明り取りの窓しかない、板の間。戸には錠がかかるようになっている。
稲葉山の高殿にある一室であり、幽閉を目的としているという。
久しぶりに見る政宗は、驚くほど儚げで弱々しかった。酷い扱いを受けている様子はない。
ただ、心を徹底的に折られている。
小十郎は深く瞑目した。自分たちの扱いも酷い。しかし誇りまでは失っていない。
それもすべて政宗が自身を差し出したからだ。
奥に秀吉が座り、半兵衛が傍らに侍っている。どちらもいつもの衣装だが、政宗は白い夜着を纏うだけだった。
それが、豊臣と伊達の立場を示している。どちらが上かは一目瞭然だった。
政宗の目尻に朱が入っている。それだけで凛とした印象が強くなる。
戦に赴く若武者のようだ、と思った。
そういえば、初陣のときに化粧をさせた。
所謂女の化粧ではなく、戦化粧だった。目尻に深い赤をいれると、鏡を見て「俺ってこんな顔だったっけ」と悩んでいたのを覚えている。
もしかすると、これも戦化粧なのだろうか。
刀を取り敵に立ち向かう戦とは違うが、背負うものは同じだ。
政宗と共に現れた愛姫が、小十郎の傍に座った。秀吉の側室に入ったと聞いた。
この姫君もまた、伊達のために戦っている。
己の純潔と伊達の領地。天秤にかけ、領地を選んだ。立派だが、悲しい。
「愛、小十郎」
「はい」
頭を軽く下げた。白い足が見えた。近くに政宗の体温を感じる。
政宗の声は静かだった。まるで、姫君だった頃に戻ったかのような穏やかな声。
以前は、暗いわけではないがおとなしい少女だった。兄に付き従う影のような少女。
我がままを言うことがあっても、小さくて可愛いものばかりだった。
「俺が何をされても、絶対に暴れたりするな。これは命令だ」
「政宗様。俺たち伊達の家臣は、貴方の誇りを挫いてまで生きたいなどと思ってはおりません」
「……生きろよ。おめぇらは何があっても生きろ」
視線を感じた。それが憐憫なのか感謝なのか判断がつかない。
「Thank you」
「有難きお言葉」
体温が離れた。愛姫の体ががたがたと目に見えて震えだす。
衣擦れの音を立て、政宗は秀吉の前に膝を折って座った。顔を軽く伏せている。
秀吉が政宗の体に触れた。
政宗様に触れるな、と叫ぼうとした。しかし半兵衛のただならぬ気配に圧されて声にならない。
自分の命や政宗の決意などどうでもよかった。ただ政宗が穢されるのを見たくなかった。
「よいのだな、半兵衛」
「僕の許可なんか必要ないだろう。好きなようにしたまえ」
苛立った半兵衛の声。秀吉は険しい顔で政宗の襟元に手を入れた。
政宗の体が跳ねた。嫌悪に耐えるようにしている。肩が露になった。健康的で陽性の魅力に溢れた肢体。
淫靡さと無縁のその肌が、男の手の内で驚くほど妖艶に火照ることを小十郎は知っている。
また、政宗があのような顔をするのか。己が穢したときに見た、虚ろな炎を灯した顔。
「ほう」
秀吉の目が細くなった。首筋に口を寄せ、きつく跡を残した。半兵衛が歯を食いしばっている。
何故あんな顔をするのか不思議に思った。
頬に何か当たる。辺りを見回すが、羽虫の類は飛んでいない。
微かな明かりが灯った。蛍だとすぐに分かる。
何故蛍が、と思ったが、すぐに正体に気づいた。
「――まさか」
無数の淡い光が室内に灯るのと、砲弾が室内に飛び込むのが同時だった。
稲葉山の高殿にある一室であり、幽閉を目的としているという。
久しぶりに見る政宗は、驚くほど儚げで弱々しかった。酷い扱いを受けている様子はない。
ただ、心を徹底的に折られている。
小十郎は深く瞑目した。自分たちの扱いも酷い。しかし誇りまでは失っていない。
それもすべて政宗が自身を差し出したからだ。
奥に秀吉が座り、半兵衛が傍らに侍っている。どちらもいつもの衣装だが、政宗は白い夜着を纏うだけだった。
それが、豊臣と伊達の立場を示している。どちらが上かは一目瞭然だった。
政宗の目尻に朱が入っている。それだけで凛とした印象が強くなる。
戦に赴く若武者のようだ、と思った。
そういえば、初陣のときに化粧をさせた。
所謂女の化粧ではなく、戦化粧だった。目尻に深い赤をいれると、鏡を見て「俺ってこんな顔だったっけ」と悩んでいたのを覚えている。
もしかすると、これも戦化粧なのだろうか。
刀を取り敵に立ち向かう戦とは違うが、背負うものは同じだ。
政宗と共に現れた愛姫が、小十郎の傍に座った。秀吉の側室に入ったと聞いた。
この姫君もまた、伊達のために戦っている。
己の純潔と伊達の領地。天秤にかけ、領地を選んだ。立派だが、悲しい。
「愛、小十郎」
「はい」
頭を軽く下げた。白い足が見えた。近くに政宗の体温を感じる。
政宗の声は静かだった。まるで、姫君だった頃に戻ったかのような穏やかな声。
以前は、暗いわけではないがおとなしい少女だった。兄に付き従う影のような少女。
我がままを言うことがあっても、小さくて可愛いものばかりだった。
「俺が何をされても、絶対に暴れたりするな。これは命令だ」
「政宗様。俺たち伊達の家臣は、貴方の誇りを挫いてまで生きたいなどと思ってはおりません」
「……生きろよ。おめぇらは何があっても生きろ」
視線を感じた。それが憐憫なのか感謝なのか判断がつかない。
「Thank you」
「有難きお言葉」
体温が離れた。愛姫の体ががたがたと目に見えて震えだす。
衣擦れの音を立て、政宗は秀吉の前に膝を折って座った。顔を軽く伏せている。
秀吉が政宗の体に触れた。
政宗様に触れるな、と叫ぼうとした。しかし半兵衛のただならぬ気配に圧されて声にならない。
自分の命や政宗の決意などどうでもよかった。ただ政宗が穢されるのを見たくなかった。
「よいのだな、半兵衛」
「僕の許可なんか必要ないだろう。好きなようにしたまえ」
苛立った半兵衛の声。秀吉は険しい顔で政宗の襟元に手を入れた。
政宗の体が跳ねた。嫌悪に耐えるようにしている。肩が露になった。健康的で陽性の魅力に溢れた肢体。
淫靡さと無縁のその肌が、男の手の内で驚くほど妖艶に火照ることを小十郎は知っている。
また、政宗があのような顔をするのか。己が穢したときに見た、虚ろな炎を灯した顔。
「ほう」
秀吉の目が細くなった。首筋に口を寄せ、きつく跡を残した。半兵衛が歯を食いしばっている。
何故あんな顔をするのか不思議に思った。
頬に何か当たる。辺りを見回すが、羽虫の類は飛んでいない。
微かな明かりが灯った。蛍だとすぐに分かる。
何故蛍が、と思ったが、すぐに正体に気づいた。
「――まさか」
無数の淡い光が室内に灯るのと、砲弾が室内に飛び込むのが同時だった。




