湯に浸かり、肌を擦る。
いくつも傷を残した肌。縫合したものも一つある。足の傷跡に手をやった。
太股のまんなかを走る傷跡に、幸村がよく口付けを散らしていた。
(やばいな……)
どこを見ても、幸村と肌を合わせた記憶が蘇る。
大きくて優しい手。焦らすような愛撫。慈しむような口付け。
黒目がちの目は犬を連想した。それも、猟師が連れ歩くような大きな茶色い犬。足の先が白いとかわいいだろう。
肩口によく顔を埋めてきた。胸にも。温かくて気持ちいい、とかなんとか。
同じことをすると確かに気持ちよかった。心音が心地よくて情事の最中に寝てしまったことがある。
起きると泣きそうな幸村がいて、悪いことしたなぁと思ったものだ。
指を思い出した。そっと秘所に触れてみる。湯の中の、濡れてもいないそこに指を這わせてみる。
特に感慨はない。
(慣らしてどうする)
そして秀吉に抱かれるのか。
指を離した。ぱしゃりと湯を跳ねさせる。
舌を噛み切って死んでやろうか。
舌を噛み切るというのは、血や舌で喉を詰まらせて凄惨な様子で死んでいくという。
それを見せてやろうか。
(そんなもん、見慣れてそうだな)
もっと酷い刑罰ならいくらでもあるし、血塗れの死体なんか戦場でいくらでも見る。
大打撃を与えて逃げ出せれば、追いかけても来ないだろうし他の者も逃げ出せるだろう。その後どうなるかはこの際考えない。
「無理だろうな……」
武器になるようなものは一つも持っていない。稲葉山の地理も軍備も知らない。夢を見るにも程がある。
「何が無理なんだい?」
声がかかり、振り向いた。服を着たままの半兵衛が壁に凭れて立っていた。
「覗きかよ。せっかく一人になれる時間を邪魔しねぇでくれるか?」
「湯に顔を浸けて死なないとも限らない。君に死なれると色々困るんだよ」
「Ha、自害なんかしねぇよ」
「そうだね。君が死んだら、伊達の者がどうなるか分からないものね」
微笑む半兵衛を睨みつける。
「あいつらには手を出すな」
「それは君の出方次第だ。言ったよね? 好きにしていいって」
懐から小さな瓶を取り出した。赤い、とろりとした色味の瓶の中に何か液体が入っている。
手渡された瓶の栓を抜き、鼻を近づける。微かに甘いような匂いがする。
「丁寧に磨くといい。伊達の臭いを落としたまえ。秀吉に、そんな下品な臭いをつける訳にはいかない」
「……これをつけろってか。香……にしては、香りが弱ぇな」
「男を求めたくなる香りだよ」
耳元で囁かれたのは、まさに地獄からの言葉だった。
媚薬、というわけか。
「安心したまえ。中毒性はないし明日になれば元に戻る。
ただ、男を求める力は強い。……薬の力に、頼りたくないかな?」
秀吉はうまいよ、と半兵衛は笑う。自分が優位に立てる相手に対して、半兵衛は恐ろしいくらい優しかった。
「どれくらいで効く」
思考とは別のところが言葉を吐き出す。
「飲めば、一刻(約二時間)くらいかな。陰部に注いだらすぐに効く。……ああ、そっちの方が面白そうだ」
手の中から瓶を奪われた。
「楽しみだよ。……愛姫や小十郎君も同席するよ」
「な……んだよそれ」
「本当は、伊達のみんなに見せたいんだけどね。秀吉がそれだけで十分っていうから」
今度こそ、湯を半兵衛にかけた。顔から雫を滴らせ、半兵衛は端整な顔をゆがめた。
平手を打たれ、屈辱に満ちた苦味が口の中に広がる。
「分かっているのか。秀吉に抱かれる以外に伊達を救う方法は残されていない」
「……!!」
「その機会を、自ら放棄するというんだね?」
「違う……」
「冗談だよ」
先程の激昂が嘘のように半兵衛は微笑んだ。そして瓶を懐にしまい、背中を向ける。
そういえば、と半兵衛が振り向いた。
「君は――「誰」なんだい?」
今更な問いだった。
十二の時まで使っていた名前。
こいつに教えたくないと思った。それが、政宗にできるたった一つの反抗だった。
「誰だって、いいだろ? 伊達政宗だ」
「そうだね。そうやって伊達政宗という名を貶めるといい。早く上がりたまえ。秀吉がお待ちかねだ」
湯殿から半兵衛の姿が消える。縁にしがみつき、俯いた。目をきつく閉じても涙が溢れる。
悔しさに気が狂いそうだった。
