勢を整え……ッ』
「真空“蒼”破斬」
イフリートが、そして精霊の背中にいる主が地面に落ちた2人へ意識を向けた時、
燃えた死体の上で今まさに居合を抜刀せんとするクレスがいた。
『主、我が背に!』
そういって召喚主の盾と動いた刹那、蒼の一閃がイフリートを襲う。
神槍<グーングニル>よりも短いとはいえ、それでも長く鋭い闘気の怒涛が死神の鎌の如く地面を撫で斬りにする。

<……その力……っ! 我を護れ赤の三色、命令変更・今は耐えろ【トリニティビット】!!> 

『疾いッ! だが、徹さいでかァッ!!』
後ろの主やその仲間達まで衝撃が届かぬよう、イフリートは腕に火のマナを集中させて受け止める。
重い一撃だった。精霊一の力自慢であるイフリートでさえ受け止めきれず自分の身体が宙に浮いてしまうほど、その神剣は重く、速かった。
もてる火力をすべてつぎ込んで、浮かされながらもイフリートは強引に腕を開いて蒼を弾き飛ばす。
『この威力ッ。時空の剣といえど、ここまでの力があるはずが――――』
真空破斬による虚空蒼破斬の薙ぎ払い。ただでさえ強力な虚空蒼破斬が居合いの如き溜めから放たれることでその威力を倍化させる。
次元斬の威力ではない。真空破斬のそれでもない。
古より存在する精霊でさえまったく知らぬ一撃は、イフリートの驚きを得るに十分だった。

<これで、なんとかなったかな? って、ちょっとちょっと神様、その力―――――>
そして、クレスがその懐に入るのにも十分なほど。
『!?』
<この程度の守りで、どうにかなるとでも?>



浮いたイフリートが地面を見ると、その真下に獣がいた。
おそらく、蒼破斬を放った瞬間からこちらに詰めていたのだ。
転移か、それとも脚力による跳躍か。蒼き怒涛に気を奪われていたイフリートには判別する術もない。
かろうじて分かったのは、3つ。
主も跳躍し、自分を挟んでこの獣から退避し終えていたこと。
自分たちを見上げる獣の闇の淵が、自分も主も捉えきっていたこと。
そして、既に次の攻撃が放たれていたこと。

<この程度の城塞。私の力の前では、無いに等しい>
「守護方陣」

空いた両腕のガードの隙間を縫う様にしてクレスが投げた刃がイフリートの胸に突き刺さり、その刺さった剣を中心として光陣が形成される。
僅かな間隙を完璧に貫く圧倒的な技量。人生を剣に捧げた者だけが至る御業が、精霊に瑕を創る。
あの居合の威力、この速力。数段跳ね上がった敵の能力にイフリートは驚きを禁じ得なかった。
一体、何故これほど急激に強くなったのか。だが、時空剣技を交えない人の技だけならば耐えられぬ程ではない。
この身は炎。人の剣で斬ること叶わぬ、自然の力なのだから。
『グウゥッ! だが仕損じたな、魔剣を手放すなどとは!!』
「―――!? 違います、それはエターナルソードでは……」
チェスター達の方へ駆け寄ろうとしていたすずが、イフリート達が気付かなかったことに気付く。
剣を投げてなお、あの狂人は魔剣をその左手に握っていたのだ。
斧はともかく、剣はあのエターナルソードのみのはず。ならば、あの剣は何処から湧いたのか。
狂人が吹き飛ばされた場所、そこで焼け焦げた死体を見て、すずは答えを理解した。

<不明の武具を使えるのは、そなたらだけではない。宣言・不明状態開示【ルーンボトル】―――――対象『SOWRD?』>

クレスは吹き飛ばされたのではなく、その位置まで移動しただけだった。
最初にクレスの攻撃から自分達を守ってくれた剣士、その得物を手にするために。“イフリートを確実に斬るために”。
イフリートに投げつけられた刃が魔力を放ち、方陣の光を蒼に染める。だが、その色は時の力ではなかった。
全ての熱を静める、蒼き氷の力、アイスコフィンの魔力だ。

<えぇ!? アイスコフィン!? ありなの?>
<――いいえ、合法です……“アイスコフィンならば”>
『あの一瞬の攻防で、得物を見抜いていたというか!! だが、セルシウスの眷属とはいえ、刀一本、押し返してくれるッ!!』

そう言ってイフリートは自身を構成する炎を更に高め、突き刺さった氷剣を弾き抜こうとする。
成程、イフリートを倒すために死体から武器を漁ると言う着眼点は良し。それが氷の剣であるなら尚のこと文句もない。
だが、炎の精霊と氷の剣では属性の相性は合っても存在の位が違う。遠からず剣ごと蒸発させることができるだろう。
これを破れば、後は奴の肉を燃え散らかすのみと、イフリートは倒すべき敵を今一度見据えようとする。

だが、そこにいたのはイフリートから顔を背けた狂獣だった。
視線を外したという次元ではない。完全に“そっぽ”を向いている。
炎を司る精霊と死闘を行っている最中に、唇を潰して顔を顰めながら全く別のものをみていたのだ。
『我を前にして尚、見くびるかァッ!!』
イフリートの怒りに呼応してその炎熱が最大限にまで高まる。
その熱は洞窟の床を融解してしまいかねない程、さながら恒星の様に燃えた。
あれだけ追いつめられておきながら、あれだけ無様に負けておきながら、この獣の放つ余裕は度し難い。
氷の守護方陣の力が弱まり、アイスコフィンに罅が入る。これが砕け切った時が、狂人の最後だ。
人の身でありながら、その驕り。その肉と剣ごと燃え散らす!

