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時計仕掛けの女神 ◆ENH3iGRX0Y






「な、に……」

「鳴、上くんが……」

「そう、ビックリしたぁ? ハハッ」


エンブリヲ達の前に現れた男は、足立透は簡潔に全てを話した。
鳴上悠との戦闘の末、彼を殺害したことを。
何の偽りもなく、ただあるがままの事実を淡々と述べていく。

「……そうなんだ」
「……」

穂乃果は驚いた顔をしていたが、特段衝撃を受けた様子は見られない。
まあ大した付き合いもなかった為か、悲しむというほどではないのだろうか。
ヒースクリフもその点は同じだが、事態が好転しているとはいえない為、顔色は優れない。

(まさか、こうなるとはね)

「信じない……鳴上くんがアンタなんかに殺されるわけがない!!」

悠の死にもっとも動じたのは未央とエンブリヲだった。
よもや、鳴上悠が殺害されるとは思いもよらない。

「バッカなガキだねぇ! じゃあこれ見てごらんよ」

まるでゴミを放るように、何かが未央の目の前に投げつけられた。
それは丸い玉のようで、白色の物体。
中心にある、灰色の瞳孔が虚ろな視線を未央に送る。

「あ……あ、ぁ……」

「もう分かるよねぇ? それアイツの目玉なんだ」

違うと叫びたかった。だが見れば見るほど、この目は鳴上悠のものだと確信してしまう。
悲しみを帯びながらも、芯を持ち、強い光を宿しながら未央の前に立ち戦った鳴上悠のものだと。
けれども、その目は未央の知っていたモノとは違い何も写さない。
ただ虚しく、鳴上悠だった物体として地べたを転がり、未央の足元へと行き着いた。

「クククッ……ハッハハハハハハ!! 本ッ当にィ……バッカだよねええ、こいつ!!
 俺を救うとか言って、今頃蛆にでもたかられてんじゃないの!」

未央は絶句し、膝から崩れ落ちた。
島村卯月が死んだ。そして自分達に親身になり、卯月を許してくれた鳴上悠が死んだ。
自分が寝ている間に、何も出来ないまま。
仲間が次々と死んでいく。


「理解できないな。
 足立、何故戻ってきたんだ」

淡々とヒースクリフが口を開いた。

「まさか、私達に勝てるとでも思っていたのか?」

数はこちらが3人、足手纏いを含めて考えても到底勝てる数ではない。
決して頭の切れる男は言い難いが、足立がそれを分からないはずがない。
何か勝利への策を練ってきたのか、しかし連戦で挑みに来るほど余裕があるわけでもないだろう。

「舐めてんじゃねえよ……俺がお前らなんかに負ける筈がねえんだよ」

予想に反し返って来たのは、幼稚染みた強がりだった。
これも演技か、何か策を隠す為のカモフラージュなのか。

「……どうせ逃げても、お前らを殺さなきゃならねえんだ。
 なら、今やってるよ。てめえらみたいなクソどもさえいなきゃ、全部上手くいったんだよォ!!」

決して演技の造詣が深いわけでもないが、ヒースクリフから見て足立は演技をしているとは思えない。
言ってしまうのなら、ヤケクソというのが一番相応しい言葉だろうか。

「せっかく俺が人殺しクソ女を問い詰めてやったのに、くだらねえ茶々挟みやがって!」
「違う……しまむーはクソ女なんかじゃない!!」
「ハッ! こりゃ傑作だ。
 美しいねぇ、友を友を想う友情ってのは……」

待っていたとばかりに足立はケラケラと笑う。

「はっきり言って、アイツはクソの中で更にクソな屑女だろ?
 人を殺すだけじゃ飽き足らず、訳分かんない死体人形作ってんだよ?
 俺なんかよりも、ずーと性質が悪いとは思わない? そういやあのクソ女は……あぁ、やっぱ死んだのかな。俺が逃げた後、また雷みたいな音してたし」 

「でも、しまむーは罪を償おうとした。アンタなんかとは違う!」

「プーックスクス! ……出たよ、君達お得意の罪を償うー、君はやり直せるんだーが。おんなじこと言うねぇ、アイツも君も」

「何がおかしいの? 逃げようとしたアンタは罪と向き合うことも出来ないくせに!」

「あのさあ。
 卯月が、本当に罪を償おうと思ってたわけないだろ?」

「え?」

笑っていた足立は急に声を静め、冷めた声でそう言い放つ。
声の下がり方に気を取られた未央はつい、口を閉ざしてしまう。

「えーと……マキって娘の殺害と死体人形と……。
 まあ他にもやってるんだろうけど、僕が知ってるのはこれくらいかな。
 で、本題なんだけど。あの女、一日で考えが行ったり来たりしすぎだと思わない?」

「そんなこと……こんな状況なんだよ!!」

「確かに、そういった止むを得ないって極限下だと矛盾した行動も取るかもってくらいは、分からなくもない。
 実際、そういった理由で犯罪を犯した人も少なくはないさ。
 けど……実はこいつ矛盾してないんだよ」

「矛盾? 何が言いたいの!!」

「だってこいつ、自分が助かる方法だけを取ってるじゃない」

一瞬、言葉の意味が分からなかった。
言語の意味は分かるが、それが一体卯月にどう結びつくのか。
考えが纏まらず、反論しようにも言葉も浮かばない。

「茶番は良い。これ以上奴に話に耳を――「黙ってろ長髪ナルシスト!! ニヤニヤ気色悪いんだよ!」

エンブリヲの声を遮り、大声で叫ぶ足立。
ヒースクリフが口を開く前に勢いに乗ったまま足立は更に続ける。

「本当に罪を償うのなら、そもそも、こんな趣味の悪い創作品、何で黙ってた? 言わなきゃ気付かれないと思ったんだろ」
「違う。しまむーはちゃんと……」
「言わなきゃ、ばれないと思ってたんだろ?」

「足立、君は何を言いたい? これ以上は時間の無駄だ。今回だけは去るのなら追わないが、邪魔をするなら排除する」

「うっぜえな……黙って聞いてろよ、ヒースクリフ。
 お前もナルシストも面倒だから、全部奇麗事で片付けたいだけなんだろ?
 未央ちゃん、だっけ確か? ねえ、こいつら二人はあのクソ女が死んだ時、何て言ってた? え?
 どうせ大方、卯月は罪を償ったって話だろ? でもね、こいつらはそれが一番手っ取り速いから、そう口を揃えただけさ」


黙らせた方がいい。
ヒースクリフとエンブリヲの意見は奇遇にも一致し、二人は揃って武器を抜く。
だが足立の背後からマガツイザナギが現れ、剣を横薙ぎに振り払う。
剣圧が二人を抑えこんだ。

「邪魔すんなって言ってんだろうが……」

狭い室内であったなら小回りで劣るものの、野外であればマガツイザナギも本領を発揮する。
何より、エルフ耳に強制的に学院に送り込まれ、追い詰められていると精神的に余裕のなかった足立と今の足立とでは、臨機応変さも段違いだ。

「ほら見たことか、臭いものには蓋をする。
 君たちは良いよねぇ、それで万事解決するんだから。けど、やられた側は納得しないね。
 まどかとほむらは絶対にあのクソ女を許さないよ」

「それでも……それでもしまむーは―――!!」

「罪を償ったってか? そうだねえ、罪の告白とやらを一部を伏せて話して、それでお仲間を増やしてから数であのクソ女を咎める奴らを叩き潰す。
 実に素晴らしい。こうして島村卯月は罪を償い、幸せになりました。めでたしめでたし……。ただし、二つに結ばれた女の子はずっとそのままで。
 可哀想だねぇ、あの娘達は何も言えないし責められない。
 仮にそうなったとしても、君は怒り狂ってそれを封殺しようとする。そこの穂乃果ちゃんにしたようにね。 
 言えるわけないよね。マキ殺しならまだ言い方を工夫すれば、止むを得ない殺人にという風に印象付けられる。
 けど死体人形は違う。はっきり言って異常者以外のなんでもない。言ったら、君たちを誰一人信頼なんかしないからだ。
 罪を償う気なんて、君達にはハナっからないのさ」

「やめて……もう……」

「卯月はただ楽な方に逃れようとしただけ。
 最初はセリューの馬鹿に従って媚びてポイント稼ぎ、それがいなくなりゃ今度は君に取り入って隠れ蓑に。
 なあ? 全部自分の為さ、その為なら人殺しだろうと死体で図工しようがなんだっていいんだよ!」

「だけど、貴方と戦って……命を張ってまで……しまむーは……」

「そうだね。奇麗に死んだみたいだね。
 なーんにも向き合わずに、まるで英雄みたいに。
 あのクソ女は好きなだけ暴れて童話の蝙蝠みたいに立ち場を変えて、生きてきただけ。
 罪を償うって割にはずるいよね。結局、誰かあの娘を裁けたのかい? 何の責任も負わず、悲劇のヒロインって風に酔いしれて死んでいった。
 そして死んでからも、勝手に満足しきって、美談のように語られる。
 良いねぇ……最高の英雄譚だねえ、未央ちゃん?」

