幼馴染に代わり、朝食の支度を担おうと
忍が約束した、その翌日の朝―――
「茄子の浅漬け、納豆のオクラ和えに焼海苔よし……と、銀鱈の照り焼き、出汁巻き玉子に大根おろし……と」
「ふむ、栄養バランス的に今一つ物足りない気も……青菜の類が欲しいところかな」
いつもとは違う味噌汁の匂いで、目覚めた零示。
ベッドの上からキッチンの様子を眺めると、そこには実に手慣れた様子で、ちょっとした旅館並みの献立を整えた忍先輩の姿があった。
昨日までの初心な様子から、からかう気持ちの方が先立っていた零示だったが、
可愛い後輩である
さつきとの約束ということもあってか、初日から
かなりの気合の入れようで逆に負けたような気分に。
「零示、そろそろ起きてきたまえ。朝食の準備は万端だ」
そこで、彼は義務感に燃える先輩にちょっとした悪戯を仕掛けることにした……
微笑みながら声をかけてくる忍に、寝坊助を装いながら零示は。
「あぁ……言い忘れてたんだが、極度の低血圧で寝起きが悪いもんでよ……
ガキの頃から毎朝、決まった習慣をこなさないと起きられねぇんだ……」
「決まった習慣……?」
怪訝そうな忍に、零示は薄く微笑を浮かべて頷く。
「お目覚めのキスって奴な。それがないと、どうにも起きられなくてよ……」
「さつきには、毎朝いつもやってもらってるんだがなぁ。こうブチュっと」
「そうか、キスか」
冷静に復唱した後で―――
「キ……キス、だってっ!?」
忍センパイは、ぼっと、火の出る音がしそうな勢いで赤面した。
「し、しかも……さつきと毎朝だと!?」
そのまま、何か怒るところでもあったのか……声を荒げてしまう。
「ああ……そうだが、何か?」
「……っ」
頬を紅くしたまま、小刻みに震える先輩の姿に噴き出しそうになるのを堪えつつ、平然と頷いてみせる零示。
そろそろ、けしからんといつものように説教モードに突入するんだろうなと思っていたところ。
「わ、わかったっ!」
忍はおもむろに男らしくエプロンを脱ぎ捨て、決意に満ちた一言を発した。
「……は?」
「目覚めのキ……キスだろう?
わかった……それが君たちの流儀ならば私も従おう!」
零示の発言が、忍の心の何かに火をつけてしまったのか、
カップルの真似事のような行為をやってやると、全く予想外の反応が返ってきた。
涙目になりながらも真っ直ぐ見つめてくる忍の姿に、「無理すんな」と告げる零示。
しかし、完全に真剣モードに入ってしまった忍には、効力はなく……
「無理など……していないっ」
「さつきは決してふしだらな娘じゃない……その彼女にできるならこれはごく当たり前の親愛表現に過ぎないということっ」
「つまり……変に意識してしまう私の思考の方がよほど破廉恥だということだろうっ!」
必死に捲し立てる先輩の姿に、零示の方が先に白旗を上げた。
「OK、分かった。オレの負けだわ」
「――嘘だってこと。あの腐れ幼なじみと、毎日毎朝ンな事してる訳ねえだろ。気色悪ィ」
――想像しただけで胸焼けしてきそうだ。そもそも、あいつを女として意識したこと自体皆無だしな……。
「そ……そうか……」
その嘘だという言葉に、安堵した様子の忍先輩だったが……ふと何かに気づいたかのように。
「……ん?もしかして私は……からかわれた、のか?」
今更ながらの御名答。頷く零示の姿に、一瞬にして忍の顔面は真っ赤に染まり───
「き……君という奴はぁ――ッ!!」
――今度こそ、盛大な説教モードへと突入するのだった。
- かわゆいのう -- 名無しさん (2021-11-08 17:00:03)
- ラブコメも全然いけるやん -- 名無しさん (2022-01-09 12:57:49)
最終更新:2022年01月09日 12:57