―――――――なら、その前に殺すまで。
<……所詮は、籠の中で縛られた未成熟な精霊。取るに足りません>



「守護“氷/槍/方”陣ッ」
狂人の冥い視線がイフリートを捉え、次元斬の神槍がその胸に突き刺さったアイスコフィンの柄を穿つ。
刀身の軸を寸分違わず捉えた一撃は氷剣を楔として炎の精霊を穿ち、守護方陣ごと上空へその巨体を更に持ち上げる。
イフリートの身体を貫けずとも、上へ上へと押しやっていく。
気を緩めてしまえば即座に貫通しかねず、成す術なく耐えるしかなかった。
だが、耐えられる。イフリートは自分を押しやる威力を踏まえたうえでそう確信した。
氷の楔を用いた二重方陣をもってしても、火の概念そのものである精霊を倒しきることは不可能だ。
精々表面を霜で凍らせて、動かす程度。これを耐え凌げばイフリート最大の超新星爆発で、今度こそ滅そう。
イフリートを狂人は見据える。だが、狂人に見据えられていたのは、イフリートの奥だった。
いや、捉えていたのはその奥に隠れた召喚主だ。狂人―――否、獣は最初から喰らうべき肉しか見ていない。
<召喚者ごと、撃ち抜きます>
『まさか、我が主ごと――――――――――――ッ!』
その意図に気付いた時には手遅れだった。左右に逸れるなり、炎に還って存在を解けば主が死ぬ。そして“このまま主ごと押され続けても―――――”。
イフリートなど獣にとっては透明なガラス程度。最初から、獣のその眼は喰い殺すべき人間だけを見据えていた。
殺すべき人間。たった二人で飛ばされた、自分達を誰も知らない過去で初めて道を示してくれた賢者。
風変りではあってもその心は情熱に溢れ、その瞳は夢に輝いていた。誰よりも大人であり子供であった大切な仲間。

それを、喰う。
時空剣技とアルベイン流の複合剣術。神の剣を人の技で振うと言う、どう足掻いても殺すことしか出来ない剣撃で。

『ぬおおおおおおお!!!!!!!』
「AアAガアアァァァAAッッ!!!!!!!」

押しやる。イフリートごと、炎の向こう側にいる者を押しやる。
凍りかけた精霊の巨躯に覆われた者の姿を、吠え猛る獣は視ることが出来なかった。あるいは、見たくなかったのかもしれない。
殺すことしか出来ない獣の僅かに滲み出た惰弱が映したのは、最後までイフリートの姿とその後ろ、岩肌の天井だった。

ぐちゃり。脂が糸を引く音と共に、イフリートが洞窟の天井へと叩きつけられる。
じゅわり。岩肌に突き刺さるアイスコフィン。次元の槍刃越しに、獣の掌に肉を穿つ感覚が伝わる。
じゅじゅじゅ。イフリートの絶叫と共に、脂の乗った血肉が焼け焦げる音が闇に木霊する。
如何にイフリートが自分の熱量を調整しようと思っても、密着した状態で如何程できようか。凍る剣に張り付けられたこの主を。

『おのれ、おのれ。おのれェェェェェッッ!!!!』

自分の主を“炙る”という事実に、四大の一角とは思えぬ程の有らん限りの慙鬼と共に火の精霊はその身を唯の火に還していく。
元の世界ならば、まだ自律的にクレスを滅ぼすことも出来ただろう。だが、この世界では叶わない。
オリジンやゼクンドゥスですら自発的に顕現出来ないこの箱庭では、召喚術者の力無くば形を維持することもできない。
そして、その身は再び唯のマナに、エレメントに還っていくということは―――――術者の意思が絶たれたことを意味していた。


―――――・―――――・――――――Knock Down,『Summoner』is Dead.




『うぇ……こんなのって……』
「―――――――“あり”なのでしょう? まさか、通らないとでも?」
盤面の展開に絶句する魔法の鏡に対し、鷹揚ない女神の言葉が響く。
その切れ上がった目尻は、凛としているというよりは冷酷と言った方がしっくりくる。
まるで心を凍らせたかのような虚無。その想いを写したように、盤面で凍った炎が砕けて消える。
『……合法です。ここまでの工程、確かに違反はありません』
ノルンは告げる。圧倒的劣勢を一瞬で覆した女神の鬼手を是と認める。

何故、いきなりこうも変わってしまったのか。優勢だったはずなのに、いつの間にか命を脅かされてしまったのか。
秘奥義を使えぬ剣士の持つ最強の切札、時空剣技とアルベイン流の複合剣術。
ここまで彼らに使っていなかった虎の子を解禁したことは確かに彼らを圧倒するに十分な理由だろう。
だが、理由の本質はそれではない。本質はその前段階“その虎の子を使える状態にしたこと”だ。

そもそも、何故黒駒達があの剣士に圧倒出来たのか。
優れた弓の技量? 矢に仕込んだ毒? 世界を司る大精霊? 根幹たる四大の一角? 
伊賀栗の秘術? 小柄を活かした機動力? 禁術までも修めた才能? 空中を飛べる利?
ここまでの流れを知っていれば誰でも理解できるだろう。“今更そんな瑣末で、狂剣<コレ>に勝てる訳があるか”。

『心があるから、躊躇う。躊躇えば勝てない。ならば―――――“心が無ければ、勝てる”。確かに、理は成り立っています』

単純なステータスで見ればその差は歴然なのだ。アイテムが2,3個あった所で埋められぬ程の差が。
とどのつまり、彼らがコレと勝負の形を維持できたのは“彼らが剣士の仲間だった”ことの一点に尽きる。
彼らが親しかったから、剣士は手を緩めた。
彼らが一緒に旅をしたから、剣士は戦い以外の道を探った。
彼らが共に苦難を乗り越えたから、剣士は最後まで有りもしない可能性を縋ったのだ。

彼らは圧倒していたのではない。剣士が、一生懸命彼らを“圧倒しないでいてやった”のだ。
鏡が女神を翻弄していたのではない。“女神が、翻弄されるくらい手加減してやっていた”のだ。