「うるさい……うるさい!!」

未央の限界だった。
様々な感情が込み上げ、それらが起爆剤となって未央は飛び出す。
マスティマを掲げた未央は、常人には捕らえきれないスピードで足立へと振るわれる。

「君も君さ」

翼がマガツイザナギに掴まれる。

「君は、全て自分を肯定するべきだと考えてるんだ。だからすぐに熱くなる。経験、あるんじゃない?
 いやなことがあればすぐに声を荒げて、衝動的になる。
 君は自分の都合さえ通ればそれでいい。人の想いなんかどうでもいい。
 だから、穂乃果ちゃんにも怒れた。卯月の被害者であり、責める権利を持つ彼女さえいなければ万事解決だからね。それを捻じ伏せてしまえばいいのさ」

遠心力から発生した衝撃が未央の体を駆け巡り、鈍い音を立て地べたに叩き付けられる。
翼が折れ、未央の体も打ち身になったのか鈍痛が発生した。

「類は類を呼ぶ。クソはクソを呼んだね
 君たちは自分さえ良ければ、後はどうだっていい。誰かが泣こうが喚こうが、自分達に都合がよければそれをハッピーエンドと呼ぶ。
 ……堪らないねぇ。そんな三文芝居にこっちを巻き込むなよ。どうせ君達の死んだ仲間も全員屑の集まり、これは当然の報いなんじゃないのか?」

「ァ、……ッ……チ、ガ……」

痛みだけではなかった。
張り裂けそうなのは心、自分の全てを否定され打ちひしがれる。
涙が溢れ、開いた口は言葉を上手く発さない。
醜い蛙のように鳴き声のようなうめきが喉を鳴らし、全身が小刻みに痙攣して息もろくに吸えない。


「アイツも同情しちゃうねえ。
 こんなクソの為に、命まで落としたんだから」

翼が折れたシンデレラを足立は愉快に見下し、悦に浸った。

「もういいかしら?」

欠伸をしながら、御坂美琴は退屈そうに声を発する。

「あァ?」
「いや、なんか有益な情報でもくれるかと思って黙ってたけど、つまんない話聞かしてくれたわね」
「君、確かあれだろ? 御坂とかいう男狂い。
 黒くんが色々教えてくれてね、きみには気を付けろって。上条とか言うツンツン頭の為に殺し合いに乗った馬鹿女だろ?
 何人殺したのかな? 今更正義の味方ぶる気かい?」
「それはアンタの方でしょ?」
「は?」
「アンタはここに仇討ちの為に戻ってきたのよ」

壊れたラジオのように声を出し続けた足立が初めて、黙った。

「鳴上って奴を殺したのをアンタは後悔してる……。そして巡り巡って、鳴上と戦うハメに追い込んだここの連中をアンタは逆恨みしたのよ。
 でなきゃ、わざわざ数の不利を承知でここに戻るわけがない」
「……ククク、それ良いね。凄く面白い話だよ。小説家になったらどうかな」
「そんな泣きそうな顔で言われても、説得力がないわよ。大の大人が」

足立の表情から笑顔が消えていく。
そして湧き上がるのは怒りだった。せっかく上機嫌にクソどもを追い詰めているというのに、この女は肝心な場所で邪魔をする。
さっさと殺す。殺意が行動に移るのを見越しながら、御坂も電撃を発し言葉を紡ぐ。

「島村卯月にも嫉妬してる。
 あっちは救われたのに自分は救われなかったから」
「……そろそろ、つまんなくなってきたな。君の話も」
「アンタは助けて欲しかった、あの鳴上って奴に。でも、鳴上は救えなかった。
 だからアンタは、救い救われた二人に嫉妬して、ここで関わった連中全部が恨めしく見えるのよ!!」
「……」

御坂の指が鉄を弾き、音速の数倍の速度で奔る。
マガツイザナギが主を庇う為、剣を立てレールガンを受け止めた。
迸る雷光、撃ち合う二対の金属。
僅かな拮抗の末、マガツイザナギが圧される。後退しながら力任せの反撃を諦め、刀を斜めに傾けた。
刀を滑るようにいなされたレールガンは明後日の方向を走り、地面に亀裂を刻み消滅した。


「くだらねぇ妄想で、知った口聞いてんじゃねえぞ! このクソガキが!!」
「気に入らないのよアンタ、見てて腸が煮え繰り返る!!」

二者の怒気はピークへと達する。
電撃は雷神の如く滾り、禍津はより災厄を深める。
怒声を上げ、足立は高らかに己が仮面の名を呼ぶ







パチン






「――――マガツイザナg―――ごっ!? グエエエエェェェェ!!!」







水流が二人を巻き込み押し流す。
完全に相対者にのみ気を取られていた。

「力の強い能力者は過信しすぎて脇が甘くなりがちです」

足立には聞き覚えのありすぎる声だった。
そもそもが、コイツさえ居なければあんな事にはならなかった。
あんなアホのような作戦を押し付けたコイツさえ居なければ。

「さて、どうやら時間はあまりなさそうだ。貴方方の首輪、揃えて頂くとしましょう」

「て、め……この……クソエルフ耳ィ!!!」

指が鳴らされ、足立の腹部が光った。
凄まじい痛みと共に意識が飛びかける。
傷口を手で抑えるが、出血がそれで止まるわけもない。応急処置にすらならない気休めだが、辛うじて足立は意識を繋ぎとめた。

「中々のご高説お疲れ様でした。
 その舌も疲れたでしょう。休ませて上げますよ、永遠に」

血が足立のスーツを汚した。
この動作は何度も見た光景だ。指が鳴った次の瞬間、足立の上半身と下半身は別れを告げるだろう。


「脇が甘いのは、アンタもよ!!」

刹那、電撃が迸る。
魏は後方へ飛びのき、駆け出す。
御坂の放つ電撃の槍を避けながら、魏は御坂の死角へと回りこんだ。
魏を目で追う御坂の視界が暗転する。そこへ風を切る音と共に御坂の腹部を鋭い痛みが貫いた。
視界を覆ったのは魏の上着、そして御坂の腹部に刺さったのは一本のナイフ。
指の鳴る音共にナイフが光り、腹部が大きく抉れた。

「……ッこ、んな……!」

血を塗ったナイフは人体を抉る爆弾としては中々効果が高い。
とはいえ、場所が急所から外れた上に直接血が触れなければ、殺傷力は落ちてしまう。
しかし、本来能力以外がただの中学生の御坂からすれば、その痛みは怯みに直結し後手に回るのは道理でもある。
御坂へ肉薄しナイフを振りかぶる。直後、己が飛来し魏は身を屈めやり過ごす。
そしてナイフを斜め後ろへと投擲し、足をバネに御坂から飛躍し肘を先端にエンブリヲの鳩尾へと打ち込む。

「グフッ……! きさ―――」

「一度は不覚を取りましたが、タネが知れていれば怖れるほどでもない」

咳き込み膝を付くエンブリヲは瞬間移動で退く。
しかし、転移先に現れたその瞬間、宙を舞ったビリヤードに追尾され、そのまま破裂した。
破片が右腕に突き刺さし、眼球を抉る。エンブリヲは悲鳴をあげながら、爆風に流され地べたを転がっていく。

「ガッ、アアアアアア!!」

「生憎、転移能力の運用にはある程度予測がついてしまうのですよ」

魏は激痛にもがき苦しむエンブリヲを見下ろした。

(ここに来て、よく痛感するわ……。レベル5なんて肩書きが大したことないってこと)

血が滲む腹部を抑えながら、御坂は魏を睨み返す。
身体能力は優れているが、御坂の戦闘の大本はその能力に依存している。
例えばブラッドレイや後藤、DIOのような直接的な戦闘を得手とする者達との戦闘では、御坂は殆ど劣勢だった。
それこそ今の御坂では信じられないが、あの頃はまだいた仲間との連携がなければそのまま殺されていたかもしれない。
魏も彼らに並ばないにしろ、己が肉体を武器として修羅場を潜った猛者だ。
能力だけでは、地力の差で戦況はいかようにもひっくり返される。

「馬鹿が……! こんな真似をして、ブラッドレイにまとめて殺されるだけだぞ!」
「数があれば勝てるとでも? 無理ですよ、貴方方では」

止めを刺す瞬間、ヒースクリフが割り込み盾を振るう。

「どうやらブラッドレイの事も知っているようだ」
「足立の高説同様、全て聞かせていただきましたよ」
「尚更ここでの争いに意味がないと思わないか?」

「いえ、貴方方と組むよりもここで首輪を手に入れ、装備を一新した方がまだマシですよ」

ヒースクリフが暗に手を組もうと示唆しても魏はそれを一喝した。
舌打ちしながら、ヒースクリフは駆け出す。
可能なら魏を引き込みブラッドレイ戦に備えたかったが、そうもいかないらしい。
血が乱れ飛び、ヒースクリフの行き場をなくすように覆い尽くす。
軽やかな足取りでヒースクリフは血を避け、肉薄し盾の先で突きを放った。
足技でいなしながら、盾を避け魏は血を投げ返す。
ヒースクリフは後方へ飛び退きながら退避し、魏も息を整える為に距離を取る。


