ウェーラのまたたき 5

ウェーラのまたたき (5)

 何か様子がおかしいと思えばそこから先は気になるもので、夕食のときにも、ついウェーラの様子をうかがってしまう。
「・・・・・・なに?」
「いえべつに」
 ウェーラはノイナを見つめ返し、ぱちぱちとまたたく。ウェーラはそんなふうにまたたきをするひとだったかしらんと思った。
 たぶん、そんなことは無かったとおもう。 見たところウェーラはいつもと変わりない。行き交う友達に頷きかけたり、小さく手を振ったり、笑みを見せたりしてノイナの向かいに座る。やがて皆も同じように席に着き、配膳を終えて、食前の祈りをするのだ。
 祈りの聖句は教会によって少しの違いはあるけれど、その言うところは変わらない。
 造物主たる神の愛に感謝してこの食事を頂くということだ。学生たちの声が一つの静まり返った食堂と、学生たちの上を通り過ぎてゆく。
 祈りの言葉が終わるとほっとした空気が満ちて、少しずつ和やかなざわめきが、いつもより控えめに広がってゆく。一騒ぎが先日に起きたばかりで、まだなんとなくその余韻を引きずっている。
 騒ぎのあとになっても、学生に特に注意は重ねられなかった。ノイナにとってはそれはふつうの、あるべきことに思える。ここが生活をともにしながら学ぶ場であるとしても、学生は修道士とのものではない。何かの限りや境界は心の内にあるべきものだ。
 結局、騒ぎが何だったのかノイナは良く知らない。見たときにはもう終わっていた。何が起きたのか特に知りたいとは思わなかったし、何が起きたらしいなんて話をする友達もまだいない。
「・・・・・・」
 友達か、とノイナは思う。
 公爵家にいるときは、あまり考えたこともなかった。それがどういうことなのかも。そういう事を考えずにいたことそのものも。
 食事の手が止まっていることに自分で気づきふと顔を上げる。
「・・・・・・」
 ウェーラが卓の向かいでぱちぱちと大きくまたたいている。
「・・・・・・」
「・・・・・・あの、どうかされましたか」
「ううん」
 ウェーラはあわてて、そして小さくかぶりを振る。
「ノイナさん黙りこんでしまったから、どうしたのかなあと思って」
 いえ、とノイナは応じる。
「今日は静かだと思ったんです」
 ウェーラは少し困ったような顔を見せる。彼女はおしゃべりは大好きだけれど、噂話はそうでもないらしい。だからノイナは言う。
「騒ぎのことはよく知りません」
 ノイナが気付いたときにはもう、騒ぎの半分は終わっていて、赤毛の子、つまり二期生筆頭が来ていた。だからノイナは、その筆頭の起こしたことなのかと思っていた。
「そうよね、静かっていいよね」
 両手を胸の前で結び合わせて、ウェーラはうなずく。
「静かなの大人っぽいし、ゆっくり豊かに時が流れるっていうか」
「ええ、まあ」
 ノイナは自分では活発な方だと思っていたけれど、どうやら違っていたらしい。いざ話しかけようとしても、そもそも話題から見つからない。そういう事もまた、学院で初めて気づいたことだった。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・ごめんなさい。何か、話が続かなくて」
「そんなこと気にしないで」
 ウェーラは言う。
「人はみんな違うもの」
「ありがとうございます」
 言ってノイナは少し笑った。
「なんだか、妙なことを言ってますね、わたし」
「そんなことないよ」
 ウェーラも笑みを返す。
「わたしはいろんな人に出会えて楽しかったし、いろんな人と友達になれて、とてもうれしい」
「ウェーラ様、たくさん友達がいらっしゃいますものね」
 ふと教室での一番最初の出来事を思い出す。フェイトという子と握手したくらいかもしれない。けれどウェーラは言う。
「ノイナさんもきっとできます」
 ウェーラの明るさは天真爛漫さだけではないと思う。たぶん、確信をもって、人との接し方関わり方をあのようにしているのだと思う。。
 そろそろ食事も終わりのころあいで、果物などをとりながらやがて隣の二期生とも話がはじまる。
 ソロルはもうお決めになられた?、とか、いいえだって新歓コンサートが終わらないと何も考えられなくて、とか、練習の声、よく聞こえてるとかそんな話に広がる。
「コンサート前に聞こえていていいの?」
「もともと礼拝堂を練習場所に貸してほしいってお願いした時も、閉じて使ってはいけないって言われたの。讃美歌は捧げもので、捧げものは神様を通じて世界を豊かにするものであるべきだからって」
 考え方はノイナにもわかるけれど、本当に学院の隅々まで行き渡っているとまでは思っていなかった。
 それにね、とウェーラは続ける。
「新歓コンサートのときには、エウセピアさんのソロパートも組みあわせてるから、練習そのままじゃないの」
 ウェーラは言う。本当はエウセピアのソロとコーラスといっしょにしたいのだけれど、と
「でもね、近衛騎士の教練ってきっと大変だと思う」
 だからコーラスと合わせて練習する時間をとれない、と。
 ノイナはちらりと、そのエウセピアのほうを見た。長い黒髪よりも赤い瞳のほうが印象に残る。合唱部で挨拶くらいはしたけれど、あまり話したことはない。
 ウェーラとは仲が良いらしく、一緒に歩いていたりする。ノイナもここのところウェーラといっしょにいる時が多いから、エウセピアともいっしょにいるはずなのだけれど、話声を聞いた印象は薄い。歌声に驚いたことは覚えているのに。
「一緒にやりたいけれど、無理はしてほしくないし・・・・・・」
 近衛騎士見習いは、エウセピア一人ではなく何人もいるという。学生に向けて誰某が近衛騎士であるなどと広められはしない。学院の中では、神の前の人と同じように皆が等しいからだ。それでも隠されるというわけでもなく、先日の騒ぎを起こした者の中にも、その一人がいるという。
 食事の終わりの祈りが唱えられ、学生たちは次々と立ち上がって片付けに向かう。
「あの子」
 どこかでそんな声が聞こえた。見るともなく見ると、それは先日の騒ぎの時に見た姿だった。彼、と言っていいほど少年めいたその生徒は、見るからに疲れた様子で大きく息をつき、それから食堂を出てゆく。



 本当は、

 ウェーラは巻き舌気味につぶやく
「あれ?」

 とかいうところにもちこみたかったんだけど、流れをそうできなかった。
 あるぇ~><

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最終更新:2012年05月03日 02:27