批評についての話なのだが・・・・
目の前のワインを飲んでその味を語るのにソムリエが語るのと、その辺の単なる酔っ払いが語るのとでは意味が違うのだと考える。
しかし、ソムリエを権威と見出すや否や、その辺の単なる酔っ払いは実はワイン作りの大家で、ソムリエの判断を上位から覆すとか、ソムリエがおいしいと選んだワインは全然売れず、酔っ払いが選んだワインの方がバカ売れした、「専門家より大衆の感覚を汲み取った方が偉い」というような作劇の可能性が生まれる。
それぞれの役において「本当は自分が正しい」という話を作ることが出来る。
ワイン作りの大家にソムリエが勝つ話も作れる。
その時は「作り手が理解できないことを批評家は理解しているゆえに批評家はプロフェッショナルなのだ」というテーゼになる。
ああ、いやだいやだ。文脈がいやだ。文脈の背後にある、これが良いことでこれは敵だと言いたげなイデオロギーがいやだ。
だから、私は
ソムリエ「20種類のワイン、念入りにテイスティングさせてもらいました。このワインが一番おいしい。こちらをお勧めします」
よっぱらい「何~!?どれ!もう一度飲ませてみろ!・・・・・・・・・む、確かに・・・・・でもこっちもうまくね?」
ソムリエ「いや、判断は覆りませ・・・・・ああ、そう言われてみると悪くないですね。ところでこっちは?」
よっぱらい「ナニ!?おお!?うまい!うまい!こっちは?」
ソムリエ「これもおいしい!あはははははぁ!ゴクゴクゴク!これならどうだ?」
よっぱらい「グビグビグビ!!うあはぁ!うまい!実はワシはワイン作りの大家なんじゃ!」
ソムリエ「ップッハぁ!はっはっは、私なんか本当はペーパーソムリエでほとんど素人と変わらないんです!」
よっぱらい「ゴボゴボゴボゴボー!!うわはははは、正体をあらわしよったな!だが、ワシはそんなもんじゃないぞ!私の正体は実は120年前に不時着した宇宙人なんじゃーーーー!」(緑色の皮膚に巨大な黒目になるよっぱらい)
ソムリエ「ぐわーーーーーあ!?宇宙人だとぁ、それなら言うが私は魔界から妖魔だ!」(体を突き破り、巨大な体躯と翼を開放するソムリエ)
宇宙人、妖魔「うわははははははーーーー!」
という狂宴にして済ませたくなる。
だから、狂宴フラグを立ててください。それだけが私の望みです。
と、わたしの墓石には刻んでください。
でも、墓石に刻んであるそんな言葉よりあなたが生きている今日はどんなに意味があるだろう。
リンダリンダ。
最終更新:2013年07月30日 23:07