「……君の望む情報を渡そう」

地面を踏み抜き、魏に迫ったヒースクリフはすれ違い様にそう囁く。
現状、魏を相手にするのは得策ではない。
勝ち負け以前に、ブラッドレイの到着にまで縺れ込む可能性がある。アレと相対しながら魏の相手をするのは避けたい。
かといって手も組めない。
ならば、先ずは魏を誘導しこの場を納める。そして魏より先回りし、黒を回収してから学院を離脱する。
このまま、ブラッドレイ戦に突入するのは好ましくない。それよりも、アカメや新一達と合流してから挑んだ方が勝率が上がるはずだ。

「ほう?」

戦いを続けるフリを続けながら、魏もまたそれに応える。
乗ってきた。ヒースクリフは攻撃を避けながら、器用に接近し魏の影に隠れこの会話を悟られないよう口を動かす。

「君が探している「黒のことですか?」

話が早い。
無駄な前置きも必要ないだろうと本題に入ろうとし。

「―――彼はもう死にましたよ」

「なッ―――」

黒が死んだ。
それはつまり、アンバーに有効な交渉材料が絶たれたということに他ならない。
彼女は首輪を外す代わりに黒の救出を依頼した。仮に失敗しても、外すという約束とともに。
しかし黒が死んだ今、アンバーがそれを守る義理はない。しかも、ヒースクリフは銀との接触にも失敗している。
果たしてアンバーが、そんなヒースクリフに価値を見出すか否か。

「グッ……!」

僅かな驚嘆だった。しかし、刹那の間にヒースクリフは思考の鎖に絡まれる。
戦闘に意識を向けなおした時には既に遅い。水の槍がヒースクリフを穿っていた。
間一髪で盾を割り込ませたが、水流は分裂しヒースクリフを抉っていく。HPゲージが急激に減少し、ヒースクリフの画面が赤く染まる。

(馬鹿な……いつのまに奴は黒と?)

『一度は不覚を取りましたが』

(まさか……!?)

吹き飛ばされながら、ヒースクリフはエンブリヲに視線を向ける。
間違いない。魏の台詞を考慮すれば、一度二人は出会っているのだ。
そこでエンブリヲが黒の場所を明かしたと考えれば、あとは自然と予想が付く。
あの惨状の黒が魏に勝てる訳がない。魏の言った通り、黒は殺されたのだ。

「分かりましたか? 貴方方の協定は脆い、私一人で崩せるほどにね。
 これなら泉君達の方が遥かに手強かった」

指が鳴りヒースクリフの足の関節が光る。
戦いの最中、悟られぬよう魏は血を付着させていたのだろう。


「――ッッ」

「貴方に痛みはないようですからね。
 ですが、関節を壊せば貴方は身動きできない。いくら痛みを感じぬ体であろうと、壊し続ければいずれは死ぬでしょう?
 足が治るか、私が貴方を殺しつくすかが早いか」

魏が同盟を蹴った理由をヒースクリフは遅れて理解した。
ヒースクリフたちには連携がまるでなっていないこと。
エンブリヲは独断で動き、結果としてヒースクリフの首を絞めている。
何より戦闘で彼らは一度として団結したことがない。数の利を生かすでもなく、互いの能力の利点、欠点を補う訳でもなく。ただ個々に戦っていただけだ。
このチームでブラッドレイと戦ったところで、勝ち目などあるはずがない。

「……では、ゲームセットです」

急所に血が投げつけられる。
体の関節は壊れ再生も間に合わない。
現在のHPを考えれば、確実にヒースクリフは死ぬだろう。

「もう、やめて……お願い!」

地面を這い飛び出した未央に血が降<りかかる。
顔面、胸、腹を血が赤く染め上げた。

「ほう……足立の言っていたことも、あながち間違いではないのかもしれませんね」

「え?」

辛うじて保たれていた未央の心の亀裂が更に深まっていく。
もうやめろと叫びたい。あんな男の話も聞きたくない。
それでも耳は鮮明に、魏の声を聞き取っていく。

「自らの歪さに気付いているからこそ、目を背けようとする。
 しかし、それにも限界がきた。だから、ここで仲間を守るという大義名分のもと死の(にげよう)うとしている」
「なん、で……いや……」
「楽にしてあげましょう。もう、これで悩む必要など何処にもありませんよ」

指を摺り合わせられる。
あれが音を立てた時、本田未央の人生は幕を降ろす。





『あなたに何がわかるんですか?
 あなたに何ができるんですか?
 あなたはいつもそうです
 いつも自分勝手で、皆がそれに構ってくれると思ってる
 こっちの迷惑なんて気にもしないで』


―――あの時は本当に辛かった。
全部、セリューさんのせいにした私もいけなかったけど。でも、言っていたことはしまむーの本心なんだと思う。


『ありがとうしまむー。私を助けようとしてくれたんだね』
『今まで本当にごめんねしまむー……そして、お帰りなさい』

けどしまむーは戻ってきてくれた。
セリューさんの正義も私達を守る為に受け継がれたのだと思った。
これから、辛いことも多いと思うけど、けどきっと一緒に乗り越えてこれると思った。


『穂乃果ちゃんと未央ちゃんにありがとう、それとごめんなさいって伝えて下さい』


しまむーは死んでしまった。
凄く悲しくて、でもしまむーやセリューさんの正義を途絶えさせちゃいけないと思って、しまむーの守ろうとしたものの為に戦おうとして。
でもそれは結局、間違いだったのかな。
私は……“私達”は―――



「セリュー、さん……しまむー……」



未央の意識は暗闇へと染まった。





「何――」




魏の体は宙を舞っていた。
頬から遅れて伝わる痛みから“蹴られた”のだと推測する。
しかし、誰に? 何処から? 

「きさ……」

答えを得たと同時に全身を地面に打ちつける。
魏は反撃の為、水流を巻き上げた。だが、それよりも遥かに素早くワイヤーが撓る。
首に巻きつき、息苦しさを感じた途端、青の紫電がワイヤーを伝い魏の全身を貫く。

「グアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」

目を見開き、裂けんばかりの開口で魏はその激痛に悶え叫ぶ。
かつて喰らったものと同じ、あの忌々しい電撃を。膨れ上がる屈辱と共に黒を睨み付けた。

「……ば、かな……何故……」

「お前の血を別の無害な液体に変換した。
 白(オレ)の能力は電撃だけじゃない」

「まさ……か……私の血を……だが、間に合うはず」

魏の血が触れたあの瞬間、黒は能力を発動させ別の物質に変えていたのだとしたら。
水流に飲まれたと見せかけて、黒は離脱することも不可能ではないだろう。
否、仮にそうであったとしても、それだけの能力の発動には極度の集中と時間が掛かるはず。

「スピードは俺が上だったな」

あの時と同じようにで黒は仮面の下から言い放ち、魏は力尽きた。








「無事か、ヒースクリフ……それと本田、だったか?」

「ああ、何とかね」

「……はい」

魏を始末し黒は周囲を見渡す。
事態を全て飲み込めはしないが、殺し合いに乗る側である御坂と足立は魏を相手に随分消耗させられたらしい。
もう一度ヒースクリフに視線を移し、足を見る。本来なら身動きが出来ない致命傷になるが、まるでゲームのプログラムのように再生しているところを見ると残り数分もすれば回復しそうだ。
助力は必要ないだろうと判断し、友切包丁を握り御坂達へと向き直る。
ここで二人を仕留めれば、殺し合いに乗った人物は大幅に減る。黒の知る中で殺戮を続ける者で残りは後藤くらいだ。
大きく脱出に繋がることは間違いない。

(クソクソクソ!! ちくしょう! どいつもこいつも!!)

間違いなくここで殺されるのだと足立も直感する。
元々、エンブリヲとヒースクリフは互いを勘ぐっているのだと見て取れた。レスバトルでは遅れを取ったが、実戦では逆に連携のなさが致命的な隙になるかもしれない。
実際信頼してもいない奴に、あの慎重を期しそうなヒースクリフが背中を預けるだろうか。ましてや、あの胡散臭そうなエンブリヲ相手では尚更だ。
だから案外、そこを突けばこの集団を潰せる。その予測は間違いではなかった。
御坂もまさか奴らと組もうとしていたのは予想外だが、むしろ明確に殺し合いに乗った奴が集団に混じっていれば連携はさらに歪になるだろうと好都合だった。

(それが全部、またアイツのせいでよ!!)

エルフ耳が全部邪魔をしなければ、御坂を煽りつつあの二人を潰せたはずだ。
それをアイツは全て美味い所を掻っ攫った挙句、黒もまともに始末できないという体たらくだ。
生きていれば文句の一つでも言いたいが、奴はそのまま勝手におっ死んだ。ざまあみろと叫びたくなるが、まだこの状況なら生きてこの場を荒らしてくれたほうがマシだ。

(どうしてこんなことに……やっぱ学院なんかに戻んなきゃ……あァ、クソクソクソクソクソクソクソクソ!!!!!)

鳴上悠を殺したことで調子に乗っていたのか?
考えれば、学院に戻るのはリスキーだったかもしれない。数時間前、決断した自分を責めてしまうがそうしたところで打開策がある訳でもない。
せめて御坂と組めれば、しかしそれも難しい。あの女は足立に嫌悪感を抱いている。

「ハハッ……黒くんさァ、あんま無理しない方がいいんじゃない?
 だって、君のガールフレンド死んだんだよね? イリヤちゃんも君が殺したのかな。
 大丈夫? 実は君は立ってるのも辛いんだろ。ていうか、戦いたくないんじゃないの本当は?
 それを無理やりさ、戦って何の意味があるんだい。えぇ?」

「俺は黒の死神だ」

足立の言を一喝し黒は肉薄する。

(速、ちょっ……!)

