──ウマ娘には、18歳の誕生日を迎えると同時に、人と同じような姓名を名乗る権利が与えられる。
国内人口に対し、ウマ娘の総数が少ないことは皆様ご存知であろう。トレセン学園に所属し、或いは無所属であったとしても、レースに出走している間はウマ娘としての名前を使うのが常である。しかし卒業を迎え、人間中心の社会に出る際には……社会のシステムに迎合する形で、人の名前を名乗れた方が便利になる場面が多い。
もっとも、与えられるのはあくまで「権利」である。18歳になってすぐではなく、20歳や30歳を迎えてから名乗ってもいいし、名乗らなくてもいい。それに、ウマ娘の名を捨てろという意味ではないので、「○○ ○○を名乗っています、ウマ娘の××××××です」ということも問題なく可能なのだ。まあ、お役所仕事の為と言ってしまえばそこまでなのだが。
もっとも、与えられるのはあくまで「権利」である。18歳になってすぐではなく、20歳や30歳を迎えてから名乗ってもいいし、名乗らなくてもいい。それに、ウマ娘の名を捨てろという意味ではないので、「○○ ○○を名乗っています、ウマ娘の××××××です」ということも問題なく可能なのだ。まあ、お役所仕事の為と言ってしまえばそこまでなのだが。
前置きが長くなった。つい自分の時のことを思い出して、話が長くなるのは私の悪い癖だ。
……私の母も、人間の姓名を使っているウマ娘。姓は文野、名は……重要じゃないか。トレセン学園の中でもそれなりに……いや、かなり優秀な生徒だったと思う。何せ重賞で4勝を挙げたウマ娘。G1にこそ届かなかったが、関係者から話を聞けばその素晴らしさを耳にすることばかりだった。
「3%の法則」という言葉を教えてもらったことがある。ある年に生まれたウマ娘のうち、学園へ入学し勝利を重ねてオープンクラスに至る生徒の割合。私の母はその3%で……父は、そうじゃない少女達を見続けていたトレーナーだった。
卒業と同時にサブトレーナーから始めて、三十路も超えて少しした頃に出会った生徒が、他ならぬ母であった。それまでは、やはり苦悩の日々だったという。ウマ娘たちにとって憧れの舞台、重賞レース。そこに辿り着けぬまま6年間を迎え、或いは怪我や病気、心労で道半ばに学園を去って行く少女の、なんと多かったことか。
だからこそ、母の走りは鮮烈だったという。悩み全てを吹き飛ばすような、最後の一瞬まで目が離せないような素晴らしい追込脚質。思い焦がれるのも当然の帰結か。母もそこまで導いてくれた父に好意を持ったらしく、学園卒業と同時に電撃結婚。そうして私が生まれたわけである。
……ここまで散々語ったが、母も父も自身の現役時代にはあまり触れない人物だった。2人の逢瀬や走り方は、一切聞いたことが無かったものだ。
……私の母も、人間の姓名を使っているウマ娘。姓は文野、名は……重要じゃないか。トレセン学園の中でもそれなりに……いや、かなり優秀な生徒だったと思う。何せ重賞で4勝を挙げたウマ娘。G1にこそ届かなかったが、関係者から話を聞けばその素晴らしさを耳にすることばかりだった。
「3%の法則」という言葉を教えてもらったことがある。ある年に生まれたウマ娘のうち、学園へ入学し勝利を重ねてオープンクラスに至る生徒の割合。私の母はその3%で……父は、そうじゃない少女達を見続けていたトレーナーだった。
卒業と同時にサブトレーナーから始めて、三十路も超えて少しした頃に出会った生徒が、他ならぬ母であった。それまでは、やはり苦悩の日々だったという。ウマ娘たちにとって憧れの舞台、重賞レース。そこに辿り着けぬまま6年間を迎え、或いは怪我や病気、心労で道半ばに学園を去って行く少女の、なんと多かったことか。
