「神は君を見ていてくれるが、君が何たるかを定義してはくれない。何故なら、君は最初から君ではないからである。君を君に出来るのは君をおいて他にあり得ないのだ。故にこんなにも多くの規則に縛られていても君は自由であるし、この自由と煩瑣こそが君が御子である証拠なのだ。」
「僕達が最初に学ばなければならないのは、考えるべきことと考えても仕方のないことの区別の仕方である。」
ディン教 | ||
Dinne | ||
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基礎情報 | 目次 | |
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種類 | 唯一神教女神信仰 | |
発祥地域 | ディサクィファタムジア島 | |
成立年 | 紀元前2500年 | |
信仰される地域 | ディサクィファタムジア島,ラモッタ諸島 | |
信者数 | 約1億7000万人 | |
信者数の順位 | 【順位】位 | |
創始者 | 不明 | |
信仰対象 | 女神 | |
聖典 | オルセータ・エンパルゼンマータ | |
宗派 | 宗派を参照 | |
指導者 | 歴代のファタ・モルガナ帝国女皇 | |
聖地 | ディサクィファタムジア島 | |
教義 | オルセータ・エンパルゼンマータ |
ディン教(府:Dinne)は、ディサクィファタムジア島土着の宗教である。ファタ・モルガナ帝国はその統治体制の根幹にまで本宗教を取り入れた宗教国家である。
これらを最も基本的な原則としている。
ディン教は一般的な宗教とは異なり、単なる戒律や神話などに留まらず哲学や法学、思想、更には自然科学に至るまで多岐にわたって内含される複合的な概念となっている。
内心で信仰しているのみではディンの御子(=ディン教徒)たり得ないとされ、信徒に求められる行動は口で「信仰している」と唱えることよりも、例えば相応しい服装のみを着用し男は色彩豊かで派手な服を着ず女は柄の派手な服を着ないこと、聖典を読むことや、動物を虐待しないことなどといった戒律を守ることである。更には極めて民族的な宗教という側面も持ち合わせており、ファシア以外の民族はディン教を信仰することを許されない。
あらゆるファシアは生まれた瞬間よりディン教徒と見做され、それに相応しい教育を施され、それに相応しい行動を要請される。
ディン教は他のあらゆる宗教との習合を認めていない。
その余りに厳しい戒律から法典を比較的軽視する世俗派が存在し、彼らはディンの戒律をそれとなく守ったり時々こっそり破ったりしている。近代以降は世界情勢の影響からマジアディン派の割合が増加し続けている。
万物は「神(
Faþa
)」、「界(
Guin
)」、「在る者(
Arreh
)」の三要素によって組成されているとするのが基本的な世界観である。
神は唯一無二の存在とされ、常に他の二要素の上位に置かれる。
「界」は至高天、天界、地上界の順で3つ存在するとされている。至高天が女神の座する、最も神聖でかつ永久不変の世界であり、その一つ下には役務に向けた準備などの為の世界である天界、その下に現実世界である地上界が存在しているという具合であり、一般的な意味での「生きた状態」の生物は地上界において女神に与えられた役務に努めている状態にあると定義され、全ての生物はその死後に女神の評定(
Feno
)を受け、生前に全うした役務が十分であり、また自他の役務に悪影響を及ぼす行為を悪意的に行っていない場合には至高天に存在することを許され、これらの要件を満たしていない場合には「役務が不十分」という評定を下され天界に移動させられ、そこでもう一度地上界で役務に従事する為の準備を行うこととなるとされている。
フェノにおいては黄色の服を着た「擁護者(サンクル,
Thankr
)」が被評定者の善行を連ね彼を至高天に推薦し、その後に青い服を着た「看破者(ミンストフ,
Minstoh
