グランドルート、
《伯爵》が語った、“縛血者とは伯爵自身も含めた全てが、始祖……母たるリリスの回帰のため、生かされてきた存在である”という「真実」。
それに動揺しながらも、定められた終焉を認めず伯爵の元から姿を消したバイロン。
そして
ニナが種族の生き残りを賭け、真実を街の同胞たちに伝え、多くの
縛血者がその内に持つ始祖の魂の欠片から
終焉が真実であると感じ取り……その多くは僅かでも長く生の時間を延ばすため、逃亡していくことを選んだ。
だが、そんな彼らに心底軽蔑する眼差しを向けて、バイロンは1人、目的を果たすために地下下水道を力強く進んでいた。
自己の変革を望まず、心焦がすような理想に燃えず、現状に満足するだけの凡俗共など知らぬ。
「私は違う、不夜が血族──吸血鬼」
「幻ではなく、確かに存在する不死の伝承。この世にたった二体存在する……暗闇を統べし夜魔の王だ」
躰の奥より吐き出されたその言葉には、何よりも重いバイロンの情念が籠められていた。
未だ医学や情報伝達が発達を遂げていなかった時代。バイロンは彼とも彼女ともつかぬ“異形”“異端”の存在として生を享けた。
何の咎なき身でありながら、人であったバイロンには想像されうる限りの冷遇と嘲笑が降りかかり、その生には絶え間なく傷が刻まれた。
ゆえに。そんな絶望的な「縛り」しかない現実から己を救い上げた存在は――
彼にとっての理想となり、彼女にとっての想いとなったのである。
この方に成りたい。
どれほど単純で、強力無比な呪詛であったか。己こそが吸血鬼であると語り続けた在り方は、つまるところそういうことであった。
対等になり、永遠の時を過ごしたい。自分達こそだけが、全ての縛りの外でいたい。
もし二人だけが絶対者で、月明かりの下を謳歌できたならば、それは……どんなに素晴らしいことだろうか。
価値あるものはこの世にただ二つ。それが《伯爵》による謀の結果だとしても、構いはしない。
「振り向いてくれないのならば、振り向かせてみせましょうぞ。《伯爵》よ」
「あなたが眩しい。あなたが愛おしい。あなたのためになら、私は何だとてできるのです。その言葉に嘘偽りなどありはしない」
「男として求められたのなら、竹馬の友となりましょう。女として求められたのなら、腕の中で永遠の愛を誓いましょう」
「種を滅ぼす? 結構ですとも、お望みであれば私が実現してみせて構わない。
あなたの御心さえ、あるというのならば……神や悪魔さえ捻じ伏せてみせる」
それらの言葉に宿りし想いのカタチは女と呼ぶべき慕情であり、愛や恋にも近くありながら、ひどく依存が混じっているものだった。
求めるものは己と父だけの永遠の世界。そのためにならバイロンは文字通り何だとて実行に移すことだろう。
だから、ああだから―――
「故に、それだけは頷けません。リリスという、黴の生えた売女などのために死ねなどと」
そう、そんな理由など絶対に認めはしない。バイロンは未だ見ぬ始祖への怒りを滾らせる。
父にとっての道具だろうと、不肖の子だろうと、それが理由ならば、自己をより相応しい存在へ高めることで、希望を見出すことも出来た。
だが、他の女のためという理由だけは、絶対に受け入れられない。
バイロンの牙により所有権を刻まれた
マジェンタと
カーマイン――さらにその配下となる
『裁定者』が、新たな主の元へ血族の魂を献上すべく動き出す。
これより先、街を闊歩する獣の軍勢は、
《伯爵》とバイロンの二つの勢力に分かたれる。
だが、それは血族の滅びを一層促す結果にしかならず、餓えたるバイロンの僕は凄まじい速度で殲滅と吸収を繰り返すだろう……
「逃がさぬよ……怯え逃げ惑う愚図共め。貴様ら全て、薔薇の資格無き下らぬ似非だ」
「その無駄に溜め込んだ年月、私がこれより有効活用してやろう。薄汚い臓腑をこぞって走狗へ差し出すがいい」
満たされない現実に対して挑戦を続ける略奪者。彼女には慈悲も情けも容赦もない。
この先、魔の猟犬の踏み入った先には、地獄の庭が広がるだろう。
「しばしお待ちを、我が愛しの君よ」
「あなたに相応しき片翼となりて、その御許へと参りましょうぞ」
この想いがある限り、彼女の前進は止まらないだろう。秘めた愛を遂げるまで、他の全てを踏み躙って邁進するのみ。
たった一人、求めた理想に自らも求められたい。ただそれだけのために。
- (大ボスのヒロインかな……?) -- 名無しさん (2020-12-11 17:40:42)
- 悪役として見ると残念な前座に見えるけど、敵キャラのヒロインとして見ると哀れ可愛い -- 名無しさん (2020-12-11 20:21:22)
最終更新:2021年12月19日 17:27