「そなたらの理不尽、蛮行。少々……野放しにし過ぎました」

なら、それを取ったらどうなるか。
剣士との“繋がり”が無くなれば、どうなるか。
神が本気を出せば、その力を本気で用いればどうなるか。

「最早、世界に絶望など不要です。ここから先は、希望だけで良い」

ただの弓使い? ただの召喚術士? ただの忍者? ただの魔術使い? ただのヒト?
―――――――――――――違う。これの前では、神の前では、人などただの餌だ。

「それでも尚立ちはだかるというのなら構いません――――絶望も、法も、全てを無へと還します!」

覚悟を定めた女神の宣言が、断頭台の如く聞くもの全ての心を縛る。
傍から見れば滑稽だろう。彼らは、唯一の勝機を自分から捨てたのだ。
だから今彼らは等しく圧倒的な神の力に晒され、肉のように死ぬ。
神の物語に逆らうということは、そういうこと。

「それで、いいと思ってるの?」

だからこそ、トリックスターは物語に逆らいたくなるのだ。

―――――・―――――・――――――



炎が消え去った後に残ったのは天井に突き刺さった氷剣と“人の形に張りついた燐の焦跡”だけだった。
イフリートが消滅したことで弱まりつつある火の中で、コツン、と小石が跳ねるような音が2つ響く。
血を吸ったように紅く輝く柘榴ともう一つの装飾品が肩に当たり、地面に落ちても、
ア―チェはそれに目もくれず伏せるチェスターを抱きかかえ声をかけ続ける。
「いや……いや……チェスター! チェスター! 返事しなさいよ!! ねぇ、ねぇってば!!!」
腕、足、腹。人体が駆動する為のありとあらゆる継ぎ目に穴が空き、そこから血が染み出ている男は女の叫びに反応を見せない。見せられない。
ただただ生物的な痙攣だけ縁に、ア―チェは泣きそうな表情で、懸命にチェスターに呼びかける。
だが、その叫びが呼び寄せるのは大切な命ではなく、獲物を求めて彷徨う死神だけだ。
岩の削れる音に終ぞア―チェがその音源へ首を向けると、炎の向こうに2つの斧を地面から引き抜いた獣がいた。
熱風でマントをたなびかせ、しかしべっとりと血に濡れた前髪で顔を覆われた獣が血に飢えている。
口元が歪んでいた。笑おうとしているのか、泣こうとしているのか、最早それすらも分からない程に歪んでいた。
そのぐちゃぐちゃになった口元をそのままに、獣がのそりと彼女に向かって歩み始める。

<私は道化とノルンに話しています。ただの紛い物に、最早出る幕はありません。慎みなさい>
<勝てばそれでいい? 幸せの為なら何してもいい? それで、本当にいいの?>
「ア―チェさん。逃げてください」

だが、その耐え難い殺意に抗う者が1人いた。
藤林すず。落ちた2つの宝石を拾った一人の少女がア―チェとチェスター、そして獣の間に立った。
だが、ア―チェは腰が抜けているのか脚を動かすことが出来ず、ただチェスターを抱きしめるだけだった。
すずはそれを見てとったのか、すずは後ろを二度と振り返ることなく右手のガーネットと左手の血桜を強く握り前へ進む。
少女の中に秘められた覚悟を見てとったのか、獣が歩みを止める。すずもまた歩みを止め、およそ30mの距離を隔てて2人は対峙する。

<弁えなさい、器物。死者を辱め、外側から罪なき者を呼び寄せておいて、戯言を吐くなど>
<や~~だ~~~! ワー、ワー、ワー! 黙らないもんね!!
 心を壊して、それで勝ち? 相手が何を考えてても勝てば、それでOK?>

「……どうして……」
観念したような、縋るような声がすずから漏れる。辛いものを我慢して食べるような、受け入れがたい事実を嚥下する嗚咽を吐く。
獣はそれを聞いて、何を思ったのだろうか。あるいは何も思わなかったのか。不動のまま、相手の出方を伺う様に佇んでいる。
獣の胸ほどしかない少女が光を潰す様に強く目を瞑る。
あるいはこのまま対峙し続けられればよかったのかもしれない。だが、そうするには彼女らの間に存在するありとあらゆるものが隔たり過ぎた。
そして、彼女の背にはまだ生きた彼女の仲間がいる。そして、彼女の前には。
「……いえ……全ては、遅い……貴方が、貴方の意思で殺すのなら。
 我が同胞を殺し、そして今また仲間を殺すというのなら―――――私が、貴方を討ちます。イガグリの党首ではなく、ただの“すず”としてッ!」
すずはガーネットを懐に仕舞い、もう一つの宝石を手の甲に装着し、忍刀を口に銜え印を組む。
「臨める兵、闘う者、皆陣列べて前に在り――――――――伊賀栗流忍術・分身之術ッ!!」
刀印を四縦五横に切る九字護身の法を以て精神を集中させたすずが、前後左右4体に分身する。
これぞ忍者の忍者たる秘技であり、そして、すずにとってはそれ以上の因縁だった。
「これを、貴方に使わねばならないとは……ですがッ!!」
そして、4人のすずは更に呪印を結び忍術を発動させ、その身を更に二つに別けた。
写身の術。分身によって己の写し身を創りだす忍法。
己が身を4つに分けて更に2つに写し、現れたるは8人の藤林すず。

<そんなの、幸せって、言えるか――――!!>
「私とて、この場で何も学ばなかった訳ではありません。
 出会いに依って編み出したこの術も、例え誰であろうとも殺さねばならぬ時があるということも!」



伊賀栗流の頭首として、ダオスに操られた父母を討つ為に練り上げた忍術の結晶を更に昇華させた八分身。
その全てが同一の意思を以て刃を獣に向ける。あの日、あの日の恩に報いる為に。

<来たれ数多の決意、光を越えた八つの闇よ、歪んだ光をぶちのめせッ! 八体完全非同期連携攻撃【エイトセレスティアル】!!>
「「「「「「「「非奥義・雷迅八獣連撃―――――――――御覚悟をッ!!」」」」」」」」

