「本っっっっ当に、ごめんなさい!!」
「……えぇー?」
90度を優に超える角度で腰を折り、頭を下げる黒髪の少女。その頭上では、芦毛の少女……ツキノミフネが、心底困惑した顔で目の前の後輩を見つめていた。
「……えぇー?」
90度を優に超える角度で腰を折り、頭を下げる黒髪の少女。その頭上では、芦毛の少女……ツキノミフネが、心底困惑した顔で目の前の後輩を見つめていた。
思案に暮れるツキノミフネ。はて、彼女は謝罪するようなことをしただろうか。それも軽いゴメンで済む話ではなく、これほどまでに深々と頭を下げ、今にも卒倒しそうなほど震えた声で謝意を申し伝えるような。とんと心当たりがない。
しかもよく見れば、その両腕は腰に沿えられたわけではなく、何やら紙袋を差し出している。この構図を何処かで見たような、そうだラーメン好きの同輩が生徒会の面々を相手によくやっている場面だ。チラッと見えた包装だけでも少し値が張りそうなのが伝わってくる。
「……上げて? 頭。それで説明して?」
「あ、はい……」
ひとまず話を聞かねば始まらない。そう判断したツキノミフネの言葉により、黒髪のウマ娘……カラレスミラージュは姿勢を正す。それとなく謝罪の品は不要と伝えたら、耳をペタンと倒していたが。
「……先日の、模擬レースの件で」
「ああ……」
模擬レース、そのキーワードで得心が行く。頭に浮かぶのは、近頃収蔵していたスイーツを無断で胃袋に収めた男の顔。ツキノミフネを矯正するために行われた、全6試合に及ぶチームカオスの面々との模擬レース……とは名ばかりの、蹂躙劇。確か彼女と走ったのは4試合目、身体にも精神にも相当ガタが来ていた時期だったと思う。
「レース結果とかコンディションとか、そういった部分については何も言いません。ミフネさんの状態も、私の戦法も、そこに後から言葉を差し挟む必要性は薄いと思うので」
「ですが」
「……だからといって、勝者が敗者に暴言を吐いていい理由にはならないんですよね……」
しかもよく見れば、その両腕は腰に沿えられたわけではなく、何やら紙袋を差し出している。この構図を何処かで見たような、そうだラーメン好きの同輩が生徒会の面々を相手によくやっている場面だ。チラッと見えた包装だけでも少し値が張りそうなのが伝わってくる。
「……上げて? 頭。それで説明して?」
「あ、はい……」
ひとまず話を聞かねば始まらない。そう判断したツキノミフネの言葉により、黒髪のウマ娘……カラレスミラージュは姿勢を正す。それとなく謝罪の品は不要と伝えたら、耳をペタンと倒していたが。
「……先日の、模擬レースの件で」
「ああ……」
模擬レース、そのキーワードで得心が行く。頭に浮かぶのは、近頃収蔵していたスイーツを無断で胃袋に収めた男の顔。ツキノミフネを矯正するために行われた、全6試合に及ぶチームカオスの面々との模擬レース……とは名ばかりの、蹂躙劇。確か彼女と走ったのは4試合目、身体にも精神にも相当ガタが来ていた時期だったと思う。
「レース結果とかコンディションとか、そういった部分については何も言いません。ミフネさんの状態も、私の戦法も、そこに後から言葉を差し挟む必要性は薄いと思うので」
「ですが」
「……だからといって、勝者が敗者に暴言を吐いていい理由にはならないんですよね……」
『──甘ったれるな』
満面の笑みと共に叩きつけられた、トゥインクルシリーズに臨む先達からの余りにも重い指摘。現実から目を逸らそうとした当時の自分に、これ以上なく突き刺さる言葉だった。ヘラヘラと笑って心への負荷をやり過ごそうとしていた最中の一撃、思わず膝から崩れ落ちたのを覚えている。
「大丈夫、あの時は……うん。もう気にしてない」
「……そうですか、ありがとうございますいやこれ本当に受け入れていいの……?」
「大丈夫、あの時は……うん。もう気にしてない」
「……そうですか、ありがとうございますいやこれ本当に受け入れていいの……?」
後半は尻窄みになって途切れ途切れにしか聞こえなかったが、ひとまずこちらの思考は伝わったと思う。
もし恨む必要があるならばその対象は自分のトレーナーだと思うし、そもそもそんなに恨んでないし。目の前の彼女だって、ただあのレースを全力で戦ってくれただけ──
もし恨む必要があるならばその対象は自分のトレーナーだと思うし、そもそもそんなに恨んでないし。目の前の彼女だって、ただあのレースを全力で戦ってくれただけ──
──本当に?
