忍ルートにおいて、
EAの舞台裏を明かし始めた綾鷹が、これまでに多大な
『貢献』をしてくれた零示に告げた、あまりに大胆過ぎる提案。
――いつも通り保健室で過ごしていた零示は、昼休み息を切らして現れた
忍に呼ばれて中庭を訪れる。
そこには、社長室で初めて会った時と同様、不敵な笑みをたたえたIgel社長藤堂綾鷹の姿があった。
彼は語り出す――ダンジョンAegisで起きた、命を脅かされたあの一連の出来事の裏でどんな思惑が蠢いていたのかを。
EAとは、現実に存在している、とある未知の物質を解析する為のテスターツールであり、既に国家規模での利権が動いている。
思い描いた物質や法則を現実化させる――そんな夢物語じみた現象を生み出せる、途轍もない可能性を秘めた宝の箱である。
しかし、それを探索する過程には、闇に潜んだ怪物と遭遇する事もあるだろうと、若社長は言葉を区切り……
「あのAegisの番人に、オレらも揃って喰われてたかもしれねえって事かよ……」
HPを透過し、現実の肉体を破壊する……そんな通常の“ゲーム”では有り得ない
“敵”と遭遇し、
己に備わっていた謎の力で何とか切り抜ける事ができたが、
その裏で
自分達はシステム解析の実験台として、まんまと綾鷹達の目的に利用されてきたという事実がハッキリと明かされる。
一歩間違えれば、この場に立ってはいなかったかもしれない――そんな危うい状況にずっと置かれてきた事に対し、綾鷹は。
「その通り。あの事件のお陰で、僕らは多大な解析結果を得られたよ。君たちにはとても感謝しているんだ」
ご協力ありがとうと。いけしゃあしゃあと、笑みを絶やさず語って見せた。
そのあまりに堂々とした態度に笑みを浮かべながらも、必ず舐めた真似をした落とし前はつけてやると言う零示。
そして彼はそんな真似をした相手に、裏の思惑を明かした理由……この場にお前が現れた目的は何なのかと先を促す。
「話が早くて助かる、その通りだよ。君が言った通り、私は既に、君に多大な借りがある。
ならばついでに、借金の上乗せを無心してみようかと思ってね。――どうせ、後でまとめて返すんだから」
零示が打倒したAegisのガーディアン……それを危険たらしめていた実体攻撃損壊機能。
TYPE-Cと呼称されたそれが、こともあろうにEA内へと流出してしまったというのである。
ゲームの領域を超えて、人間を殺傷する暴力がEAを再び蹂躙するかもしれない……
その可能性に対し黙っていられないのは、GMであり、同時に秩序とその下で生きる者達を守る事に責任感を持つ忍。
「で?まさかオレに、そのTYPE-Cとやらの駆除役をやらせようって話じゃねえだろうな?」
社長の狙いは、一度はTYPE-Cウィルスと渡り合い撃破した実績を持つ己を利用し、事態を収束するつもりなのだろうと予想――オレはワクチンソフトか何かかと内心で毒づく零示。
「いや……実はそうしようかとも思ったんだがね。しかし君は当然断るだろう?
生死に関わる事故に巻き込んだ上、こちらの都合で更に尻拭いをさせようと言うのだから。まったく酷い話じゃないか」
「ああ、よく判ってるじゃねえか」
まるで他人事のように語る綾鷹に、あくまで困るのはソッチの都合だろうがと零示は一蹴するも……
「――うん。だから、この仕事は零示くんじゃなくて阿笠くん、君に依頼したいと思うんだ」
若社長は厚顔無恥な提案を悪びれることなく、言ってのけた。
突然、話を向けられた忍は目を丸くして驚くも――零示には、彼女をわざわざ同席させた綾鷹の思惑が嫌になるほど理解できてしまっていた。
あくまで忍に対しての依頼だと強調するように、綾鷹は零示の方を見る事もなく言葉を続ける。
「ゲームマスターとしての君に、この仕事を正式に依頼する。君の能力を私は高く評価しているし───」
「何より君には稀有な人脈があると見込んでいる。他のGMにはない、問題解決に有効な手段を有しているだろうからね」
「――ハハッ、OK。オレの負けだな、社長さんよ」
そのやり方に、零示は乾いた嗤いが込み上げずにはいられなかった。
すなわち――
GMとしての責任感、かつ義侠心の強い性格から、阿笠忍は積極的に問題解決に取り組むだろう。
そして、そういう奴が身近にいれば、桐原零示という人間は手助けせずにはおれないだろうと……。
実際その通りに動こうとしている零示は、正直にこの場の交渉での負けを認めるしかなかったが。
「あんたへの貸しが、また増えたな。回収の時が楽しみだぜ」
「うん。首を洗って待っているよ」
Igel社長、藤堂綾鷹。こいつとの決着は必ずつけてやる。
そんな、滾る戦意を乗せて、零示は深く誓いを立てるのだった。
最終更新:2023年11月01日 13:08