「──と、今日の振り返りはこのくらいでしょうか。聞いておきたいことはありますか?」
「いえ、大丈夫です! 今日も一日ありがとうございました!」
例年にも増して凄まじい暑さが肌を焼く夏の日……あれ、もう夏だっけ、まだだっけ? まあいいや。そんな時期にうってつけのプールトレーニングを終え、適度に冷房の効いた部屋でミーティングを終えた私とトレーナーさん。
いつも通りなら、まだ暑さの残る屋外に出なきゃってことで、少しだけげんなりする時間。
「ああそうだ、ミラージュさん。もう少々お時間よろしいですか? 聞いて欲しい話がありまして」
「……? はい、大丈夫ですけど……」
ただ、今日は珍しくトレーナーさんが呼び止めてきた。特に用事も入ってなかったから、別に構わないけど……
「そう大した話ではないですよ。リラックスして……『素が出るくらいのテンションで』聞いてくれればいい」
「…………『何?』」
挑発と作為が透けて見える声に、私の口も冷ややかな言葉を返す。2人で作り上げていた和やかな空気は霧散し、ただ緊張が部屋の中に張り詰めていた。
「6月28日。トレーナーが何も渡さないってのも薄情な話だからな。受け取ってくれ」
そう言いながら差し出されたのは、彼に到底似合わない煌びやかな包装付きの箱。群青のリボンに金粉のような輝きが浮かぶそれは、どう軽く見ても適当に渡すものじゃないという重みを伝えてくる。
無言で結び目を解き、中身を取り出す。じゃら、と小気味良い金属音を奏でるそれは、金の鎖に群青の雫を吊るしていたアクセサリーだった。
「ネックレス、誕生石付きのな。いつか話していただろう?」
「ラピスラズリ……」
『12月の』誕生石、瑠璃或いはラピスラズリ。「崇高」や「真実」を石言葉とするそれは、今年のラッキーカラーにも近いという話をいつか教わった。……薄暗く色ぼけた私に似合うかもしれない、とも。
「いえ、大丈夫です! 今日も一日ありがとうございました!」
例年にも増して凄まじい暑さが肌を焼く夏の日……あれ、もう夏だっけ、まだだっけ? まあいいや。そんな時期にうってつけのプールトレーニングを終え、適度に冷房の効いた部屋でミーティングを終えた私とトレーナーさん。
いつも通りなら、まだ暑さの残る屋外に出なきゃってことで、少しだけげんなりする時間。
「ああそうだ、ミラージュさん。もう少々お時間よろしいですか? 聞いて欲しい話がありまして」
「……? はい、大丈夫ですけど……」
ただ、今日は珍しくトレーナーさんが呼び止めてきた。特に用事も入ってなかったから、別に構わないけど……
「そう大した話ではないですよ。リラックスして……『素が出るくらいのテンションで』聞いてくれればいい」
「…………『何?』」
挑発と作為が透けて見える声に、私の口も冷ややかな言葉を返す。2人で作り上げていた和やかな空気は霧散し、ただ緊張が部屋の中に張り詰めていた。
「6月28日。トレーナーが何も渡さないってのも薄情な話だからな。受け取ってくれ」
そう言いながら差し出されたのは、彼に到底似合わない煌びやかな包装付きの箱。群青のリボンに金粉のような輝きが浮かぶそれは、どう軽く見ても適当に渡すものじゃないという重みを伝えてくる。
無言で結び目を解き、中身を取り出す。じゃら、と小気味良い金属音を奏でるそれは、金の鎖に群青の雫を吊るしていたアクセサリーだった。
「ネックレス、誕生石付きのな。いつか話していただろう?」
「ラピスラズリ……」
『12月の』誕生石、瑠璃或いはラピスラズリ。「崇高」や「真実」を石言葉とするそれは、今年のラッキーカラーにも近いという話をいつか教わった。……薄暗く色ぼけた私に似合うかもしれない、とも。
「……馬鹿なの? こんな高級品……」
プレゼントを貰っておいて、とんだ暴言。でも……そこまで長い時間を過ごした訳でもない、恋仲でもない……ただの教え子に、こんな高価な物を渡す?
これが『私』だったなら、たいそう大袈裟に驚きながら恐縮ばって感謝の言葉を伝えたんだろう。でも、私を呼んだのは他ならぬ彼自身。遠慮なんて知らない。
「安心しろ、数回外食行けば払える程度の代物だ。迂闊な物渡して調子崩されるより余程いい。このくらいの金比率ならアレルギーも起きにくいしな」
そういう問題じゃない、とは思いつつも、私を気遣ってくれたことに少しだけ落ち着く。外食数回分なんてデリカシーに欠けたような発言も、遠慮がちな私を慮っての言動だろうから。
「真珠も調べたんだが……『純粋』なんて俺にもキミにも真逆だろう? んで『長寿』だの『健康』だのはトレーナーの……俺の果たすべき役目だ。それを石に祈るというのは、どうも性に合わん」
ちゃらり、ちゃらり。トレーナーの声を聞いていると、視線で「付けろ」と促される。両手の指で鎖を掬い、そのまま首の後ろへ。小指の爪より小さい群青の雫は、しかし確かな重みを私に伝えてきた。
「……『崇高』なる『真実』を。キミの未来が虚飾に満ちた末路を迎えるか、正しくキミらしい実像を結ぶか。いずれにせよ……その姿を拝めるとすれば、このくらいは安いものだ」
「トレーナー……」
付けた時の弾みで揺れていた石も、有るべき場所へ着いたように動きを止めて。私の首元、心臓の少し上に留まっていた。
「似合ってるぞ、安心しろ。……誕生日おめでとう、カラレスミラージュ」
「……ありがとう、トレーナー。大切にする、このネックレス」
プレゼントを貰っておいて、とんだ暴言。でも……そこまで長い時間を過ごした訳でもない、恋仲でもない……ただの教え子に、こんな高価な物を渡す?
