大切だから、黙っていたこと。それが……私の罪です



『AFTER THE RAIN』より、いつも笑顔を絶やさず客達を迎えるルーシーがずっと抱えこんでいた暗い秘密……その懺悔


――トシローは店主の少女に招かれ……一人『ノーマ・ジーン』の見かけ年季の入った扉に手をかけた。
『カサノヴァ』が怪物の群れと共に焼き尽くされてから一月、
『ノーマ・ジーン』は新たな主の意向によって、失われたカサノヴァーーその雰囲気に可能な限り似せるよう作られていた。
しかし、懐かしいはずのその風景には……どうしても埋まらない存在(もの)があった。

「アイザック……」

トシローが呟く、カサノヴァの店主であり、紛れもなく親友と呼べた男の名。
軽薄な笑みを絶やさないバーテンダーの姿は、炎に焼かれもう見る事は叶わない。

「信じられませんよね。私もです、トシロー様。
またここで待っていれば、ひょっこりご主人様が帰ってくるんじゃないかなんて、そう思ってしまうんですよ……」


語りかけるのは、女中姿のルーシー・ミルドレッド。トシローをこの場に呼び寄せた人物であった。
寂しげな笑みから滲むのは、大切なものを喪失した痛み、苦しみの念。
夢であって欲しいというルーシーの言葉に強く共感しながら、しかしトシローは「そんな事は在り得ない」と、そう語る。

「だが、死者は還らない。過ぎた時間も戻せない。どれほど希ったとしても、全ては徒労だ。失ったものは常に、思い出の中でだけ輝きを放つ」

今も昔も、思い起こされるのは、夜の闇の中奪われてしまった大切な存在(ひと)の事。
失った彼女を取り戻せるなら、かつての始まりまで時を戻せるのなら、と。
そんな惰弱な考えを何度となく思い描いた。しかし現実に残っていたのは、無残に削られた日常の傷痕ばかりだった。

「わかっています……だから、私もトシロー様を呼んだんですよ。このままだと、少し重たい荷物がありますので」

『伝えたいことがある』それは、一体どんな話なのか?
トシローの問う声に、いつもの快活さはなく、ただ覇気のない笑みを浮かべて答えるのみだった。

「懺悔です。神父さまの代わりですね、もう教会には行けませんから」

そのままルーシーは、深呼吸を一度……真剣な表情で顔を上げ、再び大きく頭を下げた


「まずは謝らせてください。───本当にすみません」

「……本当は、私気づいてたんですよ。
でもそれを誰かに言う事もできなかったし、しようとも思わなかった」

「だって、それは裏切りだから。どんな理由があったとしても、
自分が胸に秘めることでどれだけの血が流れても、私は誰にも言わなかった」

「大切だから、黙っていたこと。それが……私の罪です」


言えばよかったのだと、そう悔いている。
隠し続けたことを正しいと信じていたが、それゆえ起こった結果に胸を痛めている。
かつての自分にも重なるその姿に、トシローは静かに心をかきむしられる……

「……誰しも言いたくないこと、言えずにいたことの一つや二つはある」

それに秘匿が罪というならば───トシロー・カシマは大逆者である。
過去は喪失と流血に彩られている。情も忠も貫けなかった半端者を前に、彼女は首を振った。

「いいえ、私は言うべきだったのです。せめてトシロー様に、ご主人様を止めてほしいと言うべきでした」

「愛しているから裏切らないといけなかった……ふふ、ダメですね。
こんなの、ジャパニメーションならもう使い古されているパターンですのに」

「本当に大切なら何であいつを止めなかったんだ!
───なんて、トシロー様が熱血キャラなら、次はこのパターンで決まりなんですけど」

ほんの少しだけ自嘲して、心の堰が切れたのか悲しげに目を伏せて。

「でも私は言えなかった。失ってから、涙に暮れる脇役でした。
だって、そうでしょう?こんなこと、言える訳ないじゃありませんかっ……」

苦しくて苦しくてたまらないと、そう言わんばかりに思いを搾り出して───


私の愛していたご主人様こそが、本当は──
同族殺しを繰り返していた、三本指(トライフィンガー)だったなんて……」


トシロー・カシマ(真の三本指)にとって、予想もつかない真実を、口にしたのだった。




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最終更新:2025年02月18日 22:26