瞬間、8つの影が八方に散りて獣を取り囲む。
「鎌鼬!」「重ね斬り!」
そのうち2人のすずが獣に向かって真正面から懐に切り込み、その忍刀で無数の斬撃を繰り出す。
魔剣や斧に比べればリーチなど無いに等しい忍刀であるが、懐に一度入ってしまえばその一撃の回転率は大剣のそれを凌駕する。
獣は魔剣で斬り払う暇もなく、剣を楯にして守勢に徹するしかなかった。しかし、少女の矮躯も相まって一撃の重みは薄い。
とてもではないが、正面から獣の守りを割ることなど―――――
「飯綱落としッ!」
掛け声と共に、獣の真上に出現したすずの重力を味方につけた回転斬りが獣の頭蓋の頂点目掛けて繰り出される。
獣はそれを片手の斧で咄嗟にそれを受け止め、同時に強引に正面の2人を薙ぎ払う。
片手を上に廻した以上、残る片手で2倍の連撃を受け止めることは難しいと判断したからだろう。
だが、たかが3人の攻撃で手が回らなくなるようでは忍者相手に、話にならない。
「「「曼珠沙華!」」」
正面の2人が退いたと見るや、3人のすずが獣の三方を取り囲み炎を纏わせた苦無を放つ。
ガーネットの加護を得た彼岸花は、死体に捧げられるようにその全てが獣の守りにくい箇所を狙い放たれていた。
全く異なる死角を三か所も同時に狙われていては、柔招来の効果でも凌ぎきれるものではない。
獣は蒼破の鎧でそれを凌ぐが、その間隙を更なるすずの雷電が狙い撃つ。
時空剣の硬直時間を完全に見切り、過つことなく頸を狙ったその刀に、獣は首を逸らせて皮一枚で避ける。
そして剣の落ちた場所に雷が落ち、獣はそれをサンダ―マントで防御する。
完全な連携、全包囲から死角を縫う所作で、すずは獣の鎧を一枚一枚丁寧に削いでいた。

<押し切る! これで<“人の紛い物”よ――――――――>

一にして八、八にして一。真偽の区別なく8体全てが藤林すずという1人の忍者。
8人の得た情報が、1人の意識に集約されて再び8人を最適に動かしていく。
無論、そのような術に何の反動もない訳が無い。人間1人の脳は1人を動かす為にあるのだから。
それを完全に個別に動かそうというのであれば、その負荷は単純計算で8倍。それを、未だ成長途中の幼い脳に強いる。
その上で、8人に今まで通りの性能を発揮させる。鍛錬を積んだとはいえ、写身をしつつ他の忍術も使いながら。
それは、彼女が備えた宝石の力で自身の能力を最大限に引き上げたとしても手に余るものだった。
使い続ければ、きっと今傷ついている獣のようになるだろう。
「これで、止め! 忍法・五月雨ッ!!」
雷から己が身を守るためマントで自らの視界を塞いだ獣の腹を目掛けて、最後のすずが怒濤の連撃を仕掛ける。
蹴り、斬り、掌底。無数の斬撃打撃で獣を打ち抜いていく。
時を超えて編まれた伊賀栗の絶技。使いこなすには自らがまだ幼すぎる事も承知。
だが、それでも。使わねば斃せないというのなら、使おう。他でもない、貴方の為に。
「やあ―――――ッ!!!」
最後の蹴りが炸裂し、獣は大きくクの字になって後ずさった。
そして、8人のすずが再び結集する。まだ斃れてはいないが、獣はすずの忍術に対応し切れていない。次で勝負は決まるだろう。
如何な強大なケモノであっても、所詮は人間。髪で覆われていようとも眼は二つしかないし、腕は二本しかない。
膂力の差はあれど8倍もの眼と腕の数。その事実は覆すことなど出来はしない。

