まだ凍るように寒い冬のど真ん中。ほう、と息を吐けば白い霧が吹き抜けるような早朝。鞄に多くの荷物を抱き抱えて、始発の電車に乗り込むウマ娘がいた。
「(…また戻れるんだ。皆元気にしてますでしょうか…)」
一見すると小学生のような、背丈の低いピンク髪のウマ娘。綺麗な中央の制服を身にまとった彼女の表情は明るかった。彼女は訳あってレースから離れていたが、先日復帰を果たし、これからトレセン学園に戻る途中だからだ。
「(でも……やっぱり心配ですね…)」
復帰を決めたのは喜ばしいが、やはり不安も山ほどある。レースについていけるだろうか。皆は受け入れてくれるだろうか。様々な心配が浮かんで来るが、一番心配なのは、大好きな友達のこと。
「(ライジョウドウさん、返信を送ったけど見ていませんね……やっぱり…嫌われてしまったんでしょうか)」
同室の友達、ライジョウドウ。彼女は自分がいなくなってからも、毎日欠かさず授業、課題、世話していた花壇の様子を送ってくれていた。いつ復帰しても良いように。半年間も信じ続けてくれた彼女に、私は塞ぎ込んで、彼女に礼の一つも贈らなかったのだ。本当に最低だ。
「(……例え絶交と言われても…彼女に謝りたい。感謝を伝えたい。まずはライジョウドウさんに謝りに行きます)」
覚悟を決めて、府中駅で降りた。始発から1時間ほど電車を乗り継いでもまだ朝の6時であり、学園に続く河川敷を行き交う人の姿はまばらだ。道行く人に挨拶なんかをしながら、学園に向かっていく。
「(…ライジョウドウさん……)」
学園に近付くにつれて、彼女への想いも強くなっていく。はじめこそ、その珍獣っぷりにビックリもしたけれど。話していくうちに不思議と気が合って、すっかり仲良しになった友達。そんな彼女への自分がした仕打ちに、ズキズキと胸が痛む。ごめんなさい。胸に想いが詰まっていく。
やがて、自分が所属していた栗東寮の門へと辿り着いた。ドキドキと高鳴る胸を押さえて、すーっと深呼吸する。学園に戻るべく、最初の一歩を踏み出そうとしたその時だった。
やがて、自分が所属していた栗東寮の門へと辿り着いた。ドキドキと高鳴る胸を押さえて、すーっと深呼吸する。学園に戻るべく、最初の一歩を踏み出そうとしたその時だった。
「……ぁ……」
ふと、遠目にトレセン学園のジャージが見えた。朝練に向かうウマ娘だろうか。……いや。本当は、遠目からでもよく分かった。あの綺麗な芦毛は。あの綺麗な青の瞳は。変わらない友達の姿に、思わず涙が頬を伝った。
「ライジョウドウさん…!」
彼女はこちらに気付くと、脇目も振らずに駆け寄ってきた。そうして、優しく抱きしめられた。私も堪えきれなくなって、精一杯腕を伸ばして抱きしめ返した。
「……おかえり。フラりん」
「はい…っ……ただいまです…!」
「はい…っ……ただいまです…!」
とても優しく、温かい。このまま彼女に包まれていたかったが、それではダメだ。今の私にその資格は無い。きちんと彼女に謝らなくては。
「……あの…ライジョウドウさん」
「どうしたの?」
「どうしたの?」
私は溢れて止まらない涙をゴシゴシ拭ってから、彼女の目を見て伝えた。彼女もまた、泣いていた。本当に申し訳なかった。
「勝手にいなくなってしまって…ごめんなさい。貴方が送ってくれたメールも…私は見るだけで返信していませんでした……辛い思いをさせてしまって、本当にごめんなさい」
「……ん、確かに少し辛かったよ。部屋に一人ぼっちだし。虫が入ってきたらどうしようもなかったし」
「……ん、確かに少し辛かったよ。部屋に一人ぼっちだし。虫が入ってきたらどうしようもなかったし」
でもね。彼女はそう言って、フラワリングタイムの涙をハンカチで拭った。普段は愛らしい珍獣なのに、この時はとても大人びて見えた。
「それでも、フラりんは帰ってくるって信じてたから。送ったメールもちゃんと読んでくれたんだよね?」
「はい…」
「やっぱり。フラりん、真面目だもん。出てく時も諦めきれない顔もしてたし。フラりんならそうすると思ったよ」
「……すごい。ライジョウドウさんはなんでもお見通しですね」
「もち。だって私達……親友でしょ?」
「はい…」
「やっぱり。フラりん、真面目だもん。出てく時も諦めきれない顔もしてたし。フラりんならそうすると思ったよ」
「……すごい。ライジョウドウさんはなんでもお見通しですね」
「もち。だって私達……親友でしょ?」
ぶい、とピースサインをする彼女の笑顔がとっても眩しかった。こんなにも。彼女はこんなにも想ってくれていた。こんな素敵な親友に恵まれて、私はなんて幸せものなんだろう。
「はいっ……!はい……!」
「ふふ。…ちゃんと帰ってきてくれたから、これまでの事は全部許すよ。ただし、これからは一つ約束してね」
「約束……?」
「もうどこにも行かないって。ずっと一緒に走るって約束してくれる?」
「ふふ。…ちゃんと帰ってきてくれたから、これまでの事は全部許すよ。ただし、これからは一つ約束してね」
「約束……?」
「もうどこにも行かないって。ずっと一緒に走るって約束してくれる?」
それは、本当に心配になる表情だった。まるで、今までひょうひょうと受け流していた辛さや苦しみを全て受け取ってしまったような悲しい表情。本当は怖かったはずだ。一人ぼっちも。虫も。孤独感も。……だから。
「もちろんです。約束します。これからは、ずっと一緒に走りましょう」
「…うん。約束だよ」
「…うん。約束だよ」
ギュッと、固い握手を交わす。改めて決意した。これからはもう、彼女を泣かせるような真似はしない。彼女に支えられたように、私も彼女を支える。大好きな親友として、誇れる戦友として、決して恥じないウマ娘になってみせる。そんな、様々な想いを込めて、私は彼女に一歩近付いた。そこはちょうど門のレールの上を跨いでいた。
「ただいま。ライジョウドウさん」
「おかえり。フラりん」
「おかえり。フラりん」
それから、もう一度だけ優しくハグをした。空には一際大きな、明けの明星が瞬いていた。