父の昔語り以上に、娘が心惹かれるものなどありませんよ……お父さん。




グランド√……父と娘の、最後の語らい。


未来の世代へ、自らが護りたかったものを伝え終えた白い杭。その優しい眼差しは、少女に向けられる。


「怖いか」


傷付いた身体のままクラウスは、自らが平和な日常へと戻れと告げた、弟子であった少女に問う。


「はい、たまらなく……恐ろしいです。狩人(イェーガー)でもない、白木の杭(ホワイトパイル)でもない……
ただの(・・・)アリヤ・タカジョウに戻るのが───身が引き裂かれるほどに、恐ろしい」

杭を手放せば、それまで血と暴力で覆い隠されてきた少女の真実に誰もが気づく。
吸血鬼に怯えたくがないために、力を求めたその姿を。
鎧は今更捨てられない。戦う強さと、在りのままで生きていける強さは違うと知っている。

「大丈夫さ……おまえは、強い子だ。夜を滅ぼす装置の俺に、人の情を魅せてくれた。
おまえに出来ぬことなど、何一つないさ……」

一歩を踏み出すその怯えを、老人は認め、その上で乗り越えて生きてゆけると信頼を語る。
そしてアンヌにも、不器用な娘に日常のささやかな喜びを教えてほしいと頼み……。


ああ――参った。やはり俺は……無骨者の、ようだ。
次に、何を話そうか、教えればよいか……思いつかぬらしい、アリヤ。
本当に、これは参った。血生臭い逸話しか、俺の足跡には……ない。


遺言を語り終え、それでも残る僅かな時にも可愛い娘に何かを贈ってやりたい、と。
願うのに、上手く行かず。クラウスは複雑な表情を浮かべ、心底困り果てていた様子で。


───構いません。


それに対し、涙声になりながらもアリヤは続きを願う。
受け取るべき願いは受け取った。ならばもう会話の内容は重要じゃないと。


――私は、あなたの言葉が聞きたい。あなたの言葉だから、いいのです
――他の誰でもない、あなただからこそ

――父の昔語り以上に、娘が心惹かれるものなどありませんよ……お父さん(・・・・)


死に連れ去られるまで、大切な親と話していたいと。少女は切に願った。
その言葉に、男は不器用な優しい笑みを浮かべて――


――ああ……おまえは賢いな、アリヤ


破壊の喧騒とは程遠い、平和な時間が流れる。
沿岸部の倉庫地帯で流れるのは、老人が娘に贈る昔語り。
数分ほど続いた後に……その声は途切れる。

地に突き立った白木の杭(ホワイトパイル)は、月光に照らされた墓標のように、その影を静かに伸ばしていた
人の伝説もまた、終わる
一人の少女の過去(きず)を解き放ち、闇夜の攻防に幻と消えたのだった―――



  • 総統にもこんな救いが来ないものか -- 名無しさん (2020-10-20 17:13:04)
  • 誰かしか愛せない破綻者だからなぁ -- 名無しさん (2020-10-22 02:55:11)
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最終更新:2024年09月02日 23:39