「――政宗様!」
小十郎が動く。農民たちの前に飛び出し、膝をついて両腕を伸ばし、農民を庇った。
ぱん、といい音が響く。
「な……何するだ!」
いつきが目を見開き、口を開けて二人のやり取りを見守る。頬を打たれた小十郎は必死の形相で政宗を見上げ、
手をついた。政宗は小十郎をぶった手を握り、戦慄かせる。
「小十郎、何故邪魔をする!」
「おやめくださりませ政宗様! まだ分別もつかぬ幼子を打擲(ちょうちゃく)なされたところで、
田は富みませぬ!」
「――――!!」
政宗の目が限界まで見張られた。怒りに燃える一つの眼にいつきは一瞬怯むが、
すぐにきっと政宗を睨み上げた。小十郎はいつきに目をやり、座れ、と低く声をかけた。
「過ぎた口を利くな」
「だども、言わなきゃ分かんねぇだ」
「お前らが田を荒らし、実る稲穂も実らなくなった。違うか」
小十郎に諭され、いつきはしゅんとうな垂れる。心なしか二つに結われた髪も萎れた。
ぺたん、と雪の上に膝をついておとなしく座る。
政宗は少し動いていつきとの間に小十郎を通さない場所に立った。腰の刀に手をやり、居丈高に問う。
「一年で、元に戻せるか?」
「やってみなきゃ分かんねぇべ」
「やれ。これは命令だ。俺がてめぇらの身柄を預かる以上、てめぇらは俺の言うことを聞け」
「……分かった。やってやるだ。やってみせるだ!」
おおー、と農民たちが声を上げた。政宗は「いつきちゃん、おらたちやるだ!」と騒ぐ農民を
冷静な目で見つめる。小十郎はそっと立ち上がり、政宗の後ろに移動した。
「おいてめぇ。名前は」
「いつきだ」
「いつきか。――てめぇが、こいつらを唆して一揆を取り仕切ったのか」
「……違うだ! みんなで考えて、それでやっただ!」
「だが農民にとってのleaderはいつき、お前だろ」
いつきは唇を引き結んだまま頷く。小十郎が腰を浮かせ手を伸ばした。伸ばされた手を払い、
政宗は小十郎を見た。
「おとなしくしてろ。殺す訳がねぇだろ、このボケが」
「……は」
小十郎は姿勢を正し、軽く頭を下げる。
「アタマがなけりゃ、農民ってヤツは何もできねぇ。……お前は人質になれ。人質として
米沢に来い」
「な……何てこと言うだ!」
「いつきちゃんは、おらたちにとって大切な娘っこだべ! よそにはやらねぇ!」
「おめさん、いつきちゃんに何する気だ!」
「て…て…てごめにすっ気だな!」
「なんてことするだ! こーんなかわいい子に、よってたかってひどいことする気だな!」
「Shut up!」
言葉の意味は分からずとも剣幕は伝わり、農民たちはいっせいに口を閉じた。
政宗はゆっくりと息を吸い込み、隻眼で農民を睨みつけた。
小十郎が動く。農民たちの前に飛び出し、膝をついて両腕を伸ばし、農民を庇った。
ぱん、といい音が響く。
「な……何するだ!」
いつきが目を見開き、口を開けて二人のやり取りを見守る。頬を打たれた小十郎は必死の形相で政宗を見上げ、
手をついた。政宗は小十郎をぶった手を握り、戦慄かせる。
「小十郎、何故邪魔をする!」
「おやめくださりませ政宗様! まだ分別もつかぬ幼子を打擲(ちょうちゃく)なされたところで、
田は富みませぬ!」
「――――!!」
政宗の目が限界まで見張られた。怒りに燃える一つの眼にいつきは一瞬怯むが、
すぐにきっと政宗を睨み上げた。小十郎はいつきに目をやり、座れ、と低く声をかけた。
「過ぎた口を利くな」
「だども、言わなきゃ分かんねぇだ」
「お前らが田を荒らし、実る稲穂も実らなくなった。違うか」
小十郎に諭され、いつきはしゅんとうな垂れる。心なしか二つに結われた髪も萎れた。
ぺたん、と雪の上に膝をついておとなしく座る。
政宗は少し動いていつきとの間に小十郎を通さない場所に立った。腰の刀に手をやり、居丈高に問う。
「一年で、元に戻せるか?」
「やってみなきゃ分かんねぇべ」
「やれ。これは命令だ。俺がてめぇらの身柄を預かる以上、てめぇらは俺の言うことを聞け」
「……分かった。やってやるだ。やってみせるだ!」
