レプリケイトアニマを脱出した飛空艇ヴィゾフニールから、ガザーヴァと愛馬ガーゴイルが姿を消した。
前夜、ガザーヴァは「同じ存在から生まれたはずなのに、なぜ
カザハばかりが特別なのか」と苦しみを漏らしていた。明神は彼女を一人にしたことを後悔するが、今は捜索に時間を割く余裕がない。
ヴィゾフニールの眼下では、《覇道の》グランダイト率いる二十万の大軍が、
風渡る始原の草原へ迫っていた。
草原の中心にある《始原の風車》は、世界中の風を生み出し、調停する
神代遺物。そして、そこに暮らす
シルヴェストルたちの集落は、カザハの故郷でもあった。
一行を迎えたのは、
風の双巫女テュフォンとブリーズ。二人は同じ風から生まれた鏡写しの姉妹であり、かつてカザハが風精王へ即位しようとした際、クーデターを起こして彼を追放した者たちだった。
だが、その反乱はカザハを救うためのものだった。
風精王になれば、カザハは始原の風車と一体化し、個人としての生を失う。テュフォンとブリーズは悪役を演じてクーデターを起こし、カザハと
カケルを故郷から逃がしたのだ。カザハも二人の真意には薄々気づいており、恨んではいなかった。
双巫女は、グランダイト軍との戦争を回避してほしいと頼む。シルヴェストルは平穏を望んでいるが、始原の風車を奪われるくらいなら、二十万の軍勢を皆殺しにする覚悟もある。カザハを含む三人の《
レクス・テンペスト》が力を合わせれば、それも不可能ではなかった。
どちらが勝っても夥しい数の死者が出る。なゆたたちは戦争を止めるため、移動要塞《
覇宮メル・カヴァ》へ乗り込み、グランダイトとの交渉に臨んだ。
グランダイトが求めていたのは、世界の風を支配する権利ではなかった。彼が欲していたのは、始原の風車の核にして歴代風精王の魂が集積した《
テンペストソウル》。かつて失われた愛剣、
魔剣ストームコーザーを再び手に入れるため、その素材を求めていたのだ。
なゆたは、始原の風車を壊さず別の方法でストームコーザーを用意する代わりに、撤兵してほしいと提案する。
グランダイトは意外にも応じようとするが、そこへ《詩学の》マリスエリスと《万物の》ロスタラガムが現れた。二人はローウェル陣営の筆頭継承者、《黎明の》ゴットリープの使者だった。
マリスエリスは、自分たちがテンペストソウルを持ち帰った場合、ゴットリープ陣営へ加わるようグランダイトへ要求する。結果、なゆたたちとマリスエリスたちは、二日以内にグランダイトの望むものを用意する競争をすることになった。
始原の風車からテンペストソウルを抜けば、世界の風に何が起こるか分からない。なゆたたちは風車を壊さず、別のテンペストソウルか、現存するストームコーザーを探す道を選ぶ。
調査の結果、テンペストソウルとは唯一の物質ではなく、《レクス・テンペスト》の資格を持つシルヴェストルが死後に残す魂そのものだと判明する。歴代風精王たちの魂が集積したものが、始原の風車に存在する巨大なテンペストソウルなのだ。
つまり、《レクス・テンペスト》であるカザハも、死ねばテンペストソウルになる。
その事実を知った一行の前に、
霊銀結社の戦闘部隊《
デスティネイトスターズ》が立ちはだかった。赤のルブルム、青のセルリア、黄のフラウス。三人はマリスエリスたちの邪魔をさせないよう、ゴットリープから命じられていた。
スターズは一人ひとりが高い戦闘力を持ち、三人の連携は
レイド級に匹敵する。《
ブラッドラスト》を失ったことで以前より弱くなっていたジョンは、光の輪に手足を封じられ、序盤は完全に翻弄されてしまう。