もう一度、地面に視線を向けて落ち込んだままの少女を見据える。自分の中の違和感を振り返りながら。彼女は……どんな走り方をしていた?
逃げ、先行、差し、追込。今回の模擬レース、実に多様な方法で打ち負かされたのは覚えている。誰もが自分に合った、自分らしい「いつもの」レースで実力差を見せつけていた。……ただ1人を除いて。
徹底マークという表現では生温い、絶対に張り付いて逃さないという悪意を持った、ツキノミフネを潰すためだけの追従。泥濘の中を無理矢理走らされているような、足元の影がいつ主人を裏切り足首を掴んでくるかと思わせるような。
今一度、疑問が浮かぶ。……彼女は「普段から」こんな走り方だったか?
若干潤んだ目でペコペコ謝り倒していた、目の前の少女。あの日自分を差し切り、濁り切った害意を見せつけた少女。同一人物の筈だ、なのに交わらない。靄に満ちた海のように、実像が結び付かない。
末の見えない漆黒の闇、呼吸すら許されぬ重苦しい深淵……真の意味であの悪意に捕まっていたら、その最後は……海底?
意味のない思考が止めどなく回っていく。止まらない。止まらない。沈む沈む沈む…………
逃げ、先行、差し、追込。今回の模擬レース、実に多様な方法で打ち負かされたのは覚えている。誰もが自分に合った、自分らしい「いつもの」レースで実力差を見せつけていた。……ただ1人を除いて。
徹底マークという表現では生温い、絶対に張り付いて逃さないという悪意を持った、ツキノミフネを潰すためだけの追従。泥濘の中を無理矢理走らされているような、足元の影がいつ主人を裏切り足首を掴んでくるかと思わせるような。
今一度、疑問が浮かぶ。……彼女は「普段から」こんな走り方だったか?
若干潤んだ目でペコペコ謝り倒していた、目の前の少女。あの日自分を差し切り、濁り切った害意を見せつけた少女。同一人物の筈だ、なのに交わらない。靄に満ちた海のように、実像が結び付かない。
末の見えない漆黒の闇、呼吸すら許されぬ重苦しい深淵……真の意味であの悪意に捕まっていたら、その最後は……海底?
意味のない思考が止めどなく回っていく。止まらない。止まらない。沈む沈む沈む…………
「……ミフネ先輩! ミフネ先輩っ!」
「──聞こえてる、うん」
「──聞こえてる、うん」
気付けば、胸の辺りに腕を回されて思いっ切り全身を揺すぶられていた。「あんまり酷い謝罪だったから血圧上がっちゃったんじゃ」って、聞こえてるよ? 別に怒ったりしないけど。
うん、やっぱり。こんなに親身に人のことを心配できる娘が、悪い娘なわけないよね。真剣勝負の時に態度が変わってしまう娘だっているだろうし、そもそもあの時は私も参っていたし。きっと変な思い込みだったんだろう。……まあ、けど。
「そんなに言うならさ、ちょっと分けてよ。晩ご飯。すっごく美味しいだろうから」
「えっえっそんなご無体な……いえ、分かりました! それでミフネ先輩が元気になれるなら!」
うん、先輩が後輩にする意地悪なんて、こんなものでいいだろう。この後のお泊まり会もきっと楽しいことばかりだ、こうやって笑っているのが一番楽しい。
さあ、戻ろっか。私は彼女の手を取って、共に屋敷の中へ戻っていった。
うん、やっぱり。こんなに親身に人のことを心配できる娘が、悪い娘なわけないよね。真剣勝負の時に態度が変わってしまう娘だっているだろうし、そもそもあの時は私も参っていたし。きっと変な思い込みだったんだろう。……まあ、けど。
「そんなに言うならさ、ちょっと分けてよ。晩ご飯。すっごく美味しいだろうから」
「えっえっそんなご無体な……いえ、分かりました! それでミフネ先輩が元気になれるなら!」
うん、先輩が後輩にする意地悪なんて、こんなものでいいだろう。この後のお泊まり会もきっと楽しいことばかりだ、こうやって笑っているのが一番楽しい。
さあ、戻ろっか。私は彼女の手を取って、共に屋敷の中へ戻っていった。
以上、ツキノミフネが襖をブチ抜いて押し入れに突き刺さる、数時間前の出来事である。