おおー、と農民たちが声を上げた。政宗は「いつきちゃん、おらたちやるだ!」と騒ぐ農民を
冷静な目で見つめる。小十郎はそっと立ち上がり、政宗の後ろに移動した。
「おいてめぇ。名前は」
「いつきだ」
「いつきか。――てめぇが、こいつらを唆して一揆を取り仕切ったのか」
「……違うだ! みんなで考えて、それでやっただ!」
「だが農民にとってのleaderはいつき、お前だろ」
いつきは唇を引き結んだまま頷く。小十郎が腰を浮かせ手を伸ばした。伸ばされた手を払い、
政宗は小十郎を見た。
「おとなしくしてろ。殺す訳がねぇだろ、このボケが」
「……は」
小十郎は姿勢を正し、軽く頭を下げる。
「アタマがなけりゃ、農民ってヤツは何もできねぇ。……お前は人質になれ。人質として
米沢に来い」
「な……何てこと言うだ!」
「いつきちゃんは、おらたちにとって大切な娘っこだべ! よそにはやらねぇ!」
「おめさん、いつきちゃんに何する気だ!」
「て…て…てごめにすっ気だな!」
「なんてことするだ! こーんなかわいい子に、よってたかってひどいことする気だな!」
「Shut up!」
言葉の意味は分からずとも剣幕は伝わり、農民たちはいっせいに口を閉じた。
政宗はゆっくりと息を吸い込み、隻眼で農民を睨みつけた。
「女が女を手篭めにできるか! てめぇらの首根っこ抑えるための人質だっつってんだろが!
ちったぁ人の言うこと聞きやがれ!」
ちったぁ人の言うこと聞きやがれ!」
一里先まで聞こえそうな大音声。農民たちは目を丸くし、伊達軍兵士は耳を塞いだ。
遠くの山で「がれーがれー」と声がこだまする。山彦たちがおとなしくなってから、
兵士はそろそろと耳から手を離し、怒りで沸騰している政宗を上目遣いに見た。
長身で顔の左半分以外全部を隠すような戦装束に、低く腹に来るような声。横暴な態度も加わり、政宗は到底女に見えない。
花も恥らう乙女、の、はずなのだが。
これを言うと日本一の兵や西海の鬼辺りは腹を抱えて笑い転げる。
しかし伊達政宗はれっきとした女性である。近年増え始めた女城主、女大名の一人だった。
「……小十郎、いつきを連れて米沢に戻る。出立の準備を整えろ」
「は」
政宗は背を向け、陣に向かった。小十郎はいつきの腕を縛る縄をつかみ、いつきを立たせた。
「陣まで歩けるか。無理なら輿を用意させる」
「大丈夫だ。……青いお侍さ、にいちゃんじゃなくてねえちゃんなんだな。おっかねぇねえちゃんだべ」
「優しいだけじゃ、国主は務まらねぇ。――おいてめぇら、農民の縄を解いてやれ。
見張り役を残して後は出立の準備に入るんだ」
伊達の兵士たちはいっせいに動き出す。農民の縄を解き、いつきを取り返そうと暴れ出すものたちを取り押さえる。
小十郎はいつきの縄を解き、並んで歩いた。
あんたの奴隷のままでいい3
遠くの山で「がれーがれー」と声がこだまする。山彦たちがおとなしくなってから、
兵士はそろそろと耳から手を離し、怒りで沸騰している政宗を上目遣いに見た。
長身で顔の左半分以外全部を隠すような戦装束に、低く腹に来るような声。横暴な態度も加わり、政宗は到底女に見えない。
花も恥らう乙女、の、はずなのだが。
これを言うと日本一の兵や西海の鬼辺りは腹を抱えて笑い転げる。
しかし伊達政宗はれっきとした女性である。近年増え始めた女城主、女大名の一人だった。
「……小十郎、いつきを連れて米沢に戻る。出立の準備を整えろ」
「は」
政宗は背を向け、陣に向かった。小十郎はいつきの腕を縛る縄をつかみ、いつきを立たせた。
「陣まで歩けるか。無理なら輿を用意させる」
「大丈夫だ。……青いお侍さ、にいちゃんじゃなくてねえちゃんなんだな。おっかねぇねえちゃんだべ」
「優しいだけじゃ、国主は務まらねぇ。――おいてめぇら、農民の縄を解いてやれ。
見張り役を残して後は出立の準備に入るんだ」
伊達の兵士たちはいっせいに動き出す。農民の縄を解き、いつきを取り返そうと暴れ出すものたちを取り押さえる。
小十郎はいつきの縄を解き、並んで歩いた。
あんたの奴隷のままでいい3