しかしジョンは戦いの最中、自分がこれまで「ブレイブとして戦う」ことをしてこなかったと気づく。自分の身体能力だけを頼り、仲間の戦術やスペル、部長との連携を本当の意味で活かそうとしていなかったのだ。
そこでジョンは考え方を切り替え、仲間たちの奇策へ自分から飛び込んでいく。
明神が撒いた油、ルブルムの炎、カザハの風。それらを組み合わせてスターズの連携を崩し、ジョンは油まみれのまま光の拘束を突破する。エンバースも、自分の中に残る
ハイバラの戦闘経験を一時的に引き出し、セルリアの攻撃を見切った。
なゆたたちはスターズを破り、三人を拘束する。さらに、なゆたが霊銀結社の《小達人》である証を見せると、上下関係に弱い三人は途端に態度を変え、一行へ協力することになった。
スターズからテンペストソウルの正体を聞いたなゆたたちは、カザハを殺して素材にする案など論外だと即座に退ける。そして、マリスエリスとロスタラガムが双巫女を襲撃している始原の風車へ急行した。
テュフォンとブリーズは善戦していたものの、十二階梯二人を相手に長くは持たない。なゆたたちとスターズが加勢し、数では優位に立つ――その瞬間、
兇魔将軍イブリースが戦場へ現れた。
イブリースはローウェルの提案を受け入れ、
ニヴルヘイムの民を救うため、
アルフヘイムを捨てて別世界へ移る計画に協力していた。新天地にどんな苦難が待とうと、このまま侵食によって全滅するよりはいい。その覚悟の証として、計画を邪魔するなゆたたちを皆殺しにすると宣言する。
なゆたは、自分たちならアルフヘイムもニヴルヘイムも救えると訴える。しかしイブリースは、それを実績も根拠もない理想論だと切り捨てた。
戦いは、あまりにも一方的だった。
スターズの対魔装備も、明神の《
怨身換装》も、ジョンの身体能力も、エンバースの不死性も、イブリースの前では通用しない。攻撃は無効化され、防御は解除され、仲間たちは次々と地面へ叩き伏せられていく。
それでも皆が稼いだ時間をつなぎ、なゆたは切り札である
ゴッドポヨリンを召喚する。
究極の光属性攻撃《審判者の光帯》と、イブリースの《
業魔の一撃》が正面から激突した。
これまで一行を何度も勝利へ導いてきた無敵のゴッドポヨリン。なゆたがブレモンを始めるきっかけとなり、最初からずっと一緒だった、唯一無二の
パートナー。
イブリースは光の奔流を押し返し、拘束されたポヨリンへ魔剣を叩き込む。ポヨリンは砕けて光の粒子となり、消滅。衝撃でなゆたのスマートフォンも壊れ、彼女自身も意識を失った。
完全な敗北だった。
全滅寸前の一行を救ったのは、突如開いたニヴルヘイム式の転移門だった。
テュフォンは、自分が残ってイブリースたちを食い止めると決断。カザハと妹のブリーズを、仲間たちとともに門の向こうへ逃がす。
カザハは二人を引き離すことを拒んだ。だがテュフォンは、かつてクーデターを起こしてカザハを風精王の運命から逃がしたときと同じように、再び彼の命を守る道を選んだ。
一行が門を抜けた後、テュフォンは命を落とす。その魂は不完全なテンペストソウルとなり、マリスエリスの手へ渡った。
転移門を開いたのは、姿を消していたガザーヴァだった。
しかし一行を救った後も、彼女は戻ってこなかった。ガザーヴァはイブリースたちへ接近し、テュフォンのテンペストソウルを奪おうとしていた。
ガザーヴァは、それさえ手に入れれば自分も《レクス・テンペスト》になり、カザハと同じ「特別な存在」になれると信じていた。カザハのコピーとして生まれたのに、自分だけが選ばれていない。その苦しみに耐えられず、仲間を裏切ってでも特別な証が欲しかったのだ。
なゆたは意識を失ったまま、ゴッドポヨリンも失われた。それでもイブリースはいずれ、グランダイトをローウェル陣営へ引き込むため、メル・カヴァへ来る。