これが『私』だったなら、たいそう大袈裟に驚きながら恐縮ばって感謝の言葉を伝えたんだろう。でも、私を呼んだのは他ならぬ彼自身。遠慮なんて知らない。
「安心しろ、数回外食行けば払える程度の代物だ。迂闊な物渡して調子崩されるより余程いい。このくらいの金比率ならアレルギーも起きにくいしな」
そういう問題じゃない、とは思いつつも、私を気遣ってくれたことに少しだけ落ち着く。外食数回分なんてデリカシーに欠けたような発言も、遠慮がちな私を慮っての言動だろうから。
「真珠も調べたんだが……『純粋』なんて俺にもキミにも真逆だろう? んで『長寿』だの『健康』だのはトレーナーの……俺の果たすべき役目だ。それを石に祈るというのは、どうも性に合わん」
ちゃらり、ちゃらり。トレーナーの声を聞いていると、視線で「付けろ」と促される。両手の指で鎖を掬い、そのまま首の後ろへ。小指の爪より小さい群青の雫は、しかし確かな重みを私に伝えてきた。
「……『崇高』なる『真実』を。キミの未来が虚飾に満ちた末路を迎えるか、正しくキミらしい実像を結ぶか。いずれにせよ……その姿を拝めるとすれば、このくらいは安いものだ」
「トレーナー……」
付けた時の弾みで揺れていた石も、有るべき場所へ着いたように動きを止めて。私の首元、心臓の少し上に留まっていた。
「似合ってるぞ、安心しろ。……誕生日おめでとう、カラレスミラージュ」
「……ありがとう、トレーナー。大切にする、このネックレス」
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いつか、誰かから聞いた話。贈答品としてのネックレスが持つ意味……束縛心。
かつて、彼は私に言っていた。私を担当すれば面白いものが見られるだろうと。……鎖で縛って、決して逃がさない。それが愛玩動物に向ける目か、玩具に向ける思考かは別として……きっと、手放したくないんだろう。私の事を。
でも、その手を離せないということは……貴方は、私に縛られているのと変わらない。雁字搦めになった手の先に、枷が付いているなんて気づかないまま。
……そういえば、貴方はこうも言っていた。どうしてあの日、私を素にさせたのか……
「誕生日くらい、重荷を下ろしてもバチは当たらないだろう」と。
「家族相手には気を張っていなかっただろ? 俺は家族じゃないが、弱みはとっくに握ってるからな」とも。
そう言った小賢しい気遣いが……私にとっては酷く心地良いわけで。
けれど、貴方に向ける感情は、家族に向ける物とは違う。安らぎと優しさを齎してくれた家族には、私も素直に……硬いながらも素直に接していた。でも貴方は違う。こんなドロドロと澱みのように沈む感情を、家族相手に向けていい筈がない。
貴方は、貴方の為に私を利用する。それは別に構わない。代わりに私は、私の為に貴方を利用する。ただそれだけ。その過程の中で、私の罪に、私の罰に、貴方を付き合わせるとしても。たとえ二人揃って、地獄に堕ちるような愚行を犯したとしても。
……こういう関係のことをなんと言ったか。そうだ、確か──
かつて、彼は私に言っていた。私を担当すれば面白いものが見られるだろうと。……鎖で縛って、決して逃がさない。それが愛玩動物に向ける目か、玩具に向ける思考かは別として……きっと、手放したくないんだろう。私の事を。
でも、その手を離せないということは……貴方は、私に縛られているのと変わらない。雁字搦めになった手の先に、枷が付いているなんて気づかないまま。
……そういえば、貴方はこうも言っていた。どうしてあの日、私を素にさせたのか……
「誕生日くらい、重荷を下ろしてもバチは当たらないだろう」と。
「家族相手には気を張っていなかっただろ? 俺は家族じゃないが、弱みはとっくに握ってるからな」とも。
そう言った小賢しい気遣いが……私にとっては酷く心地良いわけで。
けれど、貴方に向ける感情は、家族に向ける物とは違う。安らぎと優しさを齎してくれた家族には、私も素直に……硬いながらも素直に接していた。でも貴方は違う。こんなドロドロと澱みのように沈む感情を、家族相手に向けていい筈がない。
貴方は、貴方の為に私を利用する。それは別に構わない。代わりに私は、私の為に貴方を利用する。ただそれだけ。その過程の中で、私の罪に、私の罰に、貴方を付き合わせるとしても。たとえ二人揃って、地獄に堕ちるような愚行を犯したとしても。
……こういう関係のことをなんと言ったか。そうだ、確か──
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