「いいか。豊臣に統合されても、伊達で培った誇りは忘れるな。俺がどうなろうと、絶対暴れんじゃねぇぞ。――小十郎、皆を頼む」
背を向ける。半兵衛に従って足を進めた。
「……世継ぎを君に産んでもらおう。君を、側室として迎えさせる。それまでに伊達の臭いを落としたまえ」
「世継ぎを産むのに、側室なのかよ。正室っていたか? 目通りくらいしてぇんだけど」
「いないよ。弱点になるような女はいらないからね。君、まさか正室として娶られたいのかい」
「……てめぇが、正室になればいいだろうが」
「僕がかい? それはないよ」
水を向けたつもりだったが、半兵衛の声は少しも動じた素振りを見せない。
立ち止まって振り返り、微笑みすら見せる。
機嫌がいいだけなのかいつもこうやって笑っているのか、政宗には分からない。分かりたくもない。
「秀吉が僕を慕うなんてありえないし、あってはならない。僕が慕って跪いているのが、あるべき形だ」
意味が分からない。
「秀吉が誰かを慕うなんてありえない。僕が慕い、体を開く。僕の一方的な片思いなんだ。大体、誰かに溺れる秀吉なんて醜いだろう?」
政宗は足を止めた。不思議そうに半兵衛が振り返る。
慕いあう男と女。それで十分ではないのだろうか。
幸村はどうだろう。
夏以来会っていない。書状も送ってない。
忍びの報告によると、甲斐は戦の気配もなく平和だという。きっと元気なんだろうな、と思っている。
どういうわけか、無性に声が聞きたくなった。顔も見たい。
ああこういうのが慕うってことか、と政宗は冷静に判断する。
「それは……おかしいだろ。男と女で、思慕しあってるんなら、そういうことじゃないだろ」
「君には分からないよ。……話し過ぎた。黙って歩け」
半兵衛は足を進める。細い背中。飾り布が揺れている。
背を向ける。半兵衛に従って足を進めた。
「……世継ぎを君に産んでもらおう。君を、側室として迎えさせる。それまでに伊達の臭いを落としたまえ」
「世継ぎを産むのに、側室なのかよ。正室っていたか? 目通りくらいしてぇんだけど」
「いないよ。弱点になるような女はいらないからね。君、まさか正室として娶られたいのかい」
「……てめぇが、正室になればいいだろうが」
「僕がかい? それはないよ」
水を向けたつもりだったが、半兵衛の声は少しも動じた素振りを見せない。
立ち止まって振り返り、微笑みすら見せる。
機嫌がいいだけなのかいつもこうやって笑っているのか、政宗には分からない。分かりたくもない。
「秀吉が僕を慕うなんてありえないし、あってはならない。僕が慕って跪いているのが、あるべき形だ」
意味が分からない。
「秀吉が誰かを慕うなんてありえない。僕が慕い、体を開く。僕の一方的な片思いなんだ。大体、誰かに溺れる秀吉なんて醜いだろう?」
政宗は足を止めた。不思議そうに半兵衛が振り返る。
慕いあう男と女。それで十分ではないのだろうか。
幸村はどうだろう。
夏以来会っていない。書状も送ってない。
忍びの報告によると、甲斐は戦の気配もなく平和だという。きっと元気なんだろうな、と思っている。
どういうわけか、無性に声が聞きたくなった。顔も見たい。
ああこういうのが慕うってことか、と政宗は冷静に判断する。
「それは……おかしいだろ。男と女で、思慕しあってるんなら、そういうことじゃないだろ」
「君には分からないよ。……話し過ぎた。黙って歩け」
半兵衛は足を進める。細い背中。飾り布が揺れている。
稲葉山城の高殿に幽閉する、と半兵衛は言った。
地下牢があるにはあるが、そこは以前明智光秀に破られて以来使用されていないらしい。
