いわゆる黒歴史という奴でしょうか。なんとなく、気が向いたので、ここに置いておきます。以前に小説サイトに投稿したものですが、もうアカウントを消してます。
戦士は唖然とした。そこに居たのは、幼い少女ただ一人であった。
魔王の住まう地下城に、ただ一人で挑んだ、その戦士。幾多の魔物を討ち果たし、恐るべき罠を潜り抜け、遂に魔王の玉座へと辿り着く。そして戦士が見たものは――。
玉座に座っている少女、ただ一人。
戦士は抜き身の剣を少女に向けた。少女は、ひっと身を震わせたが、しかし油断は出来ない。
戦士は魔王の姿を知らない。どれほど恐ろしい姿をしているか、とも考えた。あるいは妖艶な美しさで相手を惑わすような、そんな魔物も中には居る。少女の姿といえど、あなどれない。
しかし、どう見ても単なる幼子。十歳にも満たないだろうか。少女といえど、大の男を狂わせる程に魔性の美しさを秘めることもある。しかし、そんな素養は欠片もない。見れば、頬が赤く髪はざんばら、鼻水まで垂らして居る。
ん、何か水音がする。なんと少女は、戦士の殺気に怯えてお漏らしまでしているではないか。
戦士は魔法の腕飾りをチラリと見る。剣一本で魔物達と渡り合うには、そうした備えは欠かせない。しかし、その腕飾りも呆れ果てたかのように何も示さない。魔性の力も、殺気の欠片も、あるいは部下を従える威厳など在るはずもない。
用心深く、辛抱強い戦士も遂に観念した。間違いなく、ここにいるのは単なる幼い少女だ。戦士はようやく剣を納めた。
「行こう。お前を安全なところに預けてやる」
――――
戦士は王国へと帰る道すがら、少女の世話に手を焼いた。荒くれた彼の風貌に怯え、用を足したいとも言えない始末。挙げ句の果てには、馬の鞍の上で粗相をする。戦士は何も言わず、愛馬の首を撫でてなだめる他はなかった。
少女に川で体を洗わせ、服の洗濯は仕方なく手を貸した。着替え代わりに着古したマントをかぶせてやり、焚き火で体を温めてやる。水と一緒に含んでよく噛めと、干し肉と乾燥豆を握らせる。そして、やれやれ、と溜息をついた。
少女に言う。
「やわらかいパンとミルクは、城に着いたら自分で頼め」
――――
やがて城に着いた。魔窟を全て平らげ、王国の脅威が消えたことを王に報告するために。
どうやら、そのことは王国の誰もが知っているようだ。城下の待ち人、城の番兵から小間使いまで明るい顔で戦士を出迎えた。戦士が王の前に戻り、全てが終わったことを告げ、そして初めて、王国が歓喜に沸くことだろう。王自身が、全てが終わったと、そう告げた瞬間に。
そして戦士は報酬を得て王国を後にする。所詮は流浪の身。また、新たな戦いを求めて旅を続ける。それが自分という存在なのだから。
少女の手を引き城内に入る。王国を助けたことを恩に着せて、城内の者に預けるのが一番だろう。どこぞの農家に引き取らせるより、この子にとってよっぽど為になる――。
ん? 妙な視線が自分を追っている。
戦士はそう気付いて左右を見渡す。何だろう。影に怯える彼ではないが、しかし不愉快だ。まあ、用があるなら名乗り出るだろう。捨て置けばよい。そう戦士は片付け、まっすぐに玉座の間へと赴いた。
――――
戦士の報告を受けて、王は告げる。
「ご苦労であった。して、その少女は?」
「あの魔王の城に捉えられていたらしく、引き取り手を探そうと――」
その時であった。
「痴れ者め!」
と、誰かが叫ぶ。
やがて王の左手から奇妙なマントを羽織った老人が一人、現れる。宮廷お抱えの魔導師のようだ。どうやら、妙な視線の主はその老人のようだ。
魔導師は言う。
「痴れ者! その幼子こそ、魔王の本性なのだ! よくもこの城内に引き込みよって……」
「何を言うか!」