残された者たちは、なゆた抜きで迎撃作戦を立てた。
戦場に選んだのは、崖や川、植物、複雑な高低差が入り組むタマン湿生地帯。ゲーム時代、モンスターを崖や川へ落として効率よく経験値を稼いだ場所である。
正面からでは勝てない。ならば地形、罠、ゲーム知識、仲間全員の能力を徹底的に利用する。
再び現れたイブリースを、エンバースとジョンが前線で引きつける。明神、カザハ、ブリーズ、スターズは中洲に攻撃陣地を築き、沼、崖、川、油、炎を利用して、少しずつ兇魔将軍を追い詰めていった。
やがてマリスエリスとロスタラガムも到着し、テュフォンの魂をグランダイトへ献上しようとする。
だが、テュフォン一人の魂では完全なテンペストソウルにならなかった。
テュフォンとブリーズは、同じ風から生まれた二人で一つの魂。二人分のテンペストソウルが重なって、初めて完成品となる。
それを知ったブリーズは、姉の後を追う決意を固める。
カザハは必死に止めた。これ以上妹を失いたくない。自分には二人の命を背負えないと、泣いて縋る。
それでもブリーズは、テュフォンが命を懸けて開いた道を無駄にせず、カザハへ世界の風と未来を託すため、自らの生を終える。
「あなたの傍に、いつも良き風が吹きますように」
そう言い残し、ブリーズも風となって消えた。
姉妹の魂は一つに重なり、完全なテンペストソウルとなる。それを受け取ったグランダイトは、失われた魔剣ストームコーザーを再び手にした。
だが、グランダイトが選んだのはローウェル陣営ではなかった。
ブリーズは死の直前、自分たちの魂を差し出す代わりに、カザハと始原の風車を守るよう頼んでいた。約束を違えない覇王はその願いを受け入れ、カザハたちの側へ立つ。
同じころ、ガザーヴァも戦場へ姿を現した。
明神は戦況も損得も放り出し、彼女のもとへ走る。
ガザーヴァが欲しかったのは、世界から与えられる資格や称号ではなかった。誰か一人に、他の誰とも違う特別な存在として必要とされたかったのだ。
幻魔将軍だからでも、レイド級の戦力だからでもない。デリンドブルグ、アイアントラス、レプリケイトアニマをともに越えてきた戦友。二人で他人を煽り散らかすのが楽しい悪友。そして明神にとって、すでに誰とも取り替えられない存在だった。
「混ざれよ、ガザーヴァ! テンペストソウルがなかろうが、バロールの望んだ形じゃなかろうが――俺とお前が組めば最強だ!」
ガザーヴァは、自分がすでに明神にとって特別だったと知り、一行へ戻る。
カザハも表向きは、そんなガザーヴァの帰還を受け入れた。彼女を責めることも、怒りを露わにすることもなかった。
だが、その胸中は穏やかではなかった。
テュフォンとブリーズは、カザハと始原の風車を守るために命を捧げた。一方、ガザーヴァはテンペストソウルを求めて仲間を裏切りながら、明神の言葉によって帰還し、仲間たちから再び受け入れられている。
ガザーヴァも、カザハにとってはすでに仲間だった。だから戻ってきたこと自体は嬉しい。それでも、双巫女を失った悲しみが癒えないまま、明神とガザーヴァが繰り広げる青春劇場を素直に祝福することはできなかった。
どうして二人が死ななければならなかったのか。
どうして裏切ったガザーヴァは、こんなにも簡単に戻ってこられるのか。
そんな怒りを抱いたこと自体を、カザハは許せなかった。
自分もガザーヴァを仲間だと思っている。それなのに、今は彼女を憎みかけている。このまま一緒にいれば、いつかガザーヴァだけでなく、彼女を受け入れた明神や仲間たちまで嫌いになってしまうかもしれない。
その心の隔たりを映すように、《響き合う星辰の調べ(アストラルユニゾン)》は発動しなくなる。
