葬務官 のメモ 「ある会合」 

色々と考えたりセッションすべき事があるとわかったので、ちょっとペンディング。
なので以下の文章はすべて仮定のものです。

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「済みましたわ。」
セレニア・シリヤスクス・セレニウス侯女が言い、手元の書類にサインした。
「それでは。」
オラナイヤ・コケイウス・マルサス伯爵がそれを引き取ると、その書類に自らの名を書き込んだ。
「ええ、これで。」
そしてアウルス・ヴァレリウス・ロムルス宮中伯はその書類を渡されると同じく署名した。
契約は成立した。三人は、微かに肩の力を抜いた。

契約成立後、三人は別室で親睦を深めていた。
ゆったりとしたソファ。煙草と葉巻。何種類かの酒。
「失礼ですが、閣下はもっとこう……貴族的でない方だと聞いていました。」
セレニアがソファに腰掛け、王冠盟邦由来の蒸留酒を口にしつつ尋ねた。
「どこでそういう話が出たのかはわからないけれど、必要も無いのに気取った言い回しや回りくどい口調で人と話す趣味はないですよ。」
アウルスは彼女と同じ酒を楽しみながら、どこか面白がっている口調で答えた。
「なるほど。それでオーナー。出資者兼経営者として聞きますが、私は何をすればいいんです?」
オラナイヤはソファに座って右手にグラスを持ち、左手を軽く上げながらこれから彼の上司になる人物に尋ねた。
「人に恨まれすぎないように巨大な利益を上げてください。」
「結構難しい約束ですよ、それは。」
「承知しています、ですがやってもらわねばなりません。」
アウルスの言葉にオラナイヤは酒をテーブルの上に戻すと、手を組んで顎を上に乗せた。
「既に会社はヴェルミヘ河・ヴェルガ河・テルベ河沿いに倉庫を持っていますから、その物流でそれなりの収益は出ると思います。副帝陛下が融通して下さったのでシュネルマヌスの他にシリヤスクスの領地にも倉庫を持つ事が出来ましたから、東方への通商も出来ます。」
「こちらの領地の拠点も立ち上げ中。来週中には現地に支店が出来るはずですわ。」
セレニアが話を補う。
それに頷くと、オラナイヤは語り始めた。
「これで西方にも拠点を持てばよいのでしょうが。」
「それはしばらくは難しいでしょうね。」
「やはりそうですか?」
オラナイヤの問いにアウルスは頷いて口を開いた。
「シリヤスクス系の商人がいっそわかりやすいまでに西方には一切入っていませんし、他の諸侯系の商人も中々入れていませんからね。副帝陛下とセルウィトス侯の間には何らかの約束があるのでしょう。」
「はい。それについては商人達の間でも噂が色々あります。」
二人の会話に、セレニアは黙って耳を傾けていた。
「なるほど。ともあれ、そういう訳でしばらく西方は静観です。いずれは行く時もあるでしょうし、実は出資していただく分の株式はとってありますが。」
「わかりました。それで他の地域ですが。」
オラナイヤは再び蒸留酒のコップを手に取って話を続けた。
「やはり北方地域が今は熱いですね。帝國の他の商人も大挙して北へ行っています。旧ゴーラ湾南岸三カ国は軍の占領下ですが、オスミナは形式的には独立国ですので、逆にやりやすいですね。」
「はい、しかしあからさまに他の諸侯に利益を譲るわけには行きませんが、あまりオスミナに入れ込みすぎないでください。」
アウルスはソファに深く腰掛けながらオラナイヤに告げた。オスミナの王妃になった姫君とオラナイヤの妹の有名な事件についてはあえて触れない。
「といいますと?」
オラナイヤの問いにアウルスは机の上に一枚の地図を出す事で応えた。
「まだ誰にも話していないのですが、個人的にこういう計画がありましてね。」
北方とゴーラ湾が表された地図。その中に、赤鉛筆と青鉛筆で引かれたとおぼしき線が数本、鮮やかに河と河の間に引かれていた。
「……閣下はこれが可能だと?」
地図を見て意味を理解すると、美麗な眉を吊り上げながらセレニアは尋ねた。
「可能かどうか、調べるところからでしょうね。」
「可能だったとしても、大金と時間がかかりますわよ。」
「承知しています。そうですね、三十年後にこのうち二本完成していれば御の字でしょうか。ですが。」