戦士は反論する。
「この子の何処が魔王なのだ。どこからどう見ても幼女に過ぎないではないか」
「たわけ、お前には物の理というものが判らぬのか。何故、その場で息の根を止めなかった」
「たわけとは貴様のことだ。魔導師の身で、この子が普通の少女に過ぎぬと、なぜ判らぬ」
魔導師は前に進み出て、意味ありげに目を細めてこう言った。
「魔導師だからこそ、普通の少女が普通ではないことが判るというもの」
「何だと?」
「構わぬ――者共、その少女を首切れ!」
御前にも関わらず、魔導師は王を差し置いて処断を下した。宮廷の騎士は剣を抜き、じわりじわりと少女に歩み寄る。
少女は怯え、戦士の腰に縋り付く。出会ったばかりの荒くれた戦士だが、もはや頼れるのは彼だけだ。
戦士は叫ぶ。
「正気か、貴様ら!」
どうやら、戦士は自分の心情に生きる男のようだ。何の罪もない少女を、魔王の玉座に座っていたと言うだけで何故に殺されなければならんのか。
得心がいかない。理解が出来ない。
自分の心情に反することは、例え王の命でも聞けぬ。
「くそ、そこをどけ!」
戦士は少女の体を担ぎ上げ、城外を目指して駆け抜ける。番兵達もそれを阻むことは出来ない。何故なら、彼こそは王国の兵では太刀打ちできない魔物共を、たった独りで平らげた男なのだから。
――――
「やれやれ……」
城下の街を遠く離れた戦士は、少女の体を木陰に下ろした。
しかし、それは休息のためではない。先程から軽装の騎兵がチラチラとその姿を見せているのだから。
彼らは恐らく斥候だろう。そして本隊をここに呼び寄せる。どうやら戦士に向けられた追っ手が来るようだ。戦士は剣の柄に触れて、戦いに備える――いや、待て。
戦ってどうするというのだ。
やがて現れた重騎兵隊。どっしりとした完全武装の騎士達が見事な隊列を組んで迫り来る。しかし、それでも戦士はひるまない。それほどの軍をもってしても、魔王の配下に打ち破られたのだから。しかも、その魔物達を単身で打ち破った戦士であるのだ。なんら恐れる必要もない。
ただし、気をつけなければならない。もし戦えば、王国の恨みを買うことになる。
しかし、連中も愚かではないようだ。騎馬隊を途中で差し止めて、数騎のみ自分の所にやってきた。隊長と、その側近のようだ。戦士は少女に待てと告げ、彼らを出迎えた。
隊長らしき男は馬を下りて一礼する。
「戦士よ。その少女は引き渡して頂こう。約束通りの報酬を支払うとの、王陛下のお言葉だ」
「この子をどうするつもりだ。殺すのか」
「いや」
隊長は胸に手を当て、誓いを示す。
「我が輩の一命に代えて、それはせぬ、と約束しよう」
「ならば、どうする」
「幽閉を。これから先、誰とも関わらせぬように」
戦士は憤慨する。
「同じ事ではないか」
「しかし、放置は出来ぬ」
「何故?」
「王の名において」
戦士は目を閉じて、考える。
――所詮は、忠義しか知らぬ愚か者共。
そして、戦士は剣に手をかけた。
騎士達は身構えた。
「やる気か!」
「貴様、只では済まないぞ!」
そして背後で控えていた騎士隊が一斉に取り囲んだ。
戦士は思い返す。剣を抜くまでもない、と。
――――
右に、左に。
戦士は完全武装の重騎士達を投げ飛ばす。所詮、敵と言うほどでもない。まるでじゃれる子供をあしらうように、戦士は並み居る騎士達を捌く。この程度だから、魔物達の軍勢に良いようにあしらわれるのだと、苦笑いを浮かべながら。
――よし、隙を見て逃げるとしよう。
そう考えた、その時だった。
鋭い切っ先が、戦士を襲う。戦士は反射的に封印していた剣を抜き、あわやというところで受け流した。どうやら、ただならない相手の様だ。こんな者が騎士の中に居たというのか?