)」が彼の人生から悪行を読み取って申告すると示されている。ファタ・モルガナの裁判法はこれを例として援用された上で定義されており、現在に至るまで採用され続けている。ファタ・モルガナ法曹の法服の内黄色がかったものを弁護士が、青みがかったものを検察官が着用しているのはこの記述が起源となった慣例であるとされる。
天界にはそこへ招かれた生き物たちがもう地上界に戻る為の準備を助ける者が示唆されている。教義では「指導者(アルマイフ,
Almiah
)」と呼称されている。
教義では全ての生き物が何らかの役務を女神から与えられており、その役務に応じた能力を併せて与えられているとされている。
「在る者」は生き物のことと考えるのが最も理解に易いが、その概念は生物学的見地に立った上での「生物」とは乖離しており、無生物であっても生き物と扱われる。形而下にあり、何らかの役割を持つものは全て「在る者」であるとされる(例えば太陽と月は共に光を生む者であるが互いに険悪な為に同時に現れない、など)。
ディン教世界観において界は捩れた帯状に接続されたものと定義され、表裏のない一つの帯として繋がった(=完全性の象徴)三界によって万物が完結するとされる。
創始者は不明ながら、紀元前2500年頃には既に成立していたとされる。
オルセータ・エンパルゼンマータも参照。
ディン教はオルセータ・エンパルゼンマータという教典を持つ。その教義には、
などの記述がある。
他教の同種の教典のように意味不明な記述や矛盾した記述が散見される。故にファタ・モルガナ帝国では教典の解釈法が一つの学問として成立しており、同国にて大学が成立した時にもディン学部は最初期から設置されている。
ディン教は最も法と密接な関係にある宗教である。ディン教においては所謂「神のお告げ」などと言ったものは存在せず、教義に関し守らなければならないあらゆる事項は始めの段階に全て提示されている。故にファタ・モルガナ帝国は聖典をそのまま実定法として制定しており、その解釈を変えるという形でこれまで法の変更を行なってきた。
聖典の全文は古代ファシル語で記述されている。
戒律を尊重し生きる、所謂正統派の宗派。ファタ・モルガナ国民の大多数がこの宗派に属し、その政府もまたレムディン派を採っている。
嘗ては原理主義に近いものであったが、航海探検開始に伴う教義解釈改定以降は世俗的近代主義への変遷が進み、1721年の「女神の逆鱗」発生以降は相対的な原理派に回帰している。
所謂世俗派。マジアディン派の人々は戒律をそれほど重要と考えておらず、気に入らない教義は「解釈」の言葉のもと無視することがある。ファタ・モルガナ政府はこの宗派の存在を問題視しているが、厳格な戒律を定める教義がその一方で教義を守らない者に対して罰を与えることを禁止していることもあり、その対応には手を焼いている。増加傾向にある。
レムディン派以上に戒律の尊重に執着する、ある種の過激派とも見做せる原理主義宗派。マジアディン派とは違う意味で政府の手を焼いており、戒律を軽視するマジアディン派を攻撃することもある。
そもそも他の宗派とは異なった教典を備えた宗派。ディン教の持つ選民思想や排他志向を糾弾しており、ディンの中核たる女皇の存在すら否定している為政府からは本質的に別の宗教と見做されている。
ディン教における最も代表的な行事。3月14日と11月14日に催される。日本語で名称を付けるならば「慈愛の祭典」となる。嘗ては全てのディン教徒がエンクレアーネ・スィーアの正面大庭に集い、盛大に催されたが、現在は各都市に一つ設けられたスィーアと呼ばれる小宮殿に集まって個別に開催されている。集った人々は順番に空へ向け感謝の言葉を送り、記憶に焼き付いた出来事を話す。単なる感謝の場ではなく、前回のレナトンの翌日からその日までに起きた印象的な出来事を伝える報告の場でもある。この一連の手順はナトン(府:Natonne)と呼ばれる。全員がナトンを終えた後は会場にテーブルや椅子が設置され、参加者達に御馳走や酒が振る舞われる。その地に降った雨水から作られた地酒は女神の慈愛を意味する「レシナ・ファーイェ」という名で知られており、レナトンの際にのみ飲まれる。