基本情報



略歴

リューグ国の将軍、アルファー・グリートの兄。
680年にリューグ国に仕官した後、同国の農業生産技術を改良し、領民と国主ライグら政府上層部の双方から信頼を寄せられるようになる。

ガザ刺殺事件後にベルザウスが左遷された際、彼自身はこの事件とは無関係だったが、この頃からベルザウスに興味を持ち、水面下で接触を続け、ライグの力量に疑問を抱くようになっていたレスフェスもこれに同調。

697年、ベルザウスによるクーデターが発生した際には、リューグ城で民衆を扇動して彼の政変成功に大きく貢献することとなった。
しかし、妹アルファーはクーデターに抵抗したためベルザウスらクーデター軍の攻撃を受けることとなる。
この戦いに補給担当として同行していたレスフェスは、妹の説得を試みたが失敗。
砦が陥落した後、妹の死体を葬ってやろうと探すが、彼女の死体は最後まで見つからず公的記録の上では「行方不明」となった。

701年、リューグ国の名家・オーディール家の跡を継ぐべく婿養子となり、その際にオーディール姓を名乗るようになる。
フェルスデッド併合が行われた際にはケルスティン・ベルツェーリウスの実質的な副官として迎えられ、以降は彼女と共にロー・レアルス国の内政を司る重責を担った。

ルディックの陣には上司ケルスティンと共にルディック城を離れていたため参陣せず、戦後にベルザフィリス帝国へ内政官として迎えられた。
ベルザフィリス帝国では当初、ルディック城の再建工事に関わっていたが、ルディック城への遷都が完了してからは農政を中心により幅広い範囲の内政を任され、天変地異の中でもその被害を抑えることに成功するなど功績を上げた。

国崩れの乱による粛清劇にも巻き込まれずに済み、717年になって初めて皇帝ガイヴェルドから将軍に任命された。
722年、病気を理由に引退、724年に感冒の一種に罹り病没。


人物

  • 最終的に将軍となったもののデルタによる人物評価に掲載されなかったのは、将軍に任命されたのが国崩れの乱の後であったこと、将軍任命当時の名字と蜉蝣戦記で良く知られているアルファーの名字が異なっていたこと、彼の上司だったケルスティンもまた当時将軍として扱われていなかったことなど複数の要因が重なっている。
  • 彼が行った農業生産技術の改良については、記録の多くが現在失われている。ただし、断片的に残されている資料から生産される農作物の量だけでなく種類が増加したことが判明しており、コンパニオンプランツの概念を元にした混作を推奨していたのではないかと推測されている。


関連項目


最終更新:2024年07月12日 13:37