仲間たちがカザハを拒絶したのではない。
ガザーヴァへの怒りを抱いた自分自身を、カザハが仲間として認められなくなった。その結果、術者であるカザハ自身が、アストラルユニゾンにおける「パーティーメンバー」の判定から外れてしまったのだ。
それでもカザハは感情を表へ出さず、最後まで仲間たちの作戦へ協力する。
カザハとカケルは、ストームコーザーが生んだ黒雲へ突入し、《下降噴流》によって戦場へ豪雨を降らせる。その嵐と水は、エンバースが用意した
超レイド級モンスター、
ミドガルズオルムの力を最大限に引き出すための布石だった。
明神はガザーヴァと手をつなぎ、彼女から供給される魔力によって《影縛り》を維持する。ジョンは自らイブリースの魔剣に身体を貫かせ、その動きを止めた。
仲間全員がつないだ長大な連携の果てに、エンバースはミドガルズオルムが生み出した嵐と激流、その膨大な魔力を一本の剣へ集束させる。
ゲームにはまだ存在しないはずの剣を振るい、エンバースはイブリースの《業魔の一撃》を正面から押し返していく。
イブリースもまた、戦いの中で彼らを見る目を変え始めていた。
遊び感覚で命を奪う、信用できない異邦人だと思っていた。だが彼らは仲間を守るために傷つき、死者の想いを背負い、敵である自分まで救おうとしている。
ならば、その信念が本物なのか、自分を倒して証明してみせろ。
イブリースは最後まで全力で戦いながら、心のどこかで彼らの可能性に賭けようとしていた。
だが、仲間たちがイブリースとの最後の攻防に集中する一方で、カザハの身体にも限界が訪れていた。
マリスエリスに深く切り裂かれた傷から、大量の魔力が流出していたのだ。シルヴェストルの身体は傷つけば風化するため出血が目立たず、カザハ自身も致命傷を負っていることに気づくのが遅れていた。
カザハの身体は急速に冷たくなっていく。
テュフォンとブリーズは、自らの魂をテンペストソウルに変え、世界とカザハを守った。一方の自分には、なゆたや明神、エンバースたちのように、プレイヤーとして積み重ねてきた経験もない。ただ偶然、《レクス・テンペスト》として生まれただけ。
ならば、自分も死んで風精王になれば、せめて世界の役に立てる。
カザハはカケルに、自分を始原の風車まで連れていくよう頼んだ。
カケルは反対するが、スマートフォンに宿るアゲハは、歴代風精王たちならカザハを救ってくれるはずだと促す。エンバースとイブリースが最後の一撃をぶつけ合おうとするなか、カケルは誰にも気づかれず戦場を離れ、瀕死のカザハを始原の風車へ運んだ。
風車の内部では無数の歯車が回り、最深部には、歴代風精王の魂が集積した巨大なテンペストソウルの結晶体がそびえていた。
カケルがカザハを横たえ、救いを求めると、ハリケーン、エアリィ、ウィンディら、かつて風精王だった者たちが姿を現す。
カケルは、自分の命を要求されることまで覚悟していた。
ところが歴代風精王たちは、あっさりカザハを治療した。始原の風車は、アルフヘイムのあらゆる風が生まれる場所。風の精霊であるカザハにとって、致命傷さえ瞬時に癒えるほどの力に満ちていたのだ。
さらに歴代風精王たちは、カザハの抱いていた悲壮な思い込みを笑い飛ばす。
彼らは皆、若くして世界へ命を捧げた自己犠牲の英雄ではなかった。寿命を持たないシルヴェストルとして長い生を送り、自分の生に満足した後で風精王へ即位した者たちである。
仲間にも世界にも未練だらけのカザハには、風精王になるなど百年早い。
死んで役に立つことだけが、カザハに定められた運命ではなかった。
しかし、歴代風精王がカザハを呼び止めた理由は救助だけではない。