投げ倒されて身動きできない騎士隊の中から、ユラリと戦士に歩み寄る騎士の一人。戦士はようやく、目が覚めた心地がした。
成る程、騎士隊の中でも一人一人の実力に差異はあるだろう。こういう手練れが混じっていたとしても不思議ではない。
戦士は剣を構え直す。どうやら面白そうな相手の様だ。実力はなかなかの様だが――しかし、俺様ほどではない。そう、戦士は戦う喜びにほくそ笑む。
そして、その騎士の剣が戦士に向かってスルスルと繰り出される。幾らか打ち合い、互いに互いの実力を推し量る。そして互いに本気ではないことを判り合う。
ならば、どうする――このまま、互いに全てを賭けてみるか?
しかし、戦士はそうはしなかった。
「フンッ!」
戦士は気合いもろとも騎士の剣を砕き割り、身を翻して駆け去った。馬に飛び乗り、再び少女を小脇に抱えて。
――――
戦士は丘を越え、森を駆け抜け、山の麓に辿り着いた。そして初めて、休息のために馬から少女を下ろした、その時だった。
「よお」
誰かが声を掛けてきた。その声の主はすぐに判った。
戦士は問う。
「さっきのか」
「そうだ。やっぱり強いね、アンタ」
先程、戦士と打ち合った騎士の一人であった。
彼は重い装備を打ち捨て、馬も身軽な鞍だけを置き、もはや騎士とも言えぬ軽装で追いかけてきたのだ。しかも、気付かれぬように先回りするとは、彼の抜け目の無さを物語っている。
そんな姿であるにも関わらず、戦士には先程の男であることをすぐに知り得た。何故なら、騎士隊を示す剣だけはしっかりと腰にぶら下げられていたのだから。自分のは戦士が打ち砕いてしまったので、仲間からぶんどったのだろう。
戦士は問う。
「それほどの腕で、なぜお前が魔王に挑まなかった」
「よしてくれ。アンタほどじゃない――いや、挑んだんだけどな。コテンパンにやられてさ」
元騎士は調子の良い口調で戦士に近づく。
戦士は再び問う。
「で、何のつもりだ。追っ手か」
「冗談いわないでくれ。アンタに惚れたんだよ」
「惚れた?」
「ああ、俺が更に強くなるには、あんな王国の騎士をやってちゃ駄目だと思ってさ」
戦士は首を横に振る。
「よせ。俺は誰とも連まない」
「一人より二人ってね。それより、その子をどうする? 殺しちゃ可哀想だもんな」
「ああ、そうだな」
成る程、彼にとって忠義は二の次という訳だ。もはや、王国の騎士であることなど、なんの未練もないのだろう。
「良いのか? 脱走兵は厳罰だろう」
「アンタみたいになりゃ、助けてくださいって向こうから頭を下げに来るさ」
「ハハ、それも良いが――しかし、今の俺は追われる身だ」
「なら、徒党を組むかい? 王国も一目を置くような」
戦士はふと、気が付いた。
「――待て」
元騎士は首を傾げる。
戦士が何かを考えている。
「どうした。連みたくないってのも判るが、仲間が居るっていうのも楽しいぜ?」
「いや――だから、待て」
「ようやく、気付いたのか? 痴れ者め」
今度こそ、追っ手であった。その場に、城で出会ったお抱え魔導師が姿を現したのだ。
――――
魔導師はスルリ、スルリと戦士に近づく。
「その子は不思議な少女でな。なんら、魔性の力も持たぬごく普通の小娘でしかない」
「……」
「しかし、縁は異なものとは言うが――その子と魔物との、妙な出会いが生まれてな」
戦士はすぐに悟り得て、そして魔導師の代わりに述べた。
「そして魔王の玉座に座らされ、そして俺が出会ったのだと?」
「さあて、それは幾度目のことか判らぬのだよ、その子は」
「……」
魔導師は詩でも謡うかのように、語り始める。
「仮に、儂がその子を見逃したとしよう。そして、その子を何処かの農家にでも預けたとしよう」
「……」
「その子を、王国の者が放置すると思うかね?」
「いや、しかしこの子は普通の――」
「それが判るのは儂とお前さんぐらいのものだ。その子は魔王の玉座に座っていたのだろう?」
「……」