そう、思っていたのだ。幾ら心が離れていても、私達はそれでも人間なのだと。

<――――――――――“わきまえろ”と言いました>
「――――――ァ、――A―――――、――Su――――」


だがその前提ですらも、狂気は忽ちに捻じ曲げる。
上体を起こした獣が2本の斧を上空へ投げ飛ばすと、1本ですずほどもあろう重斧は直ぐに地面へ落下しようとする。
それを獣は魔剣でさらに打ち上げて上空へ戻し、再び落下してきた斧を叩き上げる。
まるでお手玉かジャグリングのように、剣一本で2つの斧を周囲で回転させ続ける。
8人のすずは何事かと警戒しながら、その回転を見つめ続ける。
クルクルと、回々と、狂々と。獣の周囲を回る2つの斧は、やがて回転する斧そのものが獣の周囲で回転するようになる。
それは、それはまるで。
<ぬごっ!>
「「「「「「「「!!」」」」」」」」
直後十分に回転の乗った二つの斧が獣の斬撃によって弾かれ、高速で飛来する凶器となってすずたちを襲う。
それを散開してすず達は回避する。あの重量に、高速回転する刃。すずの華奢な肉体に直撃すれば、胴体が泣き別れることになる。
(一か八か当てに来ましたか。ですが、楯を失くした今なら!!)
だが、忍者たる藤林の者にとって鈍重な手裏剣など当たるものではない。
ましてや、二刀で凌げなかったすず達の連携攻撃を魔剣とはいえたった一振りで処そうなどとは。
すず達はその機を逃がさぬべく、およそ考え得る全ての死角・急所を突くべく八方から攻撃を仕掛けようとする。
だが、獣の爪はその甘えを逃がさなかった。
<ぎゃ~っす!>
「ガッ」「う”あ”あ”っ」「「「「「「しまったッ!」」」」」」
6人のすずが驚愕にその脚を止めた時、2人のすずがその背中を鮮血で濡らし、死に至る。
別魅を維持できずどろん煙と消える彼女らの背中から襲いかかり、生娘の腹を内側から裂いたのは旋回して獣の下へ還ろうとした二つの斧。
6人の誰か一人でも、2人の後ろを知覚していれば気付けただろう。だが6人、否、8人の視線が眼前の獣へと集約してしまっていた。
そしてその視線が失われた自分、そして回向する二つの刃に気を取られた時、獣はその牙を柔肌へ向けた。
<ちょ、ちょっと、タイ、これはないって……!>
(丙と戊を解除! 丁から辛までで、一斉に苦無全弾投躑!!)
また1人のすずが獣の魔剣で両断され、煙と消える中で藤林すずの総意と呼ぶべきものは、すぐさま牽制打を撃った。
飛ばした斧をブーメランのように回帰させて背後を狙うとは何たる奇策。
一度限りの大道芸とはいえこの威力、やはり近付くのは危険だ。
(ここは、全方位から攻め立ててあの蒼鎧を引き出して―――――――っ!!)
その隙を狙えれば、と言おうとして彼女達はそうすることが出来なかった。
回帰する斧を獣は更に斬りつけると、斧達はその軌道を変えて獣の周囲を回転したまま旋回し始めたのだ。
回転そのものが刃風を生み出す程の斧が、獣の周囲を旋回する。その嵐の中では、如何な精密さを以て投げられた苦無も枯葉に等しい。
その周囲を回る斧に気を取られた隙に、既に飛ばされたもう一方の斧がすずの頭蓋を叩き割って分身をまた一つ煙へと還す。
その斧を纏いながら、獣は獅子戦吼でまた1人の臓器を貫く。前髪の別け目から僅かに覗く瞳らしきものは、殺意に溢れ過ぎて光彩の色さえ分からない。
攻防において中空を無軌道に暴れまわる斧。複数の分身を操るだけでも限界だったすずにとってそれはもう対応しきれるものではなかった。
酷使された脳の悲鳴と獣が自分を殺し続ける情景に抗いながら、すずは胸を締め付けられる想いを感じた。
過去でも、現在でも、未来でも。アセリアを廻り続けるテセアラとシルヴァラントのように。
獣の周囲を回り続ける二つの衛星。それは、それはまるで、あの魔王を護った2つの星。

<っ……ほんと、わっかんないなあ……>
「デリス、スター……貴方は……そこまで堕ちて、何を望むというのですか……」
ぐしゃり。2人のすずが縦に裂かれて消えた時、最後に残った“藤林すず”は思った。
この獣は―――否。器用に剣を操り、二つの斧を衛星のように漂わせた“魔王”は、一体何を抱えて堕ちたのだろうかと。


<なんで、そんだけ強いのに、そんだけ紡げるのに―――――>
「――――、―――――、――――――」
「はあああああああああ!!!!!!!!!」

魔王の一閃と忍者の一閃が交錯する。
小さな胸に迸る鮮血。煙と消えないその赤色、生きるものの鼓動が炎に彩られる。
血と共に力が失われ、刃を落とす。だが、すずはそれでも二本の足で立っていた。誰に立たされるわけでもなく、自分の足で立っていた。
つう、と口から血が漏れる。それを拭うことなく、ゆっくりと後ろを向いた。
汚れ汚れたマントに覆われた背中に、震える手を差し伸べる。
血の泡を飛ばしながら、青く震えたその小さな唇で、すずは言った。

<全部守るって、言えないのさ……>
「われ、と、きて……あ……」

詠うような音色だった。
僅か十と少しの年しか経たぬ人生、それでも走り抜けようとした少女の純真。
落ちかける瞼を懸命に見開いたその瞳で見据えたものを、優しく、怖がらせぬように伸ばされた小さな手。
だが、その手が伸びきるよりも残酷に弱く、言い終わるよりも無情に速く、子供の小さな命が尽きる。
倒れ伏す音。鼓動のない心臓。幼い雀のさえずりは、彼に届いたのだろうか。


―――――・―――――・――――――





勝敗は決した。
前方へ翳されたグリューネの掌が白く輝き、同じ輝きを放つエネルギーフィールドに囚われた魔法の鏡が宙吊りになっている。
苦悶を浮かべる鏡面は罅割れて、写し取るべきグリューネの表情を照らさない。
先ほどまで劣勢に立たされていたなどと誰も信じられなくなるほど、女神の圧勝だった。
まるでベルセリオスを撃ち抜いたときのような、否、それ以上の人と神の本質の差だった。

「これで気が済みましたか? 最早、言い訳のしようもないでしょう」

グリューネが無機質な問いを鏡に投げかける。答えを期待した問いではなかった。
「何のつもりでちょっかいを出したのかは分かりませんが、紡がれるべき物語は既に決まっている。
 失せよ、外界の器物。ここはお前のいるべき場所ではありません」
死刑宣告と共にグリューネの掌がゆっくりと拳を作ると同時にフィールドはゆっくりと収束し、魔法の鏡を圧迫する。
バキバキと破片が崩れ落ちる。その終わりの中で、鏡は観念したように小さく溜息をついた。
『ここまでかあ……ごめん、お姉さま。あたしじゃ伝わらないみたい。後、任せちゃっていい?』
『…………ええ。ありがとう……後は、私が……貴方達の想いは、いつか未来に届けます……』
苦しげな表情の中で作られた笑顔に、ノルンに厳かに頭を浅く垂れた。
それが如何に惨い戦いであろうとも、法に則る限り運命を見定めるノルンに差し伸べられる手はない。

『いいって、いいって。ん~やっぱ全部を守るって、難しいね~~』

死者が、生者を殺すことなどできない。
招かれぬ者が、招かれた者に抗うことなどできない。
人は、神には勝てない。

故に紡がれるのは神の勝利だけ。これは正当な結果、自然の運命だった。

『そんじゃ、後はお願い。さて、と…………さっき聞いた、よね……鏡の私が……戦った……理由……』

知識ある鏡が、その身を砕かれながら最後とばかり神に向かう。
法則には逆らえないなど、科学の道を目指すものなら誰よりもよく知っている。
だけど、それでも、せめて僅かにでも変われと湖に小石を投ずる。