彼らはカザハへ、今後もなゆたたちの旅に同行するよう命じる。カザハは最初から、世界を巡って情報を集める「風精王の端末」――すなわち間者として、地球とアルフヘイムへ送り出されていたのだ。
カザハは拒絶する。
テュフォンとブリーズを失った直後、仲間たちはガザーヴァを受け入れた。このまま一緒にいれば、きっと自分は嫌な奴になってしまう。ガザーヴァだけでなく、彼女を受け入れた仲間たちまで嫌いになるかもしれない。
だったら、仲間だったと思えるうちに離れたい。自分にはもう、あのパーティーに居場所などない。
しかし、歴代風精王はカザハに拒否権を与えなかった。
魔力の結界で身体を拘束すると、「悩まずに済むようカスタマイズしてやる」と精神へ干渉する。洗脳ではなくイメチェンだと言い張り、カザハの精神を「本人が最も輝いていた時代」へ寄せてしまった。
目覚めたカザハは、鳥取砂丘でサンドワームを討伐していたころを思わせる、黒髪黒目とスチームパンク調の衣装へ変わっていた。装備だけでなく、デッキまで歴代風精王によって勝手に改造されている。
そしてカザハは彼らの前へ跪き、宣誓する。
「仰せのままに――必ずや風精王の間者としての役目を果たしてみせましょう」
こうしてカザハは、自分の意思で仲間を選び直したのではなく、歴代風精王による治療、精神調整、装備変更、デッキ改造を経て、半強制的に《風精王の間者》へクラスチェンジさせられた。
歴代風精王は、最後に双巫女の犠牲についても明かす。
始原の風車からテンペストソウルを一つでも取り出せば、世界の風の制御に支障が生じ、多くの命が失われる。生命が増えるほど風の調停に必要な演算は複雑になるため、歴代風精王は時代とともに増員されてきた。
テュフォンとブリーズは、それを知っていた。
だから既存のテンペストソウルを抜くのではなく、自分たちの魂を新たなテンペストソウルとしてグランダイトへ渡したのだ。
二人の死は、無意味ではなかった。
その事実にわずかな救いを得たカザハは、何事もなかったように仲間たちのもとへ戻る。
だが、そのころにはイブリースとエンバースの攻防へ金獅子ミハエルが介入し、戦いはすでに終わっていた。
ミハエルはイブリースを救出すると、エンバースを「ハイバラ」と呼んだ。
ハイバラ――日本ランキング一位に君臨し、世界大会を前に突然失踪した伝説のプレイヤー。
ただし現在のエンバースは、完全なハイバラ本人ではない。ハイバラの記憶と経験を受け継ぎながら、自分はその燃え残り、模造品にすぎないと認識している別の人格だった。
カザハとガザーヴァだけではない。エンバースもまた、「本物とコピー」の間で自分が何者なのかを問い続けていたのである。
ミハエルはイブリースを連れ去り、侵食の手掛かりが欲しければ
聖都エーデルグーテへ行けと言い残して消えた。
戦闘は、イブリースを倒し切れないまま終了した。
そして戦いが終わった後、ようやくガザーヴァの壮大な勘違いが判明する。
スターズのフラウスによれば、ガザーヴァは闇属性のダークシルヴェストル。テンペストソウルを得ても《レクス・テンペスト》には進化できない。
必要なのは、テンペストソウルではなく《アビスソウル》だった。
つまり、特別になりたいと苦しみ、仲間を裏切り、命懸けで手に入れようとしたアイテムが、そもそも種族的に完全な対象外だったのである。
「なんだよ!!! それぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!」
ガザーヴァの絶叫が、戦いを終えた草原に響いた。
グランダイトとの同盟は成立した。覇王は始原の風車を守るため五百騎を駐留させ、本隊を率いて