ペルソナを繰り出す間もない。
あと一秒もしないうちに黒の包丁が足立の首を切り裂くだろう。

(嘘だろオイ……こんなの反則だろうが)

体が麻痺したように動かない反面、脳は異様なほど早く回転する。
それが逆に恐怖を駆り立て、足立の心を圧迫した。

(やめろやめろ……どうしてだよ……俺はアイツだって殺したんだ……やめろよオイ……何でも良い! 何とかしろよ!!)





パン



それは非常にあっさりとした乾いた音だった。
黒の動きが驚嘆により止まり、その場にいた全員が意識を奪われた。



「ま、マ……マガツイザナギィィィ!!!!」


たった一人、自らが生き延びることだけを考え続けていたこの男だけを除いて。
足立が雄叫びを上げペルソナの名を叫ぶ。
残った全てを振り絞った電撃は大地を抉り、轟音を木霊させ土煙を巻き起こした。
逃走用の煙幕のつもりだろう。皆が、呆気に取られている内に足立は走り出していた。

「何の……真似だ」

その音は黒にとっては、聞き慣れた人殺しの音だ。
引き金を引くだけで命を奪える。
例え、使い手が実戦経験のないスクールアイドルだとしても、いとも簡単に―――
足立のことすらもう頭の片隅に追いやり、黒は土煙から目を庇いながら、穂乃果へと視線を移した。






島村卯月が死んだ時、私は泣いた。
どうして泣いたのか、自分でもよく分からない。
ただ一つ言えるのは、もう卯月とは二度と話せないこと。そう思った時、不思議と私は泣いた。
悲しい訳じゃない、じゃあ嬉しいの? ううん、それも違う。
分からなかった。どうしてだろう。島村卯月と話せない事実が、何よりも許せなかった。

『しまむー……こっちを向いてよ』

『いつものように笑顔で頑張りますって言ってさ……ねえ、しまむー?』

『頑張るって……罪を償うって、生きるって……何か答えてよ……っ』

『お願いだからしまむー……また、笑ってよぉ………………』

本田未央が泣いてた。
私と違って、凄く悲しんでる。言葉が止まらず、ずっと語りかけてる。
もう二度と口を開かないのに。


それから土を掘って、島村卯月の遺体をそこへ安置して、今度は被せていく。
異臭がきつくて、何度も吐きそうになった。電撃で焼かれた死体はやっぱりこういう風になるんだ。
でも、顔だけは凄く奇麗で生き生きしてた。

「生者の過ちは正さねばならないが、死者の過ちは逸話となる。君が真に故人を想うのなら、悲しみ涙を流すのではなく、彼女らの足跡をしっかりと見た上で自分の道を選ばなければならない」

槙島さんの言ってたことを思い出した。
難しい言葉だと思う。何を言っているのか半分も分からない。
でも、考えなきゃいけないことだけはハッキリと分かった

ことりちゃんは誤ったまま死んでしまった。もうずっと離れ離れで、やり直させることも何も出来ない。
島村卯月は違った。生きているからこそ、正しやり直すことが出来る。

槙島さんはそう言いたかったのかな。
ううん、多分そうじゃない。これをどう取るかは私の勝手だから。
きっと正解はないんだ。

大事なのは、どう受け取って私が進むか選ばなきゃいけないこと。

けれど、それが私にはどうしても分からなかった。

いつもなら悩んで苦しくても辛くても、答えは出た。
殺し合いのなかでも、こんなものに呼ばれる前も私は……。でも、今回だけは分からない。
私はどうすればいいのかな。教えて欲しい、誰か私に。そう思っても横には誰もいなかった。
ことりちゃんがいて、海未ちゃんがいて。μ'sのみんながいてくれたのに。

私の隣にはもうだれもいない。
白井さんもアンジュさんもヒルダさんも狡噛さんも―――

「だからこそ、君自身が考えなければならない」

そっとまた槙島さんが囁いた。


ううん、そこに槙島さんはいない。あの人は死んでしまった。
きっと狡噛さんと共に。
だからもう私は一人なんだ。一人で考えなきゃいけないんだ。
諦めが人の足を止めるって槙島さんは言ってた。
私はきっともう諦めてるんだ。だって、もうみんな死んじゃったんだよ。
みんなもここで会った人たちも全員、私は何の為にすすめばいの?

帰りを待ってる家族と絵里ちゃん達の為に? 待っててくれてる……分かってる。でもだからって割り切れないよ。
もうμ'sで踊ることも歌うことも出来ない。ラブライブにだって全員で出場できないんだ。
海未ちゃんの詩も真姫ちゃんの作曲も、ことりちゃんの衣装も着れない。凜ちゃんも花陽ちゃんも私達と一生歌えない。
いずれこういう日が来るのは分かってた。μ'sは私達は永遠なんかじゃないって。けど、こんな別れ方―――。

頭の中がグチャグチャ。
考えても、なんの答えも出ない。私は足を止めてしまってた。

そんな時に聞こえた足立って人の声は、聞き心地がよかった。

誰も言わなかったことを、あの人は正しく言い放ってた。
私の代わりに言ってくれるみたいに。
偶然だろうけど。

島村卯月と本田未央を否定して、セリューの正義を真っ向から否定してるようで。

私が言わなくちゃいけないことを、言いたかったことを全部言ってくれるみたいだった。

気付いてたら笑ってた。
だって、私こんなことずっと考えてたんだって分かったから。
ほんとうに気持ち悪い。
島村卯月の後悔や反省も、償う覚悟も分かったフリをして、私はほんとうはずっとこんな醜い自分から目を逸らしてたんだって。

分かると、意外と楽だった。
すーと受け入れられる。自分でももっと嫌がると思ってたのに、私は私を見ても何も驚かない。

私がしたいことは、結局一つだったんだ。

銃は軽かった。
サリアに向けたときは凄く重くて、泣き出しそうだったのに。

『撃てないのなら止めておきなさい。
 あなたには、人の命は背負えないのよ』

アンジュさんに、いまならハッキリと違うっていえる。
人の命なんて背負える物だって。
引き金の重さは、殺した命の重さなんかじゃない。背負っていたモノの重さだって。
それがなかったら、なんだってできる。

「――――――――」

槙島さんの言葉は最後まで聞き取れなかった。
それから、ただずっとほくそ笑んでる。
天使みたいだって私は思った。
もしかしたら、槙島さんはこのことも全部予想してたのかもしれない。


アンジュさんも白井さんも狡噛さんも海未ちゃんもことりちゃんも、みんなが何か言ってるけど何も聞こえない。
私はごめんって言いながら、引き金を引いた。

本田未央は胸を撃ち抜かれて、凄く苦しそうだった。

黒さんが私を見た。
仮面の下でどんな顔をしてるんだろう。





もし自由というものがなにがしかを意味するのであれば、それは人の聞きたがらないことを言う権利を意味する。


白い悪魔の微笑は女神を勾引かす。






逃げる足立に目もくれず、全ての視線は穂乃果に集中していた。
当然だろう。何の前触れもなく、あっさりと穂乃果は一線を超えたのだから。
誤射と思いたかったが、それは即座に否定される。
穂乃果目には迷いがない。殺すつもりで、未央を撃ってしまったのだ。

「どうしても、許せなかった」

黒の問いにゆっくりと口を開き、穂乃果は虚ろな目で倒れた未央を見下ろした。

「私達は散々貶められてきたのに……どうしてこんな人だけ」

「ほ……のか……ちゃん?」

未央を見ている瞳が、その実写しているのが別のものだと未央はすぐに分かった。
島村卯月を見て、セリュー・ユビキタスをその目は見ているのだと。

「足立って人の言うとおりだよ……。みんな奇麗ごとばかり言って……。こんな奴らただの人殺しなのに!」
「穂乃果……銃を降ろせ。お前が撃っていいものじゃない」

「私、ちゃんと島村卯月と話したかった」

刺激しないよう穏便に穂乃果へと黒は語りかける。
だが、穂乃果は会話を成立させようともしない。

「どうしてあんな顔で死ねるの?
 何にも償ってないし、それなのにみんなはあんな奴のこと……」

「こ……と、りちゃんだって……」

エンブリヲに治癒されながら、未央は必死で声を絞り出す。
また彼女も許せなかった。卯月を侮辱する穂乃果の存在が。
なにより、全ての因縁が始まったのはことりが原因だ。それをどうして、こうも一方的に言われなくてはならないのか。
卯月の射殺未遂と、未央本人への射撃から未央も言ってはならない地雷を踏み抜いた。