「そうでなくても、魔の城に住んでいたというだけで――」
後は言わなくても判るだろう? と、魔導師は沈黙する。絶対に普通の少女ではないと、人々に圧殺されるのは明白だ。
戦士は考え、そして述べた。
「なら、本当に俺達を見過ごせばいい。誰も知らぬ所にこの子を預け、そして」
しかし、魔導師は後に続く。
「必ず追っ手が掛かる。王国の者はその子を必ず捨て置かぬ」
「……」
魔導師は更に。
「しかも」
「なんだというのだ?」
「お前、それを見捨てるというのかね?」
「……」
荒くれた流浪の身とはいえ、戦士にはそれなりの正義感を湛えていた。国という者に属することを厭う彼。それは譲れない想いがあるが故。でなければ王国のため、あるいは人のために単身で魔窟に挑もうとなどするものか。
魔導師はそれを読み取った上で、戦士に告げる。
「その子を殺せ」
「……出来ぬ」
「お前、この連鎖を止めたくはないか?」
「出来ないと言っている」
「なら、儂が殺せばいいのか」
「……」
「許さぬ、と? であろうな。この子に集う者共は、そうしたものばかりだからだ」
「……」
戦士は思い出す。魔の城で自分が対峙した魔物達のことを。魔に属する者共とはいえ、命を賭して戦った相手だからこそ判ることもある。
魔導師は指先を少女に向け、そして戦士に告げる。
「さて、儂が手を下そうとすれば、お前は儂を殺すという訳かな。その時こそ新たに生まれるのだ。その子の元に集う新たな王国が」
「……待て。やめろ」
「儂を止めることなど、お前なら造作もない。儂が殺し得たとすれば? お前こそがこの子を殺したということになる」
「何を、馬鹿な!」
「お前は至高の戦士、完全なる勇者。そのお前が儂に勝てぬ訳がない。この子はそうした者共と連なる数奇な禍を持つ少女なのだ」
「貴様!」
魔導師はいよいよ、指先に力を込めた。妖しい光が、その指先に宿り始める。
「さあ、儂を殺してみよ――そして生まれる。そこの騎士のようにお前を慕う者共を従えた、新たなる魔の国が」
「くッ……」
その時だった。
――――
ばさり……。
少女は倒れた。先程の元騎士が、一刀のもとに切り伏せたのだ。
「……」
元騎士はカチリと剣を納める。そして、何とも言えない目付きで戦士を見た。
戦士は何も言わない。元騎士を責めることも無く、その有様を見ていた。
魔導師は指先を納めて、苦笑いを浮かべる。
「成る程。これが人間という訳か――魔物ほど、純な心の持ち主では無かったと言う訳かな」
もしかしたら、戦士は見逃したのかもしれない。彼なら元騎士を止めることも出来ただろうに。
いや、元騎士も戦士に次ぐ手練れの者。魔導師に意識を奪われる最中で、果たして彼を止めることが出来ただろうか。
しかし、少女を殺したのは自分だ、という――その思いに戦士は沈み込む。
――――
やがて、戦士は先程の騎士団の隊長と出会い、報酬を受け取った。魔導師の手引きの元、再び王の御前に赴く気も失せた戦士に、わざわざ届けにやって来たのだ。戦士はどうしようかと迷ったが、それを受け取ることにした。先程の元騎士は隊に戻ろうとはせずに、戦士と共にいる。脱走した罪は問われない。少女の息の根を止めた、その功績で帳消しとなったのだ。
元騎士は戦士を誘う。
「飲もうぜ?」
しかし、戦士は首を横に振る。
「その気にはなれん。俺は……」
――自分の信ずるところを曲げてしまったのだから。
戦士は思う。
どのような縁で、少女はあの魔窟の玉座に座っていたのだろう?
怖くなかったのだろうか?
逃げようとは思わなかったのだろうか?
更に思う。
何故、俺は魔物共の様に、少女を守り王国を築くまでに至らなかったのだろうか、と。
元騎士は別れ際に尋ねる。
「あの子を殺したこと、アンタ怒ってるのかい?」
「いや――所詮、俺は人間だったのだ。俺もお前も、同じ人間だったのだ」
(完)
最終更新:2011年02月25日 23:12