キングヒルへ向かう。さらに、《永劫の》オデットへ宛てた親書をなゆたたちへ託した。
だが戦勝の宴で、一行は最大の問題と向き合うことになる。
目を覚ましたなゆたは、いつもどおり明るく振る舞い、料理を作って仲間たちを迎えた。イブリースを退けたと聞いて喜び、明神、ジョン、カザハ、そして日本ランキング一位のハイバラ――エンバースがいれば、きっと世界を救えると笑う。
その未来に、なゆた自身は含まれていなかった。
スマートフォンは壊れ、スペルも
スキルも使えない。そして何より、最初からずっと一緒だったポヨリンがいない。
なゆたは、自分はもう役に立たないからパーティーを抜けると告げた。
仲間たちは反発する。
明神は、あの場でイブリースへ挑んだ判断は間違いではなかったと訴える。背後には始原の風車とシルヴェストルの集落があり、即座に撤退できる状況ではなかった。負けたという結果だけで、なゆたの選択がすべて誤りだったことにはならない。
カザハも、戦力だけなら足りていても、なゆたがいなければこのパーティーは絶対にまとまらないと、不器用ながら必死に説得する。
それでも、なゆたは自分を許せなかった。
根拠もなく勝てると思い込み、充分な対策もなくイブリースへ挑み、自分の判断でポヨリンを死なせた。自分はリーダー失格だと、笑いながら自分を責め続ける。
皆が何を言っても、その決意を覆すには至らない。
最後になゆたを追ったのは、エンバースだった。
エンバースは、自分が一度死んだことを語る。ムスペルヘイムの聖火に焼かれ、ハイバラとしての冒険はそこで終わった。それでも自分は、アンデッドのエンバースとして再び目を覚ました。
この世界では、死者の帰還が完全に不可能とは限らない。
聖都エーデルグーテにいる《永劫の》オデットは、聖属性魔法の達人でありながらアンデッドの女王でもある。彼女ならば、ポヨリンともう一度会える可能性はゼロではない。
もちろん、うまくいかない可能性もある。
エンバースは、都合のいい希望だけを語ってなゆたを連れ出そうとはしなかった。それでも、諦めるにはまだ早い。エーデルグーテまで一緒に来てほしいと頼む。
伝説のプレイヤー、ハイバラなら、もっと巧みな説得の言葉を知っていたかもしれない。
だが今のエンバースは、自分をハイバラ本人ではなく、その記憶を受け継いだ燃え残りだと考えている。そんな彼が最後に口にできたのは、攻略法でも合理的な戦力評価でもない、ひどく拙い本音だった。
「……お前がいなくなるのは、嫌なんだ」
その言葉が、なゆたを引き留める決定打となった。
なゆたは、最強のスライム使いだから必要とされたのではない。リーダーだからでも、戦力になるからでもない。
ポヨリンもスマートフォンも失った今のなゆた自身に、それでも一緒にいてほしいとエンバースは願ったのだ。
こうして一行は、それぞれ大切なものを失いながらも、聖都エーデルグーテを目指す。
テュフォンとブリーズは命を失った。
なゆたはポヨリンと、ブレイブとしての力を失った。
ガザーヴァは「特別な資格」への幻想を失い、すでに自分を特別だと思ってくれる明神のもとへ戻った。
エンバースは自分がハイバラの燃え残りであるという事実を、仲間たちの前で突きつけられた。
そしてカザハは、仲間を信じ切れなくなった自分を責め、自ら旅を降りようとしたが、その自由さえ歴代風精王によって奪われた。
第七章は、皆が爽やかに自分の居場所を選び直す物語ではない。
自分を特別にしていたものを失い、それでも誰かの命令や、約束や、願いや、執着によって、半ば無理やり次の旅へ運ばれていく物語だったのである。
最終更新:2026年08月13日 21:52