「ことりちゃんが、殺し合いに乗った証拠なんて何処にあるの?」

「……?」

「ことりちゃんが襲って来たって言ったのはセリューと卯月だけ。
 二人ともただの人殺しの癖に、そんな人たちのこと信じられない」

誰も言及こそしないが、ことりが殺し合いに乗ったと証言するのはこの二名のみしかいない。
これが例えば狡噛などの参加者ならば信憑性は高いが、セリューと卯月をそれほど信頼できるのか。
否だ。
過激なセリューのことだ。ことりを何らかの拍子で誤殺したのを、気付かないでいた可能性は低くない。
卯月に関してはもはや論外だろう。穂乃果からしてみれば、後藤と同じモンスターでしかない。
何も話さず、勝手に死んだ彼女はもう穂乃果にとって人ではなかった。
憎悪の対象であり、全ての憎しみをぶつける存在に過ぎない。


「死んじゃえばいいんだ。
 セリューも卯月もいないなら、代わりに未央ちゃんのなかの二人を殺せばいい。
 だれも裁いてくれないなら、私が―――」

「よせ、穂乃果!」

止めを刺そうとする穂乃果を黒が飛びかかって、取り押さえる。
二人は取っ組み合いになり、非力な穂乃果が組み負けた。
その次の瞬間、背後の砂鉄に気付き止むなく黒は穂乃果を突き飛ばし、黒も横方に転がる。

「チッ、まとめて殺ろうと思ったのに」

体力を回復させた御坂は舌打ちしながら黒を睨みつける。

「……さよなら」

その横で穂乃果は駆け出していた。
スクールアイドルで鍛えられた脚力は確かに素早いが、追い付けないほどではない。
黒も俊敏に動き、穂乃果を捕らえようと手を伸ばす。しかし、寸前で砂鉄が行く手を塞いだ。

「悪いけどブラッドレイと戦う気がないんなら、同盟は破棄。
 ここでアンタ達を殺すわ」

御坂は言い放つ。

「待て、こんな有様で奴と戦う気か? ここは撤退して―――」
「エンブリヲって言ったけ? 私は大勢死ねばそれで良いのよ。
 だったら、そんなボロボロのアンタらをブラッドレイとぶつけた方が得じゃない?」

ブラッドレイが来るまで粘り、戦闘が始まれば離脱するかまとめて殺す腹積もりだろう。
御坂は余程10人殺しを達成したいらしい。
面倒なルールをつけたものだと、エンブリヲは舌打ちをした。

「ヒースクリフ、エンブリヲ……本田を連れて先に行け」
「ああ、そうさせて貰おう。未央の治療は私にしかできないからね」

悩む素振りも見せず即答し、エンブリヲは身動きの取れないヒースクリフと未央を担ぐ。
傷が痛むが、そんなことは後回しだ。未央に治癒を掛けながら、エンブリヲは黒と御坂の動きに注視する。

「すぐに終わらせてあげる」

御坂の体から紫電が音を立て、撓りだす。
周囲の地面から、竜巻のような巨大な砂鉄の集合体を幾つも巻き上げる。
これら全てが、たった一人の人間に向けられれば跡形もなく消し飛ぶことだろう。

「お前はここで死ね」

友切包丁が怪しく光り、黒の顔を写す。
事態は切羽詰っている。ここで御坂に時間を取られれば、銀の時の様な悲劇を招きかねない。

迫る砂鉄を捌きながら、黒は一気に駆け出す。
近接戦ならば黒が有利だ。御坂の懐にもぐりこみ、友切包丁を振るう。


「……やはり……爪が甘い!」

二者の攻防に介入するかのように、水の槍が放たれる。
御坂は後方に飛び退き、黒も身を逸らし避けた。

「何……?」

「まだ、決着は付いていないということですよ!」

体は痛むが、まだ動く。物質変換とやらの影響か、恐らく極度の集中から負担も大きいのだろう。
その為、電撃は致死量ギリギリを辛うじて超えなかった。
ゆっくりと腕を上げ、それから立ち上がっていく。
痺れを覚えるが、そんなものでは魏は止められない。
執念だった。
目の前の男との決着だけを望み、前のめりに歩み出す。

今度こそ、黒は間違いなく魏の知るあの死神だと確信できる。
これを殺すことで、本当の勝利を得ることが出来るのだ。、

(お前から浴びせられた電撃を忘れたことはない。ああ、だがようやくその屈辱も果たすことができる)

黒が驚嘆に染まるなか、魏は走り出していた。
ブラックマリンが光る。使用するは奥の手、血刀殺。
以前の使い手であるリヴァのものとは違う。魏はその全身の血を刃へと変えていた。
全身を切り裂きながら、血の刃が噴出す。
縦横無尽に埋め尽くされた刃は凄まじさを増し、黒を切り刻む。

(物質変換とやらを使わせる間も与えない)

能力発動は間に合わず、避けれる量を超えた圧倒的物量。
掠っただけでも魏の能力で触れた箇所は消し飛ぶ。
まさしく防御不可回避不可の最初にして最期の奥の手。

これを放った魏がどうなるかは予想に難くない。
血を流しすぎた魏はそのまま失血死するか、よしんば生き残ったとしてこの場に誰かに疲弊したところを殺されるか。
だが、そんなことはどうでもいい。あの男にさえ勝利できるのであれば。

黒に着弾するまであと10cm。
魏は勝利を確信した。
滅びの笑みと共に目を見開き、黒の死神の最期の姿を焼き付けようとする。
だが、血は黒に触れる寸前で止まった。

「なっ―――」

黒の投げた包丁が魏の右腕を切断していたのだ。
魏の身に着けていたブラックマリンが腕と共に宙を舞う。
ブラックマリンの力が消え、血は全て重力に従い、落下していく。
腕の斬れた痛みと全身から抜け、血が魏の命を蝕み、その寿命を貪る。

「グ、ガアアアアアアァァァァ!!!」

折れそうになる膝を意地で抑え込み、倒れるように前のめりへと駆け出す。
先の消えた右腕をがむしゃらに振るう。
血は大粒の砲弾のように飛び散る。
削れていく体とは逆に、その闘志だけは消えず燃え続ける。その瞳だけは憎き怨敵だけを捉え続ける。


「―――」

胸に走る鋭い激痛。
まるで墓標のように突き刺さった黒いナイフが全てを物語っていた。
血を避け、ワイヤーを用いて上空を飛翔する黒い影。
それが魏に飛び込み、全てを終わらせたあの光景は忘れようにも忘れられない。

「……クッ、ククク……」

そうだ。分かっていた。
ここで黒を殺せるような男に、アンバーがあんな夢など見せるはずがない。
だとしても、それでも定められた未来を振り払うように手を伸ばし続ける。
届くはずのない太陽へ上り詰めるように。

「クハハハハ……やはり、こうなったか」

堪らず笑みが零れる。
そう、思ったとおりに事が進んでしまったのだから。
こうなることは知っていた。黒を殺そうとすれば、まさしく死神の名の通り自分が死ぬのだろうと。
しかし、それ以外の道を選べなかった。否、それ以外を許せなかったのだ。

「全部、アンバーの掌というわけですか」
「アンバーだと? あいつは―――くっ」

黒の声は最後まで紡がれることはなかった。
背後から音速を以って放たれたコインが迫り、黒は一気に跳躍して避ける。
御坂は舌打ちをしながら、更に鉄塊を放つ。
しかも、その数は優に八を超える。コイン以上の質量を持った物体が砲弾のように飛び交えば、生身の人間では簡単に肉の塊へと変貌するだろう。
一撃目を上体を逸らして避け、二撃目を屈んで避けながら、次撃を予測して回避体勢に移りながらナイフを投げる。
だが御坂の周囲の磁力がナイフを誘導し、あらぬ方向へと飛んでいく。
向かいくる三撃目を避け―――

「目に頼りすぎよ!」

鉄塊が過ぎた、その影に砂鉄の剣が黒目掛け迸る。
あえて巨大な鉄塊を使ったのは本命を隠す為、回避体勢に移るが既に遅い。

「ッ!」

御坂の肩が抉れる。
咄嗟の激痛に砂鉄の操作を手放してしまう。
指を鳴らす、不快な音。
血が触れた場所を消し飛ばす能力。
生きているのが不思議なほどの出血のなか、魏は御坂に視線を向けていた。

「とんだ茶番だ……私が、こうする……ことまで、彼女は……見越していた……のでしょうね……」

「何?」

「こういうこと、ですよ」

血まみれの体で無理やり、歩を進めながら魏は御坂の前に立つ。
肩を抑えながら、御坂も魏を睨み。そして魏の血が光りだす。
簡単なことだ。自分を倒した男が、こんな場所で死ぬのは気に入らない。特に戦闘力に対しプライドが高い魏ならなおさら。
ならば、彼が取る行動は至って簡単だ。
例えそれが全て、アンバーの思惑通りで自分が駒として扱われていたのだとしても。
最期に放つ言葉を思い浮かべ、たまらず苦笑する。
結局、アンバーの見せた未来は現実となり自分は死ぬのだと。

「……お前のせいだ。お前に会ったお陰で」

だが、それでもやはり戦わずにはいられなかった、非合理で愚かな自分に。

「―――行け、BK201」

指を鳴らす音と共に赤黒い暴発が御坂を巻き込み、黒の視界を照らした。
その体と血を使い、魏は自らを爆弾として御坂に特攻したのだ。
かつて黒が辿った正史通り、黒の道を開く為に。

「……」

口にしかけた声を飲み込み、黒は走り出した。
先ずは穂乃果を探し、先に向かったエンブリヲとヒースクリフと合流しなくてはならない。
御坂もあれで死んだとは思いづらい。今の内に距離を取れるだけ、取っておくべきだろう。
黒は踵を翻し、駆け出していった。











