一瞬だが、気を失っていたらしい。愛姫は軽く頭を振り、髪の乱れに手をやった。
「政宗様」
反射的に名を呼ぶが返答はない。
重い、と思って目を開ける。自分を庇った小十郎の顔があった。
「お怪我は、ありませんか」
「はい。小十郎様は大丈夫ですか」
「こんなもの、怪我のうちには入りません」
着物の背が煤けている。おそらく、やけどを負っているだろう。しかし今は気にしている暇はない。
「政宗様は」
「大丈夫でしょう。我々には、蛍がついております故」
愛姫は首を傾げた。小十郎に庇われるように立ち上がる。
室内の様子は散々なものだった。秀吉が砲弾によって開けられた穴を睨みつけている。
半兵衛はヒステリックに何かわめいている。伝令が何人も行きかっている。
一体何が起こったのだろう。
「砲台八雲、何者かに占拠された模様!」
「武器庫が爆破されました!」
「敵方、およそ一万!」
「――旗印は、竹に雀!」
「うちのモンか」
いくつもの怒号や罵倒が行きかう中、政宗の独白がやけにはっきりと耳に届いた。夜着を直し、愛姫を見て微笑む。
――誰。
こんな、笑い方をしただろうか。こんな風に、気品ある笑みを浮かべただろうか。
強気で負けず嫌いで、それが可愛らしい、半年ほど年が上の妹。愛姫には兄弟がいない。
妹や弟が欲しかったから、政宗との奇妙な夫婦生活は楽しかった。
「伊達のものなら、俺らを傷つけやしねぇし、伊達じゃねぇにしても、俺らの旗印を挙げる以上、
俺らに敵対する意思はない。お前らはどうだろうな」
「莫迦な。伊達は、僕たちが吸収した!」
「HA! 心までは無理だったってことだろ。恐怖で統制したものは、必ず崩れる。
歴史書くらい読めよ。先人は正しいぜ?」
「何だと……! 貴様、誰に向かって物を言っている!」
「竹中半兵衛様」
しなやかな立ち姿。雰囲気が違う。
圧倒的な存在感。女としては長身の体が、いやに大きく感じられた。
陽光のようだ。苛烈で強い光の化身。
愛姫の知る政宗は、こんなに強い人ではない。
「恐怖は裏切った時の反動がでかいぜ? 一番楽なのは、そいつの野望を自分の物にすることだ。
……もっとも、それができる器を持ってねぇfoolにゃ、無理だろうけどな」
白く整った造作の顔に、似合いすぎるくらい似合った凄絶な笑みを浮かべる。
「さて、牢獄が破壊されたみたいだな。本丸も落城するのは目に見えてる。
砲台は占拠された。兵は役に立たない。……俺なら、降伏するぜ?」
「黙れ! 貴様の首を晒せばすむことだ!」
関節剣がしなる。まっすぐに政宗を狙ったはずの刃は、政宗を傷つけることなく半兵衛の手に戻った。
政宗は軽い足取りで後ろに僅かに動いただけ。
無駄のない、美しさすら感じる動き。
気品と優雅さに満ちた、けれど威厳あふれる所作。
僅か数日しか知らない。お互いに幼く、所謂「初夜」も迎えていない。
目の前で泡を噴いて亡くなった。腕の中で重みが異様なものになった恐怖。逃げていく体温を必死に抱き締めた。
「政宗様」
反射的に名を呼ぶが返答はない。
重い、と思って目を開ける。自分を庇った小十郎の顔があった。
「お怪我は、ありませんか」
「はい。小十郎様は大丈夫ですか」
「こんなもの、怪我のうちには入りません」
着物の背が煤けている。おそらく、やけどを負っているだろう。しかし今は気にしている暇はない。
「政宗様は」
「大丈夫でしょう。我々には、蛍がついております故」
愛姫は首を傾げた。小十郎に庇われるように立ち上がる。
室内の様子は散々なものだった。秀吉が砲弾によって開けられた穴を睨みつけている。
半兵衛はヒステリックに何かわめいている。伝令が何人も行きかっている。
一体何が起こったのだろう。
「砲台八雲、何者かに占拠された模様!」
「武器庫が爆破されました!」
「敵方、およそ一万!」
「――旗印は、竹に雀!」
「うちのモンか」
