アマネオ

海岸通りのヒトラシキ(1990年)

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amaneo

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 ――隣の家のお姉さんが、船の上で手を振っていた。その耳には可愛いイヤリングがピカピカ光る。ピカピカ、ピカピカ。

 海沿いの私の町。

 穏やかな内海を挟んだ向かいのウタノシマには、工場が立ち並んでいるのが見える。政府から資金を得てやっているらしいけど、何を作っているかまではわからない。それでも煙突から出る白い煙はこの町の空気に溶け込んでいくような気がする。

 働き口のなかった町の人は、みんな喜んでそこに就職し、帰ってこない。そこはすごくいいところだから誰も帰ってこないのだと、就職に失敗したお父さんは顔を赤くして言った。

 ただ、その工場ができてから、こちらの海岸にはヒトラシキが流れ着くようになった。

 ヒトラシキはぷるぷる溶けかけた肉に海藻が絡み付いた、人型の何か。煮ても焼いても食べられないそれは、図鑑にも載っていない新種の水棲生物だ。人間の生態と似ているが知能は低い。小学校の先生やテレビはそう言っていた。

 私は今日も砂浜で友達と一緒にヒトラシキの死骸で遊ぶ。赤身と脂身の混じった豚足みたいな腕や足を木の棒で突くとビュルルッと汁が流れ出る。
「――あ」

 見つけた死骸は隣のお姉さんのイヤリングを付けていた。私はそれを死骸の耳からちぎり取ると、そっとポケットに忍ばせた。

 

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