とうとう人を撃ってしまった。
それも卯月でもセリューでもない。それに関係するだけの全くの他人に対して。
穂乃果の口から、乾いた笑い声が漏れた。
事実、もう笑うしかないのだ。
今までに自分と関わってきたくれた者達、それはμ'sの仲間であり、この場で会い自分を支えてくれた黒子であり、ことりの罪を貶すのではなくやり直せたのだと言ってくれた狡噛。
間違いを犯しながらも、別れる前まで自分達を守ってくれたマスタングも。後藤に襲われたときに助けてくれた光子やクロエ。
サリアを撃とうとした穂乃果を止めたアンジュも。
自分と関わり、守ろうとしてくれた人達の意志を全て穂乃果はたった一発の鉛玉で台無しにしたのだ。

「……もう、どうしよう」

優勝を目指す気にはなれない。
どちらにしろ無理だ。何より、関係のない人たちまで殺せない。

きっともう、このまま一人のところを殺し合いに乗った人達に殺されるのだろう。
未央を殺めた穂乃果が許されるわけもなく。最悪、エンブリヲに殺される可能性もあるかもしれない。
我ながら馬鹿なことをしてしまった。
こんなことをしても、誰も救われないことだと穂乃果自身分かっていたことだ。

「でも……やっぱり許せないよ……」

もしもこのまま殺し合いを抜け出せたとして。未央が生きていたら、彼女は笑顔で平然とこう答えるだろう。
セリューと卯月のお陰だと。
まるで、何の悪びれもなく。さも当然のように。
ことりと真姫を殺しておきながら、のうのうと正義はどうだの罪は償っただのと、奇麗ごとばかり述べた未央の姿が鮮明に浮かぶ。
我慢できない。仮に生きて帰れたとしても、あんな連中を崇拝するような奴を穂乃果は許しておけない。
それなら、まだいっそあいつらと関係ない誰かが優勝してくれた方がまだマシだ。

「フフフ……こんな姿見たら、海未ちゃん怒るかな。白井さんも悲しむかな……。
 ごめんなさい、みんな。死んだら皆に謝って……あっ無理か、きっとわたし、地獄に行っちゃうから」

なんで島村卯月は何も話し合う前に死んだのだろう。
そうなれば、きっとこんなことにはならなかった。
もっとも言い出せば、殺し合いに乗ったことりが元凶なのだ。だから、ある意味これは因果応報なのかもしれない。
救おうとした存在が人殺しに墜ち、また正義を語った少女達が遺したものが無残に殺されていく。
犯した罪の形でもあり、また為そうとした正義の代償なのだろうか。

それでも、まだこうならないはずの道もあったのかもしれない。
だが、全ての歯車は狂った方向へと進んでしまった。
もし白井黒子が御坂美琴を破り、穂乃果の元へ帰還していれば。
小泉花陽が生きて、ずっと穂乃果の傍に居続けていれば。
鳴上悠が足立透を倒してさえいれば。
ヒルダ、またはアンジュが死なず穂乃果と同行していれば。
槙島聖護という少年に会いさえしなければ。

すべてはたらればであり、意味のない過程だ。
しかし、もし一つでも違っていたのならこんな結末には至らなかったかもしれない。

狂いだした歯車は止まらず、加速を続けていく。どうせ死ぬのなら、徹底して死にたい。
穂乃果のなかでそんな考えが生まれ、そして思い至る。
セリューを賞賛し、心の中に巣食わせているもう一人の存在を。

「責任、取ってもらわないと……」

それは八つ当たりもいいところだ。
少なくとも卯月に関しては何の関係もない。
だが、だとしてもセリューの仲間であるという事実が。きっと彼女を見捨てきれず、心の何処かでその正義を認めるだろうことが穂乃果には受け入れられない。
だから清算したい。

「……ウェイブさん」

穂乃果はそう呟き、橋を渡る。
サリアもセリューも卯月も勝手に逝った。もはや、穂乃果に遺された因縁はウェイブしかいない。
目指すのはイェーガーズ本部、セリューの象徴とも言えるような場所だ。
もしかしたら、そこに彼はいるのかもしれない。

もう、そこに女神の姿はなく。悪魔に惑わされた咎人の姿だけが虚ろに揺れていた。





「クソクソ! ……撒いたか?」

全速力で走っていた足立は休憩を兼ねながら振り返る。
後ろに人影はない。黒の脚力なら、既に追いついていてもおかしくないが、どうやら足止めを喰らっているのだろう。
あの穂乃果という少女には感謝しなければいけない。

「はは……ざまあみろってんだ……。
 ぶあーか……人殺し女の友達なんざ死んで当然なんだよ、ザマァ見ろ!! ……あっ」

安堵感からか足立は堪らず叫んだ。
叫んでから、声を聞かれたかもしれない可能性を思い縮こまるが、周囲に人影はない。
また幸運に助けられたと、溜息をつく

「……ちくしょう、なんだよクソ。なんなんだよ」

痛む体を無視しながら足立は今度はゆっくりと歩みだした。
道に石があれば蹴飛ばす。思いっきり、蹴飛ばす。
理由はない。あったから、蹴りたくなっただけだ。

「俺にずっとへばりついてんじゃねえよ!!」

先ほど殺害した鳴上悠を思い出す。
まどかとほむらを殺した時は後悔なんて微塵もなかった。
なのに、憎いはずの奴だけはどうしても忘れられない。
後悔なのだろうか、心に巣食う異物のような感触は。

「いやちげえよ……違う違う。
 そう、気に入らないけど。アイツはもっと……つよ……チッ」

言いかけた言葉を遮るように舌打ちをする。
足立の脳裏に浮かぶ鳴上悠と、この場で出会った鳴上悠は似てはいたが、非なる存在に見えた。
何を言おうが、足立に勝利したアイツは揺るがなかった。
腕を縛られ、ケツをむき出しにして、今にも掘られそうな体勢になろうが、奴の目は死なず最後まで楯突いてきた。
クソみたいな奇麗ごとを抜かしながら、アイツのイザナギはマガツイザナギを破りこの脳天に剣を突き刺した感触は忘れない。
しかも、たった一人で。ペルソナすら変えず足立透に勝利して見せたのだ。
それが果たして、先ほど戦った鳴上悠と同じ同一人物なのだろうか。

「そういやアレは、俺のこと知らなかったよな?
 そうか……そういうことかよ……ククク……ハハハハハ……」

辿り着いた結論は一つだった。
足立を倒した鳴上悠は生きているということ。
確かにアレは“アイツっぽかった”。
絆だのなんだの言いながらペルソナを変えて、こちらをリンチしてくる様は今思い出しても反吐が出る。
だが、アレは鳴上悠ではない。
そもそも、話が食い違っていたのだ。承太郎と花京院のことも考慮すればアレは偽者か、あるいは呼ばれた時系列が違うのだろう。
信じがたいが、足立の時間軸の鳴上が生きているのだとしたら。それは、鳴上悠の殺害を為しえたとはいえない。

「あースッキリしたよ、これで……。
 後悔、ねえ? 馬鹿かよ……。俺が殺したいアイツじゃなきゃ、意味がなかったってだけじゃねえか」

本当に足立自身も鳴上を殺したことを後悔してるだのと言った御坂も馬鹿ばかりだ。


「やっぱ、殺さないとなぁ。今度は確実に……。
 でも、その前に御坂とか言うクソアマもぶち殺してやらねえと……」

何が後悔だ。何が嫉妬だ。
知った風な口を聞いた大人を舐めたガキにはお灸を据えてやらなければならない。
御坂も……そして、足立を倒した“本物”の鳴上悠を。

憑き物が憑いたように足立は顔を笑みで歪ませた。

まるで仮面のような笑顔。
もしも、誰かが見ているのならきっとそう思ったことだろう。

例えどんなに偽ろうとも、足立透の罪は消えない。
真実に辿り付きあらゆる困難を破った鳴上悠と、真実に辿り着く前に息絶えた鳴上悠もまた本質は同じなのだ。

偽りの仮面は、より深く足立を覆っていった。






胸がとても苦しい。
痛みもそうだが、心が痛いのかもしれない。きっとそうだ。
エンブリヲが手を当ててくれるお陰か、傷の痛み自体は何も感じず楽だった。
ただ、胸を締める後悔が未央に痛みを齎していた。

「しま……むー……」

もしも、もしも未央が穂乃果の立場だったらどうしていたのだろうか。
分からない。撃っていたかもしれないし、堪えていたかもしれない。
少なくとも御坂に対しては、怒りを抑えることが出来たから。

「もう、分からないよ」

卯月と共に罪を償う覚悟はできていた。周りにも受け入れてもらっていたし、このまま二人でやり直せると思った。
けど、穂乃果だけはそうじゃなかった。卯月を撃ってしまい、未央は堪らず激昂してしまった。
あの時、穂乃果さえいなければ全てが上手くいった。だから邪魔するなと、そう僅かにでも思わなかったかといえば、きっと違う。

