「にいちゃん、大丈夫だか。さっき、ぶたれたべ」
「大丈夫だ。元々お前を殴ろうとして振り上げられた手だ。大したことねぇ。
そら、無駄口叩いている暇があったら歩け」
「……あのねえちゃん、怖い人だべ。……だども」
「どうした」
「おら、うまく言えねぇ。違うかもしんねぇ。だども、おらがいなかったら、みんな暴れたりしねぇ。
それに、おらがいねぇ分、おらが食べる分だけ、みんな、助かるだ。……違うか?」
小十郎は目を細め、膝を落とした。ぽん、と軽くいつきの頭に手を乗せる。いつきは凶悪な面構えが
緩む様子を、世にも恐ろしいものを見るかのような目で見る。
「どうだろうな。政宗様は、厳しい方だ。気難しい性分でもある。けど、ただ無闇やたらと
横暴な方じゃない。――それだけだ」
「……ほんとは、優しい人なんだべ?」
「優しかったら、お前を人質にしない」
いつきはきゅっと唇を結んだ。小十郎から顔をそらし、先を歩く。ハンマーは奪われているため身は軽い。
「おら、牢屋に閉じ込められるだか」
「それは、お前の態度次第だ」
「ならいいだ」
小十郎は立ち上がって先を急ぐ。
「遅いぞ小十郎! ぐずぐずすんな!」
苛立った声が飛ぶ。いつきは小十郎の背中を追いかけるが追いきれずに転ぶ。
政宗は口を僅かに開けたがすぐに唇を引き結び、小十郎を叱責した。
「人質を連れてこないでどうする! だからてめぇはいつまでたってもダメなヤツなんだよ!」
小十郎をひっぱたく政宗は、いつきの目には鬼のように映った。
「大丈夫だ。元々お前を殴ろうとして振り上げられた手だ。大したことねぇ。
そら、無駄口叩いている暇があったら歩け」
「……あのねえちゃん、怖い人だべ。……だども」
「どうした」
「おら、うまく言えねぇ。違うかもしんねぇ。だども、おらがいなかったら、みんな暴れたりしねぇ。
それに、おらがいねぇ分、おらが食べる分だけ、みんな、助かるだ。……違うか?」
小十郎は目を細め、膝を落とした。ぽん、と軽くいつきの頭に手を乗せる。いつきは凶悪な面構えが
緩む様子を、世にも恐ろしいものを見るかのような目で見る。
「どうだろうな。政宗様は、厳しい方だ。気難しい性分でもある。けど、ただ無闇やたらと
横暴な方じゃない。――それだけだ」
「……ほんとは、優しい人なんだべ?」
「優しかったら、お前を人質にしない」
いつきはきゅっと唇を結んだ。小十郎から顔をそらし、先を歩く。ハンマーは奪われているため身は軽い。
「おら、牢屋に閉じ込められるだか」
「それは、お前の態度次第だ」
「ならいいだ」
小十郎は立ち上がって先を急ぐ。
「遅いぞ小十郎! ぐずぐずすんな!」
苛立った声が飛ぶ。いつきは小十郎の背中を追いかけるが追いきれずに転ぶ。
政宗は口を僅かに開けたがすぐに唇を引き結び、小十郎を叱責した。
「人質を連れてこないでどうする! だからてめぇはいつまでたってもダメなヤツなんだよ!」
小十郎をひっぱたく政宗は、いつきの目には鬼のように映った。
米沢城は、いつきにとって雲の上にある宮殿のような場所だった。
綺麗な女中や小姓。雪の中にあっても手入れの行き届いた庭。美しい調度品。絹の着物。
おいしそうな食事。遠慮はいらない、とたんと盛られた白米に、いつきは涙をこぼした。
食事と着物を与えられるだけでなく、政宗は読み書きや算盤を習うよう命じた。
「てめぇらが莫迦だから、てめぇらの世界は狭いんだ。少しは世界を知れ。そしたら、
莫迦なことをしたって分かるだろ」
そういって政宗は、いつきの前に自分が使っていた手習いの書や算盤を放り投げた。
「てめぇに新しいモンをやる筋合いはねぇ。俺のお古で十分だ」
「だども……これ、ねえちゃんが大切に使ってたもんだべ? こんな、大事なもん……
おらみたいな農民が、使ってええだか?」
「道具なんか、しまいこんだってしょうがねぇだろ。それに、これは小十郎が残してただけだ。
新しいものを買い与えるより安上がりってだけだ」
「あのにいちゃん、ねえちゃんの事を大切に思ってるだ。こんなに綺麗に残して……」
「HA! 当然だろ。俺は主君であいつは家臣だ。あいつは、俺が毒を作れと言えば毒を醸し、
効き目を見せろと言えば身を以って示す。俺が誰かに殺されたら、殺したヤツを地の果てまで
追いかけて仇を討ち、その後俺を追いかける。そういう……ヤツなんだよ」
政宗はくつくつと笑い、脇息に肘をついて足を崩した。
城の中であっても、政宗は男の装束を纏い、男のように振る舞う。
下手な男よりよほど男らしく、そしてお美しいというのが女中たちの政宗に対する評価であった。
たしかに為政者としても武将としても人一倍優れている。使用人を
怒鳴ったり手を上げたりしているのは見かけない。
どうやら政宗がきつく当たり、たまの小言を何倍にもして返すのは、小十郎一人だけのようだ。
「ねえちゃんも……にいちゃんが、大切だか?」
いつきが問いかけると、政宗は顔をゆがめた。白扇をいつきの元に投げつける。
閉じられた扇は矢のようにいつきの膝近くに飛び、いつきは肩を竦めた。
「何するだ!」
「過ぎた口を利くな! いいか、てめぇは俺がいいというまで口を利くな!