『……あなたと、おなじだよ……同じなんだって……鏡なんだから……』
「――――――私と、貴方が同じ? 絶望を撒き散らすお前達と? 戯るな」
『絶望……うん、そう見えるだろうね……見えちゃうよね……実際そうなんだし……』

ボロボロとその身を散らせ、鏡は憐れむように、割れ欠けた視界で女神を視る。

『でもさ、それでも同じなんだよ。この絶』
「“人の子よ”。もう、喋るな」

その言葉が終わるよりも早く。陶片の割れるような小気味よい音と共に、鏡が粉と散る。
雪のようにキラキラと舞い落ちる鏡の中で、審判者は僅かに顔をしかめ、道化は目を楽しそうに歪ませ、
女神の顔に映ったその表情をずっと見つめていた。

「もう、喋らないで」


―――――・―――――・――――――





それを確かめる暇もなく、匂いを辿るようにそれは残された命へと歩んだ。
その小さなお尻を石床にへたり込ませたア―チェ=クラインが炎の前に彩られたソレがどう映っただろうか。
「い、いやっ……う、うあぁ……」
かつて彼女はダオスの所業について、彼らの仲間内の中ではかなり早期の段階で疑惑を持っていた。
リアの故郷ハーメルだけを滅ぼす攻撃対象の明確さ、
大国アルヴァニスタについては王子を人質に取っての無力化で済ませ、擁したモンスターの大軍をミッドガルズに集中する魔王の動きは、
彼女には人々が盲目的に畏怖する恐怖の侵略者ダオスとはどうしても一致しなかったのだ。
ア―チェの疑問自体は、現実問題としてダオスの所業で家族を失った若者達との意見の違い、
そして彼らの知らぬ場所で悪逆非道の軍略を展開するデミテル、子供を人質にとって自害を迫るジェストーナなど、
ダオスの配下が人々の期待に応えるように『恐怖の侵略者』像に沿った結果を積み上げたことで無に帰した。
だが、それだけをとって見ても彼女は永きを生きるエルフの血脈に相応しい、真実を見抜く天秤の担い手であっただろう。

「あっ、あああっあ”あ”あ”」

そして彼女の天秤はその瞳に映るソレを見て、完膚なきまでに打ち砕かれた。
炎風に煽られた襤褸切れの外套はそれ自体が命を草のように毟り取ろうと逆上がり、
その手に握る剣をみれば死神の鎌でさえ喜んでその頸を自ら宛がいたくもなる。
最早その瞳に、無邪気に残忍な魔女の面影など無かった。
チェスターしか映らぬはずの彼女の瞳の中は、目を逸らすことのできない狂気に包まれていた。
ア―チェの本能が死を受け入れた。今から、私もこれに食われて死んじゃうのだと全細胞が降伏した。
炎を背に影と塗れたこの獣は、それほどに死そのものだったのだ。
死ぬ。今直ぐに、1秒後に、1分前に、斬られて、摺り潰されて、砕かれて、虫のように、屑のように殺される。
ダオスなどと『次元』が違う。ダオスにはまだ『何故か』『何か』を滅ぼすという意思があった。
だが、今彼女眼の前に立つモノにそんな高尚なものはない。『何故か』はあっても『何か』が無い。
殺す。ただ殺す。何の区別もなく、剣が届く位置ならば殺す。殺せるなら殺す。
魔界の瘴気のように存在自体が人を殺す装置。獣のように、鬼のように、死神のように、人でない死を纏った魔剣の王。

ゆっくりと時の剣が持ち上がり、天辺で静止する。
理由のない厄災。そこにはダオスにはあった何かが欠落し、それ故にダオスよりも完成した『魔王』がいた。

その眼前で血を滴らせた魔剣を振り下ろさんとする魔王を前に、彼女がとれる行為は殆ど無かった。
この距離では状況を打開できる魔術を唱えることも出来ず、そもそもどんな魔術ならば打開できるのか見当もつかない。
立ち上がる前に死ぬ。横に転がる前に殺される。箒を手に取る前に切断される。泣き叫ぶ前に喉が無くなる。
奇跡が舞い降りるよりも早く斬撃が届く彼女に生を模索する道は何処にもない。

「――――っうぅっ。うっ……、うあ……」

今この場で誰よりも死に近い少女は、ゆっくりと魔王の前で手を広げた。
降伏の垂直ではない。大地に平行に、左右の中指の直線に心臓を合わせるように小さな胸を開いた。
ただそれだけでは、ただでさえ捩子の外れた頭蓋が爆ぜたのだとも思えただろう。
だがその瞳に狂気以外の何かが宿っているのを見た時、彼女の傍に何があるかに気付いた時、それは聖人の証と化した。

彼女は護っていたのだ。その背中に沈む、一人の男を。





その倒れ伏す男の鼓動は、肉眼では判別できなかった。既に孔から流れた血は河となり、男の身体から失われて幾時が経っている。
死んでいるのか、生きているのか、それは最も間近にいたア―チェにしか分からない。彼女もまた既に狂っていたのか、それさえも。
1つだけ確かのは、彼女がチェスターを護っていたことだけだった。
腰の抜けた動けない身体で、何も出来ぬ魔術師が、己が身1つで魔王に立ちはだかっていた。
上半身だけでも反り返り、手を広げ続けた。鏡合わせのの自分でさえ発狂するほどの狂気を間近に受けて尚護り続けた。

死んでもいい。死ぬしかない。だけど、この命だけは護ってみせる。
もう、失わないと。他の全てを見失っても、これだけは喪えぬと。その意思だけで女は立ちはだかった。
消えかける炎に彩られた魔王の身体が震えたような気がした。歯を軋ませるような音が静寂に響く。
最早その瞳に、無邪気に残忍な魔女の面影など無かった。
生存本能さえもかなぐり捨てて、たった一つの変態を“よすが”に、命を掬おうとした一人の莫迦がいただけだった。