「罰、なのかな……私と私達のことしか考えてなかった……」
「未央、口を閉じていた方がいい」
「答えてよ。エンブリヲ」

穂乃果に罪の告白をした時、卯月と一緒に罪と向き合っていると思っていた。
けど、それは独り善がりな自己満足なのでは。結局、肝心なまどかとほむらに関して未央達は伏せていたし、何よりあの場面ではイリヤに追われていた途中だった。
穂乃果は心の底から納得しなかったとしても、怪我を負った花陽や銀の為に卯月を見逃すという選択肢しか取れなかった。いや、取らされたというべきかもしれない。
そしてエンブリをとヒースクリフも卯月に肩入れし、足立の時は助けてくれたし、死後も丁重に弔ってくれた。
でも、それは穂乃果からしたら気に入らないはずだ。分からないわけじゃなかった。きっと同じ立場なら未央だって怒ってるかもしれない。
なのに気付かないフリをして―――

「逃げてたんだ……しまむーとと償うって言ってたのに……私、穂乃果ちゃんに直視されるのが怖かった……」

足立の言っていたことも、間違いじゃなかった。
そうだ。自分さえよければそれでいいから、償いという言葉も相手の為じゃなく自分達の為に使ってたから。
穂乃果が撃つのも無理はないかもしれない。

「ごめ……ん、しまむー……ちゃんと、二人で穂乃果ちゃんと、話してたら……私が自分勝手で……間違ってたから……」

「君は間違ってなんかない」

「え?」

「友達を守ろうとすることに間違いなんかない。
 ただ、君達には話し合える時間がなかっただけだ。だから、今度はちゃんと話し合うんだ。
 穂乃果の為にも、君や卯月の為にも」

エンブリヲはそう続けた。


「そう、だ……」

ふと楽になった気がした。それでいて、死んでいられないという気持ちになってきた。
もしも、ここで死ねば穂乃果に殺人を背負わせてしまうことになる。
それだけは避けなきゃいけない。

「私、しまむーの分まで……穂乃果ちゃんと……」
「ああ未央、安心してくれ。必ずまた穂乃果と話せるよう、君を治してみせる。
 だから、ほんの少し寝るといい」
「ありが、とう……。エンブr―――」

未央の目を閉じ、エンブリヲは首を横に振った。
手遅れだったのだ。誰もが分かっていた。
今まで喋れていたのも、エンブリヲが痛覚を誤魔化していたからに過ぎない。

「彼女は残念だったな」
「ああ、残念だよ。私の能力が制限さえされていなければ」
「とても残念だ」

そのまま無言で目配せしながら、二人は未央の遺体を下ろしあっさりと首を落として首輪を回収した。
首と胴の離れた遺体を目立たないところに安置し、それから二人は互いを見つめなおす。

「ところでヒースクリフ、我々はちょっと互いを知らなすぎるんじゃないかな」
「どういう意味かな?」
「私達がちゃんと連携していれば、エルフ耳にあんなに手こずる事もなかったかもしれないということだよ。
 未央のような犠牲者がもう出ないよう、少し腹を割って話さないか?」

極端な話が互いの情報を共有したいということだ。
もはや身内で争っている場合ではない。彼らとしては早急に脱出の手立てを見つけ、ブラッドレイとの戦いを避けたいのが心情だ。

「さて、じゃあ何から話そうか」


(私としてはさっさと黒くんと合流したいが……)


もっともヒースクリフからすれば黒さえいれば首輪を解除することも可能だ。
無理にエンブリをと協力する必要もない。
しかし、それはアンバーが本当に約束を守るという前提の下だ。
疑うわけではないが、本当に首輪を外すかは確証がない上に最悪、黒以外全員死んでも構わないと考える可能性もある。
主催からの施しだけを頼りにするのも綱渡りではある。

(なんとか、エンブリヲから有益な情報だけ引き出したいものだ)

止むをえず黒と分かれたこともある、万が一の時も考えるとエンブリヲと手を組めるという保険もあったほうがいいかもしれない。
どんな情報を引き出し、逆にこちらは提示するか。
ヒースクリフは思案に耽っていった。


(間違いない。奴は主催とのコネを持っている)

対するエンブリヲもまたヒースクリフに対し、疑念を抱いていた。
奇妙なのだ。ブラッドレイの動向を急に口にしたかと思えば、何処となく他参加者と違う余裕が見られている。
それはこの殺し合いからの、脱出が既に目先に見えているからではないだろうか。
主催の何者かと繋がっている。それはもう疑いようがない。

(未央をわざわざ見殺しにしたのだからね。それなりの対価がなければ)

未央をエンブリヲは救えたかもしれなかった。
だが、ヒースクリフと一対一の状況を作り出す為と、ついでに言えばもう穂乃果共々利用価値がない為、彼は労力を惜しみそのまま治療するフリをして見殺しにした。
おそらくはヒースクリフも感付いているだろうが、言及することはない。仮にしたところで、それを明らかにする術はなく、ヒースクリフも内心はエンブリをと同じで未央に価値を見出していないのだろう。
生きていたところで、鳴上も死に戦力の当てになる彼を縛る鎖としても役に立たない。
何よりヒースクリフも可能な限り、主催以外の方法での脱出法があればそれも模索したいはずだ。連中を心の底から信頼するほど馬鹿ではないはず。

(有意義な時間になることを期待してるよ。ヒースクリフ)


互いの策謀に頭を回しながら、二人の賢人を口を開いた。








「どうしたもんかしらね」

砂鉄の盾を解きながら、御坂は周囲を見渡す。
あのエルフ耳の特攻の間に黒は姿を消し、当然エンブリヲ達もいない。

苛立ちが増す。
死人は結果として二人、エルフ耳と未央が死んだ。
悪くはない。余所でも死人が出ていることを考えれば、念を入れてあと2、3人殺せば10人殺しも達成できるだろう。
だが、心境は複雑であった。

未央の死が、他人事のように思えず。御坂の心をさらに酷く荒らしていく。
足立に対し怒りを覚えたのもそうだ。
御坂は未央と卯月の二人に憧れていたのかもしれない。罪を犯した友を、きっと未央は救い上げたのだろう。
羨ましかった。本当なら、御坂もまたそうでありたかった。
白井黒子に御坂は負けたかったのだ。
勝っちゃいけないはずの戦いだった。それなのに御坂は勝ってしまったのだ。
何の救いもなく。
だから、未央と卯月の二人こそは御坂にとっての幻想であり、理想だったのかもしれない。
そして、恐らくは足立という男も鳴上という少年に―――いや、ここから先はただの邪推だ。

「ブラッドレイ、か。ここで待ってみようかしら」

心から目を背けるように思考を口に出す。
元々、協定の有無を確認したいのもある。待つのも悪くはないが、いまブラッドレイと戦うのも避けたい。
なら黒やエンブリヲ達を追ってみるか。だが、行き先が分からない。

「……橋、もう一度渡ってみようかな」

考えた末、思いついたのは橋で西を渡りながら北上するルートだ。
以前、出会ったクンニキや狡噛もあのルートを辿っていた。
それにDIO戦で集まった連中も何人かはまだ留まっているだろう。

行き先を決め、御坂は歩み出す。
その際、爪先が何かを蹴り飛ばした。

「首輪?」

血に濡れた銀色の首輪。
魏のものだろう。
それを拾い上げ、御坂は皮肉そうに笑った。

「良いわね、アンタは。ちゃんと勝(まけ)ることができて」

完全な敗北であったからこそ、最期あの男は笑って逝けたのだろう。
島村卯月もまた御坂に殺される前まで、輝いていた。
きっと御坂にはもう二度と出来ない顔で、御坂が殺してしまった幻想で。

負(か)ち続けた御坂は進むしかない。
きっとその最期は悲惨で、何も遺さなかったとしても。




【魏志軍@DAKER THAN BLACK‐黒の契約者- 死亡】
【次元方陣シャンバラ@アカメが斬る 破壊】
【本田未央@アイドルマスター シンデレラガールズ 死亡】







【F-3/音ノ木阪学院/二日目/黎明】



【エンブリヲ@クロスアンジュ 天使と竜の輪舞】
[状態]:疲労(大)、ダメージ(大)、服を着た、右腕(再生済み)、局部損傷、電撃のダメージ(小)、参加者への失望 、穂乃果への失望
[装備]:FN Five-seveN@ソードアート・オンライン
[道具]:基本支給品×2 二挺大斧ベルヴァーク@アカメが斬る!、浪漫砲台パンプキン@アカメが斬る!、クラスカード『ランサー』@Fate/kaleid linerプリズマ☆イリヤ
     各世界の書籍×5、基本支給品×2 不明支給品0~2 サイドカー@クロスアンジュ 天使と竜の輪舞
[思考]
基本方針:首輪を解析し力を取り戻した後でアンジュを蘇らせる。
0:キング・ブラッドレイから撤退する。このまま当初の予定通り北部の研究所へ。
1:舞台を整えてから、改めてアンジュを迎えに行く。
2:広川含む、アンジュ以外の全ての参加者を抹消する。だが力を取り戻すまでは慎重に動く。
3:特にタスク、ブラッドレイ、後藤は殺す。
4:利用できる参加者は全て利用する。特に歌に関する者達と錬金術師とは早期に接触したい。
5:穂乃果もう切り捨てる。
6:ヒースクリフを警戒、情報を引き出したい。
7:足立のペルソナ(マガツイザナギ)に興味。
[備考]
※出せる分身は二体まで。本体から100m以上離れると消える。本体と思考を共有する。
分身が受けたダメージは本体には影響はないが、殺害されると次に出せるまで半日ほど時間が必要。
※瞬間移動は長距離は不可能、連続で多用しながらの移動は可能。ですが滅茶苦茶疲れます。
※感度50倍の能力はエンブリヲからある程度距離を取ると解除されます。
※DTB、ハガレン、とある、アカメ世界の常識レベルの知識を得ました。
※会場が各々の異世界と繋がる練成陣なのではないかと考えています。
※錬金術を習得しましたが、実用レベルではありません。
※管理システムのパスワードが歌であることに気付きました。
※穂乃果達と軽く情報交換しました。
※ヒステリカが広川達主催者の手元にある可能性を考えています。
※首輪の警告を聞きました。
※モールス信号を首輪に盗聴させました。
※足立の語った情報はほとんど信用していません




