その実、彼女は現実というものを誰より理解していた。
自分が子供たちにかけている言葉が希望的観測でしか無いことなど当たり前のように自覚しており、
子供たちを養っていくためにあらゆる犯罪に手を染めていった。
「もう……そんな顔しないの、ゼファー。お姉ちゃんに任せなさい。
私を心配しようだなんて、それこそ十年早いんだからね」
「大好き。大丈夫、大丈夫だよ、平気平気平気。
だって、私はみんなの母親代わりで。ゼファーのお姉ちゃんなんだから」
彼ら彼女らを養っているのは年長者として守りたいという意思だけではなく、
自分をいいように利用する大人への反発でもあり、何より彼女も子供たちに必要とされたいという共依存からでもあった。
……だが、結局聖人でもなんでもなく、
ただ強がりが上手だっただけの少女はそのギリギリの生活の中で徐々に心を病んでいく。
『無理しているのよ、本当は辛いの。
家族ならそれぐらい見抜いてちょうだい、こんなに愛しているんだから。
どうして、どうして……ねえねえどうして。 どうして――――』
……わたしは、一人だけ馬鹿みたいに、笑い続けていなきゃ駄目?
私も甘えたい、愛されたい、誰かに寄りかかっていたい……その願いを抱え込み続けた結果、彼女はついに折れた。
マイナの胸の中で抑圧され続けたその感情が歪な形で爆発する。
そして、母親の仮面を脱ぎ去り、温もりを求めたその相手は……誰よりも甘えたくて、甘えてはいけなかった一番大切な――
「逃げようとしないで、お願い。一人にしないで、大好きなのよ」
暴れる体を押さえつけ、強くきつく抱きしめてはなさない。
ほら、辛いことや苦しいことを忘れさせてあげるから。あなた楽なことが好きでしょう?
じっとしててよ、受け入れてよ。でないとわたし、苦しいの。
滑稽なやせ我慢を続けるために熱い痛みを、私の心に刻んでちょうだい。
「――――あは。あはっ、あはははは、ははははははははは……!」
幸せ。幸せ。幸せ幸せ幸せ幸せ幸せ――― ああ……わたし、ほんと、最低。
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……想いを遂げた後、彼女は罪悪感から逃げ出した。
最悪の形で穢してしまった弟と、もはや一緒には居られない。
でも、それでも、最愛の弟とは離れたくない────
そう自覚した瞬間、 審判者の凶弾によってあっけなく彼女の命は散る。
暖かな陽の光に結局なれなかったと悔やみ、せめて 静かに地を見守る月になれたならと儚い祈りを捧げて―――
その後、軍によって彼女は 月女神へと転生し、彼女の意識もまたそこで終わるはずだったのだが、
ゼファーと犯した禁忌によって、そこにイレギュラーが発生する。
もう一つの命を宿したまま転生した彼女は、月女神と意識を共有するという奇跡を起こす。
そして月女神は彼女へと意識の覚醒を託し───かくして死想恋歌は誕生する。
――彼女達は、冥府の底で微睡み続ける。
愛する人が、愛する家族が、惑い続ける吟遊詩人が黄泉を降るまで。
その果てに、死者の手を引き、光の当たる眩しい現世に連れ出すまで。
最期まで伝えきれなかった言葉を伝え、大切な人の真実を聞き届けるために。
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