その覆われた瞳は、狂気に耐える彼女の瞳をどう受け止めたのだろうか。
振り下ろされるはずの剣は落ちることなく、その代わりに小刻みに震える。
ア―チェは見上げたその目で、自分を見下ろす魔王が唇を震わせていたことに気付いた。
言葉にさえならない何かがそのまま吐き出されてしまうのを堪えるように、魔王の顔は歪んでいる。
枝垂れた前髪が僅かに揺れ、その隙間がア―チェと重なる。

「ぅえ……、あんた……?」

その瞬間、確かにア―チェの恐怖は無くなった。夢と現が切り替わるように彼女の感じていたものが消える。
だが、それは一瞬だった。彼女の声に呼びとめられるようにして魔王から再び滲み出た狂気は、そんな一瞬などただの気のせいと思わせるには十分だった。
振り上げた剣を降ろし、まるでこれ以上顔を見られたくないかのように右手で顔を覆った魔王が彼女達の横を抜けていく。
何事もなく斧を払い回収し、魔王はすたすたと闇の奥へ歩いていく。

その背中に顔を向ける余裕すらなく、ア―チェは茫然と前を向き続けていた。
殆どの火が消えて、少し遠くに朽ちる少女の死体も闇の中で曖昧になろうとする光景の中で、彼女は辛うじてたった一つの事実を呑みこんだ。
生きた。生き延びた。長らえたのだ。あのどうしようもないほどの死の中で、彼女達2人は生き抜いたのだ。
台風が通過したとしてもそこにいる人間の全員が死なないように、魔王に気まぐれに見逃されただけかもしれない。
それは彼女が努力した結果とは言えぬ、ただの偶然かもしれない。それを彼女が誇るのはおこがましいだろう。
だが、生きた。彼女の心臓は不整に脈動することなく今も鼓動している。これを勝利と言わずしてなんというのか。
生きている。それが、どれだけ価値あることか。

その価値を示す様に高鳴り続ける心臓は、今更に怯え始めたからか。
彼女はその高鳴る胸を撫でて宥め、すう、と大きく空気を肺にいれた。
そして、彼女は顔を下に向ける。彼女が護り抜いた、その意味を確かめるために。
そこには、目を開けて彼女を見つめる青髪の弓使いがいた。

<見逃す……? 忘れたのですか? 『BOSS戦におけるバトルフィールドからの逃走は――――――>

「チェす だ?」
“その身体に、青い刃を突き立てられながら”。





冷たい。まず彼女が感じたのはそれだった。
残された僅かな火光を受けた彼女の瞳が映したのは、男の臓腑に突き立てられた剣に滴る赤色だった。
服から滲む男の血。そして、剣を伝い諾々と垂れるのは女の血。
雌雄混じり合う体液に、彼女はその半分が自分の命であると感覚的に理解していた。
次いで、氷に触れたような冷たさと共に燃えるような痛みが体内を焦がす。
足音はなかった。刃が誰かに握られている感覚も無かった。
だから彼女の耳は骨を貫いて破れた臓腑が鼓動の度にびりびりと解れていく音を聞き、
彼女の身体は自分の左肩から貫く冷たい剣の姿をありありと体験することが出来た。


「……うん、そっか。そう、だよね」


激痛の中で全てを了解し、受け入れた一言が彼女から漏れる。
肺を傷つけたか、流れ落ちる命の中で言った言葉の中には酷く乾いた空気が混じっていた。
掴んだはずの命は錯覚だった。生きたい、死にたくない、もうこの命は私だけのものじゃないとしがみ付いてきた執着の終わり。
天井から抜け落ちた氷の剣によってその衝動はここに凍る。
だがありとあらゆる未練の中で、彼女は穏やかに笑っていた。
未練を断ち切るための無理矢理な妥協ではない。心の底から“これでいい”と認めていた。

「う……」
呻き声をこらえながら、彼女は剣が刺さったまま男の身体へと自身を滑らせて身を這わせた。
それは小さな彼女がもし彼に抱きしめられたら丁度腕に頭がすっぽりと収まる素敵な位置だった。
その顔を見つめる。切れ長の眼はしっかりと見開かれている。
その口に耳をすませる。彼女の名前を囁く声を聞く。
胸に顔を埋める。鼻先に、彼の鼓動を感じる。

「こ、れで……」

それで十分だった。
彼女のこれまでの未練、そしてこれからの未練。それらを棄ててもいいと思うには、これで十分だった。


「―――――――ずっと。ずっーと、一緒だよ。チェスター……」


最後の火が消え、彼らの亡骸が闇に包まれる。

人を翻弄し、世界に翻弄された一人の魔女はこうして静かに狩人と眠る。
ヒトとハーフエルフ。生き続ける限りいずれは別れなければならなかった恋人達よ。
せめて死の国ヘルで、永遠に共にあらんことを。