【ヒースクリフ(茅場晶彦)@ソードアートオンライン】
[状態]:HP25%、異能に対する高揚感と興味
[装備]:神聖剣十字盾@ソードアートオンライン、ヒースクリフの鎧@ソードアートオンライン、神聖十字剣@ソードアートオンライン
[道具]:基本支給品一式、グリーフシード(有効期限切れ)×2@魔法少女まどか☆マギカ、指輪@クロスアンジュ 天使と竜の輪舞
    クマお手製眼鏡@PERSONA4 the Animation、キリトの首輪、クラスカード・アーチャー@Fate/kaleid liner プリズマ☆イリヤ、イリヤの首輪
[思考]
基本:主催への接触(優勝も視野に入れる)
0:キング・ブラッドレイとの戦闘は避ける。
1:黒と再度合流したい。
2:チャットの件を他の参加者に伝えるかどうか様子を見る。
3:エンブリヲと何処まで情報を共有すべきか。
4:主催者との接触。
5:ロックを解除した可能性のある田村玲子とは接触したい。
6:北西の探索を新一達に任せ、自分は南の方から探索を始める。
7: 鳴上と足立のペルソナ(イザナギとマガツイザナギ)に興味
8:キリトの首輪も後で調べる。
9:余裕ができ次第ほむらのソウルジェムについて調べる。
[備考]
※参戦時期は1期におけるアインクラッド編終盤のキリトと相討った直後。
※ステータスは死亡直前の物が使用出来るが、不死スキルは失われている。
※キリト同様に生身の肉体は主催の管理下に置かれており、HPが0になると本体も死亡する。
※電脳化(自身の脳への高出力マイクロ波スキャニング)を行う以前に本体が確保されていた為、電脳化はしていない(茅場本人はこの事実に気付いていない)。
※ダメージの回復速度は回復アイテムを使用しない場合は実際の人間と大差変わりない。
※この世界を現実だと認識しました。
※DIOがスタンド使い及び吸血鬼だと知りました。
※平行世界の存在を認識しました。
※アインクラッド周辺には深い霧が立ち込めています。
※チャットの詳細な内容は後続の書き手にお任せします。
※デバイスに追加された機能は現在凍結されています。
※足立から聞かされたコンサートホールでの顛末はほとんど信用していません。



【F-5/二日目/黎明】

【黒@DARKER THAN BLACK 黒の契約者】
[状態]:疲労(中)、右腕に刺し傷、腹部打撲(共に処置済み)、腹部に刺し傷(処置済み)、戸塚とイリヤと銀に対して罪悪感(超極大)、銀を喪ったショック(超極大)、飲酒欲求(克服)、生きる意志
[装備]:友切包丁(メイトチョッパー)@ソードアート・オンライン、黒のワイヤー@DARKER THAN BLACK 黒の契約者、包丁@現地調達×1、首輪×1(美遊・エーデルフェルト)
     傷の付いた仮面@ DARKER THAN BLACK 流星の双子、黒のナイフ×10@DARKER THAN BLACK 黒の契約者(銀の支給品)
[道具]:基本支給品、ディパック×1、完二のシャドウが出したローション@PERSONA4 the Animation 、銀の首輪
[思考]
基本:殺し合いから脱出する。
0:穂乃果を探す。
1:ヒースクリフ達と合流する。
2:銀……。
[備考]
※『超電磁砲』『鋼の錬金術師』『サイコパス』『クロスアンジュ』『アカメが斬る!』の各世界の一般常識レベルの知識を得ました。
※戸塚の知り合いの名前と容姿を聞きました。
※イリヤと情報交換しました。
※クロエとキリト、黒子、穂乃果とは情報交換済みです。
※二年後の知識を得ました。
※参加者の呼ばれた時間が違っていることを認識しました。
※黒がジュネスへ訪れたのは、エンヴィーが去ってから魏志軍が戻ってくるまでの間です。
※足立の捏造も入っていますが、情報交換はしています。



【G-6/音ノ木阪学院/二日目/黎明】

【御坂美琴@とある科学の超電磁砲】
[状態]:ダメージ(中)、疲労(中)全身に刺し傷、右耳欠損、深い悲しみ 、人殺しと進み続ける決意 力への渇望、足立への同属嫌悪(大)
[装備]:コイン@とある科学の超電磁砲×1、回復結晶@ソードアート・オンライン、能力体結晶@とある科学の超電磁砲
[道具]:基本支給品一式、アヴドゥルの首輪、黒子の首輪、ヒルダの首輪、大量の鉄塊、魏の首輪
[思考]
基本:黒子も上条も、皆を取り戻す為に優勝する。
0:橋を渡って北上する。
1:次の放送までに十人殺しを達成し、死者を五人生き返らせる権利を取り付ける。
2:可能な限り、徹底的に殺す。
3:ブラッドレイとは会ってから休戦の皆を確認次第、殺すかどうか判断。出来ればタイマンで会いたくはない。
4:首輪も少し調べてみる。
5:万が一優勝しても願いが叶えられない場合に備え、異世界の技術も調べたい。
6:全てを取り戻す為に、より強い力を手に入れる。
7:拘るわけではないが足立がいたらこの手で殺したい。
[備考]
※参戦時期は不明。
※槙島の姿に気付いたかは不明。
※ブラッドレイと休戦を結びました。
※アヴドゥルのディパックは超電磁砲により消滅しました。
※マハジオダインの雷撃を確認しました



【E-4/二日目/黎明】

【高坂穂乃果@ラブライブ!】
[状態]:疲労(大) 、悲しみ(極大)、卯月に対する憎しみ(絶大)、嘔吐感 、人殺しの喪失感
[装備]:デイパック、基本支給品、音ノ木坂学院の制服、トカレフTT-33(2/8)@現実、トカレフTT-33の予備マガジン×3
     サイマティックスキャン妨害ヘメット@PSYCHO PASS‐サイコパス‐
[道具]:練習着、カマクラ@俺ガイル
[思考・行動]
基本方針:――――
0:イェーガーズ本部に行ってウェイブと会って全て清算する。
[備考]
※参戦時期は少なくともμ'sが9人揃ってからです。
※ウェイブの知り合いを把握しました。
※エンブリヲと軽く情報交換しました。
※花陽と情報交換しました。
※足立から聞かされた情報は半信半疑です。



【E-5/二日目/黎明】

【足立透@PERSONA4】
[状態]:鳴上悠ら自称特別捜査隊への屈辱・殺意 広川への不満感(極大)、全身にダメージ(絶大)、右頬骨折、精神的疲労(大)、疲労(大)、腹部に傷
    爆風に煽られたダメージ、マガツイザナギを介して受けた電車の破片によるダメージ、右腕うっ血 、顔面に殴られ跡、苛立ち、後悔、怒り 、悠殺害からの現実逃避、卯月と未央に対する嫌悪感
[装備]:ただのポケットティッシュ@首輪交換品、
[道具]:初春のデイバック、テニスラケット、幻想御手@とある科学の超電磁砲、ロワ参加以前に人間の殺害歴がある人物の顔写真付き名簿 (足立のページ除去済み)、警察手帳@元からの所持品
[思考]
基本:皆殺し。
0:御坂死ね、卯月ザマァ、本田ザマァ。
1:生還して鳴上悠(足立の時間軸の)を今度こそ殺す。俺はまだ鳴上悠を殺してない。殺してないんだよォ!

[備考]
※参戦時期はTVアニメ1期25話終盤の鳴上悠に敗れて拳銃自殺を図った直後。
※支給品の鉄の棒は寄生獣23話で新一が後藤を刺した物です。
※DIOがスタンド使い及び吸血鬼であると知りました。
※ペルソナが発動可能となりました。
※黒と情報交換しました。


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195:純黒の悪夢/小さなShining Star 高坂穂乃果 203:僕らは今のなかで
エンブリヲ 206:無題『刹那』
本田未央 GAME OVER
ヒースクリフ 206:無題『刹那』
192:足立刑事の自白録-二度殺された少女たち- 魏志軍 GAME OVER
190:闇に芽吹く黒い花
197:心の仮面は罪と罰 足立透 202:天上の青は遥か彼方へ
195:純黒の悪夢/小さなShining Star 御坂美琴 201:とある少女の暗夜行路

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最終更新:2017年02月22日 23:33