いくつもの怒号や罵倒が行きかう中、政宗の独白がやけにはっきりと耳に届いた。夜着を直し、愛姫を見て微笑む。
――誰。
こんな、笑い方をしただろうか。こんな風に、気品ある笑みを浮かべただろうか。
強気で負けず嫌いで、それが可愛らしい、半年ほど年が上の妹。愛姫には兄弟がいない。
妹や弟が欲しかったから、政宗との奇妙な夫婦生活は楽しかった。
「伊達のものなら、俺らを傷つけやしねぇし、伊達じゃねぇにしても、俺らの旗印を挙げる以上、
俺らに敵対する意思はない。お前らはどうだろうな」
「莫迦な。伊達は、僕たちが吸収した!」
「HA! 心までは無理だったってことだろ。恐怖で統制したものは、必ず崩れる。
歴史書くらい読めよ。先人は正しいぜ?」
「何だと……! 貴様、誰に向かって物を言っている!」
「竹中半兵衛様」
しなやかな立ち姿。雰囲気が違う。
圧倒的な存在感。女としては長身の体が、いやに大きく感じられた。
陽光のようだ。苛烈で強い光の化身。
愛姫の知る政宗は、こんなに強い人ではない。
「恐怖は裏切った時の反動がでかいぜ? 一番楽なのは、そいつの野望を自分の物にすることだ。
……もっとも、それができる器を持ってねぇfoolにゃ、無理だろうけどな」
白く整った造作の顔に、似合いすぎるくらい似合った凄絶な笑みを浮かべる。
「さて、牢獄が破壊されたみたいだな。本丸も落城するのは目に見えてる。
砲台は占拠された。兵は役に立たない。……俺なら、降伏するぜ?」
「黙れ! 貴様の首を晒せばすむことだ!」
関節剣がしなる。まっすぐに政宗を狙ったはずの刃は、政宗を傷つけることなく半兵衛の手に戻った。
政宗は軽い足取りで後ろに僅かに動いただけ。
無駄のない、美しさすら感じる動き。
気品と優雅さに満ちた、けれど威厳あふれる所作。
僅か数日しか知らない。お互いに幼く、所謂「初夜」も迎えていない。
目の前で泡を噴いて亡くなった。腕の中で重みが異様なものになった恐怖。逃げていく体温を必死に抱き締めた。
「あなたっ……!」
小十郎の制止を振り切った。自分にこんな力があるなんて思いもしなかった。駆け寄り、強く抱き締める。
冷たい。温もりも心音もない抱擁を交わす。
顔を見上げた。似ているようで似ていない顔立ち。右目が奇妙なぐらい動かない。けれど少しも気にならなかった。
「どうして、どうしてもっと早く来てくださらなかったのですか! 愛は、愛は寂しゅうございました」
「悪かったな、愛。思い通りに動けねぇんだよ。生きてねぇし」
髪を撫でる手も、ぞっとするほど冷たい。
生きているときに触れられた記憶を手繰るが、どうしても「政宗」が触れてくる記憶と混じり、どちらがどちらなのかまるで分からない。
「何を……言っている」
「悪いね。てめぇらの首を取りたいところだけど、今は逃げさせて貰うぜ」
視界がめまぐるしく動いた。横抱きにされ、そのまま扉にに飛び込む。雑兵が転がった。
顔を胸に押し当てる。
柔らかくてとくとくと脈を打っているはず胸が冷たく硬く、愛姫は目尻に涙を浮かべた。
冷たい。温もりも心音もない抱擁を交わす。
顔を見上げた。似ているようで似ていない顔立ち。右目が奇妙なぐらい動かない。けれど少しも気にならなかった。
「どうして、どうしてもっと早く来てくださらなかったのですか! 愛は、愛は寂しゅうございました」
「悪かったな、愛。思い通りに動けねぇんだよ。生きてねぇし」
髪を撫でる手も、ぞっとするほど冷たい。
生きているときに触れられた記憶を手繰るが、どうしても「政宗」が触れてくる記憶と混じり、どちらがどちらなのかまるで分からない。
「何を……言っている」
「悪いね。てめぇらの首を取りたいところだけど、今は逃げさせて貰うぜ」
視界がめまぐるしく動いた。横抱きにされ、そのまま扉にに飛び込む。雑兵が転がった。
顔を胸に押し当てる。
柔らかくてとくとくと脈を打っているはず胸が冷たく硬く、愛姫は目尻に涙を浮かべた。