顔を上げるな! 作法も知らねぇのか!」
苛立ったような叱責に、いつきは口を噤んで顔を伏せた。政宗が軽い調子で投げて寄越した
帳面と算盤をきつく抱き締める。
何か、悪いことを聞いただろうか。
小十郎は政宗のことを敬い慕っている。ただの家臣と主君という間柄じゃないことぐらい
すぐに分かった。
だから政宗も小十郎のことを大切に思っているのだと、もしかしたら恋心を持っていたり
するんじゃないかと思っただけなのに。
何に苛立っているんだろう。
あんたの奴隷のままでいい4
綺麗な女中や小姓。雪の中にあっても手入れの行き届いた庭。美しい調度品。絹の着物。
おいしそうな食事。遠慮はいらない、とたんと盛られた白米に、いつきは涙をこぼした。
食事と着物を与えられるだけでなく、政宗は読み書きや算盤を習うよう命じた。
「てめぇらが莫迦だから、てめぇらの世界は狭いんだ。少しは世界を知れ。そしたら、
莫迦なことをしたって分かるだろ」
そういって政宗は、いつきの前に自分が使っていた手習いの書や算盤を放り投げた。
「てめぇに新しいモンをやる筋合いはねぇ。俺のお古で十分だ」
「だども……これ、ねえちゃんが大切に使ってたもんだべ? こんな、大事なもん……
おらみたいな農民が、使ってええだか?」
「道具なんか、しまいこんだってしょうがねぇだろ。それに、これは小十郎が残してただけだ。
新しいものを買い与えるより安上がりってだけだ」
「あのにいちゃん、ねえちゃんの事を大切に思ってるだ。こんなに綺麗に残して……」
「HA! 当然だろ。俺は主君であいつは家臣だ。あいつは、俺が毒を作れと言えば毒を醸し、
効き目を見せろと言えば身を以って示す。俺が誰かに殺されたら、殺したヤツを地の果てまで
追いかけて仇を討ち、その後俺を追いかける。そういう……ヤツなんだよ」
政宗はくつくつと笑い、脇息に肘をついて足を崩した。
城の中であっても、政宗は男の装束を纏い、男のように振る舞う。
下手な男よりよほど男らしく、そしてお美しいというのが女中たちの政宗に対する評価であった。
たしかに為政者としても武将としても人一倍優れている。使用人を
怒鳴ったり手を上げたりしているのは見かけない。
どうやら政宗がきつく当たり、たまの小言を何倍にもして返すのは、小十郎一人だけのようだ。
「ねえちゃんも……にいちゃんが、大切だか?」
いつきが問いかけると、政宗は顔をゆがめた。白扇をいつきの元に投げつける。
閉じられた扇は矢のようにいつきの膝近くに飛び、いつきは肩を竦めた。
「何するだ!」
「過ぎた口を利くな! いいか、てめぇは俺がいいというまで口を利くな!
顔を上げるな! 作法も知らねぇのか!」
苛立ったような叱責に、いつきは口を噤んで顔を伏せた。政宗が軽い調子で投げて寄越した
帳面と算盤をきつく抱き締める。
何か、悪いことを聞いただろうか。
小十郎は政宗のことを敬い慕っている。ただの家臣と主君という間柄じゃないことぐらい
すぐに分かった。
だから政宗も小十郎のことを大切に思っているのだと、もしかしたら恋心を持っていたり
するんじゃないかと思っただけなのに。
何に苛立っているんだろう。
あんたの奴隷のままでいい4