いくつも傷を残した肌。縫合したものも一つある。足の傷跡に手をやった。
太股のまんなかを走る傷跡に、幸村がよく口付けを散らしていた。
(やばいな……)
どこを見ても、幸村と肌を合わせた記憶が蘇る。
大きくて優しい手。焦らすような愛撫。慈しむような口付け。
黒目がちの目は犬を連想した。それも、猟師が連れ歩くような大きな茶色い犬。足の先が白いとかわいいだろう。
肩口によく顔を埋めてきた。胸にも。温かくて気持ちいい、とかなんとか。
同じことをすると確かに気持ちよかった。心音が心地よくて情事の最中に寝てしまったことがある。
起きると泣きそうな幸村がいて、悪いことしたなぁと思ったものだ。
指を思い出した。そっと秘所に触れてみる。湯の中の、濡れてもいないそこに指を這わせてみる。
特に感慨はない。
(慣らしてどうする)
そして秀吉に抱かれるのか。
指を離した。ぱしゃりと湯を跳ねさせる。
舌を噛み切って死んでやろうか。
舌を噛み切るというのは、血や舌で喉を詰まらせて凄惨な様子で死んでいくという。
それを見せてやろうか。
(そんなもん、見慣れてそうだな)
もっと酷い刑罰ならいくらでもあるし、血塗れの死体なんか戦場でいくらでも見る。
大打撃を与えて逃げ出せれば、追いかけても来ないだろうし他の者も逃げ出せるだろう。その後どうなるかはこの際考えない。
「無理だろうな……」
武器になるようなものは一つも持っていない。稲葉山の地理も軍備も知らない。夢を見るにも程がある。
「何が無理なんだい?」
声がかかり、振り向いた。服を着たままの半兵衛が壁に凭れて立っていた。
「覗きかよ。せっかく一人になれる時間を邪魔しねぇでくれるか?」
「湯に顔を浸けて死なないとも限らない。君に死なれると色々困るんだよ」
「Ha、自害なんかしねぇよ」
「そうだね。君が死んだら、伊達の者がどうなるか分からないものね」
微笑む半兵衛を睨みつける。
「あいつらには手を出すな」
「それは君の出方次第だ。言ったよね? 好きにしていいって」
懐から小さな瓶を取り出した。赤い、とろりとした色味の瓶の中に何か液体が入っている。
手渡された瓶の栓を抜き、鼻を近づける。微かに甘いような匂いがする。
「丁寧に磨くといい。伊達の臭いを落としたまえ。秀吉に、そんな下品な臭いをつける訳にはいかない」
「……これをつけろってか。香……にしては、香りが弱ぇな」
「男を求めたくなる香りだよ」
耳元で囁かれたのは、まさに地獄からの言葉だった。
媚薬、というわけか。
「安心したまえ。中毒性はないし明日になれば元に戻る。
ただ、男を求める力は強い。……薬の力に、頼りたくないかな?」
秀吉はうまいよ、と半兵衛は笑う。自分が優位に立てる相手に対して、半兵衛は恐ろしいくらい優しかった。
「どれくらいで効く」
思考とは別のところが言葉を吐き出す。
「飲めば、一刻(約二時間)くらいかな。陰部に注いだらすぐに効く。……ああ、そっちの方が面白そうだ」
手の中から瓶を奪われた。
「楽しみだよ。……愛姫や小十郎君も同席するよ」
「な……んだよそれ」
「本当は、伊達のみんなに見せたいんだけどね。秀吉がそれだけで十分っていうから」
今度こそ、湯を半兵衛にかけた。顔から雫を滴らせ、半兵衛は端整な顔をゆがめた。
平手を打たれ、屈辱に満ちた苦味が口の中に広がる。
「分かっているのか。秀吉に抱かれる以外に伊達を救う方法は残されていない」
「……!!」
「その機会を、自ら放棄するというんだね?」
「違う……」
「冗談だよ」
先程の激昂が嘘のように半兵衛は微笑んだ。そして瓶を懐にしまい、背中を向ける。
そういえば、と半兵衛が振り向いた。
「君は――「誰」なんだい?」
今更な問いだった。
十二の時まで使っていた名前。
こいつに教えたくないと思った。それが、政宗にできるたった一つの反抗だった。
「誰だって、いいだろ? 伊達政宗だ」
「そうだね。そうやって伊達政宗という名を貶めるといい。早く上がりたまえ。秀吉がお待ちかねだ」
湯殿から半兵衛の姿が消える。縁にしがみつき、俯いた。目をきつく閉じても涙が溢れる。
悔しさに気が狂いそうだった。