だからこそ、母の走りは鮮烈だったという。悩み全てを吹き飛ばすような、最後の一瞬まで目が離せないような素晴らしい追込脚質。思い焦がれるのも当然の帰結か。母もそこまで導いてくれた父に好意を持ったらしく、学園卒業と同時に電撃結婚。そうして私が生まれたわけである。
……ここまで散々語ったが、母も父も自身の現役時代にはあまり触れない人物だった。2人の逢瀬や走り方は、一切聞いたことが無かったものだ。
恐らくは、無理して両親の影を追う必要はないと考えてくれたのだろう。嘗ての私が「あのような」気性だった時にも、変わらず接してくれて。それでいて直したいと言った日には手助けしてくれた、そんな優しい両親だから。
閑話休題。母の走りを知ったのは、トレセン学園に入学した後だ。「文野」という、父とは全く違う苗字。父のトレーナーとしての名と、その経歴に初めて重賞勝利という栄誉を刻んだウマ娘。これだけ分かれば、特定することはそう困難ではなかった。
フミノ◼️◼️◼️◼️◼️。それが母の、ウマ娘としての名前。まあ今更名前を知ったところで、私の母は母であるからそこまで感慨は無かった。それよりも、彼女の走りがあまりに見事だったから、そちらに記憶の大半が偏ったのも大きいだろう。
いずれにせよ、私にとって母の名は長年「文野◼️◼️」であったから、元の名を知ったところでその印象は変わらなかったという話である。
閑話休題。母の走りを知ったのは、トレセン学園に入学した後だ。「文野」という、父とは全く違う苗字。父のトレーナーとしての名と、その経歴に初めて重賞勝利という栄誉を刻んだウマ娘。これだけ分かれば、特定することはそう困難ではなかった。
フミノ◼️◼️◼️◼️◼️。それが母の、ウマ娘としての名前。まあ今更名前を知ったところで、私の母は母であるからそこまで感慨は無かった。それよりも、彼女の走りがあまりに見事だったから、そちらに記憶の大半が偏ったのも大きいだろう。
いずれにせよ、私にとって母の名は長年「文野◼️◼️」であったから、元の名を知ったところでその印象は変わらなかったという話である。
…………
「そう……だったら、今後は『彩ちゃん』って呼んだ方がいいかしら?」
「どっちでも大丈夫。今まで通りミラージュでも……新しい名前に合わせて彩でも」
「だったらミラちゃんのままにするわね、そっちの方が馴染み深いから」
「分かった」
「どっちでも大丈夫。今まで通りミラージュでも……新しい名前に合わせて彩でも」
「だったらミラちゃんのままにするわね、そっちの方が馴染み深いから」
「分かった」
大学進学にあたって、私は早々にこの権利を行使することを決めた。唐隅彩(からすみ-あや)、もう少しどうにかならなかったのかとは思うが、自分の名は自分で決めるべきということで私なりに頭を回した結果である。両親からもNGは受けなかったので大丈夫だろう。これで「魅羅亜樹」とか名乗っていたら流石に怒られたと思うけど。分かる人には分かる、ただ一見しただけでは気付けなさそうな文字と音のチョイスに難儀したものだ。
……私の将来の夢、怪我や心労に苦しむウマ娘を支えたいという願い。いくらかあの男に影響されてしまった気もするが、まあ構わないだろう。人は誰しも他者に影響されるものだから。
かつて共に切磋琢磨した先輩の顔を思い出す。「より多くのウマ娘が、より幸福になれる社会を」……流石に政界へ出ると聞いた時には驚かされたが、彼女も彼女なりに勉学へ励み、着々と目標へ近づいているという。
……素晴らしい夢、途方も無い夢。罷り間違っても私には無理だろう、兎にも角にも自分を隠すので精一杯、とんだ自己中ウマ娘だった私には。嗚呼、だからこそ、そういった素晴らしい野望は相応の人に任せるのが良い。
