アリヤ√終盤、これまで
藍血貴を恐るべき執念と技の冴えにより、彼らの驕り諸共葬り去った最悪の狩人―白き杭。
その決死の一撃と命の灯が消える様さえ見届けて、その美しさを愉しみつつ再生してみせる、
「
縛血者」とはとても呼べない、
《伯爵》の際立った異常性が示される場面。
崩壊する
鎖輪において、
始まった《吸血鬼》と最強の狩人の闘争。
爆炎に全身を焼かれ、巨腕により風穴を空けられながら……
クラウスが僅かな余命を賭けて抉じ開けた隙を、
弟子であるアリヤが最高のタイミングで突き───
怪物の頭部は鋼鉄の杭により木っ端微塵に粉砕された。
自らの生涯の最後に、強大なる鬼を討ち取り。後継者として誇りを以て送り出せる程に成長した少女の姿を瞼に焼き付けて……
白木の杭の誇りと、称号を継承し終えた一人の老人は満たされた心地のまま、静かに息を引き取った。
「師父、師父……ありがとう、ございます……」
敬愛する師にして自らを救ってくれた存在に惜しみなく感謝を捧げるアリヤ。
しかし、そんな彼女の表情は一瞬にして凍り付くこととなる。
『私からも賛辞を送ろう。見事だったぞ、白木の杭よ』
在り得ぬはずの声が背後から響く。
『――今のおまえは、宝石よりも美しい』
二度と相対したくないと思うほどの威圧感が放たれる。
かつて自らに対し告げた時と同じく、認めた相手を淡々と褒め称える言葉。
……それでもアリヤは、意を決して自らの背後に目を向ける。
──肉の蠢く音がする。
鼻先から上、脳味噌さえも巻き戻っていく光景に息を呑んだ。
「おまえこそ掛け値なしの本物。我らを焼き払う陽光からの使者、灼熱の鼓動を宿した至高の狩人なり」
「去らばだ、夜族を脅かす天敵よ。他の誰が罵ろうとも、私はおまえを賞賛しよう」
そして、程なく修復は完了する。
脳という演算機すら再生させて、真の吸血鬼が立ち上がっていた。
戦慄がアリヤの総身に走る。ありえない。
最高のタイミング、全力の一撃で粉砕したはずの頭部は、今や変わらぬ威容。
それどころか余裕さえ見せ称賛の言葉を繰るその姿に、彼女の足は自然と後ずさっていく。
まさに怪物、まさに吸血鬼。人類の考え付く、居るはずもない吸血鬼を体現した存在を前に……実在の狩人は瞠目した。
「まさか……あなたはわざと――」
「強者への礼だ。人と魔の別なく、私は真に輝く生を好ましいと思う」
よってこれは、美しき者への手向けだと。
死を見せかけたことさえ、逝く相手に添える墓前の花であると、平然として語る様は揺るがぬ絶望を示していた。
「騒ぐことでもない。おまえ達の語る“吸血鬼”とは、そういうものであろう?」
ああ……確かに何も知らぬ一般の者からすれば、疑いを抱かず首肯するだろうが――
現実の数多の縛血者と対峙してきたアリヤには、その混じり気のない在り方こそがおぞましい。
非現実感に目が眩む……活動する虚構がどうしようもなく違和感を掻き立てる。
「ふむ……そこの者はどうだ?白木の杭と同じく、死に触れていたおまえなら私の言葉をどう思う?」
最終更新:2024年03月29日 09:07