用意された着物を着て高殿に入った。武器の類は何一つ持っていない。腰が軽くて頼りない。
数日して、半兵衛は女を連れて入ってきた。
「……政宗様」
愛姫だった。駆け寄って抱き締めた。
「愛!」
「政宗様。ご無事で、何よりです」
「俺のことはいい。なんで、お前まで」
「わたくしが申し出たのです。共に、参ると。共に、豊臣の側室に入ると。
そうすれば、伊達領の無事を保障すると約束させました」
「なんで……放っておけば、いいじゃねぇか。農民は、誰が君主だろうと田畑を耕すぜ」
「政宗様が愛された奥州を、わたくし自ら荒らすなど、妻としてあるまじきこと。
お忘れですか、わたくしたちは夫婦なのですよ?」
愛姫は微笑む。その頬は腫れている。腕を見ると、縄で縛られたような跡や硬いもので殴られたような跡がいくつもついている。
半兵衛を見た。半兵衛は嗜虐的な笑みを浮かべている。
「どういう……ことだ……」
「合意の上だよ。愛姫の純潔は、秀吉に捧げてもらった」
愛姫は体を竦める。それだけで、半兵衛の言葉が真実だと理解した。
手が震えた。息が荒くなる。
愛姫をきつく抱いた。細くて小さな体が必死に耐えている。
「申し訳ありません、政宗様。愛は、愛は……」
「痛がって暴れるからね。少し痛めつけさせてもらった。大変だったよ。
でもね、愛姫はちゃんと秀吉を受け入れた。もう愛姫は豊臣のものだ」
「どうか、愛を殺してくださいまし……っ」
半兵衛の言葉と愛姫の言葉が重なった。
政宗は体の中で獣が暴れているような錯覚に襲われた。
小さくなって震える愛姫を見た。穢されても、頬を腫らしていても美しいままの、兄嫁。
大切にすると誓ったのに。
感情が突き抜けていく。
それは紛れもない――怒り。
地下牢があるにはあるが、そこは以前明智光秀に破られて以来使用されていないらしい。
用意された着物を着て高殿に入った。武器の類は何一つ持っていない。腰が軽くて頼りない。
数日して、半兵衛は女を連れて入ってきた。
「……政宗様」
愛姫だった。駆け寄って抱き締めた。
「愛!」
「政宗様。ご無事で、何よりです」
「俺のことはいい。なんで、お前まで」
「わたくしが申し出たのです。共に、参ると。共に、豊臣の側室に入ると。
そうすれば、伊達領の無事を保障すると約束させました」
「なんで……放っておけば、いいじゃねぇか。農民は、誰が君主だろうと田畑を耕すぜ」
「政宗様が愛された奥州を、わたくし自ら荒らすなど、妻としてあるまじきこと。
お忘れですか、わたくしたちは夫婦なのですよ?」
愛姫は微笑む。その頬は腫れている。腕を見ると、縄で縛られたような跡や硬いもので殴られたような跡がいくつもついている。
半兵衛を見た。半兵衛は嗜虐的な笑みを浮かべている。
「どういう……ことだ……」
「合意の上だよ。愛姫の純潔は、秀吉に捧げてもらった」
愛姫は体を竦める。それだけで、半兵衛の言葉が真実だと理解した。
手が震えた。息が荒くなる。
愛姫をきつく抱いた。細くて小さな体が必死に耐えている。
「申し訳ありません、政宗様。愛は、愛は……」
「痛がって暴れるからね。少し痛めつけさせてもらった。大変だったよ。
でもね、愛姫はちゃんと秀吉を受け入れた。もう愛姫は豊臣のものだ」
「どうか、愛を殺してくださいまし……っ」
半兵衛の言葉と愛姫の言葉が重なった。
政宗は体の中で獣が暴れているような錯覚に襲われた。
小さくなって震える愛姫を見た。穢されても、頬を腫らしていても美しいままの、兄嫁。
大切にすると誓ったのに。
感情が突き抜けていく。
それは紛れもない――怒り。