……私の将来の夢、怪我や心労に苦しむウマ娘を支えたいという願い。いくらかあの男に影響されてしまった気もするが、まあ構わないだろう。人は誰しも他者に影響されるものだから。
かつて共に切磋琢磨した先輩の顔を思い出す。「より多くのウマ娘が、より幸福になれる社会を」……流石に政界へ出ると聞いた時には驚かされたが、彼女も彼女なりに勉学へ励み、着々と目標へ近づいているという。
……素晴らしい夢、途方も無い夢。罷り間違っても私には無理だろう、兎にも角にも自分を隠すので精一杯、とんだ自己中ウマ娘だった私には。嗚呼、だからこそ、そういった素晴らしい野望は相応の人に任せるのが良い。
私が人間と同じ姓名を名乗ることにした理由は、極めて単純。「カラレスミラージュ」という名が伝わってしまっては困るからだ。だって、そうでしょう? 例えば保健室に居着いたとして、そこに座る相手が大々的に「私はGIグランプリウマ娘」だなんて名乗っていれば、相談する気も失せるはずだ。こんな相手に相談したところで、私とは住んでいる世界が違うから、なんて。
というか私なら失せる。嘗てのトレーナーとの初対面で「特に重要な案件でもないのに、生徒会役員へ声を掛けられるか」と聞かれてNOを返したのは、他ならぬ私だから。
だから、私は隠す。匿す。騙す。気になった娘は自分で調べればいい、その上で私に対してどう振る舞うか考えればいい。結局、私には万人を相手取ることなんて不可能なのだから、私に助けを求める相手だけを救えばいい。それが、唐隅彩としての私の立場だ。
もっとも、少しでも頼りたいと思ってもらえるよう努力はするつもりだけど。
というか私なら失せる。嘗てのトレーナーとの初対面で「特に重要な案件でもないのに、生徒会役員へ声を掛けられるか」と聞かれてNOを返したのは、他ならぬ私だから。
だから、私は隠す。匿す。騙す。気になった娘は自分で調べればいい、その上で私に対してどう振る舞うか考えればいい。結局、私には万人を相手取ることなんて不可能なのだから、私に助けを求める相手だけを救えばいい。それが、唐隅彩としての私の立場だ。
もっとも、少しでも頼りたいと思ってもらえるよう努力はするつもりだけど。
……年若い少女たちを騙すような真似、申し訳ないと思わないのか、ですか。けれど、そちらも忘れているんじゃないですか? 私はカラレスミラージュ……無彩色の蜃気楼。今まで数多の相手を騙し欺き討ち倒してきた、それはそれは人でなしで薄情者のウマ娘。
そんな私が抱いた、誰かの助けになりたいという大願の前には、名を偽ることくらい些末事でしょう?
……安心してください、もう以前のような笑顔は浮かべませんよ。あるがままの自分を助けて欲しい、そんな少女たちの支えになりたいと言うならば。まず私があるがままの姿を見せませんと。
これは、唐隅彩としての第一歩。もう必要のない仮面を放り投げて、ターフを走るウマ娘から、新たな私に生まれ変わるための儀式。
そんな私が抱いた、誰かの助けになりたいという大願の前には、名を偽ることくらい些末事でしょう?
……安心してください、もう以前のような笑顔は浮かべませんよ。あるがままの自分を助けて欲しい、そんな少女たちの支えになりたいと言うならば。まず私があるがままの姿を見せませんと。
これは、唐隅彩としての第一歩。もう必要のない仮面を放り投げて、ターフを走るウマ娘から、新たな私に生まれ変わるための儀式。
さあ、どうぞご笑覧あれ! 果たして嘗ての少女が、誰かにとっての救いに成らんとする願いは、成就するか否か!
……まあ、私としては「成就する」に賭けることをオススメしておきますよ。というか、せめて私くらいはこちらにベットしておかないと……ね?
……まあ、私としては「成就する」に賭けることをオススメしておきますよ。というか、せめて私くらいはこちらにベットしておかないと……ね?