ネイムレスの乱入で混沌とする戦場の中、機兵の
対象破壊を最優先とする動きを利用し、反撃の勢いで吹き飛ばされる事で、ギアーズの
獅子の檻から脱出した凌駕。
アレクサンドルの剛拳と
ネイムレスの重量級の突撃で甚大な損傷を負っていた彼を助け起こしたのは、どこか常とは違う雰囲気の美汐であった。
「ただいま」と、あまりに現状に不似合いな言葉を向けてきた、重傷の凌駕。そんな彼に対し彼女は呆れながらも
「いいから喋るな。おまえに死なれて、まーたお通夜みたいな雰囲気にでもなられちゃ、こっちが迷惑なんだっての」
「あんたは一応、まだ役立つから。それに……」
言葉こそ荒いが、華奢な身体で少年の身体を支える美汐には、何か思う所がある様子であった。
脱出を遂げた仲間の姿を認め、礼やジュンもその場に駆け寄ってくる。
この場での暫定的なリーダーを務めていた礼の判断に従い、4人は迅速に撤退しようとする。
だが、その中で凌駕は一人、美汐の背後に大破寸前の
歩行兵器一体が砲門を向けていることに気づいてしまう。
声を上げ他の仲間に伝えようとするも、傷がそれを阻む……
「あんたも男として少しくらい嬉しそうな様子でも見せたら?」
「それと、これで庇われた借りは返したから………」
呆れた眼で睨む美汐に照準が定まり、発射は止められないと判断した凌駕は――
僅かな余力で彼女を庇うように覆いかぶさり、凶弾をその背中で受け止めることを選択した……。
「ま、上出来、かな………」
――礼が反撃の銃弾で兵器をスクラップに変え、目の前の相手に傷がない事を確認した凌駕は、
蓄積した損傷により意識を失い崩れ落ちそうになるも、
「────秋月ィッ!」
庇った美汐によりその躰を抱き留められていた。
弱っていく己の肉体の状況を自覚しながらも、凌駕は薄らぐ意識の中で少女の表情を見つめていた。
「ばっ……馬鹿じゃないの……! いいや馬鹿でしょ! 馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿バカバカバカァッ!」
「あんた、自分の方が重傷だろうがッ。
そんな虫の息になってまで、他人を庇う奴がどこにいるんだっ……!」
―――美汐は憤怒にも似た形相で全身を震わせていた。
普段と同じで尖った言葉、少年を見つめる瞳は燃えるような焔を宿していた、けれども。
「格好付けるな、止めろよ秋月……
お前が誠実ぶるのは勝手だけど、それは私の知らない場所でやりゃいいだろッ」
「……正しい事するんなら、それでヘマなんて踏むな……
生かすなよ、私をまた生かすんじゃねえよ、この馬鹿野郎―――ッ!」
その目には、涙が溜まっていて。少年を本心から責めているのではなく、
まるで行き場のない想いに耐えきれず八つ当たりしている子供のようだった。
凌駕には分かってしまった。
これはきっと、嗚咽だ。彼女は今、怒りながら泣いている。
大事な何かを思い出しながら、涙しているのだ、と。
「それがどれだけ辛いことか、テメェ……本当に分かってんのかッ!」
「答えろよ、なぁ、答えろよ……秋月ッ、答えてみろって言ってんだよッ、なぁ……!」
「青砥さん、駄目ッ。そんなに揺すらないで、落ち着かないと凌駕が───」
本気で自分を心配してくれている美汐を新鮮だなと思いながら。
安心感に包まれたまま、凌駕は自然と瞳を閉じていったのだった―――。
- あれは無駄乳、意地っ張り、猫かぶりと、手のつけられない女だから。実に的確 -- 名無しさん (2020-04-09 10:10:28)
最終更新:2021年12月04日 22:18