アウルスは穏やかな口調で二人を見つめ、指で地図の上の線をなぞりながら続けた。
「例えば『一号』と『二号』、もしくは『A号』と『B号』が開通すれば、我々はヨーテボルイ海峡もフィンゴルド湾もあまり気にしないで済みます。」
「質問なのですが。」
オラナイヤが手を挙げて尋ねた。
「帝國がゴーラ湾を抑えるだけの力を整備してしまえば、新しい運河など必要ないのでは?」
「かもしれません。ですが。」
オラナイヤの問いに、アウルスは遠い過去を思い出すような顔で応えた。
「我が一門の船は今でこそ随分と立派なものがそろっていますが、最初は小船から始めて一通りのところまで行くのに百年、そこから今の規模に育つまでに更に百年かかったと聞いています。」
「……二百年。」
オラナイヤが絶句すると、アウルスは頷いた。
「そうです。ですから帝國が十年や二十年でゴーラ湾を制するとは私には思えません。それにこれも内海での水運の話ですが、武装した戦艦というものは、大量の商船団があって初めて成立するのです。」
アウルスは一瞬、遠くを見る目になって彼の一門の者達が辿ってきた足跡を回顧した。
「帝國の商船隊が今から海へ進んだとして、はたしてどの程度の事が出来るでしょう?オスミナと組んだとしても、ゴーラ湾の水上交易を制するまでにどれほどの時間がかかるのでしょう?まして関税同盟や王冠盟邦のような巨大な商船隊と艦隊を持つまでにかかる時間はどれほどで、そもそもそれは可能なのでしょうか?」
アウルスは遠くを見る目のままオラナイヤの背後を、来るかも分からぬ未来を観た。
「それ以前の問題として、ゴーラ湾が安定化するのにどれほどの時間が必要なのかという話がありますわ。」
そんな彼に、セレニアが鋭く指摘する。
「はい、その通りです。そう考えるならば、この話が実現するとしたら無駄にはならないでしょう。故に可能かどうかだけでも知っておきたいのです。ゆっくりで結構です。急ぎはしません。下手に漏れていらぬ騒ぎになられても困りますし。」
「わかりました。下調べさせておきます。」
オラナイヤはアウルスへ承諾の答えを返した。
「今調べるのは東側だけで結構です。ゴーラ湾交易が、そしてそれ以外の交易がどれほどの収益を生むのか、それによってもこの話は変わってきますからね。私の妄想で終わる可能性もあります。」
アウルスはそう言うと、線が引かれた地図をソファの傍の暖炉にくべる。
「ゴーラ湾が開かれれば交易の利益は多大なものとなるはずですわ。」
セレニアが商人が商売の先行きを話すような口調で話を接いだ。
「ですが、帝国の水運がそうであるように、南でも交易路が開かれますと、多大ではすまない事になりますわね。」
彼女はそういうと、アウルスの顔を礼を失さない態度でじっと見た。
「南。」
オラナイヤははっとした顔になった。
「はい。」
アウルスはセレニアの問いに応えると、静かに微笑みを浮かべて彼女を見た。
セレニアも彼を見返す。
「先ほどの話と矛盾するようですが。」
アウルスは蒸留酒を飲み下しつつ言った。
「私が得る利益そのものは確かに重要です。しかし同時に、利益を得ている状況が何を意味しているかがより重要なのです。」
「……エル・コルキスとアル・レクサ、それにハ・サールを巡っては、数年前から噂はありましたわね。」
セレニアがゆっくりと言葉をつむいだ。
「噂はいつもあるものです。」
アウルスは微笑みを彼女に返した。
「確かに帝國が南方諸国を制圧すれば、獣人達との交易路が開ける。これまでのようにゼニア商人に任せる必要は無くなる。」
オラナイヤが独り言のように呟いた。眼を見開いているのか、丸い瞳の黒目が大きく見える。
「その判断は、時期尚早かもしれませんよ。」
アウルスが諭すようにオラナイヤに視線を向けた。
「それに我が国の商人は、“あの”ゼニア商人と戦えるのですか?」
「戦えますわ。」「戦ってますよ。」
間髪入れず、セレニアとオラナイヤが同時に応えた。
「なら。」
アウルスは微笑を深くした。
「我々は有りうべき事態に、備えましょう。」

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最終更新:2013年03月15日 00:35