『生』が二人を分かつまで。





―――――・―――――・――――――


「……これで、文句はないでしょう?」
ブラックホールの中に鏡の欠片全てを吸い終えたグリューネが、流すようにノルンとサイグローグを見る。
そこにはもう、鏡がいた証は何一つ残っていない。あるのはただ屍の上を歩く剣士の駒だけだ。
「クククク……えぇ、それはもう……最早戦えぬ小娘までキッチリカッキリ潰して作り上げた死体の群れ……
 これに文句などつけられましょうや……いえ……つけられませんですとも……!! ねえ、ノルン様……?」
『―――――合法。ただ、それだけです』
満面の喜悦で拍手を叩くサイグローグと、努めて無表情のまま言葉を紡ぐノルン。
その2人に向けられるグリューネの瞳は、セルシウスの如く冷たく痛々しいものだった。。
「ごたくは結構。次の敵を用意しなさい。“どうせ、彼らもまた蘇らせる”のでしょう?」
「オフクォゥス。とはいえ……いやはや、グリューネ様がまさかこの様な手に踏み切るとは思っておりませんでした……
 絆を盾にした程度では勝ち目無し……こうなってはこちらが仕掛けられる手も限られると言うもの……」
おどけるように手をせわしなく動かしながら、困ったような態度を取る道化にグリューネは吐き捨てて言う。
「まだ茶番を続けるつもりですか? 最早誰が対面に立とうが同じこと、私の力で滅します」
「おぉこわいこわい……ご安心を……先程のガラクタ、玩具の鏡のようなものはもう使いませぬ……
 やはり、私が直裁しなければ戦いにもなりません……それも、後出来て『2戦』というところでしょうか……?」
サイグローグは中指と人差し指をVの字に立ててグリューネに突きつける。
かつての仲間の友愛で絆すような真似が女神に効かない以上、あの魔王相手に使える駒は限られてくる。
その駒をフルに用いて、後2戦で終わらせるということか。

「……いいでしょう。それで自分の無力を認められるというのならば、かかってきなさい」
「了解いたしました……それではそろそろ勝てそうな駒を用いましょうか……
 “魔王を殺すに、相応しい”群れを……さあ、ノルン様……次なる演目の宣言を……!」

サイグローグが諸手を挙げて、盤が再び鼓動を始める。それは生と死が再び逆転し、内側と外側が崩れさる合図。
その中で、ノルンとグリューネの視線が交錯する。

『貴女は、本当にこれで良かったと思っているのですか?』
「……自分で玩具を嗾けておいてよくぞ言いますね。何人であろうと、立ちはだかるならば、無に還します。
 それを望まないのであれば、退がることを勧めますが?」
『無に還すかどうかを、貴女が決めると? 未来を貴女が決めると? 手が紅く濡れていることにも気付かない貴女が?』

ノルンの一言に、グリューネは自分の手を見やる。散った鏡の破片がその白魚のような爪先を傷付け、紅く濡らしていた。
それを胸元によせて隠そうとするが、ノルンはもう遅いとグリューネ以上の冷酷さで宣言する。

『退くのは貴女の方です、グリューネ。ここが分水嶺、これ以上その血塗れた手で進むのであれば私が引導を渡しましょう』
「何故ですか…! 私が紡ぐは、光り輝く世界の未来。貴女もそれを望んでいるのではないのですか!?」
『私は審判を告げる者。希望を望まず、絶望を望まず、ただ見定めるだけです――――――“貴女が『第零条』を侵すのかどうかを”』

グリューネはノルンの言葉に息を呑んだ。第零条、法の騎士をしてその命を用い護らせた“何か”。
それを今グリューネが侵そうとしているという。だが、法を守っているはずのグリューネにはそれが何かが分からない。
かといって、ノルンはそれが何かを教えるつもりがない。ならば。

「煙に巻くだけの言葉ならば不要です。私は希望を紡ぐ。決して折れぬ光の道を、この手で切り拓く。邪魔立ては、させません!」

戦い、滅し、無へと還すだけだ。
そうでなければ、そうしなければ、もう救えないのだから。


―――――・―――――・――――――





全てが闇に還った中、一人の男は立ち尽くしていた。
既に彼が戦っていた場所からは大分離れていた。
だが、それでも彼は微かに洞に残響する刃が肉を斬る音を聞いていた。

覆った右手をそっと顔から離す。厚手のグローブに包まれた手では、その手に濡れているのが血なのかどうかも分からなかった。
だが、そんなことはどうでもいいというように男はその手の魔剣を握り締める。
濡れていようが、濡れていまいが、剣がひっこ抜けなければそれでよかった。

斧を収め、剣をと共に彼は進む。闇を纏い更なる闇へと沈んでいく。
闇の中を魔剣と共に進む彼をもしも見ることができたなら、きっと誰もが口を揃えて言うだろう―――



『魔王』と。


―――――――――――――――――――――――――――――Cless Win !  Go To Next Stage!!




生きることは、選ぶことの繰り返しだ。その中で何度か大きな選択をすることがある。
一度決定した結果は変えられない。こぼれ落ちた時の雫は、もう戻らない。


それが誤りだったとき、お前達はどうする? 

それが世界を破滅させたとき、どうする?


<――――頑是なり、愚かなる神よ。貴女に相応しき刑罰は1つしかないのでしょうか>


破滅の未来を変えるべき時空剣士のいない、この世界を。





【クレス=アルベイン 生存確認】
状態:HP5% TP20% 第四放送を聞いていない 疲労 眼前の状況に重度困惑
   狂気抜刀+2<【善意及び判断能力の喪失】【薬物中毒】【戦闘狂】【殺人狂】の4要素が悪化しました>
   背部大裂傷+ 全身装甲無し 全身に裂傷多数 背中に複数穴
所持品:エターナルソードver.A,C,4354 ガイアグリーヴァ オーガアクス メンタルバングル
    サンダーマント 大いなる実り 漆黒の翼バッジ×2 コレットのバンダナ装備@かなり血に汚れている
基本行動方針:剣を振るい、全部を終わらせる
第一行動方針:……『敵』は全て殺す
第二行動方針:ミクトランを斬る。敵がいれば斬って、少しでもコレット達の敵を減らす。
現在位置:中央山岳地帯地下


【Chester Barklight? 死亡確認】

クレインクィンは破壊され、毒、全ての矢も使い物にならなくなっています。他に支給品はありませんでした。


【Arche Klaine? 死亡確認】

アイスコフィンが遺体の背中に刺さっています。ミスティブルーム、ミスティシンボルが遺体のそばにあります。他に支給品はありませんでした。


【Fujibayashi Suzu? 死亡確認】

忍刀・血桜、苦無×20本は全て地面に散乱しています。デモンズシールはクレスに破壊されました。


【イフリート 消滅確認】

ガーネットはア―チェの遺体の傍に落ちています。



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